活動記録2005
(2005年1月第1週)
めずらしく1週間、ゆっくりさせてもらった年明けでした。
■新年の挨拶
新年の挨拶を載せました。
まだの方、よかったら読んでください。
■40分遅れの初日の出(2005年1月1日)
初日の出を見ようと自宅の屋上でがんばっていたのですが、
残念ながら厚い雲にさえぎられてしまっていました。
しかし、40分後には、眩しい太陽の光が雲から顔を出しました。
一挙に風景が変わりだしました。
今年もいい年になりそうです。
■人口が増えるということ(2005年1月1日)
元日はお墓参りと初詣です。
今年は近くの布施弁天に行きました。
驚きました。
なんと境内の外にまで、お参りのための長い行列なのです。
こんなことは初めてです。
理由は簡単です。
我孫子市の駅周辺に昨年、大きな集合住宅がどんどんできたのです。
それで年末のスーパーがものすごい混雑だったのです。
人口が増えるということは、こういうことなのですね。
30年ほど前に、やはり我孫子は人口が急増しました。
学校はプレハブ校舎を建て増ししました。
子供たちは暑くて寒い校舎で苦労した時期がありました。
その再来になりかねません。
にぎやかになることはうれしいのですが、急激な人口変化は何かを壊すのではないかと少し心配です。
まあ、身勝手な論理ですが。
■年賀状の失敗(2005年1月5日)
年賀状を昨年からメールに変えましたが、今年から年が明けてから書くことにしました。
これが大失敗でした。
まず元日から時間の合間を見て、メールを書き出したのですが、50通くらいで限界に達しました。
時間がすごくかかるのです。
そのため、後は同じ文面でのメールにしてしまい、BCCで一斉発信したのです。
ところが、アドレス管理の不備から出した人と出さない人がわからなくなり、
結局、昨年後半に会った人には発信されなかったようです。
「ようです」というのは、それさえも明らかでないということです。
デディケーテッド・ホスピタリティを目指したはずが、正反対になってしまいました。
その上、他の人から届いた年賀メールや私のメールへの返信に返事を書いていたら、
これまた大変な時間がかかるのです。
その上、メールをされていない方からの年賀状には年賀状を書くことにしていたため、これもまた大変でした。
結局、ある程度終わったのは5日です。
来年はまた方式を変えないといけません。
しかし、このやり方は、相手との会話が成り立つ感じで、とてもいいです。
久しぶりに何人かの方とメールでやり取りできました。
とてもうれしい久し振りのメールもありました。
メールのメリットがもうひとつ見つかりました。
文章の最後にホームページのアドレスを書いている人の場合(私も書いていますが)、
そこをクリックするだけでホームページが見られますから、すぐ見る気分になります。
そこで意外な人の名前に出会うことがあります。つまり共通の友人知人の発見です。
メールやホームページは、人のつながりを加速させる働きがあることを改めて実感しました。
ネットをどう使いこなすかは、これがこれからの課題です。
■緊張感のない仕事始め(2005年1月6日)
3日の日に湯島のオフィスにちょっと立ち寄りましたが、
仕事での出社は今日が初めてです。
自宅にいると、生活がけじめられないので出てきましたが、電話もなければ静かなものです。
この湯島のオフィスは今年で16年目を迎えます。
小さなオフィスですが、実にさまざまな人が来てくれました。
昔は来た人の写真を撮っていました。記帳もしてもらっていました。
とてもオフィスとはいえない空間でしたが、私には大切な場所です。
この1年半、半分閉店でしたが、今年はまた開店です。
今日は仕事始めのはずだったのですが、結局、書類整理で終わってしまいました。
今年は少し本格的に仕事を再開する予定です。
刺激的な仕事があったらお誘いください。
■稻京株式会社の金光一さん(2005年1月8日)
うれしいことに、金さんが訪ねてきてくれました。
2年ぶりくらいになるでしょうか。
金さんは、昔、私が主催していた留学生サロンのメンバーで、一番の年長者でした。
アジアからの留学生が、日本嫌いになって帰国することが多いという話を聞いて、
ささやかな溜まり場をつくったのが留学生サロンでした。
3年くらい続いたでしょうか。
留学後、帰国した人も多いですが、金さんは日本で会社を起こしました。
稻京株式会社です。
金さんの出身地のハルピンにある、リネンの会社と日本の市場をつなげる仕事に取り組んでいます。
最近はほとんどを中国で過ごしています。
金さんは会社づくりに当たって、まず、理念を明確にしたいと言ってきました。
そういうタイプの人です。姿勢を大切にします。
起業後の苦労はいろいろでした。
私は何の役にも立てませんでしたが、時々、相談にやってきました。
最初は会社というものの概念が、金さんにはなかなか理解できませんでした。
なにしろ文化大革命のさなかに育った世代ですから、資本主義の発想が皆無なのです。
しかし、金さんは苦労して、ビジネスの発想を学んできました。
そして、稻京株式会社はいま、基盤をつくりつつあります。
扱っているのはリネンの生地です。
そして、金さんがいま取り組もうとしているのが、しわになりにくいリネンなのです。
技術的には完成しているそうです。
後は設備投資。それが数億だといいます。
アントレプレナーとしての金さんの正念場です。
彼の決断が未来を決めて行くはずです。答えは一つしかないはずです。
今年は大変な年になりそうですが、金さんなら大丈夫でしょう。
応援してもらえそうな方がいたら、ぜひご連絡下さい。
たまたま金さんが来ている時に、インドネシアにいるチョンさんからメールが届いていました。
これも偶然とは思えません。
新年には台湾の呉さんからも年賀状が届きました。
この3人が、当時の常連でした。
いつかみんなでまた会えればと思っています。
ちなみに、インドネシアではすでに国内だけで死者15万人と言われているそうです。
(2005年1月第2週)
仕事を開始しました。
思わぬこともあり、今年もまた波乱の年になりそうです。
刺激的な話がいろいろと入ってきています。
なかなか記事になるまでには至っていませんが。
■トイレの掃除(2005年1月9日)
今年から毎週我が家のトイレ掃除を私が担当することにしました。
掃除に関しては、イエローハットの創業者の鍵山秀三郎さんが有名です。
鍵山さんに共感する人たちによる、日本を美しくする会も全国に広がっています。
そうした活動は、ブラジルや中国などにも広がっています。
もう7〜8年前になるでしょうか、私も鍵山さんの直々のご指導を受けて、
箱根湯本の公衆トイレをみんなと一緒に掃除したことがあります。
実に刺激的な体験でした。
鍵山さんとは、ある会でご一緒させてもらったり、
また清水博さんとの対談を司会させてもらったりして、
たくさんのことを教えてもらいましたが、トイレ掃除はその後、お蔵にしまいこんでしまっていました。
今年から、その教えをきちんと実践することにしました。
といっても、我が家のトイレ掃除なのですが。
毎週土日のいずれかの朝に2か所のトイレ掃除をすることにしました。
今年はこれを皮切りに、少し家事に時間を割くことにします。
決断するのが少し遅すぎましたが、まあ、人生に遅すぎることはないでしょう。
鍵山掃除道から学んだことを思い出しながら、1回目の掃除は終わりました。
■渕野夫妻の来訪(2005年1月9日)
東レ時代の仲間の渕野康一さんご夫妻が我が家にやってきました。
今は東レ経営研究所にいますが、彼とは2回、仕事を一緒にやりました。
いずれも思いの深いプロジェクトです。
まずは東レ時代に私が取り組んだCIプロジェクトです。
これはトップに提案して実現したプロジェクトですが、
スタッフは誰でも選んで良いと言われて、まず同志に選んだのが渕野さんです。
私よりも10歳下ですが、彼の論文を読んで決めました。
私よりは根性が座っています。
そのプロジェクトで、しかし私は会社を離脱することになるのですが、もう一度、プロジェクトでご一緒しました。
東レの第2次CIです。
私は社外のスタッフとして、彼は社内の事務局としての組み合わせでした。
これは2人とも、実は心外だったのですが、結局、2人とも受けてしまいました。
いずれのプロジェクトもさまざまな秘話があります。
今や忘却の彼方ですが、渕野さんと会ったことで、いろいろと思いだしました。
渕野さんは今、東レ経営研究所の機関誌に「面白マネジメント」を連載しています。
そのうちに本にするでしょうが、関心のある人は彼に連絡すれば、きっと送ってくれるでしょう。
彼自身も面白マネジメントを実践しています。
激務の傍ら、さまざまな活動に取り組んでいますが、彼はまた大の富士山好きなのです。
富士山を毎日見たくて、三島に転居し、東京に通っていました。
残念ながら今は勤務地が浦安のため、浦安に住んでいますが、そこからも富士山は良く見えるので幸せそうです。
もうひとつ好きなのが、温泉です。
今日も我が家からの帰路に、帰り道にある柏の湯の華温泉に立ち寄ったようです。
なかなか良かったという電話がありました。
もっともその後、事件が発生したのですが、彼の名誉のためにそれは書かないことにします。
相変わらずのそそっかしさは直っていないようです。
■近くの岡村家族の来訪(2005年1月10日)
この連休は来客が続きましたが、もう一組だけ、初めての方なので書いておきます。
近くに住む岡村夫妻です。
まだ誕生日を迎えていない、蒼空ちゃんと一緒に来てくれました。
話しているうちに、いくつかの共通点が見つかりました。
共通の知り合いもいることがわかりました。世界は本当につながっています。
それがなかなか見えないのが残念です。
もっと見えたら、世界から戦争や犯罪はなくなるでしょう。
とても面白い話を聞きました。
仕事の関係で、1年間、アメリカで生活をされたそうですが、そこでの生活はとても豊かな生活だったようです。
会社の生活と個人の生活がとてもバランスしていて、余裕があったといいます。
日本に戻ってきたら、また残業漬け。なぜ日本の会社はこんなに忙しいのかと思ったそうです。
岡村さんは、「見てはいけない生活を見てしまった」と表現しました。
よく聞く話ですので、何も岡村さんに限った特別の事例ではないのでしょう。
めいこさんも、いま、アメリカで生活を楽しんでいます。
これはとても考えさせられる話です。
日本の企業は米国から多くを学んでいます。
しかし、おそらくそれは表層的な形だけであって、組織原理が違うのです。
組織の都合で振り回されるメンバーからなる疲弊した組織と自分をしっかりと持ったメンバーからなる気力と喜び満ちた組織。
それらは全く違います。
組織は、主体的に使い込む人によって生き生きとしてきます。
組織に使われる人だけでは組織は育たないでしょう。
最近、ワーク・ライフバランスという言葉が広がっていますが、
そろそろ日本の企業もそうしたことを真剣に発想を変えなければいけません。
フォードが昔、見事に会社を発展させた「5ドルの革命」から、いまこそ日本企業は学ぶ時です。
産業再生機構などに自らをゆだねては、未来は開けないでしょう。
ちょっと横道にそれてしまい、大げさになってしまいました。
こんなこととは無縁に、楽しい2時間でした。
■山形市NPO交流会(2005年1月11日)
山形市の共創プロジェクトは、今年はNPO支援がメインテーマです。
今日は、NPO法人による活動発表会が行われました。
山形市では昨年からNPO支援を開始していますが、
それに関連して、全市のNPOに呼びかけて、それぞれの活動発表と交流会を企画したのです。
山形市は昨夜から大雪です。
にもかかわらず、19のNPOが発表に参加、他にも資料参加や聴き手としての参加など、120人を超える参加者がありました。
行政職員にも知ってもらおうと会場を市役所にしたため、職員の参加もかなりありました。
市長も最初から最後まで参加しました。
これは市長の公約の一つであり、市長の発案が契機になっているのです。
山形市にこんなにさまざまなNPOが活動しているとは思わなかったというのが、市長の感想です。
行政から見えない住民活動はたくさんあります。
まちづくりの主役は住民なのですから、それは当然のことなのです。
しかし、それが行政にはなかなか見えないのです。
それぞれの発表はとても刺激的でした。
それに発表の仕方がとても熟していました。
山形市の市民活動は水準が高いです。いや、市民活動はどこも水準が高いのですが。
行政は、そうした活動とは意外と遠いのです。あまり見たくないのかもしれません。
まちづくりの主役は、行政から住民へと移りつつあります。
そこをしっかりと認識していく必要があります。
住民参加と称して、行政が集める「住民」は、本当の住民ではありません。
誤解されそうな表現ですが。
発表者には何人かの知り合いがいました。
このホームページにも登場したことのある、野口比呂美さん、須藤路子さん、菊池健太郎さんなど、みんな山形市の担い手です。
まちづくり市民会議の最初のメンバーにも会いました。
7年ほど前にやった先進事例会議の時に、イベントのインターネット配信などで支援してくれた松田充弘さんにも久しぶりに会いました。
活動を広げています。同志の池田知之さんにも会いました。
こうした若者が、各地で健闘しています。心強いです。
一つの地域に長く付き合っているとこういう喜びがあります。旧友に会ったような気がします。
最後に私からまとめとして、NPOの現代的意味や役割、方向性について、話させてもらいました。
その話を聞いて、何人かの方が、とてもよくわかった、確信できたと言ってきてくれました。
うれしいことです。最近はコミュニケーションできるようになってきたということです。
山形市で、新しい物語が始まりそうです。
ところで、市役所の菊池明美さんが、私に1冊の本をくれました。
大谷ゆみこさんが書いた「雑穀つぶつぶ食で体を変える」です。
私が食育講座をお誘いしたお返しです。
菊池さんは、共創プロジェクトに参加したメンバーの一人ですが、この雑穀料理を実践されているそうです。
情報発信していると、それに比例してさまざまな情報がもらえます。
文京区に雑穀料理のレストランがあるそうです。
行ってみようと思います。
■生きがい論を説く異色の経営学者、飯田史彦さん(2005年1月12日)
飯田さんといえば、「生きがいの創造」で一時期、大きな話題になり、
その後、次々と「生きがいシリーズ」を発表した、ベストセラー作家でもある、ちょっと変り種の経営学者です。
最近は生きがいを与えるCDもつくっており、そこには自らが作詞作曲そして歌っている曲が載っています。
朗読もあります。
多彩な人です。そして、無邪気な人です。
飯田さんとは、実は深い縁があるのです。
いつかまた書くことがあるかもしれません。まあ、なかなか信じてはもらえない深遠なつながりです。
コーヒーをごちそうしてくれれば、こっそり教えてやってもいいです。はい。
美味しいコーヒーでなければダメです。
久しぶりにお会いしました。
念のためにいえば、飯田さんは福島大学の助教授なのです。
経営学、主に人事管理が専門です。経営学関係の著書も多いです。
最近の活動の話を聞かせてもらいました。
病院経営に、最近は関心をお持ちのようです。
私の関心事とかなり重なります。どこかで接点ができるかもしれません。
最近も年に50回ほどの講演活動をしているそうです。
すごいエネルギーです。感服します。
飯田さんのホームページをご覧ください。最近の飯田さんの活動振りがわかります。
同時に、飯田さんの無邪気さも伝わってくるでしょう。
なぜこんなに元気なのか。
身体にいい人としか付き合わないようにしています、と飯田さんはいいます。
この言葉はよくわかります。
私も学ばなければいけません。しかし、それができないのが私の最大の短所です。
会うと死ぬほど疲れる人に、なぜか吸い寄せられるのです。
飯田さんと私との共通点は「愛」を発想のベースに置いていることです。
そのおかげで、飯田さんの著書の「生きがいのマネジメント」には私の名前も登場します。
しかし、経営は愛、などといっていると仕事にはなりませんし、
経営学の学者としても結構大変だろうなと思います。
飯田さんは「生きがいシリーズ」がベストセラーになったために、さまざまな体験をされたと思います。
にも関わらず、飯田さんと最初に会った学生時代のままでの付き合いが続いています。
うれしいことです。成功すると一変する人が多いものなのですが。
福島は大雪でしたので、このセレブな飯田さんに研修所まで自動車で送ってもらった上に、最近の新刊をもらいました。
本好きの私にとっては、本が最高のプレゼントなのです。
その1冊は「生きがいの教室」でした。
帰りの新幹線で読みました。感動的な事例がたくさん出てきます。
学校関係者にもぜひ読んでほしいです。
ブックのコーナーで紹介させてもらいます。
■福島県自治研修センターでの講義(2005年1月12日)
年に5回ほど引き受けている管理者研修です。今年度の最後回です。
この研修もこれが最後です。
来年度はテーマを進めて、ソーシャルアントレプレナーと政策形成をテーマにしようかと話しています。
実際になにか形につながるようなものにできればとてもうれしいです。
この研修所には遠藤哲哉さんがいます。
遠藤さんは飯田さんのところで学んだこともあり,二人は良く知り合っている間柄です。
久しぶりに3人で話し合う機会もありました。
遠藤さんは「学習する組織論」を自治体に広めようと頑張っています。
福島はとても魅力的なところです。
研修に参加する自治体職員も実に魅力的です。
まあ、研修所という空間がそうしているのかもしれませんが、
こうした人たちがそれぞれのところで思い切り思いを実現できる体制があれば、日本はどこもかしこも元気になるでしょうね。
いつもそう思います。何かがそれを阻んでいます。
私の話を聞いた建設関係の受講生が、
批判的に話を聞こうとしたが(私がそうお願いしているのですが)反論できないといってくれました。
うれしいことです。
これまでの自治体行政は主体性のない統治行政です。
住民エゴを受け入れるところから自治は始まります。
住民を指導しようなどという、目線の高い意識は捨てなければいけません。
10年前からそういう話をし続けてきましたが、受け入れてもらえるようになったのはこの2年くらいです。
時代は間違いなく変わってきています。
見えていないのは、自治体の「中枢にいる管理者たち」だけです。
時間があれば、夜学と称して参加者と話し合うのですが、今日は宿泊せずに帰ることにしました。
何しろ年明け後、ちょっと怠惰に過ぎたので、手付かずになっている宿題が山積みなのです。
福島はめずらしく吹雪いていました。
■秋田キャッスルホテルの沢井修さん(2005年1月13日)
ビレッジハウスの山本京子さんの紹介で、沢井さんにお会いしました。
秋田キャッスルホテルの専務です。
同社は業績も順調で、ホテルの質も高いのですが、
ビジョンと思いを持ったプロの沢井さんは満足せずに、さらなる進化を目指しているとのことです。
ホテルはホスピタリティの世界のモデルでもあります。
私が東レ時代にCIに取り組んだときに、最初に相談に行ったのが田辺英蔵さんです。
ホテルの世界の人です。
田辺さんの本を読んで感動して手紙を書いて会いに行きました。
面識のない若造に快く会ってくださり、元気を与えてくれました。
東レのCIに取り組んだ私を支えてくれたお一人です。
そして、私がホスピタリティやケアの本質に関心を持つきっかけを与えてくれた人でもあります。
2回しかお会いしていませんが、感謝しています。
何もお返しできませんでしたが、ペイ・フォワードの実践はしています。
ちなみにもうお一人は、ホンダの会長だった杉浦さんです。
杉浦さんからはソーシャルインの発想を教えてもらいました。
この言葉が広がる前の話です。
杉浦さんとの対談で生まれてきた言葉です。
もっとも当時はまだ、ソサイアティインなどと2人で話していましたが。
田辺さんも縁のあった新橋第一ホテルで沢井さんにお会いしました。
話していて、沢井さんのビジョンと思いが伝わってきました。
ホテルは面白い世界です。
また沢井さんからはいろいろと刺激をもらえそうです。
■北海道の蔭山京子さん(2005年1月13日)
久しぶりに蔭山さんからの電話です。
運良く在宅していましたのでお話ができました。
蔭山さんは以前、エゾシカ関連の事業開発で紹介したことがありますが、その後、連絡が途絶えていました。
年賀状によれば、入院されていたそうです。
気になっていましたが、電話で大変だったことを知りました。
正真正銘、九死に一生の体験をされたのです。
今はかなりお元気そうでした。
しかも新しい事業の展望が見えてきたというのです。
それでうれしくなって、私の声が聞きたくて電話してきてくれたのです。
お話によれば、かなり面白いお話です。
蔭山さんは、シニア・ソーシャルアントレプレナーです。
発想がいつも大きくて、挫折が多いのですが、発想は大きいほうがいいです。
まあ、シニアの場合ですが。
蔭山さんの人生も波乱万丈だったのです。
なぜかそういう人は、老いてなお意欲的です。
蔭山さんは北海道なので、なかなか応援できないのが残念です。
春には朗報が届くかもしれません。
それまでは新しい事業の内容は口ドメされています。
お金の余っている方、ぜひ投資先にお考え下さい。
蔭山さんのことですから、まあ必要資金はせいぜい数十億程度でしょう。
成功すれば、大爆発かもしれません。
私も出資したいところですが、残念ながら自分のやりたいことの資金集めですらうまく行っていないので、
残念ながら見過ごさざるをえません。いやはや。
■山形市長来訪(2005年1月14日)
山形市長がわざわざ湯島のコンセプトワークショップまで来てくれました。
まあ、市役所とは違った環境で、たまには意見交換するのも効果的です。
市長に限りませんが、組織のトップは過酷な決断を求められます。
時に非日常が必要です。
もっとも、トップのアドバイザー業務は私の仕事のドメインの一つですが、
かなり契約額が高いので実際の成約にはなかなかつながりません。
困ったものです。
組織にしろ自治体にしろ、トップの影響は大きいです。
企業の場合が、倒産ですみますが、自治体の場合はそれではすみません。
地域に住む大勢の人たちの未来が変わるのです。責任は重大です。
地域をダメにした首長は日本各地にいます。
今もダメにしている首長もすくなくありません。
そういう首長に限って、自信過剰なのです。
山形市長は問題を正面から受け止めて、真摯に考えるタイプです。
しかし、真摯に考えればそれでいいかというと、そうでもありません。
そこが難しいところです。
そろそろ山形は卒業しようと思っているのですが、なかなか卒業できずにいます。
どうしようか迷っています。
■ユニバーサルデザイン論争(2005年1月15日)
恒例の朝日ニュースターの「よみがえれ!ニッポン」に出演しました。
今日は、基本テーマのユニバーサルデザインに正面から取り組もうということになりました。
「改めてユニバーサルデザインとはなにか」です。
レギュラーに加えて、日立製作所のデザイン本部長の川口光男さんが参加してくれました。
私は、ユニバーサルデザインの運動的意味は評価しているのですが、
この言葉も手段的な言葉(instrumental
term)ですので、その背景にある思想や使い手の意図に関心がるのです。
しかし、多くの人はユニバーサルデザインそのものに価値を見出しているようです。
どうも違和感があるのです。
ユニバーサルには、表情をもったさまざまな要素が集まって構成する宇宙全体を指すような意味があるわけですが、
そこから普遍性と個別性がホロニックに含意されているといわれます。
したがって、だれにでも使いやすいという普遍性とその人にとって使いやすいという個別性の、
どちらに主軸を置いて考えるかによって、全く違ったものになるという、両刃の剣でもあるわけです。
そして残念ながら、いまはコマーシャリズムに浪費されているような状況にあるわけですが、
私がこの番組に参加しているのは、
それにもかかわらず、ユニバーサルデザイン概念の広がりが、
使い手が商品に対して主体的に声をあげていく契機を与えていることを評価しているからです。
この概念は時代の変わり目の中での過度的なものでしょう。
だからこそ、効果的に使わなければいけないのかもしれません。
ユニバーサルデザインそのものの掘り下げた議論も一度、してみたいと思いながら、
今回もまた議論の広がりの中で少し欲求不満のまま番組を終わりました。
番組での議論は難しいようです。
どなたかユニバーサルデザイン論議にやってきませんか。
(2005年1月第3週)
動き出した途端に目まぐるしい生活になってしまいました。
どうも私には中間がないようです。こまった人生です。
■バルネラビルな生き方(2005年1月16日)
このホームページに私の生活はかなりオープンに書き込んでいるわけですが、そのため、問題が起きることもあります。
私だけのことであればいいのですが、私が会った人のことまで書くため、その人に迷惑がかかることがあります。
まあ、知られて困るようなことをしている人とは基本的には付き合わないのが私の姿勢なのですが、それは私の勝手な思い込みです。
家族が時々、私のホームページをみて、品格がないとか表現が穏当でないとか、相手に迷惑をかけていると厳しく批判します。
それで時に後で表現を変えたり、項目が削除されたりすることがあります。
登場した人からの電話やメールもあります。
それにしたがって、12月も1件、削除しています。
自らをさらけ出すことは、相手に突っ込まれる材料を与えることです。
しかし、そういう状況に自らを置くことで、人とのつながりを深められることはいうまでもありません。
隙のない人とは退屈な会話しかできません。
金子郁容さんは、それをバルネラビリティと呼びました。
金子さんとは10年近くお会いしていませんが、岩波新書の「ボランティア」の本はとてもいい本です。
そこにこの概念が出てきます。
私は金子さんからこの言葉を教えてもらってから、出来るだけバルネラブルな生き方をしようとしています。
言い換えれば素直に生きようということなのですが。
ホームページに自分の情報を書き込むとどんな反応があるか、ひやひやすることがあります。
確かにそれで迷惑をかけることも少なくありません。
苦情は届かなくても、私の非礼さに愛想をつかされて友人を失っているかもしれません。
企業のビジネスの関係では、相手の会社のことやトップの悩みを知ってしまうわけですが、それを公開することは出来ません。
契約を結べば、当然のことながら機密保持契約を交わしますから、書き込めなくなります。
会ったことすらも書くべきではないこともあります。
まあ、そんなわけで、開かれた生活は神経が結構疲れます。
最近はそれに少し負担を感じるようになってきました。
しかし、なぜか、この露出的生活を止めないのは、それがまた面白いからです。
性格異常者かもしれません。いやはや、困ったものです。
家族からは顰蹙をかっていますが、今のバルネラブルな生き方をもう少し続けたいと思います。
ちなみに不都合の記事があれば、ご連絡ください。
必ず修正するわけではありませんが、項目の削除にはすぐ応じます。
■クライアント企業トップとのディスカッション(2005年1月17日)
先週、トップに対するアドバイス活動が私のビジネスドメインの一つだと書きましたが、今日はその日です。
月に2回程度のミーティングで、いろいろ経営問題などの相談に乗っています。
こうした企業のトップと話していると、日本経済や社会の実相が実感できます。
社会階層の二極分化の動きもよくわかります。
また、企業制度が金持ち創出機構であることもわかります。
もちろん成功する人は決して多くなく、ほとんどは失敗するわけですが。
それにしても、成功はともかく、企業を継続するためには目一杯自らの時間をビジネスに注がなくてはやっていけないのが現実です。
時間的にも精神的にも、仕事のことばかりです。
それで果たして、未来が開けてくるのか不安です。
自らの企業の株式上場に成功すると、それこそ百億長者になるわけですが、それでも果たして幸せかどうかは疑問です。
お金の使い方が分からないのではないかと思います。
ビル・ゲイツのような、効果的な消費をした日本の経営成功者を、私はまだ知りません。
あんまり仕事をしていない私でもわかるのですから、世の中の多くの企業経営コンサルタントは経済の実相を理解しているはずです。
しかし、私もそうですが、そうしたちょっとおかしな経済システムに寄生していないと、自らの企業を持続できないという現実もあります。
逆に寄生に徹すれば、利益を上げる事がそう難しくないのも現実です。
社会保険庁を取り巻く環境は、必ずしも例外的事例ではないような気がします。
真面目に汗した人が報われる社会に近づけたいものです。
今は汗をかかない人ほど報われているような気がしてなりません。
こんなことをいうので、私はある人から、今週もまた「危険思想家」といわれてしまいました。
しかし、秩序を壊すことは決して危険ではないのです。
ホメオスタシスという言葉があります。
組織は自ずと秩序を回復するバランス機構を持っているという概念ですが、
ホメオカオスという言葉もあります。
多様性を維持した安定性機構というような意味です。
秩序を壊す要素の存在は秩序の維持には必要なのです。
表題とは全く違う話になってしまいました。すみません。
私のトップカウンセリングが不人気なのはラディカルすぎるからかもしれません。
■リトルファーミング講座いよいよスタート(2005年1月17日)
私が日ごろから敬服する実践者の増山康博さんがいよいよ就農支援プログラムをスタートさせることになりました。
構想がかなりまとまり、春までには動き出すそうです。
その構想を持ってきてくれました。
題して「リトルファーミング講座」です。
リトルファームはアメリカ型のメガファームのアンチテーゼです。
日本の農政は基本的に工業型を指向していますが、増山さんは市民型ですので、1反百姓をモデルにしています。
増山構想はこんなものです。
日本の環境を守るためには、年間20万人以上の帰農者が必要だと言われています。
大規模な帰農者の群れを実現するため、首都圏のビジネス街に農業を学ぶ教室をつくり、
毎年1000人の帰農者を送りだすことを目指します。
この構想を実現するために、首都圏帰農サポートネットワークがスターとしました。
事務局長は増山さんです。
まもなく具体的なプログラムも発表されます。
このホームページでもお知らせのコーナーでご案内します。
増山さんは、ぜひ企業の人に受講してほしいと思っています。
関心のある方はぜひご連絡下さい。
■ユニバーサルデザインスタディーズの吉田健一さん(2005年1月17日)
オープンサロンと重なるために私は参加できませんが、今月28日に千葉である活動がスタートします。
生活者の協同組合活動に取り組む小松蹊さん(ASK協同クラブ)http://www.askcoop.jp/index.htmlのプロジェクトです。
いつかこのプロジェクトは紹介できると思いますが、その小松さんの紹介で、
今日はシニア社会学会のユニバーサルデザイン研究会の代表である吉田さんが訪ねてきてくれました。
吉田さんはいま、上野駅周辺のバリアフリートイレマップ作りに自主的に取り組まれているそうです。
吉田さんと話しているうちに、たくさんの共通の友人知人がいることがわかりました。
それも意外な人を含めてです。
このマップづくりにも興味はありますが、いつか何かコラボレーションできるかもしれません。
楽しみです。
■経営道の殿堂づくりに取り組む市川覚峯さん(2005年1月17日)
日本経営道協会の市川さんが、佐久間明久さんと一緒にきてくれました。
佐久間さんはボルボジャパンにいらしたそうですが、それを聞いただけで何か親しみを感じます。
ボルボは思想を持った会社です。いつか関係者に会いたいと思っていました。
市川さんに関しては何回か書きましたが、日本の大企業の経営者に経営道を身につけてほしいという活動を始められた人です。
それが経営道フォーラムの始まりですが、市川さんは途中で山に入り3年間の行をしてきました。
私も節目節目で、その行の一端を垣間見させてもらいました。
先週は異色の経営学者を紹介しましたが、市川さんはまさに異色の企業コンサルタントであり、道を説く経営思想家です。
なによりも「気」を送れる人です。
市川さんの本は何冊か出ています。
コモンズ書店にもあります。
日本経営道協会のホームページもご覧下さい。
市川さんは年初も山に籠って行をされたそうですが、その時に受けた啓示で会いに来てくれたのです。
人間としての付き合いを大事にする私にとっては、
どんな行者でも大先生でも、みんな同じように見えてしまうので、いつものように気楽な会話をさせてもらいました。
ここでも市川さんなどと気楽に呼ばせてもらいますが、まあお許し下さい。
だれでもが「さん付け」が私のスタイルです。
時に先生とか社長とかで呼ぶことはありますが、それは相手に対して軽い扱いをしている時です。
私もそうしたくなる気分になることもあるのです。
肩書きや職位に依存する人は、私には不幸な人にしか見えません。もちろん信頼できません。
日本の名経営者の殿堂をつくり、
そこに経営哲学や経営道を実践的に学び考える道場のようなものをつくることが、市川さんのやりたいことの一つです。
行から戻った時に、その活動にも取り組まれましたが、資金面で挫折してしまいました。
私は、最近の大企業経営者にはいささかの不信感をもっていますが、
松下幸之助や本田宗一郎、井深大、澁澤栄一など、今こそ見直すべき経営者の事績を集めて、
そこで経営者が本当の価値議論をする場であれば、協力したいと思います。
問題はその道場主を誰がやるかです。
その人が見つかればいいのですが、市川さんはまだその気はなさそうです。
昔、市川さんと吉野会議を企画したことがあります。
その企画の段階で出てきたコンセプトが「いのち輝く」というものです。
これは、経営の本質は愛だと考える私の経営観にもつながります。
このコンセプトでもう一度、吉野会議的なことをやってみたくなりました。
どうしてこうも次から次へとやりたいことが押し寄せてくるのでしょうか。
主体性がないからかもしれません。
私も行にでないとダメかもしれません。
カウンセリングのお礼に、食事をご馳走してもらいました。
お布施すべき人からお布施を受けてしまいました。いやはや。
■次世代人材育成研究会(2005年1月18日)
企業活力研究所が、次世代人材育成に向けての産業界の対応のあり方についての調査研究に取り組んでいますが、
その一環としてつくったのが、この研究会です。
委員長は加藤丈夫さん(富士電機ホールディングス相談役)で、
顧問には首都大学東京の理事長に予定されている高橋宏さんや三菱マテリアル会長の西川章さんなどの財界人と
東大の玄田有史さんなどの研究者、ほかにNPO関係者やマスコミ関係者など、多彩のメンバーで構成されています。
私も属性不明のまま参加しています。
時々、こういう場違いの委員会に紛れ込んでしまうのです。
今回はフリーターやNEETがテーマと聞いていたので、
深く考えずに参加させてもらったのですが、会場についた途端にしまったと思いました。
30人くらいの参加者で、委員の数よりも事務局や関係者の数が多いのです。
文部科学省や経済産業省などの人も参加です。
静かに聴いておくだけで、自治体会から欠席だなと思っていました。
不真面目な話です。事務局の人が読んだらムッとするでしょうね。すみません。
しかし、です。
問題提起的に委員の一人である玄田有史さんが30分話をしてくれたのです。
眠気が吹き飛びました。
とてもいい話です。現場に立脚しています。
とても共感できましたし、私とかなり同じ認識だったのでうれしくなりました。
NEETの増加が突きつけている問題を解くには、
問題解決のターゲットを若者に置くのではなく、企業や経済の仕組みに置くべきです。
その意味で、そもそも人材育成などという問題の立て方に間違いがあるのです。
しかも玄田さんは、君が代や国旗を押し付けるのではなく、とサラッと発言しました。
都知事と仲良しの高橋宏さんがいるところで、です。
そのため、眠っているどころか、先ずは最初の口火を切ってしまいました。現金なものです。
この種の委員会は一人で発言を独占できませんから、その後もぜひ議論したかったのですが、抑えました。
しかし、みなさんの発言には共感できることもありました。
たとえば、三菱マテリアル会長の西川さんは、「フリーターとかNEETという言葉をマイナスイメージで語りすぎている」と発言されました。
その一言で、私の嫌いな三菱マテリアルという会社が好きになりました。
いやはや、単細胞的ですみません。
しかし、人間のイメージはそんなものです。はい。
NEET問題は、要するに働き場の需給不適合が引き起こしている問題です。
難しく考えることはありません。しかもそれを解決するのはいとも簡単です。
まず量的不適合の面では、企業が真の意味でのワークシェアリングを導入すればいいのです。
西川さんは、私のそういう意見に「社内のワークシェアリングで精一杯」とコメントされましたが、
おそらく理解が従来発想でとどまっています。
質的不整合は、「働く」ことの意味合いの変化を含めて、働き場や働くことの概念を柔軟に広げていくことです。
NPOが働く場であるなどというのはもちろんですが、
それにとどまらず、お金をもらわない働きもあることを認識すべきです。
しかし、それでは経済的に自立できないと思われそうですが、
地域通貨や相互支援の関係づくりや長期的なライフデザインなどの視点を入れれば、
生活を支える働き方は多様に発想できるはずです。
ということは、いまの企業のかたちや私たちの生き方を見直すことにつながっていきます。
産業界が自らを変えずして、体外的な対応策を考えるのではなく、
自らを変身させる契機にこそ、すべきではないかと言うのが私の考えです。
そんな意見を述べましたが、伝わったかどうか不安です。
またこの研究会では、コミュニケーション力を育てることが大切だという議論が多かったです。
おかしかったのは、そのほとんどが相手のコミュニケーション力を問題視していたことです。
だいたい、コミュニケーション力を語る不とはほとんどがそうですが、
コミュニケーション力がないのは自分たちだと思わないと問題は解決しないでしょう。
今回のまとめが、こうした当事者意識のないまとめだったので、
次回はやはり欠席しようかなどとまた不謹慎なことを考えています。
■第21回コムケアサロン(2005年1月18日)
今回は元NHKのディレクターの清水康之さんを問題提起者にした「マスコミとどうつきあうか」です。
参加者が20人を越えたので、会場を住友生命にお願いして、いつもと違った拡大バージョンで行いました。
とても刺激的でした。
サロンの内容はいつものことながら、コムケアセンターのホームページで報告されています。
本題とは関係ありませんが、清水さんがなぜNHKを辞めたかといえば、
取材を通して現場の問題を知ってしまい、その問題への思い入れが強まって、
ついに一線を超えて、現場の世界に入ってしまったのだそうです。
そういう魅力に取り付かれ、辞めてしまう人は少なくないようです。
良くわかる話です。
現場の魅力は大きいです。手応えがあるということのすごさですね。
いまは手応えのない時代になっていますが、手応えこそが人間を動かす最大のモチベーションかもしれません。
群馬からわざわざ参加してくださった方も2人います。
次回はそのお一人の浅野さんから対話法入門をやってもらおうと思います。
2月22日です。
よろしければご参加下さい。まさにコミュニケーション力アップの話です。
■山形市でコムケアプログラム採用を検討(2005年1月19日)
先週、山形市で行ったNPO交流会をどう発展させていくかのミーティングをもちました。
山形市は先週からの雪が積もっており、町が輝いていました。
雪はいいですね。暮らしの上では大変でしょうが、生活と文化を思い出させます。
それに山形市は盆地ですから、周辺は山なのですが、その山がとてもきれいに見えました。
円やかな月山も見事でした。
先週の交流会は評判が良かったようです。
山形新聞にも紹介されていますが、
「分野の異なるNPO法人同士が集まる機会は少ない。違う団体で横のつながりを強くするための良いきっかけにもなった」
と参加者の一人が語っています。この成功をどう発展させるかです。
続けて来月また集まりをやろうということになりました。
鉄は熱いうちに打たねばなりません。
ところで、山形市での来年度以降のNPO支援を、コムケア方式をモデルに検討していくことになりました。
うれしいことです。
いくつかのところから打診はありましたが、現実に採用してくれるのは初めてです。
といっても、コムケア方式をそのまま導入するためにはいくつかの条件が必要です。
コムケアセンターとして受託するのはあまり適切とはいえません。
やはり地元が中心でやらなければ、私がいつも言っていることと矛盾します。
ですから、まずは地元にしっかりしたキーパーソンがいなければいけません。
コムケア方式はかなり属人的要素が強いので、仕組みだけを創ればいいわけではありません。
そのキーパーソンと一緒になって、仕組みを創れればと思います。
その点を今日はかなり議論させてもらいました。
これからの展開が楽しみです。
少し足しげく通わないといけなくなりそうです。
山形卒業どころではありません。
人生はなかなかうまくいきません。
■おたっしゃコールの呼びかけ(2005年1月20日)
大阪で高齢者の孤独死や不安解消を目指した
「専用電話を使ったおたっしゃコール」事業に取り組んでいる松本敏さん(NPO法人デイコールサービス協会理事長)のことは以前も紹介しました。
なかなか実現できずにいるのはいろいろと理由があるからですが、一番の理由は行政を巻き込めずにいることです。
この仕組みづくりにはそれなりの体制と資金が必要です。
そのため、内閣官房の地域再生計画などに提案しても、
事業主体が行政もしくは行政が参加している協議会でないと支援できないと言われるのだそうです。
そこで、松本さんの構想に荷担して挑戦してくれる自治体を探しています。
どこか心当たりのある方はぜひご連絡下さい。
松本さんの思いをぜひ応援したいと思っています。
この提案の内容はご連絡いただければ送ります。
■コミュニティの復興と暮らしの構造改革(2005年1月20日)
国民生活審議会の総合企画部会で「コミュニティの復興と暮らしの構造改革」をテーマに審議が進んでいます。
その様子は内閣府のホームページで紹介されています。
コミュニティばやりです。それに「暮らしの構造改革」です。かなりの違和感を感じます。
日本はどうしてこうも言葉を浪費したがるのでしょうか。
言霊の国の文化はとんでしまいました。残念です。
ところが、その内閣府から、この報告書のとりまとめの一環として、有識者講演会をやるのでとお誘いを受けました。
前回、国土交通省ではどんな会かよく理解もせずに気楽に行ってしまったので、今度はきちんと準備してお話をしに行こうと思います。
日本でコミュニティという言葉が広がった契機は、
1969年の国民生活審議会の答申「コミュニティ―生活の場における人間性の回復」です。
そして、1970年代に自治省がモデル・コミュニティづくりに取り組んで自治体を先導しました。
私が関わっている美野里町でも、行政主導型のコミュニティ形成が進められています。
しかし、一般にその意義が認識されたのは阪神淡路大地震が契機になったように思います。
コミュニティがしっかりしていたところの復旧が早かったといわれました。
しかし、この言葉はわかったようでわからない言葉でもあります。
日本語にはならないものでしょうか。
ちなみに、コミュニティ概念を言いだしたアメリカのマッキーバーの定義は、
「一定地域の中で行われる共同生活」で、地理的概念ではなく、人のつながりの概念でした。
日本における生活社会の一つの単位は「小学校区」です。
これは人のつながりや生活の実体をもった地理的概念です。
美野里町では、小学校区とコミュニティはほぼ重なります。
国民生活審議会では30年以上にわたって、コミュニティに取り組んでいるわけですが、
実際に現在、共同生活概念としてのコミュニティ意識が育ってきているかといえば、否定的にならざるをえません。
なぜでしょうか。
おそらくコミュニティの捉え方が統治型だったかからです。
個人起点のコミュニティを概念を再構築する必要を感じます。
出来れば言葉も日本語に置き換えたいです。
ちなみに、2月26日に、ちばNPOユースフォーラムが「コミュニティ力」をテーマにした集まりを企画しています。
そのプレイベントが2月3日にあって、わたしも問題提起を頼まれています。
ご関心のある方、ご参加下さい。3日でも26日でも、ご都合のつくほうに。
■こころと体がやさしくなれば地域が元気になる(2005年1月22日)
この言葉はいいですね。私はすぐさま惚れ込みました。
それが不幸の始まりです。
ユニバーサルデザイン生活者ネットワークが福島で、ユニバーサルデザイン参加型人権啓発セミナーを来月開催します。
これはそのテーマです。
ユニバーサルデザイン生活者ネットワークの大矢野さんからそこでの講演の依頼がありました。
講演は嫌いなのですが、このスローガンを聞かされたために、つい心が揺らいでしまい、
みんなで話し合うスタイルだったらいいといってしまったのです。
それでとうとう1日福島で過ごさねばならなくなってしまったのです。
あまり内容を理解していなかったのですが、その打ち合わせに大矢野さんと吉田さんがやってきました。
プログラムは2部構成です。
午前中は「人にやさしいを心で感じよう!」と題して、
ものづくりと市民活動の現場から、それぞれ使い手と作り手が一緒になった商品開発の体験と作品を語ってもらうのです。
そのコーディネーターが私だったのです。
午後は「人にやさしいを体で感じよう!」で、ミニワークショップなどが企画されています。
夕方、人に会う約束があったので午後は帰ろうと思っていたのですが、
話しているうちに、なにやら面白そうなので引き込まれてしまいました。
私が興味を持ったのは、
参加者にユニバーサルデザインの考え方を「腑に落としてもらう」のが午後のワークショップの狙いだと聞いたからです。
その方法も聞きました。事業型NPOをめざす大矢野さんたちのお手並み拝見というわけです。
ところがです。
なんとそのワークショップのファシリテーター役の一人としても私がキャスティングされていました。
お手並み拝見ではなくて、お手並みを見られかねません。
これだからNPOと付き合うのは疲れるのです。底がないのです。いやはや。
しかし、まあ、大矢野さんたちは、それ以上に疲れているようなので、仕方ないですね。
すっかり巻き込まれてしまいました。
しかし、ユニバーサルデザイン生活者ネットワークは、しっかりした信念のもとに活動を展開しています。
敬服します。この「腑に落とすプログラム」が深まり広がってほしいです。
安直なユニバーサルデザインブームを超えたいものです。
それに何よりも、このセミナーのテーマスローガンがいいですね。
とても気にいっています。
福島県の皆さん、参加されませんか。2月14日です。
■5時間を超えたゴミ論議(2005年1月22日)
今日はゴミ問題論議に参加しました。
主役は、ゴミ問題が面白いために健康に注意しだしている佐藤和美さんです。
まあ、私は途中で抜けましたが、気がついたら、それでも5時間半も議論していました。
ゴミの世界はなかなか難しい世界のようです。
生ゴミのコンポスト化の分野に友人が関心をもっていたので、それをある専門家に話したら、
この世界に入ってくるなら、それなりの覚悟でこい、と言われたことがあります。
ところが、その世界で、誠意をもって真剣に、正直からとりくんでいるのが和美さんなのです。
現場にも詳しく、実践知が頭の中にどっさり入っています。
質問すると、即座に確信を込めた答が返ってきます。
実に明快です。現場人間の特徴です。
和美さんがいつも心がけているのは、そこで働く人たちが誇りを持った施設にしたいということだそうです。
共感できます。みんなが誇りを持っていれば、必ずいいパフォーマンスが生まれます。
オーストリアのウィーン郊外には、観光スポットになったごみ焼却場があります。
日本びいきのフンデルトバッサーがデザインした楽しい施設です。
迷惑施設ではなく、地域価値を高めるごみ焼却場がこれからの課題だろうと思います。
発想を変えれば、世界は変わってきます。
実に面白い5時間でした。
(2005年1月第4週)
今週はサロンウィークでした。事件も多かったですが。
底に流れた今週のテーマは「統治から自治へ」です。読み取ってください。
■まちづくり組織条例についての湯島会議(2005年1月26日)
美野里町のまちづくり組織条例は条文案までいきましたが、動きは少しにぶってきました。
理由はまた合併問題です。
平成の大合併は、国家統治のための自治体政策としては効率的かもしれませんが(スケールメリットはもはや意味がなくなってきているのに気づかない人の発想ですが)、
住民生活のための自治体づくりの視点からは効果を損なうものだと思います。
これまでも何回か書きましたが、平成の大失政の一つとして評価されるだろうと思います。
まあ、何人かの官僚は高笑いしているでしょうが。
また横道にそれました。
この問題に対する私の怨念の深さと未練がましさの結果です。すみません。
さて美野里町です。
外野チームによる湯島会議を開催しました。
私たちの中ではほぼ合意が出来ています。しかし、それをどう実現するかです。
メンバーの井出さんから、自治体の計画も条例も、そのほとんどが霞ヶ関から予算をもらうための手続きだったという主旨の話がありました。
そう考えるとすべてが良く見えてきます。全くその通りですね。
美野里町のまちづくり条例は、その枠を超えるものです。
できればこれを住民発議で実現したいと思います。しかし、それへの道は厳しいです。
ちなみに、ネットで「まちづくり組織条例」を検索すると、私のホームページしか出てきません。
これは信じられない話ですが、まちづくり組織条例を作っても、誰からもお金をもらえないからかもしれません。
あるいは、住民参加発想からは出て来ない発想からかもしれません。
協働とか住民参画とか、言葉だけは広がっていますが、誰も真剣に考えていないのでしょうか。
ニセコの逢坂町長はどう考えているのでしょうか。
一度、お聞きしたくなりました。
どこか、本気でまちづくり組織条例を作ろうとしているところはないでしょうか。
あればぜひ教えてください。
まあ、しかし、井出さんのご尽力で、美野里町のまちづくり組織条例のプロジェクトは少しずつ進展しています。
美野里町がその気になれば、全国ニュースにもできるのでしょうが、残念です。
■第4回沈黙の春を読む会(2005年1月26日)
杉本泰治さんの問題提起シリーズも今日が最終回です。
今回はカーソンの科学技術観と関連させながら、アメリカの技術者制度の話が話題になりました。
断片的にはこれまでもお話はお聞きしていましたが、今日は全体像がかなりわかりました。
杉本さんと一緒に、高城重厚さん(タキ・アソシエイツ技術士事務所)も毎回参加してくださっているのですが、
高城さんからのお話も刺激的でした。
ちなみに、このお2人が責任編集されて訳された「環境と科学技術者の倫理」(丸善)はとてもいい本です。
環境問題やMOTに取り組む人にはぜひ読んでほしい本です。
今日は大きな問題が提起されました。
ひとつは、なんと「レイチェル・カーソン賞」設立の提案です。
ラボバンクネダーランドの茶之木淳さんからの提案です。
それでこの会の名前も「レイチェル・カーソン賞準備委員会」にしようと言うことになってしまいました。
いやはや、すごい乗りですね。
ところが、その後、調べてみたら、すでにノルウェイにレイチェル・カーソン賞があるのです。
ノルウェイはサステイナブル・デベロプメントの概念を提唱したブルントラントさんの国ですから、さもありなん、です。
しかし、それで諦めるわけにはいきません。
レイチェル・カーソン日本賞という手もありますし。
もっともレイチェル・カーソンという名前を使えるかどうかはまったくわかりませんが。
しかし、物事の最初は、まあこんなものでしょう。
もうひとつは、日本の技術士やエンジニアに捉え方の問題です。
米国テキサス州のエンジニア業務法を教えてもらいました。
その法律の第1.1条にこうあります。
数学、自然科学および工学の知識の急速な進歩が、エンジニアリングの実務に応用されるとき、
われわれ人間の生命、財産、経済および保安、さらに国防に及ぼす重大な影響を認識して、この法律が意図するのは、
(1) 公衆の健康、安全および福利を守るために、エンジニアリング業務を行う特権を、この法律の規定のもとで正当に免許されて実務を行う者のみに委ねること
(以下省略)
とても重要なメッセージが込められています。日本とは全く違います。
私が重要だと思ったのは次の2点です。
@ エンジニア(技術者)が社会的な資格として明確に既定されており、その活動に対する責任体制が明確なこと
A 技術に対する姿勢として、その危険性の認識が出発点になっていること
杉本さんは日本実状を象徴するものとして、科学技術基本法を紹介してくれました。
その第1条にはこう書かれています。
この法律は(中略)、我が国における科学技術の水準の向上を図り、
もってわが国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに
世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献することを目的とする。
実に対照的です。日本の国家政策がいかに空虚なものかが伝わってきます。
それにこの法律は国家予算を使うためにつくられたものだそうです。
都市計画法やそれに関連する条例などと同じです。
まさに社会はフラクタルです。
コンテンツのない日本社会の表層が感じられます。
統治から自治へのパラダイムシフトを図り、コモンズを回復しなければいけません。
最近は無力感にさいなまれていますが。
ちなみに、こうした議論は、
NPO法人科学技術倫理フォーラムの機関紙「科学技術と倫理」2004年1に杉本さんが論考を掲載しています。
ご関心のある方は、読まれるといいです。
■若い友人の訃報の知らせ(2005年1月26日)
また衝撃的な手紙が来ました。若い友人の死の知らせです。
3年ほど前からメールが届かなくなり、気にしていたのですが、
彼女のお母さんからの手紙で3回忌を終えたことを知りました。
彼女は個性的な人で、以前、ある雑誌に彼女のことを書いたことがありますが、
生まれ故郷で平和のためのコンサートをやりたいと言っていました。
女房と2人で彼女をコンサートに招待したこともありますが、無邪気な人でした。
その思いの実現に役立てなかったことが悔やまれます。
昨年末、急逝した三浦康英さんの奥様から、三浦さんが生前話していた言葉が送られてきました。
私も何度か聞いた言葉です。
記録しておきたいと思います。
私は Living For Today という言葉が好きです。
未来のために今があるのではなく
今のために未来と過去がある。
今一番したいこと、出来る事、すべき事に全力投球したい。
未来と過去はその結果と手段にすぎない。
三浦康英
生前の三浦さんが目に浮かびます。
私のところには、なぜかさまざまな人が来ます。
若者に限りませんが、それぞれにビジョンを持っています。
私に何が出来るかをいつも考えるのですが、いつもほとんど出来ることがありません。
無力さを感ずるとともに、こうした思いをもっとつなげあえる場があればいいなと思います。
そんな夢をつなげ育てる常設サロンがほしいものです。
自分よりも若い世代の人の死は、たとえ血縁関係がなくとも衝撃的で考えさせられます。
最近はこうした事が増えています。
社会が病んでいるのでしょうか。
■むらまち工房設立検討会(2005年1月27日)
コモンズの回復は、実はそう悲観的でもないのです。
各地でさまざまな動きが広がり、それらがつながりだしています。
その一つが、ローカル・ジャンクション21の活動です。
ローカル・ジャンクション21が提案して「むらまち工房」がスターとしました。
今日は、その設立検討会でしたが、実際には最初の集まりだったと思います。
この会の内容はローカル・ジャンクション21のホームページで紹介されるはずなので、ここでは私的な報告と紹介です。
最初に事務局長の朝田さんから「経済効率優先社会での新しいコミュニティづくりの必要性」を5分で話すように頼まれました。
こんなテーマを5分で話せるかと、言いたいですが、仕方ありません。
まず「私たちの子どもや孫の世代は私たちよりも幸せになるだろうか」と質問しました。
私がよくする質問です。
普通はほとんどイエスと答える人はいません。
ところが、今期は30人くらいのなかで、すぐに6〜7人の人が手を上げました。
この15年での初めての経験です。まあ、そこに今日の集まりの特徴があるのかもしれません。
しかし、ほとんどの人が先行きに不安を感じています。
15年ほど前の調査ではイエスと答えたのは2割でした。
8割の人が未来に希望を持っていない社会は、豊かであるはずがありません。
しかも、その割合は私の体験ではますます減っています。
それは社会的な異常な事件の増加と見事に相関しているように思います。
なぜそうなったか、それは今の社会が「つながりを壊すこと」によって経済的豊かさを発展させてきたからだと私は思っています。
つながりをこわすことで、企業や行政は生産性を高め、市場を拡大してきたのです。
それに対して、いま、人のつながりや信頼関係こそソーシャル・キャピタルだという動きが出てきました。
そろそろ統治のためのコミュニティ政策から生活のためのコミュニティづくりへと枠組みを変えていかねばいけません。
そうなれば、行政システムも経済システムも一変するはずです。
以下も経済学者や行政学者の多くは失職するでしょう。
まあ、そんな話をしたのですが、大忙しの話だったので、舌足らずでした。
もう一人の理事の澁澤寿一さんは、私と違って、いつも明快でわかりやすいお話をされます。
一つだけ紹介します。
昔は町にもコミュニティがあったので、生協が効果的に展開できたが、
いまや町のコミュニティは失われ、宅配が9割を占めるようになった、と言う話です。
この数十年の私たちの選択はコミュニティ壊しだったのです。
これからはコモンズ要素のない組織を壊していかねばなりません。
生活のためのコミュニティの回復です。
お名前だけは知っていた尾瀬ドーフの千明市旺さんも参加されました。
思ったとおりの人でした。感動しました。会うだけで感動できる人はそういません。
千明さんの尾瀬ドーフのことはローカル・ジャンクション21のホームページにあるはずです。
ぜひお読みください。
千明さんは東京に自分の商品の直売所を自分で手作りしたいと考えています。
材木も作り手も自分たちの仲間で集めてお金をかけずに創ろうと言うビジョンです。
東京は地価が高いから無理だなどと考えるのは、経済主義に埋没した人の発想です。
土地はみんなものですから、それに気づいた地主が東京に一人でもいれば実現できるはずです。
みなさんのまわりにいないでしょうか。
銀座が良いですね。銀座4丁目界隈に10坪の土地に1000万円くらい付けて提供してくれる人はいないでしょうか。
すぐに千明さんに紹介しますので、いたらお知らせ下さい。
他の方々の活動も実に楽しいです。コモンズは間違いなく広がっています。
今日の会場は三鷹市の産業プラザです。
有名な株式会社まちづくり三鷹のあるところです。
そこの関幸子さんもまちがわの一人として参加されました。
関さんの構想は昔、ソフト化経済センターの町田さんが始めた社会起業家研究会でお聞きしましたが、その構想が見事に形になってきています。
久しぶりに彼女の話を聞きましたが、三鷹市の自信の程が伝わってきます。
住民に支えられた自治体は育っていくことを改めて実感しました。
まちがわの一人として参加されていた自然育児の会理事長の内田淳子さんにもお会いしました。
自然分娩から始まった会ですが、その発展がとても示唆的です。
活動がどんどん広がっているのです。しかし、在る規模よりは大きくしたくないと言っています。
コモンズ発想で考えるとスケールメリットはあるところでなくなります。
いや拡大の歯止め機能をコモンズは内在させているのです。
そこで今度はコモンズ組織をつなぐ仕組みが必要になってきます。
これがソーシャル・キャピタル論のボンディングとブリッジングです。
最近感ずるのは、そうした発想が自然と広がっていることです。
もしかすると、コモンズが統治勢力を超えるかもしれません。
今日は明るい展望が少しもてた日になりました。
■ローカル・ジャンクション21サロン(2005年1月27日)
午前中の集まりに水俣市から参加した愛林館館長の沢畑亨さんを囲んで、湯島でサロンをやろうと言うことになりました。
私は沢畑さんにお会いするのは今日が初めてです。
しかし、ゲゼル研究会のメーリングリストで沢畑さんの発言はよく見かけていますので、とても親しみを感じます。
沢畑さんの活動を聞きながら、飲もうという話です。
私は飲めないので、お茶ですが。
沢畑さんが少し早めに来たので、いろいろとお聞きしました。
共感できます。彼の人生は魅力的です。
一番の魅力は都市の尺度では不安定なところです。
生活の不安定さはある社会では悲惨ですが、日本のような過剰経済社会では魅力です。
私は16年前に会社を辞めてから、実に不安定な生活に身をおいています。
明日どうなるかわからず、仕事のマーケティング活動もしないので報酬をもらえる仕事がなくなることもあります。
しかし、価値を創る仕事をしていれば、必ず報酬はやってくるものです。
それにコモンズ社会ではみんなが支えてくれるのです。
前項で書いた千明さんは酪農で失敗し、仕方がないので豆腐作りを始めたのだそうです。
しかし、その豆腐を片品村の人たちが喜んで買ってくれたのだそうです。
それがコモンズ社会です。
もちろん彼らは留守にするときでも鍵をかけません。
サロンにはいろいろな人が集まってきました。
みんなほとんどが初対面のようです。
沢畑さんのメール仲間も参加されましたが、なんとお2人も初対面だそうです。
にも関わらず旧知の中なのです。不思議な情景です。
私は所用があり、9時前に失礼しましたが、サロンは10時頃まで続いたようです。
これも内容はローカル・ジャンクション21のホームページで紹介されるでしょう。
そういえば、沢畑さんは今回、自分たちでつくった香り米「万石」を持参され、行商活動もしているそうです。
このお米を購入すると水俣の美しい棚田の保全にも利益の一部がまわるそうです。
それがまた面白いです。
私も少し購入させてもらいました。
明日のサロンでPRしたいと思います。誰か買ってくれるでしょうか。
都会の人はコモンズ発想が弱いので、いささか心配ですが。
■コムケア基金への寄付(2005年1月28日)
コムケア基金に5万円の寄付がありました。
名前は書きませんが、このホームページにも何回か登場している人です。今週も登場しています。
実は先週振り込まれたのですが、気づくのが遅れました。
基金もまもなく10万円に達します。
積極的に働きかければもっと集まるのでしょうが、なんとなくまだ怖いのです。
寄付を募ることはかなりの勇気が要りますね。
コムケア基金の活用策も含めて、2月か3月にはコムケア活動をどうするかの検討会を開催する予定です。
コモンズ組織に関心のある方のご参加を期待しています。
■恍惚人生を目指す大村和夫さん(2005年1月28日)
2時過ぎに大村さんがやってきました。
当事者として人生を考えている人です。
当然ではないかと思われそうですが、そういう人は意外と少ないように思います。
何で来たのかなと思っていたら、サロンに来たのです。
サロンは6時からなのですが、どうも勘違いしたようです。
まあ私ならよくある話ですが、大村さんもそういう勘違いをされるのはとてもうれしいことです。
時間を間違えてきたので、久しぶりにゆっくり話せました。
若者たちの社会不適合の問題が最初のテーマです。
若者に問題があるのか、社会に問題があるのか。
不適合は個人に目覚めたからか、組織に埋没しすぎたためか、
難しい議論です。
大村さんと話すと、こういう話が自然と出てくるのです。
大村さんは若者を信頼しています。私も、です。
先日の次世代人材育成研究会で話題になったコミュニケーション問題も話しました。
果たして若者はコミュニケーション力を弱めているのか、私の世代の尺度で測ってはいけません。
私の世代が社会を壊してきたのですから。
そういう意識のない人たちが、声高に何かを叫んでも信頼はできません。
この認識が私たちの共有基盤です。
大村さんは若者のコミュニケーション力に関しても肯定的でした。
念のために言えば、彼は大学の教授ですので、若者たちとはしっかりと交流しています。
これもめずらしい大学教授です。
大村さんがいいました。
佐藤さんは怖いものがないからいいですよね。
そんなことはありません。
最近、怖いものがどんどん増えてきています。
早く恍惚人生に入りたいと大村さんは言いました。
それはとてもいい発想です。
みんなが恍惚になれば、世界は平和になるかもしれません。
いや、もうなってきているのでしょうか。
それにしては、平和が遠いです。
またちょっとコモンズへの展望にかげりがでました。
いやはや。
■オープンサロン再開(2005年1月28日)
再開オープンサロンの一番乗りは、大村さんを別にすれば、リンカーンクラブの武田文彦さんでした。
続いては革命家柴崎明さん、それになんと30年ぶりの中谷哲郎さん、そして詩人の大久保正雄さん、建築模型の紀陸幸子さん、・・・。
後はわからなくなりました。
写真をご覧下さい。
紀陸さんはいま、水道橋で建築模型展を開催中です。
他にもいろいろと活動が広がっているようです。
その忙しさの中をわざわざ差し入れに来てくれました。
さてサロンですが、1年半のブランクのせいか、どうもリズムにのれませんでしたが、
いろいろな人がいろいろな話題を提供してくださいました。
今回はうまくさばけずに、ちょっとホストとしては反省が残ります。
この1年半、私自身に何か変化があったような気がしてきました。
それが何かはわかりませんが。
概要はサロンニュースで紹介します。
(2005年2月第1週)
今週のテーマは〔コミュニティ」と「つまがり」でした。
■テロリストは誰? 9条の会(2005年1月30日)
昨年の2月に開いた平和サロンに参加してくださった菊地謙さんからうれしい手紙が届きました。
その後、さまざまな経緯があり、職場とその周辺の友人らで、映画『テロリストは誰?』の上映実行委員会をつくり、
政治的な会派等から離れた2、30代の人間(10〜20名)で平和や戦争について考えてみよう、という活動を行っています。
そして、その活動の中から、「テロリストは誰?九条の会」というグループを立ち上げることになったそうです。
2月20日が設立茶話会だそうです。
出席したいのですが、この日はこのホームページでも案内させてもらっている子育ち学の公開フォーラムの日です。
とても残念でなりません。
これに限りませんが、土日はこうしたイベントや集まりがとても多く、いくつかが重なることが多いのです。
2年くらい前から、急速に増えてきたような気がします。
もしかしたら、みんなが話し出し始めたのかもしれません。
これはとてもすごいことで、社会が大きく変わる予兆かもしれません。
「テロリストは誰?九条の会」についてはホームページをご覧下さい。
ニーメラーの失敗を繰り返してはいけません。
平和に向けてできることはたくさんあるのです。
■SEGNETスタート(2005年2月1日)
昨年、11月に旬の社会起業家の集まりを紹介しました。
その集まりを起点にして、SEGNETというグループが発足しました。
まだ6人のメンバーだけの小さな会ですが、
みんな、きっちりと社会事業を起こそうという具体的な目標を持ち、
それをベースにした人生設計(ちょっとまだ甘さはありますが)をしている若者たちです。
若者ではない私もメンバーですが。
SEGNETは、Social Entrepreneur Grass-root Network
の略です。
この名前にメンバーの思いが込められています。
Grass-rootと言うところがポイントです。
命名者はサイクルコミュニケーションの斎藤正俊さんです。
この会は柔らかなつながりの中で、しかし実際の行動を起こしていく会にしたいと思います。
それに会に参加する事が楽しくてそれぞれにメリットになるようなプラットフォームを目指したいということになりました。
つまりSEGNETは、社会起業家のためのインキュベーション基地であり、疲れた起業家が時に立ち寄れる母港にしていきたいのです。
SEGNETで使える「起業通貨」も発行する予定です。
そのお披露目もかねて、5月に公開フォーラムを開催することになりました。
ご関心のある方はご連絡下さい。
特に、「自分で創りだしたい事業(構想)を持っている人」「いつか自分で事業を起こしたい人」は歓迎です。
■ソーシャルアントレプレナー個別相談サロン(2005年2月2日)
特別区職員研修所のソーシャルアントレプレナー養成講座の番外編プログラムです。
受講生がそれぞれ事業計画書を作成していますが、それに関する案をもちよっての雑談会です。
皆さんとても熱心で、10時近くまで議論が続きました。
これはもちろん研修でもなければ、仕事でもないのですが、みんなとても熱心です。
それぞれの考えている事業は、未発表のものですから、私がここで紹介することはできませんが、
それぞれの思いを踏まえた具体的なものです。
私は今回は極めて論争的にコメントしました。
みんな真剣に考えているのが伝わってきたからです。
おそらくムッとした方も少なくないでしょうが、そうした反論や刺激に耐えていかないと計画はブラッシュアップされません。
起業家にとって何が大切かと、問われれば、私の答えは明確です。
「やりたいことが一言で明確に語れ、しかも自らがその事業主体であることを認識していること」
当然じゃないかと言われそうですが、私の経験からは、こういう人はとても少ないのです。
もう一つ、重要なことは、
事業とはお金を使うことでもお金を稼ぐこともなく、お金や他の資源を活かすことだということです。
しかし、これもまた難しいのです。
今回は8人の参加者がありました。
そのうち、6人が女性です。これも象徴的なことです。
内容がかけないのがとても残念ですが、2月15日に、この発表会があります。
そうしたらまた報告させてもらいます。
■内閣府でのコミュニティに関する意見交換(2005年2月2日)
前にも書きましたが、国民生活審議会で「コミュニティ問題」を審議している一環で、有識者講演会というのが行われることになり、
有識者嫌いの私が有識者として話をさせてもらうことになりました。
講演会といっても、カジュアルなスタイルです。
プロジェクターを使わせてもらう関係で、官房審議官の個室でやらせてもらいました。
私の大好きなスタイルです。
なぜ私が呼ばれたのかとても不思議でしたが、その理由が判明しました。
昨年、国土交通省でお話をさせてもらったのですが、
そのとき、内閣府から出向していた後藤正之さんが私を推薦してくれたのです。
とてもうれしいことです。
まず、1時間くらい話しをさせていただきました。
テーマは「統治のためのコミュニティ政策から生活のためのコミュニティづくりへ」です。
国土交通省の時はなんだかよく分からずに気楽に話してしまいましたが、今回はばっちりとパワーポイントを作成したのです。
なんと100メガの大作です。まあ写真が重かっただけのことですが。
前半で状況整理とメッセージをお話し、後半でいくつかの事例を話させてもらいました。
その後、みなさんと意見交換させてもらいました。
とても刺激的でした。
いろいろと調べられ、考えられていることが、言葉の端々から伝わってきました。
3つだけ書いておきます。
一番印象的だったのは、中村吉夫審議官が、感想として、
「昭和50年代にも同じような議論があったように記憶している」と話されました。
そうなのです。
昭和50年代に、ネットワーキングという概念が日本に紹介されました。
リップナックとスタンプスの「ネットワーキング〕と言う本が翻訳出版されたのが1984年(昭和59年)です。
この翻訳に関わったのが社会開発統計研究所の橋本さんです。
もうかなり以前に研究所はおやめになっていますが、私が東レでCIに取り組んでいた時に橋本さんがやってきました。
そして、新しい社会構造を考える調査プロジェクトを起こしたいので参加してくれないかと相談されたのです。
ボスの了解を得て、2年間参加させてもらいました。
面白い刺激をたくさんもらいました。
実は、そのころの問題意識と課題が、まさに今また、語られているような気がします。
中村さんの感想にはとても共感できるとともに、
20年前にももしかしたら中村さんとどこかでつながっていたのかととても親近感を持たさせてもらいました。
当時と今の違いは2つあると思います。
当時は概念から入った議論だったこと、社会環境がまだ成熟途中だったことです。
従って、問題提起も学者や行政が主導しましたが、今はむしろ現場や住民が主導しています。
私は当時、はじめてボランティア団体のネットワークの存在を知りましたが、
まだあまり組織としては整備されておらず、ネットワークも形だけだったように記憶しています。
もう一つは、コミュニティにおける市民活動が経済を活性化させるような形で、
経済尺度で評価できる事例はないか、という質問をもらいました。
ソーシャル・キャピタルの議論でもそうした質問を受けたことがありますが、
そもそもNPOやコミュニティは、これまでの金銭尺度による経済社会へのオルタナティブなのです。
ですから、そもそも金銭で測ることに自己矛盾があるのですが、
国家政府の一員である内閣府としてはどうしてもそこから評価していかざるを得ないのかもしれません。
NPOやソーシャル・キャピタルの議論は、経済効果としては2つの側面を持っています。
まずはNPOやソーシャル・キャピタルは、脱市場化という姿勢を持っていますから、GNPを縮減する作用があります。
しかし、その一方で、NPOは新しい働き場や事業創出の作用もありますから、GNPを上昇させることもあります。
コムケア活動を通じて実感するのは時代の変わり目はビジネスチャンスが山積みだということですが、
そうしたニッチマーケットはNPOであればこそ見つけられます。
ですから、この問題は微妙です。
新しいパラダイムに基づく経済指標が必要なのです。
しかし、内閣府の問題意識はわかりますので、少し事例探しをしたいと思います。
何かあれば教えてください。
3つ目です。
今のコミュニティ活動への関心の高まりやそこに働き場を移そうとする動きは
可逆的と考えるか不可逆的と考えるかという質問がありました。
私は不可逆的だと答えました。
一度、土の感じや活動の手応えを感じてしまうと、もうそこからは離れがたくなるものです。
それにNEETが問題になっていますが、もしかしたら働き人間の組織人も、
ちょっと視点を変えればNEETのバリエーションかもしれません。
彼らも一度、組織の外の世界に触れたら生き方を変えるかもしれません。
時代はまさに地殻変動の真っ只中のような気がします。
■ソーシャルマネジメント研究会(2005年2月2日)
上山信一さんがかなり前にやったソーシャルマネジメント研究会を再開するというので、
私もまた懲りずに出かけて行きました。
会場は上山さんのオフィスで、しかも少人数です。
ホッとしました。表情を交し合える規模が楽しいです。
発起人の大住荘四郎さん(関東学院大学)と玉村雅俊さん(千葉商科大学)、それに上山さんを別にすれば、
知り合いは林泰義さん(計画技術研究所)だけでした。
林さんは相変わらず飛び回っているようです。
林さんとは、そういえばゆっくり話したことがないのですが、
なにやらお互いに心がつながっているような気分になるのが不思議です。
そういう人って、いるものですね。
今日のテーマは、佐賀県の県庁改進プロジェクトです。
マニフェストを掲げて当選した古川知事が進めている経営改革の話をきちんと聞いたのは初めてですが、
東レで取り組んだ企業変革プロジェクトを思い出しながら、興味深く聞きました。
説明してくれたのは、統括政策監の金崎健太郎さんです。
総務省から出向されています。
佐賀県といえば、国土交通省の満田さんも佐賀県に行っていますが、
満田さんは経営支援本部長だそうです。
統括政策監とか経営支援本部とか、聞きなれない名前でしょうが、
そこに佐賀県の経営改革プロジェクトの思想が凝縮されています。
新しい組織の名前も面白いです。
ぜひホームページを見てください。刺激されます。
私が共感したのは、電話の応対に個人名をきちんと名乗ることにしたことと総合窓口をつくり、
相談に来た人の用件を聞いたらそこに庁内の担当者に来てもらって説明させるようにしたという話です。
普通は職場名で電話を受け、相談窓口では担当の窓口場所を教えるのが普通の役所ですが、そこを逆転させたのです。
こうしたところに、変革の思想や真意がみえてくるものです。感心しました。
佐賀県はおもしろくなりそうですね。
一度、行ってみたくなりました。
国土交通省や内閣官房などの官僚と大学の先生がメンバーですが、いつもなぜか場違いのところに紛れ込んでしまいます。
これがリゾーミックな生き方の特徴かもしれません。
何に出会えるかわからない楽しみがあります。ちょっと疲れますが。
今日も議論が盛り上がって、10時過ぎまで終わりませんでした。
老躯にはこたえます。
■NPOの「ちから」広告代理店サロン(2005年2月3日)
奇妙な名前の集まりです。
NPO支援センターちばとちばNPOコンソーシアムの共催イベントとして、
2月26日に行われる、NPOフォーラム in ちば2005のプレイベントなのです。
コミュニティ力をテーマに、1回目は船橋で、今回は柏で開催されました。なぜか今日はゲスト出演です。
コミュニティとコムケアの話を少しさせてもらいましたが、参加者の皆さんとの議論は刺激的でした。
柏は私が住んでいる我孫子市の隣です。
その関係で我孫子市の知人に声をかけたら3人も来てくださいました。
柏と我孫子はもっと交流すると言いのですが、不思議なことにNPOも行政区の枠に意外と縛られているのです。
その枠を壊しながら、新しいコミュニティを創出していく力をNPOは持っているはずなのですが。
さいたまNPOセンターの人や埼玉県の社会福祉協議会の秋山みちさんも遠方からの参加です。
いずれもコムケアで接点のあるところですので、親しみを感じてしまいます。
他にもCS21の佐藤陽子さんやふなばしの下山さん、山本さん、こぱてぃの小熊さんなど、
つながっている人たちがたくさん参加していました。
こういう人のつながりが社会を変えていくというのが、私の考えですが、改めてそれを実感しました。
最後にコミュニティ力って何だろうという、ショートワークショップをやりました。
いろいろなキーワードが出ましたが、「多様性」が人気がありました。
ちなみに、ねばねばネットというのもありました。
9時の予定が、今日もまた10時になりました。
3日も続くと疲労してきます。明日は休養日にしたいものです。
■「鬼も内」(2005年2月3日)
10時半頃自宅に着いたら、女房が節分の豆まきの準備をしていました。
遅い時間だったので、静かで地味な豆まきをしました。
我が家では「福はうち、鬼は外」とはいいません。
昔から「福は内、鬼も内」なのです。
もっともこれは私の考えであり、必ずしも家族は納得しているわけではありませんが。
それに数年前、我が家は不幸続きでした。
良いことのない不幸な家族状況が続いたことがありますが、
もしかした鬼を招きすぎたのではないかと私ですら思ったりしました。
それで実は最近は、鬼も内はあまり大きな声ではいわないようにしていました。
ところが今年は、女房が「鬼も内」と自発的に言うのです。
なぜかと聞いたら、読売新聞の編集手帳を読んだのだそうです。
こんな記事です。
◆列島を強い寒波が襲い、新潟県中越地震の被災地は十九年ぶりの大雪という。
地震で泣かせ、豪雨で泣かせたあとも荒ぶる天地は、人々にひと息つくいとまを与えない。
「福は内」と豆をまく胸中には格別のものがあろう
◆春遠からじとはいうものの、「寒いから中へお入り」と鬼に声をかけてやりたいような、凍える夜がつづく。
こういう思いやりがあれば、鬼も改心してくれるはずです。
桃太郎的の時代は終わらせなければいけません。
今年はどんな鬼がくるでしょうか。
仲良くできると良いのですが。
■酒井さんの訃報 2005年2月4日
酒井さんが亡くなられました。
異色の知人でした。
テレビで彼の異才さを見た人もいるでしょう。
オープンサロンにもコムケアの選考会にも参加してくださいました。
61歳、いつか何かを一緒にやってみたい人でした。
私以上に社会から離脱し、しかし洒脱にスローライフしていました。
昨年、このホームページでもテレビでの酒井さんを紹介しましたが、
うっかりとその週の記録を消去してしまいましたので、その異色ぶりは再現できませんが、
まさに今週、酒井さんのブログの存在を大久保正雄さんに教えてもらい、久しぶりにメールを出したところでした。
来週にはこのホームページとリンクさせてもらおうと思っていました。
毎週のように届く訃報に、いささか寂しさに耐え切れない気分です。
酒井さんの絵本を一度見たかったです。
ご冥福をお祈りします。
■女房の還暦の祝(2005年2月4日)
女房が還暦です。
女房(節子)は節分生まれで、節子なのです。
家族でささやかな会食をしました。
女房は2年前に胃がん宣告を受けましたが、それからの目標は60歳まで元気でいることでした。
3か月ごとの検査結果を踏まえながら、1日1日を充実させようとしています。
そのおかげで、私の生活も充実してきました。
1日1日の大切さを認識し、平安な1日の終わりを感謝するようになりました。
最近、自殺や過労死、さらには無差別殺人や正義の名を語る殺戮が増えていますが、
生命の危機を体験した人からみれば、残念で仕方がありません。
なぜみんなもっと「生きる」ことを大切にしないのでしょうか。
そして、人の生命を軽く考えるのでしょうか。
コラテラルダメッジやネセサリーコストなどと考えている政府の人たちには少しはそうした痛みをわかってほしいものです。
しかし、1年以上たって、女房の元気も出てくると、
厳禁だったはずの夫婦喧嘩も復活しますし、生活も日常化するものです。
困ったものです。
私の還暦時には、家族が全員で我が家の小さな庭にビオトープをつくってくれました。
汗を流すのが我が家の文化の一つなのです。
女房の還暦の祝は何にするか、みんないろいろ考えたのですが、会食時には誰も何も用意できませんでした。
私のためのビオトープを埋めて、女房の好きな花畑にしたらどうか、という提案もありましたが、幸いに否決されました。
まあ、私だけの拒否権発動の結果ですが。
女房の還暦というか、誕生日のお祝いに、花が届けられてきました。
彼女は、花をもらうのが一番うれしいようです。
花を買いに行きましょうか。
しかし、ちょっと照れくさいですね、やはりビオトープをつぶしたほうがいいいかな、ちょっと悩ましい問題です。
みなさんならどうしますか。
■うれしい「つながり」(2005年2月5日)
今日はとてもうれしい話の紹介です。
私の活動を通して、2つのつながりが実現した話です。
ひとつは福岡です。
コムケア仲間の共生支援センターの西川義夫さんと縁側の梅川康さんをそれぞれにご紹介したところ、
なんと家がすぐ近くで、共通の知人がいたという話です。
もう一つは群馬で、これもコムケア仲間の太田敬雄さん(国際比較文化研究所)と浅野良雄さん(対話法研究所)です。
昨年のひだまり交流会でお2人はお会いしているはずですが、先月のコムケアサロンでつながりが強まったようです。
太田さんから、
群馬の者同士が東京経由でつながっている。変な時代ですよね。
と言うメールがありました。
梅川さんからは、
昨日西川さんがここを訪れて下さいました。
互いの住まいが歩いてもいける距離でそれを東京の佐藤さんを介して知り合えたことに2人で笑いました。
西川さんからは、
昨日、梅川さんにお会いしました。
私の家から5〜6分のところです。ホントのご近所さんです。
彼の友人が私のところのヘルパー養成講座の講師を勤めていたりで、
「ナンダ!それじゃ、あいつが言ってた養成講座って、西川さんとこだったんですか!」といった按配。
それぞれのネットワークがつなっがっていく(つながっていた)予感です。
なんだか、ずっと前から知り合い立ったような…楽しい時間でした。
世界の平和に少し役立てました。
とてもうれしくて、今日は気分がいいです。
(2005年2月第3週)
今週は2項目だけです。
■全国私立保育園連盟主催の保育総合研修会(2005年2月9日)
久しぶりに全私保連の大会に参加しました。
全国から600人くらいの保育園長たちが集まる大きなイベントです。
今年の会場は神戸でした。
全私保連との付き合いは長いのですが、この数年、参加する機会をなくしていました。
私が参加したのはその第6分科会「保育園経営の使命と未来像」です。
このテーマに関してはいいたいことが山ほどあります。
分科会を企画したのは経営強化委員会です。
私はその特別委員だったのですが、今回は特別委員がそれぞれ勝手に話をし、
それを元にディスカッションしようというプログラムです。
午前中は3人の保育園園長の話です。新澤誠治さん、松岡俊彦さん、桑戸大雄さん、
いずれも保育園の世界に大きな風を与えてきた重鎮です。
みんな久しぶりです。お話をお聞きして、保育園がどんどん進化していることを実感しました。
午後は私が話をさせてもらいました。
部外者の話です。アジテーションを意識しすぎて、うまく話せませんでした。
今回の話は失敗でした。反省。
新澤さんは私が最初に出会った保育園の園長です。
感動的な保育園経営をされています。
新澤さんはその後、行政の子育て支援センターを任されたり、日本子どもNPOセンターの代表になったりし、
いまは大学の教授で、しかもその付属幼稚園の園長です。
これほどビジョンとアイデアをお持ちの、無邪気な方は滅多にいません。
今日も「祝福のシャワー」や「モモの時間」などという素晴らしい言葉がたくさん発せられました。
松岡さんは相模原市で素晴らしい活動をされています。
地域育児センターという言葉を名実ともに実現されています。
地域とともに活動をしているうちに様々な事業が育ち、
ある種のコミュニティビジネスコンプレックスになってきています。
桑戸さんは佐世保で活動していますが、次々と新しい試み成果をあげています。
今回は初めて桑戸さんの保育論をお聞きしました。
とても共感できます。
いま、横浜市からも頼まれて横浜にも新しい保育園を作ろうとされています。
私の消化不良か先入観の強さのせいかわかりませんが、
最初にお会いした頃に比べるとそれぞれみんなすごい進化です。
いまや 私の出番は全くありません。
ディスカッションは藤森平司さんです。
早くから大きなビジョンで、新しい保育論を打ち出していた方です。
一時は藤森さんの保育園詣でが話題になったほどです。
せいがの森保育園と言います。
彼はまた有名なフュージョン永池の副理事長でもあります。
まさに「つなぎ手」です。
他にも様々な活動をしているメンバーが、経営強化委員会のメンバーでした。
そういう人たちに久しぶりに会いましたが、
保育園の世界が大きく変わってきていることを、皆さんと話していて、実感しました。
しかし、です。
昨今の子どもの世界の状況をみるにつけ、その責任の一半は保育園に関る人たちにあるのではないかと私は思っています。
つまり保育園関係者は経営を勘違いしていると思います。
行政ほどひどくはないでしょうが。
ですから、保育園の人たちに会うと、どうしてもラディカルになってしまい、思いがきちんと伝えられないのです。
困ったものです。
しかし、久しぶりにみなさんに会えてよかったです。
私からは最後に、保育園のライバルはNPOかもしれないと話しました。
個人起点の時代、そして人のつながりがソーシャルキャピタル、という社会は、
これまでの組織が制度疲労を起こし機能しなくなるような気がしています。
社会のリフレーミングの起爆剤的主役としてのNPOの動きが、私にはとても興味があります。
10年後が楽しみです。
新しい社会の姿を見るために、あと10年は生き続けなければいけません。はい。
■谷和原の住民組織は激しい議論の応酬で順調にスタート(2005年2月10日)
谷和原村の城山運動公園周辺整備事業検討会は順調に大波乱でした。
予定の時間では終わらずに、延長となりましたが、10分の休憩を挟んで一服したらあっという間に収束しました。
なにやら宮本常一の世界を少し味わいました。
実は前回の住民集会で、予想以上の速さで住民組織が出来てしまったのですが、
その後、いろいろとあったのです。
それで関係者にまた集まってもらおうと、
これまで城山運動公園整備に関わった行政と委員会と公募住民とが一堂に会して、
基本路線の再確認をすることになったのです。
そしてまた私が呼ばれたわけです。
「風の人」は呼ばれたら行かないわけにはいきません。
それに私は一応アドバイザーを引き受けてしまったのです。
今回は私と茨城県庁の鈴木賢嗣さんがアドバイザー役です。
まあ理屈では通じませんから、事例を話そうと言うことにし、
鈴木さんには玉里村と真壁町の話をしてもらいました。
いずれもとても面白い話です。
議論の内容は省略しますが、やる気のある住民が動き出すと必ず横槍が入るものです。
しかし、その多くは誤解に基づきます。
今回もそうです。混乱した議論を重ねた結果、最後はかなり分かり合えたように思います。
商工会の会長と村議会議員のみなさんが、議論を盛り上げてくれました。
そして、見事にまとめてくれました。
谷和原には古瀬の自然と文化を守る会というNPOがあります。
理念を持った自立したNPOです。
そこの小菅さんがいつも実に見事なアドバイスをしてくれます。
今回も小菅さんが節目節目で方向づけてくれました。
そんなわけで、無事、住民組織はスタートです。
一応、期間内に私の役割を果たせました。
発足した住民組織のコアは横田明さんです。
会が始まる前に、私のところに来て、前回、その気になってはしごを上ったのに、
その後、はしごを外されて、木に登ったブタになってしまったと話してくれました。
よくある話ですが、それでへこむ横田さんではないところがすごいところです。
横田さんがコアにいるかぎり、この組織はうまくいくでしょう。
古瀬の会に次ぐ本物のNPOのスタートです。
休憩に入った時に、県の鈴木さんが、
佐藤さんはこの混乱を楽しんでいませんか、どうもそう思えて仕方がないと、いうのです。
はい、そうなのです。
私がアドバイスすると混乱が起こる事が多いのです。
困ったものです。しかし、雨降って地固まる、です。
谷和原村の1年後が楽しみです。
(2005年2月第3週)
今週は週末が忙しくて、更新が遅れました。
ユニバーサルデザインで始まり、ユニバーサルデザインで終わった週でした。
■ユニバーサルデザイン参加型人権啓発セミナー(2005年2月14日)
コムケア仲間のユニバーサルデザイン生活者ネットワークの主催で、表記セミナーが福島で開催されました。
朝、6時前に起きて出かけました。
生活者ネットワークの事務局長の大矢野さんは人使いが荒く、最初は話だけだったのが午後のワークショップまで手伝わされました。
いやはや女性は強いです。
福島県ではユニバーサルデザイン製品開発支援事業を公募で行っています。
その支援を受けて開発に取り組んでいる企業やNPOの人がパネリストです。
私はそのファシリテーター役です。
最初にテーマの解題を意識して少しキースピーチしました。
ところが今回もまたうまく話せないのです。
話したいことは一応整理していたのですが、なぜか話した後に充実感がないのです。
それどころか、話しているうちに話に冷めてしまっている自分に気づくのです。こ
れはかなり危険ですね。
脳障害が始まっているのかもしれません。
パネルディスカッションは面白かったです。
議論の内容はきっと大矢野さんたちがまとめてくれるでしょう。
今回は作り手としてユニバーサルデザインに取り組んだ企業が2社と
使い手からユニバーサルデザインに行き当たったNPOの3つです。
いずれの事例もとても興味深く、共感できるものでした。
非常に象徴的だったのは、いずれも商品が食器だったことです。
記録がまとまったら報告しますのでぜひお読みください。
今回のイベントは「ユニバーサルデザイン」と「人権」の組み合わせでした。
少し唐突な感じがしますが、話しているうちに、これはいい組み合わせだと気がつきました。
そう実感させてくれたのは、パネリストとして参加してくださったNPO法人シャロームの大竹静子さんです。
大竹さんは長くノーマライゼーションに取り組まれており、
その過程の中からユニバーサルデザインの商品づくりにも関りだしたのです。
大竹さんの発言はとても重みがあります。
身体で実践しているからです。
シャロームはいうまでもなく「平和」です。
それも国家から考えた平和ではなく、人々に暮らしから考えた平和です。
日本にはあまりない概念だと思いますが、私の平和観にはぴったり合います。
大竹さんが始めた活動はたとえばこんな活動です、
車椅子の利用者が商店街にやってきて、雨が急に降り出したら、どうするか。
傘はさせません。
大竹さんがある人に聞いたら、急いで家に帰ります、と言う答えが返ってきたといいます。
せっかく町に出てきたのに、それはとても残念だと大竹さんは考えました。
そして、商店街に雨宿りの店になってもらおうと働きかけたのだそうです。
今では40店舗が協力してくれているそうです。
ここに私はユニバーサルデザインの本質を見ます。
こういうユニバーサルデザインはとてもいいです。
企業の事例は伝統工芸の漆器の事例です。
ここでも実に面白い議論がありました。
たとえば伝統工芸との関係です。
製造の世界だけの話ではなく、流通の問題も含まれるというような議論もありました。
書き出すと切りがありませんので、報告書にゆだねたいです。
東北経済産業局の総務課長の渡辺正嘉さんがこのイベントの支援者です。
どこかで聞いた名前だと思っていたら、何とこの数日、あるメーリングリストで話題になっていた人でした。
とても親しみを感じました。
メーリングリストの効用はこんなところにもあります。
■ ソーシャルアントレプレナー養成講座(2005年2月15日)
特別区職員研修所のソーシャルアントレプレナー養成講座の公開発表会でした。
10人の受講生が、それぞれ自分でやりたいことを事業計画にまとめて発表しました。
100人くらいの参加者があり、発表もとてもいいものでした。
この研修は少し風変わりで、受講生が10人に対して講師陣6人、
しかも講師と受講生という関係を超えたカジュアルな関係で進めてきました。
私もサロンをやりました。
主任講師はUFJ総研の広石祐司さん、それに井上英之さんや新谷大輔さん、
加えて富士ゼロックスの山下竜一さんと東レの渕野康一さんです。面白い組み合わせです。
10人の発表は、新宿歌舞伎町改造計画から精神障害者支援のためのキャラクター開発、渋谷のハチ公饅頭など、実に多岐にわたるものです。
内容自体は、正直にいってまだ素朴ですが(やはり行政の中にいると社会の実相が見えていないことを感じます。これは企業の人も同じですが)、
このプログラムが始まった当初と比べると雲泥の差があります。
広石さんが、「ここまで皆さんを変えられたのは、さすが私たち」と自画自賛されたのが素直に納得できる感じでした。
事業計画づくりは広石さんが中心になって方向づけてくれました。
ですからいずれもとても「優しい」事業になったように思います。
広石さんの人柄が大きな影響を与えたと思います。
今日も広石さんはとても良い話をしてくれました。
今の行政の仕組みが決して個人の視点で見ると生きていないこと、
それを生かしていくのがソーシャルアントレプレナーだということを具体的な事例を使ってとてもわかりやすく説明されました。
私も最後に少しだけ話させてもらいました。
やりたいことをしっかりもってそれに取り組むこと、
そのやりたいことを自分ひとりではなく関係者を巻き込んで一緒に育てていくこと、
これができる時代になった。
そしてそれを進めていくのが、ソーシャルアントレプレナーという話です。
今日は10のプロジェクトが発表されました。そのうちのいくつかはきっと実現するでしょう。楽しみです。
この発表会は参加者にもかなりの刺激を与えたようです。
各区の研修担当からの問い合わせも多かったようです。さらに広がるかもしれません。
事務局の千葉優子さんも、これで報われたでしょう。
■ タスマニアのこだまの森(2005年2月15日)
かんき出版の藤原雅夫さんが加藤久美さんを連れてきてくれました。
加藤さんはオーストラリアのクイーンズランド大学の先生です。
オーストラリアでの生活がもう18年だそうです。
加藤さんの関心は、大きな意味での自然と人間の共生のようです。
環境と開発の対立ではなく、それらを超えた視点で自然や文化を考えていこうと考えています。
タスマニアの森も伐採の危機にさらされています。
日本からの留学生と一緒にそうした森を訪ねたところから物語は始まります。
そして、加藤さんの思いに共感した現地の人から、タスマニアの森を託されたのです。
そこをどう活かしていくか、これが「こだまの森」プロジェクトです。
詳しくはぜひ次のサイトをお読みください。
http://www.bunkanken.com/journal/article.php?id=238
さてどうするか、加藤さんの苦労は始まります。
今回、来日されていろいろな人に会われたそうですが、とても反応はよかったといいます。
いろいろな物語の発展が考えられます。
まずはビジョンとグランドデザインです。
すでに加藤さんはいくつかの仕掛けに取り組んでいるようです。
これからの発展がとても楽しみなプロジェクトです。
またぜひ報告したいです。
ご関心のある方はご連絡下さい。
■ 子育ち学リサーチネットの深作夫妻の訪問(2005年2月16日)
子育ち学に取り組む深作夫妻がやってきました。
20日に予定されているフォーラムの打ち合わせです。
私などは実に気楽にフォーラムを考えてしまうのですが、主催者になるとなかなか気遣いも多いのでしょう。
今回は「子育ちから見直す自治体、企業の子ども施策」をテーマにしたシンポジウムです。
最近、「子育ち」と言う言葉が広がってきています。
2年前とは様変わりです。行政も企業も「子育ち」と言い出しました。
しかし、どうもそれは主旨が違うのではないかと、元祖子育ちの深作拓郎さんたちは考えています。
私もそう思います。
規範主義的な子育ち支援発想は、結局は子育て発想の延長でしかありません。
そういう言葉遊びにはどうも共感を持てずにいます。
私がこの会に関わっているのは、元祖だからです。
但し、元祖にしては、情報発信が下手ですし、活動も不完全です。
会の中心者として、この2人には頑張ってもらいたいと思っています。
時間切れでしたが、また話しあおうと思います。
■ 輝く職場と企業の業績(2005年2月16日)
KAE36期のFチームは「輝く職場と企業の業績や継続」のテーマに取り組んでいます。
これまでの議論の結果を踏まえて、意見交換をしました。
「輝く」といえば、研究会33期の発表に「輝きの方程式」またの名を「祝迫の定理」というのがありました。
今回のメンバーは、祝迫さんとも意見交換をして、さらにそれをより実践的に考えていこうとしています。
輝く職場といってもいろいろあります。
どこに視座を置くかで全く変わってきます。
経営者の視点で見ているとおそらく実態がみえないでしょうし、
しかし、現場だけの視点だと企業業績とのつながりが弱くなるかもしれません。
その解決策はオープンブック・マネジメントにあると私は思っていますが、なかなかそれは実感してもらえないようです。
今回の議論で出てきた視点に「家庭」があります。
企業内部だけではなく、家庭の問題もしっかりと考えていこうというわけです。
どう議論していくかはまだ決まっていないようですが、ここから新しい切り口が生まれると面白いです。
今回はまだ論点が整理されていなかったので、議論というよりも刺激を与えるという段階でしたが、
家庭と企業、生活と仕事という二つの視点で考えていくことで、さまざまな気づきがでてくるはずです。
議論の深化が楽しみです。
■河津桜と湯河原幕山の梅林(2005年2月18日)
桜と梅を見に行きました。
女房が大の花好きなものですから、まあつき合わされるのです。
女房に言わせると、私を過労死させないために私を引きずり出すのだそうですが。
湯河原の幕山の梅林は壮観です。
但し、残念ながらまだ3分咲きで今回はあまり迫力がありませんでした。
私は3回目ですが、まだその壮観さには出会えていません。
いつも早すぎるか遅すぎるのです。
河津桜は早咲きの桜で有名ですが、ここもちょっとまだ早かったです。
それに今日は寒い日でした。
桜はやはり暖かさの中で見たほうが良いですね。
いずれもしかし、平日にもかかわらず大勢の人でした。
それに住民の人たちによる出店が賑わっているのも共通の風景でした。
こういう風景はとてもいいです。
しかし、残念ながらそうした出店の出し方や活かし方に「物語」がないのです。
ですから一過性のものになりがちです。
河津は近隣の個人住宅の人が家の庭を開放してミカンなどを販売していますが、
うまく設計すればとてもおもしろい空間が創出できるはずです。
まちにプロデューサーが一人いたら可能になります。
河津は特に面白そうですね。
こういう場所が各地にたくさんあります。
経済主義で地域活性化を考えるのではなくて、
人の暮らしやつながりの視点で考えると、どこもかしこも元気の素をもっています。
それを活かすのが持続可能なまちづくりです。つまり「まち育ち」づくりです。
ところが、注意しないと、そこに経済主義が入ってきて市場化されてしまうのです。
専門家を信じてはいけません。
10年後の河津はどうなっているでしょうか。
今日の風景からはきっと市場として浪費されるなと感じました。
さてどうなりますでしょうか。
■ ユニバーサルサービス(2005年2月19日)
朝日ニュースターの「よみがえれニッポン」の今月のテーマは
「ソフトとしてのユニバーサルデザイン:ユニバーサルサービス」でした。
ユニバーサルサービスといえば、だれでもが利用できるサービス体制づくりを意味していましたが、
最近はソフトとしてのユニバーサルデザインという使われ方も広がっています。
そうした風潮はかなり気にはなるのですが、
福島のフォーラムも含めて、こうした表現のほうが広がるのかもしれません。
大げさに聞こえるでしょうが、小乗仏教と大乗仏教の論争と似ているなと思ったりしています。
もちろん私は小乗仏教派です。
ゲストは井上滋樹さん。博報堂のコーポレートコミュニケーション局に勤務していますが、
全国ユニバーサルサービス連絡協議会の代表でもあります。
今回は京王プラザホテルのユニバーサルルームと飛騨高山のまちづくりを紹介してくれました。
いずれもとても示唆に富む事例です。
今回は事例がわかりやすかったためか、視聴者からの電話やメールが多かったです。
(2005年2月第4週)
今週は毎日のようにサロンや集まりがありました。
来週も日曜から始まって、同じような週になりそうです。
■子育ち学フォーラム(2005年2月20日)
今年の子育ち学フォーラムのテーマは、
今、自治体で取り組まれている「子ども・子育て応援プラン、次世代育成行動計画」がテーマでした。
子育て分野で活動をしている人以外は、あまり知らないかもしれませんが、
今年度中に自治体はこの計画を策定しなければいけないのです。
策定に当たっては、住民の意見を反映させることうたわれています。
ところが、その策定の実態を知ると「またか」と思うほど、形だけのものになっています。
貴重な税金が、外部の安直なコンサルタント会社に流れているケースも少なくありません。
こういう状況はまだほとんど直っていません。
このフォーラムではこれまではむしろ実践者を中心に行ってきましたが、
今年はこうした状況の中で、ちょっと違った視点で4つの報告をしてもらい、議論しました。
実践者からは茨城県下館市の筑子保育園延長の中山勲さん、
研究者として佐賀女子短期大学の東内瑠里子さん、
ジャーナリストとして神奈川新聞の記者の堀込真理さん、
それに宮城県柴田町議会議員の白内恵美子さんです。
私が司会役です。
それぞれからなまなましい報告がありましたが、その基調にあるのは、形だけの計画づくりへの疑問です。
次世代の子どもたちの行動計画を実際には4〜5か月で策定しなければいけないなどというのは、霞ヶ関の机上論者の発想です。
それにみんな振り回されているわけです。
しかも、並行して市町村合併が破綻的に動いています。
ちなみに、市町村合併にと力んでいる多くの自治体では、この2年、いろいろな意味で仕事は停滞しているはずです。
私が市町村合併に反対なのは、そうした実態を感じているからです。
目的と手段が転倒しています。
ここで出された問題やそれへの私のコメントはCWSプライベートのほうに書き込みました。ぜひ読んでください。
ここでは別のことを書いておきます。
このフォーラムを主催した子育ち学リサーチネットでは、10年以上前から「子育ち」という言葉で社会にメッセージを出してきています。
その言葉には、学び育つ主体としての子どもという視点があります。
最近では、「子育ち」と言う言葉は一般化していますが、こういう視点は残念ながらまだほとんどありません。
相変わらず客体としての子どもという捉え方です。
そこを変えていかないと、事態は変わらないように思います。
■環境運動から環境活動へ(2005年2月21日)
地元の我孫子市役所の手賀沼課に行きました。
我孫子では環境課を手賀沼課というのです。
我孫子市の環境問題が、そこに象徴されているからです。
手賀沼課長の渡辺和夫さんには我孫子市の総合計画策定の時にお世話になりました。
昨年から手賀沼課に移られたので一度お話を聞きたかったのです。
いま、我孫子で私に出来ることを探し出しているのです。
現在の環境分野の市民活動についていろいろと教えてもらいました。
環境運動から環境活動へと時代は変わってきているなかで、渡辺さんはいろいろと新しい取り組みを考えられているようです。
そして、環境問題を広義で捉えながら、そこに新しい視点を取り込んでいく姿勢をお持ちです。
共感できます。
また環境学習という視点で、さまざまな活動を整理編集していくことも考えられているようです。
私自身は、環境と福祉は同じものと捉えていますが、これまでの行政の枠組みからはそうすんなりとはつながらないのも事実です。
ぜひともそこを生活視点で考えてもらいたいと思いますが、私に何が出来るかも考えてみるつもりです。
同席してもらった手賀沼課の嶋田繁さんの名刺で、手賀沼水族館の存在を知りました。
とても面白いです。のぞいてみてください。
ちなみに嶋田さんは、さまざまな形の石を材料に、そこにペイントしてカエルの置物を作っています。
カエルは環境問題や生物多様性の象徴でもあります。
私はどうもカエルが苦手ですが、最近はなぜかカエルの話が増えています。
タスマニアの加藤さんからもカエルの絵葉書をもらいました。
■まちなか差別表示ウォッチング(2005年2月22日)
コムケアの支援プロジェクトの一つに、まちの多言語警告・差別表示に関する調査プロジェクトがあります。
それを進めているのが、移住労働者と連帯する全国ネットワーク(移住連)ですが、
そこの矢野まなみさんが中心になって、差別表示ウオッチウオークを実施しています。
これまでの活動をお聞きしながら、これからの展開について一緒に考えました。
矢野さんたちの問題意識は次のようなものです。
駅や商店街、金融機関等で、多言語での警告や防犯をよびかける掲示物や、外国籍市民へ対する差別的な掲示物が増加しています。
しかし一方では、外国籍市民の暮らしにも役立つ情報やサービスに関する情報は、いまだに日本語中心です。
これは日本社会が、日本に暮らす外国籍市民を、地域社会の構成員としてではなく、
犯罪者予備軍・トラブルメーカーという視線で見ていることの表れではないでしょうか。
そこで、調査票とカメラをもって、駅や商店街を歩きながら、どのような情報が多言語化され、何が多言語化されていないか、
またどのような表現が用いられているかを調査する活動をしています。
自分たちだけではなく、みんなに呼びかけて実施しています。
3月5日と12日にも予定されていますので、ご関心のある方はぜひご参加下さい。
また自分のまちの調査をしたいという人も大歓迎です。
いろいろな発見があるはずです。調査マニュアルなどが用意されています。
もしやってもいいという方がいたら、私にご連絡下さい。
矢野さんたちは、この活動を通じて、だれにでも暮らしやすいまちづくりを考えるきっかけにしていきたいと考えています。
とても共感できます。応援したいと思っています。
できれば、公開フォーラムでもできないかと思っています。
どなたか助っ人はいないでしょうか。
■サイクルコミュニケーションプロジェクト(2005年2月22日)
サイクルコミュニケーションズの斎藤正俊さんのことは以前ご紹介しましたが、
博士課程を修了したら、就職せずに、サイクルコミュニケーション事業を起業する決意であることを知りました。
無謀ではないかと心配になり、余計なお世話でしたが、一度、話をしっかりと聞きたくなりました。
いま、論文作成で忙しい真最中のようですが、斎藤さんから具体的な計画をお聞きし、意見交換させてもらいました。
事業の目的は、
各地域において育まれてきた環境・経済・文化を好循環的に楽しむライフサイクルを広めていくことで、
各地域及び社会全体の環境・経済・文化を調和的かつ持続的に向上していくことです。
そのために3つの事業プログラムが用意されています。
先ずは自転車を活用したコミュニティビークル事業、参加型の情報提供のコミュニティガイド事業、
そしてネットを活用したコミュニティネットワーク事業です。
すでに20台以上の自転車を使いながら、昨年の6月から実証実験に取り組んできていますが、手ごたえはかなりあるようです。
会員がどれだけ確保できるかがポイントですが、斎藤さんの試算では2年目で黒字に持っていけるといいます。
計算根拠を見せてもらいましたが、まだ前提の数字に甘さがありますが、
社会的価値と組みあわせのイノベーション、持続可能性と発展性に関しては高く評価できます。
問題は収益性ですが、この点はもう一工夫必要です。
詳しくはサイクルコミュニケーションズのホームページをご覧下さい。
共感してくださったら、ぜひ応援団に入ってください。私は勝手に応援団になりました。
■ SEGNETミーティング(2005年2月22日)
斎藤さんもメンバーのSEGNETのミーティングです。
5月にイベントを開催することになりました。
新たに新メンバーも増えました。
この組織は、組織自体に新規軸がいくつか工夫されています。
まだ公表できませんが、私好みの仕組みが入っています。発案者は私ではありませんが。
5月のお披露目のイベントにぜひ参加してください。
ソーシャルアントレプレナーたちの新しい創発の場にしたいと思っています。
来週またミーティングがありますので、そこでの議論を踏まえて、来週報告させてもらいますが、
もしこんな事業をやってみたいということをお持ちの方はぜひ仲間に参加してください。
仲間をもう少し増やしていきたいと思っています。
■NPOお仕事チームの江村喜明さん(2005年2月22日)
コムケアに昨年応募してくれた江村さんが長野の佐久から相談にやってきました。
コミュニティビジネス支援センターの大川さんが応じてくれたのですが、私も後半、一緒に話をさせてもらいました。
相談の内容は、新たに障害者の働きの場としての喫茶室を開設することです。
場所は小諸市です。
単なる喫茶室の運営では収益をあげていくのは難しいでしょう。
しかし、発展性はいろいろある事業なので、江村さんはあえて取り組むことにしたのだといいます。
江村さんは長野に戻る前に。雲柱社の賀川学園で仕事をされていたといいます。
賀川学園といえば、賀川豊彦さんから始まる理念がしっかりした学園です。
私も雲柱社の集まりでお話をさせていただいたこともありますし、何人かの知り合いもいますが、賀川豊彦は学ぶことの多い先達です。
気になっている人の一人ですが、最近はどうも読書量が減っているため、忘れていました。
しかし、賀川学園にいたというだけで、とても親しみを感じてしまうのです。
喫茶室はとても面白い空間です。
新しい風はサロンから始まるというのが私の考えなのですが、
そうした地域の情報創発の場になるような喫茶室を江村さんに作ってもらいたいと思います。
開店したらまたご案内します。小諸にいったらぜひのぞいてください。
開店は4月以降ですが。
■コムケアサロン「対話法入門」(2005年2月22日)
ブックでも紹介した日本対話法研究所の浅野良雄さんを講師に、対話法入門を開きました。
参加者が20人近くになり、会場があふれんばかりでしたが、
浅野さんの心を込めたお話で、対話法の真髄はみなさんに伝わったと思います。
対話法は浅野さんが生み出したものです。
浅野さんは群馬で活動していますが、現在、他に3つの県にも研究会が生まれ、広がりだしています。
先週の福島のユニバーサルデザインのフォーラムでお会いした福島対話法研究会の藤村かおりさんもその一人です。
浅野さんは、全国にこの対話法を広げたいと考えています。
人間のこころや対人関係は複雑であるがゆえに、単純なコミュニケーション方法ほど実用性が高いというのが浅野さんの信念です。
ですから浅野さんの対話法の原則はシンプルです。
自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手の言葉で確かめる。
これだけです。
問題は、その確認方法ですが、単なる鸚鵡返しという意味ではありません。
つまり、反復と確認は違うのです。そのあたりに浅野さんの真髄があるのです。
受講された一人から、ぜひこの研究会を継続してくれないかと頼まれました。
そこで、もし興味を持ったのであれば、あなたが中心になってやってみませんか、と勧めました。
それが私の基本姿勢なのです。
もしかしたら、その方が東京の研究会をたちあげてくれるかもしれません。
立ち上がったら、また案内させてもらいます。
浅野さんの対話法にご関心のある方は、浅野さんの著書をぜひお読みください。
とてもわかりやすいです。
■次世代人材育成研究会(2005年2月23日)
先月に引き続き、NEETとフリーターを対象にした研究会にまた参加しました。
この種の研究会は苦手なのですが、
今回はコムケアでも支援したキーパーソン21の朝山あつこさんが報告者の一人だったので久しぶりに彼女の活動を聞きたくて、
懲りずに参加しました。
この研究会の委員は、みんな大企業や大学に所属していますが、私はちょっと異質の委員なのです。
朝山さんの報告には、実践の中から培われた自信と熱い思いを感じました。
活動がとても進化していることがわかりとてもうれしかったです。
こういう形で、コムケアの支援プロジェクトに出会う事が増えてきました、とてもうれしいです。
朝山さんたちの活動は一言でいえば、
小中学校や高校の生徒たちに、生き生きと働いている人との出会いの場をつくり、
そこから生徒たちに自分たちの夢に気づかせ、さらに個々に進路相談にまで応じていくという活動です。
詳しくはホームページをご覧下さい。
http://www.keyperson21.org
朝山さんの話は委員の方たちの多くから共感と評価がえられたと思います。
実践的で実に魅力的だからです。
朝山さんは、共感してくださったらぜひとも入会してくださいと良いましたが、残念ながらそれに反応してはもらえませんでしたが。
こういうところに、「有識者」の本質が見えてきます。
いや、これはまた蛇足的発言でした。
今回もまた、感激する発言にあいました。
委員の一人の日本レストランエンタプライズの荻野社長の発言です。
フリーターの生き方をしっかりと理解された発言でした。
現場の社員と心をつなげていることを感じました。
もう一人は、文部科学省の課長補佐の発言です。
文部科学省の官僚の話で共感できたのははじめてでした。
うっかり彼と名刺交換するのを忘れてしまったのが残念です。
今回は育て上げネットやニュースタート事務局の2つのNPOもオブザーバー参加されました。
しかし、彼らの発言時間は限られていました。
育て上げネットの体験は大きな価値があると思うのですが。
やはり現場が見える人がしっかりと企画しないといい研究会にはなりません。
残念です。
■これからのコムケア活動を考える会(2005年2月23日)
コムケア活動をこれからどう展開していくかについての検討会を呼びかけたら、10人を超える方が集まってくれました。
なかには何と福岡から参加してくれた人もいます。
共生支援センターの西川義夫さんです。
感謝しなければいけません。
それぞれ自らのNPOを主宰されているにもかかわらず、
こうして集まってくださるのは、やはりどこかにコムケアの価値があるからなのですが、
それが一体何なのかが、私自身にとっても実はあまりわかっていないのです。
もちろん私にとって、コムケアは子どものような存在です。
ある意味では「私物化」しているという見方もできるでしょうが、
そうでなければ、きっとこういう形にはなってこなかったように思います。
そして、その子どものようなコムケアの仕組みは、
これまでの同種のプログラムやNPO支援組織とは一味ちがった、
むしろこれからのモデルになる価値があるというくらいの自負はあります。
まあ、自己弁護・自己満足かもしれませんが。
しかし、にもかかわらず、どうも確信が得られません。
本当にみんなの役に立っているのか、コムケアがなくなったって別に不都合は起こらないし、
同じような動きはどんどん広がっているので、もう役割は終わったのではないか、という気もするのです。
正直に言えば、どこかで、もうそろそろこの世界から逃げたいという気持ちがあることも否定できません。
土日は少し休みたいですし。
でも、たとえばライフリンクの清水さんが今とても忙しいにもかかわらず参加してくださったり、
ドナー家族クラブの間澤さんが熱心に応援してくださったり、
ユニバーサルデザインの大矢野さんが自分のところも大変なのに出かけてきてくださったり、
環境クラブの増山さんがいろいろとアドバイスしてくださったり、
コミュニティアートの下山さんが元気づけてくれたり、
福岡から西川さんが応援に来てくれたり、・・・などなどあると、
もうやめるにやめられないのです。いやはや。
なんでコムケア活動などを始めたのでしょうか。
といえば、この活動を全面的に支援してくれた住友生命の井上小太郎さんや渡辺早苗さんまでが、
引きずりこんだ責任があるといって、親身で心配してくれるのです。
今日も井上さんからは提案をいただき、渡辺さんは遅くまで付き合ってくれました。
コムケアの関係者の関係は奇妙に錯綜しているのです。
温かいコミュニティが育ってきているといってもいいかもしれません。
これをどう維持し、発展させるかです。
今回はみなさんからさまざまな示唆をもらいました。
そろそろ「私物」ではなく「仕組み」にしていかねばなりません。
今日集まった人たちが、少しずつ運営にもコミットしてくださることも同意を得られましたので、新しいスタイルを創っていきたいと思います。
やはり法人化したほうがいいかもしれませんが、どうもまだふんぎれません。
法人化したNPO支援組織はたくさんありますし。
■史上最少のオープンサロン(2005年2月25日)
再開2回目のオープンサロンです。
今朝起きたら、外が雪景色でした。
寒いので参加者は少ないだろうと思っていたのですが、やはり少なく、なんと3人でした。
しかも、金田英一さんは新潟に戻るために途中で帰りましたので、最後はわが夫婦を入れても4人でした。
しかもしかも、メンバーが問題です。
武田文彦さんと大久保正雄さんです。つまり、革命家と哲学者です。
いやはや。これではサロンにならず、座談会になりました。
お2人は、いつものサロンは人数が多いので議論が掘り下げられないが、
今日、じっくりと掘り下げられた、それにお互いに同じ考えを持っていることがわかったと満足していたようですが、
まあ、たいして掘り下げられていないような気がしました。
しかし、リンカーンクラブの武田民主主義論がようやく哲学者に理解されたのは事実です。
みんな武田さんの民主主義論の内容がわかっていないですよと、哲学者は語っていましたが、
サロンではみんなお互いによく理解せずに、わかりあえた気分になっているのかもしれません。
まあ、それがサロンの面白さですが。
そういえば、武田さんとは長い付き合いですが、彼は私をほとんど理解していません。
誤解しているのです。困ったものです。
ところで話の内容です。
金田さんからは社会教育や新潟のお話をいくつかお聞きしました。
昨日はジョブカフェの講演会にも参加されたとのこと、相変わらず精力的に活動されています。
金田さんが抜けた後は、いろいろと過激な話も出ました。
何しろ革命家と哲学者ですから。しかし、なぜか記憶に残っていません。
脳の話や政治や憲法、いろいろ話し合ったはずなのですが、思い出せません。
きっと内容がなかったのでしょうね。
サロンって、いったい、どういう意味があるのでしょうか。
これは極めて哲学的なテーマです。はい。
最後に大久保さんが今回は写真を撮らないかといいます。
仕方なく写真を撮りました。
記念撮影のようになってしまったので掲載は見合わせたいのですが、
大久保さんを裏切るわけにはいかないので、見えないように掲載します。
時代の先端をいく革命家と哲学者と脱落者の3人の写真など見たくもないでしょうし。
コムケアサロンは会場があふれるばかりのコムケアサロンと違い、CWSサロンはだんだん寂しくなってきました。
来月はどうなるでしょうか。楽しみです。
■ コミュニティ力を考える会(2005年2月26日)
ちばNPOコンソーシアムのメンバーが中心になってつくっている、
人づくりでまちづくり実行委員会の主催するフォーラムが開催されました。
テーマは「NPOがつくるコミュニティ力」です。
ここでのコミュニティ力は、今週、ブックで紹介している地域力(ソーシャル・キャピタル)とは違って、
NPOを舞台にして、人と人がつながることから創出されるパワーの意味です。
これまで2回にわたりプレイベントを実施してきましたが、今回がその集大成イベントです。
このちばNPOコンソーシアムなる組織は、私が好きな組織構造を持つ組織なのですが、
それゆえにイベントもまたアバウトと言うかファジーというか、気楽でカジュアルなのです。
前半はパネルディスカッションで、
コミュニティアート・ふなばしの下山浩一さん、
芸術資源開発機構の並河恵美子さん、
ちばMDエコネットの山田晴子さん、
NPO支援センターちばの永田悦子さん、
そして私です。
ファシリテーターは江戸川大学の恵小百合さんです。
コムケア関係者が多いです。
下山さんとは今週は3回目のお付き合いです。こういう傾向から抜け出さないといけません。
私の生き方の信条は、拡散志向です。
できるだけ異質な世界を横に生きていくのが、私の好きなライフスタイルです。
ですから昔の仲間と集まる同窓会や組織OB会がどうもだめなのです。
歳のせいか、お誘いが最近多いのです。
幸いに時間がなくて参加できませんが、そういう居心地の良い空間が、私には退屈なのです。
困ったものです。
お誘いいただいている方、決して嫌っているわけではなく、これは私の生き方なのです。お許しください。
話がおかしな方向に行っていますが、フォーラムのことに戻ります。
5人のパネリストが、それぞれの活動の内容やコミュニティ力についての話をしてから、
少し意見交換し、後半はグループ討議をしました。
前半では、ホメオスタシスの話が永田さんから出されたので、私はホメオカオスの話をしました。
そして、コミュニティのパワーアップに大切なのは「わがまま」になることだといいました。
誤解されそうですが、これは私の生活信条の一つでもあります。
グループ討議も面白かったです。
面白い人にも出会いました。
ある大企業に所属する31歳の人が、3月で会社を辞めるのだと話してくれました。
閉じられた世界の閉塞感から抜け出たいようです。
こういう若者が増えてきています。
みんなが健全化しだし、社会の体制のおかしさが顕在化してきたのです。
ようやく私もマイノリティでなくなれるかもしれません。まだ少し時間はかかるでしょうが。
SEGNETで企画しているイベントの意味をますます実感しています。
我孫子からも何人かの方が参加していました。
お名前だけをお聞きしていた木田典子さんにもお会いしました。
一粒の麦というミニデイサロンに取り組んでいる方です。
また我孫子でのNPO第1号のデイヘルプの森谷良三さんにもお会いしました。
森谷さんが活動を開始したとき、実は我が家ではお世話になっているのです。久しぶりの再開でした。
だんだん我孫子の活動に吸い寄せられそうです。
私の発想は、環境なり社会から離脱しているために、
うまく波長が合うかどうか心配ですが、どうももう一歩進めざるをえないようです。
(2005年3月第1週)
最近、文字通り忙しいです。
つまり「心を失いがち」です。余裕がないのです。
目先のことへの対応で、あまり先のことが考えられていないことが自分でよくわかります。
この生き方から、まずは抜け出ようと思うのですが、この生き方もまた心地良いのです。
困ったものです。
自分の時間をしっかりと生きている折口さんや西川さんからは温かいお叱りを受けていますが、
なかなか脱却できません。
■全国ボランティアコーディネーター研究集会(2005年2月27日)
代々木の青少年総合センターで行われている全国ボランティアコーディネーター研究集会に参加しました。
こういう集まりは不得手なのですが、どうも最近、巻き込まれることが増えています。
私が参加したのは、「事業の虎!ビジネス感覚で企画するボランティアセンター事業はこれだ!」という分科会で、
参加者がグループに分かれて事業企画し、
その企画に対して、以前、テレビで話題になった「マネーの虎」スタイルで出資するかどうかを決めるというワークショップです。
事業の虎は、私のほかに、トヨタ財団の渡辺元さんと富士福祉事業団の枝見太朗さんです。
参加者の多くは全国の社会福祉協議会やボランティアセンターのスタッフです。
虎には1000万円の模擬紙幣が提供され、それを納得できる提案に寄付するわけです。
私は総額600万円を3つのプロジェクトに提供しました。
他愛のないゲームですが、コムケアではいつかこれを実際のお金と地域通貨でやりたいと思っているのです。
事業企画は4つ出されました。
いずれも基調は「つながりづくり」です。
どこに行っても最近は「つながり」です。
もしかしたら、社会福祉協議会がつながりを壊してきたかもしれないと、大変失礼な発言をしましたが、
終わった後、お一人の方から共感の感想をもらいました。
現場の当事者は気づきだしているのです。
みなさん、とても思いを込めて事業を構想していました。
こういう人たちのエネルギーをどうつなげて、新しい価値を創発させるかです。
これまであまり接点のなかった社会福祉協議会のネットワークに、
もう少し関心を持ったほうが良いかなと思いなおしました。
しかし、どこかに出て行くと必ず課題が見えてきます。
そして熱心な若者たちにも出会います。
なぜそれが大きな動きにならないのでしょうか。
関わっている大人たちが、もう少し真剣に考える必要がありそうです。
■信濃大町の地域通貨セミナー(2005年2月28日)
地域づくり工房の傘木宏夫さんのお誘いで、長野県の信濃大町に来ました。
大町駅前の本通り商店街で取り組んでいる地域通貨のシンポジウムへの参加です。
私のほかに、上田市で「まーゆ」という地域通貨に取り組んでいる蚕都くらぶの前田光俊さんと中島邦夫さんも一緒です。
大町の商店街がやっているのは「地域通貨アルペン」です。
とてもまじめな取り組みですが、まじめすぎてちょっと広がらないのではないかと心配です。
それはともかく、この大町駅前大通り商店街はとても気持ちのいい商店街です。
雪が多いので雁木も兼ねたアーケードがあるのですが、アーケードの持つうっとうしさがないのです。
とても気持ちの良い大通りが広がっているという感じです。
それに個々のお店がなかなか明るいのです。
人通りは少ないのですが、ホッとする雰囲気があります。
商店街通りの空間配置も、いろいろ遊びが出来そうな構造です。
前田さんの話がとても面白かったです。
前田さんは卸商をやっていたのですが、仕事が面白くなくなってきていたそうです。
新聞で知った地域通貨の「まーゆ」の集まりに参加したところ、
これまで体験したことがなかったような暖かな雰囲気の集まりだったので、それですぐに仲間になったそうです。
そして、商売を廃業してしまい、自分の店を事務局に提供し、
今はまーゆ活動にはまっているようです。前田さんの顔は生き生きしていました。
実に象徴的な話です。
大町の商店会理事長の吉澤俊郎さんが、 終了後、
私もまーゆの集まりに視察に行ったが、みんなの表情が生き生きしていて、
それが印象的だったとしみじみと話してくれました。
どうもこの地域通貨の発案者は吉澤さんのようです。
シンポジウムの終わりに、
参加されていた長野県商店街振興組合連合会代表理事の加藤光久さんが、とてもいい話をしてくださいました。
加藤さんの家も商店だったようですが、
ともかくいつも誰かがお茶を飲みにきていたこと、親父さんはどこかの店にいつもお茶を飲みにいっていたこと、
そうしたことで人のつながりを紡いでいたのが昔の商店だったが、
そうした原点に、もう一度返って考える時期ではないか、という話です。
まったく同感です。
売り上げは結果です。
地域社会とのつながりが育ち、商店街の中での人のふれあいが生き生きし、地域が元気になれば商店街は育つのです。
地域が支える商店街、地域を支える商店街。
これが私の商店街ビジョンです。
つまりまちづくりそのものといっていいでしょう。
人は楽しいところに集まります。今の商店街には余裕がないのです。
余裕がないために、仕事が楽しくならないのかもしれませんが、逆かもしれません。
楽しくない仕事は発展していくはずがありません。
商店街活性化は結果であって、目的ではないのです。
地域通貨アルペンはいろいろな可能性を持っています。
地域資源や地域文化に立脚して考えると、面白い展開ができるでしょう。
地域通貨は目的ではなく、そうした新しい物語作りのツールでしかないのです。
近くであれば関りたいプロジェクトですが、いささか遠すぎます。
傘木さんの個人サポーターとして応援していきたいと思います。
■SEGNETミーティング(2005年3月1日)
先週に引き続き、SEGNETのミーティングです。
今回は事業立ち上げのためのロードマップづくりの議論でした。
実際に取り組みながら、後続の人たちのガイドになるようなフローチャートを作成し、
それぞれのステップでの課題や必要要素をリストアップし、
それを応援する人材マップを地域通貨で対応する仕組みを創ろうというのです。
新たに2人の学生が参加して、コアメンバーも少しずつ増えています。
しかし、議論して感ずるのは、みんな言葉で語っていることです。
これは企業の人と話していても感ずることですが、実体のない言葉が氾濫しているのが今の社会かもしれません。
しかし、このチームも動き出したようです。
そろそろ私もお役ご免のようです。
この会から、もしかしたら「サルでも成功する社会起業ガイドブック」とそれを実際に支援する仕組みが創出されるかもしれません。
5月21日に、その発表も兼ねて、SEGNETの本格的お披露目の会が行われる予定です。
皆さん、期待してください。
■インキュベーションハウス総寄り合い(2005年3月2日)
インキュベーションハウスの定例寄り合いです。
昨年度はほぼ収支トントンになりました。
まだ動き出したとは言えず、社長は引責留任のままですが、今期は黒字に持っていけそうです。
仕事も少しずつ増えてきています。
もっとも、この会社は極めてスローライフ的なのです。
気持ちの良い関係を作ることに主眼があります。
前項で書いた、「まーゆ」の社会を、ビジネスのつながりでも実現したいというのが社員の思いですから、
最近の世知辛いビジネス社会の中では異端でしょう。
このつながりの中から何が生まれるのでしょうか。
今回は新潟から佐藤裕さんも参加してくれました。
全国の卸団地の話が少しありましたが、どこも壁にぶつかっているようです。
リフレッシュ休暇をとって、ボストンに1か月行っていた菅野さんからはボストン報告がありました。
1か月だったのですが、日本社会の異常さを実感したといいます。
雑誌編集で超多忙な野中さんも参加しました。
真っ赤なロングコートを着ての登場です。
なにしろ最近はファッション担当でもあるので、スタイルが変化してきています。
平田さん、宮部さんとは新しい仕事について少し相談しました。
私がアドバイザーを引き受けている会社からの仕事が来たのです。
インキュベーションハウスでは社員募集とアソシエイツ募集をしています。
ビジネス組織でもなく、相互扶助組織でもない、
なにかそれらを超えた組織ないしは関係の構築を目指しています。
インキュベーションハウスへのお誘い分もこのホームページに掲載されていますが、
関心のある方がいたら、声をかけてください。
詳しくご案内いたします。
■ネパール・ピース・ネットからの緊急アピール(2005年3月3日)
今週初めにネパール・ピース・ネットから緊急アピールが届きました。
それをいくつかのメーリングリストに流しました。
早速反応してくれる人もいました。お会いしたことのない方ですが、なにやらうれしくなりました。
メーリングリストは、人をつなぐメディアとしては実に効果的です。
また、この関係で平和関係のメーリングリストをていねいに見直していたら、
あるメーリングリストに登場している人が、実は同じ我孫子の知人だったことに気づきました。
全く別分野でつながっていた人です。
ネパール・ピース・ネットからの緊急アピールはブログにも書き込みましたが、ぜひそこのホームページもみてください。
今回のアピールに、私が反応した理由は、いくつかありますが、
一番の思いは、ブログにも書いたようにニーメラーの教訓を無駄にしたくないからです。
これはおそらくネパールの話ではなく、日本の今そのものの話なのです。
そう思ってまわりをみると、恐ろしいほどに私たちは包囲されているのがよくわかります。
■生活者にとってのユニバーサルデザイン(2005年3月4日)
ユニバーサルデザイン生活者ネットワークの大矢野さんと渡辺博子さんと意見交換しました。
先日の福島でのフォーラムを踏まえて、
全国に生活者視点でのユニバーサルデザインの風を起こすイベント展開ができないかという相談です。
私のユニバーサルデザイン観を知っていての相談ですので、対応しないわけにはいきません。
困ったものです。はい。
今のユニバーサルデザイン流行には、かなりの違和感を持っていますが、
ユニバーサルデザインの動きを契機に、モノづくりをあり方をしっかり考え出している人も少なくありません。
福島のフォーラムでお会いした小沼一夫さん(太陽漆器株式会社社長)からこんなメールが届きました。
フォーラムで佐藤さんのお話をお聞きしてから、「つながり」というキーワードでいろいろモノづくりも含めて考えておりました。
戦後、アメリカ主導の高度経済成長を経て国民が金銭的に豊かになった訳ですが、
徐々にその見返りに失ったものや矛盾・限界がはっきり見えてきて、
今まさに価値基準の見直しを迫られている状況であるということですね。
モノづくりというミクロ的視点に立っても、やはり同じことが言えると思います。
そして、このような時期にユニバーサルデザインという言葉が脚光を浴びるのも理解できます。
しかしながら、「漆塗りの器のモノづくり」というよりミクロ的な部分にかかわっている私としては、
まだどのようにユニバーサルデザインを絡めてよいか考えがまとまらないでいるのが現状です。
器は一番個人に近い又はその人の体の一部になって機能する道具であるので、
ハンディキャップの人にはその障害に即したデザインが必要になり、
その時点でそれ以外の人は使えなくなってしまうのです。
ということはある意味ユバーサルデザインというコンセプトからはずれてしまう訳です。
そのようなモノをユバーサルデザインと言うのでしょうか?
それは歩行困難な人の為の車椅子のように結局福祉機器・道具という言葉を当てはめたほうが良いのではないか?というような事を考えている次第です。
それと、佐藤さんもメールで言っていますように、
私も日本の器や道具は、かなりユニバーサルデザインであると思います。
そのような伝統的なデザインを「いじる」とかなり違和感のあるモノが出来てしまうのではないか、思ったりもしています。
いずれにしましても、健常者も障害者も高齢者も日本の伝統的な漆器を日常の生活に取り入れていってもらいたいという気持ちがありますので、
今回のUD事業をきっかけとして今後実際に新しいモノづくりの取り組みを通して引き続き考えていきたいと思っております。
とてもうれしい話です。
しかし、小沼さんの思いを結実させるためには、
使い手である生活者がもっと声を上げ、モノとの関係性を見直す必要があるように思います。
大矢野さんや渡辺さんは、生活者の視点で、いまのユニバーサルデザインブームを活かしていきたい。
できれば全国各地に生活者視点でのユニバーサルデザイン発信拠点をつくり、それをつないでいきたいと考えているようです。
そのグランドデザインをどう描くか、面白い話です。
これができれば、私のユニバーサルデザイン嫌いも直るかもしれません。
さて、どこまで荷担しましょうか。
時間がどんどんなくなります。困ったものです。
■夢を着実に実現している成瀬真二さん(2005年3月4日)
キャロル・フランクのことは3年前に少し書きました。
日本での事業展開に取り組んでいる成瀬さんの会社を訪問し、久しぶりに意見交換しました。
今のオフィスは代官山ヒルサイドテラスにあります。
事業は着実に前進しているようです。
成瀬さん独自の事業戦略に基づき、すでにいくつかの店舗展開もしています。
夢を持った若者たちが、その夢を着実に実現していっている姿を見るのは、本当にうれしいです。
今日は久しぶりにまた、成瀬さんの夢をお聞きしました。
夢もまた育ってきています。
私のように60歳をすぎると、夢も気楽に語れますが、
若者の夢は実現を前提にしていますので、夢は悩みや課題につながります。
忙しい事業家にとっては、悩ましい問題でもあります。
夢をどうやって実現していくか、それが今の成瀬さんの課題です。
しかし、夢を実現するのはそう難しい話ではありません。
誰かに話せばいいのです。
話しているうちに、夢は形を現してきます。
夢でつながる仲間が広がっていきます。
夢は誰かと話すことによって育っていくのです。
私も成瀬さんの夢の聞き手になろうかと思い出しました。
私のような世代の者のできることの一つが、聴き手になることだと私は思っています。
最も私は聴き手より話し手になりがちなのですが、そろそろ自らの年齢をわきまえないといけないと最近はいつも反省しています。
■インキュベーションハウスVS
ビレッジハウス(2005年3月5日)
インキュベーションハウスとしてのボンディング(メンバーの絆の構築)はかなりできたので、
いよいよ他社とのブリッジング活動(組織を超えた人間関係の構築)に入りました。
まあ、いわゆるビジネス社会の時間感覚で考えると、あまりにも遅いスタートです。
しかし、これくらいの時間感覚がこれからはいいのかもしれません。
インキュベーションハウスはようやく収支トントンになりましたが、
利益を上げてメンバーの給与をゼロにするまでは、社長は引責留任なのです。
早く卒業するためには業績を上げないといけません。
「給与ゼロ」が先ずは次の目標ですが、いまはみんなマイナス給与になっているのです。
まあそれが当社の特徴なのですが。
今回は平田さんと宮部さんと私の3人で、ビレッジハウスを訪問し、ビジネスディスカッションをしました。
ビレッジハウスはウェディングの世界では知る人ぞ知るイノベーター企業です。
全体としては下降気味のウェディング市場で、
いま元気に成長しているハウスウェディングの業態の種はビレッジハウスの山本秀太郎さんが創案したものです。
山本さんの空間創造力には常々敬服していますので、ぜひインキュベーションハウスと接点を持ちたいと思っていたのですが、
ようやく具体的なプロジェクトでコラボレーションできそうです。
インキュベーションハウスのこれからが楽しみです。
どうですか、参加しませんか。
ただいま、求人中です。
なかなか新入社員が見つかりません。困ったものです。
■尾瀬ドーフが届きました(2005年3月5日)
群馬県片品村で尾瀬ドーフをつくっている千明市旺さんから、
大豆をまるごと使った完全豆腐(オカラがでません)の試作品が届きました。
千明さんとは、ローカル・ジャンクション21のむらまち工房で、一度しかお会いしたことがありません。
千明さんの思いと発言に共感していたのですが、
一言二言しか話さなかったのに、憧れの尾瀬ドーフを送ってくださるとは感激です。
実は昨日も大矢野さんたちに尾瀬ドーフの話をしていたのです。それが通じたのでしょうか。
今回の試作品は、宮城しろめ大豆を使ってのざる豆腐です。
早速試食しました。女房は口に入れるなり、おいしいと声をあげました。
気持ちよい甘さと濃密な、しかしクリーミーな感触の深い味。丹精を込めた千明さんの思いが伝わってきます。
2丁送っていただいたので、1丁は夕食に白和えにして味わせてもらいました。
とても美味しく、文化を感じさせます。
尾瀬ドーフの物語は、ローカル・ジャンクション21の朝田くに子さんが
「増刊現代農業」の昨年8月号にとてもいい取材記事を書いています。
ぜひ読んでほしいです。
またホームページもあります。
千明さんの写真を見るだけで、きっと豆腐の美味しさが伝わってきます。購入も出来ます。
http://www5.kannet.ne.jp/~ozedofu/index.html
お勧めのお豆腐です。
都心に直営店をつくりたいという千明さんの思いを応援したいです。
■景観形成市民会議運営委員会(2005年3月5日)
ハケの道はご存知でしょうか。
山の裾野沿いにできた道で、水の豊かさが昔は感じられたであろう道です。
我孫子にも手賀沼を囲むように里山があり、それに沿ってハケの道があります。
その道を中心にして、2002年に我孫子景観形成市民会議が行政の呼びかけでつくられました。
私も参加させてもらいましたが、そこから生まれたのが、景観形成市民会議です。
どうも性格が理解しにくかったので、距離を置いていたのですが(こういう姿勢が住民としてはまずいのですが)、
なぜか運営委員になっていました。
ところがほとんど出席したことがありません。
言い訳になりますが、なぜかいつも用事が重なって会議の日に地元にいないことが多かったのです。
しかし、地元の活動を再開する以上は、決着をつけなければいけないので、久しぶりに参加しました。
参加者は10人。初対面の方が半数を占めていました。
久しぶりなのでまずはきちんと話を聞こうと思っていましたが、ついついまた余計な発言をしてしまいました。
住民活動はカジュアルであってほしいというのが私の考えですが、参加者が楽しくない会は続きません。
それでついつい素直な発言をしてしまったのですが、その後、けっこう面白かったです。
我孫子の人に会うと、みんな異口同音にいうことがあります。
我孫子は市民活動が盛んだと言うのです。
我孫子住民として、それもあまり市民活動をしていない者としては、なかなか実感できません。
確かにさまざまな会はありますが、どこかで楽しさが感じられないのです。
活動の渦中に入っていないからなのでしょうね。
反省しなければなりませんが、どうも違和感があるのです。
どこに違和感があるのでしょうか。
まーゆの前田さんが言っていましたが、楽しい会はその会場に入っただけでわかります。
人のつながりが出来ているだけでなく、新たな参加者へのホスピタリティがあるのです。
残念ながら、今日の会にはそれを最初感じませんでした。
若者がいないからでしょうか。それも重要な要素です。
若者は楽しさへの臭覚が発達していますから。
まあ、こんなふうに書いてくると、
この会がダメなように聞こえるかもしれませんが、決してそうではありません。
この会は着実に成果を上げています。
景観サロンもやっていますし、実際に汗をかきながらの手賀沼斜面林の下草刈りなどもやっているのです。
行政と市民活動の関係に関しても、いろいろと議論が出ました。
問題は多いようです。市長に聞かせたい話がたくさんありました。
この会の運営委員を継続するかどうか、今月中に決めようと思います。
やはり行政の呼びかけでスタートした会の運営は難しいような気がします。
■市民活動フェア
in あびこ2005(2005年3月5日)
この週末、我孫子市生涯学習センター「アビスタ」で、
50を超える我孫子市の市民活動の展示・交流会が行われています。
ブース展示のほか、さまざまなイベントが予定されています。
今日は初日でした。講演会や上映会には残念ながら参加できませんでしたが、展示を見せてもらいました。
何人かの知り合いにお会いできました。
私の女房たちの花かご会も参加しています。
なかなかいいパネルでした。かなり身びいきの評価ですが。
先月、柏のフォーラムでお会いした乗田律子さんにお会いしたところ、市会議員の内田みえこさんを紹介してくれました。
内田さんの名刺の裏を見ると、実にさまざまな活動をされています。
まちづくりは、さまざまな活動をつなぐことですが、
こうした多くの組織に属する「風の人」が増えていくと「まちづくり」が「まち育ち」に変わっていくのでしょう。
市民活動支援課の青木課長や杉山さんにもお会いしました。
交流会にも誘われたのですが、今回はパスしてしまいました。
交流会の様子を見ると、きっとまた一言言いたくなる気がしたからです。
自分が活動もせずに、コメントしたくなる性格を直さなければいけませんが、
それは無理なので、今年は自分の活動を始める予定です。
少しずつ方向が見えてきましたが、
声をかけようと思っていた若き夫婦が急に転居されるという連絡が来たので、ちょっと困っています。
このホームページの読者にもし、我孫子市民がいたら、ぜひ声をかけてください。
一緒にはじめませんか。
(2005年3月第2週)
今週は不安を抱えた週でしたが、その不安は幸いにクリアできました。
先週までの忙しさも克服できました。
春が見えてきました。気も少しずつ戻ってきました。
■山形市のNPOの集まり(2005年3月6日)
山形の駅前の高層ビルの22階と23階はまちづくり情報センターです。
県と市が一緒になって建設した建物ですが、いろいろと問題があり、
このセンターの開所に関しても市民の反対がありました。
反対していても仕方がないということで、当時展開していたまちづくり市民会議のコアパーソンがワークショップに参加しました。
実は、その設計を担当していたのは私の知り合いの会社で、その担当者とも話をしました。
残念ながらひどいものが出来ました。
余り活用されていません。
実は同じようなことが地元の我孫子市でも進められています。
私は全く関わっていませんが、山形に行くたびに、関わらなければと思うのですが、身体が動きません。
その山形のまちづくり情報センターが、
今度、共創プロジェクトの活動拠点として、市民活動支援センター(仮称)に衣替えすることになりそうです。
そこで、今日は、前回集まったNPOなどに声をかけての、
「この施設をどう活用していけばいいか」のフォーラムを開催することになりました。
私が行くまでもないのですが、これまでのつながりの中で、ファシリテーター役で参加しました。
主催は、今度から所管部署になる企画調整課共創係です。
50人を超える人が集まってくれました。
とても盛り上がり、いい集まりになったと思います。
失礼な言い方をすれば、山形市の市民活動が新しいつながりの時代に入りだしたと思います。
しかし、まだほんのその入り口ですが。
最後にまた、私からほんの少しだけ感想を話させてもらいました。
最初に、山形市のみなさんはまだまだ甘えていますね、と嫌味を言ってしまいました。
その上、行政の補助金は、みんなの税金だと言うことを知っていますよね、と言わずもがなのことを重ねてしまいました。
行政の補助金を期待するNPOを、私はどうしても好きになれません。
目的が明確であれば、賛成なのですが。
それでまた、山形市のNPOにも嫌われたかもしれませんが、
終了後、参加していた商店会の人が共感したと言ってきてくれました。
NPOとの連携を考えていたが、今日の話し合いでNPOとは一緒にやれないと思ったというのです。
その理由は「甘え」であり、自立性の不在です。
NPOの常識は決して社会の常識ではないのです。
もちろん商店会の常識も社会の常識とは違いますが、
そうしたいろいろな違いをぶつけていく場がもっと広がってほしいです。
子育てサークルランドの野口さんも参加してくれました。
野口さんはこの3年間、山形県からの委託事業「やまがた子育て応援団」事業に取り組んできたそうです。
そのまとめの資料を見せてもらいました。なかなかしっかりした取り組みです。
野口さんはまた、県の次世代育成行動計画づくりの座長もやっているそうです。
野口さんを座長にするとは、山形県の取り組みは期待できます。
もっとも彼女も、いかにも急ぎすぎと言っていましたが。
とてもいい出会いもありました。
山形らいふめぇと企画の井上准一さんです。
車いすを使っていますが、ハンディを持ちながら参加してくれました。
お話していたら、なんとこのセンターには車いす用のトイレがないのだそうです。
思わず、私は山形市民は怠慢ですねとみんなに言ってしまいました。
住民が声をあげないと施設は良くなりません。
実は山形市では私が関わりだした頃に、女性のグループがトイレチェックをしていました。
感心したものですが、そうした活動を行政は活かせていないのです。残念です。
もう一つの出会いは、山形県の社会福祉協議会の宮部さんです。
先週のJVCCの集まりに出て以来、社会福祉協議会への関心を高めています。
彼女から、佐藤さんは行政や社会福祉協議会が嫌いそうですね、と言われました。
そういえば、JVCCの集まりでも参加者から後でそう言われました。
好き嫌いはどうも隠せないものです。
しかし、私が嫌いなのは、人ではなくて、制度なのです。
そこをどう伝えればいいか、悩みます。
山形市の市民活動のつながりは広がりそうです。
■大学院で学ぶ3人のソーシャルアントレプレナーたち(2005年3月10日)
早稲田大学大学院で共存在コミュニケーションの研究に取り組む松本大典さんが
コムケアのホームページを見て、ケアに関する質問をしてきました。
なぜケアは双方向的な関係性概念なのかという問い合わせです。
幸いに彼の母親がボランティア活動をしていたために簡単なコメントですぐ理解してくれましたが、
ケアに関心を持つ若きエンジニアに興味を持ち、会うことにしました。
松本さんから、場の創出に影を活用する共存在コミュニケーションシステムの開発に取り組んでいるという、
実に刺激的な話を聴くことが出来ました。
場の研究の清水博さんも関わっているとのことです。
話を聴いても、実はよくわからなかったのですが、わからないものに興味を持つ癖のある私としては、
と ても気になって、ネットでいろいろと調べてみましたが、残念ながらまだ理解できていません。
松本さんは、修士課程を終えたら自分で起業してみたいとも考えているようです。
テーマは社会価値の創出です。環境分野に興味があるようです。
彼と話していたら、中央大学の大学院で交通工学を学んでいる斎藤正俊さんがやってきました。
斎藤さんのことは何回か書きましたが、いくつかの点で接点ができ始めています。
それにコムケアの考え方にとても共感してくれているのです。
斎藤さんは、今年からサイクルコミュニケーションズプロジェクトに本格的に取り組みだす予定です。
コミュニケーション、エンジニア、ソーシャルベンチャー。
とても共通点があります。
期せずして2人を引き合わせることが出来ました。
大学院で学んでいる彼らの話はとても刺激的です。
今日はもう一つ大きな刺激が飛び込んできました。
経済産業省の渡邊正嘉さんから博士学位論文が届きました。
「ユニバーサルデザイン関連プロセスに関する成熟度評価手法の研究」です。
渡邊さんは経済産業省で活躍する傍ら、東北大学大学院で研究を続けてきたのです。
そしてこの度、めでたく博士号を取得されました。
論文を読み出しましたが、軽く読み流すには難しすぎます。
少しじっくりと読んでみようと思います。
今日はたくさんの刺激をもらいました。
面白いことがどうしてこんなにたくさんあるのでしょうか。
時間が本当に足りません。困ったものです。
■九州からあさりが届きました(2005年3月10日)
先週は尾瀬ドーフが届いた報告をしましたが、実はその前に大分の国見町の温故蜜柑が届いていました。
北九州市の川口正信さんが送ってくれたのです。
温故蜜柑。
まさに温故知味の、昔のミカンの美味しさを再現したミカンです。
国見町の岸田和章さんが育てています。
とても美味しいです。最近のミカンとは違います。
そして今週は福岡県の椎田町からアサリが届きました。
この3週間、豊かな各地の産物が届いて、うれしい限りです。
アサリは私の大好物ですが、最近の北朝鮮問題で購入を控えていたのですが、
椎田町に転居した蔵田正章さんが自ら海に行って取ってきてくれたのです。
毎年恒例の「春の便り」です。
蔵田さんからのメッセージです。
3月8日、いよいよ私の季節がやって来ました。アサリ貝の解禁です。
気に入らないのは、この時期になると防波堤に沿って魚網が張られその所々に入り口が設けられる事です。
そして、なぜかここを通る時、何時も自分が魚になったような錯覚を覚えます。
子供の頃は、1年を通じて海は私の遊び場だったことが懐かしいです。
少し気に入らない所はありますがやはり海はいいです。
「海は広いなー大きいなー・・・」気宇壮大になります。
海はコモンズ、みんなのものでした。
しかし、最近はどうも様子が違っています。
10年ほど前に、福岡の海の中道のホテルに宿泊したことがあります。
朝、自転車を借りて、中道を走りましたが、宿泊したホテル以外の浜辺には出られなかったことを記憶しています。
みんな私有地になっていたのです。
土地は所有の対象ではなく、総有の対象にすべきだと私は思っています。
それはともかく、とても美味しいアサリでした。
我が家の夕食はアサリ料理のフルコース?でした。
近所のみなさんにもお裾分けさせてもらいました。
■28歳の千葉県県会議員立候補者花崎広毅さん(2005年3月12日)
世間はつながっています。
温故蜜柑の生産地である国見町の竹沢孝子さんのパートナーの花崎雅博さんからメールが届きました。
それによると、なんと花崎さんの甥が、
いま、我孫子地区からの千葉県県議会議員の補選の立候補している花崎広毅さんなのだそうです。
全く気がつきませんでした。
もしもう少し早くわかっていたら応援活動ができたのですが。
花崎広毅さんは28歳の、若い立候補者です。
たまたま3日くらい前に、駅で花崎さんからビラを受け取りました。
目があいました。
しっかりした目で好感を持てました。
そして今日のメール。なにやら因縁を感じます。
今日はちょっと1日、用事があったため、夕方になって漸く女房と花崎選挙事務所を訪問しました。
若手たちはすべて活動に出ているようで、おばさん族が事務所を守っていました。
好感の持てる雰囲気でした。
花崎さんのお母さんに会いました。
滋賀の木の本出身だそうです。女房の郷里の隣です。
明日は選挙日です。
千葉にも新しい風が吹き込むでしょうか。
(2005年3月第3週)
今週はめずらしく企業関係の仕事にかなりの時間をとられました。
昨秋から企業ビジネスも再開したのですが、少しずつ面白いプロジェクトに出会いだしています。
行政関係の仕事にかなり退屈しだしているため、時間配分を変えようと思っています。
企業関係は、相手がいるためにあまり公開できないのが残念です。
そんなわけで、今週は抽象的な報告が多くなってしまいました。
■千葉県知事選挙および県議会議員補選の意外な結果(2005年3月14日)
千葉県の知事選は現職の堂本さんが当選しましたが、予想に反して、森田健作さんとの差はなんと6000票でした。
もう少し時間があれば、当否は逆転したとも言われています。
自民党の働きかけはすごいものだったようです。
興味深いのは、共産党の推薦した第3の候補者への投票が大きく減って、おそらく堂本さんへ流れたことです。
もしそれがなければ、これまた当否は逆転していました。
これらをどう読むかは、いろいろありますが、私には対立軸の変化を感じます。
組織と個人の対立図式を感じます。
もっと意外な結果は、同時に行われた県会議員の補選です。
4人の補選が行われましたが、3地区で若者が当選しました。
25歳、28歳、31歳の3人です。
3人には共通点があります。
みんな大学を卒業していないのです。
2人が中退です。一人は入学もしていません。
そして、いずれも民主党です。
28歳の当選者は、言うまでもありませんが、先週書き込んだ花崎広毅さんです。
もう一人の当選者は自民党ですが、年齢は40歳。これまた若いです。
時代は動き出しました。
こういう話が各地で聞かれだしました。
経済の世界は着実に若者へ主役を移し出していますが、政治の世界もようやく動き出したようです。
30年来の私の展望でもありますから、とてもうれしいことです。
■子育ち学リサーチネット(2005年3月15日)
子育ち学リサーチネットの深作ご夫妻と星野さんとお会いしました。
本格的な組織化に向けての意見交換です。
私はなんとなくこの会に関わらせてもらい、毎年のフォーラムにも参加していますが、
実は組織の実態をあまり把握していないのです。
今日はじっくりとお話を聞かせてもらいました。
この組織は、かなり歴史もあり、実績もありますが、組織という点ではかなりあいまいです。
私の好きな「やわらかな組織構造」ともちょっと違います。
歴史があれば、組織のまとまりや方向が収斂してくるわけではありません。
むしろ同床異夢を助長させる恐れもあります。
それを、無理にある形で組織化すると矛盾が顕在化し、組織破綻も起こりえます。
難しい問題ですが、それゆえに面白い問題です。
まあ、無責任な話ですが。
子育ちのテーマは、緊急のテーマです。
この会が蓄積してきたノウハウやネットワークを活用すればいろいろなことができます。
研究者もいれば、実践者もいるネットワーク組織ですから、ソーシャルベンチャーも立ち上げられるでしょう。問
題は、誰がリスクをとるかです。
当事者として、私も少し真剣に考えてみようと思っています。
■ネットでのコラボレーション(2005年3月16日)
ある企業から依頼されたプロジェクトを、チームで取り組んでいます。
時間的な制約もあったため、電子メールを活用してコラボレーションすることにしました。
しかし、これがとても難しいことがわかりました。
プロジェクトの性格やメンバーの発想の違いもあるのでしょうが、
やはりネットコラボレーションにはしっかりしたマネジメントが重要であるという、当然のことを改めて実感しました。
今回は、結果を出さなければいけないビジネスプロジェクトでしたから、そういうことがはっきりと見えたのですが、
そうでないやり取りの場合も、さまざまな誤解やすれ違いや反応不足が起こっているのでしょうね。
注意しなければいけません。
ネットコミュニケーションは、可能性と危険性が混在する、発展途上のコミュニケーション方法です。
面白い問題をたくさん秘めています。
今回のプロジェクトは、結果的にはうまくいきましたが、途中はかなりヒヤヒヤしました。
その上、予定外の2日間を投入する羽目になりました。
新しい試みはいつもそうですが、このヒヤヒヤは健康によくありません。
もう2度とやるまいと思いながら、私の人生はその繰り返しです。
困ったものです。
■温故蜜柑と椎田浜宮のアサリ(2005年3月16日)
先週書いた温故蜜柑とアサリの後日談です。
ホームページを読んだ北九州市の中嶋重利さんからメールが届きました。
中嶋さんは蔵田さんの隣町にお住まいです。
おいしかったでしょう。
椎田の浜宮(はまみや)のあさりは、日本一うまいと私は思っています。
今年は、まだ貝堀りに行っていないので、佐藤さんがうらやましい。
椎田の浜宮海岸は、昔は、松林のきれいな海水浴場で、あさり、赤貝、絹貝などが、ただでいっぱい採れました。
肩までつかって肥料袋をいっぱいにして貝を採ってくる父を尊敬していました。
今日(14日)は、平成13年に71歳で亡くなった父の命日です。
なにやら縁を感じます。
温故蜜柑に関しては、大分県の竹沢孝子さんからのメールです。
竹沢さんはこれも先週書いた花崎雅博さんのパートナーです。
2人は大分県の国見町に転居し、ご夫婦で農業に取り組んでいます。
温故みかんの岸田和章さんちは大光寺のすぐ近くで、
彼のお父さんに、私たちはここに来て以来9年間お世話になりっぱなしです。
農業後継者のいないこの町で、ほとんど唯一の後継者です。
お父さんの岸田時義さんは、田んぼ10町以上にあれこれの野菜をほぼひとりで作り、
いつ寝てい るのだろうと思うほどの働き者ですが、
いつもニコニコしていて「こんなに明るく暮らせる人だから、息子さんが百姓するのだ」
と、昔から納得していました。
九州の文化は、なにかとても「あったか」ですね。
生き方を変えたくなりませんか。
中嶋さん、竹沢さん
勝手に私的メールを転載してすみません。
■エレ二の旅(2005年3月18日)
久しぶりにフランス映画社の佐久間さんから電話がありました。
ギリシアの映画監督のテオ・アンゲロプロスの最新作「エレニの旅」が4月に上映されるというお知らせです。
前作「永遠と一日」から6年目です。
ギリシアの会パウサニアス・ジャパンの事務局長をしていた頃、佐久間さんとの出会いがありましたが、
パウサニアス・ジャパンを休会しているためにお久しぶりの電話でした。
アンゲロプロス監督の前作「永遠と一日」は女房と観に行きました。
平日の午後、有楽町のシャンテ・シネでした。
私はギリシア映画の重苦しさがあまり好きではないのですが、この映画もそんな感じで、退屈でした。
退屈でも魅力のある映画はあります。
学生の頃、私がはまっていたのはミケランジェロ・アントニオーニでした。
訳のわからない映画で、実に退屈でした。
しかし、なにか気になって、繰り返し観に行きました。
でもやはり退屈なのです。
「永遠と一日」もそんな映画でした。
ところが、最後の10分くらいで状況が変わりました。
恐ろしいほどに画面に同化させられてしまったのです。
涙が湧き出すように出てきました。
嗚咽を抑えるのがやっとでした。
そして映画は終了、有楽町の人混みに出て行かなければならなくなったのですが、涙がこみ上げてくるのです。
女房が一緒だったので、何とかごまかせましたが、なぜあれほど涙が出てきたのかわかりません。
今でも映画の題名を聞いただけで目が潤みます。
もっとも、いまDVDが手元にありますが、観る気分になりません。
「永遠と一日」は、ギリシアの港町テサロニキを舞台に、
妻に先立たれ老作家と難民の子供との1日間の交流を詩情豊かに描いた映画です。
紹介記事は下記のサイトにあります。
http://www.sankei.co.jp/mov/review/99/eternity_and/
今度の「エレニの旅」もまた、孤児が主役です。ポスターを観ただけで涙をそそります。
私は観には行きません。しかし、きっと感動的な作品です。
こういう映画を観ると、昨今のリアリティのないCG映画などは映画とはいえないと私などは思ってしまいます。
ところで、最近、死を強く意識しだしました。
友人の死が多すぎるからかもしれません。
最近は葬儀には行きたくなくなりました。
数年前までは結婚式は嫌いでしたが、葬儀は好きだったのですが、昨年くらいから葬儀も嫌いになりました。
死の意識は、静かな意識です。
私がいなくなっても、この街や自然の風景は何も変わらないのだろうなという気持ちが強くなってくると、
今の自分の存在が奇妙に虚ろに感ずるのです。
いなくなっても何も変わらないのが、個々の生命の存在なのだろうと考えると、自らの死も静かに実感できます。
死が近づいてきているのでしょうか。
逆に死が遠のいているのでしょうか。
訃報を伝えてきた友人が、
「死者とはまた会えるような気がするので、大丈夫です」という主旨のメールをくれました。
死者とのつながりの深さを、私も少しですが実感できるようになりました。
「永遠と一日」は素晴らしい映画です。
機会があったら観てください。
まあ、退屈ですが。
この連休はちょっとダウンしています。
予定をすべて変えさせてもらいました。
(2005年3月第4週)
悪夢で始まった1週間でした。
パソコンをダウンさせてしまったのです。
メール関係では多くの方にご迷惑をおかけしているかと思います。
申し訳ありません。
■成田山真勝寺での厄落とし(2005年3月20日)
女房が厄落しに成田山に行きたいといいだしました。
そういえば、家族全員がこの数年厄年だったのですが、きちんとお払いに行っていません。
幸いに今日は全員そろっていましたので、全員で行くことになりました。
成田山までは車で1時間くらいなのです。
成田山にはほぼ毎年行っていますが、行くたびにきれいになってきています。
本堂で1時間おきに護摩祈祷が行われています。
10人以上の僧侶が見せ場もつくりながら護摩をたいてくれるのです。
護摩札の申し込みは、意外と若い人が多いのに驚きました。
お札も段階があり、3000円から3万円までですが、3万円には精進料理が付くそうです。
厄払いも金次第というわけでしょうか。
護摩壇の近くでお払いを受けましたが、なにやら厳粛な気分になります。
寺社の儀式は長い年月の中で育ってきていますから、見ているだけで歴史を感じます。
パフォーマンスとしても、よくできています。いつも感心させられます。
お払い後、寺前にある老舗の川豊でうなぎを食べました。
ほとんど考えずに、いつもこのお店に入るのですが、ここだけがいつも繁盛しています。
隣も含めて、近くにはうなぎ屋も多いのですが、いすれも客はまばらです。川豊だけが外まで行列です。
うわさというものは恐ろしいです。川豊だけがなぜかいつも混んでいるのですが、これも創られたイメージなのでしょうか。
ちなみに今回のうなぎは、さほどおいしくなかったです。罪の意識があったせいかもしれません。次回から別のお店に入ることにしました。他店も応援しなければいけません。
厄落しが終わり、これからきっと良いことが起こりだすでしょう。
というはずだったのですが・・・・
■悪夢のような出来事(2005年3月22日)
人生をリセットしたいと思ったことはありませんか。
人生のリセットは大変そうですが、パソコンはリセットできると聞いていました。
購入当初の状態に戻せると書いてあるのです。
最近、メインのパソコンがどうも調子がよくないので、一度やってみたいと思っていました。
たまたま日曜日に予定していた出張がなくなったので、思い切ってリカバリー処理をしてみました。
そこから不幸が始まりました。地獄に落とされた思いです。
厄落としはどうも効果がなかったようで、受け方がわるかったのでしょう。大いに反省。
最初の不幸はメールをバックアップしそこなったことです。
すべて消去してしまいました。
この3週間の忙しさの中で、返信しなければと思っていたメールをマークしておいたのですが、それが消えてしまったのです。
もし返信がなかった方がいたら、恐れ入りますが、もう一度メールしてください。すみません。
それを除けば、一応、リカバリーは成功しました。
何事もなかったように、購入時の懐かしい画面が出てきました。
気分爽快ですね。
人生もこのようにリカバリーできたらいいなあと思いました。
ソフトをインストールしました。
カスタマイズしていた辞書も復元し、メールアドレスも復元。
さあ、心機一転、気持ちよく再スタート、
というはずでした。
ところがどうも具合が悪いのです。
まずホームページの更新がうまくできません。
いろいろといじっているうちに、メールやインターネットが通じなくなってしまいました。
お手上げですね。
このホームページのパソコン側のデータもおかしくなり、直らないのです。
翌日、パソコンのサービスセンターに電話しました。
いろいろと指導を受けて、回復に努めましたが、だめでした。
もう一度、リカバリーをしてみてくださいといわれました。
せっかく戻したデータをまたバックアップし、再度挑戦。
何とかネットとメールができるようになりました。
この間、ほぼ3日かかっています。
こう書くとたいしたことではなかったように思えますが、大変だったのです。
まさに悪夢の3日間でした。
21日は休養日にしていたのですが、それどころではなくなり、23日も約束を変更して、作業にかかりきりました。
パソコン依存の自分の生き方に改めて反省させられました。
今は何とか回復しましたが、パソコンは何か不安定です。
もしかしたら私のこの数週間の気持ちが伝播したのかもしれません。
またダウンするかもしれません。
教訓。
パソコンですら完全なリカバリーはできません。
リカバリーしようなどという発想は捨てましょう。
現実を受け止めて、今を精一杯生きましょう。
■諫早湾干拓事業はなぜ止まらないのか(2005年3月22日)
「『沈黙の春』を読む会」(レイチェル・カーソン日本賞準備委員会)の定例会です。
今回からメンバーが話題提供し、議論するスタイルに変わりました。
その第1回は、諫早干拓緊急救済東京事務所に関わっている青木智弘さんの問題提起で、諫早干拓の問題を議論しました。
実に示唆に富む話で、刺激を受けました。
実態を知らなかったことを反省しました。
あまりにも面白い話で、密度も濃かったので、ここで報告する野は難しいですが、
ぜひ諫早干拓緊急救済東京事務所のホームページをご覧ください。
パンフレットも掲載されています。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~isahaya/isa/info/if041225pamph.html
また、青木さんも参加されて作った「市民による諫早干拓 時のアクセス』という報告書もPDFで提供されています。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%7Eisahaya/isa/libr/ass/ass-rp.html
いろいろと話題にはなったものの政府の予算はほとんど何の影響も受けずに、事態はそれほど変わっていないのが実態のようです。
それが日本のスタイルなのですが。
そして、反対活動に参加している地元住民の方は極めて少ないそうです。
そこにはいろいろな意味があります。
いま訴訟が起こっている原告団には、漁民がはいっていますが、これは経済的な意味での活動ですから、住民の生活論理とは違います。
私自身は、昨今の環境問題は、生活が自然から切り離されたことに起因しているという認識を持っていますので、
こうした訴訟も地元住民の生活が起点になればいいのにと思ってしまいます。
諫早干拓問題は、実に象徴的な問題です。もっとわかりやすく解説した本があるといいのですが。
■NPO法人ことばの道案内の古矢利夫さん(2005年3月24日)
NPOことばの道案内では、視覚障害を持つ人が自由に外出できるように、言葉でナビゲートできるWEBサイトを制作しています。
このプロジェクトはコムケアの支援プロジェクトです。
その関係でことばの道案内代表の古矢利夫さんと意見交換させてもらいました。
古矢さんは40代になって失明されたそうですが、もともとは会計事務所を経営されていたビジネスマンです。
失明された直後は、自由を奪われ、自分が社会人ではなくなった気分になったそうです。
その体験から、その後さまざまなボランティア活動にも取り組まれ、
いまは会計事務所を経営しながら、NPO活動にも取り組んでいます。
古矢さんが目指しているのはノーマライゼーションです。
視覚障害のある人だけの活動ではなく、視覚障害を克服できる社会が目標です。
当事者の話はいつも迫力があります。
少し残念なのは、こうした元気な当事者と行政の関係が必ずしも共創的でないことです。
古矢さんは幸いにこれまでのネットワークやその後の活動を通していろいろな接点をお持ちですが、
それでもまだ共創まではいっていないようです。
行政に、あるいは社会に、まだ視覚障害を特別の問題として捉えようという発想が強すぎるからでしょうか。
コムケアでは支援プロジェクトに関して、資金助成だけではなく、何か役立てることがないかを見つけるために、
いま支援グループとの意見交換会を行っていますが、元気な古矢さんからむしろ元気をもらってきました。
古矢さんたちの活動はホームページでご覧ください。
とても発展性のある活動です。
関心のある方はご連絡ください。
まだまだ支援者を求めています
■練馬区社会福祉事業団の新しい物語の芽(2005年3月24日)
練馬区社会福祉事業団の尾関敬二さんが特別擁護老人ホームの施設長の中迫誠さんと一緒にコムケアセンターにやってきました。
社会福祉事業団も、今大きな変わり目にあると思いますが、私自身はあまり付き合いがありませんでした。
尾関さんとの出会いは、ソーシャルアントレプレナー養成講座の検討会です。
その後、私のホームページを読んでくださり、「村井弦斉」の黒岩さんや保谷幼稚園の鈴木さんなど、いろいろな接点があることがわかったのです。
まだゆっくりとは個人的な話はさせてもらっていませんが、なにやら世界がいろいろと重なっているようです。
不思議な人です。
その尾関さんが、中迫さんを連れてきてくれたのです。うれしい出会いでした。
中迫さんはある特別養護施設の施設長ですが、施設と地域社会とのつながりに関して、前向きの問題意識をお持ちです。
しかし、どう現状を打開していけばいいか、整理できずにいるようです。
そんなこともあって、相談に来てくれたのです。
誰かに相談したいと思っている人は、ほとんどの場合、すでに答えを自分の中に持っているものですが、中迫さんもそうでした。
私が発したたった一言で、問題は解決してしまったのです。
それは、「自己規制から自由になったらいいです」という言葉です。
これからの中迫さんの活動が楽しみです。
いつか中迫さんの施設にも行ってみたいと思っています。
■子育ち学リサーチネットの発足準備会(2005年3月24日)
子育ち学リサーチネットのコアメンバーが集まって、この集まりの組織化についての意見交換をしました。
子育ちという、新しい発想で子どもの問題を考えていくという理念は共有されているのですが、
それぞれが実際の活動の場を持っているとともに、子育ちと言う言葉の広がりがありますので、
組織化するとなるとそれなりの合意が必要です。
私がこの会に参加しだしたのは、2002年の公開フォーラムからです。
パネリストに招待されましたが、それ以来、部外者的な立場で相談に応じているうちに、いつしかコアメンバーになってしまいました。
もっとも、今でも現場を持っているわけではないので、特殊な立場になっていますが。
会の中心は立柳聡さんです。学童保育や児童館などでは実績と幅広いネットワークをお持ちです。
こうした活動を組織化していくのは、そう簡単な話ではありません。
しかし、その過程こそが大切なのです。
いよいよこの会も組織化に向けてのスタートです。
面白い議論がありました。
会員には当然子どもも参加できることになるでしょうが、その会費をどうするか、です。
@子どもだからといって特別扱いしない(大人と同じ金額)
A子どもの会費は安くする。
B子どもは無料にする。
さて皆さんはどう考えますか。
私は@ですが、メンバーの長谷部さんに、お金を自由に獲得できない中学生はどうするのかですか、と問い詰められました。
さてどう答えましょうか。
ブログに書いた記事につながっている問題だと思っています。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/03/post_1.html
説得力がまだ弱いですね。続きを書かなければいけませんね。
■自殺は個人の問題か社会の問題か(2005年3月25日)
ライフリンクの清水康之さんは行動の人です。
しかも、しっかりとビジョンを立てながら、実践的に行動しています。
新聞でご覧になった方も多いでしょうが、今年になって、自殺対策予防センターライフリンクを正式に立ち上げました。
そのお披露目のイベントは多くの新聞で取り上げられ、活動は順調に広がりだしています。
この活動に、コムケアとしてささやかな支援をさせてもらっていますが、
たかだか30万円の資金をこんなにも効果的に使ってもらえるかという、実にうれしい事例が清水さんたちの活動です。
ライフリンクの活動はホームページをご覧ください。清水さんのことも以前書きました。
清水さんから、その後の活動の動きやこれからの計画をお聞きしました。
清水さんと話していると、私が考えていることと、ほとんどすべて重なるのです。
元気が出ます。
自殺の多くは、社会の問題です。
しかし、 そういう発想を持つ人は少ないのが現実です。
引きこもりもニートも、常軌を逸した犯罪や奇行も、ドラッグや電話詐欺も、すべては社会に起因しています。
そして、昨今のように、その異常な水準は、意図的に作り出されているとしか思えません。
つまり自殺を増やすことで利益をあげている人がいるのです。
たとえば、高利の金融機関とそれを支えている銀行です。
たとえばライブドアも含めてのIT企業です。
200万円程度の借金の返済追い立てで自殺する人がいるそうですが、
そうした状況を創出しているのは財界と政界です。
イラク派遣と、同じ構造です。
自殺予防や遺族支援は、法的整備がなされていないために、自治体もあまり動かないのだそうですが、
清水さんたちは今、そうした法的整備にとりくんでいます。
イベントも予定されています。
また案内させてもらいますが、自殺の問題は私たちにつながる問題です。
ぜひライフリンクのホームページをご覧いただき、関心を高めていただきたいと思います。
■ニート問題をどう位置づけるか(2005年3月25日)
第4回次世代人材育成研究会に参加しました。
事務局は企業活力研究所ですが、内閣府、文部科学省、経済産業省、厚生労働省なども参加している研究会です。
今日は、今年度の最終回で、提言をまとめるための委員会でした。
こうした委員会方式ではどうしても総花的になります。
事務局案をベースに意見交換をしましたが、どうも違和感がぬぐえません。
その理由は、これまでと同じですが、ニート問題を観察者的に捉え、対象として考えているからだろうと思います。
当事者的な意識を持って、ホロニックに捉えていかなければ、社会の問題は解決しません。
そこがいつも物足りません。
しかし、まあ一歩前進かもしれません。
私は、現象対応型ではなく、問題解決型を志向し、予防策こそを提言すべきだと思っています。
不登校児童の増加は、学校制度への問題提起だと思いますが、
それと同じ意味で、ニートの増加は働き場の仕組みや企業制度への問題提起であり、
今の社会を創ってきた私たち世代の生き方への問題提起です。
そこを受け止めるコミュニケーション姿勢が、委員のほとんどに欠落しています。
おそらくこうやって、さまざまな制度改定や制度づくりが進められているのでしょう。
部分しか見えていない有識者の「善意」が、もしかしたら事態を悪化させているのです。
もしこのプロジェクトを発展させるのであれば、
ぜひとも若者たちも巻き込んでの検討をしてほしい旨の提案もさせてもらいました。
ニート問題は、若者の問題ではなく、私たち世代に問題です。
その意識がない限り、何も解決しないと私は思っています。
若者支援のためにかなりの政府予算が使われていますが、どうも効果的に使われているようには思えないのが残念です。
■オープンサロンは新しいスタイルに進化?しつつあります(2005年3月25日)
オープンサロンです。
ホームページに書いていないがサロンはあるのか、というメールがきました。
少し不安になりました。
ホームページには案内は載せませんが、サロンはあるのです。
オープンサロンの特徴は、一度はお知らせするのですが、繰り返しはお知らせしないところです。
ホストがいささか「偏屈」なのです。困った性格です。
ホームページにはオープンサロンのコーナーもサロンニュースのコーナーもあるのですが、おそらく誰も見つけられないでしょう。
ためしに努力してみてください。
見つけられた人には次にお会いした時にコーヒーをご馳走します。
ちなみにそれぞれに発見コードを書いておきます。それをご連絡ください。
このホームページはリゾーミックなのです。
しかし、私の頭とは連動しており、私にはまだ構造が見えていますので、まだまだ中途半端ですが。
しかし、今週のパソコントラブル事件で、かなりリゾーミックのつながりが切れたかもしれません。
リンクもかなり壊れているはずです。
お気づきになった不具合が見つかったら教えてください。
まあ、そんなことはどうでもいいですね。すみません。
今回も前回と同じく3人でした。しかもまたメンバーが個性的です。
イージーライダー型リサーチャーの小林貴博さん、生活者政治家を目指すロマンティストの木村勝隆さん、怒れる思想家の柴崎明さん。
共通するのは、いまの社会への強い問題意識に基づいた実践者であることです。
小林さんは地元でも住民として活動していますし、
木村さんは政治志望の若者たちを応援したり、時には自ら立候補したり、精力的に活動しています。
柴崎さんは、ちょっと思いがが深すぎて、今は袋小路にいますが、いつかきっと抜け出すでしょう。
前回の参加人数が少なかったことを知って、忙しい中をみなさん参加してくださったのですが、なんと今回も3人だったわけです。
小林さんからは、この方がゆっくり話せると言われましたが、そういえばそうで、このスタイルもなかなかいいです。
なにやら参加した人には悪い気がしますが、ホストとしてはゆっくり会話が出来て、このスタイルが気に入りだしました。
小林さんからはホームページでの案内を勧められましたが。
小林さんは、ご自身でも毎月第3金曜日に、虎ノ門でサロンを開催しています。
オープンサロンは小林さんに任せて、私のほうは3人サロンをしばらく続けてみようかと思い出しています。
うまくいくでしょうか。毎回3人。実に難しい課題です。
今回は写真を少し大きく載せます。前回はまったく見えなかったので不評でした。
話の内容は内緒です。というか、なかなか思い出せないのです。
まあ、それがサロンのよさなのですが。
4月のサロンはお休みです。
5月から再開です。目標参加者数は3人です。
さてどうなりますことやら。
(2005年3月第5週)
パソコンダウンの余波を残しながらの1週間でした。
砂上の楼閣の上での生活を実感しています。
■人事異動の時期(2005年3月28日)
自治体職員の異動時期です。異動のお知らせが入りだしています。
私はそうした「人事異動」の世界から離れて16年たちますが、
辞令で仕事を変えられるというのも考えてみると不条理な話です。
この発想もきっと「組織発想の時代」の遺物なのでしょう。
おそらくもう10年もしたら、なくなる文化ではないかと思います。
ソーシャル・アントレプレナー養成講座を企画運営した特別区職員研修所の千葉優子さんも
研修情報から異動することになりました。
その挨拶もかねて、わざわざ湯島のオフィスまで来てくれました。
今度は清掃関係の職場に移ることになったそうです。
希望していたところだということです。希望が通れば、異動システムも悪くはありません。
研修所での千葉さんの最後の仕事は、ソーシャル・アントレプレナー養成講座の立ち上げでしたが、それは見事に成功しました。
その報告書もまもなく完成だそうです。研修の報告書としては結構読み応えのあるものになるはずです。
私も寄稿しましたので、完成して発表されたら、このホームページでも私の小文を紹介させてもらおうと思います。
千葉さんのおかげで、区政の実態も少し垣間見ました。
いくつかの特別区の職員とも接点ができました。
何かまた面白い活動が生まれていくとうれしいです。
■ローカル・ジャンクション21の事業化の壁(2005年3月28日)
ローカル・ジャンクション21が取り組んでいる、風土倶楽部のオープンプラットフォームは育ってきていますが、
それを活かした新しいコミュニティビジネス構想は事業化の壁にぶつかっています。
仕組みを維持し、育てていくためにはそれなりのコストがかかりますが、その起業資金が確保できないのです。
理想的には、共感して集まっている人たちが少しずつ資金を出して仕組みづくりに取り組むことですが、
こうした活動に取り組んでいる人たちは、
今の貨幣経済主義とは違った視点で活動していることもあって、経済的には余裕がないのです。
事業としての有望性に着目して、資金を出してくれるところは探せばあるのでしょうが、
それをしてしまうとこれまでのビジネスの論理に制約される恐れも否定できません。
そこが、こうした事業型NPOに共通する悩みです。
真剣に考えれば、きっと妙案が出てくるのでしょうが、
関係者はみんな忙しすぎて、構想を具現化するための時間が確保されないのです。
ソーシャルベンチャーは、極めて属人的な要素が強いですから、資金があればすむ話でもありません。
経営資源として、「ヒト、モノ、カネ」と言われますが、経営資源としてのヒトは労働力です。
しかし、本当に必要なのは、経営資源としてのヒトではなく、事業主体としての表情のある人間なのです。
その人間が、なかなか見つからないのが、多くのソーシャルベンチャーの実状でしょう。
ローカル・ジャンクション21を活かして何かをしたいと言う当事者がもっと広がらないといけません。
一度、関係者で合宿でもしようということになりました。
これもまたさらに引きずり込まれそうで、不安です。
しかし、どうしてこうも次々と面白いプロジェクトがあるのでしょうか。
■住友生命社会福祉事業団のお2人も退職です(2005年3月29日)
企業関係者の異動のニュースも届きだしました。定年退職の案内もあります。
コムケア活動がここまで育ってきた最大の理由は、住友生命の関係者の支援です。
どうなるかわからない状況の中で、
私のわがままな発想を全面的に支援してくれた住友生命の関係者のおかげで、
コムケアは一味ちがったNPO支援の仕組みに育ってきたように思います。
その支援者である住友生命社会福祉事業団の安藤常務理事と高原茂部長が定年退職されることになりました。
企業というのは不思議な組織で、退職してしまうとなかなか会えなくなるのです。
もう一度、お礼を言いたくて、大阪に行きました。
気のせいか、お2人とも少し元気がありませんでした。
長年お勤めになった会社を離れるのはどんな気持ちでしょうか。
私は自分で勝手に辞めさせてもらったので、その気分がわかりません。
最後までお2人は、コムケアに対して応援してくれました。
そのことを忘れないように書き留めておきたいと思います。
ありがとうございました。
■洗剤のいらないガラ紡ふきん(2005年3月29日)
浜松で活動しているガラ紡愛好会は、コムケアの今年度の支援プロジェクトをやってくださっているNPOです。
会の名前にはさまざまな思いがこめられています。
私も今回お伺いするまで、その活動の広がりに気づきませんでした。
以前、支援させてもらった高知県介護の会もそうですが、日本型NPOに出会えるととてもうれしいです。
浜松にある佐鳴湖が物語の発端です。
佐鳴湖と言っても知らない方が多いと思いますが、私のような我孫子市民には聞き覚えのあるところです。
数年前まで、日本で一番汚染の進んでいた湖沼は我孫子にある手賀沼でした。
それが数年前に佐鳴湖に席を譲ったのです。
いま、一番汚染度の高いのが佐鳴湖です。
ガラ紡愛好会の代表の本田量子さんは、佐鳴湖の汚染改善のために洗剤を使わずに石鹸を使おうという活動を17年前に始めました。
そこから物語が始まりますが、まあ、その長い話は省略します。
今取り組んでいるのが、ガラ紡績といわれる明治時代に始まった方法で紡いだ太い糸で織った布巾やタオルの生産と普及活動です。
原料となる綿も、日本古来の和綿を使っていますが、その和綿も自分たちで作りだしているのです。
そのガラ紡ふきんをつかうと、食器洗いも洗剤や石鹸が不要です。
タオルも石鹸不要です。水も汚しませんし、皮膚にも悪い影響を与えません。
使っている人は、皮膚の荒れがなくなったといいます。
それに丈夫ですので、1年以上使えるそうです。廃棄しても自然に戻ります。
本物のエコグッズです。
私にはあまり実際的な評価能力がなかったのですが、購入して女房に使ってもらったら、とても好評でした。
もっと買ってくればよかったのにといわれました。
本田さんにお話を聞こうと思っていたのですが、本田さんのご配慮で、
活動に関わっている若い世代から80代までいろいろな人にお会いできました。
まず和綿の畑を見せてもらいました。
和綿の栽培収穫の師匠は83歳のあさだミチさんです。
お元気で、かなり大きな耕運機も操作しているといいます。
今でも裸足で作業をするのだそうです。
本田さんのお母さんも参加しています。
とても印象的だったのですが、野菜と会話が出来るのですとおっしゃっていました。
野菜や土から元気をもらっているのでしょうか、お2人ともとても元気そうでした。
畑をみた後、NPOのオフィスに行きました。オフィスといっても本田さんのご自宅です。
メンバーの方が集まってくれていました。みんな、それぞれの仕事をしながらこの活動に関わっています。
話していると、それぞれの思いがどっと出てきます。
生活を基点に考えると、必ずといっていいほど、活動はまちづくりにつながっていきますが、
まさにそうした活動への広がりを感じました。
まさに「大きな福祉」です。
伝えたいことがたくさんありますが、きりがありません。
ぜひともガラ紡愛好会のホームページをご覧ください。
そしてよかったらガラ紡布巾を購入してください。
私も普及活動に協力するつもりです。
■活き生きシニアフォーラム(2005年3月30日)
コムケア仲間のシニア・システム協議会の西川則雄さんががんばって実現したのが、活き生きシニアフォーラムです。
米国カリフォルニア在住のグループホームのパイオニアでもある高齢者福祉研究家のカルドマ・木村哲子さん(米国カリフォルニア在住)の基調講演に始まり、
シニアとまちづくりや生き生きシニアの実践報告など、盛りだくさんの内容の楽しいイベントです。
西川さんは欧米で行なわれている高齢者委員会制度を日本でも広げていきたいと考えています。私は、そのテーマにとても関心があるのです。
私も朝から参加させてもらいました。さまざまな刺激をもらいました。
西川さんがパネルディスカッションのまとめでとてもいいお話をされました。
高齢者が意識をちょっと変えれば社会は変わるというのです。
同感です。高齢者は社会のお客様ではありません。
社会の主役になれば、生き方も社会のあり方も変わっていきます。
午後は、そうした西川さんの主張を実践されているシニアの方々の事例報告がありました。
私も少しだけお話させてもらいました。
西川さんの取り組みは見事です。実に楽しくやっています。
千葉工業大学や地区社会福祉協議会とも連携しながら、まちづくりにも関わりだしています。
そして一番うれしかったのは、まさにコムケアの理念と重なるところが多いことです。
現場はやはりどんどん進化しています。
高齢社会はとても明るい楽しい社会になるでしょう。
■サイクルリングの北岡元子さん(2005年3月31日)
全国マイケアプラン・ネットワークの島村八重子さんは、もうひとつのNPO、サイクルリングの理事でもあります。
そのサイクルリングの代表の北岡元子さんと一緒に相談に来てくれました。
さいたま市が取り組もうとして、ある施設づくりに関する相談です。
まだ問題が煮詰まっていない状況だったので、具体的な話というよりも一般的な意見交換になりましたが、
行政が考える「住民参加方式」ではなく、「住民主体方式」を目指している姿勢に共感しました。
北岡さんの目指しているのは、「すべての人が生き生きと暮らすことができる社会」です。
そして、「すべての人に出番があるまちづくり」です。
北岡さんたちは、それを「ユニバーサルデザインのまちづくり」と呼んでいます。
ユニバーサルデザインという言葉を使うところには、いささか不満がありますが、
その発想やビジョンにはとても共感できます。
それを実現していくためには、やはり住民が主役にならないといけません。
「生き生きした暮らし」は、与えられるものではなく、自らが創りだしていくものです。
そして、生き生きさは外部が評価するものではなく、それぞれ自らが実感するものです。
北岡さんともいつかコラボレーションできることがありそうです。
酷使されそうなのでいささか躊躇しますが。はい。
■矢辺卓也さんの出発(2005年3月31日)
コムケア活動を手伝ってくれていたノーマライゼーションネットの矢辺さんが就職しました。
自分の志と重なった働きの場を見つけたのです。
障害をもつ人たちの働き場を見つけ創りだしていくのが、これからの仕事です。
まさに彼が考えているソーシャルベンチャーにつながっています。
会社に入ると埋没してしまう傾向がありますが、
幸いに入社する会社の社長は矢辺さんの思いに共感してくれているようです。
矢辺さんもまた、特定の組織に埋没することは避けたいと考えています。
そのためコムケアも継続して関わってもらうことにしました。
SEGNETも事務局長として取り組んでいこうということになりました。
若きソーシャルアントレプレナーのこれからが楽しみです。
果たして会社活動とNPO活動とは両立するでしょうか。
■介護を要する末期がん患者への介護保険給付(2005年4月1日)
vol-netの伊藤朋子さんが、久しぶりにコムケアのメーリングリストに投稿してくれました。
署名活動への協力要請です。私も署名活動に参加することにしました。
伊藤さんからのメールを下記します。
もし賛同していただけるのであれば、ご協力ください。
少しだけ費用と時間が必要ですが。
以下は伊藤さんからのメールです。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
介護保険の支給対象として、特定疾病というのがあって
いわゆる成人病と呼ばれていた病気が対象になっていたのですが
がんは対象ではありませんでした。
2月15日の新聞報道で、
「政府・与党は40歳から64歳までの末期がん患者を、
介護保険の「特定疾病」に追加する方針を決めた。
ただし、この特定疾病は老化に起因する疾病に限定されているため、
乳がんは除外される方針である」とあり
患者有志が活動を始めました。詳しくは…
http://home.s00.itscom.net/777/kaigo/
お読みいただいて、ご理解ご同意いただけましたら、
ぜひご協力をお願いいたします。
(2005年4月第2週)
最近の週間報告は個人日記の様相を呈していました、
それでは余りに退屈なので、元に戻して、メッセージ性や情報性を少しずつ高めていこうと思います。
今週のテーマは、時代の変わり目の実相につながる話です。
■高齢社会と地域主権社会(2005年4月10日)
女房の小学校時代の同窓生が昨年、東京から出身地近くの滋賀の彦根に転居しました。
「出身地近く」と言うところがポイントです。
ご夫妻(東さん)とも出身は彦根から車で40分くらいのところです。
女房の実家に行く途中に、二人で新宅を訪問しました。ご夫妻で歓待してくれました。
東さんは大学卒業後、ずっと東京で暮らしていましたが、
定年退職後、インターネットで土地を探し、新居を建てて、ここに転居したのです。
もう少し働こうと思えば働けたようですが、思い切りのいい転身です。
彦根城が見えるいい場所で、近くには佐和山城址と松原の琵琶湖湖岸がある、最高の立地です。
ここでゆっくりとボランタリーな生活を楽しみだしたところです。
隠居ではありません。
地域社会にもなじみながら、あるいは役立ちながら、自分の町を豊かなところにしていきたいと、
知恵と汗を出す姿勢のある生き方のようにお見受けしました。
高齢社会は、こういうライフスタイルの生活者が増えてくるということです。
まもなく段階の世代が地域にどっと戻りだしますが、それは必ずしも、今の住所でも生まれ故郷でもないかもしれません。
自分の望むライフスタイルに合った地域探しが始まっています。
インターネットがそれを可能にしています。
政府や財界が進める地方分権社会とは全く異なる地域主権社会のイメージがそこから見えてきます。
高齢社会はきっと豊かな落ち着いた社会になるでしょう。
早く来い来い高齢社会という思いを改めて強めました。
■地域社会が守ってきた寺社の荒廃(2005年4月11日)
女房の実家は滋賀県高月町です。
観音の里と言われていますが、福井の小浜から奈良の東大寺までは「観音の道」といわれるように、
魅力的な観音像がいたるところに祀られています。
近くの鶏足寺と石道寺に久しぶりにおまいりに行きました。
残念ながら寺守の住民がいなかったので、石道の観音にはお会いできませんでしたが、
いささかショックだったのは、いずれも荒れていたことです。
特に鶏足寺(廃寺になっているのですが)は荒廃が進み、とても残念でした。
このあたりは、昔は大きな寺院だったようですし、そこに鎮座する本尊もなかなかのものでした。
その本尊はもはやここにはありません。
近くの己高閣に集められているのです。これもいささか残念な話です。
村で守り、村を守ってきた寺社が荒廃しているのは寂しいです。
有名な寺社はすごく利益を上げて経済主義化している一方、
信仰の対象だった村の守り本尊は維持できなくなり、荒れています。
観光資源と位置づけられているところもありますが、それこそが滅びの契機かもしれません。
金銭で栄えたものは必ず滅んでしまいます。
私が最初に高月の渡岸寺を訪ねた時は、とても雰囲気のある場所で感激しましたが、今は冷たいコンクリートの空間に居ます。
そのため、余り訪ねたいという気になりません。保存のためとはいえ、残念です。
それにしても、鶏足寺は悲しいほどの荒れ放題です。
廃寺になるとこうなってしまうのでしょうね。
私財があれば再建したいほどです。ともかく場所がいいのです。
こうした風景は、先に書いた地域主権社会の展望を危うくさせますが、
この組み合わせこそが、実は大きな動きになるような気がしています。
荒廃と創造は、常に組み合わさっていますから。
■山林の荒廃とこぶしの繁殖(2005年4月11日)
荒廃と創造といえば、今回、滋賀と福井で見た山林も、そうした場の一例です。
山林は荒れてきています。
松食い虫で枯れ木が目立ちますが、そこにこぶしの花がひろがっているのです。
最初は山桜かと思ったのですが、よく見るとこぶしです。
松が枯れた後にこぶしが繁殖しているようです。
山林のいたるところに白い花が目立っているのです。複雑な気分ですね。
日本では白は聖なる特殊な色ですが、山林にこぶしは似合わないように思います。
その一方で、都会はますます黒くなってきています。
新入社員にはダークスーツを着てほしくないのですが、相変わらず多いですね。
■公共空間としてのレストラン(2005年4月11日)
女房の実家近くに10年ほど前に温泉を軸にしたリゾートゾーンが誕生しました。
北近江リゾートといいます。
お昼に、そこに食事に行きました。和食やバイキングなど、レストランが4つあるのですが、ちょっと個性的なレストラン「ラ・ピラミッド」にいきました。
ゆったりした空間設計で、外がよく見えて、落ち着いた雰囲気です。ランチは1500円です。
こういう施設の食事はあまり期待できないのですが、とても美味しいのです。
フルーツのデザートとコーヒーもついています。
また来てもいいなと思わせる価格と内容です。
かなり時間をずらして、1時半過ぎにいきましたが、4組のお客様がいました。
いずれも女性たちのグループです。昼食時はいつもかなりこんでいるようです。
こういうところの利用者の多くは女性です。
茨城県の美野里町で、文化センターの隣にレストランを作ったところ、女性たちの新しい社交空間が出現しましたが、
きっとラ・ピラミッドも女性たちの新しい社交空間になっているのでしょう。
ハーバーマスが気づかせてくれたように、市民社会の始まりは、こうした話し合いの空間です。
ライブドアとフジテレビの騒動が「公共性」という言葉を話題にしてくれましたが、公共性の本質は「自由な話し合い」です。
合意形成が重要なのではなく、異質な意見の共存とその自由な話し合いこそが公共性の本質なのです。
近代産業社会をつくった男たちが捨ててきた文化です。
市民社会のパワーの源泉は、組織にではなく、こうした社交空間にあります。
ここでNPOが育ち、地域主権のパワーが育っていくはずです。
その主役はどうも女性たちのようです。
こうした落ち着いて話し合えるレストランや談話室的で間が、各地に増えてきています。
つまり、新しい公共空間が広がっているのです。
これもまた、地域主権への移行の風景のひとつです。
女性たちが、ここで話し合っている間に、男性たちはコンビニの弁当食べながら労働しているというのが、現代社会の構図かもしれません。
時代の主役が変わろうとしているのです。
■日本海さかな街の活気と鮮度(2005年4月12日)
敦賀市にある日本海さかな街に立ち寄りました。
何軒ものお店が並び活気で溢れるさかな街です。新鮮な魚介類が並んでいます。
ここは値切りながら買うのだそうです。
東京のアメ横は価格決めが定型化しているため、面白くないですし、それに商品の鮮度もよくありませんが、
ここはまだ商売の気分が残っており、また見た感じも鮮度がよくて衛生的です。
http://www.aosan.net/play09sakanamachi.html
ある店では、いろいろな魚を焼いていて、試食を進めていますが、なんと一匹ごとの試食です。
一匹でなくても味はわかるから小さく切ってくれないかといったら、丸ごと食べるのがいいというのです。
3種類の魚を丸ごと食べてしまいました。
これで儲かるのかと不思議です。もちろん買わなくてもいいのです。
お客さんが試食して「おいしい」というのがうれしいのでしょうか。
こういう店では買わないわけにはいきません。
ここは観光ツアーの立ち寄り場所になっており、休日は観光バス客でごった返しているようです。
確かに買物が楽しめますので、バスツアーなどの参加者が喜びそうな場所です。
しかし、観光ではなく、日常生活の中にこそ、こうした文化をもっと広げていきたいような気がします。
売り手と買い手の関係はお金のやり取りだけの関係にはしたくないものです。
そこに大きな問題があるような気がします。
近江商人の「三方良し」の事業観の原点が、ここにはまだ残っているような気がしました。
■真摯に生きている敬愛する友人からのメール(2005年4月13日)
寒さが戻ってきました。
花冷えの、ともかく寒い日でした。
しかしこれで今週の週末もまた東京は花見ができるでしょう。何が幸いするかわかりません。
今日、うれしいメールがいくつか届きました。
ひとつは、福岡の梅川康さんから、地域介護リーダー養成講座をスタートさせるという連絡です。
梅川さんとは福岡空港で一度しか会っていませんが、彼の思いに共感しています。
このホームページともリンクしているグループホーム縁側を主宰しています。
今回の講座は熊本の明篤館館長宮田喜代志さんが協力してくれたようで、基調講演も宮田さんです。
近くであれば出かけて行きたいところです。
案内をコムケアセンターのホームページに掲載しますので、お近くの方はぜひ参加してください。
梅川さんや宮田さんとのつながりができるだけでも、きっと良いことがあります。
宮田さんはいち早くコムケア活動に共感してくれた人です。
梅川さんの思いは以前、このコーナーでも紹介しましたが、こういう若者たちが日本の未来を開いていってくれるのだろうと思います。
もうひとつは根本賢二さんがこのホームページのフォーラムに投稿してくれたことです。
それがどうしたと言われそうですが、根本さんは私にはとても気になる人なのです。
とても真摯に生きているにもかかわらず、なぜか苦労の多い人がいますが、根本さんもその一人です。
根本さんにとっては大変失礼な言い方ですが、私にとっては根本さんの幸せが社会の豊かさの指標なのです。
根本さんのような人が苦労をしているような社会は、どこかに問題があるのです。
根本さんは今、失業中です。
今回の投稿は、題して「職安:求人票の「年齢不問」の嘘」。
実に考えさせられる話です。ぜひ読んでください。
このホームページの左欄の「フォーラム」をクリックすると出てきます。
いろいろなところで、同じようなことが蔓延しているような気もします。
私はブログでも「言葉」で作られた世界に不満を述べ続けていますが、こうしたまやかしが多すぎます。
地方分権、民営化、イラク復興、ゆとり教育、学力回復、予防介護、などなど、もう辟易しています。
しかし、梅川さんや根本さんは現場の人ですから、そんな言葉でのまやかしは通じません。
教えられることが多いです。
社会の実相は、こうした表情豊かな個人の生活の中にしっかりと現れます。
そこを見ていないと、時代の方向を見間違うような気がします。
たった2通のメールが、今日の寒さを吹き飛ばしてくれました。
そして、いろいろと考える材料も届けてくれました。
■若者たちが起こす新しい風(2005年4月14日)
2人の若い実践者に会いました。
一人は先月、千葉県県会議員になった花崎弘毅さんです。
新進気鋭の28歳です。
以前書いたように国見町の竹沢さんの義甥にあたります。
基本姿勢や関心事について、いろいろとお話を聞きました。
とても共感できますし、関心事もいろいろと重なっています。お互いに支えあえる関係がつくれそうです。
花崎さんはまだ後援会をつくっていません。
これまでのような政治家の後援会組織ではない、新しい仕組みをつくりたいと考えているようです。
そうした姿勢にも好感が持てます。
それにこれまで我孫子で特に政治活動を行ってきていませんから、変なしがらみや制約がありません。
自らの信念に基づいて、思い切り新しい風を起こしたいと花崎さんは考えています。
次の統一選挙までにどれだけ存在感と信頼感を得るかが花崎さんの課題です。
1時間話をして、彼の素直な姿勢が伝わってきました。
応援することにしました。これからが楽しみです。
読者の中に我孫子市在住で、花崎さんを応援したいという方がいたら、ご連絡ください。
5月後半に集まりを開催する予定です。
政治の流れを変えたいのであれば、汗をかかなければいけません。
花崎さんは政治の世界ですが、経済の世界でも新しい風を起こしたいという若者が増えてきています。
といっても、堀江さんのような人ではありません。
彼も新しい風を起こしていますが、基本的には在来型の経済人の一人でしかありません。
私が会ったのはサイクルコミュニケーションズの斉藤正俊さんです。
新しい事業モデル作りに取り組んでいますが、それについて意見交換しました。
まだ前途多難ですが、それだけに応援したいと思っています。
がんばっているのは若者だけではありません。
今日は菅野弘達さんにも会いました。
会社に勤めながら大学院に通っていますが、今度、コムケアのケーススタディを授業で発表してくれるのだそうです。
その関係で、彼の取材を受けたのです。
みんなそれぞれに時代に流されずに、健闘しています。
これもまた時代の気分なのでしょう。
しかしなかなか報われないのも事実です。社会に新しい風を起こすことは、そう簡単なことではないのです。
そうした人たちと話していると、何か元気付けられます。
若い世代に元気をもらう世代になってしまいました。
うれしいことではありますが、さびしい気もします。
■病院で半日過ごしました(2005年4月15日)
最近、身体的に問題がいろいろと出てきました。
頭痛が続く上に左肩が痛くて仕方がありません。
それに時々視野がおかしくなりますし、全体的な倦怠感があり、しかも気力が持続できないのです。
まあ、こう書くと明日にも危ないように思われそうですね。
そんなことはないのですが、いろいろと黄信号が出ているわけです。
先日、病気の先輩に会ったら、脳梗塞の予兆だと脅されました。
それで、いささか気になって、近くの慈恵大の病院にいきました。
1時間以上待ってようやく診察室に入り、症状を説明したら、即座に「それは首の問題ですね」と明るく断言されました。
その言い方がいかにも確信ありげだったので安心しましたが、
「まあ、そういっても気になるでしょうから、MRIを撮るようにしましょう」と言うのです。
そうすることにして、検査予約をとりました。
そんなわけで、今日は半日、病院の待合所で過ごしました.
半日もいると、病院のさまざまな問題が見えてきます。
ちょっと工夫するだけでかなり状況は変わるでしょう。
待ち時間が減るだけでなく、医師やスタッフの負担も減らせるでしょうし、コストダウンも図れるでしょう。
仕儀とガラ、どこに行ってもそういうことが気になります。
しかし残念ながら仕事に出会えないので、実現したことがありません。
仕事が来ないのは仕事をしていないからでもありますが、
世の中のコンサルタントは何をしているのでしょうか。
いささか気にはなります。
病院に半日居た、もうひとつの効用は、社会の実相を垣間見れることです。
いろいろな話がそれとなく聞けました。
がんセンターは、病気の種類のせいか、実に静かで重い雰囲気ですが、
今日の病院は思い中にも俗世間の会話が盛んです。
まあ話しているのはほとんどが高齢の女性たちですが。そして話の内容は嫁姑の話ですが、
病院もまた、社会の実相を実感するいい場所です。
皆さん、暇があれば、病院の待合室で読書をするといいです。
時に面白いです。はい。
というわけで、危険だから少し休養するように、という医師の言葉を少し期待していましたが、どうもそうはならないようです。
しかし、肩はますます痛いです。夜、目が覚めるくらいなのです。
困ったものです。
■ユニバーサルデザインブームは社会を変えていくか(2005年4月16日)
ばばこういちさんがキャスターを務める朝日ニュースターの番組「よみがえれ ニッポン」では、
ユニバーサルデザインの普及という視点から、
「ユーザーの立場に立ってモノづくりを考える」
「ユーザーとの対話とユーザーの参加」
などをベースに社会のあり方やモノづくりや施設・環境づくりなどを検証してきました。
私が参加しだしたのは昨年からですが、
今日は、『ユニバーサルデザインは日本社会にどこまで根付いたか』というテーマで話し合いました。
私が関わってきた分野でいえば、
ユニバーサルデザインのものづくりに取り組むNPOやユニバーサルデザインの精神でさまざまな人たちのつながりを目指すNPOも増えてきていますし、
まちづくりにおいても、たとえば公共施設作りなどではユニバーサルデザイン精神は広がっており、
「誰もが使いやすいように、さまざまな立場の視点を入れる」という発想が定着しつつあるように思います。
ばばさんは、ユニバーサルデザインを「参加と対話」「一人一人が主役」という発想で捉えていますが、
そう捉えれば、いまのNPO活動の広がりそのものがまさにユニバーサルデザイン発想の広がりと言ってもいいでしょう。
まちづくりにおける住民参加も、形式的な行政主導の住民参加ではなく、住民が主役になった取り組みも出始めています。
だれでもが出番のあるまちづくりを、ユニバーサルデザインのまちづくりと捉えて活動しているNPOもあります。
しかし、言葉だけが先行しているきらいもあります。
たとえば、ユニバーサルデザインの議論に、当事者が本当に参加しているかといえば、そこまではいっていないように思います。
結局はまだ、これまでの産業社会の枠組みから抜け出られずに、
その補完的な役割ないしは正当化のためにユニバーサルデザインという言葉が使われているケースも少なくありません。
ユニバーサルデザインという言葉には、私はどうしても近代産業パラダイムの影を感じてしまい、あまり良いイメージを持っていないのですが、
大切なのは社会を変えていくこと、ものづくりや組織のあり方、仕事の捉え方を変えていくことです。
具体的に言えば、ものづくりにもまちづくりにも、当事者としての消費者や生活者が、口を出せるようにしていくことです。
ユニバーサルデザインはたしかにそうしたことの可能性を広げてきました。
しかし、ユニバーサルデザインというと、イメージがどうしても限定されます。
そこにこめられた意味やメッセージを、新しい言葉に凝縮させられないものだろうかと思います。
そんなことを少し話してきました。
番組のコメンテーターの一人である、弁護士の小林元治さんから日本司法支援センターの話をお聞きしました。
平成の司法三大改革のひとつとして法律相談のコールセンターが実現するそうです。
裁判員制度がどうも共感できないために、司法改革には否定的だったのですが、このセンターはとても共感できます。
できれば弁護士たちのNPO活動として展開してくれれば、もっと共感できるのですが。
いろいろの分野で、改革は進んでいます。
まだまだ「現場」との距離は大きいですが、全体としてはいい方向に向かっているのでしょうか。
最近、迷っています。
(2005年4月第3週)
今週はいろいろな商品に出会いました。今週は商品紹介特集です。第2特集は平和に関する周辺の動きです。
■水俣愛林館の香り米「万石」(2005年4月18日)
今日、水俣の沢畑さんから、香り米販売のお知らせのメールが届きました。
水俣には見事な棚田があります。
愛林館の沢畑さんが、ベテランの棚田農家Tさんにお願いして、その棚田で育てているのが香り米「万石」です。
一度、紹介しましたが、すごくおいしいです。
これは古代種のもち米だそうです。香りがすばらしいです。
この香り米を、普通のお米に1割くらい混ぜて、お米を炊くと実においしい香りと味になるのです。
香りだけでも感動します。ぜひお勧めします。
価格は200グラムで400円くらいですので、少し高いですが、
その価格の中には、除草剤も使わず、人を雇っての棚田保全している沢畑さんの活動を支援費も入っていると考えれば、安いものです。
詳しくは愛林館のホームページをご覧ください。
http://www7.ocn.ne.jp/~airinkan/
幻の香り米「万石」5個セットが2300円(送料込み)で購入できます。
購入してよかったときっと思えると思います。
お米は本当においしいです。
■血液をさらさらにする松寿仙(2005年4月20日)
ビレッジハウスの山本秀太郎さんが松寿仙を送ってきてくれました。
松寿仙は、古来から知られている松葉健康法の飲み薬です
私のホームページを見て、私の頭が壊れてきていることを心配してのことのようです。
今日、病院でMRI検査をしてもらったのですが、私の頭は幸いにして、腫瘍もアルツハイマーもありませんでした。
脳梗塞は年齢並みに症状があるそうですが、しかし平均よりは少ないそうです。
この意味はよくわかりませんが(症状があるのに少ないから大丈夫?)、まああんまり心配しないでいいそうです。
ですから、山本さんが心配してくれるほどのことはないのですが、高血圧なのに薬も飲まない私を気遣ってくださっているのです。
感謝しなければいけないのですが、この松寿仙はなかなか飲みにくく、怠惰な私は続かないのです。
しかしいろいろと効用を読んでみると、なかなかの優れものです。
赤松葉、クマ笹、朝鮮人参のエキスが主要な原料ですが、血液浄化により自然治癒力を高める効果が高いようです。
山本さんは愛用されているようです。
そういえば、山本さんは風邪を引いたこともなければ、体調が悪いという話も利いたことがありません。
効用はありそうです。
私も一度、高血圧対策で少し飲んだことがあります。
継続しなかったにもかかわらず、血圧は落ち着きました。
高血圧の方にはお勧めです。
最近、私もいろいろなサプリメントを利用するようになりましたが、続いたためことがありません。
困ったものです。
しかし、今回の山本さんの好意には応じなければいけません。
美味しくはないのですが、がんばって愛用するようにします。
松寿仙の案内はホームページでご覧ください。
http://machi.goo.ne.jp/snd/ipid_28560/MID_935/gold/ec/ecDetail.asp
■ガラ紡ふきんはCWSショップの推薦商品です(2005年4月21日)
ガラ紡愛好会の本田量子さんからメールが届きました。
どうもパソコンがダウンしていたようです。
以前、このホームページにも書きましたが、本田さんたちが取り組んでいるガラ紡のふきんは石鹸も洗剤も不要なのです。
わが女房も良いものだと使い出しているのです。
生活感覚からの評価は信じられます。
それでこの製品の普及に加担しようと決めました。
このホームページでも紹介していこうと思います。
CWSショップ推薦商品です。
まわりに配ってしまい、手元に現物がなくなっていたのですが、その発注がようやく本田さんの目にとまったようです。
早速送ってもらうことにしました。
現物を見たい人は湯島のオフィスにお越しください。
1枚500円です。
できればガラ紡愛好会に注文してもらいたいですが、1枚だけほしいという方には在庫があり次第おわけします。
すぐなくなりそうですが。
こうした「優れもの」が、まだまだ埋もれているようです。
このホームページでもそうした物を紹介していこうと思います。
もっとも私の評価眼が頼りになるかどうか不安がありますが、まずは私もしくは我が家で使用したものに限定していきます。
ガラ紡ふきんは、その輝ける第1号製品です。
ガラ紡ふきんとそれに取り組んでいる本田さんたちのガラ紡愛好会は、次のサイトをご覧ください。
http://www.s-palette.jp/~s005garabo/
■キャロル・フランクのアロマエッセンスのパワー(2005年4月21日)
キャロル・フランクは、アロマテラピー(芳香療法)とフィトテラピー(植物療法)の相乗効果によって生まれる「気」のエネルギーを
身体に与えていくフランスのエッセンシャル・オイル商品のブランドです。
この分野はよくわからないので、不正確な表現かもしれませんので、詳しくはホームページをご覧ください。
http://www.carolefranck.co.jp/
この商品に取り組んでいるのが株式会社トランシスの成瀬真二さんです。
成瀬さんに関しては以前も紹介しましたが、志を持った思いのあるアントレプレナーです。
今日は成瀬さんと同社のマーケティング担当の箱石さんとお会いしました。
これまでも成瀬さんからエッセンシャル・オイルの話は聞いているのですが、
今回、なぜキャロル・フランクに成瀬さんがのめりこんでいるのかがようやくわかりました。
エッセンシャル・オイルの本道の商品だからです。
その商品のひとつであるアロマエッセンスを1滴、肌に落としてもらい、塗りこんでみました。
オイルのようなべたつきがないのが特徴だそうですが、確かにそうです。
また効用としては、皮膚の表層ではなく、内部に浸透し、内部から肌にエネルギーを与えていくのだそうです。
愛用されている箱石さんは、これを持ち歩き、何かストレスが生じたときに1滴使うと安心するそうです。
「お守りコスメ」と呼んでいます。
こうなると化粧品というよりも、まさにサプリメントであり、メンタルサポートグッズです。
こうしたカテゴリーの商品はまだ日本にはあまりないようです。
私は化粧品という商品がどうも理解できないのですが、こうした「精気」を呼び起こすものであれば、大きな価値を認められます。
化粧品とは本来、そういうものではないかと思っているのですが、どうも絵の具のような化粧品が増えているような気がしてなりません。
化粧品のリーダー企業である資生堂は、そうした文化の問題にもっと本気で取り組んでほしいです。
企業広告などで、表層的な文化は盛んに口にはしていますが、同社の経営には、どうも文化を感じません。
私の偏見かもしれませんが。
話が脱線していますね。反省。
成瀬さんは、本来的な意味でのエッセンシャルオイルの文化を日本にも広げたいと考えているようですが、
それだけではなく、社会を元気にするような大きな事業展開のビジョンも持っています。
成瀬さんのビジョンにもつきあってみたいと思っていますが、
その前にまず、キャロル・フランクのアロマエッセンスが、どのくらいの優れものであるかを確認したくなりました。
自然からのエッセンシャルオイルのパワーを体験してみたい方、ぜひトライしてみてください。
ただし、ちょっと高いそうです。
しかし、ストレスが解消されるのであれば、安いものかもしれません。
■蔭山京子さんが取り組む大豆加工商品(2005年4月22日)
北海道の蔭山京子さんから久しぶりの電話です。
彼女から電話があるときは、必ず「うれしい事」があったときです。今回もそうでした。
蔭山さんは私と同世代ですが、情熱的なソーシャルアントレプレナーです。
これまでも何回か身体を壊していますが、元気になるとまた走り出すのです。
以前もこのホームページで紹介したことがありますが、
北海道の地場産品を活用した、健康に関わる食品開発が蔭山さんのテーマです。
一時はエゾシカに取り組んでいましたが、いまは大豆です。
大豆の持つ自己治癒力を活用したある商品への取り組みです。
今日は、そのプロジェクトに関する朗報でした。
蔭山さんの仮説が検証されたようです。
これから資金調達と商品化に取り組むそうです。
この商品の具体的なイメージはまだ見えにくいですが、食品です。
効用はまだ企業機密ですが、放射線照射に曝され気味の現代人にとっての福音になるかもしれません。
まあ、ちょっと漠然とした話ですので、40分も電話でお話を聞いたのですが、まだ評価能力がありません。
しかし、こういうリアリティの見えない「わけのわからない話」が私は大好きなのです。
北海道は少し遠いおかげで、直接巻き込まれないのが幸いかもしれません。
全国各地には、いろいろな商品開発に取り組んでいる人がいるのです。
蔭山さんの開発した商品も、いつかCWSショップ推薦商品にしたいものです。
成功すれば、がん患者への朗報にもなるはずです。
■平和に関するいくつかの動き(2005年4月23日)
今週は平和に関するいろいろな情報に接する機会も多かったです。
私の活動を書くよりも、むしろまわりでの動きを少し紹介します。
長いですので、小見出しをつけました。
○寛容さと平和
私は平和に関するメーリングリストに3つ参加していますが、いずれも活発です。
私自身は最近は気分的に投稿する余裕がなく、読み手専門なのですが、読み手に徹することで見えてくることも少なくありません。
あるメーリングリストでは、一人のメンバーが他の人を糾弾するような投稿を行っているのですが、
その内容はともかく、それをめぐるメンバーのやり取りから多くのことを学ばせてもらっています。
糾弾メールは、私が読んでも不快な記事ですから、名指しされた人の不快さはもっと大きいはずです。
メーリングリストのルールに反しているように、私には思えました。
学んだことは二つあります。
ひとつは、問題を起こしている人を除名するかどうかに関する議論の中で、私もお会いしたことのあるHさんからの投稿記事です。
Hさんは除名すべきではないと明言されたのです。
その方の発言を否定されるのではなく、その発言から逆にその方への心遣いをした上で、
「○○さんのご意見はそれなりに何かしらの刺激になりました。
ですからこうした意見を封殺するのは、良くないと僕には思われます」と書かれているのです。
脱帽です。
40代の時に私が行動の基準にしたくて、しかしできずにずっとこだわっていた言葉があります。
「寛容さ」です。
ちょうど、「21世紀は真心の時代」を書いた前後です。
しかし、寛容さを身に着けることはできませんでした。今もってなお、です。
もうひとつ学んだことは、かなり批判的なやり取りの中から、
その方の立場や思い(発言の一部にですが)を理解するという投稿が出始めたことです。
合意形成ではなく、違いを認め合うということの意味を少し学ばせてもらいました。
実は、1か月ほど前に、ユニバーサルデザイン関係のメーリングリストでもある議論がありました。
ユニバーサルデザイン発想で、ライブドア問題や放送の公共性を議論したいという投げかけでした。
その問題提起に対しては、ユニバーサルデザインとはなじまないテーマではないかという意見が最初は多かったのですが、
そのうちにだんだん賛成者が増えてきたのです。
そして議論がどんどん広がり深まったのです。
私は最初の段階で、概念の乱用はよくないと投稿しかけたのですが、
時間がなくて投稿できずにいるうちに議論がその次元を超えだしていったのです。
そういう体験をした直後だったので、なおのこと、意見の多様性や複数性を改めて実感しました。
これが宮本常一さんが指摘している、日本の民主主義なのでしょうか。
公共性というもの、つまり私の関心事である「コモンズの回復」をまとめるのはどうもまだ時期尚早です。
私自身がまだ頭で考えているだけだったようです。
それにしても、Hさんの発言には感動しました。
平和を考えるということは、そういうことなのです。まだ私には現場感覚が不足しています。
もっとも、その後も誹謗のメールは続いており、除名を要請するメールも増えています。
これもまた考えさせられ状況です。なにやら国家の縮図を感じます。
○主張するTシャツの会
コムケアで接点のあるグループに、「主張するTシャツの会」というのがあります。
DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者支援とDVの防止・啓発活動に取り組んでいます。
DVの問題は、公共性と平和の起点にある問題だと思っていますが、なかなかそうした活動との接点の取り方がわからずにいます。
「主張するTシャツの会」は、これまで接点があったDV関係のグループとはちょっと違うようです。
その会が、この週末、代々木公園で開催されるアースデイ東京2005にブースを出し、「主張するTシャツ」展を開くそうです。
私は友人の結婚式や参加しているNPOの総会や、地方から来る友人との約束などで、参加できなくなってしまったのですが。
「主張するTシャツ」とは、DVの当事者、家族、友人がDVに対する思いや気持ちを、自分たちの着ているTシャツに描いたものです。
そうしたTシャツを展示することで、多くの当事者の主張やDVの引き起こす様々な面をたくさんの人たちに知ってもらい、
誰もが尊重される社会の実現を目指したいと、米山さんたちは考えています。
とても気になるイベントです。
○スタンピング平和展
コムケアの関係ではもうひとつ気になる活動があります。
スタンピング平和展です。
この活動は、名古屋市在住の画家松本れい子さんたちが、
9.11同時多発テロ事件から始まった戦争をきっかけに、アートを通して少しでも人々の心に平和を訴えたいと始めた活動です。
小さな版画に平和への願いを込めて彫り、それをスタンプして展示するという来場者参加型展覧会で、版画はもう900枚にもなっているそうです。
すでに10回以上、開催しています。
今月末の29日にも、名古屋の乗西寺の特設ホール(千種区仲田/052-751-3479)で、一日だけの特別展示も行われます。
お近くの方はぜひお出かけください。
松本さんもは時間中はずっといるそうです。
ところで、昨年行われたスタンピング平和展に参加したバルセロナの画家アルベルトプラサさんから、
ぜひバルセロナでもスタンピング平和展をやりたいので参加してほしいという連絡があったそうです。
もしこれまでの版画を持って参加するとすれば、100万円近い費用がかかります。
それをどう調達するかが、問題です。
私も少し企業などに支援のお願いをして見ましたが、残念ながらまだ支援先を見つけられずにいます。
しかし、とてもいい活動ですので、何とかお役に立ちたいと思っています。
どなたか支援先の心当たりはないでしょうか。
松本さんたちのホームページをぜひご覧ください。
ぜひ東京でも開いてほしいです。
松本さんにはまだお会いできていませんが、今年はぜひお会いしたいとおもっています。
○「テロリストは誰?九条の会」のメーリングリスト
1月に発足した「テロリストは誰?九条の会」のメーリングリストのやり取りもすごいですが、活動も盛んです。
毎週のように集まりがあります。
メンバーの活動度もすごく、こうした活動に参加すると新聞やテレビでの情報だけでは何も見えてこないなと思うほどです。
私は最近、生活が混乱していることもあって、なかなか参加できないのですが、大きな影響を受けています。
5月3日にもイベントがあります。
ホームページをぜひご覧ください。
こうした活動がどんどん広がっているのでしょうね。
これこそが地殻変動の実態です。
まもなく社会の枠組みは大きく変わるように思います。
表面に見えているのは、前時代の残渣なのかもしれません。
私の人生に、そうした大きな地殻変動が間に合えばいいのですが、まあ無理かもしれません。
ですからできるだけ、そうした動きに触れていたいと思っています。
○「ぼくの見た戦争」の写真家、高橋邦典さんのホームページ
平和の記事をまとめていたら、偶然にも今日(2005年4月23日)、
高橋さんからホームページに最近の現地の写真をアップデートしたというメールが来ました。
高橋さんは、ブックのコーナーで以前紹介した「ぼくの見た戦争―イラク2003」の写真家です。
今年また取材に行っていたのです。
なまなましい写真が掲載されています。ぜひご覧ください。
http://www.kuniphoto.com/main_ir00_index.htm
http://www.kuniphoto.com/main_kj2005-6.htm
「ぼくの見た戦争―イラク2003」はとてもいい写真集です。
(2005年4月第4週)
今週はまた日記風にしました。
テーマは「新しい物語」のプロローグです。
■新谷大輔さんの結婚式での出会い(2005年4月23日)
新谷さんの結婚式のことを先週書き込まなかったのですが、そこでお会いした何人かの方の話を書いておきます。
その前に結婚式のことですが、新谷さんらしく、自作自演のなかなか楽しい結婚式でした。
教会で行われた結婚式にも参列させてもらいました。
キリスト教徒ではない私にとっては、教会はいつも大きな違和感がありますが、
賛美歌や全体の演出などはそうした違和感を超えて厳粛な気分にさせてくれます。
演出の仕掛けとしても、歴史を重ねてきていることがよくわかります。
私が知っている人は後藤敏彦さん一人でした。
新谷さんのボスの寺島実郎さんと久しぶりに会えるかなと思っていましたが、彼には会えませんでした。
後藤さんは環境やCSRの世界でご活躍です。
私とは違って、メジャーなところで活動されていますが、以前、バルディーズ研究会でお会いして以来です。
京都ソーシャル・アントレ会で活躍しているソーシャル・デザイン・オフィスの浅野令子さんとGRI日本フォーラム事務局長の薗田綾子さんとも同席でした。
それぞれの活動は、とても魅力的ですが、最近、自分がいかに社会からドロップアウトしているかを改めて実感させられました。
みなさんの活動が、なにやら遠く感じられるのです。困ったものです。
お2人から宝酒造で環境活動に取り組んでいた吉田さんが一昨年亡くなられたことを知りました。
日本能率協会の環境提言をまとめた時に、私が唯一、環境経営報告書で「思い」を感じたのが宝酒造の報告書でしたが、それを作られた方です。
一度しかお会いできませんでしたが、また落ち着いたらお会いしたいと思っていた一人です。
まだ若かったのです。無念です。ご冥福を祈ります。
3人の社会企業家支援者にも会いました。
社会起業家ネットワークの服部篤子さんと吉田信雄さん、それに坂本文武さんです。
お名前はいろいろ聞いていましたし、坂本さんの著書も読んでいましたが、ようやくお会いできました。
皆さんも私のことを知っていてくださったようで、すぐになじめました。
これからまたどこかで接点ができるでしょう。
偶然にお会いしたのが、新婦の幼馴染の安藤政登さんです。
名古屋の公認会計士事務所に所属している税理士です。
冠婚葬祭は、人をつなげる場でもあります。
さてどんな物語がこれから生まれるでしょうか。
■手賀沼植木祭(2005年4月24日)
近くの手賀沼公園で高齢の植木市が昨日と今日、開催されました。
年々にぎやかになってきます。
幸いに天気に恵まれて、かなりの人出です。
花は人の心を和ませます。
私は女房に付き合って、よく花屋さんに行くのですが、ここもまた年々混んできています。
余裕の明かしでしょうか、それとも貧しさの現われでしょうか。
いやいや、そんなことを考えていては、植木たちに失礼ですね。
花木や混雑から、いろいろな気をもらいました。
今年から近くの空き地で、小さな家族農園を始めます。
私は主役ではなく、手伝い人ですが、今からそこに植える候補がたくさんあります。
ガラ紡愛好会からもらった和綿の種も蒔く予定です。
■子育ち学ネットワークの設立準備総会(2005年4月24日)
いよいよ子育ち学ネットワーク(旧子育ち学リサーチ・ネット)がスタートします。
今日はコアメンバーが集まってじっくりと方針や会則を議論しました。
子育ち学を提唱し始めた日本福祉大学の小木美代子さんや京都大学名誉教授の上杉孝實さんも、わざわざ遠方から駆けつけてくださいました。
現在の活動を中心になって支えている、立柳さん、星野さん、そして深作夫妻、
それにアフタースクールの楢原さん、スタッフとして関わっている田家さんも参加です。
私もなぜか、巻き込まれてしまっているわけです。
子育てと子育ちは、一文字違うだけですが、意味合いはまったく違います。
私の表現でいえば、制度発想と個人発想との違いですから、まったく正反対の意味と捉えることもできます。
最近は「子育て・子育ち」と並べて使われることが多くなりましたが、
必ずしも意味が十分整理されているわけではなく、語呂合わせのレベルであることが少なくありません。
この会としては、しっかりした子育ち学理論を実践的に構築していくことが目的にあげられています。
この会の活動は長いのですが、組織化の動きは最近始まりました。
それぞれに「思い」が強いですから、そう簡単ではありません。
6月に正式発足、秋には公開フォーラムも兼ねての社会へのお披露目イベントが行われる予定です。
どんな新しい物語が始まるのでしょうか。
「子育て」ではない、「子育ち」に関心のある方はぜひご連絡ください。
■ビジネス界の旧友の来訪(2005年4月26日)
ユニチカの藤原忠裕さんが久しぶりに訪ねてきてくれました。
東レ時代以来の付き合いですが、私が企業から離脱したためになかなか会う機会が少なくなりました。
藤原さんは、今はユニチカの代表取締役常務です。いつもは大阪にいます。
藤原さんは極めてビジネスディシプリンのしっかりしたビジネスプロフェッショナルです。
その藤原さんの関心事は、どうも経済学のようです。
確かに日本の経済学は退屈です。
藤原さんのように、ビジネスの第一線で、身体を張って企業経営に取り組んでいる人から見ると、物足りないことでしょう。
今夜は早稲田大学の大江建さんと会うそうです。
そう言えば、大江さんとも東レ時代、ある会で一緒でした。
そうした人たちとの交流が、会社を辞めてから少なくなりました。
人のつながりは、使い込んでいないとどんどん細くなります。
久しぶりの再開から何か新しい物語が始まるといいのですが、藤原さんは大阪なので、なかなか難しそうです。
■事業型NPOをテーマにしたコムケアサロン(2005年4月26日)
今回のコムケアサロンのテーマは「事業型NPOの面白さと問題点」です。
問題提起はユニバーサルデザイン生活者ネットワークの大矢野由美子さんです。
トステムとの共創活動を踏まえてのお話があり、それに基づいて話し合いました。
今回は新しい人がたくさん参加してくれました。
概要はコムケアのホームページに掲載されていますので、ご覧ください。
事業型NPOとかコミュニティビジネスという言葉が広がっていますが、
何回も書いていますが、その意味合いは非常にあいまいです。
私は、新しい経済システムの主体として捉えていますが、
その「新しい経済システム」の内容もまたあいまいですから、実際には同床異夢の議論が多いです。
しかし、まあ新しい概念の誕生時はそんなものでしょう。
事業型NPOについて議論していくと、NPOとは何かという問題にぶつかります。
今日の議論も、その入り口までたどり着いたように思います。
このテーマでの議論を続けたいという要請もありました。そろそろ研究会をスタートしてもいい頃かもしれません。
帰りはコミュニティアート・ふなばしの下山さんと一緒でした。
このラディカルなアーティストの活動はどんどん広がっています。
時代が下山さんのような人を求めだしているのでしょう。
船橋はますます面白くなりそうです。
■福島県自治研修所での管理者研修(2005年4月27日)
昨年まで行っていた「管理職の役割」をテーマにしていた研修プログラムの内容を見直し、
今年からは「管理者のための政策形成」をテーマに、ソーシャルアントレプレナーシップの話をすることになりました。
毎年5回開催することになっていますが、
新しい試みとして、受講した人たちに呼びかけて、希望者によるメーリングリストを作ることに挑戦してみることにしました。
まさに新しい物語づくりです。
参加者がいるかどうか心配ですが、「つながり」を重視する私としては、私の講義はプロローグにしたいと思っています。
ちなみに私のメッセージは、これからの自治体行政を考える視点とそのリーダーとしての管理者に求められるソーシャルアントレプレナーの勧めです。
そして政策形成とは難しい話ではなく、周辺の気になる風景を納得できるような風景に変えていくことであり、ともかく一歩足を前に出すことだという話です。
まあ、平たく言えば新しい物語づくりのお誘い」です。
夜の懇親会にも参加しました。
こういう場でこそ、面白い話が行き交います。
私の話を聞いて、こんなことをやろうと決めたという話もありました。
うれしいことです。
私の話が契機になり、いくつかの新しい物語が生まれていくことを期待しています。
メーリングリストも始まるといいのですが、これはいささか不安があります。
これまで3年間、福島県に関わらせていただき、さまざまな人に出会いましたが、今年もきっと多彩な人たちに出会うことになるでしょう。
どんな物語が始まるか、とても楽しみです。
(2005年5月第1週)
■それぞれのゴールデンウィーク(2005年5月5日)
今年のゴールデンウィークはいかがでしたでしょうか。
私はほぼ毎日、コムケアの報告書づくりに専念していました。昨年も確かそういう記憶があります。
もっとも世間的には連休ですので、緊張感がないため、仕事ははかどらないのですが。
しかし、メールで伝わってくる、それぞれの連休生活はさまざまです。
あるソーシャルアントレプレナーから連休中に会いたいと連絡がありました。
残念ながらスケジュールが会わず、電話で済ませてしまいましたが、
その人から明け方の5時にメールが届き、締め切りを過ぎていた報告書を今書いているが、もう少しで完成すると連絡がありました。
その人は連休中もきっと私以上に仕事三昧なのかもしれません。
いま、新しいプロジェクトを起こそうとしているのです。
この連休は大学の研究室に泊まって仕事をしています、という別の人からのメールもありました。
この人もソーシャルベンチャーに取り組んでいます。
彼にもあることを頼んだのですが、どうもそれどころではないようです。
私も組織に所属していた時代には、連休はまさに連休でした。
しかし、個人で仕事をするようになってからは、連休はまとまって仕事ができる週になりました。つまり仕事日です。
時間の使い方が一変しました。
連休で仕事以外のことが2つだけありました。
ひとつは足利に藤を見に行きました。満開でした。翌日、テレビでも紹介していましたが、感激しました。ついでに、館林のつつじも見てきました。
もうひとつは農場の開墾作業です。近くの土地を使っての家庭農園です。
農園主の女房に雇われての仕事ですが、農仕事は結構辛いです。
後の時間はパソコンに向き合っていました。
疲れると、最近、飼いだした沢蟹を見ています。
沢蟹を見ているとあきません。
いささか危ない光景ですが。
この生き方から、はやく抜け出なければいけないと思いながら、4年目です。
家族からは、自分で選んだのだから不満をいうなといわれますが、
ついつい不満を言ってしまいます。
■世界の平和を知るための雑誌「軍縮問題資料」が復刊されました(2005年5月5日)
この記事はCWSプライベートにも書きましたが、ここにも書いておきます。
とてもうれしいニュースであり、皆さんにもぜひ読んでほしいからです。
今日、4月で休刊となった「軍縮問題資料」の復刊予告号が届きました。
休刊を惜しむ人たちの尽力で、月刊誌としての復刊が実現したのです。
7月号からまた書店にも並ぶそうです。
この雑誌については、以前も何回か紹介しましたが、私がもっとも愛読していた雑誌です。
書名は硬いですが、中身は読みやすいです。それに広告がほとんどないのがいいです。
1年間の購読料は約1万円です。月額1000円弱です。コーヒー2杯の値段です。
ぜひともご購読をお勧めします。
世界のもうひとつの側面が伝わってきます 。
それ以上に、こうした雑誌を講読することで、平和への活動を応援することにもなります。
次のホームページから申し込みができます。
http://www.heiwa.net/
(2005年5月第2週)
寒い1週間でした。そのため元気が出ませんでした。
元気の素は、やはり自然です。
天気と元気はつながっていることがよくわかりました。
■コムケア活動報告書を書き上げました(2005年5月8日)
連休はコムケア活動の1年間の報告書のまとめにかかりきりでした。
私選した30団体の活動を公開用の報告書にまとめる作業ですが、
改めてそれぞれの活動記録を読み直してみて、こうした活動の広がりとすばらしさを感じました。
社会の実相は決してマスコミなどの情報では読み取れません。
30のプロジェクトやイベントから、時代を変えていくかもしれないと思われるような予兆を感じるものもありました。
それぞれになかなか具体的にコミットしていけないのがとても残念です。
身体が30あると、それも可能になるのですが、今のまま関わりだすと身体がばらばらに壊れそうです。
コムケアの報告書は完成したら、コムケアセンターのホームページに掲載します。
また印刷した小冊子も配布の予定です。
ぜひ読んでください。
■アジアの若者たちに関わる高見沢敏さん(2005年5月9日)
コムケアで昨年ささやかに支援した東京エイリアンアイズ(TAE)の高見沢さんがやってきました。
ちょっとばたばたしていたために、ゆっくりお話できなかったのが残念ですが、
TAEの話ではなく、彼が取り組んでいる留学生支援の活動の話を少し聞きました。
留学生交流団体ワールドユニオンです。
日本は留学生にとってはあまり暮らしやすい社会ではないと、以前、関わっていた数名の留学生たちからも話を聞いていましたが、
今もまだ余り状況は変わっていないようです。
高見沢さんは、これからもアジアに関わっていきたいと考えています。
私にも役立てることがあるかもしれません。またゆっくりと話し合ってみたいと思います。
こうした若者たちの動きの広がりとフットワークのよさは、驚くものがあります。
時代は間違いなく変わろうとしています。
世代交代によって、社会はとても暮らしよくなるでしょう。
新聞を見ていると、その反対のイメージを持ってしまいますが、
きっと社会の実相を編集する新聞社、あるいはテレビ局といった、マスコミの組織文化の実相が大きく反映しているのだろうと思います。
もちろん確かなのは現場の第一次情報です。
皆さん、組織の中で疲れたら、現場に出かけましょう。元気をもらえますよ。
■KAE経営道フォーラム発表会(2005年5月10日)
経営道フォーラム36期生の発表会が明治記念館で行われました。
3つのチームの発表のセッションを担当しました。
テーマは、新しいマネジメントスタイル、新しい企業像、社員をわくわくさせる企業文化です。
それぞれのテーマで半年間、自主研究してきた経営幹部のみなさんが発表するのです。
コーディネーター役として、こんな言い方は失礼ですが、年々、まじめな発表になってきています。
ややひどい言い方をすると、「勉強型」です。それと「言葉」で観察的に語る傾向も強まっています。
これはおそらく企業の実体そのものがそうなってきていることの現れでしょう。
大企業から「気」が失われているのではないかと危惧します。
まあ、そうは言いながらも、今回の発表はいろいろな気づきも与えてくれました。
あるチームはNPOの組織管理の話に気づきがあったようですし、別のチームは家族に本質的なパワーの根源を見つけたようです。
視野が少しずつ企業の外にむき出しています。
企業の外部には、実にたくさんのヒントがあるのですが、企業人はそことのコミュニケーションメディアをあまりもっていないのです。
それがあれば、今の社会が抱えているたくさんのビジネスチャンスとそれを具現化する新しいビジネスモデルに気づくはずなのですが。
来週から37期が始まります。
今度はもう少し直接話法でオリエンテーションすることにしました。
この面白い時代を、もっと企業の人たちに楽しんでほしいです。
■地域情報研究所の魅力的な実践者のお2人(2005年5月12日)
サイクルコミュニケーションプロジェクトの斉藤さんから、
地域情報研究所の田中恒明さんと長岡素彦さんと会うので同席してほしいと頼まれました。
事情がよくわからなかったのですが、同席することにしました。
最初はたまっている課題のことが気になっていて、気もそぞろだったのですが
(何しろコムケアの報告書づくりに忙殺されていて、企業関係の仕事が山積みなのです)、
お二人の話に次第に引きずり込まれました。
とてもいいコメントしてくださっているのです。
私はまちづくりプランナー的な人とはほとんど波長が合わないのですが、
失礼な言い方ですが、長岡さんと田中さんの姿勢にはとても共感できました。
お二人からいろいろなお話を聞かせてもらいました。たくさんの現場をお持ちのようです。
今回、私は同席者でしたが、改めていろいろと意見交換させてもらいたくなりました。
地域情報研究所はバーチャルアソシエーションのようです。ホームページをぜひご覧ください。
学ぶことがたくさんあると思います。
お二人と話していると、どうやら共通の知人友人がいそうです。
私は最近、かなり「ひがみっぽく」なっていて、ほとんどメジャーな集まりやプロジェクトには参加せずにいますが、
メジャーな動きのほうがどんどん活動を深め広げて、社会を変えてきているようです。
離脱者である私は、なにかますます「偏屈」になりたい気分です。困ったものです。
■NPO法人ヘルスケア・リレーションズの瀬戸加奈子さん(2005年5月12日)
インキュベーションハウスのメンバーで、いま大学院でも学んでいる菅野弘達さんが先日、
大学院での発表会でコムケアの話をしてくれたのですが、その話を聞いて、興味を持ってくれた人がいます。
ヘルスケア・リレーションズの理事の瀬戸さんです。
ヘルスケア・リレーションズは、患者中心の参加型医療の実現を目指して、理想と現実とのギャップを埋める研究、実践活動を行なっているNPOです。
5月22日には、患者中心の参加型医療研究大会も開催するそうです。
今年でもう5回目です。プログラムはとても魅力的です。
この日はめずらしく私は企業関係のビジネスの日なので、参加できないのがとても残念です。
瀬戸さんから活動の一部をお聞きしました。
一昨年は、入院を経験された方から「衣」「食」「住」に関する要望を集め、医療サービスの改善や新規商品の開発に役立てる調査も行ったそうです。
とても魅力的な活動をされています。
「患者中心の参加型医療」、初めて聞いた言葉です。
とても気になる言葉ですが、少し考えてみたいと思っています。
瀬戸さんと話していたら、和田務さんの名前が出てきました。
医療ジャーナリストです。もう20年近くお会いしていませんが、とても懐かしいお名前です。
そういえば、瀬戸さんは栗橋病院の本田宏さんもご存知のようです。
医療の世界でのつながりも少しずつ形になりそうな気配もあります。
医療分野に関しては、コムケアでも何かプロジェクトを起こしたいと思っているのですが、なかなか実現できません。
瀬戸さんとの出会いで、ぜひ何かを実現したいと思い出しました。
■光フレッツ導入顛末記(2005年5月13日)
我が家の情報環境を光フレッツに変えることにしました。これが大変なことになってしまったのです。
新聞のチラシ広告を見て、あまり考えることなく、電話で導入を頼んでしまったのです。
しかもかなり中途半端に、です。自業自得です。
5月2日に光ケーブルが導入されましたが、内部配線のことを考えていなかったため、すべてのパソコンのネットが使えなくなりました。
我が家では家族全員がそれぞれパソコンを使っているのです。
全員からクレームです。私も仕事の関係で困ったのですが、
そのときはなぜか奇跡的にルーターもないのに全員のパソコンが使えるようになったのです。
ルーター購入後、工事に来た人がなぜ使えたのかわからないと不思議がっていました。
しかし、まあそんなものです。
機械も困っている人は助けてくれるのです。
工事会社などといろいろ行き違いがありました。
私はあるところに申し込んだらすべてやってくれると思っていたのに、なんと関係者は4社もあったのです。
その4社がまた連絡不十分で、おかしくなってしまい、それによく理解していない私が熟慮せずに発注したりして、話がややこしくなったようです。
そのせいか、工事代無料だったはずなのに料金を取られてしまいました。
納得できなかったのですが、まあ、私のほうにも理解不足の非があるのであきらめて支払いました。
複数の企業とのややこしいやり取りはエネルギーを消耗しますし。
実は混乱はこれだけではなく、翌日、もっと大きな問題が発生しました。
移行にともない、いろいろとプロバイダーからのサービス項目をいじっているうちに、
これまた後先考えずに、あるサービスを解除してしまったのです。
いまはボタンひとつで解約も契約もできるので慎重さが必要ですが、
私はどうもその慎重さがなくて、すぐクリックしたくなるのです。
大事件?が発生しました。他の人に迷惑をかけてしまったのです。
プロバイダーになんとかしてほしいと頼んで、修復してもらいましたが、反省しました。
家族からももう少し慎重に行動するようにと厳重注意でした。反省。
それにしても 、電話回線はどんどん仕組みが変わってきました。我が家は2年周期で変わっています。
ISDN、 ADSL、そして光フレッツです。
その都度、ルーターやいろんな機械を買わないといけません。
どうも納得できませんが、新しい仕組みが出てくると、自然と変えたくなってしまうのです。
困ったものです。
ようやく昨日、完全移行が終わりました。
これからはネットやメールは便利になるのでしょうか。
光に変えた人からは、あまりいい評判は聞こえてこないのですが、どうなるのでしょうか。
■「生命・きずなの日」記念祭(2005年5月14日)
「生命・きずなの日」をご存知でしょうか。例年でいえば、5月17日です。
日本ドナー家族クラブ主催の第3回「生命・きずなの日」記念祭が行われました。
このイベントにはとても思いがあります。
書き出すと長くなるのでやめますが、ぜひ参加したいと思いながら、都合がつかずこれまで参加できませんでした。
それを見越してか、代表の間澤さんご夫妻が私の出番を作ってしまったのです。
参加しないわけには行きません。
参加させてもらいました。
感動しました。素晴らしい会でした。
もっと多くの人に聞いてほしかったです。
ドナー家族のことを、私たちは余りにも知らなさすぎます。
オーストラリアと大阪のドナー家族の方がそれぞれご自分たちの体験と思いをお話になられました。
感動すると同時に、世間の不条理を感じました。
臓器を贈られた方のお話もありました。研究者のお話もありました。みんな心に響くお話でした。
ドナーとはちょっと別の分野の人が3人、お話しました。
NPOライフリンクの鈴木七沖さんとNPO海から海への阿部愛子さんです。お二人の話も感動的でした。
いずれのNPOもコムケア仲間です。
コムケアの関係で、この3つがつながったのです。こんなにうれしいことはありません。
しかも、会場には全国マイケアプラン・ネットワークの3人のメンバーも来ていました。
私も話をさせてもらいました。皆さんの話と違って、迫力のない話になってしまいました。
その上、時間を短くしようと持っているうちに、一番いいたかったことをいい忘れてしまいました。
困ったものです。歳のせいでしょうか。
一番いいたかったのは、
ドナー家族のこの輪をもっと広げて、大きな「いのちときずなのキルト」をつくっていきたいというメッセージでした。
日本ドナー家族ではドナーファミリーキルト作りに取り組んだのですが、
私にはそのキルトづくりこそ、コムケアの活動が目指す「つながり」の象徴のように感じていたのです。
ドナー家族の人たちと触れ合ったのは今回が初めてです。
そして、ようやく間澤さんたちの思いを少しだけシェアできたように思います。
会場には海から海への阿部さんの娘さんの絵が展示されていました。素晴らしい作品です。この絵は海から海へのホームページで少しだけご覧になれます。
海から海への阿部さんご夫妻からの、コムケアはいろいろな元気をいただいています。
いろいろな会に出て、いつも思うことですが、関係者だけの会をもっと外に向けて開いていく必要を感じます。
ドナー家族以外の人に聞いてもらいたい話ばかりでした。聞かせてもらった私は幸運でした。
こういう場に、もっといろいろな人に来てもらいたい。
来年は、もっとさまざまな人をお誘いするお手伝いをしたいと思いました。
来年も5月に開催されるはずです。
ぜひ皆さんご参加ください。世界が大きく変わります。
■病のときは恵みのとき(2005年5月14日)
「いのち・きずなの日」記念祭でお会いしたライフリンクの鈴木さんから1冊の本をいただきました。
記念祭で鈴木さんはお話の最後に、「病気になったら」という詩を読み上げましたが、その詩の本です。
素晴らしい詩です。
鈴木さんは出版社に勤務されています。
その本の紹介をブックのコーナーに書きました。
詩の題は「病気になったら」です。
詩の最後は「病のときは恵みのとき」です。今の私にはかなり実感できます。
とても優しい詩です。もし病気になったらぜひお読みください。
病気が治らなくても元気になれるかもしれません。
本でできることはたくさんあります。
出版社の人はぜひ考えてほしいものです。
私も昔は詩作をしていました。
女房と付き合っていたときには、毎日1作書いて送っていました。
しかし、あまりにもわけのわからない詩が多いため、不本意ながら女房はあんまりうれしがりませんでした。
当時の私のお気にいりは、「金魚が泣いたら地球も泣いた」でした。
「空の青さに思わず死んでしまった」というのも記憶に残っています。
友人の結婚式のときにも詩を読んだことがあります。
これもまたよくわからない詩でしたが、友人が気に入ってくれていたのです。
たしか「いまスクラムのとき」だったでしょうか。
わけのわからない詩ではなく、こうした素直な素晴らしい詩を書けばよかったと後悔します。
当時も今も、素直なはずなのですが、
当時は詩になると、その素直さがもっと素直になってしまうために、誰にも伝わらない言葉になってしまうのです。
まあ、これは言い訳ですが。
昔書いた詩を探して読み直してみようかと思います。
本になるような詩が見つかるといいのですが。
(2005年5月第3週)
今週は企業の経営幹部、NPOのリーダー、行政の管理職の人たち、という3つのセクターの人たちとゆっくりお話できる機会がありました。
そして、 たくさんの「楽しみの芽」に出会えた週でした。
それらがどう育っていくかが楽しみです。
■日本経営道協会市川覚峯さん(2005年5月17日)
聖俗の世界をつなぐ異色のコンサルタントの市川覚峯さんが、協会の常務理事の江口裕司さんと一緒にやってきました。
市川さんは以前も何回か書きましたが、尋常ならざる人です。
比叡山、高野山、吉野山で、3年間にわたり、命を賭けた修行をしてきた人です。
千日回峰行を2度も成し遂げた光永覚道さんや松長有慶さんとも交流があります。
今も毎年、山に行に入ります。
時々ここで紹介するKAE経営道フォーラムの創業者でもあります。
私は、市川さんに誘われて、経営道フォーラムに巻き込まれているわけです。
今は別の活動拠点を開き、独自の活動をしています。
たとえば、企業の経営者を山に引率し、行体験を疑似体験するようなこともやっています。
不思議なパワーを持っている人です。
山から下りて、今年で10年です。一つに節目です。
いろいろと意見交換させてもらいました。
企業の経営者の生き方が問われだしています。
彼の培ってきた知見やネットワークが、これからはとても大切になってくるように思います。
お悩みの経営者がいたら、彼に会うといいです。元気がもらえるでしょう。
そうでない場合もありますが。はい。
■コムケアアドバイザー会議(2005年5月17日)
コムケア活動をこれからどう展開していくかは、私の悩みの一つです。
しかし、コムケアにはたくさんのサポーターの皆さんがいます。
そこで困ると声をかけさせてもらうわけですが、今日もご多用の中を集まってくださいました。
こうやって集まってくださる方々に、コムケアのコアメンバーとして運営委員になっていただいて、
運営委員会をつくるという提案をさせてもらい、了解をいただきました。
それぞれが自らの現場をもちながら、多彩な活動をされている方ばかりです。
これで悩みは解消されるでしょう。いや、そうだといいのですが。
コムケアの資金助成プログラムに関してもいくつかの提案がありました。
やはりいろいろな人の話を聴くことは効果があります。視野が広がるのです。
ありがたいことです。視野が広がると、大変さも増すわけですが。
コムケア仲間が一緒になって、コムケアのプラットフォームを活用したプロジェクトをぜひ起こしてほしいという呼びかけもさせてもらいました。
きっと何かが動き出すでしょう。楽しみです。
それにして、これだけの人たちが応援してくださることには深く感謝しなければいけません。
参加してくださったみなさん、ありがとうございました。
■不思議なイノベーター下山浩一さん(2005年5月17日)
コムケアのサポーターのみなさんは、それぞれに実にパワフルで魅力的なのですが、その一人が下山浩一さんです。
不思議な人です。
この人のことは、ぜひ下山さんのブログ「鳩の目日記」で体感してください。
いささか危ない人の気配もあります。もちろん、これは「褒め言葉」です。
コムケアの集まりの後、帰路が一緒の方向なので、いつもご一緒させてもらいます。
その間、いつも刺激的なお話を聞かせてくれます。
今日は高校における若者たちの話です。
下山さんは高校の先生なのです。
現場に関わっている人の話は実にたくさんのことを教えてくれます。
先週も書きましたが、さまざまな現場で展開されていることはほとんど他の人には見えてきません。
現代の特徴のひとつは、現場がみえなくなったことです。
つまり非情報化が進んでいるのです。
テレビや新聞は、現場を見せる努力をしながら、実際には逆に現場情報を見えなくしているようにも思います。
きれいに編集してしまうからです。
下山さんの話は中途半端には書けませんが、
高校生を通して見える社会の実相が下山さんの精力的な活動のエネルギーなのでしょう。
下山さんのように、たくさんの現場情報や現場体験を通して、10年後が見えている人たちがいます。
そうした知見が集まって、なにかを創発させていく仕組みがブログネットワークかもしれません。
それにしても下山さんは不思議な人です。
雨のときも傘をささないのです。
■KAE37期スタート(2005年5月18日)
経営道フォーラムの第37期がスタートしました。
その最初の合宿です。
最近、このフォーラムでの活動も「研修」的になってきました。
そこで今回のオリエンテーションでは、いくつかの注文をつけさせてもらいました。
調査発表、研究発表ではなく、自らが主体的な当事者になってのメッセージ性を重視してほしいということです。
せっかく企業の経営幹部として活躍している人たちが半年かけて取り組むのですから、本気になればかなり大きなことが出来るはずです。
経営学者とは全く違ったメッセージがだせるはずです。
「研究活動」というと、どうも文献整理や調査に終わりがちですが、実はそれは出発点に過ぎません。
それに文献や調査対象によって、全く違った方向の示唆を受けかねません。
中途半端な文献読み込みや調査、インタビューは、危険性もあるのです。
そのため、私は最初から本を読むのは避けたほうがいいとアドバイスしています。
これはなかなか難しいようです。
左脳ではなく右脳を活かしてほしいと期待しているのですが、さて、どうなるでしょうか。
楽しみです。
経営道フォーラムの基本にあるのは、故山城章教授の実践経営学、日本経営学です。
山城さんは私が会社に入ったころに、すでに定評のある経営学者でした。
私見ですが、価値論を踏まえた経営学を提唱していた経営学者はあまりいなかったように思います。
ですから私にも印象に残っていた学者です。
米国の経営手法を紹介するだけの経営学が多かった時代です。まあ、今よりは少しレベルは高かったようには思いますが。
私はこの経営道フォーラムがスタートした時から関らせていただいたおかげで、山城さんのお話も聴く機会がありました。
経営道フォーラムを展開している山城経営研究所は、
いま、改めて山城経営学の原点に立ち返って、著書の読み直しをしているそうです。
その成果が楽しみです。
■福島県自治研修(2005年5月19日)
福島県での研修講義の2回目です。
前回は欲張りすぎたので、ちょっと話す内容をスリム化したおかげで、何とか時間内に予定のプログラムを消化できました。
まあ、1日半のプログラムを4時間でこなすと言う挑戦ですので、大変ですが、実に刺激的です。
今回はかなり手ごたえも感じました。
ある人が、政策形成力をテーマにした研修なんて、どうせ役に立たないと思ってきたが、
今取り組もうとしていることにヒントがもらえたといってくれました。
私の「暴論」に共感したと話しかけてきてくれる人もいます。
自己満足ですが、こういう手ごたえがあればこそ、こういう活動もやっていけるのです。
今回は、参加者に、それぞれの新しい物語づくりに取り組むことを呼びかけたのですが、
またいくつかの物語が生まれそうです。実に楽しみです。
自治体の現場は実に面白いです。
いくつかの村の人にも会いました。
福島には面白い自治体がたくさんありますが、村の人と話していると何か実感が伝わってきます。
やはり自治体は村が良いです。日本を30万の村にわけると、きっといい社会になるでしょう。
市町村合併による自治体制度の改革は、おそらく見事に失敗して、解体していき、残るのはやはり村、というのが私の未来展望です。
まあ、50年はかかるでしょうが、そうなっていくと確信しています。
もちろんそのときには国家も、今のようなものではなくなっているでしょう。
今生では間に合いませんが、次に生を受けたときには、そうなっているはずです。
来世を楽しみにしています。
福島の安達太良山と吾妻小富士が見事でした。
■久しぶりの山形市(2005年5月20日)
山形市に久しぶりに行きました。
と言っても、2か月ぶり程度ですが。
七日町商店会の宮崎亙さんとお会いしました。久しぶりにゆっくり話しました。
宮崎さんとももうかなり長い付き合いになります。
2回のサミットを「共創」したのですが、いずれも面白い体験でした。
宮崎さんは山形市のど真ん中でいくつかの事業を展開していますが、今日はそのビジョンを少しお聞きしました。
こうした勢いのある住民と話していると、その地域の行政や地域の実態が見えてきます。
久しぶりに市長ともお会いしました。元気そうです。
山形市とはかなり長い付き合いなので、いろいろな人に出会います。
今回、偶然に会ったのは佐久間さんです。都市交通問題に取り組んでいる若者です。
これからは、こういう若者が地域を変えていくのでしょう。
地域が豊かになるということは、こういう若者たちが増えていくことだろうと思います。
以前書き込んだように、山形市では一時期、NPO支援にコムケア方式を取り入れたいという話があったのですが、
このプロジェクトは担当部門と私の考えに少しギャップがあったために白紙になりました。
少し残念ですが、少しホッとしています。
今回は共創係には時間がなくて立ち寄れませんでしたが、担当の小田さんたちがうまく展開してくれるでしょう。
今日は蔵王と月山がとてもきれいでした。月山はいい山です。
■ユニバーサルデザインでハコモノが変わった(2005年5月21日)
ばばこういちさんのテレビに毎月出演していますが、今回のテーマは「ユニバーサルデザインでハコモノが変わった」です。
こういうと、バリアフリー設計にしたおかげで、利用しやすくなったという話だと思われるかもしれませんが、そうではありません。
公共施設を使い手を主役にして再生させたら見事に大成功したという話です。
最近有名になってきた、千代田区の「ちよだプラットフォームスクウェア」の話です。
面白い事例です。ホームページをぜひご覧ください。
ご存知の方もいるでしょうが、長い間赤字に苦しんでいた千代田区役所の中小企業センターを民間からの企画募集をして昨年新しくしたところ、
たちまち黒字経営になったという事例です。
ともすると、民間に任せたからと捉えられがちですが、そうではないように思います。
ポイントは、使い手が作り手になり、運営も始めたことです。
関係者みんなが主役になる仕組みを要したことです。
組織からの発想ではない、個人からの発想のアプローチです。
この仕組みづくりに取り組んだプラットフォームサービス社の藤倉潤一郎さんがゲストです。
誰かのための仕組みづくりではなく、まさに自分のための仕組みづくりをしていることが伝わってきます。
楽しさも一緒にです。
全国に余り使われていない公共施設はたくさんあります。
それを資源として提供し、何かやりたい人に提供したら、その多くはきっと面白い物語を生み出すでしょう。
無駄なものとはいえ、せっかく作った施設を壊したり、ただ同然で売却したりする社会保険庁や省庁のやり方は無策の上乗りです。
「ちよだプラットフォームスクウェア」は実に示唆に富んでいる事例です。
多くの人が視察に来ているそうですが、学ぶべきことを学んでくれていることを願います。
形だけの類似事例が広がることだけは避けたいものです。
最近の自治体の職員には期待半分、失望半分です。
我孫子市ではどうなるでしょうか。ちょっと不安を持ちながら、しかしとても楽しみです。
我孫子市の人も視察に行っていますので。
(2005年5月第4週)
疲れがたまっていたせいか、風邪を引いてしまい、しかもそれをまたこじらせたようです。
風邪菌に身体を預けて、元気のでない1週間を過ごしました。
■40年ぶりの柏崎(2005年5月22日)
叔母が亡くなりました。
100歳の誕生日を迎えた翌日、眠るように逝ったそうです。
仕事やイベントなど、山積みの週末だったのですが、何とかわがままを通させてもらって柏崎に行きました。
40年ぶりです。
私は過去のことに興味がもてないタイプなので、両親の出身地であり、
しかも戦争中から戦後にかけて私自身住んでいた柏崎にも、大学卒業後、行ったことがありません。
そんなわけで、柏崎に行くのは久しぶりでした。
久しぶりの柏崎はさびれていました。
駅前の大きな商店街は私が40年以上前に行ったときとほとんど変わっていないような気がしました。
しかし、人がいないのです。
少し時間があったので、柏崎港まで行ってみました。
ここもまた40年前のような雰囲気でした。
さまざまな施設ができており、地元の人は大きく変わったと話してくれましたが、どこが変わったのかという感じでした。
都会人は「変化」にも麻痺しているのかもしれません。
商店街でにぎわっている店が1軒だけありました。
美堅屋です。ここは昔からの地元銘菓「明治饅頭」のお店です。
まだ昔のままの姿で売られています。食べてみましたが、味も余り変わっていません。
子どもの頃はお土産品としてはめずらしく美味しい饅頭だと思っていましたが、美味しくありませんでした。
それでも人気があるらしく、「明治饅頭」は一番いい場所に置かれていました。
日曜日は郊外のスーパーと大型パチンコ店がにぎわっているらしいです。
市街から人がいなくなるわけです。
町の作り方が、どこかで間違っているように思います。
柏崎駅からまっすぐに商店街を歩いていくと日本海です。
その気になれば、とても面白い空間になるでしょう。
誰かその気にならないものでしょうか。
こうした地域が日本には多すぎます。これもきっと「組織起点の発想」のためなのでしょう。
とても残念です。
■クリエイティブマネジメント研究所の井口哲夫さん(2005年5月24日)
久しぶりに井口哲夫さんが訪ねてきてくれました。
井口さんは企業経営のコンサルティングや人材育成の活動を独自のオリジナリティを大切にしながら、展開している人です。
井口さんのところのホームページは、このホームページともリンクしていますので、ぜひご覧ください。
ホームページを見ると、その人柄がわかりますが、井口さんの誠実さと思いの高さが感じられるはずです。
井口さんと話していて、いつも感心するのは、いつも「自分たちの生活リズム」を大切にしていることです。
一人で会社をやっていると、先行き不安感から仕事をどんどん入れてしまいかねないのですが、井口さんはそうではないようです。
私は今でこそ、仕事は極力やらない姿勢を大切にしていますが、
一人で仕事を始めた時は、来る仕事は拒まないようにしていました。
最初、2回ほど断ったら、その人からは2度と仕事は来ないことを経験したからです。
井口さんはもう10冊ほどの本を出版されているそうです。
その最初の本が、このホームページのコモンズ書店で「無料販売」している「創造性科学論」ですが,
この本はもう絶版になっており、アマゾンでは、なんと1万5000円の高値がついているそうです。
これは著者にとってはうれしいことでしょう。
ちなみに、その本はまだコモンズ書店には在庫があり、無料販売中です。
そういえば、井口さんからは「無料販売」はおかしいので「贈呈」にリライトしてほしい旨の要請がありました。
井口さんは、そういう几帳面さにあふれた人なのです。偏
屈な私は、その要請を受け入れませんでしたが。
企業経営や人材育成のお仕事があれば、ぜひ井口さんに相談してください。
■沈黙の春を読む会の定例会(2005年5月24日)
沈黙の春を読む会は、名称を「レイチェル・カーソン日本賞準備委員会」に改めたのですが、どうも実態にそぐわないので名乗りにくいです。
このホームページでは、しばらくは「沈黙の春を読む会」で行きたいと思います。
今回は環境倫理の問題ではなく、リーダーシップの議論でした。
メンバーの茶之木淳さんが最近翻訳出版した「統率者の哲学」が材料です。
たくさんの事例を材料にして、とてもわかりやすく書かれた本です。
管理の時代のリーダーシップ論と真心の時代のリーダーシップ論とは違いますし、
組織起点の発想でのリーダーシップ論と個人起点の発想でのそれもまた全く違います。
もちろん私はいずれも後者の視点で考えていますので、この本は、残念ながらいずれも前者の視点での議論です。
しかし、話をしていて、リーダーシップ論とは新しい組織構造原理の話なのだということに気づきました。
関係性としてのダイナミックなリーダーシップ論といってもいいでしょう。
面白そうなテーマです。
この本では21の「法則」がまとめられています。
それを見ながら思いついたのが、複雑系の議論でよく出てくるBOIDです。
鳥の群れがビル街を飛び交うアニメーションを作ろうと苦労していた人が、
全体のシステムからのアプローチを止めて、個々の鳥にある条件をつけたら見事な群れの動きが実現したという話です。
その条件はたった3つです。
@近くの鳥たちが数多くいるほうに向かって飛ぶ
A近くの鳥たちと飛ぶ速さと方向を合わせようとする
B近くの鳥や物体に近づきすぎたらぶつからないように離れようとする
これと同じ発想で、リーダーシップの構造を考えたら、きっと3つくらいにまとめられるかもしれません。
これも魅力的なテーマです。
本当に面白いテーマが山積みです。
私が数年前に書いた、リーダーシップ論を近いうちにこのホームページにもアップしたいと思います。
■水曜倶楽部(2005年5月25日)
風邪をひいてしまいました。
一昨日からおかしかったのですが、今朝起きたら発熱していました。それにのどがとても痛いのです。
今日の夜は山本秀太郎さんが主催している水曜倶楽部のサロンでお話しすることになっていたため、午前中は休んで寝ることにしました。
なんとか元気になって、水曜倶楽部に参加しました。
話している途中で、少し気分が悪くなり、頭が混乱して話も論旨不明になった気もしますが、なんとか役割を果たすことができました。
意見交換もとても面白かったです。
話しているときは何とかもちましたが、帰りの電車の中で疲労がドッとでてきて、座っていても辛い感じでした。
家に戻ってすぐに寝ましたが、おかげでどんな会話があったか全く思い出せません。
しかし、いくつかの物語が始まりそうな感じを持っています。
きっと誰かが訪れてきてくれるでしょう。
水曜倶楽部は、場所は青山のシティクラブで、雰囲気もディナースタイルです。
ちょっと非日常の雰囲気があります。
湯島のオープンサロンとは全く違います。
ご関心のある方は山本さんをご紹介しますので、ぜひ一度参加してみてください。面白人に出会えます。
ちなみに、このときのことをCWSプライベートに書いたら、参加者の東山さんたちが投稿してくれました。
お時間の許す人は、そちらも読んでください。
■食育講座畜産編が始まります(2005年5月27日)
食育が話題になっていますが、私もその通信講座を応援しています。
以前、ご紹介し、受講生も募集していましたが、その時は「野菜編」でした。
これは私のホームページもしくはメールから5人の人が受講してくれたおかげで、その紹介料が8500円入りました。
私の最初のネットビジネス売り上げです。
額は少ないのですが、仕組みが利益を上げる体験を始めてしたわけです。
今度、新たに「畜産編」がスタートしました。
その事務局をやっている Bay Creation の桐生一郎さんと JOBA の加藤雅之さんがやってきました。
また販売代理店をすることにしました。
今度は売り上げ10万円を目指そうと思います。
みなさんの周りで受講してくれる人はいないでしょうか。ぜひご紹介ください。
ただし、CWS経由で申し込まないと私の成績になりません。
これをどうするかが問題です。聞くのを忘れてしまいました。はい。
まあ、受講希望者はぜひ私のメールください。
次のサイトからも申し込めます。畜産編と指定してください。
http://www.shokuiku.info/cws/index2.html
食育が話題になる背景には食育基本法制定の動きがあるからです。
法がつくられると利権が発生し、そこに新しいビジネスが誕生するのですが、
そのビジネスとは「儲け」の仕組みが創られるというだけのことであり、本当のビジネスではありません。
私のように、ホームページに案内を出し、それに応募してくれる人がいると自然に1割がもらえるというような不労所得の仕組みができるだけです。
それをビジネスといって良いかどうかは大変疑問です。
しかし、この15年、組織を離れて仕事をしてきて、そうした仕組みの多さにいささか驚いています。
簡単に言えば、汗をかかない人ほど儲けられる仕組みができているのです。
逆に言えば、汗をかいていると儲けられないのが今の社会かもしれません。
「働く仕事」と「稼ぐ仕事」が分離され、後者が主役になってきたわけです。
私にとって居心地がいいのは、汗をかきながら利益を上げられない人たちの世界です。
その人たちが得ているものは、お金よりもきっと価値のあるものなのでしょう。
だから、一緒に居て、気持ちがいいのです。
話がとんでもない方向に来てしまいましたが、食育講座の受講生募集中なのです。
そして私は販売代理店。余計なことを言って混乱させてはいけません。
私は食育には大きな関心がありますが、どうもビッグビジネス的に捉えると危険です。
ましてや農水省の後ろ盾でおかしな仕組みができることは避けたいです。
ですから、こうしたNPOの皆さんが中心になって展開している活動を応援したいのです。
この通信講座の仕組みは面白い可能性をたくさん持っているように思います。
いつか、加藤さんや桐生さんたちと、新しい物語を創出できればと思っています。
そのためにも販売代理店の実績を上げなくてはなりません。
■やはり3人だけのオープンサロン(2005年5月27日)
湯島のオープンサロンが再開されたことを知らない人が多いようです。
今回も2人の人から今日はあるのかと問い合わせがありました。
1月は例年のように参加者はそれなりでしたが、その後は2回とも3人です。
そこで、前回の報告では、しばらく3人サロンを続けようかと書きましたが、今回もなんと3人だったのです。
思いは通ずるものです。
高校のとき、こんな経験があります。
全校試験の順位発表が行われることになりました。
400人くらいの生徒数だったと思いますが、たしか50番まで発表することになりました。
私は発表されたくないと思いましたので、51位を目指すことにしました。
これは実に面白い挑戦です。
1番は、トップであろうとビリであろうと、目標にしやすいですが、51番は簡単ではありません。
ところが、結果は見事51位だったのです。
以来、その気になれば、そうなるのだという不遜な自信が身につきました。
その種の体験は、その後もいくつかありました。
まあ、総体的にははずれのほうが多いのかもしれませんが、的中だけが記憶に残り、そのせいかいささか性格がゆがんでしまったようにも思います。
いやはや。
まあ、そんなことはどうでもいいのですが、
今回の3人は岸田能和さんと小林貴博さんと武田文彦さんです。

岸田さんは、今、とても面白い仕事をされているようです。
最近はよく中国にいかれているそうです。
中国という国は、私たちが考えているような国家概念ではない、というようなお話をされました。
たしかにそうでしょうね。
今回は私の暴論(本当は正論なのですが)が糾弾され、女房までが「敵」に回ったので、孤軍奮闘でした。
しかし、最後に小林さんが理路整然と総括?したのですが、それは私が言いたかったことなのです。
私が言うと指弾され、小林さんが言うと説得力があるのはなぜでしょうか。
やはり人徳の違いなのでしょうか。困ったものです。
さて次回はどうしましょうか。
やはりサロン再開の案内を出したほうがいいでしょうか。
まあ、それも退屈ですので、次回の目標人数を決めることで、それが実現するかどうかを試すことにします。
次回の目標人数は7人に設定します。
今の延長ではありえない人数です。
さて結果はどうでしょうか。もし的中したら、私には不思議なパワーがあることが証明されたことになります。さてさて。
(2005年6月第1週)
考えることの多い週でした。
テレビの国会中継もよく見ましたので、考えても無駄かなと思う週でもありました。
■ コミュニティスト東山高志さん(2005年5月31日)
東山さんはコミュニティストを名乗っています。
コミュニストではありません。コミュニティ+イストです。
ホームページをご覧いただきたいと思いますが、様々な活動に取り組んでいます。
映像製作や編集が一番得意の分野のようです。
東山さんと出会ったのは先週の水曜倶楽部の集まりでしたが、
その後、CWSプライベートにも数回投稿していただき、結局、お会いすることになりました。
発想に共通する点が多く、いつかどこかで接点ができそうな、世界の重なりを感じました。
特に映像関係での仕事を一度ご一緒したいものです。
話題になった話の一つが、ニーと問題ですが、そこで東山さんの『天の岩戸作戦」の話が出てきました。
詳しくは東山さんのブログに出ています。
http://plaza.rakuten.co.jp/ideaeast/diary/200505310000/
東山さんのパーソナリティが伝わってきます。面白いです。
半分共感します。まだ身体が動き出すまでにはいたりませんが。
しかし、私が一番関心を持ったのは、東山さんの生活基盤である住居です。
東山さんの会話によく出てくるのが「同居人」なのです。
その住居は、どうも4家族がシェアしているようなのですが、
そのメンバーがそれぞれ違った活動をしながら、やわらかくつながっているようなのです。
場所は都心のど真ん中です。都内は自転車で動いているようです。
新しいライフスタイルと新しいワークスタイルを感じます。
何かコラボレーションできるテーマを見つけたいと思っています。
■ NPO法人科学技術倫理フォーラムの杉本泰治さん(2005年5月31日)
科学技術倫理フォーラムは杉本さんの深い思いで立ち上げたNPO法人です。
その杉本さんからいろいろなメッセージをもらっているのですが、これまでなかなか対応できずにいます。
魅力的なプログラムの提案もいくつかいただきました。
たとえば「コーポレートロー」の基本テキストづくりのプロジェクトです。
日本には知的成果を蓄積するテキスト体系の文化がありませんが、会社法の分野でそれを構築したいという構想です。
中途半端に関わっただけで実現できませんでした。
このプロジェクトは、いまでも残念に思っているプロジェクトです。
本気で経営学の構築を考えている学者にとっては、面白いテーマだと思うのですが、これは私だけの考えかもしれません。
その杉本さんが、いま、老いの一徹と言えるほどにのめりこんでいるのが、科学技術倫理です。
これは私が17年前に会社を辞めた時に考えたテーマの一つですので、私にも魅力がありますが、
中途半端には関われないテーマなので、どうも躊躇してしまい、中途半端な関わりしかしてきませんでした。
杉本さんから、NPOに関して相談したいと連絡があったときには不安がよぎったのですが、
やはり予想通りの結果になってしまいました。
杉本さんたちのご尽力で、科学技術者に関わる倫理問題に関しては、
かなりの知見と実績が科学技術倫理フォーラムに蓄積されてきました。
それをさらに進化させる一方で、そろそろ社会への情報発信や働きかけに取り組んでいく必要があります。
それを私が引き受けることになったわけです。
時間的にすでに破綻しているのに、あまりにも無謀なのですが、
ゆっくりで良いという話なので、仲間を募って、プログラミングすることにしました。不安はかなりありますが。
まずはNPOの総会で企画を提案させてもらい、来年にはイベントを開催する方向で考えようと思っていますが、まだ仲間がいません。
そもそも科学技術者の倫理問題に、ソーシャルな視点から行動的に興味を持ってくれる人は決して多くはありません。
いないわけではありませんが、そういう人は個別の問題に真剣に取り組んでいますから、一般論には時間をなかなか割けない状況です。
そんなわけで、これから仲間を2人は見つけたいと思っています。
どなたか仲間になってくれる人はいませんか。
あるいは周りにどなたかいませんか。
これはとても大きなテーマです。しかし、楽しみながらやれればと思っています。
ご関心のある方はご連絡ください。詳しくご説明いたします。
■若者たちの思い(2005年6月2日)
今日は2人の学生と話しあいましたが、そのうちの1人のことを書きます。
茨城県で学生中心のNPOを主宰している石井邦知さんです。
東京に出てきているので会いたいというので、時間があまりなかったのですが、用事の合間をぬって上野駅で会いました。
石井さんは卒業後、個人を元気にしていく手伝いをする活動に取り組みたいのだそうです。
いわゆる「就職」はしないことに決めたようです。
まずは自らのパワーを磨くために、さまざまな場に参加しているとのことです。
しっかりしたビジョンを持って、自らの力とネットワークを高めている若者の顔は、いつも輝いています。
いまは、そうした生き方ができる時代なのです。
私たちの世代も、彼らに対して、何ができるかを考えていくことくらいはできそうです。
なぜ就職しないのかと質問したら、企業には余り魅力を感じないと言うような答えが返ってきました。
若者に魅力を感じさせない組織は先がないでしょう。とても残念です。
もう一つ残念なことがあります。
彼は今、自らを高めるためにあるベンチャー企業の活動に関わったり、あるNPOが主催する研修講座を受講したりしているのですが、
そうした場が大学の中にないことはとても残念なことです。
本当に学びたいことを学べない大学と言うのは一体何なのか、とても気になります。
そうした思いから、静岡大学の半田教授は、super
College of Tokyo構想を打ち出していますが(この研究会もまた再スタートします)、
大学もまた若者には魅力のない場になってきているのかもしれません。
企業も大学も魅力を失いつつある。これはよく考えなければいけない問題です。
働くことも学ぶことも、いずれもわくわくする楽しいことだったはずなのですが、
なぜか最近は退屈なものになってきてしまっています。
■病院での3日間(2005年6月3日)
今週は女房と一緒に1日置きに病院に行っていました。
最近の病院は、ホスピタルと呼んでもいいくらい、ホスピタリティが重視されてきています。
しかし、 それでもかなり疲れます。
いつかも書きましたが、病院は人の気を吸い取るところかもしれません。
幸いに、私たちが通っている病院は国立のせいか、
施設も明るく医師やスタッフに余裕があるので救われますが、小さな病院だともっと疲れます。
なぜでしょうか。
病院をもっと元気が出る場にしたいという思いで活動しているWAPのホスピタルアート活動もありますが、
病院という場を、そこにきた人を、癒すのではなく、エンパワーするような場にしたいものです。
病院という空間の持つ場の力を研究している人はいないでしょうか。
どなたかそんな病院をつくろうという人はいないでしょうか。
病院で過ごしているときに、いつも思うことです。
(2005年6月第2週)
体調は戻りました。体調が戻ると面白い話が入りだします。不思議なものです。
コムケア活動もいよいよ本格的にスタートです。
■我孫子市の富樫道廣さん(2005年6月7日)
我孫子市民の富樫さんから話をしたいと連絡がありました。
ずっと昔、まちづくり研究会なるものを知人が立ち上げた時に初めて富樫さんに出会ったのですが、富樫さんは山形市出身でした。
私が山形市に関わりだした頃の話ですが、私を山形市に巻き込んだ舟山さんの友人でした。
そのため、お互いに親近感が生まれ、ちょっと気になる存在でした。
その後、景観形成市民会議でまた出会いました。私は我孫子市よりも外に関心を向けていたのですが、
富樫さんはしっかりと我孫子での活動を深められていました。
富樫さんとは数か月前にもお会いし、その構想をお聞きしていましたが、今回はちょっと違う話です。
前回、美野里町で住民の人たちと一緒に作成したまちづくり計画(都市計画マスタープラン)を差し上げたのですが、
それに共感してくださったのです。
そして、ある問題を契機に、そうした地区計画をつくりたいという相談でした。
契機になった問題が、実は大きなテーマなのです。
私はまちづくりとは物語づくりだと考えていますが、その物語づくりに関わる問題です。
我孫子市は白樺派の文人が別荘を持ったり住んだりした地域です。
今もその跡が残っていますが、それは大きな地域資源です。
しかし、それもだんだん風化し、開発の影響を受けかねません。
富樫さんはそれを危惧しています。
そうした地域資源を活かし育てるのが都市計画だと私は思っていますが、
残念ながら今の都市計画はハード指向ですから、物語などと言う概念はなじみにくいのです。
ビジョンは創られますが、住民の生活や息吹は感じられないことが多いです。
富樫さんもそれに不満なのです。同感です。
そんなわけで、富樫さんの活動に参加することにしました。
先行きが見えない話があるとつい惹かれてしまう。
どうもこの性格は直りません。さて、どうなりますことやら。
■第24回コムケアサロン(2005年6月7日)
今回の話題提供者は須田正子さんです。
埼玉県坂戸市で「よりあい*ええげえし」というボランティアネットワークをやっています。
それ以外にも実に多彩な活動をしている元気な人です。
ちなみに「ええげえし」とは相返しのことだそうです。
まさに私が考えている大きな福祉の理念の本質です。
私はコムケア活動を始めた当初、こうした活動にあまり関心を持っていませんでした。
むしろ明確なテーマを持っている市民活動を基軸にして、それらの新しいつながりを育てていけないかと考えていました。
しかし、そうした考えがいかに頭だけの発想かを思い知らされたのが、
高知県の宅老所「えびす」が主催した幡多昔むかし祭での体験でした。
それに関しては、その時の報告をお読みください。
そこから改めてコミュニティケアやまちづくりについて考えるようになりました。
その精神が、たとえば美野里町の都市計画マスタープランづくりにも大きく影響しています。
同時に、かつて書いた、「賢い住民」ではなく「賢くない住民」による自治こそが、基本だと言う思いに確信を深めました。
誤解がないようにいえば、ここでの賢さは逆説的に使っています。
これに関しても、私のまちづくり理念の小論をぜひお読みください。
サロンの内容はコムケアセンターのホームページをお読みください。
今回はたくさんの人に聞いてほしかったのですが、ちょっとこじんまりとした集まりになってしまいました。
しかし久しぶりに武藤さんが参加したり、初めての小島さんが参加してくれたりして、いいサロンになりました。
須田さんたちの活動はまさに内発的かつ自律的なまち育ちの活動です。
なによりも素晴らしいのは、肩に力をいれずに、心から楽しんでいることです。
しかも深い心配りをしながら、です。
それにしても、須田さんのようなパワフルな女性たちがまた生活を主導しだしたことに、時代の転換期を見る思いです。
生活者おそるべし、です。
■いわき市の自治体内分権(2005年6月8日)
恒例の福島県の管理者研修に行きました。
今回は残念ながら宿泊できなかったので、みなさんとゆっくり話をする時間がありませんでした。
しかし、ちょっとした時間の合間に、参加者のお2人から、
3月まで現場でやってきたが、管理職になって本庁に異動になってからは仕事が楽しくなくなったという話をお聞きしました。
ここに今の組織の本質的な問題があるように思います。
仕事は楽しくなければいけません。
どうしたら楽しくなれるか、それが私の講義のポイントなのですが、
最近は仕事に楽しさを求める人が増えてきました。うれしいことです。
講義はまた欲張りすぎてしまいました。10分超過。困ったものです。
時間がなくて話はできなかったのですが、坂口正治さんに久しぶりに会いました。
私は坂口さんがあるニューズレターに書いた「いわき市の地域内分権」に興味をもったのですが、
それを知って最近書いた論文「自治体内分権の展望と公益」をくれました。
面白い論文です。まもなく公表されるそうです。
「住民参加」と言う言葉が盛んに使われますが、これまではまやかしでした。
なぜ断言できるかと言えば、住民は抽象概念であって、実体概念ではないからです。
意見はばらばらで、くくれるわけがありません。
ですから誰を「住民」に選ぶかで全く別の意味を持ってくるのが、これまでの「住民参加」です。
支配するには好都合の概念なのです。しかし実体はありません。
まさに権力者が好む言葉なのです。
もし本当に住民の意見を重視するのであれば、
住民一人一人が意見を発信できる仕組みとそれを自律的に編集する仕組みが不可欠です。
それを可能にするのは、個人起点の発想での住民自治組織の形成です。
NPOもその一つと言っていいでしょう。
「自治体内分権」の動きは各地でありますが、ひねくれ者の私としては、どうも信用できないのです。
発想が組織発想だからです。
しかし、実態を持った動きも育ちだしている予感はありました。
いわき市がそうかもしれません。
いわき市では市民まちづくり団体と行政のワーキンググループ方式でまちづくりへの取り組みが始まっているそうです。
地域内分権が実現するためには、住民側にしっかりした地域住民自治組織が育っていくことが必要です。
このテーマは、まさに坂口さんの専門分野なのです。
論文を皆さんにお見せできないのが残念ですが、ご関心のある人は坂口さんをご紹介します。
また発表されたらご案内します。
このテーマはとても興味がありますし、私のテーマである「コモンズの回復」の、まさにコアテーマでもあります。
いつか坂口さんとご一緒できればと思っています。
福島に講義に来た日は、高沢公信さんといつも昼食が一緒です。
高沢さんはP&Pネットワークの代表です。
いつも雑談なのですが、今回はコムケアの話をしてしまいました。
うれしいことに興味を持ってくださいました。
高沢さんは、創造力開発や問題解決力向上などの研修やプランニングのお仕事をされています。
ご関心のある方はホームページをご覧ください。
■21世紀委員会(2005年6月10日)
多摩大学教授の北矢行男さんは私が信頼する経営学者です。
その北矢さんから頼まれて、いいちこの会社(三和酒類株式会社)の21世紀委員会で話をすることになりました。
最近は企業での講演はあまりしていないのですが、気楽に話していいというので引き受けました。
参加メンバーをみたら、会社関係者以外はほぼ全員知り合いでした。
最近は会っていない人が多いのですが。
テーマは「当事者たちのつながりによる社会のリフレーミング」にしました。
なにやらややこしいテーマですが、まあ私が最近やっていることの話です。
話した後の意見交換はとても面白かったです。
山本哲士さん(スイス・ジュネーブ国際学術財団)が口火を切りました。
「ソーシャル」ではなく「プライベート」が重要だと言うのです。
実は私の話も、いつものように、個人起点の時代へのパラダイム転換がメッセージですので、全く共感できました。
昨日までスイスにいたとのことで、ジュネーブでの動きを話してくれました。とても納得できる話でした。
河北秀也さんも「つながる」ことの意味を話してくれました。 これも同感です。
大宅憲一さんは「主体性」という言葉に反応してくれました。
まあ、みんなそれぞれ切り口は違うのですが、どうも展望は同じようです。
平林千春さんや伊藤洋子さんにも久しぶりに会いました。
最近は、こうした世界からどんどん離脱していますが、時にはいいものです。
「21世紀は真心に時代」を書いた頃から、私の21世紀のイメージはほぼ変わっていませんが、
さまざまな情報を分析し、現場に出かけていったり人に会ったりしながら、社会の展望を考えていた当時がとても懐かしいです。
わくわくするような発見の毎日だったのを覚えています。
この21世紀委員会では私もとても刺激を受けました。
■「デセプション・ポイント」(2005年6月10日)
「ダヴィンチ・コード」で話題になったダン・ブラウンの「デセプション・ポイント」を読みました。
最後の終わり方に不満はありますが、実に面白かったです。
題名のように、どんでん返しの連続です。電車の中だけで読んだので、3日もかかってしまいましたが、
電車の待ち時間にも読んでしまうほどの面白さです。
ダン・ブラウンの小説はリズミカルなのがいいです。
これは昔、フォーサイスに出会ったときを思い出します。
いくつかの話が並行的に進んでいくモンタージュ風の展開がなんともいえません。
それに文章がビジュアライズされているのです。
物語の内容は紹介できませんが、国や自らの信念を守るために無関係な人を殺すというコラテラル・ダメッジがリアルに描かれています。
しかし、人を殺してまで守るべき国とは何なのでしょうか。
この本にも出てきますが、「少数を犠牲にして多数を救え」というのは便利な言葉なのです。
典型的な「組織発想の時代」の哲学です。
この大義に裏付けられて日本型リストラがまかり通っているわけです。経営者にとっては、良心の呵責なしに。
しかし、個人発想の枠組みの中ではこれは大義にはなりません。
最近はフィクションをほとんど読まないのですが、ダン・ブラウンにますますはまってしまいました。
皆さんにもお勧めします。
主人公のレイチェルは、情報を分析してメッセージを読み取ることのプロフェッショナルです。
私はプロにはなれませんでしたが、企業時代は少しだけそんな仕事をしていました。
これは実に刺激的な仕事でした。
最近はそうした緊張の場がなくなっていることに気づきました。
ちょうどいま、あるビジネスプロジェクトにかかわりだしているのですが、
そこで少しそんな議論もしてみようかなとも思っています。
しかし、 残念ながらそんなことが無意味になってきているのが今の日本のビジネス社会かもしれません。
■うれしい話(2005年6月11日)
このコーナーで書いていること以外にも、毎週、いろいろなことがあります。
ビジネス絡みと個人的すぎる話、家族の話は極力自粛しているのですが、
むしろそうした話にこそ書き残しておきたい発見やドラマがあります。
私が比較的、元気が出たり元気を失ったりするのは、そういう世界での事件が原因であることが多いのです。
今回は少し書いてしまいます。
といっても内輪話になってしまいますが。
根本さんの就職が決まりました。
これは実にうれしい話です。
根本さんは今まで何回か登場していますし、最近、フォーラムに「職安:求人票の「年齢不問」の嘘」という投稿をしてくれた方です。
とてもうれしいです。
長崎の南里さんから電話がありました。
東京に出てきたのです。
南里さんとは古い付き合いです。
長崎県のCIに取り組んだときにささやかに応援したのが付き合いの始まりですが、
いろいろとドラマのある付き合いをさせてもらいました。
最近は、諫早湾干拓問題で意見の違いから話をしないようにしていましたが(彼は一時、長崎県の農水部長だったのです)、
今は人事委員会にいますので、まあ話もしやすくなりました。
残念ながら会う時間がありませんでしたが、元気そうだったのでうれしかったです。
彼も大病をしたのです。
残念と言えば、高知県の宅老所えびすの豊永恵美さんも東京に出てきたそうで、電話がありました。
時間が合わずに会えませんでした。
豊永さんのことは今週も書きましたが、幡多昔むかし祭のときに出会って以来のお付き合いです。
元気なお年寄りに囲まれているせいか、年々若返っているようです。
女房が元気になったら、また出かけていかなければいけません。
そんな人たちが全国に少しずついます。
不思議なことに、思い出すと連絡があるのです。
ガラ紡のフキンの話を紹介しましたが、
浜松市の本田さんはいよいよガラ紡績機の動態保存のために機械を引き受けることにしたそうです。
そのためてんやわんやのようです。
やっと連絡が取れたのですが、元気そうな声におされて、ある質問を忘れてしまいました。
和綿の栽培の北限を聞いてほしいと福島の矢部さんから頼まれていたのです。
可能なら綿の栽培に加担してくれると言うのです。うれしい話です。
もっともフキンのほうは、なかなか売れないです。
私が持っていくのが男性たちの集まりのせいかもしれません。
男性は行動よりも思考が得意なようで、誰も買ってくれません。
まあ買ってくださいといわないからかもしれません。
兵庫の社会福祉士の小山美代さんからも手紙が来ました。
今度は家庭介護のリハビリ関係の仕事に移られたのです。
小山さんはコムケアの理念に共感してくださり、ずっと応援してくれています。
1度しかお会いしていませんが、私の精神的な支えの一人です。
とまあ、こんな感じでいつも皆さんから元気をもらっているわけです。
さまざまな人たちとのつながりが私の元気と幸せの源です。
みんなの声がとても明るかったのが、とてもうれしいです。
(2005年6月第3週)
入梅したのに初夏のような日が続きました。今年は空梅雨のようです。
■住民活動の難しさ(2005年6月14日)
我孫子市で活動をしている3人の人とお会いしました。
どうも今の行政の姿勢に不満を感じているようです。
そういえば、先週お会いした富樫さんからも、行政と相談したが、やはり住民が中心になってグランドデザインをつくらないとだめだ、と言ってきました。
いつかも書きましたが、行政はがんばらないと怒られ、がんばっても怒られる不幸な存在です。
住民参加のまちづくりは難しいのです。
バラバラの住民がNPOなどで実体化しだしたと私は考えています。
しかし、実際にはそのNPOがまたバラバラなのです。 それをつなげる仕組みがありません。
結局はいいように行政に利用されているのが多くの実状です。
しかし、それでは住民も行政も不幸です。
今回お会いしたのは立場の違う人たちですが、その一人が森谷良三さんです。
実践者です。実践者の発言はとても共感できますし、シンプルです、今回もとても共感をもてました。
我孫子市は市民活動支援やコミュニティビジネス起こしなどではかなり話題を提供している自治体です。
補助金制度や福祉問題でも先端的な試みをしています。
ですから、私などが入り込む余地はありません。
私はうまくいっているところには興味を感じないタイプなのです。
昨年来、いろいろな人から問題提起や相談を受けていますが、汗をかく気になれないのは、まあ我孫子のまちづくりは順調に進んでいるからです。
しかし、参加型まちづくりや協働発想に否定的な私としては、不満も少なくありません。
それに講演や講座に来る人たちの多くを知っていることもあって、そのマイナス面も見えてしまいます。困ったものです。
そんなわけで、もうひとつ自らが関わる気になれないのです。
今回はかなり問題を指摘されました。
まさかそこまでは、と思いながらも、3人の人から異口同音に訴求されるとその気になってしまいます。
もう一度、少し人数を増やしての話し合いをすることにしました。
もしこれを読んでいる方の中に我孫子市民がいたらぜひ私にメールをくれませんか。
そして一緒に我孫子市に新しい風を起こしませんか。
お待ちしています。
■SEGNET
再スタート(2005年6月15日)
新しいソーシャルベンチャーを起こそうとしている若者の会の再スタートです。
ノーマライゼーション・ネットに取り組んでいる矢辺卓哉さんは就職したのですが、彼も参加してくれました。
相変わらずですが、2か月の会社生活を活かしていることが伝わってきて、とてもうれしかったです。
彼は障害を持つ人の働く場づくりをライフワークにしていますが、その夢に向けて着実に進んでいるようです。
矢辺さんが就職したので、SEGNETの事務局長は斉藤正俊さんに代わりました。
サイクル・コミュニケーションズの斉藤さんです。彼も今、その事業の立ち上げで大忙しです。
今回は新たに3人が参加しました。
まずはぐっぴーの石井邦知さん。コムケアの応援にも馳せ参じてくれています。
先日、石井さんの思いはお聞きしていますが、なかなか行動的です。
石井さんが同行してくれたのが梅本高行さんです。
自分の体験を踏まえて、居場所のない若者たちが主役になれる場をつくりたいと考えているようです。
そして着目したのが「祭り」です。
着目はとてもいいですが、それを事業にしていくのはかなりの工夫が必要です。
まあすでにいろいろな取り組みがあるからです。
彼は学生ですが、大学に企業にもほとんど魅力を感じていないようです。
しかしネガティブにではなく、ポジティブに、それを超えていこうと考えているようでとても共感できます。
「グスクの海」プロジェクトに取り組んでいる小島裕さんも参加してくれました。
先週のコムケアサロンに参加してくれたのでお誘いしたのです。
ゲームと社会貢献をつなげていこうというビジョンを持っています。
ホームページをぜひご覧ください。
参加者が改めて、それぞれの思いや夢や活動を紹介しあいました。
予定では7月にイベントを開催する予定なのですが、時期は遅れるかもしれませんが、面白くなりそうです。
私はそろそろ距離を置いてもよさそうです。
この集まりはできるだけオープンプラットフォームにしていこうというのがみんなの思いです。
みなさんのなかに参加したいという人がいたら、ぜひご連絡ください。
社会に新しい風を起したいという方であれば、きっといい仲間が見つかるでしょう。
■福島県自治体職員のみなさんとのメーリングリスト(2005年6月16日)
とてもうれしいニュースです。
福島県の管理職研修で、今年は受講者にメーリングリストの提案をしています。
これまで3回呼びかけましたが、参加者がいなかったのですが、今日、2人の参加者がありました。
他にも2人、正式ではないのですが、連絡があったので、メーリングリストをスタートさせようかと思っています。
これからはネットワーク資源がとても大切ですが、なぜかみんなネットワーク資源を大切にしません。
名刺交換は盛んにやりますが、その後のフォローはみんなあまりやりません。
私は月に30〜50人の新しい人との名刺交換をしますが、できるだけ名刺交換した人には数日以内にメールを送ります。
しかし、半分以上は返事がありません。
交流する意思がないなら名刺交換しないほうがいいと思います。
念のために言えば、私は自分から名刺交換することは少ないですが、その場合は、その後も交流したいからです。
人のつながりは、使えば使うほど太くなります。
余計なことをかいてしまいましたが、福島県のメーリングリストが実現したことはとてもうれしいです。
まあ維持していくのが大変です。
事実、私が呼びかけて作ったメーリングリストが二つ休眠状態になっていますので、そのメンバーの方がこの記事を読んだら怒るかもしれません。
新しいメーリングリストをつくるより、今のメーリングリストを大切にしろ、というわけです。
しかし、私はどうも維持するのが苦手で、創るのが好きなのです。
困った性格で、皆さんに迷惑をかけています。すみません。
しかし、これを契機に休眠しているメーリングリストも再開しようと思います。
休眠状態のメーリングリストは、「風のまち」と「CWSコモンズ村」です。
メンバーの皆さんすみません。7月中に再開しますので、お許しください。
■美野里町まちづくり組織条例が制定されました(2005年6月16日)
私が昨年まで関わっていた茨城県の美野里町の「まちづくり組織条例」が正式に制定されたとの連絡がありました。
諸般の事情で、最後はあまり関われませんでした。
私にとっては、美野里町への働きかけの集大成的な意味をもっていましたし、
全国初のまちづくり組織条例という名前も提案させてもらっていたので、
いささか寂しいですが、しかしまあ制定できたことは喜ぶべきでしょう。
「まちづくり組織条例」先週、書いた坂口さんの地域内分権の仕組みづくりです。
そうした大きなパラダイム転換のビジョンがあるかどうかで、条例の意味合いは全く変わってきます。
この条例を活かして、ぜひ美野里町の住民の皆さんにはがんばってもらいたいと思っています。
■コムケア資金助成プログラム(2005年6月17日)
コムケア資金助成プログラムの枠組みが漸く決まりました。
今回はいろいろとあって、もう止めようかと思ったほどでしたが、なんとかまとまりました。
今日、募集を開始しました。
今回も「大きな福祉」を目指す新しいプロジェクトを支援していきたいと思いますので、
もし資金助成を受けたいというグループがあれば応募してください。
募集の詳しい内容はコムケアセンターのホームページをご覧ください。
そこにも書いていますが、応募段階から相談に応じます。
資金助成など不要だが、仲間になりたいという団体もいますが、そういう方も大歓迎です。
ついでにご案内ですが、コムケアのメーリングリストもとても面白いです。
だれでもが気持ちよく暮らせる社会を目指したい方はぜひ参加してください。
実践者が多いですから、いざと言うときにはいろいろとアドバイスをしてくれる仲間の集まりです。
参加ご希望の方は、私にでもコムケアセンターにでもネールをいただければすぐ登録します。
コムケアの資金助成プログラムが始まることは、半分はうれしいのですが、半分は辛いのです。
また心配で朝早く目が覚めてしまう3か月が始まるのです。
しかし、今年からコムケア仲間に声をかけて運営委員会を発足させました。
みんなにきっと助けられて、私のやることはなくなってしまうかもしれません。
それもまた、半分うれしく半分つらいですね。
コムケア活動への思いは複雑です。困ったものです。
(2005年6月第4週)
梅雨なのに初夏のような毎日でした。西日本は水不足になってきているようです。
■高崎から榛名山(2005年6月19〜20日)
女房の検査結果があまり思わしくないこともあり、薄氷を踏む思いの毎日なのですが、
検査結果がわかるまでに旅行をしておきたいという女房の提案で、急に家族4人で伊香保温泉に行くことにしました。
こんなことでもないと家族旅行などは無理でしょうが、本当に久しぶりです。
しかも今回は自動車で行くことになりました。
ついでに、姪が嫁いでいる高崎に寄ることになりました。
姪の義父母はとても気さくな人で、結婚式以来初めてなのですが、これまたある理由で、女房の病気をとても心配してくれているのです。
19日に出発し、その日は伊香保に泊まりました。
石段のある温泉街ですが、時期はずれなのか、さびれていました。
翌日は赤城山を経由して帰ってきました。赤城山の白樺牧場のレンゲツツジは見事でした。
途中、ぐんまフラワーパークにもよりました。
今回も花を見るコースでした。女房は花が大好きなのです。
ぐんまフラワーパークでは私は花壇の横のベンチで寝ていましたが、女房は元気で回っていました。
私は人に会うと元気が出ますが、女房は花を見ると元気になるのです。
暑かったせいもあって、観光地や高速道路のサービスエリアで、ソフトクリームがどんどん売れていました。
私も食べましたが、その売れ行きはすごいです。
それにしてもみんなよく食べますね。飽食の時代とはよくいったものです。
「千と千尋」を思い出してしまいました。
天罰がくだらないのがおかしいくらいです。
■ライフリンクの清水康之さん(2005年6月21日)
ライフリンクの清水さんが来てくれました。
清水さんは昨年自殺予防対策センターライフリンクというNPOを立ち上げ、自殺遺族のつながりづくりに取り組んでいますが、
その活動のおかげで流れは大きく変わり出しています。
最近のマスコミは盛んに取り上げていますし、
遺族の方々の発言の場も広がりだし、社会問題としての位置づけがきちんとできつつあります。
政治の流れにも大きな影響を与えてきています。
そのため、清水さんの生活は超多忙になっているようです。
その合間に、コムケアセンターに来てくれ、これからのコムケア活動に関して親身になったアドバイスをしてくれました。うれしいことです。
清水さんの時間感覚からすると今のコムケアは冗長すぎるでしょうが、とても誠意をもってコムケアと付き合ってくれているのです。
コムケアはこうした人たちによって支えられています。
清水さんと話していると元気が出てきます。
コムケア活動も、少し戦略的に動く必要があります。
その点がかなり欠落していたことは否めません。
これは一重に私のパーソナリティの問題です。冗長で試行錯誤的で、持続力に欠けているのです。
しかし、今日、清水さんと話していて、行き方を少し変えることにしました。
初心に返って、コムケア活動を次のステップに進めたいと思っています。
ところで、清水さんはフィンランド出身の国会議員ツルネン・マルティさんともつながりができたそうです。
ツルネンさんとはかつて「アンテナ市民活動」をやっていたことがあります。
議員になってからはお会いしていませんが、立候補の頃、湯河原の彼の自宅に招待されたことがあります。
彼の人柄と生活ぶりがよくわかりました。
湯河原には私の仕事場があるのですが、最近はほとんど行ったことがありません。
今度行った時に久しぶりに伺ってみようかと思います。
■我孫子市市民活動支援課との意見交換(2005年6月23日)
我孫子市は市民活動にいち早く着目し、その視線に力を入れています。
その中心になっているのが市民活動支援課です。
課長の青木さんには私もいろいろとお世話になっていますが、
私自身が我孫子での活動をあまりしていないので、心苦しい気がしています。
先日来、何人かの人から行政との関係で相談があったこともあり、今回は少しコミットした活動をすることにしました。
私も各地のまちづくりに関わっているおかげで、住民の論理と行政の事情をある程度知っていますので、
双方の善意のすれ違いを解きほぐすことはできるかもしれません。
今回のとりあえずのテーマは、駅前にできる市民活動サポートステーションの運営に関することです。
我孫子市では市民活動をしている人に呼びかけて、準備委員会を発足させ、
そこにさらに運営形態を考える作業部会を置き、たたき台をつくってきました。
その説明会を開いたのですが、そのあたりから現場を持って活動している住民たちから異論が出てきたのです。
今日は我孫子で地域コーディネーター役をしている藤田幸子さんと一緒に市民活動支援課を訪問しました。
藤田さんは様々な活動をしています。彼女のホームページも見てください。
行政と住民との関係は非常に多様であり、複雑です。
住民参加とか行政と住民の協働とか、言葉は気楽に使われますが、実体を構築するのは至難です。
それは住民が抽象概念であり、実体概念ではないからです。
住民を実体化するためのNPOも、まだ主体性を持ったところはそう多くはありません。
とりわけ行政の補助金などを期待して行政に集まってくるグループは、組織発想の時代の市民活動ですから、
そこに依存してしまうと行政も立ち行かなくなります。
また「支援」という言葉も微妙です。おこがましさもありますし、控え目な逃げの姿勢もないわけではありません。
私 は「共創」という言葉にはまっているので、少し抵抗がありますが、しかしまあ、今の時代状況では適切な言葉なのでしょう。
我孫子市には市民活動に対する7つのルールがあります。
その一つは、「カネを出すなら口も出せ」です。
つまり補助金を出す以上は、その相手の行動にも責任を持てということでしょう。
問題は「口の出し方」です。ルールをもう一歩、実践的にしないとマイナス面も出てきます。
今日は、かなりざっくばらんに話させてもらいましたが、やはり話し合いがまだまだ不足している気がします。
それは行政だけではありません。住民側に関しても、です。
7月に住民サイドの話し合いを持つことにしました。
それを踏まえて、もう一度、青木さんたちと話し合おうと思います。
■現役シニアの金田英一さん(2005年6月24日)
金田さんとはいろいろと重なる世界があります。きっかけはパウサニアス・ジャパンです。
古代ギリシアを楽しむこの会を最初に話し合ったのは銀座でした。
代表の吉田行雄さんと3人でカレーライスを食べながら金田さんにお会いしました。
シニア社会学会を立ち上げた守永さんの紹介でした。
いずれの会からもいま一時休会させてもらっていますが、いずれも面白い会です。
金田さんの紹介で新潟水辺の会にも参加させてもらいました。
その会の活動の一つは新潟市の掘割を復活させることだそうです。
金田さんはそれにはまっているようで、各近江八幡など地の掘割や水郷をまわっているようです。
韓国にまで行っています。 金田さんはともかく行動的なのです。
もう一つの接点は社会教育です。
雑誌「社会教育」編集長の近藤真司さんが私たちの共通の友人なので、金田さんと会うと必ず彼の話が出ます。
金田さんは介護の関係で新潟と東京を行き来しています。
新潟は私の両親の出身地です。
そんなわけで金田さんは、新潟市長に引き合わせてくれたり、いろいろと私を新潟につなげるご尽力をしてくれています。
怠惰な私はそれに応えられずにいます。
金田さんはまた、若い頃に私がいま住んでいる我孫子市に住んでいたのです。
我が家の比較的近くです。
このように金田さんとは実にいろいろな接点があるのです。
そして私をいろいろな形で応援してくれているのです。
サロンの前に久しぶりにゆっくりお話しようと思っていたのですが、私も金田さんも話し好きなために雑談をしているうちにサロンの時間が来てしまいました。
金田さんとの久しぶりの情報交換はそんなわけでまた延期になりました。
しかし金田さんはお元気そうでした。
活動している人はいつも元気です。
■今回のオープンサロンは7人?(2005年6月24日)
オープンサロンは再開したのはいいのですが、3人サロンが続いていました。そして、先月はこう書きました。
次回の目標人数は7人に設定します。
今の延長ではありえない人数です。
さて結果はどうでしょうか。もし的中したら、私には不思議なパワーがあることが証明されたことになります。さてさて。
結果は微妙でした。参加者は5人でした。
ところが私と女房を含めると7人になるのです。
さて、私の不思議なパワーは立証されたのでしょうか。いや無理ですかね。


まあ、それはともかく、初めて参加の岡田修さんから
学校で「君が代」斉唱を強制している東京都の姿勢をみんなどう考えているのかという刺激的な質問がありました。
彼は公務員なのですが、公務員ではない人たちの受け取り方を知りたいというのです。
ちなみに岡田さん以外の参加者は、金田英一さん、紀陸幸子さん、武田文彦さん、藤原雅夫さんです。
それぞれにしっかりした意見を持って行動している人たちです。まあ、いささかの偏りはありますが、はい。
意見は分かれました。それは健全なことです。
しかし問題は、こうした人たちにすら、いま東京都の学校で何が起こっているのかがあまり知られていないということです。
ニーメラーの教訓を思い出しました。
ちなみに君が代に関しては次の記事を思い出してもらえるとうれしいです。
○君が代が歌えない渡邊さんの話
○コスタリカの若者とコスタリカ政府の対応の話
岡田さんはまた、歌舞伎町の活かし方にも関心を持っています。
これに関しては以前も書きましたが、その発想に共感がもてます。歌舞伎町議論も面白かったです。
紀陸さんの建築模型の活動は順調に発展しているようです。
スクール事業は広がっていますし、新しいプロジェクトにも取り組みだそうとしているようです。お元気そうでした。
藤原さんとは久しぶりです。
最近手がけた本だといって「日本人の宗教『神と仏』を読む」(黒塚信一郎著)をお土産に持ってきてくれました。
ブックのコーナーで紹介させてもらいましたが、面白い本です。
靖国を考えるのであれば、国会議員もこのくらいのことを踏まえて議論してほしいものです。
武田さんは今回は少しおとなしかったです。
君が代論にはもちろん激しく反応しましたが。
まあそんなわけで、6月のオープンサロンは楽しく終わりました。
次回の目標はどうしましょうか。右肩上がりで、10人に設定しましょう。
みなさん、よろしければぜひご参加ください。
意味のない無駄な公共空間なのですが。
■グレートブックスセミナー実践研究会スタート(2005年6月25日)
日本構想学会の研究会として、グレートブックスセミナー実践研究会がスタートしました。
今日はそのコアメンバーの第1回ミーティングです。
久しぶりに半田智久さん(静岡大学)と猪岡武蔵さん(会社人になりました)に会いました。
外岡淳也さん(教育出版)とも久しぶりです。
メンバーは10人なのですが、急な集まりだったので、こじんまりした会になりましたが、その分、じっくりと話せました。
とても刺激的でした。
グレートブックスセミナーに関しては以前説明したと思いますので省略ですが、
秋に5つくらいのスタイルのグレートブックスセミナーを一堂に会して開催しようということを考えているのです。
企画者は半田さんと猪岡さんです。これはきっと面白いものになります。
9月24日に東京国際フォーラムで、12時間のロングイベントです。
定員は20人くらいですので、ご関心のある方は私にご連絡ください。
今なら参加登録可能です。
私はグレートブックスセミナーをまだ体験したことがありません。
そのせいか、その価値は理解できるのですが、どうもまだ身体が動きません。
時代を超えて読み継がれてきた古典を材料に、知をぶつけあい磨きあうことの面白さは、やはり体験しないとわからないのでしょう。
猪岡さんたちは自ら体験してきたために、のめりこめるのですが、どうもまだあんまりワクワクしないのです。
古典はひとりで熟読したほうがいいような気がしてなりません。
しかし、体験せずに決め付けてはいけません。
私が変節できるかどうか楽しみです。
教育出版の外岡さんがいらした関係で、教科書論も交わすことができました。
最近の中学の教科書はフルカラーだそうですが、内容もかなり変化してきているようです。
一度読んでみたくなりました。
教科書も読まずに教育論を語るのはやはりまずいですね。
半田さんのスーパーカレッジ構想のほうに私は関心があるのですが、それはまだ見えてきません。
グレートブックスセミナーは、その重要なプログラムの一つなのですが、はやくスーパーカレッジ構想に取り組みたいものです。
まあ2〜3億円もあれば実現できそうなのですが、誰かポンと半田さんに出してくれる人はいないものでしょうか。
お心当たりのある方はご連絡ください。
画期的なプロジェクトなのです。
(2005年6月第5週)
■早朝太極拳(2005年6月26日)
朝、女房と散歩をしているのですが、時々、近くの手賀沼公園で太極拳をやっているグループに出会います。
いつもは見過ごすのですが、今日はちょうど始まったところでした。
女房がやってみようというのです。
女房はこういうのが好きなのですが、私はどうもこの種のパフォーマンスが苦手なので、横のベンチで座って見ることにしました。
ところが、見ているのも奇妙な感じなので、ついつい参加してしまいました。
一番後ろでみんながやっているのに合わせて真似をしていたのですが、
突然、向きが逆転してしまい、私の場所が先頭になってしまいました。
さてどうやっていいかわかりません。
災難はどこでやってくるかわかりません。いやはや。
女房はヨガや気功をやったこともあるので、なんとなく流れに乗っているのですが、
私は手と身体と足がバラバラの感じで、自然の流れにはほどとおいものがありました。
疲れました。汗もかきました。
まあそんなわけで1時間の初めての太極拳を体験しました。
このグループはもう20年近く毎週日曜日にやっているそうです。
先生がボランティアで始めたのだそうです。今朝は20人くらいが参加していました。
来週も参加することになりました。いささか気が重いですが、女房には逆らえません。
それに最近は50肩と運動不足で気力を喪失しているのです。その対策にもなるでしょう。
でも少しはまともに動けるように、練習してから参加したいなという思いが拭えないのです。
まだまだ見栄を捨てられません。いやたいした見栄ではないのですが、要するに防衛的なのですね。
困ったものです。
■NPO科学技術倫理フォーラム総会(2005年6月27日)
NPO科学技術倫理フォーラムの総会でした。
このNPOは杉本泰治さんが中心になって立ちあげたのですが、
杉本さんらしく、内容の質と密度を高めることを基本にしていますので、着実に実績をあげてきています。
技術者倫理に関する状況を調べようとネット検索すればわかると思いますが、
ここに集まっているメンバーの活躍は大きいです。
もっとも最近の企業は「倫理」の重要性にまだ気づいていませんから、このNPOへのアクセスはあまり多くはないようです。
MOTに取り組んでいる関係者ですら、話をしてもぴんと来ないことが多いですが、そういう人は信頼できません。
そういう人が語るMOTは企業を壊すだけでしょう。
しかし、そうしたMOTがのさばっているのが現状です。企業に知がなくなりだしています。
NPO総会と言っても、多彩な人たちの集まりですので、実に面白い会話が行き交いました。
酸性雨の話、イヌワシや真昆布の話、技術の世界におけるグロバライゼーションの話、
そして森林オオカミと動物園の話、みんなすごく刺激的な話です。
このNPOはこれまで、情報蓄積と大学や企業での情報発信をしてきましたが、
そろそろ社会への情報発信や問題提起活動に取り組もうということになりました。
そこで私からそのためのやわらかい研究会を提案し、承認されました。
うれしいことに即座に3人の方が一緒にやろうと手を上げてくれました。
外部にも一人心当たりがありますので、5人の研究会をスタートさせることになりました。
来年度に、技術者倫理の問題を社会へ問題提起するような公開フォーラムを開催することを目標に設定しました。
杉本さんの活動に比べるとせめてこのくらいはやらなければいけないと思うのですが、
もしかしたら杉本さんの罠にはまったなという気もしないではありません。
しかし、このテーマは私が会社を辞めたときに考えたテーマのひとつですから、真剣に取り組んでみるつもりです。
同志を募集しています。
■シニア社会学会ユニバーサルデザイン部会の吉田健一さん(2005年6月28日)
上野駅界隈のトイレマップに取り組んでいた吉田さんが訪ねてきました。
トイレマップが完成したのです。
いろいろと苦労もあったでしょうが、プロローグは終わりました。
これからの展開が楽しみですが、ワーカーズ・コレクティブ方式で企業化していくことを考えているようです。
面白い展開ができるでしょう。参加したい気分が起きそうなので、心配です。
さすがに今抱えている課題の多さを自覚しているので、今日はなんとか自重できました。
吉田さんがなぜこのプロジェクトに行き着いたかを、あるところに寄稿した文章を読ませてもらいました。
とても納得できました。
トイレマップと言えば、ネットワークでご紹介している四元さんも浦和で作成したことがあり、
全国のトイレマップ・ネットワークにも取り組んでいるとお聞きしています。
もしかしたら、今日あたり、愛知万博でイベントをしているかもしれないと吉田さんからお聞きしました。
テーマを追いかけていると物語は広がるものです。意図せざる発展です。
吉田さんが取り組んでいる活動の主体は、シニア社会学会のユニバーサルデザイン研究会ですが、
そこにはふぁっとえばーの秋山岩雄さんやサロンの常連だった江口直明さんも参加されています。
秋山さんにも久しくお会いしていませんが、健闘されているようでうれしいです。
また吉田さんが活動しているとコムケア仲間に出会うことも多く、そこから私とのつながりが見つかるそうです。
今回、吉田さんがやってきたのも海から海への阿部さんのところで、私とのつながりを知り、久しぶりに訪ねてきてくれたのです。
コムケアネットワークはしっかりと育ちだしているようです。
■コムケア運営委員会準備会(2005年6月28日)
3回目の準備会です。
毎回、同じような議論ではないか、もう具体的に動きたいと一部の人からは怒られ続けています。
私が取り組んでいるコムケア活動は、これまではかなり私の個人的思考で取り組んできました。
最初の立ち上げに関わってくれた片岡勝さんや北矢行男さん、
そして資金提供者の住友生命が全面的に私の思いを支援してくれ、任せてくれたからです。
しかし、5年目にもなるとそういうわけにも行きません。
それにコムケアのビジョンは自立したコモンズ組織なのです。
そこで今年度から運営委員会を発足させ、共同経営を目指したいと考えたのです。
外部から応援してくれるアドバイザー制度や理事会的なものであれば、委嘱すればいいのですが、それではこれまでの仕組みと変わりません。
そこで、このコムケアをみんなに共同で乗っ取ってもらう仕組みを創らないといけません。
運営委員には協力や協働をしてもらうのではなく、共創してもらいたいのです。
その姿勢を理解してもらいたくて、同じような議論を繰り返しています。
それに付き合ってくれる人がこれだけいることに感謝しています。
しかも今回は熊本から明篤館の宮田喜代志さんが参加してくれました。
参加してくれたメンバーは、それぞれにしっかりと自らの現場を持ったNPO活動を展開している人ですが、そのテーマも様々です。
こうした異分野の実践者が、同じテーブルで、コムケアネットワークなどという抽象的な議論をしてくれるのです。
求心力は「大きな福祉」です。
今回の話し合いで運営委員会は正式スタートです。
早速、10月に予定されている資金助成プログラムの公開選考会を運営委員会が検討することになりました。
私はこれまでのことを10分くらい説明して後はできるだけ発言しないようにと言われました。
ちょっとさびしく、大きくうれしいなりゆきです。
コムケアの運営委員会に入りたい人はご連絡ください。皆さんに相談してみますので。
■まちのグランドデザイン(2005年6月29日)
我孫子市で景観やまちづくりに取り組んでいる富樫さんと太田さんと話し合いを持ちました。
太田さんとは久しぶりです。太田さんは我孫子市の手づくり散歩市を起こした中心人物です。
まちづくり交流会を主催されており、私も一時、それに参加していました。
今回は、富樫さんからのお声がかりです。
以前少し書いたように、住民の息吹をこめたグランドデザインを住民で作ろうという呼びかけです。
主旨と思いには共感できます。しかしこれはそう簡単ではありません。
それに私の基本姿勢は現場からの積み重ねですから、
まずは富樫さんの近隣社会の中から物語を育てていくことから始めないと
行政がつくるのと同じ抽象的なビジョンになってしまうのではないかと言う危惧があります。
まずは富樫さんの地区から始めることをお勧めしました。
それに関して協力できることはあるかもしれません。
太田さんがサロンの話をしてくれました。
私がやっているサロンのようなものから始めたらどうかという提案です。
サロン好きな私は賛成ですが、我孫子市でもいろいろなサロンが始まっています。
しかし、サロン好きの私からはホストが不在なのと目的が見えすぎるのが少し気がかりです。
今日のような自由な話し合い空間があるといいですね。
我が家を設計する時に、公共空間の場をつくっておけばよかったと悔やまれます。
資金不足で計画が縮小され、家族の部屋しかつくれなかったのです。
我が家でのサロンは難しそうです。
公共空間はとても大切です 。
宝くじが当たったら家を改装して、公共空間を作りたいと思っています。当たるといいのですが。
■住友生命社会福祉事業団の山上常務理事が激励に来てくれました(2005年6月30日)
コムケアを応援してくださっていた安藤常務理事が退任され、
今年から山上吉明常務理事がコムケアを応援してくださっています。
新年度に当たり、私が挨拶に行こうとしていたのですが、わざわざ当方に来てくださいました。
住友生命の井上小太郎さんと渡辺早苗さんも同行されました。
コムケアは「大きな福祉」を標榜していますが、住友生命は「介護と医療」を標榜しています。
そのギャップをどう埋めるかが私に課せられた課題ですが、なかなかうまくいきません。
大きな介護、大きな医療という発想がコムケア仲間では少しずつ通じるようになりましたが、会社の中ではおそらく通じないでしょう。
山上さんや井上さんには迷惑をおかけしているわけです。
「まちづくり」が行政やコンサルタントの言葉であるように、
「介護」「医療」は観察者の言葉です。現場の人にとって大切なのは気持ちよく暮らせるということです。
それが最高の介護であり、医療なのです。
企業がいう「介護」「医療」は、暮らしの視点に立つと「大きな福祉」「つながり」になるのですが、
これはなかなかわかってもらえないでしょう。
実はそうした言語の違いが、企業とNPO、行政と住民とのコミュニケーションを妨げているのです。
みんなが「くらし」の視点で言動しだすと、社会は大きく変わるのではないかと思っています。
まだもう少し時間がかかりそうです。
山上さんには、いくつか活動に関心を持ってもらえたようでとてもうれしいです。
住友生命とコムケアとつながりがもう少し深化できればと思っています。
■市民活動とNPO法人(2005年6月30日)
コムケアセンターに突然相談に来た人がいます。
コムケアの資金助成プログラムをみて、なんでも相談に乗ると書いてあったので飛び込んできたのだそうです。
資金助成は余り関心がないようです。
もう1000万円くらい集まっているのだそうです。
こういう人たちはどこに相談にいけばいいのでしょうか。
行政やボランティアセンターやNPO中間組織でしょうか。
実はこの方は区のボランティアセンターに行ったそうです。
そうしたらコムケアセンターを紹介してくれたのだそうです。なんと無責任なことでしょうか。
私が紹介するのであれば、まずはコムケアセンターのことを自分で確認してから紹介しますし、
相談に訪問するとしたらまずは相手に電話をかけてから訪問します。
こうした「常識」が欠落している人たちが社会活動をし、市民活動をしているのです。
私がコムケア活動を始めてから、
NPOが嫌いになり社会福祉協議会やボランティアセンターに不信を持っていることがわかってもらえるでしょうか。
しかし、今日、私のところにやってきた人は、どこに相談に行っていいかわからなかったのです。
それもまた問題です。
そして、市民活動をするためにはNPO法人格をとらなくてはいけないという思いで、定款や書類を作成しているのだそうです。
そうした手続き書類作成の前に実体作りが大切ですと申し上げましたが、
ネットで定款モデルをダウンロードし、そこに自分たちの言葉を埋めているようです。
これが行政などの指導の実態だとしたら、恐ろしい話です。
今回はたまたま私がいたので相談に応じられました。
用事があったのですが、結局は1時間近く相談に乗ってしまいました。もっとも「相談以前」の段階でしたが。
コムケア活動をしているとこういうことが多いのです。
重要なことは、決して市民活動で困っているのは「資金」ではないのです。
知恵と常識なのです。あるいは「社会性」や「つながり」と言ってもいいかもしれません。
専門家ではなく、その一歩手前の相談相手が不在なのがいまの問題です。
日本の市民活動はこの50年で大きく交代しているように思えてなりません。
ちょっと日頃の鬱憤晴らしをしてしまいました。
■ホームページへのアクセス数の異常な増加(2005年6月30日)
ちょっと不思議なことが起こりました。
29日か30日か、わからないのですが、いずれかの日にこのホームページへのアクセスが急増したのです。
普段は1日30〜50件なのですが、この2日間でたぶん200件くらいのアクセスがあったのです。
なにかチェックが入ったのでしょうか。
このホームページはどこかの検索エンジンに登録しているわけでもなく、
またテーマ性もないのでアクセスはそれほど多くないはずですが、ちょっと不思議な感じです。
ホームページにしろメールにしろ、相手がわからない状況の中での情報の受発信は不安な要素がいろいろあります。
不愉快なこともあります。ホームページを止めようと思ったことも何回かあります。
ホームページで私自身のアドレスも公開しているせいか、いわゆる迷惑メールも多いです。
最近はガード体制を強化しましたので、かなり解決しましたが、それでもかなりの数が届きます。
ホームページのアクセス数の一時的急増が何か嫌なことにつながっていなければいいのですが。
■我孫子市のサポートステーション論議(2005年7月2日)
我孫子市には市民活動サポートセンターがありますが、今度、我孫子駅前に新しい設備として移転することになっています。
市民活動支援に関しては、我孫子市は全国に先駆けて取り組んだ自治体です。
しかし実際にはさまざまな問題があります。
何回かこのコーナーでも書いたように、新しいサポートステーションとその運営に関しても一部の熱心な実践者たちからは不満が出ています。
そこでまずは意見交換会を開こうと言うことになり、その第1回を開きました。
残念ながら集まった人は少なく、総勢9人でした。
しかし議論は白熱しました。みんなの思いは同じだと改めて実感しました。
こういう場に市長に同席してほしいものです。
しかし市長が出席するのはほとんどが議論の場ではなく、お客様の場です。
そのためにすべての市長は裸の王様になっていくわけですが。
3時間近い議論の結果、こうした話し合いの場を継続しようということになりました。
現場の人が主役にならない住民参加などはマイナスこそあれプラスは皆無です。
今回も進行役を引き受けながら、主観的な偏った主張をしすぎてしまいました。
反省しなければいけません。
しかし税金で新しい施設をつくる以上は、住民が主役にならなければいけません。
市長のためや行政職員のため、現在の既得権者のため、法令遵守のために施設はつくるのではありません。
残念ながら現在の我孫子市の案は住民視点がほとんどありません。
しかもそれが住民参加で進められていることにみんな不満を持っているのです。
私もどうしても発言が厳しくなってしまいます。
それではコーディネーターは勤まりません。困ったものですが、この性格は直りません。
それにしても、不思議なことなのですが、我孫子市では住民活動のつながりがあまりないようなのです。
市民活動サポートステーションができるのであれば、それを契機に、その「つながり」をつくることができるかもしれません。
それを意識して、少し動いてみたいと思います。
それこそが、実は市民活動を支援することなのだということを行政にもわかってもらえればと思っています。
次回は7月12日の予定です。
我孫子市民の方が、もしこれを読まれたらぜひご参加ください。よろしくお願いします。
(2005年7月第1週)
不思議なほど相談の多い週でした。しかも見ず知らずの人からの相談までありました。
どうやら社会は問題で満ちているようです。
■マイケアプランシンポジウム2005(2005年7月3日)
コムケア仲間の全国マイケアプラン・ネットワークの主催するマイケアプランシンポジウム2005に参加しました。
この会の活動に関しては会のホームページをご覧いただきたいのですが、ケアプランの自己作成を広げる活動に取り組んでいます。
私はその活動に共感しています。もちろんいささかの異論はあるのですが。
シンポジウムの報告は同会のホームページにお任せするとして、少し感想を書きます。
代表の島村八重子さんが「自己作成だから見えてきたもの」を最初に話しましたが、これは示唆的でした。
そのメッセージのポイントはケアプランを自分たちで作成するか、作成のためにいろいろと考えることが、介護予防になるというのです。
シンポジウムに参加していた2人の方が、その体験を話されましたが、実に説得力がありました。
私は介護予防を超えて、社会のあり方を変えていくと思っています。
もう一つは、パネルディスカッションに参加した厚生労働省の課長が、person centerd care に言及したことです。
これは驚きでした。しかもこの課長はその視点を評価しているようでした。
私は今の介護保険制度には、その視点が欠落していることが最大の問題だと思っていますが、
もしその視点から介護保険制度を見直すと今とはまったく異なるものになるように思います。
ただ制度には限界がありますから、もし本気で取り組むとなると、
安直な「社会福祉構造の変化」などといってごまかすことはできなくなるでしょう。
それこそパラダイムシフトです。
もう一つ感じたのは、いつもこうした会に出て感ずることなのですが、
やはりどうしても制度に合わせようという受動性を感じます。
これは実際に現場で取り組んでいると仕方がないことですが、枠の中での発想の限界かもしれません。
創造的な楽しさがもっと広がるといいのにと思いました。やや無責任な感想ですが。
しかし、総じてとてもいい集まりで、わが我孫子市の職員にも参加してほしかったです。
呼びかけはしましたが、我孫子からは藤田さんが参加してくれただけでした。
会場で、やはりコムケア仲間の小山さんに会いました。
大阪で、おんなの目で大阪を創る会をやっています。
こうした会で、他のコムケア仲間に会えることが多くなってきました。うれしいことです。
意外にも、「栄養と料理」の編集者の鈴木章弘さんにも会いました。
どうやら小林さんと宮部さんに巻き込まれたようで、取材に来てくれたのです。
他にもいろいろな人に会えました。
イベントはまさに人をつなぐ場です。
■いささか深刻な相談(2005年7月3日)
人生にはいろいろな事件があります。
ある事件が起きることで、生活が一変することもあります。
じわじわと変化していくこともあります。
今日はなぜかいろいろな相談が飛び込んできました。集中しました。
深刻な相談もあります。
私自身、誰かに相談したいことがないわけではありませんが、
そうしたことを気楽にポッと相談する仕組みが今はあまりにも少ないのでしょうね。
しかし、コムケアに取り組んだり、オープンサロンをやったり、わがままな生き方をしてきたおかげで、いろいろな人が相談してきてくれます。
いや、相談と言うよりも、自らを話に来てくれるのです。
今日はいくつかのカウンセリングをさせてもらいました。
疲れました。少しは相手の方を元気にしたでしょうか。
いま必要なのは、やはり「人のつながり」です。
■スロー・ファミリー・マッサージ(2005年7月5日)
「スロー・ファミリー・マッサージ」は、社会起業家である田辺大さんが始めた新事業の屋号です。
そこには田辺さんの思いがたくさんこめられています。
「スローとはつながりを大切にすること」というのが田辺さんの考えです。
田辺さんが盲ろう者の星野さんと一緒に7月から始めた事業です。
奇しくもスワンベーカリーを創業した小倉さんが亡くなられた7月1日に田辺さんたちの事業はスタートしました。
田辺さんたちは盲ろう者の人たちの働く場とフェアトレードのコーヒーを楽しめる「カフェ&マッサージのお店」を目指していますが、
そのモデルの一つがスワンベーカリーなのです。因縁を感じます。
田辺さんたちはまず、出前マッサージサービス事業から着手することにしました。
企業などに出かけていって、福利厚生の一環として従業員のリフレッシュに役立てようと言うわけです。
「社内にマッサージ師がやってきて、効率的にリフレッシュできる。新しいワークスタイルをご提案します」
とスロー・ファミリー・マッサージの案内書に書かれています。
詳しくはぜひホームページをご覧ください。
そして、もし共感してもらえたらぜひ田辺さんに声をかけてください。
2万円程度で6人くらいの従業員をリフレッシュさせられます。
6人集まれば出前で来てくれるそうです。
私は田辺さんたちのこの取り組みを横から見ていました。
とても真摯な取り組みです。ささやかながら私も応援することにしました。
ぜひみなさんお客さん探しに力を貸してください。
スワンベーカリーは新しい風を起しましたが、
スロー・ファミリー・マッサージもきっと新しい風を起すはずです。
応援してもらえるとうれしいです。
■ローカルジャンクション21の二人は疲れながらも元気です(2005年7月5日)
ローカルジャンクション21の浦嶋さんと朝田さんがやってきました。
そういえばちょっと久しぶりですね。また新しい局面に入りだしたようです。
きっかけは蜂蜜です。いま蜂蜜がブームのようです。
そういえば、都心での蜂蜜づくりがテレビでも放映されて話題になっていますね。
これにもローカルジャンクション21はつながっているのです。
詳しくはローカルジャンクション21のホームページをご覧ください。
このグループの活動の広さと深さにきっと驚かされます。
コアメンバーは2人なのです。
経済産業省の助成プロジェクトは1年で終わってしまいました。
残念ですが、まあ現場に疎い世界には目利きがいないことの証明でもあります。
私はこのプロジェクトこそ、経済産業省に新しい視点を持ち込むものだと確信していましたが、
その含意するところが伝わらなかったのでしょう。仕方がありません。
本格的な活動を展開するので、いよいよNPO法人を取得することになりそうです。
ますます疲れそうですね。しかし展望も少しずつ見えてきたようです。
■保育園の未来経営を考える(2005年7月5日)
突然大阪から電話がかかってきました。
私が以前に書いた「保育園の未来経営を考える」という本を読んで、その続きはないのかという問い合わせです。
この本は「保育通信」と言う雑誌に連載したものをまとめたものですが、基礎編で終わってしまい、未来経営まで届かなかったのです。
この本の基調は「経営」と「保育」とは同じだと言うものです。つまり「愛」です。
その人はいまの社会のあり方に疑問を持ち、子育てに関わろうとして夫婦で取り組みだしたところで夫が亡くなり、
ご自身も病気で4年間体調を崩してしまっていたそうですが、
周辺がどんどんおかしくなっていることに黙っていられなくなって、子育て支援活動をする決意をしたようです。
さてどうしたらいいか、そこでなぜか私の本を思い出して、電話してきたのです。
さて私に何ができるでしょうか。
と思っていたら、その電話中にまた電話が入りました。
これがまた大阪です。しかも久しくあっていない大阪ガスの社会活動を担当している人です。
こうした偶然の一致がよく起こります。
さてこの2つの電話から何が始まるのでしょうか。
■経営道と自転車道(2005年7月6日)
あんまり意味のない表題です。
突然オフィスで空白の時間ができました。
奇妙な話ですが、オフィスでは基本的にデスクワークはしないのです。
そこで自転車で都心を走ろうと思い立ちました。
立ち寄れそうなところを考えて、まずは飯田橋の山城経営研究所に向かいました。
オフィスから後楽園遊園地まではすぐなのです。しかも下り坂。快適です。
しかし、その後が不快でした。
歩行者道路の横が自転車道路になっているのですが、そこがレンガ張りでデコボコなので、走りにくいのです。
やはり自転車は余り想定されていないようです。
しかし、目的地まで10分で着きました。電車を使うと30分、自転車は便利です。
都心に自転車道路を整備したら、利用者は増えるかもしれません。
そういえば、20年ほど前、クローバーシティ構想と言う論文を書いたことがあります。
鉄鋼倶楽部の懸賞論文に応募して銀賞をもらいました。
そこでの都市内交通は自転車を想定しました。
この論文もいつかこのホームページに復刻したいです。探せばあるはずなので。
山城経営研究所はKAE経営道フォーラムの事務局です。
うかがったらほぼ全員がいました。
この研究所の発足当初は、その展開方針などをめぐってみんなと議論しによく行きましたが、最近はとんとご無沙汰でした。
代表の八尾さんから、今年は山城章さんの13回忌でもあり、次の展開に向けて、改めて山城経営学を整理しているとお聞きしました。
その中心になっているのが堀越勝さんです。
一度、意見交換をしようかということになりました。
この活動も節目を迎えています。
ついでに近くの日本経営道研究所の市川覚峰さんを訪ねる気になりました。
ここも久しぶりです。この市川さんが経営道フォーラムの創始者なのです。
いまは別に研究所を設立し、より運動性を高めた活動をしています。
市川さんは異彩です。どのくらい異彩かは別の記事をお読みください。
その市川さんも、いま曲がり角です。
運動展開してきたが、疲れてきたと言うのです。思いを込めた運動は疲れるのです。
実はたまたまのことなのですが、今日は市川さんがKAEから離れて新しい活動を初めて10年目だったのです。
これも偶然とはいえ因縁を感じます。
そこでついついまた余計なお世話で1時間近く話してしまいました。
気がついたらオフィスに戻らなければいけない時間になっていました。
こうして自転車ツアーは2箇所で終わってしまいました。
帰りは上り坂で大変でした。
エッシャーのだまし絵ではないですが、下り坂だけの都市はつくれないものでしょうか。
■SEGNETが動き出しそうです(2005年7月6日)
再開SEGNETの2回目です。
前回の参加者に加えて、新たに高橋良太さんが参加しました。
また前回欠席の平下平蔵さんも参加してくれました。それぞれやりたいことをお持ちなのです。
高橋さんは初対面ですが、共通の知人がいました。
竜ヶ崎で農業に取り組んでいた宇野さんやコムケアに応募してくれた松原さんです。
いま高橋さんは松原さんの活動にも関わっているようです。
高橋さんはミニさくらのような活動に関心があるようです。
SEGNETの方針が決まりました。
予定より少し遅れますが、集まりも実現します。 これで私の役割は終わったようです。
このグループがどう広がり、どういう新しい風を起すか、楽しみです。
次回は7月25日の夜です。
社会に何か新しい風を起したいと思っている若者の皆さん、もしご関心があれば遊びに来るといいです。
きっと仲間が見つかります。
私に連絡してもらえれば、事務局長の斉藤正俊さんにつなげます。
■言の葉さらさら2025(2005年7月7日)
残念ながら曇りの七夕です。
ところで、「言の葉さらさら2025」プロジェクトなるものをご存知でしょうか。
これは薗田綾子さんたちが企画した「七夕にあわせて国民から未来に向けた声を集め、未来の国創りビジョンを確立して提言していこう」という思いで、
「2025年までにこんな日本にしたい」「次世代の子供たちに、こんな社会を創りたい」という願いを短冊に書いてもらい、
それを10万人から集めようというプロジェクトです。
「国創りビジョン」とあり、後援に国土交通省をはじめとした中央省庁が名前を連ねているために、
一部の新聞では国が仕掛けたものという報道もありましたが、そうではない民間プロジェクト?です。
詳しくはホームページをご覧ください。
その資料を読んでいたら、なんと呼びかけ人に私の名前が入っていたので驚きました。
呼びかけ人になった覚えはないからです。
しかし、まあ薗田さんからその話をお聞きしたときに、プロジェクトに賛同はした記憶はありますので、もしかしたら呼びかけ人も引き受けたのかもしれません。
まあ目くじらを立てるのは止めましょう。
いい活動は支援しなければいけません。動機が何であれ。
呼びかけ人である以上、私も書き込まないわけにはいきません。
カテゴリーは5つあるのですが、そのすべてに書き込みました。
まあ他愛のない「願い」です。
| 暮らし:喜びも悲しみも、まわりの人とわかちあえるような暮らしができますように。 日本社会:誰もが主役になれる気持ちのよい社会が広がりますように。 地域:鍵をかけずに留守にしても安心なまちに戻りますように。 働き方:働く人の顔が輝いているような仕事が広がりますように。 家庭:笑い声がもっともっと増えていきますように。 |
願い事をしたものの、2025年には私は生存しているでしょうか。最近の心境では可能性は低いかもしれません。
しかし、またどうせいつかは戻ってくるでしょうから、願いは無駄ではありません。
そうです、私は輪廻転生を確信しているのです。
前世の友人の知り合いもいますので。
■3つのメーリングリストがスタートしました(2005年7月8日)
今週はなんと5つのメーリングリストがスタートしました。
2つはコムケア関係で、これはコムケアセンターの橋本さんが創ってくれましたが、それ以外に私も3つのメーリングリストをスタートさせました。
福島ソーシャルアントレプレナーネット、技術者倫理を考える会、そして我孫子の市民活動を考える会です。
今でも20以上のメーリングリストに参加しています。
私が主催しているものだけでも7つあるのですが、今回の追加で10になりました。
これだけのメーリングリストをどう処理していくかですが、そのコツはある時期は集中し、ある時期は無視することなのです。
まあ、あまりほめられた話ではありませんが。
しかし、活発なメーリングリストは1日に5〜10の投稿がありますので、読むのが大変です。
しかもそういうのに限って長文が多いのですが、とても示唆に富む内容で、コメントしたいものが多いのです。
我慢して普段はROMに徹します。
ところで、このメーリングリストは文化を変えているように思います。
実際の会議の場合は、同じ時間に一つの会議にしか出席できませんが、
メーリングリストの場合、同時に複数の集まりに参加できるわけです。
市民活動にとっては、実の大きな効用があります。
おそらく「公共空間」が飛躍的に拡大され、参加者もまた激増しているはずです。
しかし、その一方で、「公共空間」を変質させてもいます。
一言でいえば、人間の持つ豊かな表情が希薄になった機能的な公共空間という気がします。
私自身は、公共空間の冗長性や多義性、そしていつでも軌道修正可能な論争と忘却性がとても好きなのですが、
ネット空間ではそれが難しいです。
記録に残ってしまうのですから。
このホームページを訪ねてきてくれる人のメーリングリストを考えたことがあります。
呼びかけもしていますが、申込者は1人でしたので、挫折しました。
このホームページには、そうした挫折の痕跡がいろいろと残っています。
さて、新たにスタートしたメーリングリストは、どうなるでしょうか。楽しみです。
(2005年7月第2週)
梅雨と夏が並存した週でした。
■髪の毛がまた黒くなりました(2005年7月11日)
私はほぼ白髪です。
かなり早い段階から白髪が多かったのですが、今ではほとんど白髪で、その上、頭部の真ん中はかなり毛がうすくなっています。
その髪の毛が最近黒くなってきています。黒というよりもまだ褐色ですが。
実はこれは理由があるのです。友人から勧められたヘアクリームを使用した結果なのです。
色だけではありません。毛髪が太くなり、もしかしたらこれから増えていくかもしれません。
その製品の説明書にそんなことが書かれています。
しかし、今迷っています。白髪が褐色になってきたのがどうも落ち着かないのです。
実は毛髪に関しては数年前に大事件がありました。
カラーリンスと間違って毛染めを使ってしまい、髪が真っ黒になってしまったことがあります。
使用後、あまりの黒さに驚いて、間違いに気づきました。
慌てて娘に聞いて、脱色する薬を買ってきてもらいました。
真夜中に近い時間でしたが、その時は24時間営業の店があることを初めてうれしく思いました。
それを使いましたが、なかなか脱色しません。それでもう一度やってみました。茶髪になってしまいました。その上、頭がなぜかがんがんしてきました。娘に聞いたら、これは劇薬なので連続して使ってはだめなのだそうです。
その上、髪は細くなり、はげてしまうと脅されました。いやはや。
その劇薬を、ご丁寧に大量に繰り返し使用してしまいました。
実は翌日、教育問題に関する大きな会議があり、そのコーディネーター役をしていました。
その会議では前回、茶髪問題が話題になりました。
茶髪批判が多い中で、私は茶髪でも良いではないかという立場でした。
そんな経緯があったので、もし茶髪でその会議に参加したら、顰蹙をかうことになるでしょう。
翌朝、もう一度洗髪し、黒いカラーリンスで茶髪を黒めにして、その会議に参加しました。
会のコーディネーターは元気が出ませんでした。
この黒髪が解消するのには半年かかりました。
当時の写真が残っていますが、私ではないような雰囲気です。
その事件以来、白髪は急増し、毛髪は一段と薄くなったのです。
そういう体験があるのに、また新しいヘアクリームを使い出してしまいました。
白髪過ぎたからですが、全体がまた黒くなってくるとまた違和感が出てきてしまったわけです。
人間は勝手なものです。
ところで今回の体験の結果はもう少しで判明します。
果たしてこの商品は本当に毛髪を元気にする効果があるのかどうか。
毛髪にお悩みの方への朗報がまもなく書き込めるかもしれません。今の段階では比較的順調です。
つまらない話題ですみません。
■テディベアの訪問(2005年7月12日)
テディベアが訪ねてきたのではありません。
偶然ですが、テディベア大好きな人と今日、出会い、またテディベアに活動をしている人から本が届いたのです。
こうした不思議な偶然が私は大好きなのです。
ひとりはNPOカドリー・ベア・デン・イン・ジャパンの竹澤泰子さんです。
群馬でさまざまな活動をされています。
昨年3月に癒し系テディベアコンテストを開催しました。
私も参加させていただき、その活躍ぶりを垣間見させてもらいました。
しかし、その後、メールアドレスが変わったようで連絡がつかなくなってしまいました。
実はそのイベントの1か月前にパートナーを見送ったこともあり、気になっていたのですが、突然、今日、本が贈られてきました。
「国際主婦学部卒」。竹澤さんらしい書名です。
ブックのコーナーで紹介させてもらいました。
この本は竹澤さんたちのNPO活動の資金集めのための出版のようです。
協力していただける方はぜひお願いします。
もうひとりはコムケアの橋本さんの後輩です。
コムケアに関心を持った学生が来るので一緒にあってほしいと橋本さんに言われたのです。
やってきたのは多摩大学2年生の石塚泉さんです。
自分のやりたいことを事業計画にまとめているので見てほしいと言われました。
題して「思い込み玩具」プロジェクトです。
きっかけはテディベアなのです。
いまテディベアづくり教室に通っているそうですが、テディベアなどのぬいぐるみに思いを込めて、人のつながりを育て深めることを目指しているようです。
石塚さんが好きなのは白熊(ナヌーク)だそうです。
まだ事業コンセプトは整理中のようですが、思いはかなりのもののようです。
コンセプトを膨らませていくときっと面白い物語ができるでしょう。
今日は夜に地元の集会所で集まりをやったのですが、その別の部屋でテディベアが展示されていました。
偶然は重なるものです。これもまた何かの啓示でしょうか。
■我孫子の住民集会(2005年7月12日)
我孫子市の市民活動サポートセンターの運営委員会を「市民」「社会福祉協議会」「市」の三者共同体制にすることへの疑問が、前回の集まりで出てきたので、
今回はそれをテーマに行政の考えを聞こうということになりました。
そこで市役所の市民活動支援課の青木さんと杉山さんにも参加してもらいました。
相変わらず集まりは悪いですが、新たに福田さんと山原さんが参加してくれました。
福田さんは我孫子市では昔からふれあいサロン活動に取り組まれている有名な方です。
山原さんは手づくり散歩市で一度ご一緒しました。
まちづくり活動のリズムは思い切りスローなのです。それになじめないと挫折します。
社会福祉協議会のことをメインテーマにしたかったのですが、
なぜか前回より皆さんの発言のトーンがダウンしてしまい、議論になりませんでした。
それに。三者共同体制はどうやら行政の意図ではなく、住民参加での議論の結論だということがわかりました。
なにか狐に包まれたような話です。
やはり住民活動の奥は深いです。
もしかしたら、我孫子の市民活動の問題は行政主導なのではなく、行政不在・住民不在なのかもしれません。
基本から考え直さなければいけません。
社会福祉協議会問題はあまり盛り上がりませんでしたが、いまのプロジェクトの進め方についてはまた議論が沸騰してしまいました。
前回参加できなかった森谷さんが正論をぶち上げたのです。
やはり現場感覚のある人は迫力があるのです。
次回からはいよいよ建設的な議論に入っていきますが、どう議論を進めればいいか、悩みどころです。
■社会福祉協議会とNPOの関係(2005年7月13日)
福祉環境がパラダイムシフトする中で、社会福祉協議会は大きな変わり目にあります。
しかしなかなかうまく入っていないのが現実でしょう。
社会福祉協議会嫌いのNPOはすくなくありません。
今の社会福祉協議会の現実に不満を持っている若い職員も少なくありません。
そんな話が私のまわりでもよく聞こえてきます。
そこで、社会福祉協議会内部からの問題提起をしてもらって、NPOのこれからの関係を議論する会を持とうかと考えました。
そこでコムケアのメーリングリストに投稿してみました。
返信は余り期待していませんでした。
ところが反響がかなりあったのです。
メーリングリスト上でもある職員の方が実名でコメントをくれましたし、ある方は個人的にぜひ参加したいと言うメールをくれました。
みんな一応は私の面識のある方です。
また社会福祉協議会関係者ではありませんが、興味を持った方からいろいろと投稿が続きました。
この世界に深さは、それなりに感じていますので、軽々には論じられないテーマですが、
日本NPOセンターであれば無理でもコムケアセンターなどというニッチな組織であればこそ、取り組めるテーマです。
来月のでも企画したいと思っています。
私が最大に違和感を持っているのは、その中途半端な性格です。
町内会会費として社会福祉協議会会費が徴収されていることを知っている人は余りいないと思いますし、
社会福祉協議会と行政との関係を理解している人も少ないでしょう。
ともかく不可思議な組織です。
その活動は決して無意味であるわけではありません。
とてもいい活動もありますし、職員の方々の多くは誠意を持って仕事に取り組んでいます。
しかし、たとえば市町村の地域福祉計画というのを皆さんはご存知でしょうか。
その計画づくりや実施には社会福祉協議会はかなりコミットしています。
にもかかわらず、その計画の存在はほとんどの住民は知りません。
その一時をもってしても、社会福祉協議会なるものの本質がわかります。
住民視点ではないのです。
そのあたりを議論してみたいと思います。
ある人からは「米軍の基地問題ほどではないにしろ我が国の闇の部分をつついてみるのもオモシロイかもしれませんね」とコメントが届きました。
「闇の部分」。きっとそうなのです。
会の案内はこのホームページでも告知します。
ご関心のある方はぜひご参加ください。
■日本広報学会ってご存知ですか(2005年7月14日)
東大大学院の特任助手の関谷直也さんが「広報学」の話を聞きたいといってやってきました。
関谷さんとは以前、環境経営のプロジェクトでご一緒したことがあります。
関谷さんは日本広報学会のメンバーでもあります。
その学会が今年で発足10年目なので、その記念すべき大会で、広報学会の活動の総括をすることになったのだそうです。
その関係で、学会発足当時のことなどを聞きに来たのです。
この学会には複雑な思いがあります。
発足当初から関わっていましたが、発足前に主旨の違いが見えてきたために準備会からも一度外れようかと思ったほどでしたが、
結局、発足まで付き合い、最初の何年かは研究担当の理事として活動してきましたが、あまりもすっきりしない運営体制に嫌気がさしてやめさせてもらいました。
しかし言いだしっぺの一人として、広報学とは何かをしっかりと議論する芽を作ろうと思い、「広報学研究会」を2年やりました。
その報告書に載せたものをベースにした小論がありますので、それをこのホームページに再録しました。
暇な人はお読み下さい。
この学会ができるときに、私は「広報」という言葉にこだわっていました。
当時はコーポレート・コミュニケーションという言葉が流行していましたが、
言葉の置き換えによる安直な対応をしている経営学者への不満もあって、言葉の置き換えには当時は反対だったのです。
ところが今日、関谷さんから「広報」という名前なので魅力がないし、相手に伝わらないのではないかと指摘されました。
言われてみて、気づきました。新しい広報の実体づくりと社会への働きかけがほとんどなかったのです。
私も、その意図があっての広報学会の提案を当時の経済広報センターにしたはずなのに、結局はその前段階で放棄してしまっていたのです。
反省しなければいけません。
しかし、広報学会でのいろいろな体験から広報の世界にほとんど関心を失って、
学会を辞めた後は広報センターとの付き合いもなくなりましたし、関係者との付き合いもほとんどなくなってしまいました。
そもそも私の関心事は「企業論」です。
経営論の時代は終わったと思っていたからです。
事実昨今の経営学は、昔の焼き直しや繰り返しが多いように思います。
その意味で、改めて山城経営学を読み直して見たい気分にもなったわけですが。
関谷さんの名刺には「環境情報・災害情報の社会心理」と書かれています。
このテーマで一度意見交換したくなりました。また機会があるでしょう。
■みんなが安心して暮らせる社会を目指す出崎克さん(2005年7月15日)
株式会社キャプテンの出崎さんが10数年ぶりに訪ねてきてくれました。
実はこの1か月の間に、佐渡島関係の人に3人もお会いしました。
それで佐渡島出身の出崎さんに久しぶりにメールしたら、早速やってきてくれたのです。
しかも懐かしい人が同行されました。
安一生さんです。
昔、総友会という組織のスタッフだったのですが、
どうも私が講演を依頼されたのですが、その時に私よりも適任の人がいるといって紹介さんしたのが出崎さんだったようです。
それが縁で、いまは出崎さんの会社に入ったのだそうです。
私の知らないところで、こうしたつながりが育っていることが、私にとっては一番嬉しい話なのです。
出崎さんはリスクマネジメントや製造物責任の分野でお仕事をされています。
出崎さんの会社の理念の冒頭には
「日本国および世界の人々と子供たちの希望に満ちた未来を築く為に」
と書かれています。このことで出崎さんの人柄がわかってもらえるでしょう。
その出崎さんは、セフティマネジメント協会というNPOの専務理事でもあります。
そのNPOの事業として、防災に関連した社会事業を考えているようです。
お話をお聞きし、とても共感できました。
どこかで接点ができるかもしれませんが、これからの展開が楽しみです。
そのNPOの事務局長を安さんがやっています。
その安さんは我孫子市の住民であることがわかりました。
これはもう地元の活動の仲間に引き込まないわけはありません。
力強い同志が一人確保できました。
■みんなのコミュニティサイトcanpan(2005年7月15日)
すごいサイトが育ちつつあります。
日本財団が取り組んでいる公益活動をドメインにしたコミュニティサイトです。
canpanといいます。
その仕掛け人の一人の寺内昇さんがやってきました。まいける東山さんの紹介です。
日本財団とは少しだけ関わりがありました。
話していたら共通の友人がいろいろといました。きっともっとたくさんいるでしょう。
寺内さんはコムケアに関心を持ってくれたのですが、お話をお聞きすると私がコムケアで実現したかったことのほとんどが実現しそうです。
うれしい限りです。少し残念な気分は残りますが、やはり資金力の違いです。
この仕組みは素晴らしいです。ぜひみなさんも参加されるといいです。
しかし、だからと言って、コムケアの意味がないわけではありません。
次元が違うのです。いずれもオープンプラットフォームを目指していますが、役割分担はできそうです。
それにコムケアの本質はヒッピーなところですから、こうしたソーシャル・キャピタル・インフラが育つことは大歓迎なのです。
寺内さんとはすっかり話があってしまいました。
しかし、私はどうもこういうメジャーなシステムが苦手なのです。どうしてでしょうか。論理的には共感して、私もすぐ参加してしまったのですが、どこかに入り込めない何かがあるのです。それはもしかしたら、こうしたコミュニティのガバナンスへの疑念が払拭できないからかもしれません。
このサイトをどう活かしていけばいいかを少し考えてみようと思います。
今流行のSNSにはどこか胡散臭さを感じますが、寺内さんを通してcanpanの理念を埋めこめられたせいか信頼感があります。
きっと大きく広がるでしょう。
日本財団の活動のメインになるような気がします。
だから少し恐ろしさもありますが。
■経営道教祖市川覚峰さんの突然の来訪(2005年7月15日)
突然、市川さんがやってきました。
先週、久しぶりに会ったのですが、その延長です。先日、気楽に立ち寄ったのは失敗でした。
市川さんがやってくるのは何か困りごとがある時です。
こういう人がとても多いのですが、なぜか彼は憎めません。
彼とはいろいろな深いつながりがあるのです。
1時間のカウンセリングをしました。
異才にカウンセリングするのですから、これはまた凝縮した1時間です。
結局、改めてきっちりと話し合うことにしました。
私のオフィスである湯島には実にさまざまな人が来ました。
その後、有名になった人も少なくありませんし、有名な人がなぜかやってきた例もあります。
私にとっては、この17年が凝縮されている空間なのです。
なぜか今日は昔の人が3人もやってきました。この偶然もきっと意味があるのでしょう。
(2005年7月第3週)
先週末からの3連休ではパソコン離れの3日間を久しぶりに体験しました。
時間の流れが少し違った3日間でしたが、無常観を少しだけ感じました。
もっともすぐにまたパソコン生活に戻ってしまいましたが。
先週末からの記事を書きます。
■沢蟹捕り(2005年7月16日)
姪の結婚式の関係で、この連休を福井県敦賀の義姉の家で過ごしました。
我々が行くと義姉夫妻はいつもいろいろとプログラムを組んでくれるのですが、今日は私の強い要望で沢蟹捕りにいくことにしました。
最近は河川はコンクリート張りになっているため、なかなか難しいのです。
義兄が見つけていてくれた川に行きました。
たまたま甥も来ていましたので、不幸にも彼も付き合わされることになりました。
大の大人が3人、小さな川でカニ探しです。
やはり感覚的に慣れている義兄が一番うまく見つけます。
ついで私です。甥は最後にやっと1匹見つけました。
自然遊びは継承されていないのです。いささか大げさですが。
しかし、きっと異様な光景だったでしょうね。
砂金探しのようにみんな熱心に探していましたから。私などは久しぶりに裸足になってズボンをビショビショにしてしまいました。
沢蟹は15匹捕獲できました。
エコロジストや動物愛護主義者、生命権主義者からは糾弾されそうですが、私にとってはこの上ない収穫です。
さて彼らを無事自宅まで連行できるでしょうか。
■西福寺の改修工事現場の見学(2005年7月17日)
以前、書き込んだ大原山西福寺の庭がライトアップされて公開されているというので、連れて行ってもらいました。
いま平成の大修復に取り組んでいるのですが、その工事現場も公開されているのです。
西福寺の本堂は総本山の知恩院と同じ造りですが、規模もほぼ同じなのだそうです。
前回も書きましたが、京都の大原とつながりがあるかどうかをお寺の人に聞いて見ました。
残念ながら明確ではないそうですが、あとでお寺でもらった資料を読んでいたら面白い話が出ていました。
昔、この寺にどうも京都の天狗が空を飛んで通っていたそうなのです。
大原の天狗かもしれません。
もしそうならば、それはきっと勝林院の天狗に違いありません。
西福寺に着いたのは午後7時半頃でした。
山につながる庭がわずかにライトアップされ、雰囲気が出ていました。
庭に面した縁側でお茶をいただきながら見ていると気持ちが穏やかになります。
この寺は勅願寺で、襖も文化財指定で普段はここにはないのだそうですが、今日はあるべきところに置かれていました。
お寺の人が説明に出てきてくれました。
京都や奈良と違い、まだお寺の心が残っています。
有名な浄土回廊も工事中でしたが、そこを通って本堂に入れます。
いつもは外からおまいりするのだそうですが、今日はじっくりと堂内を見せてもらいました。
真ん中のかなり高いところに法然上人の坐像が祀られています。
この寺は浄土宗の中本山なのです。
その法然像は迫力があります。しばらく目を合わせていましたが、かなりの迫力です。
しかし、こんなに高い位置に像を収めたのは間違いでしょう。
法然であれば、同じ目線に置くのがふさわしいでしょう。いささか威嚇的でした。
後ろに回るとたくさんの位牌が所狭しと並んでいます。
観光寺院では見られない風景ですが、生々しいおどろおどろしさを感じます。
しかも世俗の欲得も感じさせる雰囲気も否定できません。
それとは矛盾しそうですが、勅願寺のせいか菊の紋章のようなものがたくさんありました。
修復工事の現場の中に入っていけるのが面白い体験でした。
工事現場の階段をのぼっていったら阿弥陀堂の屋根のところに出ました。
真っ暗だったので何も見えませんでしたが、屋根をなでてきました。珍しい体験でした。
来年には1期工事が完成するそうです。
また寄せてもらうことにしました。
■社内誌コンテスト(2005年7月18日)
各社の社内誌がダンボール箱いっぱい届きました。
恒例の社内誌コンテスト審査のためです。
これを毎年読んで、一つずつコメントを書くのです。
かなり膨大な仕事なのですが、毎年やっているおかげで会社の動きがそれなりに見えてきます。
私の感じでは、日本の会社は進化どころか退化しています。
しかも社内誌の世界では残念ながら知見が蓄積されずに予算削減の分だけ劣化しているようにも思います。
社内誌は面白いメディアですし、経営にとっての戦略ツールです。
しかし、そうした意識はあまり多くはありません。とても残念でなりません。
これから3週間かけて、この社内誌を全部読む予定です。
ちょっと気が重いですが、ちょっと楽しみです。
今年の社内誌はどうでしょうか。
■天然良品の野原敏生さん(2005年7月19日)
エコソシオの野原さんが久しぶりにやってきました。
なんということのない近況報告の交換に終わりましたが、野原さんの関心事はかなり私とは重なっているのです。
取り組み方はまったく違うのですが。
野原さんが今取り組んでいるのは、「天然良品」というブランドのもとに、鮮魚などを楽天を活用して販売していく事業の立ち上げです。
新しい仕組づくりはいつも大変ですが、野原さんは凝り性ですからさらに大変なのです。
それに野原さんは構想者ですからいつも大きな構想を描くのです。
私などはその全貌がなかなかわかりません。
若者たちの起業と私たち世代の起業とは大きく違います。
発想も違えば、取り組み方も違います。きっと世界の見え方が違うのでしょう。
天然良品の鮮魚が皆さんに見えてくる日も近いようです。
■第1回CC運営委員会(2005年7月19日)
コムケアの運営委員会が始まりました。
準備を重ねてきたので、主旨は共有されているとは思うのですが、
これまでの発想の枠で考えるのが人の常ですから、いささかの心配はあります。
今回は選考会のスタイルを中心に議論しましたが、また新機軸がうまれそうです。
選考会に参加した人が共感した活動に寄付をする仕組みです。
こうした動きは以前からありましたが、それをコムケアらしい方法で実現できればと思います。
これまでも検討課題だったのですが、事務局ではなく運営委員から発案してもらったので自己満足にならずにいけそうです。
さらにこれを発展させられれば、コムケア通貨やコムケア基金につなげられるでしょう。
仕組みづくりより実体づくりから入るという理想的なやり方です。
運営委員会はうまくいきそうです。うれしい限りです。
■我孫子のまちづくりの問題点(2005年7月19日)
CC運営委員の下山さんと松清さんは松戸と柏の住民です。
帰路一緒でした。まちづくりの話になりました。
我孫子の市民活動がどう見られているかが良くわかりました。
ほとんどの人から語られることが共通しているのです。
それは私の感覚とほぼ同じです。
残念ながら我孫子のまちづくりは時代から取り残されつつあるのかもしれません。
それが悪いわけではありません。それだけ我孫子は住みやすいともいえるわけです。
相模原市のアドバイザー役をしていたことがあります。
相模原市は住みやすいが物語がないために楽しくないという住民が多かったのですが、それを解決するために物語をどう創りこんでいくかが課題でした。
「相模原学」を提唱しましたが、残念ながら実現しませんでした。
もしかしたら我孫子市もそうなのかもしれません。物語が不在なのです。
今の我孫子市の都市計画は在来型で、開発業者に振り回されているように感じますが、それは都市計画のコアになる物語がないからです。
素材はたくさんありますが、生かせていないのです。
それに着目して事起こしをしたいといっているのが富樫さんなのです。
我孫子市はいま、大きなマンションがどんどん増えています。
一昔前の発想の延長で取り組まれていますので、本当のビジョンが見えません。
まちづくりだけではありません。環境活動もビジョンやシナリオがないような気がします。
目先の流行に追われており、生活発想が不在なのかもしれません。
それはまた住民不在と言うことかもしれません。
住民の一人として反省しなければいけません。いや行動しなければいけません。
さて、どう動き出せばいいのか、悩ましい問題です。
■市川覚峯導師の思い(2005年7月21日)
異能な行者、市川さんから久しぶりにこれから取り組みたいことを体系的に聴きました。
これまでの活動を踏まえて、組織展開をしたいのだそうです。
組織展開のポイントは「コアバリュー」と「コアネットワーク」です。
この二つは既にかなり蓄積されています。後はプログラミングするだけです。
市川さんは、今も時々、経営者を引率して山の行を体験するプログラムを主宰しています。
これは好評です。参加を希望される方がいたら、ご連絡ください。市川さんをご紹介します。
市川さんは「経営道」を言い出した人です。
経営の世界では「能率道」というのがありました。
これは産業能率大学の上野陽一さんが言い出したのですが、
それに触発されて、市川さんは山城章さんと一緒に経営道を提案し、その活動に取り組んできたのです。
しかし、残念ながら「経営道」に心を埋め込むことに必ずしも成功していません。
いま、市川さんが重点をおいているのが「霊性」です。
なにやら流行迎合と思われそうですが、市川さんの場合はそうではありません。
自らの身体的体験の中から体得したところなのです。
市川さんの修得している霊性もかなりのものです。
市川さんは来月から本拠地を戸隠に移します。
この20年の活動の集大成に取り組みます。
何が出てくるか心配ですので、勝手にお目付け役を引き受けることにしました。
霊力のある人のお目付け役になるためには、「無」につながる強欲が必要です。
さて私に果たせるでしょうか。
■市民活動って何ですか?(2005年7月22日)
「市民」ってなんだろうか、と私は時々悩みます。どうも実感が得られないのです。
ところで、今日、コムケアの申請をしたいので相談に乗ってほしいという人がやってきました。
相談に来るまでにいきさつがいろいろあるのですが、それには今回は触れないことにします。
驚いたのは、私がやろうとしていることは「市民活動」なんでしょうか、と聞かれたことです。
やはり「市民活動」という言葉は身近ではないのですね。反省しました。
「社会活動」のほうが適切でしょうか。
やりたいことをやれる時代になったとよく言われます。私もそう思います。
その気があれば、本当に様々なことができます。
雇用される仕事は少なくなっているかもしれませんが、仕事はいくらでも創れる時代です。
失業という概念が変わってきているのです。
ただ、雇用は給料につながりますが、自分で起こす仕事はすぐには対価を得られないかもしれません。
時には対価をとられてしまいます。それでも「仕事」かといわれそうですが、私はそれこそが「仕事」だと思っています。
仕事の定義も、報酬の定義も変わりつつあるのです。
家事は仕事か?、と同じように、市民活動、住民活動は事業かどうかという問題もあります。
事業型NPOとかコミュニティビジネスとか新しい言葉が生まれていますが、どうも発想のベースを転換するまでにはいたっていません。
そこを変えなければ実は何も代わらないように思います。
ちょうどそんなことを話していたら、電話がかかってきました。
昨年度の続いて、 ニートの委員会の継続参加を依頼されました。
発想の転換とはほど遠い有識者たちとの議論は退屈ですが、もう少し付き合ってみようかと思います。
二神さんもオブザーバー参加されるようですし。
(2005年7月第4週)
台風一過、真夏になりました。
■機械関連企業における社会的責任への取り組み(2005年7月25日)
久しぶりに機械振興協会経済研究所の研究会に参加することになりました。
座長が井口哲夫さん、事務局が渡辺博子さんで、テーマは機械関連企業における社会的責任への取り組みです。
抽象論ではなく、たとえばものづくり現場における社会的責任意識のようなものをさぐりたいということです。
その捉え方に共感しました。
企業の社会的責任論は1950年代に始まりますが、当初は「経営者の倫理観」が問題になりました。
その後、1990年代には経営論に変化し、いまのCSR論議は企業論になってきています。
その先には社会論としての企業論があるわけですが、そうした動きを追うだけでも面白いテーマです。
経営論にとどまっている限り、おそらくこの問題は解決しないでしょうが、
現実に語られていることは、今もって経営論の話がほとんどです。
だから私には退屈ですが、この研究会は「ものづくり」にこだわるようなので楽しみです。
委員の半分は初めての方です。
どんな議論が始まるでしょうか。
井口さんや渡辺さんと久しぶりにご一緒できてうれしいです。
■台風の影響(2005年7月26日)
非常に不謹慎なのですが、私は台風が大好きです。
あの風の威力は感動します。
我が家の駐車場の屋根がとばされたり、植木が被害をこうむったり、
大阪への途中で新幹線が止まり、会議に参加できなくなり、それが原因で問題が発生したり 、
まあ、いろいろな被害は体験していますが、ともかく好きなのです。
自然の威力には本当に感動します。
被害を受けた人たちには問題発言でしょうが、ともかく自然が無条件で好きなのです。
今日は大型台風だということで、朝からテレビが騒いでいました。
午前中はオフィスに行こうと思っていたのですが、ついついテレビを見ているうちに行きそびれてしまいました。
午後もずっとテレビの各地の中継を見ていました。
用事もあったのですが、台風を口実に中止してしまいました。
時々、外に出て台風を実感していましたが。
夕方の地元での集まりも台風のため、直前で中止になりました。
ところが残念ながら、今回の台風は思ったより雨風は少なく、肩透かしされた感じです。
我が家の被害は皆無でした。
そういえば23日に地震がありました。
足立区では震度5を超えました。我孫子は4強でした。
ちょうど地震のときに、家族と一緒に近くのショッピングセンターでコーヒーを飲んでいました。
突然の大きな揺れで、店内の人は一斉に立ち上がりましたが、それだけでした。
私は思わず天井を見ました。落下しそうなお店でしたので。
しかし揺れはしたものの被害はありませんでした。耐震構造なのだそうです。
急いで帰宅しましたが、我が家も被害が皆無でした。
いささかこれも気が抜けました。期待はずれ?だったのです。
こうした経験から、被害者になりたがっている自分に気づきました。
なんと不謹慎なことでしょう。
最近の社会はいささかおかしいです。
天に罰せられて当然のはずですが、なぜこういう自堕落な日本社会を天は罰しないのでしょうか。
最近、そんな思いが頭のどこかにあるのです。困ったものです。
大きな天の怒りが近いうちに来そうで心配です。
■司法の死(2005年7月27日)
一度しかお会いしていませんが、尊敬できる人がいます。
山梨の久松さんです。
ゆっくりお話したことはありません。
久松さんは私を覚えていないでしょう。
しかし、私はメーリングリストで久松さんの言動に触れています。とても共感できる人です。
その久松さんから「司法の死」というメールがまわってきました。
昨日、甲府地裁で行われたイラク派兵意見裁判の報告です。
ブログ(CWSプライベート)に書きましたので、ぜひお読みください。
とても悲しいです。
そのメールを受けて、ある人が司法の葬式をやりましょうと提案してきました。
賛成したい気分です。
日本の司法界はどうも信頼できません。
裁判員制度にごまかされてはいけません。そこにこそ司法界のひどさが象徴されているように私は考えています。
しかし、なぜかみんなはそうした形だけの変化や言葉だけの言い換えに満足してしまいます。
とてもさびしいです。
■情報リテラシーをどう考えるか(2005年7月27日)
「沈黙の春」を読む会の今回のテーマは「情報リテラシー」です。
情報好学を専門にされている橋本義平さんが問題提起してくれました。
実に示唆に富むお話で、刺激的な議論が出来ました。
情報リテラシーは一般に、だれでもがITを活用できるようにしようという主旨で議論されますが、
そうした段階はもはや終わり、ITを使うことの意味、影響力の大きさなどをしっかりと身に付けさせることが大切だというのが橋本さんのお考えです。
その基本は、「偉大なる常識人」になり謙虚さを持つことだというのです。同感です。
まあこう書いてしまうと軽くなってしまいますが、これを基調に様々な議論が行なわれました。
杉本さんが録音したかったとおっしゃいましたが、私もそう思いました。
生々しい話も出ました。
つい最近発見された、オンラインバンクのアカウント情報を盗み取るトロイの木馬も紹介されました。
安直にネットに依存するのは危険ですね。
振り込め詐欺などが問題になっていますが、もしかしたらもっと大きな構造的な詐欺的構造が構築されつつあるのかもしれません。
茶之木さんが、ウィルス防止ソフトが、そもそもウィルスになっていると言いましたが、これもいわれてみるとその通りです。
産業のジレンマの典型的な事例ですが、システムの持つ本質を考えさせられました。
情報コストが限りなくゼロに近づいているとよくいわれますが、そのことにもハッとさせられました。
情報コストはもしかしたら急速に高まっているのかもしれません。
スケールデメリットや社会的費用の問題がここでも重要な課題になりそうです。
目からうろこという感じでした。
情報の持つ表と裏は、もっと明確に認識されるべきでしょう。
最後に川口さんが、「まさに新しい『沈黙の春』ですね」といいましたが、同感です。
今回は5人の集まりでしたが、とても深い議論が出来ました。なにかとてもリッチな気分になった感じです。
ところで、この集まりは秋に発足予定の「技術倫理サロン」(仮称)に継承していく予定です。
秋には再スタートします。関心のある方はぜひご連絡ください。
■カネボウ粉飾決算における責任追求と原因究明(2005年7月29日)
カネボウの粉飾決算が話題になりだしました。
そして、ついにかつてのトップが逮捕されてしまいました。
テレビを見ていたら、その一人の宮原卓さんの映像が移りました。
私の知人の宮原卓さんでした。
カネボウの粉飾決算は、おそらくかなり広い範囲でささやかれていたことであり、私ですらかなり前から何となく聞かされていました。
まあ、そんなことはそうめずらしいことではありませんので、そう気にもしていませんでしたが、
その規模はかなり大きいのと経営幹部の意図的な操作のすごさから、問題になるのは時間の問題だとは思っていました。
しかし、そのトップに宮原さんがいると走りませんでした。
宮原さんは三井銀行出身です。
私が東レにいた時代、三井系の会社の企画調査関係のスタッフの集まりをやっていました。
その時に一人が宮原さんです。
私とは大学卒業年次が同じですので、親しみを感じていました。
それにとても真面目な人柄でした。
宮原さんが三井銀行からカネボウに派遣されたのは19995年です。
当事のカネボウはすでにさまざまな問題を山積していたはずです。
最初はまさか彼がと思いました。いや今でも信じられない気分です。
これもたまたまなのですが、今日、その時のメンバーの一人から40数年の会社生活を無事終了したという挨拶状が届きました。
そして宮原さんの事件です。
安定した大企業に入社し、真摯に仕事に取り組んできた2人の知人の明暗をわけたのは何でしょうか。
安全学を提唱している村上陽一郎さんが「第三者機関による事故情報の収集と分析」の大切さを指摘しています。
そして、事故に対して「責任の追及」よりも「原因の究明」が大切だと言っています。
同じことが企業活動にも言えると思います。
宮原さんがなぜこんな不運に巻き込まれたのか、彼の責任を追及することも必要ですが、
それ以上に必要なのは原因です。
責任の追及は「倫理」問題ですが、原因の究明は「論理」問題です。
そうした発想が、残念ながら日本にはほとんどありません。
西武鉄道で自殺した社長も、組織の論理に負けたのです。
思考のパラダイムを変えないと、こうした悲劇がまだまだ繰り返されるでしょう。
■今月のオープンサロンは予想を外しました(2005年7月29日)
オープンサロンに久しぶりに中村公平さんがやってきました。
予定では八ヶ岳山麓で農業をやっているはずなのですが、
まだ企業の世界から解放されずに、今度は第一交通産業の東京支店の顧問に就任されました。
第一交通産業といえば、北九州市に本社がありますが、
ホスピタリティ運動の最初のフォーラムで、そこの浅野さんに参加してもらいました。
とてもしっかりしたホスピタリティマインドを持った会社だと思った記憶が今でもあります。
続いて紀陸さん、武田さん、小林貴博さん、柴崎さん、そして斎藤正俊さんとやってきました。
今月の予想は10人だったのですが、もしかしたらまた実現かと思ったのですが、そこでストップしてしまいました。
少しして、藤原さんがやってきましたが、結局は我々を入れても9人でした。
私の特殊能力は否定されてしまったわけです。
まあ、どうでもいい話ですが。
話題はいろいろと広がりましたが、斎藤さんや中村さんが来たこともあり、自転車や都市交通の問題もかなり話が出ました。
農業の問題やアスベスト問題、ビジネスフォンの話や都市構造の話など、私には面白い話でした。
今日はまさにサロン的な感じで、よかったです。
小林さんがやはり10人以内がサロン的で良いといいましたが、同感です。
しばらくはこんなテンポで静かに進めることにします。
今回はデジカメを忘れてしまったために写真はありません。
■週末農業(2005年7月30日)
この週末、予定があったのですが、すべてキャンセルしました。
意図的に怠惰に過ごすことにしました。
最近どうもやるべき課題に取り組もうとする気力が枯れてきているのです。
周辺の起こるさまざまな事件がそうさせているのかもしれませんが、
気が乗らない時は、ともかくリズムを変えるのが一番です。
近くの家庭農園で雑草取りをしました。
先週一生懸命やったのでかなりきれいにはなっていますが、
それでも草はどんどん世界を広げてきます。
我が家の農園は道沿いが草花ですが、半分以上は野菜です。
近くで農業をやっている青木さんが時々アドバイスしてくれます。
余った苗も分けてくれます。
今年ははじめたのが遅く季節外れのために土壌づくりが中心ですが、
それでも10種類を超える野菜がそれなりに育っています。
和綿も蒔いたのですが、これは4本しか出ませんでした。
農業での悩みの一つは野菜を食べる毛虫や青虫をどうするかです。
もちろん家庭菜園ですから、薬は全く使いません。
見つけると除去しなければいけないわけですが、方法は殺すしかないわけです。
これにはいつも抵抗があります。
農業は殺生と重なっているのです。
雑草とりも殺生そのものなのです。
複雑な気分になります。
青木さんがネットをして毛虫の卵がつかないようにすればいいのですと教えてくれました。
ネットをつかえば、キャベツや白菜にも挑戦できそうです。
殺生と農業、自然破壊と工業、人間疎外とサービス業、
そんなことを考えてしまった1日でした。
(2005年8月第1週)
日本列島はうだっています。
■我孫子の住民活動と行政の支援体制(2005年8月1日)
前にも書きましたが、地元の我孫子市の住民活動(市民活動)に少し波が立ち始めています。
住民活動が広がっていく過程でぶつかる壁の一つかもしれません。
今日の午前中は市役所の市民活動支援課と意見交換させてもらい、
夕方には住民活動に取り組んでいる人たちの集まりを開きました。
我孫子市の市民活動には関係者はかなりの自負を持っています。
行政も住民も、です。
しかし、最近、もしかしたら我孫子の活動は形先行で実体が弱く、
行政依存から十分に抜け出ていないのではないかという意識が広がってきているのです。
外部からもそうした意見は増えています。
「協働」という理念は広がりだしています。
私はこの言葉がまちづくりに大きなひずみを与えていると思っている人間ですが(脱価値的な手段用語だからです)、
協働理念が住民側にはとりあえずの自立の思考を広げていくようです。
ですからまあ、協働理念も受け入れないといけないのかもしれません。
ちなみに、「市民活動」とか「支援」とかが安直に語られている風潮にもいささかの違和感はありますが、それもまあしばらくは妥協しましょう。
それにしても、わけのわからない言葉が多すぎますが。
こうした状況の中で、我孫子市では市民活動サポートセンタが新設移転することになっています。
それを契機にその運営をめぐり、市民参加(住民参加ではありません)で議論を重ねてきたのですが、その案が不評なのです。
なぜ不評かは私には明確です。
価値観が見えないからです。ビジョンとグランドデザインが不在で、現状問題対応発想での手続き論がすべてだからです。
いいかえれば「協働発想」であって、「共創発想」ではないのです。
この違いはなかなか理解してもらえませんが、とても大きな違いだと思います。
午前中の行政との話し合いはかなりお互いに本音で話し合えたと思います。
私も実態の理解が進みました。
問題は簡単ですが、最初のボタンを掛け違えるとその解決は非常に難しくなるのです。
しかし、もしかしたら、今回がそのボタンの賭け違いを正すチャンスかもしれません。
問題は誰がボタンをかけなおすかです。
それができるのは一人しかいません。
夕方は住民集会です。これで3回目ですが、新たに二人の方が参加してくださいました。
議論はおおもめで、大変でした。あまりに情報が共有されていないための混乱です。
しかし、みんな本音での議論ですから、実に真剣です。
9時になっても議論は付き添うもありません。まあもう少し続けなければいけません。
こうした話し合いの場が実はまちづくりの拠点なのです。
いわゆる公共空間ですが、こうした話し合いが広がればほとんどすべては解決します。
行政がやれる支援とは、実はこうした話し合い空間、いわゆる公共空間を広げ、つなげることなのかもしれません。
この集まりはもうしばらく続けたいと思いますが、この活動のビジョンとグランドデザインも必要になってきました。
本気で取り組むべきかどうか、迷うところです。
なぜなら私の発想は現状を混乱させることが多いですから。いやはや。
■KAE37期Eチームメンバーとの意見交換(2005年8月2日)
今回のEチームのテーマは「ステークホルダーとのwin-win関係づくりを、社員を切り口に考える」です。
議論が壁にぶつかってしまったようでみんなで話に来ました。
話を聞いてみると、みんな難しく考えすぎのような気がしました。
どうしてみんな物事を難しく考えてしまうのでしょうか。
研修の場に参加して、いつも感じるには、みんな理論から考えてしまうことです。
もっと身近な問題から考えると議論はしやすくなるはずなのですが、なぜか理論や知識から議論を始めます。
それでは本音の議論はしにくくなります。もちろん答えは見つかりません。
理論の中に答えはありません。
私はKAEでは「理念」をテーマにしたチームのアドバイザーですが、
いつも企業の理念を考えることは自らの生き方を考えることだと話します。
しかし 、ほとんどそれは皆さんの耳に残りません。
自分の問題を自分の言葉で話し合うことの面白さに気づけば、学ぶことに意味は大きく変わるのですが。
話しているうちに、いろいろと具体的な話が出てきました。
職場の問題も出てきましたし、これまでの議論の仕方の問題点も見えてきたようです。
ここまでくればもう大丈夫です。次回はきっと面白い議論が出来るでしょう。
しかし、この数年、皆さんの関心は必ずといっていいほど、同じところにたどりつきます。
「社員の元気」です。企業の現状がよくわかります。
■ホリスティック医療に取り組む縄田理恵子さん(2005年8月2日)
縄田さんとの出会いは、統合医療研究会です。
縄田さんはホメオパシーや健康食品に造詣が深い方ですが、
この1年、帯津良一さんが主宰する池袋の帯津三敬クリニックの立ち上げに取り組んでいました。
もう軌道に乗り出しているようです。
帯津さんはその分野では著名な方で、私の女房の時も何人かの方から帯津さんに診てもらったらどうかとお勧めを受けました。
当時は接点が全くなく諦めたのですが、縄田さんがまさかその帯津さんと一緒に仕事をすることになるとは思ってもいませんでした。
不思議な縁を感じます。
縄田さんはいろいろな思いをお持ちですが、迷いもいろいろとあるようです。
しかし、まずは動き出すことが大切です。
年内には次の第一歩を踏み出すでしょう。
どんな物語がまた生まれるでしょうか。
■ナイト・スタディ・ハウスが今度で10回目になります(2005年8月3日)
ナイト・スタディ・ハウスに関しては、最初、少し報告しただけであまり触れてきませんでした。
とても面白い活動で、私も毎回参加したかったのですが、いろいろと不運が重なり2回目以降、参加できなかったのがとても残念です。
毎回、イベントが終わると主催者の菅野さんと塩野さんが報告してくれます。
このプロジェクトは、この二人の思いがこもっているのです。
前回の集まりはこのホームページでも案内させてもらいましたが、とても面白かったようです。
ところでこの活動も次回で10回目なのだそうです。
これまでの活動でさまざまなノウハウが蓄積され、人の輪も広がったようです。
そろそろ次のステップに進む頃かもしれません。
どうも2人ともそんな意識を強めているようです。
この活動で育ってきたクリエーターたちのネットワークは、たぶん一方向ではないでしょう。
それぞれの現場で、同じ目線で語り合うという姿勢で、しかも食事を共にするということを基本にしていますから、
共創的な感覚が育ったひとのつながり、あるいは人の輪はかなりライブなはずです。
信頼関係を根底に置くプラットフォームといえるかもしれません。
そのオープンプラットフォームを活かして、何をやるかが次の課題です。
私も参加していたら、その一翼を担えたのでしょうが、残念ながらこればかりは横からは入れないのです。
当事者が育てるプラットフォームでないとどこかで形が優先していくからです。
10回目のイベントがどのようなものになるのかとても楽しみです。
これからは参加できるといいのですが、時間禁治産者としては自信がありません。
ちょっと残念ではあります。
■インキュベーションハウスかイヤシ(癒し)ベーションハウスか(2005年8月3日)
インキュベーションハウスの夏の総寄り合いです。
インキュベーションハウスはまだ業績が上がらず、赤字路線を続けています。
普通はこのあたりで銀行から敏腕な経営者が送り込まれるのですが、零細企業は見放されていますから、誰も歯牙にもかけません。
第一、会社の監査役の外崎さんも本気でやる気がないなら解散したらと本当は思っているのです。
それに、メンバーの話しあいでは、新しい事業起こしになるとみんななんとなく静かになってしまいます。
なかには何も無理して仕事をすることもないと言う人までいるのです。
スローライフ志望者が中心なのです。
結局、新たなメンバーによる活性化の期待しようという声が出ました。
他人任せです。こういう社員は厳罰に処すべきですが、発言したのは社長です。困ったものです。
今なら入社のメリットとして「入社すると社長役がついています」というのはどうかという素晴らしい案も出ました。
皆さん、いかがですか、一度は社長もいいものですよ。
まあメリットはあんまりないですが。
結局、夏なので暑気払いに飲みにいこうということになりました。
今回はアソシエイツの田辺さんや平下さん、それにアソシエイツ候補の山本哲さんも参加してくれました。
3人の非社員の話は素晴らしかったです。たくさんの刺激をもらいました。
田辺さんは時々このホームページにも登場しますが、現在、盲ろう者の出前マッサージ事業起こしに取り組んでいます。
その発端の話を今日初めて聞きました。
とてもいい話ですが、公開はしません。田辺さんが好きになりました。
平下さんはまだこのホームページではあまり紹介していないかもしれませんが、いつか紹介できるでしょう。
自分の体験からある社会的仕組みを作ろうとしています。
SEGNETで新しいプロジェクトも起こしつつあります。
彼との出会いは私が大学にいったときではないかと思います。
3人目は山本哲さんです。
ローカルジャンクション21の集まりで一度お会いしましたが、今日は本当の山本さんの顔に触れさせてもらいました。
キャリアをきちんと聞いたのですっかり好きになりました。
キャリアは表現の仕方で全く変わってきますね。
今日はハチミツの話のほか、いろいろと話題を出してもらいました。
この3人がインキュベーションハウスに関ってくれることになったのです。
いや、私がそう思っているだけですが。これで近いうちに社長引責留任を解かれるかもしれません。
アントレプレナーの田辺さんは、今回の私たちの議論にほぼずっと付き合ってくれたのですが、
最後に、インキュベーションハウスをイヤシ(癒し)ベーションハウスに社名変更したらといいました。
なるほど。
しかし、こういう提案に感心していること自体が問題なのです。
何か良い事業はないでしょうか。
時間を割かなくて利益が大きな、しかも楽しい仕事はないでしょうか。
早く頼んでくれないと会社が倒産してしまいますので、よろしくお願いいたします。
あるいは癒しを求めている方は、ぜひ入社してください。
それなりの支えあう仲間がきっと得られるはずです。
「それなり」ではありますが。
■福島管理者研修(2005年8月4日)
年5回引き受けている研修の今年のテーマは「管理者にとっての政策形成力」です。
と言っても、難しい話をするわけではありません。
私の薦めは「これからの管理職はソーシャルアントレプレナーシップ」を持たなければいえないということです。
そして出来ればそれぞれが自分の仕事に関して「自分の物語」を生み出してほしいという提案させてもらいます。
そのガイダンスシートも一応はあるのです。
講義の途中でミニワークショップをグループ単位にやってもらい発表してもらいます。
テーマは「管理職として政策形成力を高めるために一番大切なことは何か」です。
今回も発表してもらいましが、いつも共通点があります。
厳しい言い方をすれば、当事者意識の不在、言葉だけのまとめ、模範解答的答えなどです。
意地の悪い私はそれでは納得しないわけで、
たとえば「コミュニケーション」などと言う発表には「コミュニケーションって何ですか」と質問するわけです。
「住民ニーズの把握」と言われれば、住民って何ですかと質問しますし、
模範解答には、本当にそう思っていますか、と失礼な問いかけをするわけです。
扱いにくいコメンテーターです。
私は「政策形成」の出発点は「気になる風景を気にすること」と考えています。
時間があれば、気になることをみんなに出してもらい、その解決処方を出し合いながら、政策ってなんだろうと言う議論をしたいのですが、
まあ時間が4時間しかないので、意地悪をして混乱させるわけです。
いやな性格かもしれません。
今日は珍しい人に出会いました。
数年前に私の講演を聞いてくれた赤松さんです。
その後、メール不通になっていました、今回は研修生として参加してくれました。
こういう出会いが時々あります。
講義の終わったあとに、シンクタンクふくしまの坂口正春さんから最近の論文をもらいました。
コミュニティガバナンス、地域内分権のテーマは面白いテーマです。
皆さんに呼んでもらえないのが残念ですが、そのうちに公開されると思います。
■NPO研究者の田中弥生さん(2005年8月5日)
先週、ブックのコーナーで新著を紹介させてもらった田中さんが久しぶりにやってきました。
田中さんもいまや東大大学院の助教授です。時代の経つのは本当に早いです。
しかし、彼女のフットワークの良さはすごいです。
彼女が考えている新しい経済社会システムと新しいNPO論の方向性を少しだけ聞きました。
私にはまだ在来型の枠組みを超えていないように思いますが、いくつかの点では共感できます。これからが楽しみです。
肝心の論点はまだ議論しませんでしたが、たまには私のようなドロップアウトした発想と意見交換するのも意味があるだろうと思います。
学者の世界は退屈でしょうから。
日本のNPOに関する実態調査も進めているようです。
NPO業界団体の調査からは新しさは出てこないと私は思いますが、まあ必要なのかもしれません。
今日は他にもとても面白話を聞きました。
外務所の第三者評価のプロジェクトに関連して、国際経済協力における調整融資のレビューをしたのだそうです。
私の認識では15年以上前に問題にされたようなことがまだ継続されているような気がしました。
組織発想の時代から個人発想の時代に社会構造原理が大きく変わろうとしている中で、
思い切って発想を変えないとマイナスのほうが大きい経済協力は少なくないはずですが、事態はまだ変わってはいないようです。
いずれにしろ田中さんは大学を楽しんでいるようです。会うたびに成長しています。私とは対照的です。
■手賀沼花火大会(2005年8月6日)
手賀沼花火の会場の一つは我が家の目の前なのです。
我が家の屋上からは水上花火も良く見えます。花火だけは満喫できます。
これが我が家の唯一の贅沢なのです。
今日は絶好の花火日和でした。
諸般の事情で、今回はほとんど友人知人に声をかけなかったために来客は2組でしたので、
わが夫婦もここに転居以来、初めてゆっくりと花火を観ることができました。
迫力満点です。
ほぼ突然にやってきたのは、渕野夫妻です。
東レ時代に同志としてCIプロジェクトに取り組んだのが渕野康一さんですが、今は浦安に住んでいます。
東レのCIプロジェクトには2人とも深い思いがありますが、それを共に体験したことで、つながりができています。
会っても当時の話はほとんどしませんが、気心は互いにほぼ完全に理解しあっているでしょう。
体験を共にすることの意味は大きいです。
花火終了後、10時近くまで話しこんでしまいました。
話題は何と「健康」と「感謝のある生き方」です。年齢を感じますね。
もう一組は娘の友達親子でしたが、2歳の子どもは花火の音が怖かったようで、鑑賞どころではありませんでした。
そういえば、我が家のちび太くんも花火の音でいつも狂乱するので、今夜は外泊でした。
自然を破る現象には生命は本能的に反応するのです。
私にとっての年1回の贅沢は終わりました。
明日からまた、つつましやかに生きる生活です。
さまざまな雑念を花火は飛ばしてくれましたので、きっとしばらくは素直に生きることができるでしょう。
少し不安はありますが。
(2005年8月第1週)
日本列島はうだっています。
■我孫子の住民活動と行政の支援体制(2005年8月1日)
前にも書きましたが、地元の我孫子市の住民活動(市民活動)に少し波が立ち始めています。
住民活動が広がっていく過程でぶつかる壁の一つかもしれません。
今日の午前中は市役所の市民活動支援課と意見交換させてもらい、
夕方には住民活動に取り組んでいる人たちの集まりを開きました。
我孫子市の市民活動には関係者はかなりの自負を持っています。
行政も住民も、です。
しかし、最近、もしかしたら我孫子の活動は形先行で実体が弱く、
行政依存から十分に抜け出ていないのではないかという意識が広がってきているのです。
外部からもそうした意見は増えています。
「協働」という理念は広がりだしています。
私はこの言葉がまちづくりに大きなひずみを与えていると思っている人間ですが(脱価値的な手段用語だからです)、
協働理念が住民側にはとりあえずの自立の思考を広げていくようです。
ですからまあ、協働理念も受け入れないといけないのかもしれません。
ちなみに、「市民活動」とか「支援」とかが安直に語られている風潮にもいささかの違和感はありますが、それもまあしばらくは妥協しましょう。
それにしても、わけのわからない言葉が多すぎますが。
こうした状況の中で、我孫子市では市民活動サポートセンタが新設移転することになっています。
それを契機にその運営をめぐり、市民参加(住民参加ではありません)で議論を重ねてきたのですが、その案が不評なのです。
なぜ不評かは私には明確です。
価値観が見えないからです。ビジョンとグランドデザインが不在で、現状問題対応発想での手続き論がすべてだからです。
いいかえれば「協働発想」であって、「共創発想」ではないのです。
この違いはなかなか理解してもらえませんが、とても大きな違いだと思います。
午前中の行政との話し合いはかなりお互いに本音で話し合えたと思います。
私も実態の理解が進みました。
問題は簡単ですが、最初のボタンを掛け違えるとその解決は非常に難しくなるのです。
しかし、もしかしたら、今回がそのボタンの賭け違いを正すチャンスかもしれません。
問題は誰がボタンをかけなおすかです。
それができるのは一人しかいません。
夕方は住民集会です。これで3回目ですが、新たに二人の方が参加してくださいました。
議論はおおもめで、大変でした。あまりに情報が共有されていないための混乱です。
しかし、みんな本音での議論ですから、実に真剣です。
9時になっても議論は付き添うもありません。まあもう少し続けなければいけません。
こうした話し合いの場が実はまちづくりの拠点なのです。
いわゆる公共空間ですが、こうした話し合いが広がればほとんどすべては解決します。
行政がやれる支援とは、実はこうした話し合い空間、いわゆる公共空間を広げ、つなげることなのかもしれません。
この集まりはもうしばらく続けたいと思いますが、この活動のビジョンとグランドデザインも必要になってきました。
本気で取り組むべきかどうか、迷うところです。
なぜなら私の発想は現状を混乱させることが多いですから。いやはや。
■KAE37期Eチームメンバーとの意見交換(2005年8月2日)
今回のEチームのテーマは「ステークホルダーとのwin-win関係づくりを、社員を切り口に考える」です。
議論が壁にぶつかってしまったようでみんなで話に来ました。
話を聞いてみると、みんな難しく考えすぎのような気がしました。
どうしてみんな物事を難しく考えてしまうのでしょうか。
研修の場に参加して、いつも感じるには、みんな理論から考えてしまうことです。
もっと身近な問題から考えると議論はしやすくなるはずなのですが、なぜか理論や知識から議論を始めます。
それでは本音の議論はしにくくなります。もちろん答えは見つかりません。
理論の中に答えはありません。
私はKAEでは「理念」をテーマにしたチームのアドバイザーですが、
いつも企業の理念を考えることは自らの生き方を考えることだと話します。
しかし 、ほとんどそれは皆さんの耳に残りません。
自分の問題を自分の言葉で話し合うことの面白さに気づけば、学ぶことに意味は大きく変わるのですが。
話しているうちに、いろいろと具体的な話が出てきました。
職場の問題も出てきましたし、これまでの議論の仕方の問題点も見えてきたようです。
ここまでくればもう大丈夫です。次回はきっと面白い議論が出来るでしょう。
しかし、この数年、皆さんの関心は必ずといっていいほど、同じところにたどりつきます。
「社員の元気」です。企業の現状がよくわかります。
■ホリスティック医療に取り組む縄田理恵子さん(2005年8月2日)
縄田さんとの出会いは、統合医療研究会です。
縄田さんはホメオパシーや健康食品に造詣が深い方ですが、
この1年、帯津良一さんが主宰する池袋の帯津三敬クリニックの立ち上げに取り組んでいました。
もう軌道に乗り出しているようです。
帯津さんはその分野では著名な方で、私の女房の時も何人かの方から帯津さんに診てもらったらどうかとお勧めを受けました。
当時は接点が全くなく諦めたのですが、縄田さんがまさかその帯津さんと一緒に仕事をすることになるとは思ってもいませんでした。
不思議な縁を感じます。
縄田さんはいろいろな思いをお持ちですが、迷いもいろいろとあるようです。
しかし、まずは動き出すことが大切です。
年内には次の第一歩を踏み出すでしょう。
どんな物語がまた生まれるでしょうか。
■ナイト・スタディ・ハウスが今度で10回目になります(2005年8月3日)
ナイト・スタディ・ハウスに関しては、最初、少し報告しただけであまり触れてきませんでした。
とても面白い活動で、私も毎回参加したかったのですが、いろいろと不運が重なり2回目以降、参加できなかったのがとても残念です。
毎回、イベントが終わると主催者の菅野さんと塩野さんが報告してくれます。
このプロジェクトは、この二人の思いがこもっているのです。
前回の集まりはこのホームページでも案内させてもらいましたが、とても面白かったようです。
ところでこの活動も次回で10回目なのだそうです。
これまでの活動でさまざまなノウハウが蓄積され、人の輪も広がったようです。
そろそろ次のステップに進む頃かもしれません。
どうも2人ともそんな意識を強めているようです。
この活動で育ってきたクリエーターたちのネットワークは、たぶん一方向ではないでしょう。
それぞれの現場で、同じ目線で語り合うという姿勢で、しかも食事を共にするということを基本にしていますから、
共創的な感覚が育ったひとのつながり、あるいは人の輪はかなりライブなはずです。
信頼関係を根底に置くプラットフォームといえるかもしれません。
そのオープンプラットフォームを活かして、何をやるかが次の課題です。
私も参加していたら、その一翼を担えたのでしょうが、残念ながらこればかりは横からは入れないのです。
当事者が育てるプラットフォームでないとどこかで形が優先していくからです。
10回目のイベントがどのようなものになるのかとても楽しみです。
これからは参加できるといいのですが、時間禁治産者としては自信がありません。
ちょっと残念ではあります。
■インキュベーションハウスかイヤシ(癒し)ベーションハウスか(2005年8月3日)
インキュベーションハウスの夏の総寄り合いです。
インキュベーションハウスはまだ業績が上がらず、赤字路線を続けています。
普通はこのあたりで銀行から敏腕な経営者が送り込まれるのですが、零細企業は見放されていますから、誰も歯牙にもかけません。
第一、会社の監査役の外崎さんも本気でやる気がないなら解散したらと本当は思っているのです。
それに、メンバーの話しあいでは、新しい事業起こしになるとみんななんとなく静かになってしまいます。
なかには何も無理して仕事をすることもないと言う人までいるのです。
スローライフ志望者が中心なのです。
結局、新たなメンバーによる活性化の期待しようという声が出ました。
他人任せです。こういう社員は厳罰に処すべきですが、発言したのは社長です。困ったものです。
今なら入社のメリットとして「入社すると社長役がついています」というのはどうかという素晴らしい案も出ました。
皆さん、いかがですか、一度は社長もいいものですよ。
まあメリットはあんまりないですが。
結局、夏なので暑気払いに飲みにいこうということになりました。
今回はアソシエイツの田辺さんや平下さん、それにアソシエイツ候補の山本哲さんも参加してくれました。
3人の非社員の話は素晴らしかったです。たくさんの刺激をもらいました。
田辺さんは時々このホームページにも登場しますが、現在、盲ろう者の出前マッサージ事業起こしに取り組んでいます。
その発端の話を今日初めて聞きました。
とてもいい話ですが、公開はしません。田辺さんが好きになりました。
平下さんはまだこのホームページではあまり紹介していないかもしれませんが、いつか紹介できるでしょう。
自分の体験からある社会的仕組みを作ろうとしています。
SEGNETで新しいプロジェクトも起こしつつあります。
彼との出会いは私が大学にいったときではないかと思います。
3人目は山本哲さんです。
ローカルジャンクション21の集まりで一度お会いしましたが、今日は本当の山本さんの顔に触れさせてもらいました。
キャリアをきちんと聞いたのですっかり好きになりました。
キャリアは表現の仕方で全く変わってきますね。
今日はハチミツの話のほか、いろいろと話題を出してもらいました。
この3人がインキュベーションハウスに関ってくれることになったのです。
いや、私がそう思っているだけですが。これで近いうちに社長引責留任を解かれるかもしれません。
アントレプレナーの田辺さんは、今回の私たちの議論にほぼずっと付き合ってくれたのですが、
最後に、インキュベーションハウスをイヤシ(癒し)ベーションハウスに社名変更したらといいました。
なるほど。
しかし、こういう提案に感心していること自体が問題なのです。
何か良い事業はないでしょうか。
時間を割かなくて利益が大きな、しかも楽しい仕事はないでしょうか。
早く頼んでくれないと会社が倒産してしまいますので、よろしくお願いいたします。
あるいは癒しを求めている方は、ぜひ入社してください。
それなりの支えあう仲間がきっと得られるはずです。
「それなり」ではありますが。
■福島管理者研修(2005年8月4日)
年5回引き受けている研修の今年のテーマは「管理者にとっての政策形成力」です。
と言っても、難しい話をするわけではありません。
私の薦めは「これからの管理職はソーシャルアントレプレナーシップ」を持たなければいえないということです。
そして出来ればそれぞれが自分の仕事に関して「自分の物語」を生み出してほしいという提案させてもらいます。
そのガイダンスシートも一応はあるのです。
講義の途中でミニワークショップをグループ単位にやってもらい発表してもらいます。
テーマは「管理職として政策形成力を高めるために一番大切なことは何か」です。
今回も発表してもらいましが、いつも共通点があります。
厳しい言い方をすれば、当事者意識の不在、言葉だけのまとめ、模範解答的答えなどです。
意地の悪い私はそれでは納得しないわけで、
たとえば「コミュニケーション」などと言う発表には「コミュニケーションって何ですか」と質問するわけです。
「住民ニーズの把握」と言われれば、住民って何ですかと質問しますし、
模範解答には、本当にそう思っていますか、と失礼な問いかけをするわけです。
扱いにくいコメンテーターです。
私は「政策形成」の出発点は「気になる風景を気にすること」と考えています。
時間があれば、気になることをみんなに出してもらい、その解決処方を出し合いながら、政策ってなんだろうと言う議論をしたいのですが、
まあ時間が4時間しかないので、意地悪をして混乱させるわけです。
いやな性格かもしれません。
今日は珍しい人に出会いました。
数年前に私の講演を聞いてくれた赤松さんです。
その後、メール不通になっていました、今回は研修生として参加してくれました。
こういう出会いが時々あります。
講義の終わったあとに、シンクタンクふくしまの坂口正治さんから最近の論文をもらいました。
コミュニティガバナンス、地域内分権のテーマは面白いテーマです。
皆さんに呼んでもらえないのが残念ですが、そのうちに公開されると思います。
■NPO研究者の田中弥生さん(2005年8月5日)
先週、ブックのコーナーで新著を紹介させてもらった田中さんが久しぶりにやってきました。
田中さんもいまや東大大学院の助教授です。時代の経つのは本当に早いです。
しかし、彼女のフットワークの良さはすごいです。
彼女が考えている新しい経済社会システムと新しいNPO論の方向性を少しだけ聞きました。
私にはまだ在来型の枠組みを超えていないように思いますが、いくつかの点では共感できます。これからが楽しみです。
肝心の論点はまだ議論しませんでしたが、たまには私のようなドロップアウトした発想と意見交換するのも意味があるだろうと思います。
学者の世界は退屈でしょうから。
日本のNPOに関する実態調査も進めているようです。
NPO業界団体の調査からは新しさは出てこないと私は思いますが、まあ必要なのかもしれません。
今日は他にもとても面白話を聞きました。
外務所の第三者評価のプロジェクトに関連して、国際経済協力における調整融資のレビューをしたのだそうです。
私の認識では15年以上前に問題にされたようなことがまだ継続されているような気がしました。
組織発想の時代から個人発想の時代に社会構造原理が大きく変わろうとしている中で、
思い切って発想を変えないとマイナスのほうが大きい経済協力は少なくないはずですが、事態はまだ変わってはいないようです。
いずれにしろ田中さんは大学を楽しんでいるようです。会うたびに成長しています。私とは対照的です。
■手賀沼花火大会(2005年8月6日)
手賀沼花火の会場の一つは我が家の目の前なのです。
我が家の屋上からは水上花火も良く見えます。花火だけは満喫できます。
これが我が家の唯一の贅沢なのです。
今日は絶好の花火日和でした。
諸般の事情で、今回はほとんど友人知人に声をかけなかったために来客は2組でしたので、
わが夫婦もここに転居以来、初めてゆっくりと花火を観ることができました。
迫力満点です。
ほぼ突然にやってきたのは、渕野夫妻です。
東レ時代に同志としてCIプロジェクトに取り組んだのが渕野康一さんですが、今は浦安に住んでいます。
東レのCIプロジェクトには2人とも深い思いがありますが、それを共に体験したことで、つながりができています。
会っても当時の話はほとんどしませんが、気心は互いにほぼ完全に理解しあっているでしょう。
体験を共にすることの意味は大きいです。
花火終了後、10時近くまで話しこんでしまいました。
話題は何と「健康」と「感謝のある生き方」です。年齢を感じますね。
もう一組は娘の友達親子でしたが、2歳の子どもは花火の音が怖かったようで、鑑賞どころではありませんでした。
そういえば、我が家のちび太くんも花火の音でいつも狂乱するので、今夜は外泊でした。
自然を破る現象には生命は本能的に反応するのです。
私にとっての年1回の贅沢は終わりました。
明日からまた、つつましやかに生きる生活です。
さまざまな雑念を花火は飛ばしてくれましたので、きっとしばらくは素直に生きることができるでしょう。
少し不安はありますが。
(2005年8月第2週)
今週もさまざまな相談があった週でした。
コムケアの資金助成プログラムの関係での相談も多かったです。
相談事はビジネスからボランティア活動までかなり幅広いものでした。
しかし、そうした中に、どうも現代社会を考える重要なヒントがあるような気がしてなりません。
今回はいつもとは少し趣向を変えて、いろいろなことを羅列的に簡単に紹介します。
■郵政民営化法案否決(2005年8月8日)
郵政民営化法案が参議院で否決されました。否決の現場だけは見ておきたいと思い、投票実況をテレビで見ていました。
衆議院ほどの緊張感がなかったのは、主舞台がすでに移っていたからかもしれません。
政治の陰湿さを感じました。野党も反対派も、すでに小泉内閣が次のステップに移っているのに気づかなかったのかも知れません。
否決されたのはよかったのですが、これもまた国民をだますシナリオに効果的に組み込まれているような不安を感じました。
民主党を初めとした野党と自民党反対派の戦略シナリオがどうも感じられません。
参謀はいないのでしょうか。
もしかしたら、小泉独裁路線は一歩前進なのかもしれません。そんな暗い気分になりました。
杞憂だといいのですが。
■かんき出版の藤原雅夫さんがやってきました(2005年8月8日)
藤原さんが電話して来ました。相談があるというのです。
藤原さんのことはいつか書いておきたいと思っていたので、ちょうどいいので少し書いておきます。
藤原さんはかんき出版の編集者です。
このホームページでもお薦めした「ものづくりのヒント」や「赤ペンをもって憲法を読もう」などの本を企画担当された人です。
もう15年来のお付き合いです。
CI関係の本を企画された時に相談に来たのが最初です。
以来、オープンサロンの常連になり、ご多用の中を今でも参加してくれています。
藤原さんは受身の編集者ではありません。企画者なのです。いろいろ面白い企画もやってきました。失敗もあれば成功もあります。
今日は2つの話がありました。
ひとつはとても魅力的なテーマです。まだ藤原さんの許可を得ていないので内容は書けませんが、少なくとも一つは私が考えていることにつながっているテーマです。
時間があればのめりこみたくなるようなテーマです。もしかした接点ができるかもしれません。
藤原さんとはいつか何かを一緒にやりたいと考えていますが、この話が発展するとおもしろいです。
ちなみテーマは環境教育です。
もう一つは日中交流です。これもおもしろそうです。
■メディカルエステ事業構想(2005年8月8日)
本業?の企業コンサルティングの仕事の関係で、メディカルエステのプロデューサーチームと会いました。
この世界は非常に曖昧な世界ですが、ビジネスは曖昧な世界でこそ面白いのです。
つまりハイリスク・ハイリターンの世界です。NPOの世界とは全くロジックが違うのです。
ハイリスク・ハイリターンの中でも、メディカルやエステの世界は、飛びぬけて非論理の世界です。
医療の世界ではよくEvidence Based Medicine(EBM)ということがいわれます。
しかし、生面現象は極めて個別ですから、実はEvidenceをどう捉えるかはとても難しいわけです。
そこで、メディカルエステというような境界概念が出てくるわけです。
いかようにも設計できる世界であり、しかもそこにいるのは世間を知らない医師と「患者」です。
市場化の格好の標的といっていいでしょう。
そこに巣食っているのが医師会です。これもまた昨今の政治家と同じ「闇の住人」たちです。
念のために言えば、医師の多くはこの世界とは無縁に真摯にミッションに取り組んでいると思います。
私がホリスティック医療と言う言葉に出会ったのはもう25年くらい前です。
生命館の中村桂子さんを訪問した時に教えてもらいました。
中村さんはその時はまだ三菱化成の生命科学研究所にいらっしゃいました。
話を聞きに訪問したのですが、とても感動的な話をお聞きしましたので、今もはっきり覚えています。
それは生命科学とはまったく別の人生観の話です。男社会の医師の世界とは全く違う文化を感じました。
ついでに聞いたのがホリスティック医療という言葉でした。それが私が医療に関心を持ち出したきっかけです。
ところで、医療の世界は大きく変わるべきでしょうが、その転換期にはさまざまなビジネスチャンスがあるのです。
私にはいささかの違和感はありますが、時代はどうもメディカルエステを求めだしているように思います。
同じような話は他の人からもお聞きしていますが、今回お会いした人たちの構想はもっとビジネス寄りです。
たまには私もビジネス寄りの活動もしなければいけません。なにしろ会社が倒産しそうですから。
このプロジェクトにどう関わるか、悩ましい問題です。まあ、もう少し関わっていく予定です。
ビジネスはやはり男心をワクワクさせますので。
■Asante
Sanaで片岡勝さんに会いました(2005年8月8日)
片岡勝さんと言えば、市民バンクや第3世界ショップで有名ですが、コムケア活動の選考委員を頼んでいます。
いつも片岡さんらしい、個性的な視点で評価してきてくれます。
片岡さんとはもう15年以上の付き合いです。
私が東レを辞めた時、彼から会いたいと連絡がありました。
当時、いろいろな人が会いに来ましたが、今でもしっかりと付き合っているのは片岡さんくらいです。
私の脱落志向を知ると2度と連絡してこなくなった人もいます。それなりに有名な方ですが。
片岡さんとは不思議に続いています。
お互いの生き方の違いを認識し、お互いにかなり批判的でありながら、不思議に共感しているようなところがあるからです。
きっと論理ではなく、人柄がお互いに好きなのです。
コムケアも5年目なので、片岡さんと意見交換をしたいと思い、久しぶりに片岡さんを訪問しました。
片岡さんはあまり東京にいないので、なかなか会う機会がないのです。
恵比寿の第3世界ショップのお店Asante Sanaで会うことにしました。とてもいい場所です。
ちょうど片岡さんが映像取材を受けている日でした。
相変わらずでした。つまり人生を楽しんでいると言うことです。片岡さんは幸せな人なのです。
彼はいつも私の生き方に対して、もっと楽になるようにとか人を選んで付き合えとか言ってくれます。
しかし、私にはそれができないこともよく知っています。今日もそんな話で終わってしまいました。
コムケアの方向性には全面的に共感してくれ、今度、話に行こうかと行ってくれました。
一度、企画してみようかと思っています。
誰を対論の相手にしようか迷いますが、危険なアーティスト下山さんがいいかもしれません。
WWBジャパンの奥谷京子さんにも会いました。
どうやら我孫子市の藤田さんはここにも進出しているようです。私の名前がなぜか奥谷さんにも伝わっていました。
■地域と市民の放送局(2005年8月9日)
多摩大学講師の大川新人さんの紹介で、3人の学生がやってきました。
3人は地域と市民の放送局という事業型NPOのコアメンバーですが、卒業したら、そのNPOで働こうとしています。
その関係で相談にやってきたのです。
まもなくホームページが立ち上がるでしょうから、活動内容やビジョンはそちらに任せます。
立ち上がったらすぐにリンクする予定です。
気になったのは、3人ともが会社に入る意思がないことです。
こうした若者が増えているのはなぜでしょうか。さまざまな理由が考えられますが、やはりどこかで問題があるような気がします。
彼らの事業構想を聞いていてもどこかに不安があるのです。
しかしまあ、ホリエモンが大もうけできる時代なのですから、それでもいいのかもしれません。
ハイリスク・ハイリターンの時代になってしまいました。私が目指す社会とは正反対です。
地域と市民の放送局というと、私は反体制的な市民ジャーナリズムをイメージしてしまいますが、最近の文脈はどうもそうではないのです。
現状の体制を補完するイメージなのです。それはそれでとても必要です。しかし私にはちょっと寂しいです。
大学の文化が大きく変質していることが、学生たちとあっているとよくわかります。
■技術者倫理サロン(仮称)スタート(2005年8月9日)
NPO法人科学技術倫理フォーラムのひとつのプログラムとして、技術者倫理市民啓発プロジェクトに取り組むことになり、
有志による技術者倫理サロン(仮称)をスタートさせることになりました。
今日はその顔合わせのミーティングです。
メンバーはフォーラムの橋本さんと権上さん、鳥羽瀬さん、そして私、ほかに青木さんと関谷さんがスタートメンバーです。
これから少し増やしていきたいと思っていますので、関心のある方はぜひご連絡ください。
これからがとても楽しみな刺激的な集まりであることは間違いありません。
最初の集まりでしたので、まずは自己紹介と問題意識を披瀝しあったのですが、
みんな自らの体験に基づく話ですから、実に面白く、結局、9時近くまでそれで終わってしまいました。
しかし、その中に、技術者倫理の問題の社会発信に関するさまざまな視点やヒントがありました。
議事録をとらなかったのが残念なほどです。
橋本さんから、社会と技術は対立関係ではなく、倫理を問題にすることで技術者を萎縮させ防衛的にさせては事態はよくならないとお話がありましたが、全く同感です。
そもそも「倫理」という言葉を前面に出すことは避けたほうがいいでしょう。
しばらくはこんな話を続けながら、来年度のプログラムを考えていく予定です。
次回は10月4日の予定です。
■高崎市のゆいの家の高石友江さん(2005年8月10日)
高崎で一昨年行われたひだまり交流会でお会いしたのが高石さんです。
高石さんは中学校の先生だったのですが、不登校関係の担当をするなかで、「学校って何だろう」という問題にぶつかりました。
そして、それが契機になって、2001年に学校を辞めてしまいました。
そして、近くの家を借りて、居場所を探している人たちの集まる場所を育て始めました。
「不登校や障害者を含めて、今の社会に生きづらさを感じている人に、"生きていくのはたいへんだけど、一緒に生きていこうよ!!」
という思いを伝えていきたいというのが、高石さんの思いです。
その拠点が「ゆいの家」です。
高石さんは教員時代から、「風の大地」という会報とミニ講演会を発行してきています。
しっかりした理念とビジョンの中で、汗しながら実践している方です。
日本の社会はこうした地道な活動で支えられているのです。
高石さんが相談にやってきました。そろそろ次の段階に進む時期になったと思い出したようです。
お話をお聞きするとまさにそのようです。いろいろと意見交換させてもらいました。
コムケアもそうですが、ある程度の基本構造ができたら、スタイルを変えていく必要があります。
しかし、そこが意外と難しいのです。
高石さんは3反の土地を借りて、野菜作りや果樹栽培も手がけ始めています。
この3反の土地の活用も課題です。早速、ここは環境クラブの増山さんにつなげることにしました。
高石さんはニート支援にも取り組みだしたいと考えているようです。ここでもコムケアはいろいろと接点があります。
有識者のニート委員会は退屈ですが、実践者の支援は実に刺激的です。
高崎なのでなかなか会えませんが、いつか何か一緒の物語が生まれそうな気がします。
■野田のソーシャルアントレプレナー育てプログラム(2005年8月10日)
コムケアを応援してくれている松清さんが、NPO支援センターちばの松浦光恵さんと一緒にやってきました。
何か相談事があるのだそうです。少し不安だったのですが、松清さんの依頼であれば断れません。
松清さんはコムケアの運営委員に自発的に名乗りを上げてくれた方ですから。
支えられたら支えないと人生はバランスしません。
不幸にも、話は案の定、講演依頼でした。
私は講演嫌いですから、極力お断りするのですが、断れませんでした。
今回のテーマは、野田市のNPO関係者たちのソーシャルアントレプレナーシップを刺激するプログラムのようですので、もしかしたら面白くできるかもしれません。
そこで講演会ではなく、ワークショップ風の楽しい場にしたいと提案しました。
それでも良いといわれてしまいました。いやはや。
ともかく何か具体的な活動が始まるようなプログラムでなければ、意味がありません。
少し私もプログラムを考えることにさせてもらいました。少し憂鬱です。
一つ引き受けると同種の依頼を断れなくなってしまいます。
いささか不安ではありますが、まあこれは何とか対応しようと思います。
ただ意味のあるものにしようとすると、結構大変なのです。
そこで、今回は、まあほどほどのもので妥協したいと思っています。
■子育ち学ネットワークがなかなか動き出せません(2005年8月10日)
子育ち学ネットワークのキーマンの深作拓郎さんと星野一人さんと3人で、ざっくばらんな話し合いをしました。
せっかくたくさんの情報やネットワークが蓄積されてきているのに、子育ち学ネットワークはまだオープンプラットフォームとして活用されていないのです。
それに関して、少し本腰で考える提案をさせてもらいました。
この活動に関しては、私は後で巻き込まれた存在ですので、かなり客観的に活動を評価できます。
どうやら子育ちに関する中間組織的な活動と現場支援的な活動の両者が未整理のまま混在しているところに問題がありそうです。
それが整理できて、コアメンバーが役割分担しながら共創関係を育てていけば、とても面白いネットワークが育っていくはずです。
そのグランドデザインが弱いような気がします。
実際にはすでにさまざまな活動が始まっています。
深作さんは、地元の鷲宮市で、「わしのみや子育てネットワーク」を発足させつつあります。
9月10日に、そのキックオフも兼ねてのシンポジウムを企画中です。
残念ながら先約があり、私は協力できないのですが、これもきっと面白い展開になるでしょう。
星野さんもサロンやフォーラムを企画中です。
子育ち学の公開フォーラムを是非とも開いてほしいと思っていますが、年内には実現しそうです。
こうした活動にはコムケアも連携したいと思い、星野さんにはコムケアの運営委員にもなってもらいました。
こうやってどんどんつながりを育てていけば、きっと社会は変わっていくはずです。
■コムケア運営委員会に新しい助っ人が登場しました(2005年8月10日)
コムケア活動の第2回運営委員会です。今日は新たな参加が5人もいました。
子育ち学ネットワークの星野さんとNPO支援センターちばの松浦さんは、たまたま今日、私のところに相談に来たために、巻き込まれてしまいました。
まあ、それがコムケアスタイルなのです。また、住友生命の渡辺さんも初参加です。
意外だったのは、ライフプラン21の阿部達明さんと福仁製作所の近藤将仁さんです。
阿部さんは一昨年のコムケアの公開選考会に参加してくださいましたが、近藤さんは初対面です。
もしかしたらコムケアサロンと勘違いしているのではないかと不安だったのですが、お二人とも間野惠子さんの仲間なのだそうです。
間野さんから勧められて参加してくださったのです。
間野さんは、コムケアの以前からの応援者なのです。うれしい話です。
お2人にはもちろんですが、間野さんにも感謝しなければいけません。こういう人たちの支えで、コムケアは育っているのです。
今回はこのお2人の強力な発言で、運営委員会も順調に進みました。
選考委員会の実行委員会体制もかなり明確になってきました。
今日から参加した松浦さんや星野さんは、いつの間にか、どんどん巻き込まれてしまい、驚いたかもしれません。
しかし、まあ、人生はそんなものです。
コムケアの今年の公開選考会は10月16日です。ぜひご予定ください。
面白い新機軸も打ち出せると思います。
■ライフリンクの若者たち(2005年8月11日)
自殺予防対策に取り組むNPOライフリンクが9月10日にシンポジウムを開催します。
その実行委員会に湯島のオフィスを一時期解放することにしました。
そんなわけで、今週からライフリンクと私とでオフィスをシェアしていますが、そのおかげでライフリンクのメンバーの方々にお会いできています。
多くは若者たちです。ここにも社会の変質を感じます。
シンポジウムに向けてがんばっているのは、清水さんのほかに、尾崎盛幸さん(大学講師)と社会人入学で医療系の大学受験を目指している三谷宏子さんです。
尾崎さんとはまだゆっくりお話していませんが、三谷さんとは少し話をさせてもらいました。
ある体験が契機になって、医療系を学び直すことにしたのだそうです。
とても納得できる話ですが、こうした動きにも、社会の大きな変化を感じます。
ライフリンクのニューズレターも完成しました。
きっとホームページにも掲載されるでしょう。ぜひご覧ください。
■日航機墜落から20年(2005年8月12日)
あの忌まわしい事件から20年がたちました。
さまざまな視点からテレビは特集番組を報じていましたが、ついついその多くを見てしまいました。
考えさせられました。
事故の現場だった上野村の村長が、
「今日は20年目と言う節目だというが、私たちにはそんな節目はなく、21年目も19年目も同じなのだ」
と言う趣旨の発言をしていました。
その言葉が心に焼きつきました。
それにしても、こうした問題に対して、いまなお原因究明の思想が弱いような気がしてなりません。
実に象徴的だったのは、まさに今日、福岡空港を離陸した日航機がエンジン火災を起こしましたが、
その事件への日航の対処に関して乗客から不満が出ていました。
以前、日航のことに関して私も口汚く批判したことがありますが(反省しています)、安全や安心に対する文化も発想が変わっていないのかもしれません。
企業を変えるのは難しいですが、企業が変わるのは簡単なのです。
その発想がきっと日航にはないのでしょう。
テレビで9才の息子さんを亡くされた母親の活動が紹介されました。
NPOの原点を実感しました。
国家は何もしてくれないことがよくわかります。
そろそろ国家幻想から脱却しなければいけません。
■パンとサーカスの日本(2005年8月13日)
とても暗い気分になっています。
郵政民営化法案否決以来の状況は最悪に近いような気がします。
民主党にも自民反対派にも、戦略不在が明確になってきました。
信じられない話です。政治がわかっていないのです。
それに輪をかけて、マスコミや有識者たちは小泉翼賛会の気配を強めていますし、
国民はパンとサーカスに満足して言葉だけの世界で満足してきています。
一昨日もある人とついつい民営化論争を声高にやってしまいました。
私の意見はおそらくわかってもらえなかったでしょう。
日本は曲がり角を曲がったのかも知れません。
だとしたら、もう社会と関わっても意味がないかもしれません。
生き方を改めて考え直そうかと思い出しています。
勘違いだと言いのですが。
(2005年8月第3週)
暑さが相変わらずきつかったです。歳のせいか暑さを楽しめなくなりました。
今週はコムケア資金助成プログラムの対応で本郷に通い詰めましたが、なぜかいろいろなところから呼び出しがあり、並行していろいろな出会いもありました。
これも経験則ですが、忙しい時に限り、会いたいと言ってくる人が増えます。
暇な時には誰も連絡してこなくなります。
皆さんもそういう経験はありませんか。
■コムケア資金助成プログラム締め切り(2005年8月15日)
■千葉まちづくりサポートセンターの原田正隆さん(2005年8月16日)
■社会福祉協議会とNPO(2005年8月16日)
■偶然であったふぁっとえばーの秋山哲生さん(2005年8月17日)
■社内誌コンペティション2005(2005年8月18日)
■地元の青木さんの話(2005年8月18日)
■元祖住民流福祉活動の布教者木原孝久さん(2005年8月19日)
■上坂且さんの新著が完成しました(2005年8月19日)
■坪倉昭さんは魅力的です(2005年8月19日)
■美野里町みの〜れ物語のいま(2005年8月20日)
■久しぶりにお会いした美野里町の人たち(2005年8月20日)
■コムケア資金助成プログラム締め切り(2005年8月15日)
コムケアの資金助成プログラムの応募の締切日です。
今回は200件を越えるのではないかと心配だったのですが、結果は昨年とほぼ同じ140件強でした。
まだ読み出してはいませんが、途中で相談がいろいろとありましたので、いくつかのプロジェクトには触れています。
コメントは差し控えますが、市民活動はある意味でまだブームのような気がします。
つまり主体性はまだまだ少なく、資金助成への依存が大きいと言うことです。
もっと気になるのは、応募の相談をしてくるのに、また申請書を送ってくるのに、応募要綱をほとんど読んでいないと言う人も少なくないことです。
お金さえもらえればという姿勢が見えてきます。
私が資金助成プログラムを続けたくない理由の一つですが、ますますその傾向が強まっています。
一番腹立たしいのは申請書を長々と書く人です。
コムケアの場合、2種類の様式があり、それぞれ1枚仕立てなのですが、中には5頁にもわたって詳しく書いてくる人がいます。
コミュニケーション能力の問題ではなく、姿勢の問題です。
本来であれば、私はそうしたものは没にしたいと思っていますが、なかなかそういうわけにも行きません。
ここにも市民活動のレベルを感じます。
これから予備選考です。25人の人が参加してくれます。
他の資金助成プログラムでは真似ができない仕組みだと自負しています。
■千葉まちづくりサポートセンターの原田正隆さん(2005年8月16日)
コムケアのメーリングリストに、住民が地域計画を主体的に作成している事例を紹介してくれた千葉まちづくりサポートセンターの原田さんが来てくれました。
おそらく私とは共通の友人がいるはずなのです。
原田さんは土木系のエンジニアですが、いまはまちづくりに取り組んでいます。
千葉まちづくりサポートセンターは、延藤安弘さんを中心に設立された老舗?のNPOです。
原田さんは今、そこの運営委員です。
どうも延藤さんとの出会いが原田さんの人生を方向付けたようですが、そのことだけで原田さんの人柄や関心事がわかる気がします。
とても面白い話だったのですが、時間不足で消化不良に終わってしまいました。
最近そういえば、こうした議論をあまりしていないような気がしています。
反省しなければいけません。
■社会福祉協議会とNPO(2005年8月16日)
今月のコムケアサロンは社会福祉協議会がテーマです。
とても大勢の人が参加してくれて、面白い話し合いができました。
ややまだ生ぬるい感じはしましたが、1回目ですから仕方がありません。
以前、ボランティアコーディネーターの研修会でお会いした武藤さんと小林さんが、このサロンを実現する気にさせてくれたのですが、今日も参加してくれました。
私の地元の社会福祉協議会の横田さんとサポートセンターの佐藤祐子さんも参加してくれました。
他にも多士済々のメンバーで、時間が足りませんでした。
問題提起は、市民活動情報センターハンズオン埼玉の若尾明子さんです。
議論の内容はコムケアセンターのホームページに掲載しました。
関心のある方はお読みください。
できれば秋には公開フォーラムも開催したいと思っています。
ところで今回のサロンには異色の人が参加しました。
感声アイモというNPOの菅原三記さんと木村紀子さんです。
感声アイモは、発声訓練と作画訓練などを通して、感性の実践教育に取り組んでいます。
障害をもつ人への働きかけもしていますが、感動的な事例もお持ちです。
ちなみにお二人は画家だそうです。
とても興味を持ちました。また機会を改めてお話を聞きたいと思います。
■偶然であったふぁっとえばーの秋山哲生さん(2005年8月17日)
めずらしく企業のコンサルティングの仕事で、相手企業に行く途中に、ふぁっとえばーの秋山さんに地下鉄の駅でぱったりお会いしました。
急いでいたため、ゆっくりお話できなかったのがとても残念ですが、少し立ち話をしました。
秋山さんと言えば、以前はいろいろとここでも書きましたが、障害を持つ人たちの働き場を作りたいと取り組んでいます。
ご自身も病気で障害を残しています。拠点は千葉の館山ですが、その不自由な身体で、実に行動的に出歩いています。
ふぁっとえばーの立ち上げにはいろいろ応援したのですが、
ある程度、形ができるとほかのところにエネルギーを注ぐのが私の姿勢なので、最近は何も応援していませんが、活動状況はいろいろとお聞きしています。
先月も一度、会おうと言うことになっていたのですが、お互いにばたばただったので延期していたのが、今日、偶然に出会えたのです。
秋山さんは元気そうでした。
東京は人が多いので、時々、街中で友人知人に会います。何かとてもうれしい気分になります。
■社内誌コンペティション2005(2005年8月18日)
恒例の社内誌コンペの審査員を今年も引き受けたために、この1週間で45種類の社内誌を読んで、それぞれの評価とアドバイスをまとめました。
毎年、期待して読み出すのですが、裏切られます。
日本の企業は社内誌の戦略的意味合いにまだ気づいていないようです。勿体無い話です。
メディアの多様化のなかで、活字メディアである社内誌のポジショニングや機能を基本から考えなおす必要があるように思います。
しかし、面白い企画もありました。
特に小さな記事で光るものが多かったです。
私の評価基準はメッセージ性と発展性です。
残念ながら今年は昨年よりも出来が悪かった気がします。
どうしてでしょうか。きっと昨今の企業の状況が影響しているような気がしますが、考えすぎでしょうか。
コンペティションの結果は9月頃発表されます。
■地元の青木さんの話(2005年8月18日)
オフィスに行く電車の中で、近くの青木さんと会いました。
我が家の農業のアドバイザーなのですが、お互いに今の仕事は知らないままの付き合いです。
夏休みのため電車が空いていたので、隣り合わせのまま50分近く話しました。
青木さんは地の人です。以前書いたハケの道沿いに住んでいます。
昔からのハケの道沿いの家族たちの会が今でもあるのだそうです。
市民景観会議ではそんな話は一度も出てきませんでした。
その会を基本にしない議論は存在しないはずなのですが。
青木さんは行政にもやや失望している感じでした。
話はよく聴いてくれるのだが、何も変わらないというわけです。
青木さんは単に行政に陳情をするだけではありません。
できるところは自分でやっています。実践者なのです。
我孫子市はこの数十年で隣の柏市に大きく引き離されてしまいました。
行政の指導力とトップのビジョンの欠如だと思います。
今の市長になってかなり変わってきていますが、やはり残念ながらまだ大きな物語は不在なようです。
たとえば、我孫子駅界隈にどんどんマンションが建設されていますが、いささか心配です。
どうせつくるのであれば、もっとしっかりしたものを創るべきだと思いますが、今はかなり安直な気がします。
さまざまな施策も打ち出されますが、形が先行して心が入っていないという批判が少なくありません。
行政主導の限界です。
手賀沼湖岸の景観規制もかなり厳しくなってきています。
それは決して悪いことではありませんが、青木さんに言わせると、地主のことも少し考えてほしいというのです。
景観条例はできていますが、これは「市民」は関わっていますが、どうやら「住民」はあまり関わっていないようです。
これは以前書いた富樫さんの地区での条例の話と同じです。
我孫子ではまだ上からの景観行政が行われているのかもしれません。
昔から地元に住んでいる人とゆっくり話したのはこれが初めてです。
頭で考えていることが無残にも崩れてしまいます。
まちづくりは本当に難しいです
。だからこそやる価値があるのでしょうが。
とても考えさせられる50分でした。
■元祖住民流福祉活動の布教者木原孝久さん(2005年8月19日)
久しぶりに木原さんを訪問しました。
私が信頼する福祉関係者の一人です。コムケアも応援してもらっています。
木原さんは長年、住民流福祉に取り組んでいます。
最初はなかなか理解されませんでしたが、今では各地で取り組まれだしています。
木原さんの基本は「現場発想」です。
住民たち当事者が中心になって、住民の支え合いマップを作成していくのです。
地元学の吉本さん(水俣市)が地域の水マップを作成するのと同じ姿勢です。
ですからとても信頼できます。現場を巻き込まない福祉はどこかに胡散臭さがあります。
今回はコムケアの話をしに行ったのですが、逆に木原さんからある相談事がありました。
数年前に私のオフィスに来たときに相談を持ちかけたそうなのですが、私の反応がよろしくなかったのだそうです。
そういえば、そんな記憶もあります。
まだ私がコムケアにのめりこむ前だったようです。
木原さんの構想は、住民が各地の現場で取り組んでいる事例を一か所に集めた住民流福祉活動のエンサイクロペディアともいうべきセンターを創設することです。
私の思考にはなかなかあわない構想ですが、木原さんの思いは良くわかります。
一度ゆっくりと意見交換することを約束しました。
木原さんと話をしていると、木原さんが考えているビジョンと活動の姿勢は私とほぼ同じです。
しかし、どうも木原さんはそれに気づいていないようです。
そういえば、私もきちんと木原さんに話したことがありません。
先週、片岡さんに会った時もそう感じました。
コミュニケーションは難しいものです。主体性のある人ほど、他の人の意見と自らの意見を差別化する傾向があるようです。
違いよりも同じことを大切にする姿勢が大切なのですが、どうもなかなかそうはならないような気がします。
ちなみに、木原さんの住民流福祉に関する活動は素晴らしいです。
本も何冊か書いていますし、「元気予報」という会報も出しています。
この会報は申し込めば購読できます。
住民流福祉総合研究所のホームページをご覧ください。
私が愛読している3冊の雑誌の一つです。お勧めします。
■上坂且さんの新著が完成しました(2005年8月19日)
突然上坂さんから、新著ができたので持っていくという電話がありました。時間の合間に少しだけお話しました。
新著は、山口県の個性的なベンチャー企業の紹介本です。
出版の相談があったので、日本地域社会研究所に頼んだのです。
この出版社とも、実は古いおつきあいがありますが、もう20年近く、社長にも担当の方にもお会いしていません。
この本作りの相談の時にお伺いする予定が急用でいけなくなってしまい、ちょっと気になっていたのですが、出版されてとてもうれしいです。
書名は『モノづくり維新!「超」ベンチャー企業』です。
ブックのコーナーに紹介しましたので、関心のある人は読んでみて下さい。
最も販売は9月になってからかもしれません。
上坂さんは、このコーナーでも以前に紹介したことがありますが、家庭用アイスクリーム製造機「どんびえ」の開発者です。
その後、山口県庁で仕事をされ、今では東京で山口県の地場企業の応援をしています。
山口の個性的な企業に関心のある方はぜひご連絡ください。
■坪倉昭さんは魅力的です(2005年8月19日)
CSRの研究会でお会いした坪倉さんがやってきました。
研究会の時に、コミュニティに関心があるとお話されたので、ぜひ一度お話をしてみたかったのです。
それに坪倉さんのキャリアに興味を持ったのです。
人のキャリアに興味を持つのは私の昔からの性癖ですが、普通のキャリアには全く関心はありません。
関心があるのは、組織や権威との距離なのです。言い換えれば主体性の有無です。
坪倉さんとはコミュニティ論を交わす予定でしたが、坪倉さんのキャリアの見事さに、話がすっかり盛り上がってしまい、そこまで行きませんでした。
しかし、坪倉さんがアメリカにいた時に関わった日系アメリカ人のコミュニティの話を題材に、少し意見交換した限りでは、私のコミュニティ観とかなり重なるような気がしました。
話はここでは再現できないくらい、ライブでワクワクするような話でした。
彼の話にはメッセージ性もありますし、リアリティもあります。
ブログを始めることを勧めました。
スタートしたらこのホームページにリンクさせてもらいます。
そこで彼の人となりがわかるでしょう。私の中途半端な紹介はやめます。
いつかきちんと報告できることがきっとあると思います。
こういう生き方が広がっているとしたら、日本の未来もまんざらではありません。
■美野里町みの〜れ物語のいま(2005年8月20日)
美野里町の文化センター「みの〜れ」に住民主役の演劇を観に行きました。
みの〜れのスタッフである中本正樹さんから招待されたのです。
一度、美野里町に行きたいと言っていた女房と2人で行くことにしました。
実は今日は、朝日ニュースターのテレビの日で、裁判員制度をテーマにするので出演してほしいとばばさんから依頼がありました。
今回の問題提起者はレギュラー仲間の小林弁護士で、私が裁判員制度に反対なことを知っている小林さんからもお勧めがあったのですが、観劇のほうを選んでしまいました。
なぜなら、今回の公演は住民たちがやってきた舞台表現ワークショップの集大成であり、しかもプロデューサーが中本さんなのです。
つまり、住民主導で取り組んできた文化センターづくり物語の延長にある、しかもその中心にいる中本さんの総決算の場なのです。
行かないわけにはいきません。
それに、これまでの住民主役の路線は町村合併に中で見直されるような話も届いていますので、私自身が関わったプロジェクトの行く末も見ておきたいと思ったからです。
作品は「光れ!」です。
小学生から70代まで55名の役者が半年間にわたって集中的に稽古してきた、歌入り演劇とあります。
出演者の中には私の知り合いも何人かいます。
出だしはとても好調でした。
最後の盛り上がりもとてもよかったです。私などは途中で涙まで流してしまいました。
それに会場を巻き込んだ、とても巧みな演習や工夫もあります。
わが我孫子市でも市民ミュージカルが近々公演されますが、その演出の人たちに見せたいと思ったほどです。
住民たちらしい工夫を感じました。美野里町の文化は育っています。
とまあ、ここで終わっておけばいいのですが、正直者の私としては余計なことを書かざるを得ません。
それは全体が冗長なためにリズムが作れていないことです。
実際に、前半は小学校の学芸会かと思いました。プロがついていて、これはないだろうと失望しました。
ところが後半はとてもよかったのです。
これはとても残念なことです。
休憩時間に帰ってしまった人がいなければいいのですが。
全体の公演時間が2時間半ですが、シナリオをきちんとすれば、2時間で十分です。
それに2時間にすればリズミカルになり、面白さが増したはずです。
全体の印象もかなり変わったような気がします。
この根底にあるのは、アウトプット志向です。
つまり発表会なのです。この点は出演した住民には責任はありません。
たぶんシナリオの悪さです。演劇ワークショップと公演とのつなげ方に問題があるように思いました。
しかし、住民観客はみんなとても感激していました。大成功と言っていいでしょう。
また演劇ワークショップや自己表現ワークショップについても、きちんと組み込まれていましたから、これからのみの〜れ活動をエンパワーしたと思います。
美野里町の文化は着実に進化しているようです。
■久しぶりにお会いした美野里町の人たち(2005年8月20日)
半年振りの美野里町でした。何人かの人たちにお会いしました。
公演に出演した福島ヤヨヒさんは、私が美野里町の関わった最初からのお付き合いです。
「みの〜れ物語」にも登場しますが、今では町議会議員です。
美野里町で、福島さんのような人が議員になったこと自体、私には感激ですが、きっと新しい風を起しているのでしょう。
出演者の岩佐さんにも会いました。おそらく最高齢者です。
この公演を最後に美野里町から転居するそうです。いい思い出を持っての転居です。
他にも何人かの方に会いましたが、文化センターを設計建設した佐藤総合設計の小宮さんにも会いました。
若い社員たちとインターンと一緒に観劇に来ていたのです。久しぶりにお話しました。
小宮さんもまた、みの〜れにかなり思いがあるようです。
この文化センター物語の最大の功労者の沼田和美さんにもお会いしました。
私が美野里町と付き合った理由は、沼田さんです。
ビジョンと信念をもった自治体職員にはほとんど出会えなかった時に出会えたのが沼田さんです。
いろいろと事情があって、今は美野里町の社会福祉協議会の事務局長ですが、久しぶりにゆっくりとお話しました。
いろいろと思うことがありますが、ここでは書くのはやめます。
中本さんはじめ、中村さんや細谷さんなど、職員にも会いましたが、話す時間はありませんでした。
しかし、みんな元気そうだったのがなによりです。
久しぶりの美野里町はいろいろな刺激をまた与えてくれましたが、残念ながらワクワクさせてはくれませんでした。どうしてでしょうか。
(2005年8月第4週)
台風一過、秋が来ました。
■第3回コムケア運営委員会は順調でした(2005年8月23日)
コムケアの第3回運営委員会です。今回は新たの多摩大学の2人の学生が参加してくれました。
地域と市民の放送局の創設に関わっている七宮さんと反町さんです。
ほかに阿部さんと近藤さん、島村さんと須田さんの名コンビ、加えて下山さん、松清さん、松浦さんです。
さまざまな活動をしているなかを毎回参加してくれることにかんしゃしなければいけません。
そのうちに、関係が逆転して、私が感謝されるようになりたいと思っていますが、もうしばらくはこの関係が続きそうです。
会の進め方も、単にアイデアだしではなく、自分たちでも汗をかく実行委員会方式に変わりつつあります。
今日の運営委員会でも途中2つのグループに分かれての議論になりました。
私はその間、おにぎりを食べていました。
10月16日に、公開選考会を開催しますが、面白いものになりそうです。ご期待ください。
ぜひ皆さんも参加してください。関心のある方は、もちろんこの運営委員会にも参加してもらえるとうれしいです。
参加するとどんどん巻き込まれて、後悔するかもしれませんが、人生とはそんなものです。はい。
コムケアセンターのスタッフの橋本さんが議事録などもまとめてくれていますし、きちんとフォローしてくれていますので、事務局長の私が頼りなくても、大丈夫でしょう。
私の大好きな、共創型イベント推進体制が育ちだしています。
帰りはまた常磐線組でした。下山さん、松清さん、松浦さんです。
そして最後に大発見がありました。
NPO