食事はみんなで一斉に。
 船の上だから仕方が無いおきてに、渋々ながら食堂へ。
 いつもなら鬱陶しくも付きまとい、何かと話しかけてくるアルドは、遠征中。
 それで少しは静かな食事時間をさっさとやり過ごす。
 体調を維持するのに必要不可欠な食料を飲み下し、誰かに話しかけられないうちにと席を立った。
 …もっとも、船上の者は多かれ少なかれ、テッドの人付き合いの悪さを既に知っていた。
 誰もがふいっと視線をそらし、やり過ごす。
 ロウハクと目が合った。
 この場合は、こちらから、視線を逸らす。
 アルド程ではないが、屈託が無く図々しいこの男も、テッドの態度に懲りない人間の1人。
「さっきの大物、上がったよーーー!」
 ふいに、背後でフンギの声が響いた。
 続いて、人々の歓声。
 ついつい興味を引かれて振り返ると、ずいぶんと大きな魚を調理した皿が、テーブルにどんと鎮座していた。
 給仕当番が切り分け、皿に乗せた物を、手伝いなのだろう。子どもたちが配りだす。
 最近意外にも旨いと知った魚の味には興味があったが、これ以上人とはいたくなかった。
 くるりと踵を返す。
 直前。
 目が合ったのは、皿を得ていない人を探す、小さな少女。
 テッドの空の手を見て、嬉しそうに瞳を輝かせ、自分の仕事をこなそうと駆け出す少女に、しかしテッドは容赦なく背を向けた。


「…あれ。テッドくん、まだ交代には早いよ」
「いい。目が覚めたんだ、代わる」
「でも、…まだそんなに、寝てないよね」
「…………………」
「………分かった。眠たくなったら、起こしてよ」
 申し訳なさそうにしながらも、アルドはすぐに寝息を立て出した。
 朗々と響いた狼の遠吠えにも、目覚めない。
 ま、そりゃ、疲れるてるよな。
 焚き火に薪を追加しながら、テッドは憮然と1人ごちた。
 ついて来るなと振り払い。
 邪魔なんだよと煙に巻き。
 それでもいつの間にか追いついて来て、笑う青年。
 今日も日暮れ間近で息せき切った彼に追いつかれ、野宿には1人より2人が良いという道理に逆らうにはテッドも疲れていたので、渋々一緒に焚き火を囲んだ。
 あの船旅の日々からどの位経ったろう。
 夢に見るのは久々のことだったが、忘れるはずも無い旅路。
 いいかげん、しつこいよな、こいつも。
 いつまでついて来る気だろう、と寝顔を睨む。
 どこか無邪気な彼の追跡と、夢で思い出したあの日の少女が重なった。
 ちりり。
 頭痛がした。


 「よーッす。入るぜ」
「誰が入っていいって言った―――おい!?」
「へへ、お邪魔。…こりゃ…片付いてるってか、何も無い部屋だな…」
「その酒瓶…酔ってるのか?」
「おう。お前もどうだ?一緒にやろうぜ。これ、カク産の酒だってよ」
「酒は好きじゃないし、ここにはグラスも1つしかない」
「そう思って、俺さまの分は持ってきてやったぜ」
「……………」
 ノックの時点では、アルドかと思って無視をしていた。
 そのうちに扉を蹴り出したので、何事かと開けてみれば。
「…ロウハク。俺は酒は飲まないし、あんたと何か語る気も無い」
「…名前くらいは覚えてたか」
「…」
「いや。あまりにいつもそっけないからよ。冗談だっつの、ジョーダン」
 どっかりと床に座り込み、文字通り「勝手にやりだした」ロウハクを、追い出すのはあきらめた。
 ベッドに腰かけ、軽くねめつける。
「……いや。俺はまぁいいんだけどさ」
「何が」
「何だっけ…アレ…じゃない。あー…アルド?そう、アルド。あいつ」
「だから、それが、何だよ」
「今さっき偶然会ったら、捨てられた子犬みたいになってたぜ?何言ったんだよ、お前」
「…それがどうして俺のせいになるんだ」
 言いながら、記憶を手繰り寄せる。…までもない。
 確かに今日は、いつもより手酷く突き放した。
 危険だと思ったのだ、いい加減。
 これ以上踏み込ませたら、魂喰らいの紋章が疼きだす。
「俺には関係ないね。…だいたい、あいつは、馴れ馴れしいし、鬱陶しいし、邪魔くさい。」
 あんたもね、と付け加える前に、言葉が止まる。
 酔って赤ら顔のロウハクが、ふいに口元を歪ませたから。
「…何だ」
「…本気じゃないんじゃねぇの?ソレ」
 ちりり。
 頭痛がした。
「……何を根拠に」
「お前、逃げるのうまいじゃん」
「は?」
「俺は、まあ、俺たち兄弟も逃げるの得意だしさ。分かるけど。お前は上手いと思うぜ、逃げるの」
 否定する要素は無かった。
 当然だ。
 年の功。
 人外の存在達から、150年も、逃げ続けているのだから。
「ホントに鬱陶しいなら、嫌ならさ。アルドくらい、簡単に撒けるだろ」
 ちりり。
「………船上だ。どうやって逃げるんだよ」
 頭痛に耐えながらなんとか言葉をひねり出す。納得したのか何なのか、ロウハクはそれには特には返事をせずに、コップ酒を重ねていった。


 はっと気付くと、炎が小さい。
 また昔の夢か。
 居眠りだって?本当に疲れている。
 小さな炎をいたわって、細かい木っ端をさらさら投げ込む。
 ぼ、と突如勢いを取り戻した炎のためか、アルドが寝返りをうった。

   「アルドくらい、簡単に撒けるだろ」

 違うぜ、ロウハク。
 こいつ野外は慣れてるし、変な勘は鋭いし、何よりしつこいし。
 撒くのは容易じゃない。
 どこまでだってついて来そうだ。
 どんなに俺が非情に徹しても。

 どんなに酷い、欺き方をしても。

 また、寝返り。

  ―――本当に?

 ちりり。

  ―――今、本当に、本気で、撒く気なら。

 ちりり。

  ―――寝ているこいつを置いて行けばいいのに。




 ちりり、ちりり。
 次々とこみ上げる吐き気と頭痛に、テッドは必死に耐えた。

  ―――本当はどこまででもついて来て欲しいんだろう。諦めずに、どこまでも。

 頭の中で響く声は、ロウハクの声色を真似ている。

  ―――だから、ギリギリのところでお前は隙を作ってる。アルドが追いつくための、隙を。

 静かに。ただ、とつとつと。

「……認めない。俺はそんなこと、思っちゃいない」

  ―――認めたら、楽になるのに?

「しつこいぞ、ソウルイーター。そんなに腹が減ってるのか?いいか。俺は、そんなこと、思っちゃいないんだ」




   どうにか頭痛は治まってきたが、一旦始まった吐き気はなかなかどうにもならなかった。
 平和そうなアルドの寝顔を見て、嘆息する。
 寝ているこいつを置いていくのはいいけれど、俺だって疲れているのだし。体調もこうだし。
 夜に移動するのは、賢いとは言えない。
 だから。
 別に、こいつのことなんて、どうでもいいのだけれど。
 朝まではここに、いてやるさ。




 そんなことを思いつつ、今度は夢ではなく、思い出した。
 魚料理の乗った皿を持った少女は必死に後を追ってきて、ついに自室の目前で、捕まってしまった。
 ずいぶん足の速い子だな、と。
 苦々しく思いながら、礼を言って、皿を受け取った。
 その時の、少女の、笑顔。

 本気で逃げたのに追いつかれたと。

 その時は、思っていた。





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