我々は日本侵略軍が実施した細菌戦の被害者であり、証人である。50年ほど前、我々は日本軍の細菌戦によって甚大な被害を蒙った。50年来、我々は人権を守り正義をとりもどすため、かつては受難死した同胞に対面して泣き叫び、また日本軍に対して雄叫びをあげ、社会に訴えてきた。さらに日本政府に訴えたこともある。我々は辛抱強く待った。しかし、日本政府はかつての凶暴残虐にかえて、耐え難い冷淡な対応で我々に報いてきた。我々は法律という武器を取って、民間の訴訟をおこし、直接日本政府を訴え、損害賠償を要求した。この4年来、東京地方裁判所は27回開廷した。我々は何回かに分けて海を越えて日本におもむいた。東京に行って、日本軍が細菌戦を実施し中国人を殺害した事実の証拠を法廷に提出したり、日本政府が賠償すべき法的根拠を引用して述べたり、我々が賠償請求する理由について陳述したりした。いま、我々が待つべきは、日本政府が第二次世界大戦中に実施した細菌戦を反省し誠意を表す判決か、或いはあくまで軍国主義の立場を堅持して、我々の憤怒をさらにかき立てる判決のいずれかである。
そのため、我々は我々の本心を本国政府と日本政府に伝えなければならない。我々の思想や感情、強烈な要求を理解し尊重してもらいたい。
我々は日本政府が細菌戦の犯罪行為を認め、最低限度の道義的責任を取ることを厳正に要求する。何年もの間、最も我慢できなかったのは、我々があれほど甚大な被害を被ったのにも関わらず、日本政府はいまでもあの細菌戦の犯罪行為を全く認めようとしないことである。日本軍国主義は1930年代に、中国東北部において秘密裏に細菌戦の実験基地をつくり、細菌によって人を殺す研究と実験を実施した。第二次世界大戦中、日本軍国主義は狂気と化し、さらに多くの細菌戦作戦特殊部隊を設立し、再三再四にわたり中国各地で細菌戦を実施した。彼らはペスト菌、炭疽菌、チフス菌とパラチフス菌を散布するだけでなく、イペリット菌、ルイサイト菌などの糜爛性毒薬、刺激性毒薬、窒息性毒薬を散布して、同胞達を使って生体実験、生体解剖さえ行った。中国各地で広範囲に渡り悪質な伝染病を蔓延させ、中国人民の健康に重大な損害を与えただけでなく、何十万もの罪無き中国平民を惨殺した。日本軍国主義の犯した罪悪は数え切れないほど多く、その手段の卑劣さに、天も人も憤怒した。しかし、第二次世界大戦終結後、中国を侵略して、細菌戦を実施した元凶たちは詭計をはかり、多くの細菌戦の資料をアメリカに引き渡し、それと引き替えにアメリカは日本軍の細菌戦の犯罪行為を隠蔽してしまった。結局、戦後日本は細菌戦の罪悪を認めず、最低限度の道義的責任さえ引き受けようとしてこなかった。日本侵略軍の中の殺人者達は法の制裁と正義の懲罰を逃れてしまった。日本侵略軍の細菌戦の計画者も口を固くつぐんで語ろうとせず、細菌による殺人行為の罪を認めようとしなかった。邪悪は懲罰を受けることなく、正義も取り戻されない、我々は、公理はどこにあるのか聞きたい。殉難して地下に眠る同胞らの魂は安らかなる眠りを享受できないでいる。日本侵略軍の暴力的な細菌戦の被害を受けた中国人が、このようなことを我慢できるなら、世の中で我慢できないことなどあるだろうか。どんなに度量のある人間であっても、自らの犯罪事実をさえ言い逃れる卑劣な者を許すことはない。
我々は日本政府が細菌戦の資料を公開し、被害者の人権を充分に尊重することを要求する。日本政府は今でも数多くの細菌戦資料を隠蔽し、第二次世界大戦中の日本軍の犯罪行為を認めようとしない。日本軍は中国において傍若無人にも細菌戦を実施した。これは天下の大悪事を犯す陰謀であり、明るみに出せない罪深いやりくちをもって行われ、すべてが秘密裏に進行された。その間に蓄積された細菌と毒ガス生産に関する多くの資料、生体実験の資料、細菌攻撃の資料及び細菌戦効果の資料などは、第二次世界大戦が終わる前に日本国内に移されたり、戦犯が懲罰を逃れる代価としてアメリカに提供されたりした。新聞界によると、それらのアメリカに保存された資料は1950年代の末から60年代初め頃に、もう全て日本に渡ったという。あれから半世紀経過した今、なぜ日本政府は不埒にも、細菌戦の資料や細菌戦の真相を隠し、その罪悪の事実を公布する勇気がないのかということを我々は問いたい。これは、もし細菌戦の真相が世界中に知られたら、天が怒り、人が恨むということが明らかであるからである。もし、日本が中国を侵略した期間に行われた細菌戦の目的が、中国人を殺害することであるのならば、第二次世界大戦後、日本政府がふとどきにも、細菌戦の秘密資料を隠したその罪悪の目的は、世界の人々の避難と懲罰を逃れるためであると言える。しかも、人々が疑うべきは、日本が資料を隠して真相を隠した事実は、今でも日本は相変わらずその細菌戦の罪を反省しようとせず、そればかりか、むしろこのことを懐かしんでおり、ひいては将来、巻土重来して、もう一度細菌戦を行おうと考えていることを意味しているということである。
我々は日本政府に賠償責任を引け受け、我々の基本的人権を尊重することを厳正に要請する。日本軍の細菌戦で、中国人民は極めて大きな損失を被ったのにも関わらず、日本政府は現在でも広範な細菌戦の被害者に形式的な賠償さえしてこなかった。被った精神的、肉体的傷害は確実に重く、また恨みは確実に深い。日本政府がたとえ数多くの賠償をしたとしても、中国人民の心の傷を癒すことは容易にはできない。日本政府はどう償おうとしても中国人民の精神的、物質的、肉体的な傷害を補償することはできないのである。道義的に言っても、法律的に言っても、加害者はどうしても損害賠償責任を負わなければならない。これは至極当前のことである。中国人民がどんなに寛容になったとしても、日本政府は誠意を持って謝罪し、賠償する責任を逃れることはできない。しかし、残念なことは、日本政府が中国人民に「迷惑」をかけたことに少し「詫び」を入れた程度で済ましたということである。本当に「迷惑」だけであろうか、少し「詫び」を入れた程度で本当にこと足りるのであろうか。血の債務は血をもって賠償しなければならないと言うのは中国人民の邪悪に対する厳正なる姿勢である。我々は日本政府が血をもって賠償することを要請する権利があるが、そのようにはしなかった。が、如何に我々が寛容であっても一切の血の債務は帳消しにするとは言えない。当時、日本軍が隣国に対してあれほどまでに残忍であったことに、我々は大いに驚いた。今日、日本政府は日本軍の細菌戦中の血の債務に対してこのように冷淡な対応で、形式的な賠償を少しばかりする程度にとどまり、その歴史に対して懺悔を表すということを全くしなかったことに、我々は依然として大いに驚いている。当時の日本軍の残虐さと今日の日本政府の冷淡さとは、一見して違うようにうつるが、実は全く同じものなのである。これは日本軍国主義の亡霊がいつまでもつきまとっているということを証明しているのである。
我々は日本政府が有効な措置をとって、軍国主義の復活を阻止して、第二次世界大戦中の被害者の感情を尊重することを厳正に要請する。現実に直面して、我々は非常に憤慨した。日本軍国主義者はあちこちにおり、「侵略には道理がある」という屁理屈を吹聴して、侵略戦争を「大東亜聖戦」などと言い、A級戦犯の位牌を靖国神社に陳列し、20世紀の戦犯を、国難を救うためにはせ参じた功臣と見なし、数多くの政府官僚だけでなく政府首脳もアジア人民の抗議を無視して靖国神社を参拝して傍若無人にふるまい、国際社会に挑戦し、戦争を反省する内容を削除して真相を歪曲し、史実をねじ曲げるといった方法で公然と教科書を改竄して若者達を騙し、軍事費を急激に上昇させ、経済強国を軍事強国に変えることを図っている。いったい何をしたいのか。この一切の事実から見ると結論は一つしかない。つまり、これは狂気の軍国主義を復活する活動である。日本軍の細菌戦に身を切られる思いでいた中国人民はこれを静観することはできない。日本政府はなぜ見て見ぬふりをしているのか、世人は頭を冷静に保つべきではないか。
「前事を忘れざるは後事の師なり」。我々、日本軍細菌戦の被害者と証人は、日本政府に賠償を請求することを放棄できない。この問題を残したまま後世に引き継がせるわけにはいかない。残された問題を永遠に残すべきではない。我々があの血なまぐさい歴史を明らかにして賠償を請求するのは恨みを深くするためではなく、未来へと前進するためである。中日関係において、この歴史を解決することなくして、中日友好の堅固な礎を構築することはできない。日本侵略軍の中国人民に対して細菌戦を実施してきたその残忍さと、今日の日本政府の中国被害者の賠償請求に対する無視のため、我々は日本政府の中国人民に対する冷視や敵視の気持ちを深く感じている。それゆえ、日本政府に対する不信の念はさらに強まった。日本政府は中国人民の感情を直視して、尊重しなければならない。同時に、日本人の友人達が正義と公平を主張して、中国人民の訴訟を熱烈に支持したことに対して我々は深く感銘を受け、中日友好の望みを感じている。今日我々は厳正に賠償の要請を提出して、その目的は世界にその真相を明るみに出して、日本政府に正義を求めて、世界の平和を祈ることである。我々は真摯な態度で中日両国政府に我々の賠償要請支持と正義を主張することを呼びかける。
中国の日本軍細菌戦被害者来日訴訟代表団
全体代表
2002年2月8日