寝顔は無防備、とか。
 寝ていれば可愛いのに、とか。
 もちろんそんなカテゴリーにおさまらない男だっている。

 とはいえ、意外だったのは事実だった。
 いつもどこかで素直じゃなくて、むっつりとむくれることで優しさを隠そうとするこの男こそ、「寝顔だけは」。せめて、情事の後の「寝顔だけは」。そんなタイプだと思っていたのだ。なんとなく。
 カーテン越し、明け方の群青色の光の中、むっつりとした、全くもって面白みの無い普段の表情で眠るクライブを見て、エルザはそっと嘆息した。

 もしかして、これ、地顔なんだろうか。

 次いでこみ上げる可笑しさ。

 ああ、全く。
 半端じゃなく、長い付き合いなのに。
 よく知ってるつもりで、そんなことすら、知らなかった。


 私たち三人。三人が三人、きっと、みんな、同じ。


 知っていたら。

 もし、お互いがお互いを、もっともっと知っていたら。

 今日これから引き起こされる悲劇は、避けられたのだろうか。

 二度目の嘆息。
 これだけは、はっきりと知っている。
 もし、なんて言葉で救われるほど、私達は子どもではないのだ、もう。


「?……クライブ」
 ベッドから半身を起こした腹部に温もりを感じ、エルザは再びクライブの寝顔を覗き込んだ。起きている気配は無かったが、無意識なのだろう。その手は柔らかく、少しずつきつく、腰に絡み付いてくる。
 明け方は特に体温の低い自分に対して、明らかに熱い彼の手に、ふとぞくりと背筋があわ立つ。
 こんなことにならずとも、今まで何度も触れていたはずの優しい手。
 しかし、つい先刻までは、これまでとは違った優しさと荒々しさで、何度も私に触れていた、手。

 その体温。

 漏らした三度目の嘆息には、はっきりと甘い熱がこもっていた。
 指先が、転々と散らばる不揃いの朱に這わされる。
 撫ぜる。
 しがみつく。
 きつく、しかしどこかで決定的に、優しく。
 優しいけれど、決して放さないように。

 その、体温。

 でも、これも、はっきりと知っている。
 無意識の彼は、雄の本性をなぞっているわけではない。
 その証拠に、こちらからも軽く抱きしめ、ゆっくりと頭を撫ぜて身体を離すと、あっさり解放された。

 縋っていたのだ、要するに。

 そうね。そうだね。

 私達、不安から逃れるために、互いの体温に、縋っただけ。





 身支度を整え、もう一度だけ触れた手は、当然、未だ暖かかった。
 エルザにとっては熱すぎるくらいに。
 その温度差が、触れ続けていればそのうち気にならなくなるというのは、まぁ、結局。
 奪い、奪われ、与え、与えられ、いつしか同じになるからだろう。


 見つけなさい。

 そんなひとを、見つけなさい。
 私のことは忘れて。
 あのひとのことも、忘れて。


 …なんて、勝手な、言い草。


 真顔の寝顔が抗議に見えて、エルザは最後に、声に出して呟いた。
 「お願い、忘れて」
 声に出さずに、続ける。


 私は、忘れないから。


 




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