キスには、上手い下手があるという。


 昨日加藤と一緒に見た、少女向けの雑誌の記事。
 実は一晩ろくに眠れなかった。

 上手いキスと、下手なキス?
 だって、そんな。
 唇と唇をあわせるだけの行為に、そのような基準がなぜあるのだろうか。

 自然、意識は恋人である瀬戸口へと飛んだ。
 実にスマートに唇を奪われたのは、付き合い始めた最初の日。始めのうちこそ数えていたその回数も、最近では分からなくなってきている。

 上手いキス。
 下手なキス。

 彼のキスはどうだろうか。
 考えた瞬間、音でも立てそうな勢いで壬生屋の頬が朱に染まった。
 彼のキスは、上手い、と、思う。
 触れているだけで、ドキドキして、熱くなって、でも幸せで、どうにかなってしまいそうなのだ。

 それなら、私は?
 私のキスは?

 唇をあわせたのは、彼が初めて。
 そんな私のキスが、上手なわけがない。




「キスの、上手い下手?」
 瀬戸口のポカンとした顔を見て、壬生屋は逃げ出したい気持ちになった。本当は本人に相談する前に、信頼できる女友達に相談したかったのだが。考え込みながら歩いているうちにばったり行き会ってしまい、ついつい聞いてしまったのがまずかった。
「…あの、その、せ、接吻には、そのようなものがある、と………」
「ふぅん。上手い下手、ねぇ…」
「あの!もういいです!変なことを聞いてしまって…わ、忘れてください!」
「っと、ちょっと待った!待てって!」
「放してください!わ、私、その、これから仕事が…」
「待てってば」
 壬生屋は逃げることをあきらめた。
 笑っていながら真剣な瀬戸口の瞳に射すくめられて、体が動かなくなったからだ。

「…俺は、壬生屋の唇、好きだぜ」
「唇、ですか?」
「そう。この唇……慣れたキス、上手いキスだからって、全部がいいわけじゃない。お前さんの唇だから…俺は、こうやって、……………キスすることが、好きなんだ」
「っ………………あ…あの…でも、やっぱり、私のキスは下手くそですか?」
「んー。下手とかそういうんじゃなくて……何て言ったらいいのかな……」

 言葉を探して唸りだす瀬戸口を、今度は壬生屋が真剣に見つめた。
 ふいに、瀬戸口、にやりと笑う。

「なあ、壬生屋。キスには、色々なやりかたがあるって、知ってるか?」
「えっ?私、知りません」
「ただ唇と唇をあわせるだけじゃ、ないんだぜ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そうだ。そういう色々を指して、上手いとか言ってるんじゃないのかね。ま、種類こなせりゃ良いとは思わんが………興味あるか?いろんな、キス」
「……あの、はい」
「そうか。…壬生屋にゃまだ早いというかやったら殺されそうな気がして自制してたんだか…」
「え?」
「いやいや。ははは。興味があるなら、仕様がないなぁ。教えてやるよ、直々に」
「えっ?」
 妙に嬉しそうに、じりじりと壁際に壬生屋を追い詰めた瀬戸口は。

 紫色の瞳を光らせて、ぺろりと舌なめずりをした。






 それから一週間。
 瀬戸口避けられ期間の最長記録は、未だ更新中である。




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