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「ねぇねぇ、マッキーまた勲章だって!昨日の撃墜数、二十三もいってたらしいよ!」 遅刻寸前、二組教室に駆け込んできた新井木が叫んだ。 「またかよ。すっげぇな、あいつ。二組にいたころは、ひょろひょろしてて頼りなかったのによ」 田代が感心して頷き、ヨーコが嬉しそうに笑い、中村が「すごか」と唸ると、さらなる反応を求めて遠坂の机にやってくる。 「遠坂くん、カノジョが頑張ってる感想は?」 「………喜ばしいことですね」 「…冷たい」 「……何です?」 「なーんかさ、最近っていうかここんとこずっと、冷たいよね、遠坂くん。マッキーとつきあってんでしょ?カノジョでしょ?なのにそれだけ?それって何か、そっけなさすぎない?」 「……おいおい」 ぐいぐいと無言の遠坂に詰め寄る新井木の背を、田代がつつく。 しかし意に介さずに、新井木はどん、と小さな拳を机に叩きつけた。 「実際どうなってんの?二人。マッキー何だか元気ないしさ、で、遠坂くんがその態度でしょ?おかしいなーと思ってても、マッキー、何も言ってくんないんだもん」 「…田辺さんとは、お付き合いしていますよ。ずっと」 「………」 「失礼、どいてください」 後一分もせずにチャイムが鳴る。席を立ち、教室を出て行った遠坂を呼び止める者はいなかった。 「何、あいつ」 むっとした表情で新井木は、どっかりと遠坂の席に座り込んだ。 「いさ、言い過ぎ。本人同士のことでしょ?」 森が、本人も納得していない様子で言った。 「でもでも、マッキー可哀想だよ。僕見たもん。あいつ、マッキー避けてんの。でも、付き合ってるとかいっちゃってさ。もしマッキーがあいつと別れたいとするでしょ?でもそんなじゃ、別れ話すらできないじゃん」 「いさ!」 「何よ、ホントのことでしょ?」 「でも……」 新井木の剣幕をあきれ、もしくは同意の表情で見守る二組面々。 チャイムが鳴った。 小隊の中に、カップルは二組。 速水と舞、遠坂と田辺。 その数少ないカップルに、皆多かれ少なかれ興味を持っている。 応援も、している。 「確かに、あの態度はいただけないけれどね」 原がため息混じりに呟いた。 「……でも」 「何よ、もりりん」 「……田辺さんが一組に移ってずいぶん経つし……すれちがうことも、あるんじゃない?それに、田辺さん、パイロットになってから凄いから…ちょっと、遠かったり、するでしょ?」 「そりゃあ…」 でも、マッキーは友達だよ。 そんな言葉を口から外に出せずに、詰まる新井木 「…もうすぐ、撃墜数、300…行くね」 代わりに出たのは、そんな言葉。 ぞくりと背中が走るのを、止めることは出来なかった。 「絢爛舞踏」 誰かが囁き、誰かが唾を飲んだ。 ヨーコが何かを言おうとし、原がさえぎる。 「はいはい、そこまで!こんなところで変な風に指揮を下げて、どうするの?」 そして、 「グッモ〜二ーン!!先生はまだですね。フフフ、セーフです!…おやあ?朝から素敵な雰囲気ですネェ」 「…馬鹿。これは『気まずい雰囲気』って言うんだ」 ガラリと戸を開け、岩田と彼に車椅子を押された狩谷が入ってきた。 「そういえば、さ」 気を取り直した新井木が、ずいっと一歩、岩田に迫る。 「イワッチ最近、マッキーと仲いいよね?何か聞いてない?遠坂くんとのこと」 「え?」 「ていうかもしかして、マッキーとラブラブ?奪っちゃおうとか、思ってる?こっそりはダメだよ、『密会』って、自分にしか効かないの知ってる?」 「は?」 岩田はぐるりと教室内を見渡した。 狩谷はポカンとしているが、残りは全員が注目している。 「スバラシイ、スバラシイィィーー!!僕の新作ギャグを、皆さんそんなに待っててくれたんですね!?」 服の色が分からなくなるまで殴られました。 昼休み。 五月の熊本の風は、すでに初夏の香りを含んでいる。 岩田はプレハブ校舎の階段で自分の弁当箱を持って、テレパスセルを発動させた。 「うわ、うわわわ、ちょっ…もう少し、ゆっくり…」 「………………そうか」 賑やかさに目をやると、来須に移動の補助を頼んだ狩谷が悲鳴をあげている。 「元気ですねェ。どこに行くんですか?」 「ん?ああ、僕はこれから二番機の整備さ。芝村の奴、昨日は派手にやってくれたからな」 「…………………」 来須は無言で帽子を被り直した。 「そうですか。それでは御機嫌よう〜」 「…君はこれから、昼食かい?」 「はい、血のような梅干タイムです」 「田辺さんと?」 「と、ブータですねェ」 「……特に忠告するつもりも無いけれどね。二人、噂になってるよ。遠坂くんはそれも気に食わないんじゃないかな?」 「…別に、彼らの間をどうこうしようと思っていたりはしませんよ。色々話しながら、お弁当タイムをしているだけです」 「君はたまにまともになるな。…いいけれど。名パイロットも大変だね。人が怯えて近付かなくなる。いや、崇拝かな?変わらないか、どちらでも………っと。…すまない、悪気は無かった」 岩田は静かに弁当を持ち直し、来須は無言で帽子を被り直した。 田辺はグラウンドのわきにいた。芝生は多少ちくちくするが、座っていて苦になるほどではない。 ブータが横にでん、と座り込んでいる。 そこにスキップで岩田がやってきて、ブータを田辺と挟み込む形で座った。 「ご一緒してよろしいですか?」 「はい、もちろん」 ほっとしたような顔で返事を返す田辺。 抱え込んでいた弁当箱のうち一つを開けて、ブータの前に置く。 三月の初めから、今まで、変わることの無い習慣。 二つの弁当箱。 「…昨日、帰りに…思い切って、待ち伏せ、してみたんです」 穏やかな日差しの中で食事もそこそこに、田辺が呟いた。 「でも、……無視…されちゃって。あ、あの、気付かなかっただけかもしれないんです!無視されたなんて思っちゃって、私、私酷いこと言ってますね。…でも。あの。やっぱり、話すことも、できなくて」 ぎゅっとキュロットスカートの裾を握り締め、それでも笑いながら。 「たまに、目は、合うんです。そうしたら、笑ってくれるんです。でも…」 「…他人行儀?」 「…………………………笑って、すぐにどこかへ行ってしまって……」 ブータが風にヒゲを揺らした。 「そうだ、私、昨日、血のにおい…していたかも、しれないです」 「?……そりゃ、士魂号に乗った後はそうでしょうね」 「遠坂さん、戦うこと、嫌いそうだったのに」 でも、田辺は戦っている。 ずっと、戦っている。 「最後に、遠坂さんと話した時、小さな声で言ってたんです。私に言ったつもりじゃなかったかもしれないけれど…聞こえたんです。私が、変わったって」 「整備士からパイロットに、ですか?」 「それも、きっと。でも、…もっと、きっと、全部なんです」 肩を震わせ、唇を噛み、でも涙は流さない。 今は前を見て、頬を濡らさず、ゆっくりと静かな言葉を紡ぐ田辺は、三月の初めには雨に濡れて下を向いていた。 あの時とは違う。 体に走る小さな震えだけは、残っているけれど。 「遠坂さんが好きだって言ってくれた私じゃ、なくなっちゃった…のかな、って。でも、私は私で、それは変わらなくて…だから、嫌いになっても、別れようって言えないのかな、って」 「…あなたがそんなに気に病むことは無いと、思いますけれどねェ…」 「でも、きっと、そうなんです。私、きっと、変わったから…それに」 「それに?」 「変わった私を、元に戻そうとは思わないんです。遠坂さんは、きっとそれを望んでいるのに」 「…………」 「それでも、私、戦わなくちゃ」 ブータはそっと、岩田を見上げた。 岩田はハンガーの入り口を見た。狩谷と来須が、何やら雑談をしている。 「…田辺さんがそうしたいのなら、僕は精一杯サポートしますよ」 「…ふふ。ありがとうございます。私、きっと、きっとやりとげて…あ…私って、『きっと』ばかりですね、何だか」 狩谷と来須は、小さいけれど明るい田辺の笑い声を聞いた。 狩谷は小さく舌打ちをし、来須は無言で帽子を被り直した。 |