なんと云ってもCW

・・・・・何故CWなのか・・・・・

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【連続冒険小説】
 そもそも、一番初めにCWと云う物を意識したのは、小学生の頃だったと思う。 勿論「CW」と云う言葉は極最近に成ってから知ったのだが、それは子供向けの冒険小説に登場した。

 同世代の方の中には御記憶の方も居られるかも知れないが、確か 作者は久米元一と云ったと思うが、ある少年向けの雑誌に載っていた連載冒険小説なるものの中で、 主人公の少年がその兄と共に悪者 に捕まって、何処かに閉じ込められている、と云う設定の場面が有った。

  縛り上げられて猿轡を噛まされた状態では、お互い話も出来なくて、ただ顔を見合わすしかなかったのだが、 少年がふと気がつくと兄がしきりに瞬きをしている、はっと気がつくとそれはモールス信号に成っていたのだ。

  その少年はボーイスカウトのメンバーで、兄の方もそのOBだったので、モールス信号が出来たらしい。 その二人は、なんと目をパチパチやって、云わばウインク・モールスで会話をしながら相談して、脱出の方法を考える、と云う筋書きに成っていた。

 当然ながら、 首尾良く脱出して、悪者をやっつけて、目出度しめでたし、と成るのだった。 多分、和文だったと思うから、ホレだのラタだのと、やっていたのかと思うと、なにかおかしい気もするが、そのモールス信号でコミュニケーションが出来ると云うのが、 えらく格好良く思えた記憶がある。

 この事はその後すっかり忘れてしまっていたが、若しかするとこれがCW原体験だったのかも知れない。

  今でもボーイスカウトではモールスを教えているのだろうか、是非とも続けて貰いたいものだが・・・。

【BCL】
 その後若干長ずるに及んで、一時期BCLと云うものをやっていた、 「VOICE OF AMERICA」だの「VOZ DE LOS ANDES」だの「DEUTCHE WELLE」なんてのが聞えたと云って、喜んでいた。

 当然 短波ラジオ(SKY SENSOR/SONY)なので、ダイアルを回せばアマチュア帯のCWの交信も入ってくる。 これが分かると面白いだろう、と思って、本を買ってきて符号を覚えると、なんとなく交信内容が分かる様に成った。

 もしあの時点で、もう少し頑張って免許を取っていれば、今頃は泣く子も黙る(?)大OMさんに成って居たと思うのだが、 何故か無線もモールスも、その後立ち消えに成ってしまった。折角覚えた符号も、完璧に忘れてしまった。

div class="midashi-e">【430MHzで電信デビュー】  いわゆる草の根ネットと呼ばれていたパソコン通信を通じてパケット通信の存在を知り、無線の免許(4級)を取得、FM(430)も楽しむ様に成る。

 FMの仲間に、元通信兵と云う方が居られた。その7M1XAT/真鍋さんは、昔やった電信を生かしてアマチュア無線を楽しみたいのだが、当時4アマ。 軍隊では和文しかやってなかったので、3アマを取得する為に、欧文の符号を一生懸命覚えているとの事。 当然私よりは一回りは年上の方が、頑張って居られるのに刺激を受けて、3級に挑戦。 免許は真鍋さんよりほんの少し早く取れて、いよいよ電信に出られる様に成った。

 HFにQRVする環境には無かったので、取り敢えず430MHzのオールモード機、TRー851Dを購入(今も健在)、 電鍵はショップの店員に勧められるままに、エレキー(カツミのキーヤーとハイモンドの小さなマニュピレータ) を買ったのだが、真鍋さん、「基本は縦振りなので、先ずは縦振りでやった方が良い」と云われて、改めて今ではあまり見掛けない、 HKー909と云う縦振り電鍵(ハイモンド製)も購入。

 430MHzの電信帯を、いろいろワッチしてみるが、中々CWは聞こえて来ない。 それは当然で、今と同様、VU帯でCW局が出てくるのは、夜分帯の限られた時間だけだった。コンテストでもない限り、 平日の昼間のVU帯でCWが聞こえる事はまず無い。
 でも、当時(1992年頃)は、夜の限られた時間ではあったが430MHzの電信も、結構賑わっていた。和文が多かったが、欧文で初心者の相手をしてくれる局も居た。

【固有名詞は繰り返す】
 最初にCWで交信した時の事は、今でもよく覚えている。最初にしては大した戸惑いも無く、結構うまく行ったのだが、一ヶ所だけ、躓いてしまった。 それは、相手のハンドルである。そもそも電信では「HIRO」だの「MASA」だのと云う、ハンドルを使うと云う事を、よく把握していなかったのが、いけないのだが、 その時は相手から送ってきた符号は「MY NAME IS AKIAKI」と云う風に聞こえた。

 名前だから当然「山田」とか「木村」とかの姓を送ってくるもの だと、思い込んでいるから、 「AKI***」となれば「AKIYAMA」とか「AKIKAWA」の筈だから「AKIAKI」はなにかの間違いに違いないと 思って、何度も聞き返してしまった。 当然相手は「AKI AKI」と繰 り返していたのだが、それに気がつくまで、おそらく3、4回は繰り返させてしまった様だ。 こちらは余裕が無かったから、分からな かったが、相手の局は若干納豆気味だったのかも知れない。

【和文】
 430MHzは何と云っても和文が多い。それと、私よりほんの少し遅れて、例の元通信兵の真鍋さんも3アマを取得されたが、 彼はほとんど和文しか出来ないので、折角免許を取っても交信が出来ない。これはいかん、と思って、急遽今度は和文に挑戦する事になる。

 少し前から、怪しげなプログラムだが、「CW聞き取りソフト」の様な物を作っていたのだが、これにも和文を追加する事になる。 皮肉なもので、ソフトの製作過程では何度も何度も試運転をしなければいけないのだが、プログラムが一応ちゃんと動く様に成った頃には、 符号もあらかた覚えてしまっていた。
 TURBO PASCALで書いた、このソフトはPC98のMS-DOS上でしか動かないが、数局のローカル局には利用してもらった限りでは、結構好評だった。 将来DELPHIでも出来る様になったら、書き直してみたいと思ってはいるが、いつの事になるのやら。

 最初に和文で交信したのは、JR1TGT局で、確か欧文で交信した後、フォーンにQSYしてお話している内に、和文も勉強していると云ったら、 そんなら是非やってみましょうとか云われて、 再度電信にQSYした記憶が有る。この時の和文試運転は、結構スムーズに行ったと、自分では思っている。 TGT局、石川さんとは、住いも近く、現在同じクラブ員で、お空で、グラウンドで、NIFTYで、はたまたiMODEでと、幅広くお付き合いしてもらっている。

 7M1XAT局(真鍋さん、前述の元通信兵の方)とも、随分沢山交信させてもらった。 真鍋さんの符号は、縦振りで、長音がすこし長めの符号で、最初ちょっと戸惑ったが、すぐに馴れた。 腕が堅くなってしまって、昔の様には打てないと云うお話だったが、流石、と思ったのは、受信の確かさで、 普通滅多に使わない様な単語をいきなり打っても、ちゃんとコピーして居られた。 かなりの高速でも受信は大丈夫の様だった。

 いつの頃からか、「和文電信局リスト」なるものにコールサインが載る様になったが、いわゆる「和文局」に成るつもりは無い。 本人は「CQ ホレ」は一度も出した事が無いし、「CQ ホレ」に応答する事も、ほとんど無い。相手が限定されてしまうのがイヤだからだ。 自然な流れで、和文に移行して行くのが良いと思っている。

【FHAM】
 NIFTY SERVEは、一時抜けた事も有ったが、試験運用でまだ無料の時代から会員だった。 300ボーとか1200ボーとかでアクセスしていた時代だ。その頃はまだ無線もやっていなかったから、FHAMと云うフォーラムの存在も知らなかった(まだ無かったかも)。 正確には覚えていないが、FHAMのCW会議室に出入りする様に成っったのは電信を始めてしばらく経った頃からだったと思う。

 CW会議室はつい最近(2000年6月)10周年を迎えたそうだが、私がROMし始めたのは、おそらくその2、3年後からだろう。 その頃の会議室は、和文の話題で結構盛り上がっていた様だった。

 最初の内は当然ながらいわゆるROMをしていたのだが、おずおずと書き始めて、いままでに随分大量のゴミを残してしまったと思っている。 あの頃随分アクティブだった方で、今はほとんどお見掛けしなく成ってしまった方も、或は残念ながら故人と成られた方も何人か居られる。 JA3MKP局もそのお一人だ。

電信党
 電信党とは、あまり聞きなれない党だと思われる向きも多いかと思うが、党首が居て、党員も居て、 忘れた頃にだが党大会と称するものも催されていたので、明らかに実在していた様だ。
 党員たる資格は色々有った様に思うが、まず第一は、CWをこよなく愛する、と云う事らしい。自ら党員であると宣言するだけで、即入党出来て、 党内での役職も「党首」以外なら「書記長」でも「委員長」でも、「番頭」でも「下足番」でも、自由に名乗る事が許されていた。
 申し遅れたが、党首はJA7FWT(JO1FYC)/菊池氏であった。 電信党員たるものは、いやしくもCW以外のモードでQRVすることはご法度と成っていたが、中にはこそこそ隠れて、SSBだのFMだの、 と云う邪悪なモードに出没していた不良党員も居た様だが、もしこれが党首に見つかると、痛いお仕置きが待っていたらしい。
 時々新橋に出かけて行ったりもして、党大会なるものに参加、ON AIR、ON LINE、そしてGROUNDでと、様々な人たちと出会う様に成る。 気が付いたらいつの間にか、おこがましくも、電信党員などを自称する様にも成っていた。 FHAM関係のオフ会/アイボール会は、何故か新橋界隈が多い様だ。

 モービルからHFに良く出る様に成ったのは、大枚はたいて手に入れたSGー230による所が大きい。 固定の方は21MHzのZEPPが有るだけなのだが、これであちこちから移動運用をする様に成った。

 更に、 試しに購入してみたMDシリーズのホイップだが、今までホイップではとても駄目だろうと思っていたHF(特に短縮率の大きい7メガ)が、 CWだったら結構出来る事を発見、以来、ゲームスイッチ・キーの発明(?)、IC-706MK2の購入もあって、モービル運用のアクティビティがぐんと上がる事になる。 MDのコイルも、次々買い足したので、5、6本がゴロゴロしている。

 そんな事で、運用の方は、HFに関しては99パーセントがモービルからの運用、モードは100パーセントCW。 自宅から電信で出る時は、144MHz、430MHzでコンテストに参加する時か、夜分帯にラグチュー(勿論CW)してるかのどちらかだ。

 この環境で、時にはDXのコンテスト、或は国内のメジャー、ローカルのコンテストに参加したり、車を転がしながらラグチューを 楽しんだり、 自宅からVU帯のCWで、ラウンドQSO、ETC、結構楽しめるのも、CWならではだろう、 フォーンではこうは行くまい。最近では、無線、NIFTY、 インターネット、グラウンドでのミーティング、それにiMODEメールまでがリンクした、 新しい形態の楽しみ方も発見した。