CWSプライベート記事一覧インデックス2007〜2009
インデックス2004〜2006
妻への挽歌
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2009年11月
■経済状況をマクロに把握するための仕組みの見直し
2009/11/21
■グローバル人材になるには祖国を捨てなければいけないのか
09/11/18
■魔女狩りを感じさせる新聞
09/11/17
■「世の中を治め」る経済と「人民を救う」経済
09/11/16
■政治家の誠実さ
09/11/15
■農的に生きることへの思い
2009/11/14
■お上の目線と民の実状
09/11/13
■「私の話も聞いてください」
09/11/12
■八ッ場ダム建設問題と住民の生活保障問題
09/11/11
■企業が変わりだす予兆
09/11/10
■なんでそんなに詳しく、何回も報道するのですか
09/11/09
■罪を償わない政治家と経済学者の厚顔無恥
2009/11/08
■情報の非対称がもたらす無駄
09/11/07
■がんばっている人がいたら応援しないといけません
09/11/06
■終わった人たちの相手をすることの虚しさ
09/11/02
■ガンジーの平和国家論
09/11/02
■変えることができることとできないことを峻別する知恵
09/11/01
2009年10月
■近くのスーパーの閉店
09/10/31
■「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」
09/10/30
■具体策シンドローム
09/10/27
■「元官僚という意識ない」
09/10/22
■日本郵政社長人事
09/10/22
■国家が破産しないのはなぜなのでしょうか,
09/10/21
■支え合いと思いやり
09/10/17
■もっと前向きの捉え方はできないのかという反省
09/10/15
■閣僚の異論反論を歓迎します
09/10/14
■前原国土交通相を見直しました
09/10/13
■ウイグル暴動の決着のつけ方
09/10/12
■オバマ大統領のノーベル平和賞
09/10/11
■問題の立て方
09/10/10
■忙しいと暇になれる
09/10/08
■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか
09/10/05
■緑字決算表
09/10/04
■政権交代と検察の動き
09/10/03
■日本航空再建への懸念
09/10/01
2009年9月
■「待て」と「お手」 09/09/30
■政治家と政党
09/09/29
■ソクラテスは毒を飲みたかったのです
09/09/27
■新しい頼母子講「みんなの貯金箱」の提案
09/09/26
■ものわかりのよすぎる国民
09/09/26
■生きた言葉のパワー
09/09/24
■住民とはだれか
09/09/23
■裁判員制度が好評ですって?
09/09/22
■報道の偏りへの自衛、たとえば八ッ場ダム問題
09/09/21
■メールをやっていないのに名刺にアドレスをかくのはやめましょう
09/09/21
■自民党総裁選での河野太郎の勇気
09/09/20
■オードリーの「春日」のファンです
09/09/19
■国とは何か
09/09/18
■自らは何ができるかを考えることから社会は変わります
09/09/16
■温室効果ガス25%削減で家計負担36万円増?
経済時評 09/09/15
■法事の風景
09/09/14
■補正予算の未執行分を回収するということ
09/09/14
■見えてくるものをしっかりと見て考えましょう
2009/09/13
■お金は家畜の餌なのか
09/09/10
■公共的理性パースペクティブに基づく熟議の価値
09/09/09
■友愛は空疎な理念か
09/09/09
■庭の沢蟹
09/09/07
■暮らしの変化は私たちを豊かにしているのか
09/09/06
■手賀沼が好きな人たち
2009/09/05
■改革するということの意味
09/09/05
■脱官僚への期待と危惧
09/09/03
■鳩山政権への期待
09/09/02
■知床無情
09/09/01
2009年8月
■衆議院選挙結果への失望
09/08/31
■「会話が成立していないことに対する鈍感さ」
09/08/30
■明日は選挙ですね
09/08/29
■全国学力テストの正解に異議あり
09/08/27
■国会議員定数の削減
09/08/26
■政権交代の2つの次元
09/08/24
■原発と二酸化炭素の関係
09/08/24
■改めて「ニュールンベルク裁判」を観ました
09/08/23
■最高裁判事の国民審査に先立って
09/08/22
■ネット販売の向こうにあるもの
09/08/21
■無所属で選挙に立候補した友人
09/08/20
■政策よりも人物で政治家は選びたい
09/08/19
■無垢の生活者まで殺害して自らの生命を守りたいのか
09/08/16
■核兵器にどう向き合うか
09/08/16
■政府に必要な「経営」とは何でしょうか
09/08/16
■靖国をどう考えるか
09/08/15
■障害者虐待防止法に反対する施設団体
09/08/14
■気候が文化をつくるというのは真実ですね
09/08/13
■先生たちがつくる奨学金制度と新しい無尽講
09/08/12
■ノリピーの虚像と実像
09/08/11
■政党マニフェストの採点という愚行もしくは犯罪
09/08/10
■休日の都心での白昼夢
09/08/09
■株式会社「下請けの底力」
09/08/09
■芸能界も株式投資の世界も基本から間違っているのではないか
2009/08/08
■パソコンはただの部品の組み合わせた箱
09/08/07
■完全にショー化している裁判員裁判
09/08/06
■つながりを育てる金融、つながりを壊す金融
09/08/06
■「自殺予防対策」という言葉になじめません
09/08/05
■緊張感の不在
09/08/04
■日本の司法制度は坂道を転げ落ちていくのでしょうか
09/08/03
■今年は手賀沼花火大会がありません
09/08/01
2009年7月
■人はなぜ集まるのか
09/07/30
■建設的野党―競争から共創へ
09/07/29
■財源論争とばらまき論争
09/07/28
■選挙協力の落とし穴
09/07/27
■物語報道
09/07/27
■ネット情報の広がりの恐ろしさ
09/07/25
■ビジョンと現実
09/07/24
■人の悪口を言う人に良い人はいない
09/07/23
■「デュヴェルジェの法則」と「レイプハルトの確信」
09/07/22
■知的所有権などという小賢しい発想は間もなくなくなるでしょう
09/07/22
■マニフェストについての(補足にならない)補足
09/07/21
■生活者と同じ給与でないと生活者の目線になれない
09/07/21
■21世紀政治モデルの基本は異質の価値観の調和
09/07/20
■2つの民営化
09/07/19
■マニフェストもまた20世紀政治モデルです
09/07/19
■二大政党制は20世紀政治モデルです
09/07/18
■政治も週休2日制なのですね
09/07/18
■コンビニ強盗が急増している社会
09/07/17
■背広を着ることの意味
09/07/16
■ボランティアとは権力や金銭に惑わされない姿勢
09/07/15
■自民党に寄生していた農水省官僚
09/07/14
■不幸な1日
09/07/14
■解散予告宣言
09/07/13
■都議選結果から感ずる不安
09/07/13
■自分に与えられた任務を全うできないことを恥辱とする文化
09/07/12
■外務官僚の犯罪
09/07/10
■生産の無駄と生活の無駄
09/07/09
■なぜ不特定多数の人への殺意が生まれるのか
社会時評 09/07/08
■事件の表層と深層
09/07/08
■首相への背任罪告訴はできないものでしょうか
09/07/07
■ウイグルで起こっているのは「民衆の暴動」か「デモの暴圧」か
09/07/07
■選挙とは何のためにあるのか
09/07/06
■静岡県知事選挙と時間工学
09/07/05
■あんまり問題が多すぎて、思考停止したい気分です
09/07/04
■臓器移植法改正について思うこと
09/07/03
■メタボ検診
09/07/02
■「厚生労働省崩壊」と新しい芽
09/07/02
■「お手伝いしてください」
09/07/01
2009年6月
■イランの大統領選挙は特殊なのか
09/06/30
■友敵戦略と友愛戦略
09/06/29
■国を変えるための地方の乱の目指すところ
09/06/28
■行政の不作為犯
09/06/27
■地方の反乱と国家のかたち
09/06/27
■衰退途上国
09/06/24
■白浜バプテスト基督教会
09/06/23
■ホーリー・アポストル教会
09/06/21
■「敵は民主党」のプロパガンダ裁判
09/06/20
■どうも気になること
09/06/17
■「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」
09/06/16
■過剰反応する事情の背景
09/06/15
■怒りが鬱積している時代
09/06/14
■「お上」依存意識からの脱却
09/06/13
■遊ぶ人が働く人を邪魔する時代
09/06/12
■日本の温室効果ガス排出量の中期目標が発表されました
09/06/11
■近代は自らを終焉させる仕組みを内在させていた
09/06/11
■鳩山総務大臣へのエール
09/06/10
■ラビエンヌスの信義
09/06/09
■友愛の社会
09/06/07
■図書館民営化の2つの問題
2009/06/06
■人を信ずるところからこそ人は裁ける
2009/06/05
■薬事法改正に思うこと
09/06/04
■「命の保証はない」
09/06/04
■医療と私情
09/06/03
■御殿場事件と裁判官の犯罪
09/06/03
■友愛の経済
09/06/02
■友愛の政治
09/06/01
2009年5月
■羽田空港検疫官木村もりよさんの疑問
09/05/31
■国王の処刑
09/05/30
■医師と患者の関係の悩ましさ
09/05/30
■無残な軽井沢
09/05/29
■理念か現実かー党首討論の感想
09/05/28
■北朝鮮の核実験で思うこと
09/05/25
■家族が新型インフルエンザにかかったらどうしますか
2009/05/23
■マスコミが騒いでいる後ろで行われていることが気になります
09/05/22
■社会の組み立て方のパラダイム転換
09/05/21
■いつの間にか容量が減っていた騙し商法
09/05/20
■コンフォーミティ社会ではマスクをしないと異端者になりかねません
09/05/19
■ゼロサムゲームの世界の中での過剰対応の危険性
09/05/18
■烏合の衆と政党の違い
2009/05/17
■原宿の賑わいは何も変わっていませんでした
2009/05/16
■民主党代表選挙の公開討論会
09/05/15
■マスコミに壊される国
09/05/15
■問題の立て方
生活時評 09/05/14
■ルポライターの仕事を支えることの大切さ
09/05/13
■民主党の終焉と問題の本質
09/05/12
■消費拡大から抜け出られないのでしょうか
09/05/12
■小沢さんの辞任で希望はすべて消えた気分です
09/05/11
■マスクつけず観光地巡ることは非難されることなのか
09/05/10
■利他精神に基づいた超民主主義への期待
09/05/08
■手賀沼に「おしゃれな」なカフェはいりません
09/05/07
■危険から逃げる社会と危険を克服する社会
09/05/06
■「民」を統治する官、「官」を統治する民
09/05/05
■アリとキリギリス
09/05/04
■自己実現の落とし穴
09/05/03
■儲かる農業と暮らせる農業 2009/05/02
■パンデミック?
09/05/01
2009年4月
■警察のパラダイム転換の必要性
09/04/30
■自殺企図者という言葉
09/04/29
■人の噂も75日ですが、一度落ちた信頼は回復しない
09/04/28
■「自殺のない社会づくりネットワーク」設立準備会がスタートしました
09/04/27
■草g剛事件
09/04/26
■私たちの「食べ方」で農業の未来は決まる
09/04/23
■消費者(消費機関)から生活者(人間)へ
09/04/22
■スーザン・ボイルさんの歌は聴きましたか
09/04/21
■消費力開発が最大の企業の戦略課題という恐ろしさ
09/04/21
■NPOの2つのミッション
09/04/20
■日本政策投資銀行完全民営化が先送りを歓迎します
09/04/19
■農と業を分けて考える
09/04/18
■「自殺ストップ! 自殺多発現場からの緊急集会」
09/04/17
■298円のお弁当
09/04/16
■痴漢逆転判決が示唆するセキュリティ社会の落とし穴
09/04/15
■マスコミの持つホメオスタシス機能
09/04/15
■暴力と権力
09/04/14
■正しく生きることの大切さ
09/04/13
■企業献金議論の限界
09/04/12
■「自らの考えを善と主張する悪」
09/04/11
■犠牲者が最大の支援者になる理由
09/04/10
■浪費国家
09/04/09
■4つのNPOタイプ
09/04/08
■機械的につながってしまった社会の脆さ
09/04/07
■北朝鮮の存在価値
09/04/06
■世界を見る枠組み
09/04/05
■経済とは自然を消費すること
09/04/04
■「経済成長あっての環境と福祉」なのでしょうか
09/04/03
■これまでの仕事観や経営観からの脱却
09/04/02
■「生活世界の植民地化」
09/04/01
2009年3月
■「人間として当たり前の判断」
09/03/30
■「国家統治視点」から「個人生活視点」への転換
09/03/29
■明日は千葉県知事選です
09/03/28
■「政治とカネ」ではなく「自分とカネ」の話
09/03/28
■マスコミの犯罪
09/03/27
■政治と金、マスコミと金、そして民主主義の危機
09/03/27
■戦いの放棄と官僚政権の勝利
09/03/26
■愛が奪われるとどうなるのか
09/03/25
■小沢さんが辞任せずにホッとしました
09/03/25
■NPO法人「彩経会」が背負わされたこと
09/03/24
■企業のお先棒であることを露呈した田原発言
09/03/23
■100年に一度のチャンス
09/03/22
■定額給付金の使い方
09/03/21
■企業献金はなぜ悪いのか
09/03/20
■被害者を救うことのない裁判の限界
09/03/19
■アサリに共棲しているカニ
09/03/18
■ベンジャミン・バーバーの市民観
09/03/16
■「対立」から価値を創発させる第三者の役割
09/03/14
■緊張感のない毎日
09/03/14
■やっぱりどこかおかしいように思います
09/03/13
■「人の幸せは自分の幸せ」
09/03/09
■ファノンの法則
09/03/07
■小沢さんと二階さんの違いは何なのか
09/03/06
■ジェシカ・リンチ、アラモ、小沢一郎
09/03/05
■「景気浮揚のための無駄遣い」のすすめのおぞましさ
09/03/04
■「陰謀の横行」の疑惑
09/03/03
■「生きるための経済学」(ビオ経済学)
09/03/02
■「時間がたつと遺族の被害感情は薄れる」
09/03/01
2009年2月
■経済指標に振り回されていては事態はかわりません
09/02/27
■謝罪は自らに向けられた言葉
09/02/27
■言説の政治と実体の行政
09/02/25
■日本の政治にデモクラシーはあるのか
09/02/23
■生産とは価値を創ることではなく、儲けを増やすことでしょうか
09/02/22
■リバースレバレッジ政策
09/02/21
■小泉発言は理にかなっていないのか
09/02/20
■「自分に正直に、自分らしくあるように」
09/02/20
■政権担当能力とは何なのか
09/02/19
■経済成長とは何なのか
09/02/18
■壁と卵、あるいは批判する勇気
09/02/17
■新しき村への期待
09/02/16
■小泉元首相の犯罪隠しと麻生首相の見識
09/02/15
■「過剰反応社会」
09/02/13
■非論理、無論理、超論理
09/02/12
■漢字検定ビジネス問題に思うこと
09/02/11
■良識と非常識
評 09/02/10
■愛に支えられた社会とお金に支えられた社会
09/02/09
■伴侶がいればこそ身軽に生きられた気がします
09/02/09
■お金があれば生きられるが、愛だけでは生きられない
09/02/08
■福祉政治の視点で政治や経済を見ると問題が見えてきます
09/02/07
■「冗談のような現実」を創りだすコミュニケーション的言説政治
09/02/06
■相撲界の不祥事から感ずること
09/02/04
■辺見庸とカミユとシジフォス
09/02/03
■誠実に生きることを阻害する社会
09/02/02
■NPOへの資金助成の甘味な罠
09/02/01
2009年1月
■政治が語るべきは手段ではなく目的
政治時評, 経済時評 09/01/31
■中谷巌教授の懺悔がもし本物であれば
09/01/30
■仕事とお金の関係の見直し
09/01/29
■首相への損害賠償請求はできないものでしょうか
09/01/28
■解散総選挙を求める国民運動はなぜ起きないのか
09/01/27
■隣の人のたばこの煙で考えたこと
09/01/26
■「やっぱり首相はしっかりしてなくっちゃ」
09/01/25
■「病気の治療(cure)」と「患者への世話(care)」
09/01/23
■時評をさぼっている言い訳
09/01/22
■参議院予算委員会審議実況は久しぶりに面白かったです
09/01/19
■政党の時代は終わっています
09/01/16
■「生き方」と「死に方」
09/01/15
■自由に物言えぬ報道と自由に物言わぬ報道
09/01/14
■環世界という捉え方
09/01/13
■互恵的懲罰と利他的行為
09/01/12
■やくざを生み出す構造
09/01/11
■早く来い来い高齢社会
09/01/10
■ミツバチが消えたのはネオニコチノイドのためか
09/01/09
■定額給付金で啼ければ消費刺激にならないのか
09/01/08
■男らしさとバルネラビリティ
09/01/07
■国家の解体が進んでいるのかもしれません
09/01/06
■イスラエルのガザ空爆とバレンボイムのコンサート
09/01/05
■パイプ効果と景気
09/01/04
■「舌の記憶」とFOOD
ACTION NIPPON 09/01/03
■お正月の風景を壊したのはだれでしょうか
09/01/02
■生命を支えているのは「希望」と「信念」
09/01/01
2008年12月
■今年は真実が見え出した年だったような気がします
08/12/31
■「やさしさ」と「つめたさ」
08/12/30
■ラーメン屋を好きになる理由
08/12/29
■「ローマ亡き後の地中海世界」と現代の世界
08/12/28
■派遣切りしているのは「企業」ではなく「経営者」です
08/12/27
■「君あり、故に我あり(Estis,
ergo sum)」 08/12/26
■渡辺喜美議員の造反と党議拘束制度のおかしさ
08/12/25
■派遣切りトヨタと飲酒運転事故
08/12/24
■居座ることの罪、居座らせることの罪
08/12/23
■「生きるための仕事」から「稼ぐための仕事」
08/12/22
■裁判員制度はやはり白紙にするべきではないでしょうか
08/12/21
■企業の反乱
08/12/20
■疲れる毎日
08/12/18
■空家率10%社会における「寝食の場」のない人の増加
08/12/16
■なぜルボックスはアメリカでは販売されないのか
評 08/12/15
■オバマのスピーチ
08/12/14
■元気な町
08/12/12
■責任放棄の時代
08/12/09
■私的復讐を許せるか
08/12/08
■「人は愛する何かを失う度に、自分の一部を失う」〔時評編〕
08/12/07
■「お金がなくても暮らせる生き方」を目指して宝くじを買う中途半端さ
08/12/06
■「女性活用」という罠
08/12/05
■豊かになる出発点は、「ありがとう」の一言
08/12/04
■どの掟に従うか
08/12/03
■黄柳野高校はなぜこうなってしまったのか
08/12/02
■NPO法施行10周年と新公益法人制度のスタート
08/12/01
2008年11月
■戦時中の「赤紙」復活を思わせる裁判員候補者通知
08/11/30
■支え合いサロンの報告
08/11/29
■気づかなかったことを気づくことの是非
08/11/28
■「学校を辞めます」
08/11/27
■糾弾よりも創りだすことへ
08/11/26
■「自殺防止に取組むべき者は誰か」
08/11/25
■恥の文化はどこにいったのか
08/11/24
■保護貿易がなぜ悪いのか
08/11/23
■「社会のため」と「自然な暮らし」
08/11/22
■レストラティブ・ジャスティス:修復的司法もしくは共創的正義
08/11/20
■現場の声にこそ歴史を変える力がある
08/11/19
■「国を守る」ということ
08/11/18
■法律と現実のギャップ
08/11/17
■「ひきかえす勇気」を失った社会
08/11/16
■「マスコミに報復してやろうかな」
08/11/14
■ブログから見えるネット社会の病理
08/11/13
■政権投げ出し3代目首相
08/11/12
■国民総無駄遣い運動
08/11/11
■経営とは不変の道理を実現すること
08/11/10
■公立の小中学校での数値目標を掲げた「マニフェスト」
08/11/09
■田母神事件の犯罪性
08/11/08
■支え合う生き方を考える気楽なサロンへのお誘い
08/11/07
■ゾーエの生命的規範とビオスの社会的規範
08/11/06
■借金の本質とは「増やして返す」こと
08/11/05
■パナソニックの三洋電機の子会社化
08/11/04
■経済学は変質してしまいました
08/11/03
■見えないところで起こっていることの恐ろしさ
08/11/02
■突然の破綻など本来はありません
08/11/02
■田母神空幕長と自衛隊の本質
08/11/01
2008年10月
■横浜事件第4次再審への期待 08/10/31
■新総合経済対策の欺瞞性
08/10/30
■過剰告発社会の悪循環
08/10/29
■円高株安の奇妙さ08/10/28
■信用取引と
margin transaction 08/10/27
■サイゼリヤの過ちと食との付き合い方
08/10/26
■姿の見えない独裁者
08/10/25
■カジノ資本主義
08/10/24
■ワーク・ライフ・バランスへの違和感
08/10/23
■金融資本が創り出した損失を埋める人は誰か
08/10/22
■ワーキングハードとワーキングプア
08/10/21
■もうひとつのEQ:倫理指数
08/10/20
■自宅に投函されていた「DV冤罪」小冊子
評 08/10/19
■記者に質問されたら、堂々と応えてほしい
08/10/18
■年金改ざん問題で戸別訪問の愚策
08/10/17
■沢蟹の話3
08/10/16
■株価乱高下と公的資金投入
08/10/15
■「教育の政治からの独立を犯すもの」
08/10/14
■バナナが高くなりました
08/10/13
■橋下大阪府知事の教育観
08/10/12
■産業界の巨大化指向は無策の象徴
08/10/11
■「わが事のように悲しい」
08/10/10
■ノーベル賞受賞の喜び
08/10/09
■成熟の仕方を間違えた社会
08/10/08
■長妻さんと枡添さんの違い
08/10/07
■現実と非現実は連続しています
08/10/06
■関さんの森の話し合いが始まっているようです
08/10/05
■盗人猛々しい論理とそれに賛成する共犯者のお粗末さ
2008/10/04
■「自分の理性を使う勇気を持て」
08/10/03
■語り合うということを学びたい
08/10/02
■悲しみの共有、痛みの共有
08/10/01
2008年9月
■蛇足記事:麻生首相に失望しました
08/09/29
■政策と財源
08/09/29
■共感できるものには市場価格よりも少し余分にお支払する文化
08/09/28
■中山大臣の発言は失言ではなく暴言です
08/09/27
■日本の治安状況
08/09/27
■茶番劇で構成されている社会
政治時評, 08/09/26
■お金はあったほうがいいのか
08/09/25
■三菱UFJ銀行は10年以内になくなるような気がします
08/09/24
■「お金がないと生きていけない」と「お金がなくても生きていける」とどちらが「たわごと」だと思いますか
08/09/23
■平和の脆さや戦争への道のシミュレーション
08/09/22
■支え合いの文化があればお金などなくても生きられるはず
08/09/21
■公務員の犯罪とは何でしょうか
08/09/20
■汚染米事件は農水省の犯罪
08/09/19
■home
lifeとlife with family 08/09/18
■地方の豊かさ
08/09/17
■「システムという名の支配者」
08/09/16
■金融資本主義なる不可解なもの
08/09/13
■食の安全と食育
08/09/12
■政権私物化の実態を明確にするのがマスメディアの責務
08/09/11
■過剰な同調現象の不気味な広がり
08/09/10
■弱いものをいじめる社会のさびしさ
08/09/09
■ボーン・アイデンティティと井原勝介前岩国市長の体験
08/09/08
■人間を信ずるか、機械(科学)を信ずるか
08/09/07
■住民の姿が見えないまちづくり
08/09/06
■銚子市立病院は市民で再建できないものか
08/09/05
■堂々と質問に答えられるような生き方
08/09/04
■不正に合格したのか、不正に合格させたのか
08/09/03
■国民に問う選挙と代表を選ぶ党内選挙とは全く異質のものです
08/09/02
■マスコミはなぜ首相辞任表明をきちんと糾弾しないのか
08/09/02
■教員採用不正事件に関する大分県教育委員会の鉄面皮な犯罪
08/09/02
■自分を客観的に見られる自分のない福田首相:我思う、故に我なし
08/09/01
2008年8月
■自動車の水没事故
08/08/30
■過疎地には仕事が山積みです
08/08/29
■伊藤和也さんの笑顔が教えてくれるもの
08/08/28
■自分の関心事以外にも目を向けたら世界は豊かになります
08/08/27
■介護職の不幸
08/08/26
■名前の大切さと匿名の文化
08/08/25
■中国の「困難を洞察し、共感を持つ」ことはできるか
08/08/24
■官僚の反乱は官僚制の限界を象徴しています
2008/08/23
■一人一人が生活の主人公になれば戦争はなくなる
2008/08/22
■ちょっとおかしいのではないかと思うこと
08/08/21
■民主党代表選挙に思うこと
08/08/20
■コストと価格のつながりを可視化できないものでしょうか
08/08/19
■人さまを大切にする文化、知的崩壊が進む文化
08/08/18
■「戦後最長の景気拡大」が終わった
08/08/17
■人間を壊すオリンピック
08/08/16
■平和に関する2冊の本をお薦めします
08/08/15
■梨は秋を感じて熟しだすのです
08/08/14
■MBOのMは、経営者のMではなくマネーのM
08/08/13
■「人が戦争を始めたのではない。政治家が始めたのです」
08/08/11
■食の安全対策に取り組む理由
08/08/11
■ネクタイをした背広の人がカメラを回していました
08/08/10
■オープンサロンの報告
2008/08/09
■オリンピック開会式とチベットへの祈り
08/08/09
■嘘をつくことから始まる不幸
08/08/08
■現代日本の社会の縮図
08/08/07
■人を幸せにする最高のものは理解者の存在
08/08/05
■失われたオリンピック遺産の思想
08/08/05
■国家のためと社会のため
08/08/04
■政治家はみんな成長を目指すのか
08/08/03
■「プロから見たらよくできた内閣」
08/08/02
■消費省(庁)発想の時代錯誤
08/08/01
2008年7月
■ムペンバ効果 08/07/31
■壊れた社会の「常識」は拒否したい
08/07/30
■歩いていないと見えない風景
08/07/29
■豊かな社会と生きる力
08/07/27
■堀江被告の発言に思うこと
08/07/26
■自然の力
08/07/25
■お金を基準にした社会から抜け出せないものでしょうか
08/07/24
■緩慢なる無差別殺傷社会
08/07/23
■投資ファンドのために働くワーキングプア・カンパニー
08/07/22
■現状から出発する発想の限界
08/07/21
■好きな人がいるとエコライフできるという話
2008/07/20
■長銀粉飾決算事件判決とドラマ「監査法人」の結末
2008/07/19
■自治体職員は社会起業家になると楽しいですよ
08/07/18
■「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」
08/07/17
■チェンジ:現実を変える方策
08/07/16
■お客様にお茶を出す文化がなくなりました
08/07/15
■「偽善エコロジー」に取り組む人たちの誠実さ
08/07/14
■漁師のストライキと食糧自給問題
08/07/13
■「まあそんなものだ」と思ってしまう風潮
2008/07/12
■若者たちに未来を託すための若者塾
08/07/11
■国家と国家の約束の意味
08/07/10
■議会の外に眠っている大きな力に対する洞察力の欠如
08/07/09
■「ハンマーカンマーの法則」
08/07/08
■格差と多様性
08/07/07
■秋葉原事件を再発させないための「素直さの回復」
08/07/06
■「ハンマーカンマー!」
08/07/05
■遠離
Pavivitta 08/07/05
■食を顔の見えない第三者に預ける生き方
08/07/04
■現実のシャワーを浴びるとどうなるかー古館さんの場合
08/07/03
■会社そのものが商品化する時代
08/07/02
■たばこの値上げ
08/07/01
2008年6月
■遅すぎる卵の値上げ
08/06/30
■諫早湾干拓の不幸と間違い
08/06/29
■一つでもいいからきちんとけじめてほしい
08/06/26
■何か見落としていることはないのか
08/06/25
■「不都合な真実」から「目指すべきビジョン」に
08/06/24
■「千軒あれば共過ぎ」
08/06/22
■なぜ自殺者が減らないのか
08/06/21
■生命体のホメオスタシスと意識体のホメオカオス
08/06/20
■死刑制度がなくても成り立つ社会の仕組みが課題
08/06/19
■2つの知性と2つの意志をもった一つの魂
08/06/18
■「おかしさ」が蔓延している中で、声をあげることの難しさ
08/06/18
■多田富雄さんの祈り
08/06/17
■土壌のうすさ
08/06/16
■後期高齢者政治家にも効用はあります
08/06/15
■使用価値の生産が倍増すれば、その交換価値は半減する
08/06/14
■石森章太郎と手塚治虫
08/06/13
■秋葉原通り魔事件の報道と首相問責決議の報道
08/06/12
■問責決議が無視される独裁国家
08/06/11
■スピード社水着レーザーレーサーとドーピング
08/06/11
■地産地消と地消地産
08/06/10
■怒りの矛先がわからないための無差別殺人
08/06/09
■人件費が安い中国こそ高級品の生産地
08/06/08
■居酒屋タクシー事件に思うこと
08/06/07
■「楽しい気分」と「悲しい気分」のどちらに同調したいですか
08/06/06
■数字と現場のどちらを発想の原点に置くべきでしょうか
08/06/05
■探す情報を探している時代
08/06/04
■インターネットの持つ増幅機能
08/06/03
■家族の無事と家族が暮らせる家
08/06/02
2008年5月
■大地産業とアダム・スミスの主張
08/06/0
■クラスター爆弾を持っていることの是非
08/05/30
■過去の記録を消す
08/05/30
■マスコミが報道すべきこと
08/05/29
■消費者庁への期待と懸念
08/05/28
■「自分たちより大変な人の手助けをしたい」
08/05/27
■予言の自己実現
08/05/26
■「世代間の対立をあおらないでください」
08/05/25
■「疑わしき」は救うべきか、切り捨てるべきか
08/05/24
■ロングテールを対象にした仁義なき投機
08/05/23
■メフィストに魂を売ったファウストの時代
08/05/22
■経済の交換行為と生活の交換行為
08/05/21
■金融権力
08/05/20
■死刑制度論余波
08/05/19
■心理主義の罠
08/05/18
■死刑について7:死刑執行を考えれば死刑はやはりなくすべきですね
08/05/17
■自治体行政のパラダイム転換
08/05/16
■観客民主主義
08/05/15
■死刑について6:光市母子殺害事件と死刑制度
08/05/14
■死刑について5:由比忠之遺さんの自死
08/05/13
■死刑について4:身勝手に人を死に至らしめた人の生存を認める理由は何でしょうか
08/05/12
■死刑について3:死刑制度をどう考えるかは思考の試薬
08/05/11
■死刑について2:国家からの暴力の奪還
08/05/10
■挽歌249:カタカムナの「サヌキ」と「アワ」
08/05/08
■船場吉兆の「つかいまわし」の問題の所在
08/05/08
■黒いスーツのイニシエーション
08/05/08
■時評と挽歌、愛と怒り
08/05/07
■自動改札のシャッターの閉まり方が怖くないですか
08/05/06
■死刑について1:「一人で撃て。一人で撃たれよ。」
08/05/05
■庶民物価発想
08/05/04
■「きちんと生活しているとみんないい人になる」
08/05/03
■世界中みんなが不幸せになれば、みんな幸せになれる
08/05/02
■権力を持てばなんでもできる世の中
08/05/01
2008年4月
■ワーキングプアよりもプアなワーカーたち
08/04/30
■「三匹の侍」の百姓と「7人の侍」の百姓
08/04/29
■そんなの関係ねえ政権と分離社会の進行
08/04/28
■出るをもって入るを制する
08/04/26
■なぜここまでして聖火リレーをするのでしょうか
08/04/25
■社会が壊れ出しているのでしょうか
08/04/24
■介護者を支援できない社会
08/04/23
■田母神空幕長の法を踏みにじる発言に耳を疑いました
08/04/19
■データの取り扱いには注意しなければいけません
08/04/19
■橋下大阪府知事への共感
08/04/18
■憲法9条と平和的生存権
08/04/18
■逃げ場の無い空間での身の処し方
08/04/17
■後期高齢者保険と世代間対立論理
08/04/16
■国家による情報操作
08/04/14
■権力の乱用
08/04/13
■犯罪の作られ方
08/04/12
■ガソリンの価格設定
08/04/09
■オリンピックというのは一体何のでしょうか
08/04/08
■民意とは何なのか
08/04/07
■お金がなければ活動ができないNPO
08/04/06
■ホームレス社会とゼロトレランス社会
08/04/05
■手段は目的を駆逐する
08/04/04
■犯罪者のつくられ方
08/04/03
■「死」との付き合い方こそが社会のあり方を決めていく
08/04/02
■新銀行東京に集まる人たち
08/04/02
■学校教育への税金投入が少ないわけ
08/04/01
2008年3月
■イラクや宮崎の場所がわからなくても生きていけるか
08/03/31
■痛みを分かちあおうとなぜ言わないのか
08/03/30
■善良で誠実な人生に訪れる不条理な事件
08/03/29
■家族の惨劇や不幸な無差別殺人事件は社会の実相の現れ
08/03/28
■議論とは自らが変わるためのもの
08/03/27
■国家は暴力だけでなく窃盗や詐欺や脅迫も無罪化できるのか
08/03/26
■新しい公共空間としての喫茶店ルネッサンス
08/03/25
■矢祭町の議員日当制に新しい自治の時代の予兆を感じます
08/03/24
■価値を創りだすのは感性か利得か
08/03/23
■信用できない社会の逃げ場
08/03/22
■金融制度の目的と実体経済の安定化
08/03/21
■運慶の「大日如来像」には海外で活躍してほしかったです
08/03/20
■チベット擾乱と国家の本質
08/03/19
■有識者への信頼感
08/03/18
■守るものと攻めるものの立場
08/03/17
■新銀行東京の不幸
08/03/16
■「自らの間違いを認めない」文化の震源地
08/03/15
■円の価値が高まると日本企業は業績悪化という構造
08/03/14
■産業のジレンマの克服
08/03/13
■NPOの枠を超えたNPOフォーラムへのお誘い
08/03/12
■自治体の裏金も表金にしたら輝き出すのではないでしょうか
08/03/11
■日銀新総裁は人事の問題ではなく政策の問題
08/03/09
■「いま何時?」
08/03/08
■三浦再逮捕と一事不再理の原則
08/03/07
■柳原和子さんへの追悼
08/03/06
■中国の軍備増強と職場のいじめの蔓延
, 08/03/05
■日本の公務員は多すぎないでしょうか
08/03/04
■政権交替が遠のいてしまった気がします08/03/03
る
■道路が必要なのか、道路工事が必要なのか
08/03/02
■「無駄」という概念は昔からあったのでしょうか
08/03/01
2008年2月
■杉本栄子さんのご冥福を祈ります 08/02/29
■「必ずしも適切ではなかったと考えております」
08/02/28
■ラルフ・ネーダーのコンシューマリズムは何だったのか
08/02/27
■広告入りの無料のルーズリーフ
08/02/26
■移りゆく現実と動かない現実
08/02/25
■そこのけそこのけイージス艦が通る
08/02/24
■「横浜事件」に関する最高裁の姿勢への失望
08/02/23
■異質な世界への感度の喪失
08/02/22
■「私たちの子どもたちの世代は、私たちよりも幸せになるでしょうか」
08/02/21
■伊奈輝三さんの生きざま
08/02/20
■ちょっといい話を創る生き方が大事ですね
08/02/19
■「人の距離が近くなるほど言えなくなる」
08/02/18
■子どもを育てる前に、自分を育てたほうがいい
08/02/17
■とれすぎ野菜格安作戦不発で思うこと
08/02/16
■現場から沸き上がる生きた情報活動への期待
08/02/16
■情報は生きており、自己創出していく
08/02/15
■価値ある情報の所在の変化
08/02/14
■統計データのまやかし
08/02/13
■南大門の全焼崩壊は見えますが、見えないものの崩壊も気になります
08/02/12
■岩国市民は米軍機を受け入れたのでしょうか
08/02/11
■フェアショッピング
08/02/10
■日本相撲協会の対応と「組織」の効用
2008/02/09
■私の生き方
08/02/08
■アメリカの大統領選挙への関心の高さはマスコミだけ?
08/02/07
■食事時間は生存のための必要時間でしょうか
08/02/06
■ネット社会の恐ろしさ
08/02/05 る
■餃子中毒事件から何を学ぶか
08/02/04
■科学技術信仰の高まりへの懸念
08/02/03
■日教組集会をつぶした無法者グランドプリンスホテル新高輪
08/02/02
■カーボン・デモクラシー
08/02/01
2008年1月
■素材メーカーの海外シフトとポーター仮説、または毒物混入餃子の遠因
08/01/31
■国民とは誰なのか
08/01/31
■なぜ野党は国民に呼びかけてこないのでしょうか
08/01/30
■道路になぜ駐車していけないのでしょうか
08/01/30
■環境問題は暴力団と政財界、行政にとっての魅力的な市場
08/01/29
■リサイクル論議よりも無駄遣いをやめるのがいいです
08/01/28
■「夕張希望の杜」を応援することの幸せさ
08/01/27
■能動的な集中力と受動的な集中力
08/01/26
■ガソリン暫定税廃止と道路建設の違い
08/01/25
■株価下落で消えた資金
08/01/24
■生活を支える経済から生活を壊す経済へ
08/01/23
■警察民営化も進むのでしょうか
08/01/22
■医師の言葉の重さ
08/01/21
■「エコ偽装」に見る企業の問題点
08/01/20
■「もはや経済一流ではない」
08/01/19
■小沢たたきへの違和感とキャスターの定見
08/01/18
■もったいない文化の基本にある「いのちへの愛」
08/01/17
■いいことは忘れてしまい、悔いは、月日がたつほど深くなる
08/01/17
■水から引き上げた魚から魚の真実は見えてくるか
08/01/16
■「バレンボイム氏にパレスチナ市民権」
08/01/15
■家族同士の死傷事件と家族のあり方
08/01/14
■新テロ特措法が成立してしまいました
08/01/14
■「なぜ時代は人の懸命な苦労に報いることができぬのか」
08/01/13
■行き場のない投機資金はポトラッチしたらどうでしょう
08/01/12
■「松下電器」から「パナソニック」へ
08/01/11
■競技としての政治、価値としての政治
08/01/10
■対立の時代の様相
08/01/09
■福岡の3児死亡飲酒運転事件の判決への疑問
08/01/08
■「資源を過剰に使用」した結果としてのスタグフレーション
08/01/07
■環境問題は農業問題
08/01/06
■「犬という語は、狼なる語が存在しなければ、狼をも指すだろう」
08/01/05
■「戦略」という言葉
08/01/04
■エコ・ウォーズと二酸化炭素排出権
08/01/03
■グラディオ作戦
08/01/02
■教育基本法よりもテレビのあり方を考えたらどうでしょうか
08/01/01
2007年12月
■読者へのお礼と自己反省
2007/12/31
■製造年月日の違う商品が並んでいたらどちらを購入しますか
2007/12/30
■「批判ばかりせずに代案を出せ」の恐ろしさ
2007/12/29
■暗殺の対象者は異議申し立て者が多いような気がします
07/12/28
■誰にとっての効率
07/12/27
■ゼロ・トレランス発想にみるマイナスの循環
07/12/26
■「国の責任」
07/12/25
■司法、行政、政治、そして人間ー薬害肝炎訴訟の顛末から学ぶこと
07/12/24
■あなたは握手を求めたことがありますか
07/12/23
■長崎新幹線と公共交通システム
07/12/22
■薬害肝炎訴訟にみる棄民政策
07/12/21
■自分でできることは何なのか
07/12/20
■迎撃体制の整備は自衛に繋がるのか
07/12/18
■教員免許更新制に見る常識的判断の落とし穴
07/12/17
■佐世保銃乱射事件を契機にすべての銃器の破棄を考えたらどうでしょうか
07/12/15
■赤福はまた「もう一つの不祥事」をやってしまいそうです
07/12/15
■企業不祥事続出の背後にあるもの
07/12/14
■古舘さんの怒りにとても共感しています
07/12/13
■「舛添さん、おまえもか」
07/12/12
■ワーキングプア、あるいは働くことの意味
07/12/11
■日本ライスのブランド米偽装事件と農水省の犯罪
07/12/10
■産業の場としての学校と教育の場としての学校
07/12/09
■廃棄と別れ
07/12/08
■当事者の危機感がない限り、組織の改革はできません
07/12/07
■コストや価格で考える時代はもう20年前に終わりました
07/12/06
■学校って何のために必要なのでしょうか
07/12/05
■悪魔と天使が共存する経済システム
07/12/04
■模倣犯罪の刺激ではなく、模倣善行への刺激を
07/12/03
■再犯防止できない刑罰制度のジレンマ
07/12/02
■守屋非難の前に、先ず自らの身を正したい
07/12/01
■当事者の身勝手なわがまま
07/12/01
2007年11月
■守屋事件をどう問題設定するか 07/11/30
■人が人を殺めることの事情
07/11/29
■「社会的弱者」のコンプレックス
07/11/29
■自由人とは自らにとっての真理を語るものである
07/11/29
■持続可能性を高めるための多様性
07/11/28
■事象としての死、経験としての死
07/11/28
■若い世代の夫婦観は「絆」だそうですが、60年代は「忍」
07/11/27
■「戦争から学ぶことなどない」というオシムの見識
07/11/27
■パグウォッシュ会議と科学技術のシビリアン・コントロール
07/11/26
■ストイックな秋、平和につながる生き方
07/11/26
■「暗殺 リトビネンコ事件」
07/11/25
■問題が多すぎて何も変わらないのではないかと心配です
07/11/24
■「言葉の人」と「身体の人」
07/11/23
■人身事故の意味すること
07/11/22
■ビオスによる時評とゾーエによる挽歌
07/11/21
■年賀欠礼のご挨拶を節子と連名で出しました
07/11/20
■寄合民主主義と多数決権力主義
07/11/16
■「国民のため」に、新テロ対策法を通したい人、反対する人
07/11/15
■「国防は最大の福祉」
07/11/12
■「みんな幸せになるなんてありません」
07/11/11
■脱貨幣社会の気分をちょっと味わっています
2007/11/10
■国家を私するものたちの志
2007/11/09
■法律の成立が国政進展の証拠でしょうか
07/11/08
■どの党が政権をとるかより、日本が良くなるかどうかが大切でしょう
07/11/06
■国民国家の偽装の露呈
07/11/06
■小沢民主党代表の辞任表明会見での意見を支持します
07/11/04
■二大政党制は大政翼賛会体制の変種
07/11/04
■常識の復権への期待
07/11/03
■薬害肝炎事件は当事者の視点で緊急措置すべきです
07/11/02
■食べられるものを利用して何が悪い
07/11/01
2007年10月
■トップの不祥事は組織の不祥事です
07/10/31
■法も規律も破った人たちの責任の取り方
07/10/30
■テロ特措法と守屋事件とは別物なのか
07/10/29
■コケにされたのに、なぜもっと怒らないのか
07/10/28
■浜岡原発判決の裁判官の責任の取り方
07/10/27
■舛添厚生労働相の奮闘
, 07/10/26
■逮捕される人、されない人
07/10/25
■郵政民営化の現場事情
07/10/24
■ユンゲの懺悔
07/10/23
■赤福はなぜ道を間違ったか
07/10/22
■戦争と犯罪はつながっています
07/10/21
■人はどこまで犯罪を「進化」させられるのか
2007/10/20
■権力や権威の犯罪を告発する動きが出始めました
07/10/19
■マスコミは何をベースに記事を書くべきか
07/10/18
■あなたは待つのが好きですか、苦痛ですか
07/10/17
■「来年の4月辺りが一番わかりやすい解散の時機」?
07/10/16
■世界における立ち位置も変わっていました
07/10/16
■亀田選手を育てたのは誰なのでしょうか
07/10/15
■夫婦の立ち位置と世界の豊かさ
07/10/15
■栃尾駅保全運動への署名協力のお願い
07/10/13
■献花台
Flowers for Life が完成しました 07/10/13
■国会の品格
07/10/12
■オリンピックと運動会
07/10/11
■手続きの時代の働きの場
07/10/09
■所有と無所有はコインの表裏
07/10/09
■「誰も行かないところに誰かが行かなければ」
07/10/08
■ウトロを知っていますか
07/10/07
■生命を殺めた人が生きながらえる社会の生命観
07/10/06
■円天事件と現実の経済社会
07/10/05
■愛は煩悩、愛は涅槃
07/10/05
■「小人の戯言」舛添発言の意味すること 仲間の問題は自分の問題です
07/10/03
■伴侶の死は自らの半分の死
07/10/03
■相撲文化の終焉
, 07/10/02
■オウムを存在させる宗教界ー「懲りない社会」
07/10/01
2007年9月
■舛添厚労相と長妻昭議員の協力を期待します
07/09/30
■ミャンマーと格差社会:格差図式のフラクタルな展開
2007/09/29
■テロ特措法とミャンマー軍事政権
07/09/28
■ミャンマーの僧侶デモ鎮圧事件とパリ5月革命
07/09/27
■時津風部屋の犯罪と仲間の犯罪を放置する文化
07/09/26
■危ういかもしれない話
07/09/26
■福田内閣は何に向けての「背水の陣」なのでしょうか
07/09/25
■先が見える愚かさ、先が見えない愚かさ
07/09/25
■日本の仏教界ができることはたくさんあります
07/09/24
■定型文の豪華な弔電はやめませんか
07/09/24
■自民党総裁選への民主党のコメントは暗いですね
07/09/23
■とても「危うい話」
07/09/18
■安倍首相に節子のつめの垢をせんじて飲ませたい
07/09/13
■欽ちゃんは1日でいい、でも私は毎日。
07/09/12
■突然の死
07/09/10
■私にとって人生で一番悲しい日
2007/09/06
■政治家と金の問題
2007/09/01
2007年8月
■もしかしたら「危うい話」
2007/08/30
■「介護で苦労するくらいなら消費税は高くてもいい」
2007/08/29
■男女共同参画社会と男女役割分担社会
07/08/28
■平和は輸出できません
07/08/27
■一兵卒政権としてテロ特別措置法
2007/08/26
■がんとの付き合い体験をお話します。必要があればですが。
2007/08/25
■月光族主導パラダイムからの脱却
2007/08/24
■危機管理能力って何でしょうか
2007/08/23
■重要な問題と瑣末な問題
2007/08/22
■権力者の勝手な論理とそれに迎合する「有識者」
07/08/21
■膨大な声が抹殺されている現実
07/08/20
■世界への批判は自らへの批判?
07/08/19
■「白い恋人」事件と食育行政
2007/08/18
■戦後レジームと整合しなかった政治の仕組み
2007/08/17
■戦後レジームからの脱却の意味すること
2007/08/16
■不戦の誓いの出発点は憲法9条の堅持でしょう
2007/08/15
■シビリアン・コントロールの歯止めの喪失-佐藤正久議員の場合
2007/08/15
■家事やボランティア活動と賃仕事
07/08/14
■政府の危機と国家の危機
07/08/12
■クールビズとノーネクタイ
2007/08/11
■憲法と政党マニフェスト
2007/08/07
■病気との対峙といのちへの眼差し
2007/08/05
■延命措置は希望されますか
2007/08/04
■いのちの大切さと学びの面白さ
2007/08/03
■テレビキャスターの皆さん、バラバラに疑問を呈していないで、一緒に安倍退陣への風を起こしてください
2007/08/02
■子どもたちを戦場に送るために狂奔する中高年女性たち
2007/08/01
2007年7月
■「法律1本、世論3年」と「何でも見てやろう」
07/07/31
■参議院選挙結果に思うこと
07/07/30
■番外編:実に勝手な選挙結果予測
07/07/29
■光市母子殺害事件安田弁護士による死刑制度の私物化
2007/07/29
■タリバンの韓国人ボランティア殺害事件
2007/07/28
■「経済成長を語ったことがあるか」
2007/07/27
■放射性廃棄物の最終処分問題のメッセージ
2007/07/26
■デモサイド「民殺」
07/07/25
■国民の非武装権
07/07/24
■選挙結果予測は投票に影響を与えます
07/07/23
■いまの選挙制度って根本的に無理があるのではないでしょうか
2007/07/22
■日本社会を襲っている「見えない地震」
2007/07/21
■やさしさへの気づき
2007/07/20
■歯医者では目をつぶりますか
2007/07/19
■将来に信頼を持てない働き方でいいのか
2007/07/18
■みなさんは私的な駐車場を横切りますか
07/07/17
■知の世界におけるホメオスタシス
07/07/16
■投票率で選挙結果が変わるのでいいのか
07/07/16
■東京大空襲集団訴訟のメッセージ
2007/07/15
■政治生命を賭ける
2007/07/14
■患者を待たせる医師を育てたのは誰か
2007/07/13
■生活保護と格差社会
2007/07/12
■生活保護ってなんでしょうか
2007/07/11
■嫌いな民主党への提案
07/07/10
■赤城事務所経費事件で気になること
07/07/09
■地方ごと、人ごとに時間があります
07/07/08
■国民をわくわくさせる政治家はいないのでしょうか
2007/07/07
■今度の選挙は年金選挙でしょうか
2007/07/06
■産業のジレンマと医療のジレンマ
2007/07/05
■死に向かう医療、生を目指す医療
2007/07/04
■儲け型経済から稼ぎ型経済へ
2007/07/03
■新しいM&Aの時代
2007/07/02
■言葉狩りの時代
07/07/01
2007年6月
■民営化が狂乱のごとく行われた時代
2007/06/30
■緒方弁護士や田中社長の世界観
2007/06/29
■分かち合う文化の復活
2007/06/28
■ミートホープと光市母子殺害事件弁護団
2007/06/27
■ミートホープ従業員解雇と社会保険庁ボーナス自主返上
2007/06/26
■嘘にかかるコストは、サラ金のように高利
07/06/25
■偽牛ミンチ事件で嘘をついていたのは誰でしょうか
2007/06/24
■希望のない医療、感受性の乏しい医療の見直し
2007/06/23
■議論しない国会と世論を育てない政府
2007/06/22
■「裁判には絶望した」
2007/06/21
■朝鮮総連の会館売却問題の「事の本質」
2007/06/20
■事実(THE FACTS)が創られる時代
07/06/19
■がん対策基本計画の根底にある医療パラダイム
07/06/17
■あっちゃんの雑記帳
2007/06/16
■社会保険庁の相談窓口対応
2007/06/15
■さくらんぼの憂鬱
2007/06/14
■裁判における弁護の意味
2007/06/13
■価格の裏側
2007/06/11
■コムスン事件は民営化路線の氷山の一角
2007/06/10
■「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」
2007/06/09
■弁護士の反応の報告
2007/06/08
■民主党の存在感のなさと新党への期待
2007/06/07
■平和か年金か
2007/06/06
■「もうひとつの地産地消」
07/06/05
■脱北者を人道上、受け入れるという発想
07/06/04
■国民主権国家という壮大な幻想
07/06/03
■市況商品の上に乗っかっている生活
07/06/02
■知的成果の囲い込みの弊害
2007/06/01
2007年5月
■文化とは、一体何でしょうか?
2007/05/31
■孤独から抜け出るのは簡単です
2007/05/30
■Comfort
isolates 2007/05/29
■松岡農相の自殺
2007/05/28
■多様な行動するネットワークへの期待
07/05/27
■「ホテル・ルワンダ」
2007/05/26
■弁護士の反応
2007/05/26
■弁護士のみなさん、恥ずかしくないのですか
2007/05/25
■かなり「危うい話」
2007/05/24
■死刑制度のない社会と死刑のない社会
2007/05/23
■不寛容の時代
07/05/22
■団塊シニアの不安
07/05/21
■どこから考えるか
2007/05/20
■basement
ethicsとaspiration ethics 2007/05/19
■過剰報道と過少報道
2007/05/18
■少し「危うい」話
2007/05/17
■「がんという言葉」
07/05/16
■「憲法改正手続法」を「国民投票法」と詐称する犯罪
07/05/15
■まずプロジェクト、原理はそれから
07/05/14
■野党は寝ているのですか
07/05/13
■当たり前のことをやっていないのは誰か
2007/05/12
■「親学」よりも「主権者学」が必要
2007/05/11
■余命3か月
2007/05/11
■冤罪事件報道で感じた恐怖
2007/05/09
■サプライチェーン・マネジメントの家庭への侵入
2007/05/09
■生産者主導から消費者主導の経済への移行の幻想
07/05/08
■当事者主権の難しさ
07/05/06
■多数決主義と民主主義と国民主権
2007/05/05
■チビ太はいつもとても幸せそうに寝ています
2007/05/04
■臓器移植報道と思いやる気持ち
2007/05/03
■少子化になった理由
2007/05/02
■「病院」(sick
center)から「健院」(hospital)へ 2007/05/02
■「いいことだけ日記に」騒動からの気づき
07/05/01
2007年4月
■教育のある人とは「歌舞の訓練をつんだ人」
07/04/30
■経済的な連休から精神的な連休へ
07/04/29
■「騙された者の罪」
2007/04/28
■飲酒運転者から免許を剥奪することがなぜ出来ないのか
2007/04/27
■学力テストへの犬山市の異議申し立て
2007/04/26
■不都合な結果は有権者の「誤解」のせい
2007/04/25
■コミュニティケアからケアコミュニティへ
2007/04/24
■あなたはいつも笑顔でいられますか
07/04/23
■優先席には率先して着席という発想
2007/04/21
■経営における道徳性
2007/04/20
■「戦争は今や永続的な社会関係にまでなりつつある」
2007/04/19
■銃を撃ってしまう不幸
2007/04/18
■国民投票法をつくって何が悪いのか
2007/04/17
■わくわくするほど気に入っている参加費方式
07/04/16
■新しいNPOのつながり育ての集まりがあります
07/04/15
■不幸と幸せはコインの表裏
2007/04/14
■家事とビジネスとどちらが難しいでしょうか
2007/04/13
■無党派層から勝ち馬政党層への移行
2007/04/12
■裁判員制度の意味することの顕在化
2007/04/11
■都知事選の常識的な結果
2007/04/08
■スクエアになった朝日新聞
2007/04/07
■2児拉致容疑事件と国家の暴力観の変質
2007/04/06
■多数決は民主主義とは無縁
2007/04/05
■権力の民営化
2007/04/04
■地産地労の思想
07/04/03
■統一地方選挙に思うこと
07/04/02
■嘘で覆われている時代のエイプリルフール
2007/04/01
2007年3月
■「女性の社会進出」とは何だったのか
2007/03/31
■大統領の陰謀と首相の犯罪が存在した良い時代
2007/03/30
■沖縄密約事件請求棄却に思うこと
2007/03/29
■自分は延命治療を望まないが、家族の延命治療は望むことの意味
2007/03/28
■病院の予約制度を変えませんか
07/03/27
■「貧乏はいただきもの」
07/03/26
■ガンジーの予言
2007/03/25
■「病を治すものは自然である」
2007/03/24
■制度にあわせる生き方からの脱出
2007/03/23
■徳治国家・法治国家・金治国家
2007/03/22
■隠すことのコスト
2007/03/21
■イラク戦争がはじまって4年目
07/03/20
■日本の仏教界からのメッセージは何でしょうか
07/03/19
■国会での議論のあり方
2007/03/18
■都知事選立候補者4人の討論会をテレビでみました
2007/03/16
■知事選におけるポジティブキャンペーンへの期待
2007/03/15
■都知事選に4人も立候補してしまいました
2007/03/14
■うたごえ喫茶からカラオケへ
2007/03/13
■3大関と横綱が敗れました
07/03/11
■おふくろさん騒動に思うこと
2007/03/10
■「鹿児島地検が12人全員の控訴断念」という表現
2007/03/09
■病院におけるコミュニケーションの出発点
2007/03/07
■地球温暖化論議のむなしさ
2007/03/06
■冤罪を生みだした検事や警察はなぜ裁かれないのでしょうか
2007/03/05
■患者だって医者の役に立っている
2007/03/04
■マスメディアの捏造機能
2007/03/03
■自殺は卑怯という言葉
2007/03/02
■「君が代伴奏命令は合憲」という最高裁判決と反対意見の存在
2007/03/01
2007年2月
■お金で豊かさを買うのではなく、豊かさでお金を買う社会
2007/02/28
■「社会のため」という大義の意味不明さ
2007/02/27
■あなたは誰のために生きていますか
07/02/26
■結果としての格差社会、構造としての格差社会
07/02/25
■地域社会は自らを元気にする力を備えています
2007/02/24
■不法と違法
07/02/17
■個人情報保護に関する勘違い
07/02/16
■「障害」を意識しない社会
07/02/15
■「無知のベール」のもとでの視界の広さ
07/02/14
■パノプティコン型社会とお天道様型社会
07/02/13
■拉致問題と核問題のどちらが重要か
07/02/12
■団塊シニアの地域デビューで思うこと
07/02/11
■「戦争への道を許さない!」のリレートーク
07/02/10
■「過労死は本人の自己管理の問題」
2007/02/09
■柳沢発言と生権力と成長パラダイム
2007/02/08
■痛みを分かち合うための条件
2007/02/07
■先制攻撃型国家への一歩
2007/02/06
■国会審議拒否の是非
07/02/05
■「産む機械」発言を生んだ問題の立て方
2007/02/04
■裁判員制度よりも裁判の透明性の実現を
2007/02/03
■自由の牢獄
2007/02/02
■柳沢大臣の発言が意味すること
2007/02/01
2007年1月
■法に違反していなければ胸をはれるのか
2007/01/31
■死んだ学力と生きた学力
07/01/30
■久間発言事件をどう考えるか
07/01/29
■希望と生命:「希望サロン」の呼びかけ
2007/01/28
■鳥インフルエンザの犠牲になる鳥たち
2007/01/27
■介護の社会化の虚構
2007/01/26
■学校を良くする方法
2007/01/25
■そのまんま東さん知事就任への賛否
2007/01/24
■学校の先生をなぜみんな信頼しないのでしょうか
07/01/23
■「司法改革」(朝日新聞社)を読みました
07/01/22
■政治的に正しい表現運動への違和感 2007/01/21
■司法権の独立と刑法のパラダイム
2007/01/20
■2つの価格方程式と不二家事件
2007/01/19
■未開は文明から生じたもの
2007/01/18
■シニアライフをどう生きるか
2007/01/17
■社会奉仕活動の義務化
07/01/16
■戦争を直視する姿勢
07/01/15
■ニーメラーの教訓と家永三郎さんの選択
2007/01/14
■猟奇的事件の過剰報道
2007/01/13
■不二家事件の意味:「恥の文化」から「罪の文化」へ
2007/01/12
■「脆いつながりの時代」と「一方的な情報発信の時代」
2007/01/11
■郵政民営化の成果が見えてきました
2007/01/09
■絶望を知っている人間が希望を語る資格がある
2007/01/08
■ホワイトエグゼンプションとディーセントワーク
2007/01/06
■「安直な諦め」ではなく「希望」からの発想を
2007/01/05
■希望の年
2007/01/04
■しきたりや年中行事をもっと大切にしたいものです
2007/01/01