油と血でぬめった刃が、弾かれ、ぎゃり、とくすんだ音を立てた。
 そこから強引に反した二の太刀で、ともかく目の前の帝国兵を屠ったフリックは、荒い息を吐きながら振り返る。二人の帝国兵を一度に相手にしている相棒が、ちょうど、その片方の眉間を大剣で叩き割ったところだった。
 わずかに体勢を崩した相棒に、もう一人が襲い掛かる。
 寸でのところで受け止め、しかし、それだけでは反しきれない。いつもの彼なら、力任せに押し切れる局面ではあったが。狭い通路に転がり犇く帝国兵の骸を、つくりにつくりあげたその後では。
「ビクトール、離れろッ!」
 叫んで、同時に雷を放つ。
 げ、と呻いて(そんな余裕はあったのか)形振りかまわず引いた相棒――ビクトールの頬の横をかすめ、青白い電光が帝国兵を焼いた。血を焦げさせ、骸の仲間入りをする。
「……あっぶねぇなぁ。髪、焦げちまったじゃねぇか」
「死ぬより良いだろ」
「まぁな。まだ使えたのか、紋章」
「これで最後さ。すっからかんだ」
「そうか」
 まぁ、そうだろうなぁ。
 ぼやく。
 フリックは、この状況下でもどこかとぼけた相棒の声を遠くに聞きながら、壁に背を預けた。
 腹に刺さりっぱなしの矢を、止まらない血が伝う。

 どくん、どくん。
 痛い、重い、熱い。…熱い。

「フリック、少し休んどけ。まだ来るぞ」
「ああ。お前もな」
 ビクトールは骸から破り取ったマントの切れ端で大剣を拭い(大剣は振るえて何かを怒鳴った)、ちらりとこちらに目をよこした。抜くわけにはいかないことは分かっていも、腹に矢を突き立てたままの人間というものは、やはり気になるものだろう。
「…薬、もう無かったか」
「あったら使ってるさ」
「ごもっとも」
 笑って頷くビクトール。
 地鳴り。
 フリックが寄りかかっている壁に細かい亀裂が走り、通路の一部が陥没した。
 舌打ちをしたビクトールに腕を掴まれ、引きずられながら移動する。

 どくん、どくん。
 それでも、速いけれど規則正しい鼓動と共に血は流れ。
 帝国の威信は崩れ去るが、俺の体はまだ崩れない。血は流れ続けている。
 止まらない。

「……リーダー、…たち、は」
「辛いなら喋るな。お前にゃまだ働いてもらわないといけないんだからよ」
「手厳しいな。大丈夫だよ。…リーダーたちは、脱出できたと、思うか?」
「しぶとい連中だ。どうにかしてるだろうさ」
「……だな」

 どくん、どくん、どくん。
 そうだ、きっと、絶対。
 全く馬鹿みたいな話だが、狭い通路に立ち塞がって、湧いて出てくる帝国兵は全部斬り捨てた。全部だ。臆し、背を見せて必死に逃げようとした者でさえ、追いすがって叩き切った。
 これで、きっと。
 我らが解放軍のリーダーは、無事に脱出しているはずだ。

「…来るぞ、もう一団」
「動物並みだな、お前の耳」
「ぬかせ。立てるか?」
「なんとかな」
「もう、ここも、ヤバイな」
「…ああ、崩れる」
「敵さんも、そろそろ打ち止めってところか」
「打ち止めじゃなくても、崩れるだろ。関係無いさ」
「そうか。そうだな。確かにな」
 ビクトールはぼりぼりと頭を掻いて、大剣を両手で構えた。
「よし、これで、本当に最後ってやつだな」
 フリックも、それにならってオデッサを構える。
「ああ、最後だ」
 オデッサを、構える。

 ………最後?

 どくん、どくん、……どくん。
 鼓動が、跳ねた。
 最後?
 そうだ、最後だ。
 帝国は滅び、解放軍のリーダーは無事脱出した。
 革命は終わる。
 戦いの世は終わる。
 最後だ。
 これで、いいじゃないか。

 最後でも、いいじゃないか。

 どくん。

 最後でも、いいのに。

 どくん。

 オデッサ。

 どくん。

「………………ちくしょう、痛い」
「フリック?」
「痛いぞ、ちくしょう」
「おい、フリック」
「まだ最後じゃない。俺たちが望んだ革命だ。見届けなくて、どうするんだ、馬鹿」
「…………」
「冗談じゃない、ここからだ」
「…………」
「ここからなんだ、ばかやろう。弱気なこと、言うな」
 ようやく、フリックの耳にも帝国兵の足音が聞こえた。
 多い。モンスターも混じっている。
「…………………何言ってやがる、フリックよぉ」
「何度でも言ってやる」
「いや、だからな。俺が言ってる最後ってのは、えーと、そうだ、こんな汗臭くて、男臭くて、腹も空いてきた状況はこのへんで最後にして、あとはのんびり、風呂にでも入って、たらふく食って、飲みてぇなぁ、って意味さ」
「…はァ?」
「お前しばらく風呂無理か?臭ェから、汗くらい流せよ。とにかくだな、俺、この前見つけたとっておきの酒、カクの岸辺で冷やしてんだよ」
「臭いのはお互い様だ…って、何でわざわざカクなんだ?」
「砦に置いといたら、絶対誰かに見つかるだろ。で、だな。特別だ。お前にもわけてやらぁ」
「……………」
「おら、来なすったぜ!」
 矢を剣風で落とし、ビクトールが歯を剥いて獰猛に笑った。
 フリックも慌てて並び、向かってきたモンスターに素早く二度斬りつける。
「ははは、まず一人!おらおら、どんどん向かってこねぇと、崩れちまうぞ!」
 ビクトールの笑いに応えるように本格的に崩れだした通路から飛び出し、広いホールで自然、背中合わせになる。

 どくん、どくん、どくん、どくん。
 どす黒い血と共に体温が失われ、脚の感覚が無くなってきた。
 しかしその感覚こそが、ここにいることを思い出させる。
 最後じゃないと、確信させる。

 囲まれ、睨み合い、膠着し。たぶん、その、数瞬。
 瓦礫と炎と崩れる城の大音響の中で、切り取ったように静かな時間が生まれた。
「フリック」
「何だ」
「…お前は生きろよ。生きるべきだ」
「お前もな。今度馬鹿言ってみろ。殴ったところに雷落としてやる」
「あン?だーから、さっきの最後ってのは、そーいう意味じゃ無くてだな」
「言ってろ馬鹿」
「馬鹿とか言うなよ」
「馬鹿だろ。他に何て言うんだ」
 こんにゃろ、と、笑いながら、ビクトールは大剣を振るう。
 フリックも笑い返して、矢の大群を振り払った。
 大量の血と共に溢れる笑いは、どうにも止まらなかった。




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