抑(そもそも)、弓道の修練は、動揺(どうよう)常(つね)無き心身(しんしん)を以って押し引き自在の活力を有する弓箭(きゅうせん)を使用し、静止不動の的を射(い)貫(つらぬ)くにあり、その行事(ぎょうじ)たるや、外(そと)頗(すこぶる)る簡易なるが如きも、其の包蔵(ほうぞう)する處(ところ)、心行想(しんぎょうそう)の三界( さんがい)に亘(わた)り、相(あい)関連(かんれん)して機微(きび)の間(かん)に千種万態(せんしゅばんたい)の変化(へんげ)を生じ容易に正鵠(せいこく)を捕捉(ほそく)するを得ず、朝(あした)に得て夕(ゆうべ)に失い、之(これ)を的に求むれば、的は不動にして不惑、之を弓箭(きゅうせん)に求むれば、弓箭は無心にして無邪(むじゃ)なり。唯々(ただただ)之を己に省(かえり)み心を正しうして一念正気(いちねんしょうき)を養い、正技(せいぎ)を練り至誠(しせい)を竭(つく)して修行に励むの一途(いちづ)あるのみ。正技(せいぎ)とは、弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり。心を総体(そうたい)の中央に置き、而(しこう)して弓手(ゆんで)三分の二弦(つる)を推(お)し、妻手(めて)三分の一弓を引き、而(しこう)して心を納む、是(これ)和合(わごう)なり。然(しか)る後、胸の中筋(なかすじ)に従い宜(よろ)しく左右に分かるる如く是(これ)を離つべし。書に曰(いわ)く、鉄石相剋(てっせきあいこく)して火の出ずること急なり。即(すなわ)ち金体白色(きんたいはくしょく)、西半月(にしはんげつ)の位(くらい)なり。
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