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本文

 

■ラディカル・デモクラシー 09/12/01
■なぜ飢饉が起こるのか 09/11/29
■「問題の立て方」再論 09/11/27
■国会議員の資格 09/11/24
■政府の連続性と責任 09/11/23
■政治家の誠実さ 09/11/1

■「私の話も聞いてください」
09/11/12
■八ッ場ダム建設問題と住民の生活保障問題 09/11/11
■罪を償わない政治家と経済学者の厚顔無恥 2009/11/08
■情報の非対称がもたらす無駄 09/11/07
■終わった人たちの相手をすることの虚しさ 09/11/02
■変えることができることとできないことを峻別する知恵 09/11/01
■具体策シンドローム 09/10/27
■「元官僚という意識ない」 09/10/22
■日本郵政社長人事 09/10/22
■閣僚の異論反論を歓迎します 09/10/14
■前原国土交通相を見直しました 09/10/13
■問題の立て方 09/10/10
■政権交代と検察の動き 09/10/03
■日本航空再建への懸念 09/10/01
■「待て」と「お手」 09/09/30
■政治家と政党 09/09/29
■生きた言葉のパワー 09/09/24
■住民とはだれか 09/09/23
■報道の偏りへの自衛、たとえば八ッ場ダム問題 09/09/21
■自民党総裁選での河野太郎の勇気 09/09/20
■国とは何か 09/09/18
■自らは何ができるかを考えることから社会は変わります 09/09/16
■温室効果ガス25%削減で家計負担36万円増? 09/09/15
■補正予算の未執行分を回収するということ 09/09/14
■見えてくるものをしっかりと見て考えましょう 2009/09/13
■公共的理性パースペクティブに基づく熟議の価値 09/09/09
■友愛は空疎な理念か 09/09/09
■改革するということの意味 09/09/05
■脱官僚への期待と危惧 09/09/03
■鳩山政権への期待 09/09/02
■知床無情 09/09/01
■衆議院選挙結果への失望 09/08/31
■明日は選挙ですね 09/08/29
■国会議員定数の削減 09/08/26
■政権交代の2つの次元 09/08/24
■原発と二酸化炭素の関係 09/08/24
■無所属で選挙に立候補した友人 09/08/20
■政策よりも人物で政治家は選びたい 09/08/19
■政府に必要な「経営」とは何でしょうか 09/08/16
■靖国をどう考えるか 09/08/15
■政党マニフェストの採点という愚行もしくは犯罪 09/08/10
■緊張感の不在 09/08/04
■今年は手賀沼花火大会がありません 09/08/01
■建設的野党―競争から共創へ 09/07/29
■財源論争とばらまき論争 09/07/28
■選挙協力の落とし穴 09/07/27
■ビジョンと現実 09/07/24
■「デュヴェルジェの法則」と「レイプハルトの確信」 09/07/22
■マニフェストについての(補足にならない)補足 評 09/07/21
■生活者と同じ給与でないと生活者の目線になれない 09/07/21
■21世紀政治モデルの基本は異質の価値観の調和 09/07/20
■2つの民営化 09/07/19
■マニフェストもまた20世紀政治モデルです 09/07/19
■二大政党制は20世紀政治モデルです 09/07/18
■政治も週休2日制なのですね 09/07/18
■ボランティアとは権力や金銭に惑わされない姿勢 09/07/15
■自民党に寄生していた農水省官僚 09/07/14
■解散予告宣言 09/07/13
■都議選結果から感ずる不安 09/07/13
■自分に与えられた任務を全うできないことを恥辱とする文化 09/07/12
■首相への背任罪告訴はできないものでしょうか 09/07/07
■選挙とは何のためにあるのか 09/07/06
■静岡県知事選挙と時間工学 09/07/05
■イランの大統領選挙は特殊なのか 09/06/30
■友敵戦略と友愛戦略 09/06/29
■国を変えるための地方の乱の目指すところ 09/06/28
■地方の反乱と国家のかたち 09/06/27

■衰退途上国 09/06/24

■「敵は民主党」のプロパガンダ裁判 , 09/06/20
■どうも気になること 09/06/17
■「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」 09/06/16
■過剰反応する事情の背景 09/06/15
■鳩山総務大臣へのエール 09/06/10

■友愛の政治 09/06/01

■国王の処刑 09/05/30

■理念か現実かー党首討論の感想 09/05/28

■マスコミが騒いでいる後ろで行われていることが気になります 09/05/22
■烏合の衆と政党の違い 2009/05/17
■民主党代表選挙の公開討論会 09/05/15
■民主党の終焉と問題の本質 09/05/12
■小沢さんの辞任で希望はすべて消えた気分です 09/05/11
■利他精神に基づいた超民主主義への期待 09/05/08

■人の噂も75日ですが、一度落ちた信頼は回復しない 09/04/28
■マスコミの持つホメオスタシス機能 09/04/15
■暴力と権力 09/04/14
■企業献金議論の限界 09/04/12
■犠牲者が最大の支援者になる理由 09/04/10
■浪費国家 09/04/09
■「経済成長あっての環境と福祉」なのでしょうか 09/04/03
■「国家統治視点」から「個人生活視点」への転換 09/03/29
■明日は千葉県知事選です 09/03/28
■「政治とカネ」ではなく「自分とカネ」の話 09/03/28
■マスコミの犯罪 09/03/27
■政治と金、マスコミと金、そして民主主義の危機 09/03/27
■戦いの放棄と官僚政権の勝利 09/03/26
■小沢さんが辞任せずにホッとしました 09/03/25
■定額給付金の使い方 09/03/21
■企業献金はなぜ悪いのか 09/03/20
■ベンジャミン・バーバーの市民観
09/03/16
■緊張感のない毎日 09/03/14
■やっぱりどこかおかしいように思います 09/03/13
■ファノンの法則 09/03/07
■小沢さんと二階さんの違いは何なのか 09/03/06
■ジェシカ・リンチ、アラモ、小沢一郎 09/03/05
■「景気浮揚のための無駄遣い」のすすめのおぞましさ 09/03/04
■「陰謀の横行」の疑惑 09/03/03
■言説の政治と実体の行政 09/02/25
■日本の政治にデモクラシーはあるのか 09/02/23

■リバースレバレッジ政策 09/02/21
■小泉発言は理にかなっていないのか 09/02/20
■「自分に正直に、自分らしくあるように」 09/02/20
■政権担当能力とは何なのか 09/02/19
■小泉元首相の犯罪隠しと麻生首相の見識 09/02/15

■非論理、無論理、超論理 09/02/12
■良識と非常識 09/02/10
■福祉政治の視点で政治や経済を見ると問題が見えてきます 09/02/07
■「冗談のような現実」を創りだすコミュニケーション的言説政治 09/02/06
■政治が語るべきは手段ではなく目的 09/01/31
■首相への損害賠償請求はできないものでしょうか 09/01/28
■解散総選挙を求める国民運動はなぜ起きないのか 09/01/27
■「やっぱり首相はしっかりしてなくっちゃ」 09/01/25
■参議院予算委員会審議実況は久しぶりに面白かったです 09/01/19
■政党の時代は終わっています   09/01/16
■環世界という捉え方 09/01/13
■互恵的懲罰と利他的行為 09/01/12
■定額給付金で啼ければ消費刺激にならないのか 09/01/08
■国家の解体が進んでいるのかもしれません 09/01/06
■今年は真実が見え出した年だったような気がします 08/12/31
■渡辺喜美議員の造反と党議拘束制度のおかしさ 08/12/25
■居座ることの罪、居座らせることの罪 08/12/23
■オバマのスピーチ 08/12/14
■恥の文化はどこにいったのか 08/11/24
■レストラティブ・ジャスティス:修復的司法もしくは共創的正義 08/11/20
■「国を守る」ということ 08/11/18
■「ひきかえす勇気」を失った社会 08/11/16
■政権投げ出し3代目首相  08/11/12
■国民総無駄遣い運動  08/11/11
■田母神事件の犯罪性 08/11/0
■見えないところで起こっていることの恐ろしさ 政治時評, 社会時評 08/11/02
■田母神空幕長と自衛隊の本質 08/11/01
■姿の見えない独裁者 08/10/25
■年金改ざん問題で戸別訪問の愚策 08/10/17
■長妻さんと枡添さんの違い 08/10/07
■盗人猛々しい論理とそれに賛成する共犯者のお粗末さ 2008/10/04
■「自分の理性を使う勇気を持て」 08/10/03
■語り合うということを学びたい 08/10/02
■蛇足記事:麻生首相に失望しました
08/09/29
■政策と財源 08/09/29
■中山大臣の発言は失言ではなく暴言です 08/09/27
■茶番劇で構成されている社会
08/09/26
■汚染米事件は農水省の犯罪
08/09/19
■「システムという名の支配者」 08/09/16
■政権私物化の実態を明確にするのがマスメディアの責務 08/09/11
■ボーン・アイデンティティと井原勝介前岩国市長の体験 08/09/08
■国民に問う選挙と代表を選ぶ党内選挙とは全く異質のものです 08/09/02
■マスコミはなぜ首相辞任表明をきちんと糾弾しないのか 08/09/02
■自分を客観的に見られる自分のない福田首相:我思う、故に我なし 08/09/01
■ちょっとおかしいのではないかと思うこと 08/08/21
■民主党代表選挙に思うこと 08/08/20
■食の安全対策に取り組む理由 08/08/11
■国家のためと社会のため 08/08/04
■政治家はみんな成長を目指すのか 08/08/03
■「プロから見たらよくできた内閣」 08/08/02
■消費省(庁)発想の時代錯誤 08/08/01
■お金を基準にした社会から抜け出せないものでしょうか 08/07/24
■現状から出発する発想の限界 08/07/21
■チェンジ:現実を変える方策 08/07/16
■国家と国家の約束の意味 08/07/10
■議会の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如  08/07/09
■一つでもいいからきちんとけじめてほしい 08/06/26
■「不都合な真実」から「目指すべきビジョン」に 08/06/24
■後期高齢者政治家にも効用はあります 08/06/15
■秋葉原通り魔事件の報道と首相問責決議の報道 08/06/12
■問責決議が無視される独裁国家 08/06/11

■数字と現場のどちらを発想の原点に置くべきでしょうか 08/06/05
■クラスター爆弾を持っていることの是非 08/05/30
■「世代間の対立をあおらないでください」 08/05/25
■「疑わしき」は救うべきか、切り捨てるべきか 08/05/24

■観客民主主義 08/05/15
■世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる 08/05/02
■権力を持てばなんでもできる世の中 08/05/01

■「三匹の侍」の百姓と「7人の侍」の百姓 08/04/29
■そんなの関係ねえ政権と分離社会の進行 08/04/28

■出るをもって入るを制する 08/04/26
■田母神空幕長の法を踏みにじる発言に耳を疑いました 08/04/19
■国家による情報操作 08/04/14
■権力の乱用 08/04/13
■犯罪の作られ方 08/04/12
■オリンピックというのは一体何のでしょうか 08/04/08
■民意とは何なのか 08/04/07
■痛みを分かちあおうとなぜ言わないのか 08/03/30
■議論とは自らが変わるためのもの 08/03/27
■国家は暴力だけでなく窃盗や詐欺や脅迫も無罪化できるのか 08/03/26
■矢祭町の議員日当制に新しい自治の時代の予兆を感じます 08/03/24
■チベット擾乱と国家の本質 08/03/19
■守るものと攻めるものの立場 08/03/17
■「自らの間違いを認めない」文化の震源地 08/03/15
■日銀新総裁は人事の問題ではなく政策の問題 08/03/09
■政権交替が遠のいてしまった気がします08/03/03 る
■道路が必要なのか、道路工事が必要なのか 08/03/02
■「無駄」という概念は昔からあったのでしょうか 08/03/01
■「必ずしも適切ではなかったと考えております」 08/02/28
■ラルフ・ネーダーのコンシューマリズムは何だったのか 08/02/27
■「人の距離が近くなるほど言えなくなる」 08/02/18
■現場から沸き上がる生きた情報活動への期待 08/02/16
■情報は生きており、自己創出していく 08/02/15
■価値ある情報の所在の変化 08/02/14
■統計データのまやかし 08/02/13

■岩国市民は米軍機を受け入れたのでしょうか 08/02/11
■国民とは誰なのか 08/01/31
■なぜ野党は国民に呼びかけてこないのでしょうか 08/01/30
■ガソリン暫定税廃止と道路建設の違い 08/01/25
■「もはや経済一流ではない」 08/01/19
■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見 08/01/18
■競技としての政治、価値としての政治 08/01/10
■対立の時代の様相 08/01/09
■環境問題は農業問題 08/01/06
■グラディオ作戦 08/01/02
■「批判ばかりせずに代案を出せ」の恐ろしさ 2007/12/29
■「国の責任」 07/12/25
■司法、行政、政治、そして人間ー薬害肝炎訴訟の顛末から学ぶこと 07/12/24
■「国の責任」 07/12/25
■司法、行政、政治、そして人間ー薬害肝炎訴訟の顛末から学ぶこと 07/12/24
■迎撃体制の整備は自衛に繋がるのか 07/12/18
■「舛添さん、おまえもか」 07/12/12
■当事者の危機感がない限り、組織の改革はできません 07/12/07
■守屋非難の前に、先ず自らの身を正したい 07/12/01
■守屋事件をどう問題設定するか 07/11/30
■「戦争から学ぶことなどない」というオシムの見識 07/11/27
■「暗殺 リトビネンコ事件」 07/11/25
■問題が多すぎて何も変わらないのではないかと心配です 07/11/24
■ビオスによる時評とゾーエによる挽歌 07/11/21
■寄合民主主義と多数決権力主義 07/11/16
■「国民のため」に、新テロ対策法を通したい人、反対する人 07/11/15
■国家を私するものたちの志 2007/11/09
■法律の成立が国政進展の証拠でしょうか 07/11/08

■どの党が政権をとるかより、日本が良くなるかどうかが大切でしょう 07/11/06
■国民国家の偽装の露呈 07/11/06
■小沢民主党代表の辞任表明会見での意見を支持します 07/11/04
■二大政党制は大政翼賛会体制の変種 07/11/04

■常識の復権への期待 07/11/03
■トップの不祥事は組織の不祥事です 07/10/31
■法も規律も破った人たちの責任の取り方 07/10/30
■テロ特措法と守屋事件とは別物なのか 07/10/29

■コケにされたのに、なぜもっと怒らないのか 07/10/28
■舛添厚生労働相の奮闘 , 07/10/26
■戦争と犯罪はつながっています 07/10/21
■「来年の4月辺りが一番わかりやすい解散の時機」? 07/10/16
■国会の品格 07/10/12
■「小人の戯言」舛添発言の意味すること 仲間の問題は自分の問題です 07/10/03
■舛添厚労相と長妻昭議員の協力を期待します 07/09/30
■ミャンマーと格差社会:格差図式のフラクタルな展開 2007/09/29
■テロ特措法とミャンマー軍事政権 07/09/28
■福田内閣は何に向けての「背水の陣」なのでしょうか 07/09/25
自民党総裁選への民主党のコメントは暗いですね 07/09/23
■安倍首相に節子のつめの垢をせんじて飲ませたい 07/09/13
■政治家と金の問題 2007/09/01
■男女共同参画社会と男女役割分担社会 07/08/28
■平和は輸出できません 07/08/27
■一兵卒政権としてテロ特別措置法 2007/08/26
■危機管理能力って何でしょうか 2007/08/23
■権力者の勝手な論理とそれに迎合する「有識者」 07/08/21
■戦後レジームと整合しなかった政治の仕組み 2007/08/17
■戦後レジームからの脱却の意味すること 2007/08/16
■不戦の誓いの出発点は憲法9条の堅持でしょう 2007/08/15
■シビリアン・コントロールの歯止めの喪失-佐藤正久議員の場合 2007/08/15
■政府の危機と国家の危機 07/08/12
■クールビズとノーネクタイ 2007/08/11
■憲法と政党マニフェスト 2007/08/07

■テレビキャスターの皆さん、バラバラに疑問を呈していないで、一緒に安倍退陣への風を起こしてください 2007/08/02
■子どもたちを戦場に送るために狂奔する中高年女性たち 2007/08/01
■参議院選挙結果に思うこと 07/07/30
■番外編:実に勝手な選挙結果予測 07/07/29

■「経済成長を語ったことがあるか」 2007/07/27
■放射性廃棄物の最終処分問題のメッセージ 2007/07/26
■選挙結果予測は投票に影響を与えます 07/07/23
■いまの選挙制度って根本的に無理があるのではないでしょうか 2007/07/22

■投票率で選挙結果が変わるのでいいのか 07/07/16
■政治生命を賭ける 2007/07/14
■生活保護ってなんでしょうか 2007/07/11
■嫌いな民主党への提案 07/07/10
■赤城事務所経費事件で気になること 07/07/09

■国民をわくわくさせる政治家はいないのでしょうか 2007/07/07
■今度の選挙は年金選挙でしょうか 2007/07/06

■言葉狩りの時代   07/07/01
■民営化が狂乱のごとく行われた時代 2007/06/30
■議論しない国会と世論を育てない政府 2007/06/22
■事実(THE FACTS)が創られる時代 07/06/19
■民主党の存在感のなさと新党への期待 2007/06/07
■平和か年金か 2007/06/06

脱北者を人道上、受け入れるという発想 07/06/04
■国民主権国家という壮大な幻想 07/06/03

■「憲法改正手続法」を「国民投票法」と詐称する犯罪 07/05/15
■まずプロジェクト、原理はそれから 07/05/14
野党は寝ているのですか 07/05/13
■当たり前のことをやっていないのは誰か 2007/05/12

■多数決主義と民主主義と国民主権 2007/05/05
■不都合な結果は有権者の「誤解」のせい 2007/04/25
■国民投票法をつくって何が悪いのか 2007/04/17
■無党派層から勝ち馬政党層への移行 2007/04/12
■都知事選の常識的な結果 2007/04/08
■2児拉致容疑事件と国家の暴力観の変質 2007/04/06
■多数決は民主主義とは無縁 2007/04/05
■権力の民営化 2007/04/04

■統一地方選挙に思うこと 07/04/02
■大統領の陰謀と首相の犯罪が存在した良い時代 2007/03/30
■沖縄密約事件請求棄却に思うこと 2007/03/29
■徳治国家・法治国家・金治国家 2007/03/22
■国会での議論のあり方 2007/03/18
■都知事選立候補者4人の討論会をテレビでみました 2007/03/16
■知事選におけるポジティブキャンペーンへの期待 2007/03/15
■都知事選に4人も立候補してしまいました 2007/03/14

■拉致問題と核問題のどちらが重要か 07/02/12
■「過労死は本人の自己管理の問題」 2007/02/09
■柳沢発言と生権力と成長パラダイム 2007/02/08
■先制攻撃型国家への一歩 2007/02/06
■国会審議拒否の是非 07/02/05
■「産む機械」発言を生んだ問題の立て方 2007/02/04
■柳沢大臣の発言が意味すること 2007/02/01
■法に違反していなければ胸をはれるのか 2007/01/31
■久間発言事件をどう考えるか 07/01/29
■そのまんま東さん知事就任への賛否 2007/01/24
■政治的に正しい表現運動への違和感  2007/01/21
■郵政民営化の成果が見えてきました 2007/01/09
■存在感が希薄になった民主党 2006/12/28
■目黒区議員の勘違いから見えてくること 2006/12/27
■本間さんと安倍さんの見識 2006/12/19
■議員のみなさん、国民のなかに出てきたらどうですか 2006/12/18
■アミネ一家の不幸は他人事なのでしょうか 2006/12/09
■「改正」とは「正しさを改めること」 2006/11/23
■「拉致」放送命令への異論 2006/10/17
■国会(の議論)の存在価値 06/10/07
■美しい国へ 2006/09/29
■国家のアイデンティティ 2006/09/27
■拉致問題と自民党の関係 2006/09/15
■貸金業規制法の変質と後藤田正純政務官辞任の意味 2006/09/08
■政治のパラダイムの見直し 2006/09/06
■田中康夫さんへの感謝 2006/09/01
■「ありがとう」の気持ちは訓練の対象なのか 06/08/15
■自民党総裁選挙の象徴性 2006/08/12
■加害者と同じお墓に入りたいですか 2006/08/05
■自民党総裁選挙は国民に政策論議を呼びかけるチャンス 2006/08/01
■荒すぎる議論とビジョンの不在 2006/07/29
■富裕層が海外に出て行くことをどう考えますか 2006/07/26
■長野知事選での田中康夫再選を期待します 2006/07/23
■「もったいない」概念と「29日目の恐怖」 06/07/05
■薬害C型肝炎訴訟控訴に見る政府の姿勢 2006/06/28
■大切なのは批判ではなくワクワクするビジョン 06/06/20
■国への愛と国民への愛 2006/06/08
■住民投票に耳を傾けない政府とは何なのでしょうか 2006.03.14
■北朝鮮との「国交正常化」って何でしょうか 2006.02.09
■利益のあげ方 2006.02.03
■死のうが生きようがご自由にという宣告 2006.01.13
■小泉内閣は何か問題を解決したことがあるでしょうか 2005.12.25
■理念と現実が違ったらどうするか 2005.12.15
■若者への不信感の払拭 2005.11.19
■憲法は9条だけでいいという永六輔さんに共感します 2005.11.18
■国民保護法はごぞんじですか 2005.11.03
■小泉首相のこわした歴史の先 2005.10.30
■北海道の恵庭市の話なのですが 2005.10.22
■内政干渉って何でしょうか 2005.10.21

■被害者が加害者を支援する構造 2005.10.17
■地方分権と地域主権 2005.10.11
■なぜ民主党は人を集められなかったのか 2005.09.12
■不明の自覚  2005.09.12
■民意に従うという欺瞞とマニフェストの欺瞞  2005.09.11
■さまざまな勘違い  2005.09.10
■何が問われているかの大切さ  2005.09.09

■小泉自民党大敗の期待と予感 2005.09.05
■在宅療養者や病院入院者の投票  2005.09.03
■電話で頼まれたらどうしますか。 2005.09.02
■民から共へ  2005.08.28
■創造と破壊の両義性  2005.08.27
■仁義の大切さ  2005.08.26
■陽動作戦  2005.08.23
■新党日本の田中代表のメッセージが広がってほしいです  2005.08.22
■個人を手段にする社会  2005.08.21
■野党へのメッセージ:野党が大同団結する時!! 2005.08.20

■組織起点の時代の政治システムの呪縛 2005.08.18
■パンとサーカスの饗宴 2005.08.14
■郵政解散における問題構造の本質  2005.08.09
■民営化コンプレックス  2005.08.07
■広島宣言と小泉言動   2005.08.06

■ステルス作戦は三権分立の崩壊を示唆しています 2005.07.23
■拉致問題は二国間問題でしょうか 2005.07.20
■拉致問題と核開発問題の重みをどう考えるか  2005.07.11
■解散はなぜ脅迫材料になるのか 2005.07.10
■民営化再論  2005.07.09
■反対と欠席  2005.07.05
■コミュニケーション拒否症候群 2005.06.21
■地球温暖化促進策としてのクールビズ 2005.06.19
■政治が守る「体制」  2005.06.18
■高砂義勇軍と靖国合祀問題  2005.06.15
■二大政党体制の弊害 2005.06.13
■拉致問題の構図  社会時評 2005.06.12

■コミュニケーション不在の国会審議  2005.06.05
■郵政民営化よりも銀行国営化
  2005.06.04
■ネクタイをしない国会議員  2005.06.03

■人の権威や人気を借りることのおかしさ   2005.03.08
■衆議院本会議場から退席した民主党を支持します  2005.01.24
■強制送還の権利  2005.01.21
■言葉の世界からの脱却  2005.01.04
■判断が出来ない問題  2004.12.29
砂上の楼閣  2004.12.19
■日本国憲法を読んだことはありますか  2004.12.18

■馬鹿にされたことに気づかない馬鹿の責任   2004.12.9
■選挙はもはや有効ではなくなるでしょう 2004.12.04
■見えている風景   2004.11.21
■日朝協議とオリンピック競技   2004.08.16
■選挙結果への失望    2004.07.12
■税金を湯水のように使う首相のアカウンタビリティ  2004.07.10
■選挙に行きましょう   2004.07.07
■フセインの主張  2004.07.02
■対話ができない首相と連帯できない野党党首  2004.06.28
■沖縄「慰霊の日」   2004.06.24
■党首会談の空しさ 2004.06.20
■参議院選挙への関心の低さ  04/06/17
■強制と自発  4 04/06/13
■田中真紀子さんへのエール 04/06/11
■突然報道されなくなった年金改革法 04/06/08
■年金改革法の成立をとめる方法 04/06/04
■家族会の怒りに共感します 04/05/28
■怒った横田滋さんを初めて見ました 04/05/23
■国民の休日 04/05/04
■虎の尾を踏んだ政府 04/04/29