NO11
欲しい物を欲しいと言う男・・・・・
欲しい物を欲しいと言えぬ女・・・・・
純粋で有るがゆえに交差する想いが、2人を呑みこんでいく・・・
(蜘蛛編)
飛ぶ鳥 飛ばぬ鳥 飛べぬ鳥 4
ネオは眠るクロロを起こさぬように、忍び足で車を降りる。
ボンネットの鼻先に腰を掛け、夜空を見上げた。
鮮明に照らし出された月は下弦に近づき、満天の星は頭上から降りそそいでくるようだった。
冷えた10月下旬の空気が思考を鮮明にしていく。
ゼロはどうしているのだろう・・・・・
きっと私を必死に探している・・・・・
居なくなった自分自身を探しているのだ・・・・・
今まで2人で一対を成して生きてきた。
ある時から独立しようとする自我が生まれてくる。
半身はそれを許さない。
愛するがゆえに離そうとしない。
残りの半身も愛するがゆえ、独立することが裏切り行為のように思えた。
そんな葛藤に、身も心も引き裂かれる想いだった。
((最初からゼロ一人で生まれてくれば良かったのに・・・・・))
飛ぼうとすれば見えぬ糸が翼に絡みつく・・・・・
一滴の涙が線となってネオの頬を伝わっていく。
暗い車内から、後ろ姿をクロロが見守っていた。
秋風に漆黒の髪が揺れ、こころなしか肩が震えているように見える。
男は再び眼を閉じた。
30分もたった頃、ネオは冷え切った身体で静かに車内に戻る。
寒さのせいか少し青ざめて見えた。
助手席に深く凭れ掛かり、小さく溜息をつく。
何気なく運転席に顔を向ければ、目覚めた男と眼が合う。
何も言わずシートを起こし、エンジンを掛ける。
そしてヒーターのスイッチを入れた。
「風邪をひかれては困るからな。」
軽く2、3度アクセルを煽り、車を静かに発進させる。
満天の星が望める丘が、どんどんと後ろになって行く。
車は暗い脇道から広い国道にでた。
時たま対向車とすれ違い、その都度にヘッドライトが2人を照らす。
クロロは一瞬明るくなった車内のネオに眼をやる。
「どうだ、少しは温まってきたか?」
「ええ、だいぶ。」
そう言いながら、きれに折り曲げた足を擦った。
冷えていた脚が、体温を取り戻してきている。
クロロが時間を確認した。
車内の時計はpm8:10を表示している。
「そろそろだな。」
「・・・・・」
「もうすぐ連中が会場を襲う時間だ。」
右手でハンドルを握りながら、左手で額の包帯を器用に外していく。
そしておもむろに前髪を後ろに掻きあげる。
額の青く刺青された十字を、対向車のライトが照らし出す。
柔らかい表情は消え、口元を上げて笑う男の顔は幻影旅団の頭目に戻っていた。
「8時だなんて、随分早い時間から襲撃するのね。
今頃は会場近くのホテルでは、オープニングパーティーが始まったころだは。」
ネオはあまりの時間の早さに驚き、顔を顰める。
確かゼロも特別招待客として、呼ばれていた筈だ・・・・・
「今回は会場の宝石を襲う者と、金庫室に保管される宝石を襲う者と、2手に分かれる計画になっている。
問題なのは金庫室の方だ。
販売目的ではなく、展示用として各王族・貴族から貸し出されている国宝の品さ。」
「そんな宝石を盗んだら国際問題よ。」
ネオは肩を竦めた。
「宝石は展示時間が終了すると、安全のために毎日金庫に保管される。
テクノロジーを結集した金庫室は、二重三重に能力者が警護する。
さらに具現化系の念能力者が内側から防御壁を作り、強固に護られているというわけだ。
念の名前を『開かずの宝石箱』というらしい。
一度金庫室にしまわれたら、翌日の指定された時間まで誰にも開けられない。
宝石は8時30分に金庫室に納められる。
だからその前に襲う。」
クロロは襲撃の手筈を緻密に語った。
それは宝石を奪うために、大勢の人が殺される事を意味していた。
「クロロは宝石が好きなの?」
人の命を奪ってまでも、宝石に執着するクロロの理由が知りたかった。
単に金を奪うつもりなら、銀行でも襲った方が効率がよい。
だが、幻影旅団が銀行を襲撃したなどとは、聞いたこともない。
「綺麗だろ・・・・・云われのある石は神秘的で美しい。
あの輝きに幾つもの物語が秘められている。
今回はそんな宝石が多数出品されているのさ。」
まるで夢を語る少年のような顔をする。
クロロにとっては金銭的な価値よりも、背景の方が重要な要素らしい。
ネオはクロロ=ルシルフルという男が単なる盗賊には思えなかった。
グラナード家の裏の仕事を担当する彼女は、以前からディープなサイトで幻影旅団の情報をかなり集めていた。
あまり蜘蛛であることを隠さない彼らの行動は、足跡を大量に残している。
サイトで知る彼らは、冷酷・非情で凶悪犯罪を繰り返す集団だった。
だがそれはイメージ的なものである。
なぜなら犯罪の足跡は大量に残しているものの、当の個人情報がまったく残っていないからだ。
現場で彼らと遭遇したものはことごとく殺され、犯人の資料となるものが何も得られていない。
現場となったそこに設置されたビデオなども破壊され、個人を特定できるものが何もなく。
只、大胆で残酷な手口から幻影旅団の仕業と断定された。
それでもゼロはコネを使い、彼らの正体を暴き出した。
流星街の出身者を母体としていること、現メンバーの写真と名前を全て手に入れた。
そのために、多くの金と時間を費やす。
眼の前の男は感情の起伏こそあまり見せないが、時おり人間臭さを感じさせる。
それでいて常に死を覚悟している人間の臭いもした。
物事を大局的にとらえ、幻影旅団の頭目として12人の凄腕の念能力者を束ねている実力。
自信に満ち溢れ頼もしい姿は、盗賊としてカリスマ性をそなえていた。
一人の男性としても、十分過ぎるほど魅力的だった。
蜘蛛達が仕事を始めたであろう時間に、ホテルに帰り着く。
コテージに横付けにされた車の音を聞きつけ、玄関にコルトピが迎えに出てくる。
「おかえり団長・・・・・それにネオも。」
「コルトピ、ただいま。」
手を軽く上げて答えるクロロの後ろに、隠れるようにネオが立っている。
そこからひょこりと顔を出す。
「ただいま・・・・・昼間はごめんなさい・・・・・つい、かっとなっちゃって・・・・・」
すまなそうに小さな声で、俯き気味に言う。
『重き神の裁き』を使い、コルトピの動きを封じたことを謝った。
「あ〜そのこと、気にしないで。
誰だって監視されるのは、気持ちいいものではないからね。」
一拍おいて答えたコルトピの表情は、長い髪に覆われ判らない。
従って、本心で言われた事なのか、ネオに確かめる術は無い。
クロロに即され、躊躇していたネオは建物に入る。
着替えてくると一言残し、男は寝室のバスルームに消える。
コルトピとネオがリビングに取り残された。
((できるものならシャワーを浴びて、私も着替えたい))
そう思うネオだったが、不幸なことにネオは着替えを持たない。
身の置場に困りうろうろするネオに、コルトピが話しかけた。
「少し落ち着いて腰掛けたら。」
眼がソファーに座れと命令している。
クッションにへたり込むように腰を落とす。
じっとその行動を見ているコルトピに、
「クロロってどんな人?」
いくら会話に困ったとはいえ、あまりにも愚かな質問をしたとネオは自分を呪った。
「団長?団長は団長だよ。」
見てのとおりと言わんばかりの口調だった。
「今日は一日いっしょに居たんでしょ?
見たまま感じたままでいいんじゃないの。」
((それがよく判らないから困るのに・・・))
幾つもの顔を持つであろうクロロに若干興味を持ったが、いづれは帰る身と、
「そうね・・・・・」
と曖昧に答える。
30分もたった頃、クロロが戻ってくる。
その姿はシャワーを浴びてさっぱりしていたが、オールバックにされた顔はきつく、背中に逆十字の黒いコートを着こみ毒があった。
黒曜石の瞳は鋭くなり、薄い唇が冷酷な印象を与える。
先ほどまでの好青年が、禍神のように変身している。
これが本来のクロロ=ルシルフルの姿なのだろう。
手には赤い『魔女の書』を持っていた。
クロロはネオの隣に腰掛け本を開く。
一瞬ネオに緊張の色が走る。
悠然と本を読む男には、女など眼中にないように見えた。
それに安心してか、今日一日の緊張が疲れとなって眠気を誘う。
意識が半分まどろみの時間に飲まれ、うつらうつらとしてくる。
背筋を伸ばすことで最後の抵抗をしていたが、それも危うくなった。
クロロは本から眼を反らすことなく、ネオの肩に腕を廻し自分の肩に凭れ掛からせる。
頭の重みを男に預けた瞬間、深い眠りに引き込まれていく。
リビングの時計が10時半を指したころ、クロロの携帯にメール着信が入る。
シャルナークからのメール
*****
任務無事完了
これより約束の地点に向う
祝杯を共にあげたし
シャル
*****
クロロの口元が上がる。
「コルトピ、シャル達と合流するぞ。
ここをすぐ引き払う。」
そう言うと、眠るネオの腕を掴んで立ち上がった。
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2006.11.07
2007.05.16修正・加筆