山ちゃんの素顔・持論






   

山ちゃんの素顔・DNA
   
   (御つき合い・ご交流を頂く時、私を知っていただく事が先ず第一と思っていますが、オフィシャルな
   時間に話せなくて、アフター5の交流でマンツーマンで話せるプロフィールをお話します)


   
      
大好きな樹は楓。四季に合せて変化し、一本で良し、森で良し。写真は福地渓谷の紅葉


[身体的特徴等]
身長:173cm・体重:70kg→90kgへ増量・頭髪減(禿げ気味)・血液型:AB型・遠近両用メガネ着用
干支:未・星座:乙女座(一日違いで獅子座)

[特 技]
有名・メジャーになる前の人・物・作品等に着目&発掘する事。
[EX]:「隠された十字架発刊前の梅原猛]・[第1巻:イワシの巻からのはまちゃん]・[放映第2回目からのパペポ]etc

[好きな街]:神戸 ※神戸まち探訪(下町・商店街レポート)美しい都神戸から
[好きな色]:エメラルドグリーン
[幼年期]
出生地:兵庫県の山間部(播州と但馬の境界)でメジャーではないが、平家落人伝承のある土地柄。古老達は「武士は食わねど」の気風あり、古い真言宗のお寺(最近他界した同級生の坊主が84代とか・・)以外は自然しかない土地で自然児として生育。幼少時は今では無くなりつつある伝承の季節行事がごく当然の事として行われ、コミュニティが成立していた。
下の写真は、集落上流のススキの高原「砥峰高原」でかっては軍馬の放牧場・農家の牛の食料(干草)&萱葺き屋根材の調達場として機能してきたが今では自然観光地と化している。

             
環境:山と川、自然しかない生活環境。柿、栗、李、等の果実他野生のアケビ、山葡萄、野イチゴ、野菜は当然路地野菜、蛋白質は、野ウサギ、ヤマベ(川魚)を捕って食べる。遊びは当然小刀で竹で竿を作り、お母さんの針を焼いて釣り針を作り、箱メガネも当然自作。おやつ・玩具を買うと言う発想自体なっかた。唯、毎月の「小学館の子供雑誌」はお小遣いがないとダメ。自然の美しさ、危険さは体で覚えた正に「自然人」だから、馬と幌馬車を除けば、西部劇のインデアンの生活スタイル・開拓者のキャンプシーンに違和感はなかったですね。
文 化:この様に言うと未開拓原始人のようですが、「生野銀山」(三菱鉱業所:現三菱マテリアル)の町「生野」の隣町であり、江戸時代から世の中の情報・文化の伝播は早い所なんですよね。
[青少年期]

中学時代
中学・高校とS18年組は、学校でも地域社会でも「腕白」で名が通っていました。
今でも、同窓が集まると恩師は「手を焼いた」と愚痴ります(内心嬉しそうに・・)確かに血の気が多いクラスでした。訳など無く、ウズウズして来るとストーブに水をかけ煙の教室にして教室から脱出して裏山へ逃亡。でも、女性軍には頭が上がらず窘められスゴスゴと降参。
そんな中で、私に影響を与えてくれた第1号が今は亡き近藤と言う酒好きの英語教師です。当時「郵便友の会」とかでペンパルと言う会があり、碌にまともな英語も書けぬぬ身でj.ハリスの「手紙の書き方?」(旺文社)を虎の巻にして、英国とアメリカ(西部)の女の子と文通を始めたが、当然返事の応用が利かず助けを求めたのがきっかけで、生意気な青臭い中学生の人生論に付き合ってくれた。
近藤さん(当時から近藤さん)の大阪外大時代の先輩が司馬遼太郎で、司馬遼太郎(当時は未だ新進作家だと思う)を始めて知ったのは「近藤さん」からだった。後年証券会社時代に大作家司馬遼太郎宅へセールス電話してみたら本人が出てきて「近藤さんに英語習ったのならあんた英語ダメジャロウ、ハツハツハ・・」電話であるが肉声で笑われたのが今でも記憶に残っている。「株?金の事は奥さんの仕事で俺は何もわからん、ハッハッハ・・」と言われた事も。
この「近藤さん」と担任の「松田さん」が図って夏は「水泳」春・秋・冬は「駅伝」でやんちゃ軍団をヘトヘトにさせた。今、現場を走り回っておられるのはこの時の持久力トレーニングのお陰と思っている。

高校時代
暗くグレーの時代であった。元気グループから離れ、「美術部」で水彩を我流で描きなぐっていた。対象は「自然」。多感でナイーブな暗い思春期。映画にのめり込んだのもこの時期で、j.pベルモンド、ジャンギャバン、ステイーブマックイーンの顔が何時も頭の一角に映像として住んでいた。
                 
大学時代
グレーな高校時代、抑圧の3年間の鬱積が爆発?
京都での4年間は楽しく充実したものとなった。激しく、忙しくもあった。
先ず洗礼を受けたのが全共闘後期の学生運動で、即席仕入れの観念論を振り回しながら集会・デモに明け暮れた。確かに赤い血潮がピュアに騒いでいました。
でもチョット違うで・・と冷静に覚めるのも早かった。きっかけは「島倉千代子の涙」とか「大阪人(日本人)の笑い」とか変な話をやっている哲学教室の冴えないが印象的なおっさんに会ってからである。(文学部へのもぐり聴講なので、交流機会はなくその他聴講生だったのが今思えば残念でもある)
このおっさんから何を学んだかと言えば「考え方・思考方法」だったと思う。このおっさんが後年「隠された十字架」で脚光を浴び、歌舞伎の脚本でメジャーになった時は自分の事のように嬉しかった。
(※アルバイトで貸し本屋の営業をやった時、飛び込んだ先でとびっきり美人の奥様に「ホホホ・・宅は本関係のお仕事をしておりますのよ」と笑われて帰りに表札を見ると「梅原」とありました。)
総長は、痩せていてせも低く年老いた老人なのにやっぱりこの人は大きく畏敬の人だった。
大講堂で「・・・そうじゃ無いン・・」と若く張りのある声で「法の精神」を説く末川博の余韻は私のDNAの一部にこびりついている。
「未来を信じ、未来に生き、何時も心に太陽を持って、清く明るく健やかに」
卒業時に頂いた末川博の自筆の纂は座右の銘として今も心の床に掛けています

                  
[社会人]
証券会社時代
私はへそ曲がりなのか?
S41年は山一證券倒産の翌年で不況のど真ん中。その最たる証券会社で社会人第一歩をスタートした。
幸い「ノルマ証券」でなかったので企業勉強する事もできて有り難かった。当時、株屋というイメージ(「相場師」)の強かった世界であったが、会社が銀行系で債権市場に強い関係もあって、当時から「直接資金調達・新規上場企業の発掘等」の勉強も出来た。研修期間中は法人部ルートで企業視察・企業分析等の実習が出来て有難かった。
営業部で3年もたつと、お客様の数も増え一端の「株屋」気取りになって行く。株価低迷時期で少々の取引でも株価に影響が出る。ガン新薬話を同期が道修町で聴いてきて、同期のグループ客の資金量を検討して相場を作ったりも出来る時代だった。しかしこんな生意気が通る世界ではない。とうとう支店長が見かねて「会社を取るのか、お客様を取るのか」話に為ってしまい会社を辞めましたが得る事も多かったし後悔も有りませんでしたよね。(いやァ・・若かったですよねェ:笑)

               
開発会社時代
子供も出来て生活をしなければならず、開発会社に潜り込んだ。
企画開発と言う事で此れが幸いでした。立地調査、開発計画、用地買収、開発許認可、工事工程管理と不動産開発実務の習得を此処で習得出来たのである。(大手DVであれば、多分ある部門の「パーツ」になってのサラリーマン人生だったでしょう。

               
チェーン店時代
開発会社の隣りのビルに活気のあるチェーンストアの事務所があった。
そのチェーンの知り合いから「店舗開発のスタッフ」が足りない、と言う事で誘いがあり、何とも活気のある会社だったので今の仕事に不満は無かったが誘いに乗り愈々「店舗開発屋」の卵が誕生しました。
「良い物をより安く」開発に限らず、商品部等専門分野の専門家は夫々商社、不動産、繊維会社等々の転職組が入社その日から業務に奔走している。そんなエネルギーに流石の私も驚きました。
此れで良く統一の取れた企業活動が出来るものだと、又この熱気の源は何なのだと。
1ヶ月でその源が理解できました。「良い物をより安く」を実現する為に、その1点でトップの下に1ヶ月前に入った私までもが心底情熱を傾けているのです。
量的にも質的にもその後変遷がありましたが、30年弱私がここで「開発屋」を続けて来られたのも、この「熱き物」があったからです。

                         
現在:フリーの「店舗開発屋」
2000年にサラリーマンを辞め、西宮に居所を定めフリーの「店舗開発屋」をスタート、現在に至ってます。
テナント探しの方はこちらへ、
店舗をお探しの方はこちらへお越し下さい。
又、新規にご連絡・お問い合わせ頂くときは[e-mail]でお願いいたします。
あれだけ狂っていた「波止釣り」も此の処すっかりご無沙汰です・・・。

                      
                                                       


次はァ〜山ちゃんの言いたい放題・・・・・でェ〜す。

   
持論(オフレコ:言いたい放題)
    

山ちゃんの言いたい放題


[「家」よりも「屋」が好き]
最初から、全く私の趣味志向体質の話で失礼しますが、「○○家」よりも「××屋」が好きなんです。
「建築家」さんより「土建屋」の方が好きなんです。
「建築家」はアトリエでグラビア雑誌にのる家の図面をパイプを咥えながら引いていそうで、一方「土建屋」は鉢巻姿で汗を流しながらリアルな人間の住む家の基礎工事でブルドーザーのハンドルを握っていそうなイメージなんですよ。


[偏差値秀才がヤバイぞ]
幼児期から「受験秀才コース」に乗った「偏差値秀才」が「医者」「弁護士」「官僚」「大手企業の経営」の中枢を独占し、日本国の経営・舵取りをしていて、本当に大丈夫なの?
リアルな個々の家庭の生活実態を承知しているの?どうも受験技術・知識と本来の知識・知恵とは異質に思えて仕方がない。コンピューターが弄れる事とコンピューターを使って何をやるのかとは全く違った事柄なんで、私の無責任な勘だと、どうも感じとしてそんなヤバサを感じる。
元々官僚は幕藩体制から外れた20歳前後の国を憂いた天下国家を思う下級武士の気概と目標があったればこそ機能してきのではないんでしょうか?
※「若いインターン上がりの医者が私がインフォームドコンセントを望んだ時、コンピュータ画面から顔をあげて私の方を見て話せなっかた」と言う話を知人から聴いてゾーとしてしまいました


[法秩序]
最近特に怒りと失望感を覚えるのが、
「不法滞在外国人の強制送還」に対する行政の対応です。TV等マスコミで取り上げているケースの大半は「認められるべきケース」が多いが、入管・法務省の対応は?が多く、法律不備なら立法府(政治家)の感度も鈍すぎるんじゃないですか?それだけなら未だしも犯罪組織の取り締まりは出来なくて無法化している地区まで出現しているじゃないか!!
法律不備で今1つ問題なのが
「離婚後300日以内に出生した子は前夫の子」と言う法の為戸籍届けが出来ないという事例。
立法に携わる政治家先生方、行政に携わる官僚の方々、どうなってんでしょうか?


[IT社会と既存秩序]
フジグループとライブドア-が連日マスメデイアで取り上げられている。特にアナログ地上波TV局の取り上げ方は一部を除いて一様に浅薄な切り口。この問題だけじゃなく、TV番組を総覧してみるとどの局も同時間帯に同じようなコンテンツを発信している。IT社会へ移行し、益々多様化・広域化が進む時代にあって、ライブドア-の堀江氏のTVとITの融合という問題提起を既存秩序派はもっと真摯に考えなければいけないんじゃないの?
※「特捜部」が起訴した罪名を犯している企業って沢山あるじゃない?ライブドアーを潰す本当の背景て何なの?


[抽象的お題目がヤバイ]
お店を見て歩いてまして(特にチェーン店に多いのですが)popやディスプレイで気づくのが、例えば「入学セールコーナー」とか「運動会用品セール」と言う、シーズン催事展開を演出いたします。
それ自体全く非の付け所が無いのですが、荒を探すわけじゃ無いけど、「○○小学校の運動会は何月何日?」について店長は解ってんの?売場の主任さん解ってんの?と言うお店が時々あります。そんなお店でも、パートさんが真面目な奥さんだった場合は接客対応も含めてお客さん対応してますが、そうでなければダメじゃこの店は・・状態です。抽象的なお題目を生のそのお店のお客様の地域の「具体的なニーズ」に対応した売場にしなきゃネエ!。
○○小学校の運動会の1週間前に弁当売場つくってどうすんの?まさか○○小学校の運動会が何時なのか調べていないんじゃないでしょうナ?。10月は「運動会シーズン」という本部のお題目のお仕着せをそのまま聴いているだけじゃないんでしょうな。(失礼、言い過ぎました。でもそうとしか思えんお店を時々見かけます。)


[「難しそう」と「難しい」の違い]
これも私の偏見なんですが、パソコンを弄れない人はパソコンを弄っている人を見ると「難しいことをしている」と思い勝ちじゃないですか。でも夫々の分野で専門家になれば「難しい」事じゃないはずです。
「難しい」とは「ある問題事項を解決する方策を考え解決するこ」であり、「新しく有益な物・事を見つけ出し、創りだすこと」である、と思っています。
(※今度名大の先生がノーベル賞受賞のニュースが流れましたが、どうも「受験技術型秀才ではなさそうですネェ、そういう事を言いたかった訳です。)


[「総中産階級社会は維持出来るの?]
「良い物をより安く」。時は高度成長期、「大量生産、大量消費」の潮流に乗ってアメリカの「セルフサービス技術」を取り入れて、SM・GMSの所謂「量販店」が世に言う「流通革命」の名のもとに全国チェーンを展開。消費生活・生活様式を変えた。
私もその流通業界で30年弱を過してきた。
しかし、世紀が変ると同時に、世の中の質的な変化が目に見える形で現れてきた。
マスプロから小量多品種へ、ITによる情報革命、人・物・金のグローバル化、右肩上がりの終焉・・・。
はたして、億を越す日本人が、世界の魚・肉・木材・石油・ファションブランドを漁り尽くしてきた「総中産階級社会」をこれからも維持して行けるのでしょうか?


[なにが「ガーデニングじゃ!]
「ガーデニングブーム」?なにが「ガーデニング」じゃ。ちゃんちゃら可笑しい。
私は決してイングランドの「ガーデニング」を拒否している訳じゃ有りません。誰が仕掛け人かは知らんし、知ろうとも思いませんが、ジャーナリステックな薄っぺらTV園芸家の園芸コーナを見て「ガーデニングブームにのる軽薄ベランダ園芸愛好家」の軽薄さが嫌なんです。
HCのグリーンショップに群がるお客様の風情を観察していてもそう思う。
あんた等そんなに好きなら何故簡単に「日本人の家」を捨て「食」を捨て「衣」を捨て「歌」を捨て「庭」を捨てたの?
戦争で負けた、ドサクサに捨てて良いもの悪いものの選択もセズ、軽薄にも全て捨ててしまって其の意識もないあんた等に「大ブリテンの庭の心」が解って堪るか。厳しく、優しく、美しい自然の美が、いとも簡単にかって何処の家(自宅)にもあった「前栽」「箱庭」をぶち壊して捨ててしまった心に「ガーデニング」の良さが解って堪るものか?(※此処から先は好き嫌いの範疇ですが、「楓:紅葉の自然の美の世界」が解りますか?ちゅうの)











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