シルヴァリート 番外編
鹿の木のもとで:
或いは、禁じられた言葉
written by BB
「神話の時代のお話をしましょう…」
イドナが焚き火の周囲に少年たちを集め、そのように語りだす様子を見ると、シルヴァディアの心はなんとなく安らぐ。この年上の幼なじみの語り口は高からず、小さからず、若者の心をも安らがせる。
成年の儀にのぞむ前夜、少年たちの心はおそれと怯えにとりつかれているものだ。それはどんな《西風》の勇者たちであっても通ってきた道である。故郷の《森》を離れ、あの忌まわしい湿原にまで遠征するということがいかに恐るべきことか、少年たちは父親や兄たちからさんざんに吹き込まれている…なにより、たかだか一日の旅程とはいえ、異人たちの住む戦場には違いないのだから。
この《遠征》の前夜、少年たちは親元から引き離され、村の入り口で一夜を過ごす。荒野の民らしく、荒野を寝床とし、荒野とともに生きる、それは始まりの儀式なのだ。シルヴァディアは年かさの引率役として、もう数年もこの儀式につきあっていた。
だからイドナがこのように物語るのを見るのも、はや幾度目なのか、シルヴァディア自身にもわからない。イドナは出発前の少年たちに、己の父祖の父祖、はるけき昔の神人たちの物語を伝える。そのことで、少年たちが己のルーツを知り、己がいかに大地に根付いて生きているかを知らしめるために。イドナの昔語りは、戦を前に興奮している少年たちを安らがせ、眠りにつかせる。
(ふ、あと半刻も持つだろうか)
シルヴァディアは広場の脇に立つ、大きなオークの梢に腰掛けて、焚き火の周りをぐるりと囲む少年たちを見下ろしている。直接の血のつながりはなくとも、彼ら年下の少年たちはシルヴァディアにとっても、イドナにとっても、大事な弟たちだ。彼らが大過なく儀式を潜り抜けることを、立派な《西風》の狩人になることを、ねがってやまない。…だから、少年たちがイドナの昔語りに真剣に耳を傾けつつも、次第に船をこぎ始めるさまを見ると、つい微笑みが浮かんでしまうのだった。
(それでいい。今は眠るがいい、弟たち…。神話とともに眠りを得、過去と現在をともにかき抱け)
シルヴァディアは背をもたせかけたオークの古木の幹をさすりながら、ひさしぶりに穏やかな気持ちで空を見上げた。
それは鹿の木と呼ばれていた。なぜそう呼ばれているのか、シルヴァディアは知らない。誰もそのいわれを知らない。村の長老の父祖の父祖の時代よりそびえ立ち、夏には緑の風と静かな木陰を、冬には雪の装飾を与えてくれる木だった。この木の元に立つことで、《西風》の若者たちは思慮と勇気をともに得ることが出来る…長老たちのそんな繰言も、今夜のシルヴァディアは素直に信じることが出来そうだった。
「…明日も、良い収穫を得ることが出来そうだ」
知らず、口の端から呟いたシルヴァディアのその琥珀の瞳は、夜空に常ならぬものを見つけた。
若者が見たことの無いものが、宙を舞っていた。
なんとなく不吉な印象を覚える、紅い星が一つ…炎の色の尾をひいて、ゆっくりと動いていた。
「星が、流れる」
《西風》の部の民が住まうキサルヒア西部辺境は、星空の美しい地方として知られている。だが、星が流れることはめったに無かった。流星は世の転変を示す予兆として知られている。魔導師たちは流星と戦乱の関係についてしばしば語る。…だが、流星が落ちるのを見た者など、この百年ほどいないのではないだろうか。
もちろん、若き蛮人にはそのような事実を知る術も無い。《西風》もまた、流星の意味について心理を知るわけでもない。蛮人はただ、無数の細かな従者の流星群と、ひときわ大きい、赤みがかった大流星がゆっくりと東にむかって落ちてゆくのを見ていた。
シルヴァディアの口が知らず開かれ、意図せずして意味のある言葉が漏れ出る。
「…星が堕ちる、その意味は」
「その先を言っちゃだめだよ、ディア」
幼馴染の声に我に返って、シルヴァディアは梢から飛び降りた。
「みんな、もう寝たかい」
「こらえ性がないからね。安眠できてると思うよ」
浅黒い肌の、どこか異邦人めいたイドナの肩を抱いて、シルヴァディアは流星を指し示す。
「…あの流星が何を意味するのか、イディは知ってるのか?」
「ディアだってわかってるはず…たとえ、知らなくとも」
イドナは意味の通らぬことを言う。…しかし、若者には幼馴染の意図するところが、なんとなくわかるような気がするのだった。巫女たるイドナの言葉は、たとえ粗野な蛮人の頭脳で理解できなくとも、心を納得させる不思議な力に満ちているのだから。
イドナの静かな言葉が、シルヴァディアの胸にわだかまる、形にならない想いをなだめ…そう、かき消しはしなくとも、青年の心を戦士の心へと変える。静かで、穏やかで、そして鋭利な心へと。
「私たちのできることは、言霊が真実にならないよう…口を閉ざして、天意を見届けるだけ。転変が災害にならぬよう、父祖の霊に祈るだけ。…そして、私たちの出来ることを、弟たちが儀を無事にやり遂げるよう、支えることだけ」
「…そうだな」
銀の髪のシルヴァディアと、角笛もつ魔女イドナは…ゆっくりと、東の地平線に落ちてゆく紅い流星の尾を見つめて…言葉にできぬ、その想いを。しっかりと抱きとめているのだった。
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| 本編情報 |
| 作品名 |
シルヴァリート
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| 作者名 |
BB
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| 掲載サイト |
Bigbirds Nest
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| 注意事項 |
年齢注意事項 年齢制限あり(18歳以上)
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性別注意事項 性別注意事項なし
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表現注意事項 暴力表現あり 残虐表現あり
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連載状況 シリーズ連載中
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| 紹介 |
シルヴァリートの世界へようこそ。その名も知られることのない秘められた異世界《消されたコード》のシッド大陸を舞台として、蛮族の戦士《鹿》が世界の生成の謎を追ってゆくものがたりです。
《鹿》は世界の謎などまったく関わりを持たぬ、素朴で粗野な蛮族そのものでしかないのですが、皮肉な運命の渦に巻き込まれ、学者や魔導師でもないのにそのような秘密めいた世界をかいまみてゆくことになります…。
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