変更のあった部隊表をまとめ終え。
 アップルは、シュウの部屋へと足早に向かった。新兵が一気に増えたので、処理に手間取り、思っていたよりも時間がかかってしまっている。次の作戦に必要な書類だ。兄さん、待ってるだろうな。私には、兄さんのような軍師の才は無いけれど。こうやって、役に立てるのならば。
 たどり着いたシュウの部屋。コンコン、と二度ノックする。
「…あら?」
 いつもなら間髪入れずに返ってくるシュウの返事が無い。もう一度、ノック。無反応。
 留守かしら。
 思って試しに手をかけたノブは、あっさりと回った。
 鍵もかけずに、留守。用心深いシュウ兄さんが?……ありえないわ。
 まさか、刺客!?
 …落ち着いて。今は昼間よ。警備も強化してるし、簡単には……でも。
 アップルは小首を傾げ、思い切ってドアを開けた。



 ハイランド周辺地域の地図を更新し。
 テンプルトンは、シュウの部屋へと意気揚々と駆け出した。シュウは、使える人材ならば、子どもであろうと対等に扱う。自分の仕事ぶりを大人同様評価するシュウに、この最新の地図を早く届けたい。僕が作った地図。もともと好きでやってることだけど、人に必要とされると、嬉しいよね。やっぱりさ。
 たどり着いたシュウの部屋。いつも忘れそうになるノックを短く三回。
「シュウさん?」
 名を呼びながら、コンコン、コンコンコン。
 こんなにノックしたら、いつもなら「うるさい」って叱られそうなものなのに。
「おーい?開けちゃうよ?」
 開けちゃうよ、と言った時には、すでに右手はノブの上。
 躊躇無く、テンプルトンはドアを開けた。



 頼まれていた本を胸に抱えて。
 二ナは、シュウの部屋へとスキップした。二ナには、前線で軍を指揮することはできないが、何せ現役学生だ。識字率が低い同盟軍内で、本探しや書類整理ができる人材は貴重だったらしい。無理矢理フリックの後を追ってきたはいいものの、邪魔者扱いされるのでは、と内心気にしていたニナに、シュウは容赦なく仕事を与えている。
 たどり着いたシュウの部屋。元気にリズムをとって、ノック。
「シュウさん、頼まれてた本よー!」
 ふふ、今日は機嫌がいいのよね、私。
 タキとエミリア、マルロにも協力してもらって探し当てた数冊の本は、書庫の棚の上にあった。どうやって取ろうかと思案していると、なんと、たまたま図書館にいたフリックが、すっと取ってくれたのだ。
 コンコン、コココン。
「シュ・ウ・さーんってば!」
 忙しいけど、こんなラッキーもあるし。何より、たいくつよりは、いいわよね。
「シュウさん、入るわよ?」
 二ナは笑顔でドアを開けた。



 財政書類を山と抱えて。
 フィッチャーとクラウスは、シュウの部屋へと歩き出した。戦局は良くても、財政だけは。いやいや、なかなか。それでも、こんな寄せ集めの軍で、物資の不足がほとんどないのは驚異的だった。もともと商人であるシュウの手腕か。何よりシュウは、物資の不足が士気を下げることを分かっている。
「しっかしこの書類の量、なんとかなりませんかねェ。いや、赤い字がだいぶ減ったから、いいっちゃいいんですけれど」
 それにしたって、相変わらずのハードワークだ。本来わたし、デスクワークは向かないんですけどね?ま、わたしをうまく使ってくれる、ほかならぬ正軍師殿の頼みとあらば。
「いいじゃないですか。ここからこっちの書類は、トランからの援助物資の書類ですし。助かっていますよね」
 この軍の強さは、味方にあるな。都市間の協力、長年の敵国トランとの同盟、そして自分がここにいること。わたしがまず彼から学ぶべきことは、このあたりかもしれませんね。
 たどり着いたシュウの部屋。書類を抱えなおしつつ、フィッチャーがノックした。
「おや」
「あれ?」
 返事が無い。
 思わず顔を見合わせる。
 何だかんだで、そうとう待たせた書類なのだ。こちらの足音を聞きつけて待ち構え、ノックと同時に「遅い!」の一喝くらい、覚悟していたのだが。しかも、鍵もかかっていない。
 何があった?
「人を呼びますか?」
 クラウスが硬い表情で言ったのを片手で制し、フィッチャーは音を立てずにドアを開けた。



 ミューズ市民の名簿と兵役書類を片手に。
 ジェスはシュウの部屋へとつま先を向けた。あのような失態を犯した自分が、まだこんなところにいる。考えれば考えるほどおかしい気がしたが、他ならぬ軍主の勧めであり、正軍師シュウはあっさりと言ってのけた。ミューズに関することは、お前が一番適任だろう。確かに。何があっても、ミューズへの愛情は揺るがない。そんな自分なのだから。
 たどり着いたシュウの部屋。ネクタイとスーツの裾を確かめてから、ノックする。
 一回、二回、三回。………?
 沈黙をいぶかしんでノブに触れると、軽く回った。部屋にいないのなら、鍵はどうした?
「…………シュウ殿?」
 もう一度、ノック。沈黙は続く。
 ジェスはゆっくりとドアを開け、隙間からそっと、内部を覗き込んだ。
 いつもながらに雑然としたシュウの部屋。
 機能重視だが趣味の良い家具が目に映る。壁いっぱいの本棚、ベッド、床に積みあがった書類、無造作に眠る猫、そして机。
 ………机?
 あまりにも摩訶不思議な光景を目にして硬直したジェスは、細心の注意をはらってこわばった体を動かした。
 音を立てるなよ。
 ゆっくり、静かに、そうっと入って、ドアを閉めて…
 気付かれてはいけない。こっそりと書類を置いて、速やかに退散だ。

 ダダダダダ、とやけに軽快な足音が聞こえてきたのは、その時だった。
 いやな予感に振り返ったジェスの視界いっぱいに、水色が広がる。
「シュウさーーーーん!!!!!これ、偵察時のレポート…って、うわわわわわわっ!?」
 勢いあまったスタリオンが、半開きのドアとジェスを巻き込んでつんのめり。
 正軍師の部屋に、ズガシャザドスン、という盛大な音が響き渡った。






 シュウはゆっくりと頭を上げた。
 うっすらとぼやけた視界に、机の上が映る。
 部隊表、地図、本、財政書類、…見覚えの無いこれらの物が、いつの間にやら鎮座していた。
 頭をさらに上げる。
 開け放たれたドアと、散らばった書類。そして、明るい水色が見えた。
「あ、シュウさん。これ。レポート」
 床にひっくりかえった姿勢で、水色の髪のエルフがニコリと笑う。  その尻の下の茶色の物体が苦しそうに身じろぎした。エルフを押しのけ、立ち上がる。
「……あー…ええと。シュウ殿、書類を…」
「…ああ、待っていた」
「あっれぇ?シュウさん、もしかして居眠りしてた?おでこにさ。痕、ついてるよ」
「………………」
「………………」
「あはははは、シュウさんも居眠りとかするんだなぁ。意外意外」
「………………」
「………………」
「部隊表とか書類とかさ。皆、そーっと来てそーっと置いてったんだなぁ。シュウさん疲れてない?無理しちゃ体に悪いよ!」
「………………」
「………………」
 き、気まずい。
 ジェスは内心たらたらと冷や汗を流しながら、カラカラと楽しそうに笑うスタリオンの首根っこをひっつかみ、無表情がかえって危険に見える正軍師の部屋の外に飛び出した。

 鬼だって霍乱することもある。
 鬼軍師だって、居眠りくらいするだろう。
 そぅっと覗いてみてごらん?
 珍しいものが、観られるかもよ。




 戻る