電線がない
最後にバングラデシュに出かけたのは、いつのことだったでしょうか。下館の教会の信徒である小原沢栄子さん(4月にはラオスでのお働きからもどられる予定です)にお助けいただき、バングラデシュで何回かキャンプを行いました。
キャンプをはじめるにあたって、こちらからリクエストしたことがひとつありました。それは、経済的に貧しいバングラデシュの中にあって、首都からも離れ、電気もガスも来ていないような村でキャンプを行いたいということでした。もちろん首都ダッカも問題を抱えていると思いました。しかし首都を離れた農村部で働きながら問題を考えたいと思ったのです。
バングラデシュの教会はみごとにわたしたちの願いをかなえつづけてくれました。首都ダッカから車で移動することになるのですが、途中までは道端に走る電線を見ながらのドライブでした。しかし目的地が近づいたと言われてふと気づくと、道路わきの電線は姿を消しているのです。一度大きな川の向こうにある村でキャンプをしたときには、川のこちら側にはあった電線が、川を渡ったらなくなっていたということもありました。
今のわたしたちの生活にとって、電気が通っていて明かりがともっているということは、ごくごくあたりまえのことです。家の前の街灯がつかなくなってみて、「あれ、こんなに暗かったかいな」と思う程度のことで、それもすぐに復旧するでしょう。しかし電気の来ていない村に二週間も滞在すると、たまにほかの場所に出かけて裸電球が光っているのを目にしたりすると、『なんとまぶしい光だったのか』と驚かされます。『だれも通らない道で光っていてももったいないから、消したほうがいいのでは?』などと街灯を相手にいらぬ心配などしてしまうほどです。
電気の通わぬ村では、夜は灯油のランプをともすか、ろうそくの火をたよりにします。灯油だって貴重品ですから、夜のお祈りが終わるとだれかがすぐに吹き消してしまいます。牧師であるわたしは日曜日の説教を頼まれることもあり、そうなると土曜の夜は日本にいるときよりも遅くまで準備をしなければなりませんでした。もともと説教ができあがるのに時間を要するほうだと自分で思うのですが、バングラデシュではまず日本語で説教を考え、それを英語に直すという作業がありました(現地の言葉ベンガル語を操ることができればいいのですが、それができないとあやしい英語を頼りにするしかありません)から、時間は二倍かかりました。あるいは英語にするのにてこずって三倍。
気づくと深夜ということもありました。虫のさえずりのほか、何も聞こえません。見渡しても明かりがともっているのはわたしの窓辺だけです。太さにして三センチほどのろうそくは、この村の人たちにとってどれほど貴重な品だろうかと考えこんだこともありました。
一度だけ、夜だれかの家に招かれたときに懐中電灯を持っていくのを忘れたことがありました。でもキャンプの仲間たちが一緒だからだいじょうぶとたかをくくっていたのですが、ひどい目にあいました。出かけたときはまだ夕暮れの薄明かりがありました。しかし帰りは真っ暗。空の星々のまたたきが際立つほど、わたしの足もとは真っ暗でした。わたしの帰り道を案内してくれるバングラデシュの青年はすたすたと歩いていきます。それほど平坦な道なのだと思い込んでついていくと、椰子の木の根に思い切り足を取られます。おいおい、なんだいこれは、と思いました。「夜目がきく」という言葉がありますが、わたしたちが「真っ暗」と表現するしかない夜の道でも、バングラデシュの人には地面のでこぼこがしっかり見えているのです。電気の明るさをあたりまえのものとして手にするわたしたちですが、失ったものもあったのだと思い知らされました。
あるとき、電気のない村から小舟に乗り、電気のある川向こうの村のカトリック教会を訪ねました。そして夕暮れの帰り道、渡し舟の待つ場所へと川べりの道を歩くわたしの前方に、一軒の店とそこに群がるおじさんたちの人だかりが見えました。店といっても畳二畳ばかりの、小さな小屋です。その前に黒山の人だかり。バングラデシュでは女性は家の外に出さない(「外に出ない」のではなく、「出さない」のです)というきまりがありますから、夕暮れどきに人だかりを作っているのは男性ばかり。買い物の帰りか、あるいは畑仕事の帰りか、といった人たちが足を止め、真剣な表情で店の中をのぞいています。
なんだろうと、物見高いわたしもうしろからのぞきこみました。いつもだと日本人が歩いていることのほうが珍しく、わたしのまわりに黒山の人だかりができるところなのですが、このときばかりはようすがちがいました。
店の中にあったのはテレビでした。画面に流れているのはアナウンサーがニュースを読むだけの、どうということもない場面なのですが、みな一言も口をきかず、食い入るように見つめていました。たぶんその村にテレビがやって来た瞬間を、わたしは目撃していたのでしょう。おじさんたちはいつまでもいつまでも、立ち尽したままテレビの画面に見入っていました。『おじさんたち、くだらない番組で人生をつぶさないようにね』と祈りながら、わたしはその場を後にしました。
と書いたからといって、わたしはテレビを全面的に否定するつもりはありません。むしろ最近はよい番組が多いので、テレビは大いに活用すべきだと考えています。かつての職場に「わたしはテレビは見ない」という人がいたのですが、その人がお酒を飲みながらくだらない話に時間を費やすのに閉口したおぼえもあります。
要は何を選ぶのかという問題だろうと思うのです。テレビでどの番組を見るのか、どの本を選んで読むのか、どの映画を見、だれが演奏する音楽を聞くのか。わたしたちの前にはさまざまな選択肢が置かれています。
さまざまな選択肢の中から選び取る力を、わたしたちは与えられているはずです。だとしたらその力を用いなければなりません。本屋に行ってみれば、どれを買えばいいのかわからないほどの「新書」があふれていたりします。物質的にはまだバブルといってよい時代に生きているわたしたち日本人です。何を選びましょうか。できることなら選択肢の中に「神さま」を入れることも、お忘れなく。
(2004年3月)
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