UAZ39090
UAZ Vanとの日々 笑ったり、感心したり。
結論は簡単だから先に書いてしまおう。このロシアの四駆バンと一ヵ月を過ごして思ったのは品質と技術のアンバランスだ。素晴らしいシャーシーに古いエンジン、素晴らしいレイアウトだが粗い造りのボデー。ソビエト時代のジョークに「宇宙飛行士のお父さんは地球を何周もしてもう帰ってきたけれど、お母さんは食料配給の列に並んだまま帰って来ない」というのがあったが、これを想い出した。軍事大国であるので優秀な人材によって宇宙開発用機材や航空機あるいは戦車などは高い技術水準にあるが社会基盤の整備などは大きく立ち遅れていることを皮肉ったものだが、このバンにはそれが強く反映されている。このバンの評価はどこに重点を置いて見るかによって大きく違うだろう。
ジープみたいに走る四駆バン
もともとがジーパー(短い幌のヤツね)といったユーザーが見れば悪くはないだろう。2.5リッターのガソリンエンジンは低圧縮比でプッシュロッド式OHVだが三菱のアストロンやクライスラーと違ってアルミブロック。フレーム高はジープよりも高くギョーカイ用語でいう「逆付けアクスル」標準装備。そして何よりもキャブオーバー車でこの走破性の量産オフローダーは日本を含めて西側では皆無だからだ。そんな方向から評価する方であればフレームに乗っているハコの仕上げと各部の雑さも我慢ものだろう。しかしカテゴリーを車高の高いバンと固定してデリカ4WDとかハイエース4WDとボデーを比較してしまうと語るに落ちるの一言になる。フェラーリを積載能力の面から評価を始めるみたいなものだ。外板のプレスは雑だし塗装も日本車のレベルにはほど遠い。そんなことは性能に関係ないとか、ビスで止めてある内張りは成型品の内張りよりも手間が掛かっているとかバンパーは鉄だと言っても理解はされないだろう。ものは言いようだがシュレッダーダストの発生の少なそうな資源リサイクルにも良さそうな車でもある。以前に個人で輸入されたバンをオフロードでほんの少しだけ試乗したことがあったが、あの時は思ったようには走らないCCVだと思った。エンジンの出力は調整未了なこともあって十分に出ていないしオーナーですらオフロードを走らせていなかったので遠慮もあった。今回は1ヵ月以上もの慣熟走行のあとだったし輸入元からは遠慮しないで十分に走らせてくれと言われていたので少しはサスペンションの具合が見られるような走り方が出来た。キャブオーバー式は視界がいいのもメリットなのだが、このUAZの場合、ウインドウの天地は狭くても視点が高いので視界は良い。ところがタイアの状況を確認することは出来ない。トレッドに対してボデーが横に張り出しているのでリアのタイアどころか運転席の窓からすぐ尻の下のタイアすら見えない。それにしてもキックアップがほとんど無いフレームとボデーの位置は高くて地形に当たる心配は極めて少ない。ただUAZの場合は高いフレームを隠すようにボデーが下がってきているのでフレームやサイドの燃料タンクが当たる前にドアの下の方が当たりそうだ。何よりも気がかりだったのはリーフスプリングの支持方法だった。両端をケーシングの中のゴムに突っ込んだだけというものなので普通のシャックルのような動きはないだろうし、ひょっとすると抜けはしまいかとも思っていた。リーフの両端がこれと言うことはアクスルの位置決めも当然そうなのだからオンロードでもアクスルの位置がずれないかと思った。あるいはバネがとてつもなく堅くて動かなくて、あのゴムの中での動きで足りてしまっているのかとも思ったがオンロードでの乗り心地からは見かけとは正反対のソフトさを感じていた。
特筆すべきは砂利道での乗り心地の良さと直進性の良さだ。ホイルベースが長くてコイルスプリングを採用しているCCVに比べれば劣るが「リーフの割には」という必要はない。ホイルベースは2.3mと短いし運転席は前輪の真上という不利な条件なのだがアクスルは暴れないしスプリングは細かい振動を吸収している。この幅の狭くて薄いリーフを10枚以上も重ねる古いタイプのスプリングはメーカーにとっては金がかかるが性能はいいと思う。それだけ働きの良いリーフのセットでスパンもあまり長くないのに、あのゴムにブチ込みといういい加減な方法なのに十分にオフロードでも働くのには驚いた。UAZのCCVには普通のシャックル式のサスペンションもありジープタイプにはそれが使われる。そして1.0から1.3トンと積載が課されるバンやトラックにこのサスペンションが「新しいもの」として使われているようだ。厚いケーシングの中でゴムを変形させるだけなのでサスペンションからのキシミ音はしない。ボデーはフレームに僅かなクッション材だけでボルトオンされているのにやはりキシミ音は少ない。ところが配管とかちょっとした取り付けのいい加減さから発生する細かい「雑音」は何ヶ所もから発生してハモってくれる。
デフのギア比は4.625:1とかつてのUAZ-469Bの5.125よりも高速向きになったのでローのローでも37:1とあまり低くないのでローの2速の約23:1というギア比では苦しい。このバンの何よりもの強みは十分に高い腹下で前後のアクスルのデフという2点だけが地上高220mmであるがギアボックスや燃料タンクの位置は高くてヒットする心配は少ない。また車体をよく見ると結構ハイリフトな上に尻はディフェンダーのように切り上がっている。少し滑稽なほど膨らんだボデーのスタイルも裾を絞りつつ車室を可能な限り広くしたとも見える。デフにしても縦に左右のケースのフランジがあると言う作りなのでここが接地したとしても抵抗とはなりにくい。このオフロードでの走りっぷりを味わってしまうと、それまで笑ってしまっていたスタイルにもそんな必然を感じてしまう。これでは「アバタもえくぼ」になってしまったかも知れない。ボデーの仕上げは本当にアバタだからジョークにもならないか。
初日
今年の春に遥々と海路をロシアから連れて来られたUAZのバン1台を預かることとなった。モスクワから1,000km以上も離れた母なる大河ボルガの南にあるロシア連邦の州であるウリアノスク共和国の首都にあるその名もウノアノスク自動車工場、略称UAZで作られている。ここはLRと同様に四駆しか造っていなくて輸出もしてはいるが多くはロシア連邦内に売られている。そんな田舎生まれで都会を知らない彼女らを連れてきて日本で欲しがる奴を探して売り払うという業者さんからの預かりだ。ヤポンに行けば90オクタン以上のガソリンが飲めるとか肌にワックス(蝋)もかけてもらえるという甘言に釣られたのかも知れない。たしかにロシアよりも豊かな日本だが、ここでは多くのダンナさんは見てくれを気にするし、内容よりもブランドとという家柄みたいなくだらないものにこだわるので60年代ファッションに身を包んだ野暮ったい彼女らは良縁に恵まれるのだろうか。まぁ下手に縁があってもヤポンの旦那の場合は飽きやすくて3年もすれば捨てられるかも知れないとも知らないのだろう。そんなロシアの田舎から出てきたのでお座敷に出る前に躾けてくれというのが預かった理由だ。マーシャとでも名づけようか、英語ならマリアに当たるらしい。
当方に入庫した車の常として、まずはバッテリーの充電。ふと見るとフロントのナンバーの下端がバンパーよりも下がっている。さらに隣にはロシアの横長なナンバーの取り付け金具があるのでこれを利用してナンバーを40mmくらい上にした。一応はオフローダーなんだから「らしく」しなくては。
翌日
マーシャは濡れていない。走行距離が600kmと、まだ慣らし運転の新車であるから仕方がない面もあるが車の全ての操作系がなんとも動きが悪い。キャブオーバーの宿命としてギアのシフトはリモートコントロールであるからガタが多少あるのは仕方がないとしてもだ。少し運転して渋かったシフトレバーに給脂。ドアヒンジには全てシャフトにニップルがついている。試しに助手席のドアヒンジにグリスガンで差すと合わせ目からグリスが出てきて渋さが見事に消えた。ニップルのあるところに限らず摩擦する部位はあらかじめ給油脂を行ってやるようだ。こんなことは工場での組み付け時にやっておいてもらいたいものだ。しかしヒンジのモノは良いので潤滑を欠かさなければ長持ちするだろう。これを発見してからは徹底して潤滑を行うことにした。寝板で下に潜ってみるとリンク類はピンを通してワッシャーと割りピンで留めているところが多いしシャフトにブッシュという部分も多い。これらも工場での組みつけ時には給油されていないようだ。全ての可動部分にスプレイグリースを吹き付けたり手でグリースを塗り込んだ。ピンやそれを受ける部分の仕上げが少し粗いのも渋さの原因だったと思われるが、それだからこそ初期の潤滑が必要だと思った。
翌々日
夜が開けて気温摂氏10度くらいで始動。チョークノブを引くこともなく始動しちょっと吹かしてやってからアイドリングは安定。新車なのにこんなことに喜ぶのがおかしいしマーシャにとってはこの気温は寒いうちには入らないだろう。近くのスタンドに行って給油。タンクは片側にされているので49.07リッターしか入らなかった。現在、走行607km。ドアが節度なくバカンと開いてしまうので気を使う。特に弊社のガレージはビンテイジなレインジローヴァーやジープと一緒なので当ててしまったら大変と気を遣う。マーシャも名車の中で肩身が狭そうだ。ヒータースイッチはダッシュボードの表面にはなくて下側に隠してあるようにある。真ん中がオフで左が強、右が弱となっている。ルームとデフロスターとの切り替えは室内側パイプの先端のバルブを閉じるだけ。閉じてみたがあまり変わらない。タオルでも突っ込めばいいかも知れない。マーシャには驚かされることが多くある。その多くは「お里が知れる」というものでロシアの商品全般に共通したものかも知れない。でもどこか魅力を感じる。
マーシャは「ゆるい」
グローブボックスのラッチはボタンの真ん中を押すと解除されてリッドが開く。ところがこのフックがバネの力では戻らない。スブレイグリスやシリコンスプレイで潤滑したが引っかかりは直らない。磨耗を待つ構造としか思えない。ツナギを着て10,12,14のスパナを片手にマーシャの下に潜る。真新しいエンジンやギアボックスが見える。シャーシー高が大きいのでジャッキアップはいらない。鋳鉄のトランスファーケースを閉めているボルトにスパナをかけるがしっかりと閉まっている。しかしオイルパンボルトのようなアルミのブロックに刺さっているボルトは緩かった。締め過ぎもいけないが、これはまずいだろうという感じだ。とりあえず見えるボルトには全てレンチをかけて増し締めを行った。ふとクラッチのシリンダーをみるとプッシュロッドは太くて調整ナットも大きくていい感じだが、お相手のフォークがだめだ。薄い鋼板のプレスなのでロッドの先でグリグリやると磨耗しそう。しかも脂っ気なし。早速高価なグリスを指先で練り込んだ。
トランスファーとメインギアボックスには2本づつ操作用のロッドが延びているので全てのピンにグリスを与えた。さらにダッシュボードの裏にあるペダル回りのリンクやシャフトにも油を差したりグリスをつけた。フロントのグリルは簡単にとれてブレーキのリンクやシフトレバーの軸が見えるので執拗なほどにグリスをつけた。少しばかり運転したがパワーもあるし乗り心地もマアマア。パワステのポンプの負担が増える据え切りをやるとエンジンの回転が落ちてしまう。暖かいのでドアのウインドウを下げる。小さいガラスなのにクランクは重くて6回転半回す必要がある。しかもクランクの近くのビスだけが手前に露出していて手が当たる。これも点検口を外して覗くとリンク式ではなく安物の鉄の滑車とワイアーが見えた。しかもワイアーには少し錆もあった。これもグリースを滑車の軸に向けて吹きつけワイアーにも塗ると大幅に改善された。室内外をぐるりと見ながらビスを回すと半分くらいは締め付けが悪くて締め込めた。しかもネジの頭は+と-が混在している。
四日目
以前から分解して見たかったUAZ系のフロントハブを分解した。オプション部品らしいフリーハブを取り付けた。ハブ回りの構造が凝っていることに驚く。画像を見てもらえばわかるが単に古い構造というのではなく手を抜かない実直な造りになっている。そしてマニュアルに従いギアオイルの交換を行った。ギアボックスやアクスルのドレインも注入口もテーパーネジのプラグで回すのは12mmのアレンキー。メインギアボックス1リッター。トランスファーが0.7リッター。前後のデフは0.85リッター。メインのフィラープラグはレベルよりも上にあるらしく規定量を入れても溢れなかったがTFとデフはほぼレベルでもある。驚いたのは抜けてきたオイルで黒っぽいのだが汚れは少なく切り粉は無かった。あらかじめ20リッターのペイル缶を清掃しておいて抜けてきた4リッターほどのオイルを入れた。そして他の容器に移したのだが浮遊したり沈殿した金属粉等は認められなかった。ギアの製造精度が向上している現在でも新車の最初のギアオイル交換では量の多少はあっても大概の場合は切り粉がでるのだが不思議だ。
五日目
神奈川県で行われたミリタリーのイベントに参加。モデルとしてはシビリアンではあるが軍用と同じ作りなので参加資格は十分にある。もっとも最近ではミリタリーのイベントも高齢化のせいか非軍用車での参加者が多いようだ。片道40km程度のドライブ。国道が空いていたので50-60km/hで走る。車内の建て付けからの異音がした。アイドリングが低過ぎて不安定になった。少しスロットルを開き加減にしようと思う。ラジエーターの前方下側にあるカバーはバネで上がっているだけであり必要に応じて空気を取り入れるように開くことが出来ることを発見。ただ寒冷地の車らしいラジエーター・シャッターは取り払われていて代わりにオイルクーラーがついている。帰宅してからアイドリンクの低過ぎを直そうとエンジンカバーを開けた。マニュアル通りにキャブレイタのスロー調整を行ったが排気規制への対策が多いせいか調整が効かない。そこでアイドリングをあげるのにリンクのストッパースクリュウを見つけたが回せないようになっていて工場設定から動かせないようになっている。そこで空き缶を切って作ったものをキャブのセットボルトに共締めして先端をシムのようにストッパーに挟みこんだ。これで650-700rpmくらいになったようで快適に運転できる。ただアイドリングを上げただけなのだがギアボックスのシンクロとの相性かギアのチェンジもスムースになったような気がする。また少し効きにムラの感じられたパワーステアリングも改善された。
この小細工の間にわかったことだがチョークノブを引こうとしても重く変だなと思っていたら吸気のホースをとってみるとバルブも動いていない。そこでマニュアルを見るとチョークを引くにはアクセラレーター・ペダルを床まで踏んでからとある。なるほど、そうやって見るとチョークノブは軽くはないが引けてバルブは全閉した。そしてスターターを回すとエンジンは始動して観察すると別のリンクが自動的に動いてチョークバルブが少し開いて少し振れている。そしてアクセラレーターは自由に調整出来る。どうやら極寒地での始動において間違った方法でプラグがカブルようなことが無いようにと作られているようだ。オートチョークでも始動後にバルブを段階的に開放するが、その機構をマニュアルチョークに組み込んだようなものだ。ただし触媒コンバーターがついているのでチョークを引いたままの長い暖気は好ましくないと思われる。キャブレーター式だとチョークで始動してもしばらくはぎこちなく走るが、このエンジンは暖気を待たなくてもフルパワーが出るようだ。温暖な関東地方だからかも知れないが慣れると扱いやすい。バネのなじみが出たのか車全体に「堅さ」が少なくなったような気がする。もっともバネの両端が突っ込まれているケースのゴムがこなれたのかも知れない。エンジンオイルは交換済みとのことだったが規格にあっているか不明なのとフィルターが交換していなかったので作業を行った。フィルターはナンバーからラダの4気筒と同じだと思っていたがやはり同じようで手持ちのROVER用とも共通であった。シェブロンの20W-50
SLを6クォート入れると丁度よいレベルになった。ついでにオイルパンのボルトを13mmのソケットレンチで再度締めた。
面白いのが指定交換時期でエンジンオイルは16,000km毎でオイルフィルターは8,000km毎となっている。累計距離計が770kmということは163km走ったことになる。しかしガソリンは40.7リッター入った。ビデオ機材を積みながら考えた、オーナーになったとしたらダッシュパネルに二つシガーライターをつけたい。空気圧は四輪ともに2.2キロにした。お里がお里だからかヒーターはやたらと効く。「鼻」にある空気取り入れ口を開けた時も走行風によった大量の暖気が入ってくるのでファンを回す必要はない。しかし何もしなくても日当たりでも良いと暑くてたまらない。これを少なくしようとヒーターホースを辿ったところシーズンバルブはリアヒーターへのホースに対してはあった。4気筒の上にあるそれは回し辛い位置にあるが試しに閉じてみるとたしかに温水の流れは止まった。
リザーブタンクを見ると少し錆色の水なのでアッパータンクのキャップを開けると透明に近い液体であった。臭いがするので真水でもないようだが念の為にLLCに交換した。たしか80年頃にラダニーバを買ったときもクーラントは無色だった。諸元では工場でマイナス40度までOKのクーラントを入れていると書かれていたのにおかしいと思って指先に付けて甘さを見たことがあった。その5年後にオーストリアからのワインに不凍液が混入されていたという事件が起きてそれ以降は絶対に舐めないようにした。データによるとクーラントは13.2〜13.4リッターとなっている。ブロックの横にもドレインがあり上からワイアー等で操作出来るレバーもついている。極寒地ではクーラントでもヤバイので夜になるとブロックから抜くと聞いたこともあるのでレバーがそうなっているのだろう。これを回したら水は出てきたので抜いたが締めてみたが閉まらない。中間位置が「締め」で両側に「開」があるので注意が必要だ。さきほどのシーズンバルブを開けて暖気するまで一っ走りしてみる。今度はリアヒーターにのみ温水が行きフロントヒーターは効かない。高い位置にあるのでエア抜きが不完全なのかも知れないのでホースを緩めて少しエアが抜けたようだ。
初めての長距離・連続長時間運転
浜松の北の山で行われたコレクターズ・ミィーティング目指して一泊の長旅に出た。まだ慣らし運転中であるし高速の料金ももったいないので最高でも60+km/hくらいで走ることにした。暖をとるために古いパレットを空き缶の中で燃そうと思ったので結構な積荷になったが室内は広いので問題はない。そして2人分の車中泊も平坦で広い床でリアシートの足も高いのでゆったりと眠ることが出来た。
(土曜日)
途中横浜で立ち寄る用事があったので編集室のある入間市から青梅街道-環状8号線-第三京浜と距離は50kmくらいだが首都圏としては軽度の渋滞で3時間を要した。そこから国道1号線を走り小田原からは正月の駅伝で知られる箱根の峠越えに挑んだ。積載はたいしたことはないが箱根の坂は3速で全て登りきり2速は不要だった。ただ長い下り坂なので降り切るころにはドラムブレーキから少し異臭がした。ホイルやハブに触ってみたが危機的な温度ではなかったが乗員も疲れたので夕食をとった。それから空いている1号線をひた走り浜松の途中から北上した山道-集会場についたのは深夜0100。12時間もマーシャと付き合っていたことになる。
保安基準に適合させるためにシートは日本製のものになっているが固定が悪いのが気になった。ステアリングもけして真っ直ぐではないが不都合というほどではない。ステアリングホイルとかウインカーレバーは成型した時のバリがそのままで指に痛いが時々チクリとくるのが眠気覚ましの効果もある。
細かい不満はあっても遵法速度で走るのにはエンジンもギア比もサスペンションも悪くはない。特に実用的なトルクがあるのでトップギアでの粘りがある。途中の掛川の手前あたりで給油しようとしたがスタンドが見つからなかった。仕方なく持参のジェリ缶から給油したが、その時室内にガソリンを少しこぼしてしまい。積んでいた薪(古いパレット)にしみた。その後、このガソリンの臭いが抜けなかった。というのもサイドにあるフリップアウト・ウインドウから後には換気の方法が全くないからだ。
(日曜日)
コレクターズ・ミィーティングに参加した。ここで以前に取材したバンと会うことが出来た。そして興味がある人々が試乗してみた。するとリアドアのロックが外れやすくて少しでも身をよじると自動的に開いてしまうことがあった。これはボデー側の金具の位置をずらしてやったことで改善されたが、ここのネジも緩かった。会場を1400に出発。-袋井-三島-246国道-御殿場-厚木-相模原-16号にて入間市に到着したのが0030。前日は12時間そして、この日は10時間をともに過ごしたこととなる。
満タンでスタートし途中で残量が少なくなったのに1号線のバイパスには給油所が少なくジェリ缶から12リッターくらい入れた。そして掛川で38.06リッター、三島近くで満タンにするが伝票見ると軽油40リッター!!。フルサービスのスタンドで「軽油か」と聞かれたので「レギュラーだ」と指示したにも関わらず軽油を入れられた。エンジンをかけることなく手押しでピットに移動して燃料抜き替え。見ると、なんだよ燃料タンクにゃドレインプラグなしかよ。諸元表によるとタンクの容量は56リッターだけれど抜けてから入ったのは49リッターくらいだから残量のガソリン約10ッターがフイに。差の6リッターはホースで抜けなかった分で燃料計の指示もゼロに近くなって入れると40しか入らない。そこでガソリン15リッター(タダ)-34リッター。帰宅して満タン22.42リッター入った。なんやかやで使った燃料の量が不正確なのだが計算すると96.48リッターを消費した。てことで合計すると38.06+12-10+34+22.42=96.48リッター、2日間の総走行距離は 770km-1396km=626kmということで6.48km/リッター。峠越えを含めた一般道での走りで6.5キロは悪くないような。