VOL 9 Black eyes
「何か、陰気な店だと思ったからさ…」
と、中年男の客は言った。
陰気…? 確かに、店全体に漂う雰囲気は決して明るいものとは言えない。
けれど、此処は『バー』だ。
最近では、カフェのような、ガラス張りで明るい店も多くなってきているらしいけれど、『バー』という言葉の持つ印象は、どちらかといえばビルの片隅の狭い店や、地下の薄暗い…
そう、この店のようなものを想像するのが普通ではないか。
だから、私は此処に足を踏み入れたわけだし…。
他人から見たら、若い女が独りでバーで飲む姿は、いかにも『失恋しました…』『男と別れてきました…』等のオーラを背中から発しているようにしか見えないはず。
ましてや、きっと私の表情は今にも自殺でもしそうに暗かったに違いないから。
再び戻って、此処に勤めることを許してくれたマスターやバーテンも、きっと、そんな私の様子に同情?でもしてくれたに違いなかった。
「こんなに客がいなくて、バーの経営なんてのも大変なんだろうね。まあ、私たちみたいなサラリーマンよりは気楽でいいか…」
中年男は、自嘲気味に言いながらも、何処か優越感も匂わせた言い方をして、ただ相槌を打つだけの私の顔を見た。
その目が、どんよりと光りを失って見える。
『…だいぶ酔っているのだろうか……?』
だって…今は、カウンターに並んで座る中年男と私、そして、カウンターの端にいる若いカップルの背中の後では、少し年増のOLらしき三人のグループや、訳ありそうな熟年カップル、時々酔いに任せて奇声を上げるサラリーマン風の四人のグループ…。
二度目に此処に来た時に、短時間で客が多くなっていることに驚いたんだもの…。
これらの人々に、この中年男は気付いてない…?
「お客さん、ちょっと飲み過ぎじゃないですか…?」
早くこの客から解放されたくてチェックを促そうとした時、シェーカーを振っていたバーテンが、カウンターの向こうから私に目配せをした。
「後のテーブル席にご案内して」
バーテンは微笑みながら私に言うと、その優しい笑顔を中年男に向けた。
「お客様、当店オリジナルのカクテルをサービスさせて頂きますので、テーブル席で、ごゆっくり味わってください」
「お!…サービスいいねえ」
中年は、ふらつく足をスツールの下に下ろすと、真後ろの小さなテーブル席に向かって歩き出した。
「あの…でも、あのお客さん、だいぶ酔ってますよ。此処の…」
「テーブルの客の姿が見えてない…と言いたいんだろう?」
「…どういう?」
足元から急速に冷たいものが身体に駆け上がって来る。
「いいんだよ、見えてなくて。彼にとっては、そんな事は問題じゃない。あの隅のカップルにだって見えてないのさ」
そのカップルに目をやった時、二人が申し合わせたように私たち二人を見た。
その目は、ただの黒い穴にしか見えず、私は思わず声を上げそうになった……。
to be continuid・・・ |