このページを閉じる  トップ>活動訓練>14.消防署実務体験訓練
 消防団員は生業を持ちながら、地域防災リーダーとして自己管理のもと日頃より訓練を行っています。
豊島消防団第7分団
ファイルNo. 14 項目  消防署実務体験訓練 内容  豊島消防団の教育訓練及び志気の高揚を図るための訓練。

実  施  要  領
   時    間    内    容
   08:30-    大交替、署員への挨拶及び災害出場準備
   09:30-    オリエンテーション(災害出場訓練含む)
   10:30-11:10    豊島消防署及び消防団の現況など
   11:30-12:00    東京消防庁部隊運用など
   12:00-12:45    昼食及び休憩
   13:00-15:00    体操・消防訓練(ポンプ隊)
   15:15-16:15    消防活動訓練(はしご車)
   16:30-17:15    受付勤務体験及び通信指令装置等説明
   17:15-18:00    夕食及び休憩
   18:00-18:15    日夕点検など
   19:30-    示達教養終了後、適宜署員との交流
   22:00-    適宜仮眠
   06:00    起床
   06:30    庁舎清掃及び車輌整備
   07:20    朝食及び身辺整理
   08:30    署員へ挨拶及び大交替実施
   08:40    帰宅

17日
08:00 長島部長、郡谷団員が待ち合わせて署へ。
08:15 豊島消防署着。斉藤主任に着任報告。
08:30 大交替。本日当直の2部署隊員に挨拶。
これから24時間10分が始まるとういう実感。

  敬礼の方法が署と団で違う!?
署では点検者に対し、半ば右(左)向けを入れて敬礼するので、タイミングがずれる。
返事の際、一度気を付けを入れるなど動作が違うのも戸惑う。統一しないと署隊連携では動作が乱れると感じた。
   
 着替えの訓練をしたが、これが1日の緊張を誇大するものだった。署内では作業ズボン、Tシャツ、運動靴姿でいる。経費節減で冷房は入っていないからむし暑い。出場になれば、消防車輌の間の限られたスペースで着替えるが、出場内容により装着する服装が異なる。
 「豊島区東池袋3丁目14番8号火災出場」と想定指令を受け着替える。与えられた時間は45秒以内。想定指令を受け何を着るかが精一杯で、着替え後「何処へ行くんだ」と聞かれても、指令番地までは覚えていなかった。
 長島部長は豊島2、郡谷団員は豊島1の乗車となったが、後部座席中央部署の為、他の隊員より先に乗車する事を要求された。隊員より先に乗車しないと出場が遅れるプレッシャーをここで痛切したことが、最後まで緊張の連続を招く。
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09:00 


オリエンテーション、管内確認。
寝床の確認。布団、毛布のたたみ方から始める。

   就寝時、脱いだ靴をベットの下に収納しておかないと、緊急時に奥から出てきた隊員に蹴飛ばされて出遅れるし、狭い通路に物を放置すること事態危険である。
 夜は非常灯以外なく暗いので、後から就寝しようとする時などは小型懐中電灯を常備しておくと良い。
 ただし、出動命令発動と同時に電気が点く。ベット自体の寝心地は悪くないが、イビキの合唱はお互い様か。
09:40  各車両点検に際して、はしご車点検に立ち会うことができた。命綱を結索し地上から上がっていくのだが、豊島Lは最大40mまで上昇能力がある。
 バスケット乗車定員は2名であるが、1人は操作する隊員である。はしご隊の好意に甘え、2名の団員はそれぞれ40mの高さを経験させてもらうことができた。
 残念なのは、豊島消防署の周囲は、高層建築物が多く、360度パノラマと言うわけにはいかない。それでも足下を見ると、はしご車輌が小さく見え、なんとかふんばってくれている様な感じにしか見えなかった。マンションの13階から下を見るのとは雰囲気は違っていた。不安定な場所に身を置いている実感。
 通常マンションの13階程度まで伸梯できるが、豊島消防署管内で14階建以上の建物は幾らでも建設されているのが現状である。
11:20  東京消防庁署隊運用等について講習
 今回の乗車車輌で長島部長が豊島2、郡谷団員が豊島1となったが、出場指令は豊島2からかかる事を知った。
 豊島2は水を1t積載しており、より火点に近い位置に部署するようになっていた。
 豊島消防署及び巣鴨出張所の救急出場は年間3,000回を超えるため、24時間勤務中に12時間で消防隊員と救急隊員が入れ替え制をひいていた。
12:00  昼食準備が完了すると管内放送があるが、外部には判らない方法で伝えている。
 3階食堂には、若手消防士が中心に作った食事が用意されている。大きな器に山盛りのうどん。玉子、裁断されたキュウリなどが沢山のっている。自分で汁を注いで食べる。

   隊員は、それぞれのオリジナルTシャツ姿でいるが、我ら2名は作業服を着たままでいる。署員から「暑いから脱いでていいですよ」と声をかけられたが、我慢できず上着を脱いだのは夕食過ぎであった。
 朝一番に着替えの訓練を受けたが、出場内容によって装着する内容が異なること、しかも着替えに手間取って出遅れることを恐れていた。足手まといにはなるまい。署員のチャック式と違い、団員の作業着はボタン留めである。これを着るのに要する10秒が惜しかった。
 団員同士で「銀長靴を履いて消防車輌の中で時間まで過ごそうか」と真剣に話し合ったものだ。

   管内に警報が鳴り響く。がばっと立ち上がったのは団員2名で、署員は平然と事務作業をしている。警報の鳴り方で出場前の「予鈴」なのか「救急」「火災」なのか判るようになっているが、聞き慣れない団員には区別ができない。

   特命出場が救助隊にかかった。歓談中の隊員がもの凄い勢いで1階へ降りていく。直ぐにサイレンを鳴らして疾走して行く。現場は目白4丁目の西武線踏切での人身事故だった。ポンプ隊応援要請がかかることを想定して、我々も気が立ったが、ここでポンプ隊に応援要請がかかっても、団員の出番の無いことを知らされた。目白4丁目は池袋消防署管轄であり、要請によっては豊島消防署も出場するが、豊島消防団員という立場の我々には池袋署管内(池袋消防団)での活動は為されないとのことだった。大災害が発生すれば、消防団も分団の区別なく動くはずなのに、ここでなんとなく行政の壁を感じる。
 救助隊はまもなく戻ってきた。「人体断裂、救助の要はなし」とのことだった・・・・。
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13:00  ポンプ隊の訓練に参加。
 三連梯子は消防団員でも何度か実体験している。慣れないので、伸梯停止位置に戸惑う。
 前回、署で訓練したときは、伸びた梯子を左右に振られ「うりゃぁ!ちゃんと支えろ!」と檄を飛ばされたが、2部中隊長は心優しく指導してくれた。
 しかもボンベを背負い、呼吸の状況を体験させてくれた。「そのまま4階へ駆け上がりましょう」と若手隊員の暖かい提案をイヤイヤ受け容れ駆け上る。防火服を着用していなかったが、それでも汗がしたたり落ちた。
 長島部長は学生時代ダイバーをしていた。呼吸感覚は軽いシングルレギュレターではなく、渋目のダブルレギュレターのそれと感覚が近いと感じた。ネックの位置がダイバー用とは逆であること、ボンベの大きさが小振りだった。
14:00  帰署後、機材整備をしていた特別救助隊に加わる。機材の説明を受けた後、一部の機材を実際に動かし操作をする。コンプレッサーを動かし、建設現場で足場に利用する鉄パイプを切断する実習をする。肉厚の厚い鉄パイプはいとも簡単に切断できたが、一方の切断機の重さは半端ではなかった。
 何喰わぬ顔で器材説明をしてくれたが、自分はつい数時間前に電車事故で人体断裂を目の当たりにしてきた人と同一人物なのかと考え続けていた。
 広瀬消防団長が激励にきてくれた。顔なじみの人を見て、少し気分が落ち着く。飲み物の差し入れはありがたかった。

   研修や訓練が終わると、すぐに駆けつける場所が3階ベランダに設けてある喫煙場所だった。ここに来ると別の隊員が誰かしら居る事が多く、忌憚ない話しができるのが楽しかった。我々に対し知らぬ振りを装う隊員も居るが、こちらから話しかけることで直ぐにコミュニケーションはとれた。

15:00  受付勤務。今日は土曜日なので来庁者は少ないとのこと。教材を納品にきた業者程度だった。
 受付は2名が1時間交替で行うが、ここの居心地の良さを感じた。狭い空間だけど、精密な通信装置を保護するため(?)エアコンが入っている。9月とはいえ、最高気温は30度近くある。署内でエアコンが動いているのはここだけだった。
 味をしめ、今回の研修中、3〜4時間はここに詰めていたと思う。時間があれば詰めようと足が向いた理由はエアコンだけではない。ここにいると、通信指令がまっ先に判ること、指令を聞いてどうすれば良いか傍にいる署員に聞けることだった。喫煙場所でタバコを吸っているときは、警報がなる度に水の入った灰皿にタバコを捨てていた。火を付けた時に限って警報が鳴る気がした。

   精神的疲労を感じる。日常の仕事は、例えば11:00来客、13:00○○訪問、13:40打合せ・・・と計画されている。急な来客でも、打合せ中ならお待ち頂くか、挨拶だけの面会をするだろう。
 署にいると、何もすることがない。署員は書類作成、食事準備、個別訓練などやろうと思えば仕事はあるのだろうが、消防団員にはすることがない。災害が起きない事が望ましいのだが、作業がないと時間の流れも遅く感じた。「消防署員による『生産性』とは何か?」などという、どうでもいい議論を団員同士でしていた。
 しかし、この間も決して気が抜けない。アポイントによる仕事がないが、いつ発令されるか判らない警報に脅えていた。それは災害現場に出場する恐れではなく、「被服の着替えに手間取って署隊の出場を遅らせてはならない」というプレッシャーだけだった。これが疲労を助長させた。のんびりした時間から、一つの警報で世界が一変する。突然に、それも自分でできる限りの瞬発性を爆発させ行動を起こさなければならないプレッシャーは想像以上だ。出動は一番乗車の遅かった隊員に併せてだから、団員が遅れる事は許されなかった。
 署員から「シャワーでも浴びてきたら」と言われたが、それができる余裕があるはずもなかった。暑くても出場のために上着を脱がないでいるのに、裸になってシャワーを浴びることは考えられなかった。垢ぢゃ死なない。1日風呂に入らずとも気にはならなかった。シャワーを薦められているようでは一員とは思えない。
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17:00  夕食。豚の冷しゃぶに野菜。ごはんはどんぶりだが、ラーメンの器でごはんを食べている隊員もいた。負けじとパックのお赤飯を食べる。それにしても17:00に夕食というのは早いように感じた。次の食事は明朝07:20だから、随分時間が空くな。どうして夕食が17:00なのか?労基法?条例?細則?附則?内規?どうでもいいことを考えながらも食欲は旺盛だった。
20:10  巣鴨1中隊の現場状況を受付の無線で聞いていた。558の検索。558は聞き慣れない番号だったので受付当番隊員と話しをしていた。最近はペットでもヘビやサソリと物騒なのが多くて危険だなどと話していると、豊島YD(指揮車)に出場がかかる。
 消防団員搭乗!と指示が下り受付室を飛び出した。「えーっと危険排除?いや違う、確認だから・・・」と服装を考え指揮車に飛び乗った。

20:20  サイレンを鳴らして現場へ向かう。無線で内容を聞いていたし、火災等の緊急を要するものではないと判っていたので、冷静だった。
 現着すると、巣鴨1中隊が三連梯子で捕獲しようと試みた形跡があった。動物は(※)ハクビシンと思えるが、敏捷ではないものの電線を自由に移動していく。とても捕獲は無理だった。
ハクビシン(白鼻心)ジャコウネコ科の中型獣。顔の真ん中に白い線がある。
山地の森林にすみ、樹上で生活しているが雑食性。人家の中や物置などもねぐらとして利用できるので、都市にも住めうる。
足の裏には毛が無く、後ろ足の第3指と第4指の一部がくっついているため、ものをつかむ力が強いのが特徴。
木登りがうまく、カキやミカンを好み、小動物や鳥、鳥の卵なども食べる。日本古来の動物なのか、外国からの移入によるものなのかは、よくわかっていない。 夜行性だが、昼間活動することもある。
(文献:Yahoo!JAPAN キッズ 動物図鑑)
   20:30頃は宵のうちである。今日は3連休の初日、各神社で祭りが行われている。大塚駅周辺は人が多かった。サイレンを鳴らして走行するが、思いの外、車輌、人が避けない。横断歩道が青だと、当然のように渡る人が居る。携帯電話をしながら平然と緊急車両の前を横切ろうとする女性には驚いた。

   現着すると、近所の人が飛び出してくる。サイレンが止まり赤色灯だけが回っている。
「なに!何があったんですか?」と近所の人が続々と出てきた。一様に不安げである。隊員が懐中電灯を持って動物を探しに行っている間、それらの人たちに「ペットが逃げたらしいです。危害を及ぼすような動物ではないようですよ」と語り続けていた。住民は消防車輌が止まれば当然に「火事ではないか」と連想するのだろう。安心した顔を見て、こちらも安心していた。

   今回は消防団員がまっ先に乗車態勢にあった。災害ではなかったが、取り敢えず緊急車両で一度出場したことで、気分が落ち着く。

   気が落ち着くと疑問が沸いてきた。「何で出場なの?」巣鴨1と豊島YD。119番通報があったから出場したわけだが、よくよく考えるとハクビシン1匹が夜の散歩をしてただけで、赤色灯にサイレン吹聴して・・・。
 119番に電話をかけると「火事ですか?救急ですか?」と問いかける。火事と救急は119番(消防)と誰もが頭にインプットされているだろうが、ハクビシンを見て119番と思いつくのかなぁ?110番(警察)と思わなかったのか?地方農村部に熊が出没したら119番なんだろうか?拳銃を所持している警察の方が処置に向いてるだろうなぁ。119番と110番において、この辺の境が自分でもよくわからなくなってきたが、ハクビシンで119番という通報も理解しがたい。通報者は、なぜ通報を入れたのだろうか?
 次の警報がいつ来るか知る由もない中、マンションの明かりを見ながら自己問答していた。

23:30  十五夜の月を長めながら3階の喫煙場所にいた。夜風が気持ちよくTシャツになっていた時だった。
警報が鳴りPA(※)出場。「豊島2 PA出場、豊島区東池袋・・・・」
「スワッ!」行動を開始した。頭の中で「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 」と叫びながら上着を取り走り出した。覚知場所は不覚にも車輌に一番遠い3階喫煙場所だった。青い服をまといヘルメットを被り乗車。またしても一番乗りできた事に満足(本来は災害現場に今から向かうという緊張感が漂う時間帯なんだろうが、足かせにならなかった満足から、乗車して安堵感を覚えている事が可笑しかった)。出場すると車内で中隊長からゴム手袋を渡される。なんとなく現場に向かっていくんだという実感。
 「現場は近いから」と言われて・・・、乗車する事が精一杯で現場住所を聞いていなかった。しかも、車中で気付いたのだが、防火服を持ち込むのを忘れた。PA連携中に火災が発生したら現場を転戦するわけだが、その際の防備を持ち込んでいなかった。
(※)PA出場
P(Pumper)はポンプ車、A(Ambulance)は救急車を意味する。救急車が足りないときに、代わりにポンプ車が向かい要救助者の手当にあたるシステム。救急車輌が絶対的に不足しているため、東京消防庁ではこのような連携システムを採用している。

   要救助者は酔っぱらいだった。個人的によく利用するエレベータで上がると、個人的に時々来る店の前で横たわっている男がいたので、その人かと思ったら違っていた。要救助者本人は水を飲みながらちゃんと話している。仲間も一緒だ。店内で一度倒れた時に意識を失ったらしい。
 隊員と酔っぱらいの会話を聞いているうちに、ムカムカしてくる。バケツに水を汲んで頭からぶっかければ終わりの様な気がした。が、それはできまい。丁寧に状況を聞く隊員の後ろで、多くの酔っぱらいが野次馬化して集まってくるのを遠ざける作業をしていた。いつも見慣れている夜のサンシャイン通りだが、救急の服装をしている自分が立っていることに違和感を感じていた。目白救急隊が到着し引渡をした。

   救急隊の出場は昼夜を問わない。1日の平均出場回数は10回。一度出場すれば、現場で要救助者を確保し、病院へ搬送する。医師の指示の元で帰署してくる。帰署後は車内の整備、報告書作成業務が待っている。
 救急車が車庫にいる時間(出場可能状況)は1日10時間あるだろうか。この間に食事をして仮眠を取ることになる。
 豊島消防署には他に目白、巣鴨に各1台救急車があるが、この3台で年間1万回の出場を超える。
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18日
01:10

 サイレンを吹聴しても避けてくれない車輌、歩行者。酔って119番したのに開き直った態度の若者に憤りを感じながら喫煙場所にいた。この時間になると仮眠室の人口が過密化していた。
 朝方の災害に備えて仮眠をとろう。2階事務所に荷物を取りに行ったときに警報! PA出場なら豊島1の順番だったが、内容は「危険確認」。ベルの鳴動だった。ダッシュして階段を駆け下り出場に備えた。3出場連続一番乗車に大満足。
01:15  現着するとマンションの火災報知器が鳴り響いている。中隊長が11階まで駆け上がり確認に行く。自分は建物外観を目視で点検した。
 きらびやかな女性が何喰わぬ顔で出て行った。各フロアーで非常ベルが鳴り響いているのに、住人らしき人は誰も出てこない。下から見上げると電気のついている部屋もあるのに・・・。
 管理人室が閉まっているためベルを停止することができない。カギを持っている人を知っているという人が現れ、その人の自宅まで隊員が同行。
 15分ぐらい経過して、サイレンが聞こえた。郡谷団員が同乗する豊島1だった。別の119番が入電されたらしいが、指令番地が異なるため、別件災害と判断されたらしい。通報者が正確に番地を伝えなかった事による弊害だろう。
 郡谷団員は緊張に包まれてやってきた。豊島2が出場して数分は緊張が続いたらしい。次に警報が入ると、それは豊島2の1隊では処置しきれない状況が現場で生じていることにつながるから。だから豊島1は気合い十分に疾走してきたのだ。
 結果は119番をした複数の通報者が番地を違えていたから、複数の現場と判断されたのだが、立て続けの出場警報は我々の気付かないプロならではの緊張感だったのだろう。
 それにしてもこのマンション、本当の火災で警報ベルが鳴ったとき、いったい何人の住人が即座に避難行動を起こせるのだろうか・・・。折角火災報知器という設備が備わっていても、煙につつまれるまではソファーにもたれてテレビを見てるのだろうか。驚いて室内から出てくる住民がいなかったことに驚きを覚えた。

03:00  眠くなっていた。薄暗い仮眠室をそろそろと歩く。つい先ほど郡谷団員は床についていた。このまま眠れるだろうか。寝返りを打つとベットがギシギシ音を立てる(バネの音ではない。堅い木製板の音である)ので気を遣った。いつ来るか判らない警報に備え、ズボン、靴下をはいたままの就寝は暑かった。寝付けないのは暑さだけではない。腹が減っていた。「晩飯17:00だったもんなぁ」と呟きながら眠りについた。
 04:00頃警報が鳴る。この警報は救急出場だと判断できるようになっていた。体を起こすことなく眠りについた。隣の郡谷団員も警報が聞こえた様だが、やはり体を起こすことはなかった。仮眠室に出場する救急隊員の走る靴音が聞こえてきた。間もなくサイレントと供に夜明け間近の街へ出場していった。

06:00  管内放送が流れ起床。隊員はガバッと起きるのかと思いきや、そうではなかった。もそもそと起き出すという感じ。ここは極めてスローな感じだった。それぞれが無言で身繕いをはじめる。誰もが不機嫌そうな空気。
 着替えることはせず(パジャマで寝てたわけではないから)、車庫に向かう。団員2名はほうきを持ち出して庁舎外周の掃き掃除をした後、豊島2車輌の真ちゅう部分をピカールで磨き上げ終了。次の人のために、布団を丁寧に戻した。

07:20  朝食。どんぶりのお茶漬けを一気に食べ、自販機でコーヒーを購入。
今回の食事代は3食で1,300円。


   健康なのだろう。環境が変われど便意はちゃんと来た。トイレに入るなりトイレットペーパーを手繰り、拭き紙を用意した。警報が鳴った時でも、紙を巻き上げる時間が惜しかった。
 なんせ先月の火災出場は08:20頃だった。大交替までは自分の役目。「最後まで気を緩めずに全うしなければ」との思いがトイレットペーパ事前巻き取り行動だった。

08:00  署員が登庁してくる。「おはようございます」の挨拶が元気に交わされ、事務所がにぎわい始めてきた。

08:30  大交替。丁度24時間前、緊張した自分たちがここに居た。24時間後は大交替も要領が判っていた。
 大隊長の計らいで、隊員の前に出て挨拶をさせて頂く機会を得た。こちらを見る隊員の顔は、大方話しを交わした隊員達だった。顔と名前は一致しないけど、深夜受付で消防のテキストを読んで勉強していた隊員、PAで酔っぱらい相手に丁寧に対応していた隊員、シャワーを奨めてくれた隊員、仮眠を奨めてくれた隊員、食事を作ってくれた隊員、レスキュー、はしご隊員一人ひとりと目があった。挨拶では自分は何を話したか覚えていないが、24時間10分寝食を共にできた仲間の一員だったことを噛みしめていた。

08:40  登庁された防災係の方々に挨拶をして消防署を後にした。

09:00  激励に来てくれた広瀬団長を訪れたが不在だった。
 大黒第7分団長に報告をして、帰宅。
 日曜日の朝は、人影が少なかった。それでも道行く人に「昨晩の安全は自分たちが守ったんですよ」と心の中で語りかけていた。お礼を聞きたいというのではない。自ら志願して24時間10分を全うできた満足感なんだろう。普段なら眠たいはずなのに、つい先ほどまでの緊張感が持続している感じがする。
 人は他人から誉められて満足感を得るだけぢゃないんだな。誰にも認められなくとも、これだけの満足感を得られた事が嬉しくて仕方なかった。

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大災害が発生したとき、
 住民のため、家族のために救護活動をし続け、
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      ひとりでも多くの命を救うことが、
       消防団員として課せられた使命だと思う。
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