なんで?
 どうして?
 それは、違うよ。

 思うことはたくさんあった。
 いくら昔から決まっていることでも、変だと思うこと、違うよと思うこと。
 思うことは、たくさんあった。

 でも、口にするたび大人たちは眉をひそめ、そんな大人たちを知っている子どもたちも、まるで口汚い罵り言葉を聞かされたような反応を返す。
 つまり、変わることが怖いのだろうか。
 今までを覆されることが、怖いのだろうか。
 …いや、違うかな。
 変わるという発想が無いのだ、きっと。
 思うことも。想うことも。

 つまり、あまりにも永いときを生き過ぎたのだろうか。
 エルフという、「高貴」で「賢明」な僕たちは。



 陽を照り返して水々しく輝く若葉の中で、キルキスは年の近い少年達と、祭りに使う蔓草の冠を編んでいた。シルビナは付いて来たいときかなかったが、彼女にも彼女の役割がある。今頃は、族長の一族が踊る舞踏の練習中だろう。
「この前、結界のすぐ近くまで人間が来ていたよ」
 少年の1人が、あからさまに声色には出さないものの、どこかではっきりと莫迦にしたような口調で言った。その一言で皆は手を止め、1千年の昔から決まっているかのようなため息をついた。
「また木を切り倒していた?それとも、家畜を無理矢理働かせていたかな?」
「いや、冬越えのための食料集めだろうね。ガツガツと取りあさっていたよ。自分達の食べる分だけ持って行けばいいものを、まったく、浅ましい」
「はは。人間だからな。仕様がないさ」
 キルキスも手を止め、じっと黙ってまだ続く会話に耳をそばだてた。
 確かに人間のそうした行為は、キルキスにもよく分からないものである。
 でも、理由があるかもしれないじゃないか。
 倒した木を何に使うのだろう。
 家畜にしかできない仕事って何だろう。
 たくさん食料を集めて、これは耳に挟んだことがある、ボウエキ、とやらをするのだろうか。
 食料を集められない人間の役に立てるのかもしれない。
 あるいは、もの凄く邪悪で愚かな行為につかっているかもしれない。
 違うのかもしれない。
 そうなのかもしれない。

 わからないじゃないか。

 僕らは、きっと、何も知らない。
 それなら話し合えばいいんじゃないかな。
 きっと、お互い、何も知らない。
 僕たちはたくさんの木を切り倒さなくても生活できる術は知っているけれど、ボウエキについてはよく知らない。
 教え合うんだ、一緒に。

「な、どう思う、キルキスは」
「え」
「愚かな人間たちに思い知らせるべきか。それとも僕たちは関わらず、孤高を保つべきか」
「…ん…」
「ま、どちらでもいいさ。人間が愚かだってことは、変わらない」
「だろ?キルキス」
 変わらない?
「………ああ、そうだね」
 違う、そんなことは無い。
「僕も、そう思うよ」
 僕は、違う意見を持っている。

 それでも、いつからだろう。
 中身の無い同意が、するりと口から出てくるようになってしまったのは。



「ところで、愚かといえば、あの青い髪の…」
「あぁ、何だったけ。スタ…ええと」
 話はいつしか、別のものへと移行していた。
「青い髪の?」
「ほら、キルキスも聞いてるだろ。青い髪の、走っているばかりの」
 そこまで聞いて、キルキスにも合点がいった。知っている。大人達がたまに噂している、変わり者の少年。確か年はキルキス達より少しばかり上だったか。だから、直接の付き合いがあるわけもなく。
 走ってばかりいるらしい。
 素晴しい俊足だが、ひたすら走ってばかりらしい。
 集落は広い。
 集会や祭りに出てこない仲間の顔は、なかなか覚えられるものではない。その青い髪のエルフも、当然というかなんというか、行事集会に熱心な性質ではないらしく、噂には聞くものの、キルキスはその顔も姿も知らなかった。
「……あ、ええと。とても脚が速い、っていう……」
「速いは速いんだろうけれどさ。ただの莫迦だろう。いっつも独りでいるってさ」
「あんなのが仲間だなんて、まったく、恥ずかしいったらないね」
 大人達が交わしている悪口を、そのままなぞったかのような罵りには呆れたが。
 青い髪のエルフ。確かに、うん。変な奴。
「な。キルキスも、そう思うだろ」

 最早習慣のように問われ。
 習慣のように答えようとしたその時。


 風が吹いて、青空が跳ねた。


 キルキスも少年達も、慌てて悲鳴混じりに、巻き上がった髪の毛と上着と編み掛けの冠を押さえ、そして見る。
 風であり、青空でもある「それ」は、悲鳴を聞きつけキルキスたちの10歩先で立ち止まっていた。
 キョトンとした赤ん坊のような表情で、こちらを見ている。
 青空の長髪は青空に溶け、額から滴る透明な汗を光の粒にしながら風にまで同化していた。
「………あ〜、ええと。ごめん、びっくりさせた?大丈夫?」
 ピン、と派手な耳飾をつけた長い耳を指先で跳ね上げて、聞いてくる。
 すっとぼけてはいるが、気遣わしげで優しい声色は、これもまたもや風と空に溶けた。
 驚きつつも、慌てつつも。
 キルキスの瞳には、しっかりと、風と青空が駆け抜けた瞬間が焼き付いていた。

 何て綺麗な、あお。

「…あんただろ。走ってばかりいる奴は」
 あまりにも突然の衝撃から立ち直った少年が、挑みかかるように問いかける。
「え?いや、うん。俺はいっつも走ってるけど」
「ふん。思ったとおり、変な奴」
「変?」
「大人が言ってた。あんたには、関わるな、って」
「…」
 小首を傾げる風と青空。
 何を言われたのか、意味は分かっているだろうに、特に表情も変えずにすっくと立っている。
 もしかすると、こうした言われようには慣れているのだろうか。軽くため息とも呟きともつかないものを吐き出してから、また走ろうと、踵を返す。
「変な奴」
「な、キルキスも、そう思うだろ」
 今にも走り去ろうとしている風と青空は、それでも青い。
「……きれいだ」
「キルキス?」
「とってもきれいだ」
「!…何を言ってるんだ、キルキス!」



 いつからだろう。
 中身の無い同意が、するりと口から出てくるようになってしまったのは。

 誰になんと言われても、たとえ大人がなんと言っても。
 こんなに綺麗なものが、世界には、あるんだ。

「待って!…ええと…スタ…?…ッ待って!」
 必死で追いかけながら、キルキスはもどかしさに喘いだ。
 名前。
 なんだったっけ。
「待っ…」
「スタじゃないよ、俺」
「え…」
 脚同様、耳も特別仕立てらしい。
 足踏みをして待っていてくれた風と青空が、至近距離でニカッと笑う。
「俺。スタリオン。別にスタでもいいけどさ」
「あ……いや…スタリオン」
「何?何か、用事だった?」
 改めて聞かれると困る。
 キルキスは慌てて言葉を捜しながら、ふと、妙なことに気が付いた。
 噂ではどうにもとっつき辛そうな印象だった風と青空改めスタ改めスタリオンは、興味津々の、年下の少年のような目でこちらを覗き込んでいる。擬音をつけるなら、迷わず「わくわく」だ。

 わからないじゃないか。

 触れてみないと、本当のことなんて、何一つ。

 遅れて、キルキスを追ってきた少年達が追いついた。
「ッ…なんだこいつ…速…すぎ…」
 息を切らせてスタリオンを睨む。
 それを受け止め、スタリオンはまた、今度は声を出して笑った。ぎょっとして身を引く少年達にぐいっと詰め寄る。
「速かった?だろ?だろ?俺、もっともっと速くなるんだ!!!」
 本当に嬉しそうに、語りかける。
 集会にも祭りにも出てこない。他者と触れ合いたくない者のすることではない。
「な…なんだよ、お前」
「お前じゃなくて、スタリオン」
「……スタリオン」
 そう、正解!
 と、笑顔は続く。
 真っ青な空の下で、その笑いは本当にどこまでも続いていきそうだった。
「あ、そうそう。何か、用があったんじゃない?」
「……え…ええと…用、っていうか…あ!そうだ。明日の祭り、…その、もし嫌いじゃないなら、一緒に行こうよ」
「…祭り?」
 戸惑ったような繰り返しの中から、「でも、俺が行ってもいいのかなァ」という掠れた呟きが聞き取れて。
 キルキスは、本物の青空を見上げた。


 本当のことなんて、何一つ。


「行こう!絶対だ!!絶対!!!」
「うわわわ!何だ、お前。強引だなァ。行くよ、行く行く」
 合意のしるしに手をハタハタと振ってみせるスタリオンに、おずおずと少年達が近付いた。
「…それにしても、なんでそんなに走ってるんだ?」
「え?だって俺走るの好きなんだよ。あと食べることも寝ることも好きだけどね?楽しいよ、走るの。一緒にやるか?」
「いやそれは無理だろ」
「うん、無理だ」
「そんなこと無いって!」
 わあわあという喧騒の中で、キルキスはシルビナの姿を見つけた。
 まだ小粒だが、練習から逃げ出してきたのか、森の奥から一目散に走ってくる。
 シルビナにも、紹介しなくちゃ。
 考え、目を細めるキルキスの耳に、あっという間にくつろいだスタリオンの声が聞こえてきた。
「あー、そうだ。ところで皆、名前、なんていうの?」
「そうか、言ってなかったっけ。僕の名前はね…」




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