そして

ウィッシュリスト.......




私に想いを寄せているものの、どうやってそれを表現したいか迷っている貴女。
私は物質的な豊かさよりも真心を大切にしたいと思っています。

メルセデスのSLKとかビンテイジ・ライカなどで表現していただく必要はありません。
しかし、どうしても何かの形に託して胸の内を告げたいと思われるのであれば、
左の画像のBSAでも十分です。

高価なものよりも、このような廉価な(きっと貴女にとっては....)ものの方が
かえって真心が伝わるように思います。


もし、かなわぬ夢であるなら戦前にベルギーのFNが作ったシャフトドライブ
自転車でも結構です。



    (2004年都内にて撮影)

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ワーク・バイク

        (実用車とか実用自転車あるいは運搬車ではカッコウ悪いので英名にしました。
)

ミヤタ・ワーカー


宮田工業製で年式は不明。リサイクル屋さんのトラックに乗っていたものを交渉して譲ってもらった。
一部にISO規格のネジが使われていることから1980年代のものと思われる。サドルはプラスティック製だったが知り合いの自転車屋さんにあったMSというマークの社外品革サドルの新品に交換した。前輪はスポークが1本折れて歪んでいたので東京の方から中古品を譲ってもらい交換した。ブレーキシューとりフレクターもまた当時のものに交換した。


メーカーのHPを参照するとミヤタは元々が銃器の製造から始っています。これは英国のBSAと似ています。(Birmingham Small Arms) でも最近のミヤタの製品と言えば小火器ならぬ消火器が有名です。

2009年1月8日 前後リムとスポークを新品に交換、フリーホイル交換によりスプロケットの歯数が19から18に。
2009年4月6日 前後の泥除けを新品に交換























トライアンフ デリバリーバイク

タイアサイズ 26インチ  (1-3/8-26)    フレームサイズ 23インチ
1950年代前半に製造されたと思われる英国トライアンフ社製の自転車。BSAに吸収される直前あたりの製品と思われる。もともとは1速であったが1949年製のスターメイ・アーチャー(STURMEY ARCHER)の内装3速リアハブに換装されている。サドルはブルックスのB90型。前後のフェンダーは傷んでいたので古いデッドストック品でマッチするものをつけている。

ランプはエバレディー製で程度はいいが専用電池が入手困難なので単3電池2本をつかえるようにした。このランプは英軍のものに似ています。

フレームに固定された荷台が前にありステアリングは独立しています。

適当に板をつけてみましたが、ただの板では芸がないので折り畳み部分をつけました。


英国からの自動車部品輸入を行っているのでオークションサイトで発見し取引先に引き取りと梱包を依頼して輸入しました。


2009年1月13日 タイアを新品(共和製)に、サドルはブルックスから国産のデッドストック品に交換。

「トライアンフ」とお呼びください。「トリンプ」ではなく。


ワークバイクは若い女性達にも人気が(ありました。)

近くにある往年のワークバイク

入間市博物館所蔵の ミヤタ










佐藤大助さんのツノダ

佐藤さんは剣道の道場を運営されていますが。このような紙芝居一式を載せた自転車をお持ちで市内の催事に展示されることがあります。昔の暮らしの様子を伝える奉仕活動です。
(佐藤さんは2008年ご逝去されました。車体はご遺族により入間市博物館に寄贈されたようです)

2009年2月中旬   さらにリサイクル屋さんを探索

新聞屋さん仕様を2台を獲得。

その前に入手したツノダの三角フレーム付きの廃車と組み合わせる予定で作業開始。

ツノダの作業は進み オリーブドラブに塗装

フレームの接合には真鍮ロウが使われているんですね。

2009年4月5日に新品のハーフチェーンカバーを取り付けた。

荷台の装着を計画するも一般的な市場には雰囲気のあった荷台がない。 予算は潤沢にあるのに。
そこでカスタムメイド。通常の荷物や鞄の他に口径50の弾薬函の積載が出来るように工夫した。
大変に機能美に満ちた荷台が完成した。機能を追及した結果であるが自動車用鉛蓄電池の押え金具にも
酷似していると言われる。三菱ジープJ54のそれに似ているらしい。ステイの一部は英国製部品を使用。

機能の他にデザインにも留意してトップチューブと荷台が一直線上になるようにした。これによりフレームと荷台の一体感が感じられるようになった。ジープの中でもMB/GPW/CJ2A/3A/M38といったモデルはエンジンフードとホデータブ上面の線が同じ高さにあって引き締まって見えるが、これに通じるものだ。ホント。

ワークバイクとミリタリー・バイク  

    (2009年12月16日 更新  飾り枠のついた画像は入手時点のもの。丸石号を追加)


必見のリンク
ツノダ号再生の画像集を作りました。(Youtube)
Vintage Japanese bicycle(エリックさんのブログ)

私が小学生の低学年の頃、我が家には自転車が1台ありました。父親が使っていた片倉自転車の片倉シルク號でした。
もちろんスポーツ車ではなく実用自転車でした。一家にとっての輸送機器であると共に私にとっては身近な機械でした。ですから油の滲みたボロ布をフレームやスポークの間に通しての自転車掃除は苦痛ではなく楽しいことでした。

現在、自転車は使い捨てのような道具であったり、虚栄心を満たすためのブランド商品のようにもなっています。それは社会が豊かになったのも理由の一つでしょうが自転車に携わる人々の心の変化も大きな理由だと思います。アジア諸国製はすぐ壊れるとか錆びると言っている人はキチンと注油したり磨いているのでしょうか。まるで競技をやっているような珍妙な風体で高価な車体で飛ばしている人にも本当の品質とかお金をかけなくても楽しめることを知ってもらえたらと思います。

ワークバイクは乗ってみるとわかるのですが見掛けとは裏腹に楽に乗れるし、持って楽しいものです。

戦前からつい最近まで作られた日本独特の実用自転車には造った職人さんから愛用した人々にも高いプライドがあったと思います。
このような自転車を整備して乗ることは、ただの骨董趣味ではなく人と道具の良き関係を「味わう」ような楽しみがあります。

欧州での自転車創成期には貴族階級向けに高級車があったようですが普及と共に庶民の自転車は品質が下がったと思います。
ところが日本では普及版の自転車であっても製造会社そして職人さん達が誠意を持って品質を競いました。
特に1950〜1980年代にかけての自転車は日本が世界に誇るべき高品質・高精度のものです。
また装飾性においても優れたものです。


ミリタリー・バイク
    軍用自転車 スイス陸軍 1945年製 Mo05型(Ordonanzrad 05)

この自転車はフレームの刻印にあるように1945年に作られて近年まで軍用自転車として登録されてスイス陸軍で使われていました。 半世紀以上も。 型式はMO05型で、1905年から1988年まで製造されたモデル。ハブベアリングのボールは大きく砲金製らしい部品も見えます。リアブレーキはコースターブレーキとドラムブレーキ(それも内部拡張式!!)の併用でドラムは鋼製。  フレームには本来大きな革鞄がつくようです。尾灯も点きます。
発電機は永久磁石がフィールド側でアマチュアからブラシで集電し、ヘッドランプのガラスの周囲はスリガラス。電球の保持も凝っている。尾灯もまた高級品。アマチュアの下側には遠心力によって起電力を落とす工夫があって過回転の時に電球が切れるのを防いでいます。フレームは太くて端部は別部品をつけるなど丁寧な造りになっている。


ポスタル・バイク

ワークバイクの定番としての郵政仕様も入手してあります。

1987年の日米富士自転車製ですから、使われなくなる寸前のものか
ほぼ未使用品。

いわゆる還暦に達しましたので塗色もあっているような。

このような自転車で手紙が届いたころは通信事情としては貧しくても、通信内容は礼儀正しく、心も豊かだったように想い出されます。


丸石自転車 ゴールデンムーン

リサイクル屋さんから譲ってもらいました。おそらく1970年代で七宝のヘッドマークがありネジの頭はマイナスか丸石のロゴ入り。

ゼブラ自転車

それまで東京の浅草で人力車製造や自転車修理を行っていた高橋長吉氏が1901年に浅草で始めた自転車製造業。
1922年に合名会社ゼブラ自転車製作所設立。1933年には株式会社に改組。1937年にはゼブラ工業株式会社に。
1957年にゼブラ自転車株式会社となった(荒川区西日暮里1-4-1)。
1969年12月、光風自転車株式会社)と合併しゼブラケンコー自転車株式会社に。
1976年5月岡本理研ゴム株式会社(現オカモト)に合併されて、同社のサイクル事業部になった。
ブランドとしてのゼブラ号は1903年には発売されている。しかし現在はゼブラ号もゼブラコーケン号も製造・
販売されてはいない。西日暮里の工場の住所は現在大きな病院となっている。

よって現車は1969年以前のものと推測される。当時の他メーカーと同様に泥除けのビスに
いたるまでゼブラのマークが入っている。リアのクレオパトラ風エンブレムは七宝製。
クランクの軸受け部にはコッターピンでの締め付けがされる。フロントハブは旋盤で挽いたもの。
風きりの取り付け部が窪んでいる。フルチェーンカバーは上下分割式であり注油口もある。

多くの実用自転車が黒塗りであるのに対して現車は渋い茶色でシボのあるような塗装であることからして
個人使用に適するように製作されたと推測される。前車軸のネジ部も短くて前かごのステイなどの取り付けを
想定していないようである。


フレームとフォークの巻紙からわかるように40年間以上も前の死蔵品であり錆や塗装の劣化も最小限でしか
ない。この車体に限らないが古い実用自転車は単なる道具の域を超えて世界に誇るべき工藝品である。
それが欧米のように一部の富裕層に対する商品としてではなく職人を中心として市井の庶民が使う自転車で
このような凝った造りのものは少ない。遊び道具として、あるいは競争用としてではなく重い荷物を積んだり
リアカーを牽いたりしてもガタのこない造り。適切な手入れさえすれば世代を越えて何十年も使える堅牢さは
現在のコスト至上主義=拝金主義では為しえないものである。そして給与所得者の月給が1万円にも満たなかっ
た時代に自転車1台に5〜7万円を支払った市民がいたことである。
 大切な家財として大切に使い子供も含めて油の滲みたボロ布で各部を拭いて手入れをした時代は物質的には
貧しかった時代とされるが製品を造る人々も愛用する人々も、そして自転車でさえも幸せであったと思う。