このページに記述されている内容は、「ばろけん」幹事 広重 の個人的見解です。メンバー全員のコンセンサスを得られたわけではありません。ヤツはこんなことを考えているのか〜、ぐらいに、参考程度(^^;)にとどめていただけると幸いです。
→例会日程について
本来ならば例会はメンバーの都合を毎回きいて、最適な日程で開催するのが、出席率も高くなり、望ましい。しかし毎月日程のネゴシエーションを繰り返すのは運営サイドのコストが大きすぎ、主宰幹事 H はその労力を負担し続ける自信がない。また別項でも述べるが「ばろけん」は日々の合奏活動に主価値を置きたいと個人的に考えており、通常は、演奏会などによる強い動機付けがないため、すべての日程をフルカスタマイズとすると、ともすると他の諸用にうもれて延期を繰り返し、そのうち活動がフェード・アウト的に止まってしまう可能性も大きい。そこで、ある程度機械的に日程を定め、定期的に例会を持つことにしている。また、バロックの演奏で重要とおもわれるスタイルへの理解の観点からも、日常的に多くの曲に接する機会を作ることが望ましいと考えられる。
→「可能と思われる」とは?
室内コンチェルトの多くはヴィオラが必要、またヴァイオリンももう若干名必要な場合も多く、メンバーがいないので日常的にはできないでいる。主宰監事 H 自身はヴィオラも弾くのだが、そうするとチェンバロが足りない ..... (^^;) 声楽曲にも名曲がたくさんあり興味津々なのだが、なにしろ H 自身は声楽が全くできないので諸事情が全くわからずオソロシクてなかなか手が出せない。
→ピッチの混在について
モダンの弦楽器は奏者に無理を頼んでときどき弦をゆるめて 415 Hz にしてもらい合奏している。440 Hz のときにはヴィオラ・ダ・ガンバやバロック・ヴァイオリンの裸ガット弦を無理矢理締め上げて合奏することもあるが、特に夏場は断弦の確率がたいへん高くなることもあり(ほんとに目の前でバンバン切れる)、奏者には不評である。チェンバロは、鍵盤をずらすトランスポーズ機能があるのでとりあえず両ピッチにすばやく対応できるが、調律が不等分律なのでトランスポーズすると音程は「あきらめて下さい状態(_ _;)」になる。 スケジューリングの観点からは、編成・難易度に加えてピッチの組み合わせが条件に加わり、曲目の選定とメンバーの割り振りはパズルなみに難しい。(できれば 415 でそろえたいな〜)
→いわゆるモダン楽器といわゆる古楽器の混在アンサンプルについて
現実的には混在アンサンブルは避けられない。しかし、単純に音量面だけに言及しても、バランスをとるのはとても難しい。モダン・古楽器両方の奏者に相当な技術的・精神的負担がかかるようである。この件については世間でもいろいろ言われているようだが、やってみて実感として分かったことの一つ。
→メンバーについて
現在は、全員来ると少し多いが、いつもは皆忙しいのでそこそこの出席率で、そうすると若干不足ぎみである。微妙なところである。そうなると主宰幹事 H は優柔不断なのでなかなか動けない。 でもでも。チェンバロは私一人で弾きっぱなしは辛いなあ(アタマが数字だらけになって頭痛がしてくるヨ)。バロック・ヴァイオリンも不足ぎみ。バロック・オーボエ奏者がいるとレパートリーがぐっと広がる。リュートと組んで本格的な通奏低音にチャレンジしてみたい。歌の人にきてもらってカンタータとかも魅力的 .....
→演奏会活動について
実際のところ主宰監事 H はあまり演奏会活動には積極的ではない。それは以下に挙げる理由が考えられる。でもメンバーにも「本番がないと練習にキアイがはいらないのよね〜」などと言われ、それも偽らざるホンネなので、「ご紹介」のところのような記述になっている。理由:
- 主宰幹事 H が優柔不断で、日程や会場や曲目や、特に集客の問題にビビッてなかなか行動を起さない。
- 主宰幹事 H は、研鑚を主目的とした「研究会」としての位置付けを、ホントは望んでいる。(世間の他分野の「研究会」だって「研究発表会」をやっているやんけ〜<自己ツッコミ)
- 主宰幹事 H も含め多くのメンバーが(いわゆるモダンの)他の合奏団などで活発に活動しており、現実問題として日程と体力にほとんど余裕がない。
- 主宰幹事 H は、日常の合奏活動に主価値をおいた、ゆっくりと進む集団があってもいいんじゃないか、と日頃より思っている。活発で、世間にすばやく認知される活動を目指すなら、まず演奏会の日程を計画的に定め、それにめがけて強力にドライブする活動方針が適切である。しかし幹事 H は、そういう積極方針の他団体 (複数) に身を置いた経験から考えるに、積極方針一辺倒では、馬車馬のように追い立てられる焦燥感・疲労感と、個々の曲に充分に向き合うことができない不満の蓄積を、ともすると生じるようである。ときには、ゆっくりと、興味の赴くスピードにしたがって、その日の音楽そのものに楽しみを見出すことも必要ではないか。ただ、ゆっくりと進むには初心を徹貫する強い意志の力が必要であり、刺激の少ない中でそれを維持できるかどうかが鍵になる。
主宰監事: 広重 真人