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ドライバーの理想郷を目指したA・T・G
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| 代表取締役社長 堀 雄登吉 |
昭和12年(1937年)、東京新宿に私は生まれました。
少年のころから機械が好き、走るのも好き、競争が好き、そんな私でした。
13歳で自ら製作,改造したマシンでレースデビュー。以来、私の人生のすべてがレースでした。
今日もレース、明日もレース、そんな明け暮れの中でいつも思うことがありました。
マシンのメンテナンスの緊張から解き放された時は、とにかく手を洗う水道が近くにあったらなぁ〜、そう思った。
夜遅くサーキットに着いた時は,せめて安眠出来る場所が近くにあったらなぁ〜、そう思った。
サーキットで走り廻った後は、とにかくゆっくりと疲れを癒せる場所があったらなぁ〜、そう思った。
宿泊設備があり、水道の完備したガレージがあり、仲間と心おきなく語り合えるコーヒーショップがあり、
そして充実した設備のある整備工場がある、しかもそれはサーキットの近くでなければいけない。
出来れば、車をガレージから出したら、押して行くだけでサーキットに運べる、そんなロケーションであって欲しい。
こんな夢を描きつつ、練習に、レースに、あるいはメンテナンスに打ち込んだものでした。
言葉を変えれば「モーターパラダイス=ドライバー&ライダーの理想卿」です。
現役を退いた時,これから私の成すべきことはこれだ!この施設を作ることだ!
これこそ私を励まし,育て、包み込んでくれたレース界へのささやかな恩返しだ、そう心に誓ったものでした。
オートルック・ツクバ・ガレージ(A・T・G)は、まさに私の夢が実現したものです。
過去25年間で32名のフォーミュラーチャンピオンが育って行きました。
その中にはFー1ドライバーになった片山右京もいます。これらのことは、
私の目指す方向性が決して間違っていなかった証明であると信じています。
まだまだ不備な点の多々ある施設ですが、一歩一歩、その理想に向って歩んで行きたいと思っています。
2000年夏にはアメリカン・ダート・オーバルコース、「ホリー・スピードウェー」も完成しました。
日本初のプライベートのオーバルコースです。
これらの施設から第2、第3の片山右京、中谷明彦、樋口統也、そんな選手が育ってくれたら、そう願ってやみません。
その為に私の25年に及ぶレース生活から会得したノウハウを提供できるなら、それはまたこの上ない喜びでもあります。
スピードを愛し、レースを愛する人が一人でも多く
「オートルック・ツクバ・ガレージ(A・T・G)」の扉を気軽に開けてくれることを願ってやみません。
昭和12年5月16日、東京・新宿の柏木 (現在の本町=東京都庁の近く) に生まれる。
雄吉(ゆたか)と名づけられたが姓名判断で雄登吉(オトキチ)と改名。
その名の通りオトキチぶりを発揮する。
13歳でバイクを手作りし、自分の学校の先生に販売。先生の半数が氏のユーザーとなった。
その後自ら製作,改造したマシンでレースを荒しまくる。
2輪では、50cc、90cc、125ccの3階級を制覇しチャンピオンになる。
その後32歳で4輪に転向。
70年のJAFグランプリに手作りフォーミュラーマシン・オトキチSPLで出場、ファクトリーを制し優勝。
以来連戦戦勝、FLキング(フォーミュラー・リブレ)の異名をとり、時の人となった。
1978年に茨城県・筑波サーキット前にオートルック・ツクバ・ガレージ(A・T・G)を開設。
近年「ツインリングもてぎ」前にも拠点を持ち、
後進に夢を託し、新人レーサー育成に情熱を傾けている。
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