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本文
■ガンジーの平和国家論
09/11/02
■ウイグル暴動の決着のつけ方
09/10/12
■オバマ大統領のノーベル平和賞
09/10/11
■無垢の生活者まで殺害して自らの生命を守りたいのか
09/08/16
■核兵器にどう向き合うか
09/08/16
■靖国をどう考えるか
09/08/15
■事件の表層と深層
09/07/08
■ウイグルで起こっているのは「民衆の暴動」か「デモの暴圧」か
09/07/07
■ホーリー・アポストル教会 09/06/21
■北朝鮮の核実験で思うこと
09/05/25
■マスコミに壊される国
09/05/15
■北朝鮮の存在価値
09/04/06
■ファノンの法則
09/03/07
■壁と卵、あるいは批判する勇気
09/02/17
■隣の人のたばこの煙で考えたこと
09/01/26
■環世界という捉え方
09/01/13
■国家の解体が進んでいるのかもしれません
09/01/06
■イスラエルのガザ空爆とバレンボイムのコンサート
09/01/05
■どの掟に従うか
08/12/03
■「国を守る」ということ
08/11/18
■田母神事件の犯罪性
08/11/0
■田母神空幕長と自衛隊の本質
08/11/01
■「わが事のように悲しい」
08/10/10
■ノーベル賞受賞の喜び
08/10/09
■悲しみの共有、痛みの共有
08/10/01
■平和の脆さや戦争への道のシミュレーション
08/09/22
■公務員の犯罪とは何でしょうか
08/09/20
■ボーン・アイデンティティと井原勝介前岩国市長の体験
08/09/08
■伊藤和也さんの笑顔が教えてくれるもの
08/08/28
■中国の「困難を洞察し、共感を持つ」ことはできるか
08/08/24
■一人一人が生活の主人公になれば戦争はなくなる 2008/08/22
■平和に関する2冊の本をお薦めします
08/08/15
■「人が戦争を始めたのではない。政治家が始めたのです」
08/08/11
■ネクタイをした背広の人がカメラを回していました
08/08/10
■失われたオリンピック遺産の思想
08/08/05
■「不都合な真実」から「目指すべきビジョン」に
08/06/24
■問責決議が無視される独裁国家
08/06/11
■「楽しい気分」と「悲しい気分」のどちらに同調したいですか
08/06/06
■クラスター爆弾を持っていることの是非
08/05/30
■メフィストに魂を売ったファウストの時代
08/05/22
■田母神空幕長の法を踏みにじる発言に耳を疑いました 08/04/19
■憲法9条と平和的生存権 08/04/18
■オリンピックというのは一体何のでしょうか
08/04/08
■中国の軍備増強と職場のいじめの蔓延
, 08/03/05
■もったいない文化の基本にある「いのちへの愛」
08/01/17
■いいことは忘れてしまい、悔いは、月日がたつほど深くなる
08/01/17
■「バレンボイム氏にパレスチナ市民権」
08/01/15
■新テロ特措法が成立してしまいました
08/01/14
■グラディオ作戦
08/01/02
■暗殺の対象者は異議申し立て者が多いような気がします
07/12/28
■佐世保銃乱射事件を契機にすべての銃器の破棄を考えたらどうでしょうか
07/12/15
■「戦争から学ぶことなどない」というオシムの見識
07/11/27
■パグウォッシュ会議と科学技術のシビリアン・コントロール
07/11/26
■ストイックな秋、平和につながる生き方
07/11/26
■「暗殺 リトビネンコ事件」
07/11/25
■「国防は最大の福祉」
07/11/12
■テロ特措法と守屋事件とは別物なのか
07/10/29
■ユンゲの懺悔
07/10/23
■戦争と犯罪はつながっています
07/10/21
■ミャンマーと格差社会:格差図式のフラクタルな展開
2007/09/29
■テロ特措法とミャンマー軍事政権
07/09/28
■ミャンマーの僧侶デモ鎮圧事件とパリ5月革命
07/09/27
■日本の仏教界ができることはたくさんあります
07/09/24
■平和は輸出できません
07/08/27
■一兵卒政権としてテロ特別措置法
2007/08/26
■膨大な声が抹殺されている現実
07/08/20
■不戦の誓いの出発点は憲法9条の堅持でしょう
2007/08/15
■シビリアン・コントロールの歯止めの喪失-佐藤正久議員の場合
2007/08/15
■政府の危機と国家の危機
07/08/12
■憲法と政党マニフェスト
2007/08/07
■タリバンの韓国人ボランティア殺害事件
2007/07/28
■デモサイド「民殺」
07/07/25
■国民の非武装権
07/07/24
■東京大空襲集団訴訟のメッセージ
2007/07/15
■「ホテル・ルワンダ」
2007/05/26
■「騙された者の罪」
2007/04/28
■「戦争は今や永続的な社会関係にまでなりつつある」
2007/04/19
■銃を撃ってしまう不幸
2007/04/18
■イラク戦争がはじまって4年目
07/03/20
■「戦争への道を許さない!」のリレートーク
07/02/10
■戦争を直視する姿勢
07/01/15
■ニーメラーの教訓と家永三郎さんの選択
2007/01/14
■コモンズとしての愛国心
2006/12/31
■フセインの死刑執行の不快感
2006/12/30
■貧困は平和への脅威
06/12/12
■常識人たちが進める戦争への道
2006/10/13
■アンナ・ポリトコフスカヤさんへの追悼
2006/10/11
■文明の衝突と個人の連帯
06/10/03
■ユダヤ人もアラブ人も同じセム民族
2006/09/28
■国家のアイデンティティ
2006/09/27
■互いを知らなければ、何も始まらない
2006/09/26
■繁栄と平和における死者
06/09/25
■戦争を起こすのは簡単なこと
2006/09/21
■9.11事件の真実
2006/09/12
■9.11事件で何が変わったのか
06/09/11
■平和と戦争は同義語?
06/09/04
■イラク派兵の後遺症
06/08/31
■イラクは平和になったのでしょうか
06/08/22
■イーハトーヴの平和と夏休みの効用
2006/08/20
■自分たちが実際に戦争に行くという実感が持てない
2006/08/19
■銃撃されて死ぬ確率
2006/08/18
■エレン・ワタダ中尉が生まれる素地
2006/08/17
■終戦記念日の迎え方
06/08/15
■旅客機爆破テロ未遂事件とイスラエル非難決議
2006/08/13
■靖国神社宮司の人間観
2006/08/11
■テポドン騒動
06/07/10
■イラク事件はまだ終わっていません
06/07/09
■得をするのはだれか
2006/06/27
■違法な戦争と違法な兵役拒否
2006/06/11
■繰り返し「軍縮問題資料」のお薦め
2006/04/07
■平和へのさまざまな思い
2006.01.29
■平和のためのコミュニケーション学
2006.01.18
■コラテラル・ダメッジへの不感症
2006.01.15
■憲法は9条だけでいいという永六輔さんに共感します
2005.11.18
■内政干渉って何でしょうか
2005.10.21
■ガザに象徴されていること
2005.08.19
■「愚直なまでの平和政策」ですって?
2005.08.16
■戦争で死んだ人は英霊になってうれしいのだろうか
2005.08.15
■広島宣言と小泉言動
2005.08.06
■不信感の増幅という「冷たいテロ」の予感
2005.07.25
■世界の平和を知るための雑誌「軍縮問題資料」が復刊されました
2005.05.08
■英霊信仰とジハード
2005.05.01
■もうひとつのシュペアーの責任感
2005.04.07
■竹島領有問題
2005.04.06
■シュペアーの責任感
2005.04.03
■ランディ・キラーの愛国心
2005.04.02
■■愛国心を育てる国家
2005.03.07
■いま、ネパールで何が起きているか、ご存知ですか
2005.03.01
■ニーメラーの教訓
2005.02.03
■イラクの国民投票の結果
2005.02.01
■軍隊という名称
2005.01.06
■イラクの真実
2004.11.08
■断固たる姿勢でテロとの闘いを継続する
2004.11.01
■構造的暴力の被害者 カミロ兵卒の場合
2004.09.03
■中国サッカーのサポーターたちの根底にあるもの
2004.08.09
■平和に取り組むことの覚悟
2004.07.09
■改憲問題 May
01, 200