速水は深く考えるのをやめて、士魂号の操縦に神経を集中させた。
 突然の出撃(幻獣が実体化したから来てください、だって?ふざけている)の直後に入った謎の通信は、どうやら来須個人へのものだったらしいが、丸聞こえだった。
 声は本田教官のものだったが、中身は彼女のそれではない。
 親しげに来須に語りかけるその声とともに、機体がぐっと軽くなった。新品の、馴染んでいないものとは思えない。
 そして今、三番機の前には一体の見たことも無い幻獣がいる。
 その声も、来須も、まるで出現を予期していたかのようで。
 ………。
 速水は、もう一度考えることにした。
「ねえ、来須くん。あいつが何だか、知ってるの?」
「…………………」
 感じるのはものすごいプレッシャー。
 スキュラなどの比ではない。
「さっきの通信さ。聞こえちゃったんだけど」
「…………………」
「ついでにさっき、あいつについてる『顔』も、見ちゃったんだけど…」
「…………………」
「……よく分からないから、とりあえず生きて帰る気で戦う。それで、いい?」
「ああ。…………俺も、全部を知っているわけじゃない」
「うん。……そうだろうと、思ったよ」





 岩田は群れからはぐれたらしいゴブリン一体を蹴り倒し、同じく人の群れからはぐれたらしい子どもを抱きかかえた。
 頭の中に先ほどまで聞こえていた、人をくった声はもう聞こえない。
 本人が言うとおりにタイムアップなのだろう。
 どうせなら最後までサポートしろと言いたかったが、もう文句も言えやしない。
 それに。
 ここから先は、この世界に生きる自分たちの仕事だった。
 …いや、もう一人。
 少なくとももう一人が、まだ、彼にとっての異世界で戦っているけれど。

 他人が戦う理由を、なんであれ、理由を。
 分かる人などいるのだろうか。
 分かろうとする人など、いるのだろうか。
 遠坂と田辺。
 同じ世界の住人でさえ、些細なことですれ違い、疑い、悲しみ、閉ざし、叫んで、絶望しあう。
 ましてや、異世界の住人の理由など。

 何かのために

 何かを求めて

 どこかに向かって

 何かを成し遂げる



 誰も君のことなど知らないのに



 それなのに、戦うのか。

 未来の保障など無いこの世界で。

 過去の思い出も無いこの世界で。





「田辺さん、もう少しです、走れますか?」
「はい、大丈夫、です!」
 病院を出た遠坂と田辺は、避難する人の波に乗って走った。
 どこが安全か分からない状況で「もう少し」も何も無かったが、遠坂はそうやって肩で息をする田辺を励まし、田辺もそれに応えて走った。
「遠坂さん、あの、重いですからそんなに支えなくてもいいですよ」
「…こんな時くらい…いや、あのですね。いつでも、頼っていいんですよ。頼ってください。そうしてくれたほうが、安心できる」
「は…い、はい、あの、ありがとうございます!」
 我侭だ。
 遠坂は自分でもそう思ったが、田辺は笑って頷いた。
 しかし、笑ってばかりもいられない。
 重い爆発音。
 黒い塊が周囲の建物を粉砕しながら吹っ飛んでくる。
 散り散りになる人々。
 あわてて田辺を抱き寄せる遠坂の目の前で、黒い塊がやっと地に沈んだ。
 吹き上がるコンクリートとガラスの砂塵から顔と田辺を庇い、やっと目を開けた遠坂の顔が青ざめた。
「三番機…!!」





 盛大に舌打ちをして、速水はそれでも素早く機体を立たせようとした。
 手が血で滑り、視界も血で曇る。
「来須くん、残弾は何ぱ………ぅあぐッ!?」
 がうん。
 衝撃の割には小さな音で、機体が傾いだ。
 敵の攻撃はそれでも続いている。こちらは動けない。弄る気か?
 次々と計器がショートして、パンパンと弾けた。
 その度に体のどこかに衝撃が走り、どんどん力が抜けていく。
「速水!無事か」
 半身を、こちらも血で濡らした来須が覗き込んできた。
「は…はは。来須くん、こそ、無事?いくらこの前大破したときには無事でも……ッぐっ…は、……昨日、絢爛舞踏もらってたけど…でもさ。痛いものは痛いよね……あ、は。イタタ…」
「喋るな、動かせるか?後退して…」
「ん、さっきからやってるンだけどね、…これが、なかなか」
「ッ………」
 『顔』付きの幻獣が、トドメとばかりに標準を合わせる。
「まずッ…でも、あの、『顔』…来須くん、仲良かったよね」
「………ああ」
「助けなきゃ…で、僕だって……」
「………………」
「僕だって、舞のもとに、帰らなきゃ」





 一際大きな爆音があがり、耳が潰れるような静寂があり、そして、多目的結晶を通じて少女の声が響いた。
 澄んだ、希望に満ちた、希望を疑わない声のもと、鉄くずのように転がった士魂号三番機が立ち上がろうとする。
 岩田は一度目を閉じ、目を開けて、それから笑った。苦笑。
 そこまでして、もがくんですね。
 そんなにも、この世界には価値がありましたか?
 …ありがとう。
「ユーリ、まさかここまでしくんでいたんじゃあないですよね?…私に、最後にできること…こんな、真面目なこと、ガラじゃないんですよ、本当に」
 しっかり見据える。
 息を吸い込む。
「…がんばれ」
 しっかりと、でも小さく叫ばれたその声に押されるように、三番機は右ひざを立てた。





「来須さん、速水さん!」
 一度完全に動かなくなった後で立ち上がろうともがく三番機を見て、田辺がぼろぼろと涙をこぼした。
 逃げなければ。
 そう思うのに、遠坂の脚は動かない。
 恐怖にすくんでいるのではなくて。
 何かを。
 戦う彼らのために、何かを。
 田辺が嗚咽をこぼしながら、祈るように頭を垂れた。
「お祈り…ですか?」
「ええと…はい、でも…何に祈ればいいかなって考えて…考えてたら、お祈りじゃなくなっちゃって…」
「…ああ、なるほど。私も、一緒ですよ」
 どうせ、祈るのならば。
 戦っている、彼らのために。
 戦っている、彼らへ祈る。
「…がんばれ」
「がんばって…」
 三番機が、もげかけた首を上げた。





「精霊手は後一発…それが、限界だ」
「おっけー、十分さ。どの道、それくらいしか動けないよ」
 速水は親指を突き出そうとして顔をしかめた。何だ、折れてる。
 それでも立ち上がったのだから。戦うことを決めたのだから。
「さて、と。早く舞のところに帰らなきゃね」
「ああ」
「…来須くんは」
 幻獣がずしん、と一歩迫った。
「来須くんは、どこに帰るの?」
「……………」
 自分でも質問の意図が分からぬままに聞いたらしい。速水は言った後で首を傾げ、それでも来須の返事を待った。
「俺は……そうだな。プレハブ校舎に、帰れれば、それがいいな」
「あは。そうだね、舞と、皆に会いたいよ、僕も」
 来須が血に濡れた目元を優しく緩ませた。
「ああ。…そうしたい。だが、俺が帰るのは…」
「ん?」
「俺は、……来るぞ、速水ッ!」
 速水の反応は素早かった。
 幻獣の攻撃を地を蹴ってよけ、片足を持っていかれつつ、精霊手が狙える場所に機体を向ける。
 最後の精霊手が光を放った。





 凄まじい衝撃と光のまぶしさにどうにか耐えながら、遠坂と田辺は支えあい、立ち続けた。

 繋ぎ合った手と手は、決して、離れない。







  戻る