怪我をした滝川を送り出し、サッカーは一時中断となった。 「ようちゃん、大丈夫かなぁ」 観戦していたののみが心配そうに言った。横に座っていた壬生屋が笑う。 「大丈夫ですよ、速水君が付き添って行きましたし…あら?」 その速水が一人で戻ってきたのを見て、壬生屋は首を傾げた。 交代要員 〜コウタイヨウイン〜 「と・いうわけで、滝川、一人で傷口洗いに行ったよ」 心配そうに速水は皆に告げた。 せっかく試合形式でやっていたのだから、俺のことは気にせずに決着つけろよ、と、追い返されてきたのである。 戦争中の今、戦いの中での怪我などには皆慣れている。しかし、日常生活の中の怪我というものはそれとは別なのか、普段戦場で負っている怪我とは比べ物にならない軽い怪我でも、速水には気になった。何となく、それは誰でも同じようであったが。 「でもなぁ。もともと五対五でやってただろ?あいつが抜けて四対四はきついだろ」 茜がぼやいた。 付き添いで、速水まで抜けていたら三対三になってたか。でも、あれ、待てよ?それでも誰かが速水たちのチームに入ればいいから、四対四じゃん。…詰の甘い奴。 「むーん。誰か、他に暇な奴はいないのか?」 「…うーん…」 速水は観戦しているののみたちを見た。 ののみ、壬生屋、ヨーコがいる。 「ヨーコさんなら、できるんじゃねぇの?このメンツの中に入っても」 速水が思ったことと同じことを田代が言った。確かに、そうなのだが。…しかし。 「……………………」 来須が無言で、しかし圧倒的な圧力を持って帽子を深くかぶり直したのを見て、皆で何となくその案を捨てる。来須の性格で、姉と試合はきついだろう。 その来須が、ちらりと顔を後ろに向けた。 何とはなしにその視線を追った速水の視界に、鉄棒の脇を歩いてくる瀬戸口と善行が飛び込んで来た。 「あー!瀬戸口くーん、サッカーやらなーい!?」 「おや、お呼びですよ瀬戸口君」 まるっきり他人事の口調で、善行は瀬戸口の肩に手を置いた。 冗談じゃない。 瀬戸口は恨めしげにその手を睨むと、愛しのバンビちゃんを悲しませずに済む断り文句を考える。 昼休みは、優雅に日向ぼっこと決めていたんだ。 それなのに、善行司令に捕まって。 その上サッカー?見るならともかく、やるほうか。…足腰にくるじやないか。年寄りを走らせるなよ。ごめんだぜ。 「司令ー!不肖若宮、司令と本気で戦ってみたいでありますッ!どうです?御一緒にー!!」 ぽん。 今度は瀬戸口が、善行の肩に手を置いた。 「善行司令、可愛い部下の御指名ですよ?」 ……若宮くん…… 善行は瀬戸口の肩に置いた手にぐぐっと力を込めながら、可愛い部下たちをがっかりさせない断り文句を考える。 この昼休みで、瀬戸口にいろいろと聞きたいことがあった。 それが終わったら、本でも読んでのんびりしようと決めていたのだ。 サッカーは好きだが、あの元気な連中(若宮君どころか来須君まで…)に雑じって、昼休み中駆け回る?…無理です。死にます。 「瀬戸口君、ここは若いあなたに任せます。存分に汗を流してきてください」 「いえいえ、司令はお若いですよ。俺はしがないオペレーターですし?ここはひとつ、鍛えぬかれた司令の走りを!」 「いやいや、これからはオペレーターも体力ですよ?」 「そんなそんな」 「どうぞどうぞ」 「たかちやんといいんちょ、どうしたのかな?」 「笑っているけれど、言い争い…に、見えますね」 「オー、争いは、よくないデス」 「え、ケンカしてるの?」 「何をやっとるんだか……」 呆れ顔でゴールポストに寄り掛かり、中村。 「フフフ、年寄り同士の譲り合いですねェ」 岩田がそれに、見事なリフティングをしながら答えた。腰はいつものようにぐりぐり回っている。 「岩田、それ、気持ち悪かばい」 「そうですか?それでは」 今度は上半身ががくがく揺れた。相変わらず見事なリフティング。 ツッコむ気力を無くした中村の耳に、その時、ののみの可愛らしい叫び声が聞こえた。 「たかちゃんいいんちょ、ケンカはめーなのよ!仲良く一緒に、サッカーしようよ!」 「ののみ…!分かったぞ!岩田、パスだ!!」 急に瀬戸口が元気になった。ののみの存在に今気付いたのは明白だ。 「フフフ、行きますよォ!アターーーック!!」 それはサッカーじゃないですね、とぼんやり呟いた坂上の頭上を越えて、走り出した瀬戸口に岩田のパスがきれいに届いた。 「俺はバンビちゃんチームだな?それッ!!」 胸で受けたボールを速水にパスし、そのままグラウンドに走り込む。 「やれやれ、やっと後半戦ですか?」 遠坂が苦笑した。 「たかちゃん、かっこいいーー!!」 目を輝かせたののみに答えるように、速水からボールを返された瀬戸口のシュート。それは見事に中村の右横をついて、ゴールした。ののみににっこりと笑いかける。 「…不潔…」 壬生屋が小さく呟いた。正座の上で拳を固める。 あの人、ののみさんの横にいる私を見もしなかった。 「よーっし、一点!すごいや瀬戸口君!」 「バンビちやんに勝利を。お姫様には俺の勇姿をプレゼントだ」 「何を、負けないぞ!」 「クリサリス、ファイト出すデス!」 「フフフ、やらせませんよ!」 この一点が、先制点だった。自然に皆、盛り上がる。 「たかちゃーーん、がんばれーー!!」 「任せとけーー!!」 「………」 「…壬生屋さん?」 自分も観戦しようと、壬生屋の斜め後ろに座った善行が恐る恐る声を掛けた。返事の無い壬生屋の肩が、小刻みに震えている。背筋が、今まで以上にしゃんと伸びている。 ボールが若宮に渡った。 その前に瀬戸口が飛び出し、一対一だ。 壬生屋がすっくと立ち上がる。 「若宮さん、頑張ってください!応援していますからーー!!」 「お…おおお…おうっ!俺に任せておけ!」 女性に弱い若宮が、真っ赤になって張り切った。一瞬あぜんとなった瀬戸口を抜いて、ゴールに走る。 「…なんだそりゃ」 瀬戸口が見る間に不機嫌になった。 あの女、俺と若宮なら若宮を応援するってか? 一気に走り、追いつき、再び一対一。 「がんばれ、たかちゃーーん!」 ののみが無邪気に叫べば、 「若宮さん、がんばってー!」 壬生屋も負けじと声を出す。 その度になぜか不機嫌になっていく瀬戸口は、鬼のような強さを見せた。スカウトの若宮相手に一歩も引いていない。試合は膠着状態だ。 他の面々はなんとなく手を出せず、ぼんやりとその一対一を眺めていた。 「……ていうか……あれって、瀬戸口君と壬生屋さんの一対一なんじゃ……」 何となく空気を悟った速水が虚ろに呟く。 すでに、サッカーの試合じゃないよ。 帽子の下で、来須がため息をついた。 「やれやれ、とんだ試合になりましたね」 善行は気楽にあぐらをかいた。見ている分には面白い。 「フフフ、いい観戦席ですねェ」 背後からの岩田の声。 「…何してるんです、試合中に」 「いえ、退屈なんで。それより司令」 「何ですか」 「半ズボンを穿いておきながらサッカーをしないとは、信じられない人ですねェ」 「……ほっといてください。ていうか関係ないでしょう」 うんざりと岩田をあしらいながら、善行はグラウンドに目を戻した。 試合の行方を知りたがった滝川のために、速水と茜がボールを奪いに駆け出すところだった。 |