CCV(Cross Country Vehicle) 71号(最終号 2008年秋)
クロスカントリーノート
石川雄一
イラスト 宇佐美由里子
燃える水の使い方
道楽で腕を磨くことよりも道具に凝ってしまうという方は多いと思うが私もその類で20歳代に山登りをやっていた時に仙台の用品店で見たホェーブス625を買ってしまった。その後、相模原市の払い下げ業者からGIストーブを買った。ランプはハリケーンランプか組み立て式の蝋燭使用ランタンしか使ったことはなかった。これも後に4x4マガジンの創刊を共に行った矢島さんから紹介されて少しだけ輸入されていたコールマンの200A型を買った。赤い鉄ケース入りのそれも目の前で点灯されてその明るさに驚いて大枚はたいて買った。いずれの道具もたまにキャンプに行く時に使う程度であった。
ところが、ここ20年くらいの間に四駆乗りの仲間でこの手の道具道楽の人達に感化されて、輸入したり軍用車の集会で買ったりしたりした結果この手の年代モノの燃焼機器と灯器は10数台持っている。この手は最近売られているレクリエーション用に開発されたものではなく、もともとが日常的な生活用品であってたまのキャンプに使うという作り方はされていないので定期的な整備をする必要がある。使わないで仕舞ってしまうと不具合を起こし易いのは古い車と同じなので使う必要があるかどうかとは別に整備をやっている。ランプの整備は昨年やったので今年の正月前後からホエーブスとGIストーブの集中的な手入れを行った。各部の清掃からガスケットの交換そして古い燃料の入れ替えと一通りの整備をするが真鍮製の部品についてはピカールでの研磨も忘れない。
磨いても磨かなくても機能には関係ないのだが真鍮の表面が錆びていると反射的に磨いてしまう。そして最終的にはテストとして点火してしばらく燃焼させる。昨年あたりからホェーブスのノズルを交換して1台はガソリンから灯油が使用できるようにしている。専用の燃料や白ガソリンは高くつくし、自動車用燃料ですら高くなっていることもあるが添加物が多く含まれると思われるガソリンよりも室内での燃焼も考慮している灯油の方が保管中の堆積物が少ないように思ったからだ。やってみると元々予熱が必要なコンロであればしっかりと予熱することでノズル交換をしなくても灯油での運用は可能だった。加圧式ではない725型でも灯油用の設定がない新旧のGIストーブでもOKであった。寒い時期だったが風の無い屋内(気温は約20度)での燃焼だったからかも知れないので風による放熱が大きい屋外では不安定かも知れない。そして灯油といっても最近は安くはないので点火テストだけでなくお茶を淹れるための湯を沸かすことにした。家庭にあるヤカンが煤けるとまずいので2リッターの広口ヤカンを買った。そのうちにタンク一杯で何回沸かせるかと「燃費」を計りたくなった。タンクに入れる灯油をどうやって計ろうかと思っていると何年か前に中古で買った0.1gの音叉式電子秤があることに気がついた。これなら中が見えない鉄のタンクでも重さによって燃料の残量がわかりテスト途中でも燃費の計算が出来る。こうなってくると本当はストーブの整備が目的であったのだが一体いくらでお湯が沸くのかのデータに興味が移ってしまってしまった。最後には、たいして飲みたくなくてもストーブをつけたくてお湯を沸かすというわけが判らないことになった。沸いたらすぐ火を消したいのでつきっきりに近かったが一日午前と午後、そして夜の3回沸かすのだが複数のストーブでやったので約1ヶ月に渡り結構忙しかった。1回沸かしては壁に「正」の字を書いて出したデータは1回に約1.5リッターの湯を0.6リッターの灯油で30回前後沸かすことが出来た。1回が約2円につくことになるが電気ポットなどのデータは沸かすお湯の量を2.2リッターとしている場合が多い。これに合わせると約2円で電気ポットの約6〜7円やガスレンジの約4円よりも経済的なことがわかった。
原油が2ドルくらいから10ドル台になったことで大騒ぎだった70年代の石油危機が微笑ましく思えるほど燃料の価格が上昇している。現時点では100ドルを割ったが一時は150ドル近くなった。ご存知のように1バレル(159リッター)の価格なので為替がドル100円だと100ドルの場合リッター当たり63円くらいになる。これに精製したり課税されたりして灯油が約100円ガソリンが約150円となるわけだ。この価格高騰から石油を直接に焚く内燃機関から他のエネルギーへの転換が行われつつあるが、その効率を装置のコストや使う原料のコストまで考えていくと本当に効率が高いのか疑問だ。難しい理論やコスト計算を歪める政策的な保護でわかりにくくなっているが「石油を燃して湯を沸かす」という風に単純化してみると理解し易いと思った。「もし地球が100人の村だったら」という本のような手法でもある。ホエーブスのような大戦前の設計の単純なストーブではなく、より効率が高くて排気もきれいなストーブによって更に燃費は高められるかも知れない。しかし効率が低いと判っていてもエネルギーを変換して使う理由の最大の理由は利便性だろう。
電気やガスによってスイッチ一つで加熱できる装置に比べるとストーブの操作や定期的な手入れの面倒臭さは大変なものである。
ハイブリッドカー等のいわゆるエコカーの多くがエアコンは当然のことパワーステアリングやパワーウインドウがついている。こうやって照明をつけて夜中に原稿を書くのではなく日中に作業をすればいいのだ。
終刊
既にダイレクトメイルを差し上げていた方と購読予約が有効だった方、そして直近の号で予約が切れた方に対して葉書でご挨拶申し上げ、ホームペイジでもお知らせしたが本誌はこの71号をもって幕を閉じる。
あまり使われない終刊という言葉にしたのは一般に使われる休刊ではないし廃刊あるいは敗刊という惨めなものではないからだ。
59歳、先輩達からはまだまだと言われるし体力に自信がないわけでもない。
しかし4x4マガジンの創刊から途中浪人はしたが通算すると30年間に渡り四駆の専門誌に携わった。
それも最初から最後まで立場は経営側でもあり誌面の大半を執筆してきたので、その管理に疲れたのが大きな理由だ。
特に4x4マガジンの初期はボランティアに近かったし(それは誇らしく思うが。)
CCVの18年間は広告収入に依存しない自動車の定期刊行物という前にも後ろにも他国にも例のない専門誌を刊行し続けたので楽ではなかった。採算という面ではここまで続刊出来たのだから何とかなったのだが精神的には負担があった。
それを支えてくれたのは薄っぺらで中綴じだった初期の4x4マガジンをカーグラ並の価格で、ほとんどが白黒印刷のCCVを1,800〜2,000円で買って下さった読者諸兄だった。あらためて深く感謝申し上げる。
得たもの
もともとが出版とか物書きなどということとは縁遠い経歴だったのに始めてしまったので、最初からジャーナリストは目指していなかった。なぜなら単純に機械としての車を紹介すれば十分と思ったからだ。四駆についての情報が少なかったので、それを中継するだけでも価値があったからで単なるリポーターでよいと思っていた。しかし試乗や考察を続けていると何十人もの人々が携わって設計され、経営陣も了解の上で商品化される車にもミスもあれば悪意のある作りもあることがわかった。おそらく四駆が各国で作られ始めた50年も前にはモデルチェンジの都度、品質が高くなったであろう量産車だが過去の30〜40年にはコストダウンつまりより安く作って儲けるという考えが支配的になってきた。たとえばランクルの電動フリーハブにしてもくだらない装置として紹介するだけでも良かったが、こんなモノをつけてしまう神経も正す必要があると思った。そして、この手には風聞がつきものなのでメーカーや役所の意見もキチンと聞くこととした。
幸せだったのは編集内容でお伺いを立てる上司がいなかったことだ。4x4マガジンの編集長の時も出版物そのものが前例のないものであった。出版の素人がいきなり月刊の車雑誌を始めたことも、それが四駆に限られるというのも前例がなかったからお手本はないし自分で考えるしかなかった。CCVも創刊直後は別として版元の大日本絵画の小川社長も担当の斉藤氏もあまり車にご興味が無いこともあってCCVの内容について意見をされたことは無かった。大変にお世話になったわけだが、この記事内容不干渉というのが一番のご支援であったと思う。そのようなことは有難いことでもあったが、実は厳しいことだ。前号でも書いたが他人の記事の引き写しや上司の指示のままに取材をするのであれば楽だが自分の流儀を通すことはシンドイものだ。
半分は冗談であるが「社長になるのも、編集長になるのも簡単だ。創立や創刊をすればいい。」と言っている。平社員から出世していくことを叩き上げと言うが、私の場合は「でっち上げ」とでも言うべきものだろう。もちろん、それは零細な会社あるいは出版物であったから出来たことだが、本当のことだ。だから4x4マガジンの初期には何でも書けた。もっとも業界なんて無かったしトヨタも三菱も国内販売、それも役所以外への販売は模索状態であった。CCVの場合は逆で最初から体裁の整った専門誌としてスタートしたし業界に至っては四駆バブルに踊っている最中だったので創刊後の1年くらいは少しだが面倒なことになった。しかし5号以降の体裁となり内容も変わらないとなると業界の衰退もあって問題はなくなった。創刊初期に意外だったのは読者の方からの反発が少しあったことだ。曰く「自分の車のことを悪く書かれた」というものだった。心情的には判らなくもなかったが「あなたの車を褒めている雑誌は紹介出来るけれど、その紙面ではどの車も褒めているよ」と答えるしか無かった。
提灯記事もあった。
雑誌もラジオ・テレビあるいは最近ではインターネットでも広告がそれらを支えている。雑誌の場合は元々はそれを読者に売ることで成り立ったのだと思うが、その広告効果も掲載料として売れることがわかり両方を収入とするようになった。広告の効果は販売部数に比例するから
ところがラジオやテレビとなると販売数というものが判然としない。またNHKやBBCのような国営放送でないと視聴者から放送にかかるコストを徴収することが困難なので当初から広告収入に依存している。
提灯記事という言葉は「提灯持ち」から来たものだと思う。それを広義にとらえれば本誌もそれをやっている。ランドローヴァー・レインジローヴァー、ジープの一部、サファリなど。しかし自動車雑誌でいう提灯記事というのは広告による収入の見返りであるのに対して本誌はそれは一切なかった。ましてや記事の内容そのもので対価を得るタイアップ記事という編集者の魂まで安売りするようなことはなかった。これらの比較的高く評価していた車種のメーカーやインポーターから広告の掲載は無かった(クライスラーの広告は初期にはあったが、関連はない。)かといって一貫して広告という形でご支援いただいていたスズキに対してジムニーをベタ褒めしたこともない。現行型のエアーハブはトヨタの電動ハブ同様に無用どころか不確定性を高めるものと批判し自分の車からは外した。中にはジムニーの記事が掲載されていない号もあったかも知れないがスズキと青梅市のショップ・ハヤブサオートさんは広告を切ることは無かった。
自動車雑誌
終刊を迎えるについて海外の協力者にも連絡を行ったが、そんな中でアメリカからの声では彼の地での自動車雑誌の凋落が伝えられた。実は内容があまり参考にならなくなってから海外の専門誌の年間購読予約は切らしたままになっていた。そこでアメリカの専門誌を送ってもらってた。届いたのは米郵政省のフラットレート封筒で日本で言えばEXPACK500みたいなもので、それもヤケに薄い。2冊くらいしか送ってこなかったのかと思ったが郵便局で開封してみると5誌も入っている。なんと月刊誌のどれもが100頁前後しかないのだ。
62年に創刊され日本にも影響を与えたFOUR WHEELERも106頁しかない。しかも広告の割合は多く純然たる本文は本当に少ない。これらの雑誌の広告収入への依存度は以前から高くカバープライスと呼ばれる1冊の単価は$5.99となっているが1年間12冊なら送料共で$15.95でしかない。しかも日本と違って書店流通は少なくほとんどが購読予約だから販売収入は低い。そこで頼りになる広告収入であるが
Magazine Publishers of America(www.magazine.org)という業界団体の統計では今年の前半の雑誌広告の量は2007年同期に比べると大きく落ち込んでいる。特に自動車雑誌では顕著で広告掲載料総額で17.7%減、広告頁の総数は21.3%減にもなる。
誰が
これまでも何度も書いてきたし、同様の意見も多く聞くが「乗りたくなるようなCCV」が無いという現実がある。新車情報というテレビ番組(テレビ神奈川他)が2005年までの27年間放送されていた。三本さんという名物解説者がスタジオ内に置かれた新車を前に開発責任者に質問するのが人気があって、三本さんが「不躾ながらも」と断りながらも鋭い質問で担当者を困らせるのが面白かった。そんな中で何回もみたのは三本さんが新車の装備とか作りを見つけて「こんなモノは実に下らねぇじゃないですか」と言うと、これが一種の誘導尋問で担当者は大抵の場合「お客様からの要望がありますので」と答える。すると三本さんは「それじゃ、なんですか客がバカだということですか」とやり返す。担当者は黙するしかなかった。
ところで多数決の論理がそのまま弊害として出るのが民主主義だろう。私の家は古くから当地にあり町の中心だった商店街の真ん中にある。現在では典型的なシャッター商店街であるがかつては栄えたこともあって市や県の議員になる店主が多かった。幸い当家は祖父の代から政治嫌いというか一切選挙には関与しない姿勢を貫いてきた。古い体質の地域社会ではこれは少しだが勇気がいる。今でも選挙となると事務所がいくつも近くに開設されて顔見知りのオバサン・オジサンが出入りする。客観的に見ていると必ずしも地域の将来のために良くはないような選択がされる。仕方がないことだ。
いつか紹介したかった映画のラストシーンがある。脚本化のジェームス三木が唯一監督も手がけた作品で1989年発表の「善人の条件」だ。市長選挙に義父の急死を受けて純朴な教授が立候補し諸々の政治腐敗にまみれながら自らもその深みにはまっていく。そして最後に演説会場に集まった支援者に向かって民主主義の不在を訴え、企業や政治家そして堕落した選挙を批判する。そして集まった民衆に対して最後に言う「一番悪いのはお前たちだ。」と。
厳しくなる排気規制・安全規制により車の小規模生産は難しくなってきているので今後も少なくとも何十万台は作るメーカーだけになるだろう。そうなるとメーカーはますます冒険はしなくなる。つまり保守派になる。そうなると尚更、大衆うけの車作りになるだろう。それに対してユーザーが純粋に趣味性だけで本物を望めばよいが、そんなユーザーは少なく大半は「ユニークだけれど普通の車」を選ぶのだ。
**********
CCV71 クロスカントリーノートWEB.pdf へのリンク
CCVとは(Cross Country Vehicle)の略です。
つまりJeep等のクロカン車についての専門季刊誌です。
1990年の創刊です。
スタイルだけでオフロードではダメな車は本当は扱いたくないのですがたまには試乗します。
その様な車両や用品についても事実を伝えます。
それが批判と受け取られる場合がありますが、それは誤解です。
そもそも四駆に乗っている方の全てに読んでもらおうと思って編集・執筆は行っておりません。
またドレスアップという飾りは否定しています。興味あるCCVは年式や製造国にかかわらず徹底紹介を行います。取材のために車両や部品を輸入することもあります。広告は最小限なので読みこたえはあります。カラーは10数頁なので色を見たい人はカタログでも見てください。車以外ではオフロードで役立つツールについても実用的で興味のあるものだけを取り上げています。走破性の大きな要素であるタイアについては細身大径を中心に独自にテストしています。ジープとジムニーについては毎号試乗記を掲載しています。過去の優れた技術を見る上からも軍用を中心とした歴史的なCCVについても頁を割いています。試乗からコラムに至るまで経験豊かな執筆人が揃っています。
そんな編集・執筆の方針なので広告が少なく本文に見せかけた広告もない上に小部数なので
税込み2,000円、年間購読予約(4冊)8,000円もします。
自動車についての定期刊行物としては最も広告料収入に依存していない専門誌です。
そんな自動車誌は存在し得ないと創刊のころから言われ続けましたが
読者さんのお陰で18年間続刊しています。なんとか....
しかしクロスカントリー車に興味のある方には一度読んでいただきたいと思っています。ただ、もしあなたが流行っているという理由で四駆を持っているのであれば全く読む必要はありません。
また執筆者・編集者としては読んで欲しいとも思いません。
体裁
B5判 208頁 183mm x 257mm t=12mm