本敷地の耐震性について、以下の日本の大地震後の基準法改正を表にして述べます。
主な地震   年代   建築基準法の変遷 主な改正項目
      1914-4(T8) 市街地建物法制定  
関東大震災

M7.9

1923      
      1924-9(T13) 市街地建物法改正  
北伊豆地震

M7.3

1930      
鳥取地震

M7.2

1943      
福井地震

M7.1

1948      
      1950-11(S25) 建築基準法制定/旧耐震設計法  
新潟地震

M7.5

1964      
十勝沖地震

M7.9

1968      
      1971-1(S46) 建築基準法改正/耐震設計法の移行期 柱のフープ10cm以下

杭の水平力の検討
本建物 E-Building   1971-8-2 確認申請/Application to City Office   
東京都〇〇区建築審査課に申請、中間及び完了検査受領   1972-6-29 検査済証/Goverment Certification  
宮城地震

M7.4

1978      
      1981-1(S56) 建築基準法大改正/現在の新耐震法 ピロテイ形式・偏心建物の柱の割増補強

保有水平力の検討
兵庫県南部地震

M7.2

  1995-1 (阪神淡路大震災)  
宮城県北部地震

M6.4

  2003-7    
十勝沖地震

M8.0

  2003-9    
新潟県中越地震

M6.8

  2004-10    
福岡県西方沖地震

M7.0

  2005-3    
能登半島沖地震

M6.9

  2007-3    
 考察:  
 

 日本における耐震基準の改正の契機となった十勝沖地震について述べる。:地震の被害はやはり地震の強さが設計地震荷重を上まわったからであり、1971年当時設計せん断力係数はC=0.2であった。十勝地震の場合、M7.9で52名の死者が出た。予想地表面加速度(200〜300gal位)。1988年のメキシコ地震の場合は、当時耐震基準では設計せん断力係数はC=0.06終局、(170gal)であったため、M7.2でも死者1万人と聞く。なおメキシコの場合、支持地盤が旧湖地域が多かったことも被害を大きくした。日本では、十勝沖地震の後、上記の表に記載したように柱のせん断力に対応するため柱のフープを10cm以下に、くいの水平力の検討を改正の中に入れた。当該建物は、その改正後の耐震基準にそって申請され、許可の後、全ての検査に合格したものである。(役所の検査済証添付)。なお当敷地の支持地盤は強固な山の手の洪積層からなり、東京都の地盤を40に分類した場合、38地盤型となっております。実際、当敷地の地質データを取り寄せますと、GL-22Mにて、N値50のレキ層があります。上の38の分類とも合致しています。なお1978年の宮城沖地震の後、設計せん断力係数はC=0.3に改正され今日の新耐震基準の改正の契機になった。本建物は1971年の構造基準の第1段階の変更の後の申請となり、柱の挫屈、杭の水平力等の法改正の後に完成された点で、一応の強度が確保できていると判断できます。

(株)アーキシステム建築設計事務所

1級建築士 奈良隆一