近況報告
■ 2009年1月1日
昨年は長い長い1年でした。
たくさんのことがありすぎて、今ではもう思い出せないほどです。
妻との別れは、さまざまなことに気づかせてくれました。
人のやさしさ、人の冷たさ、そして自らの卑しさ。
昨年1年で学んだことは、それまでの65年間を上回るかもしれません。
昨年の11月頃から、活動再開も定着しだしました。
まだ心身の動きは鈍いですが、前に向かって進み出せています。
仕事はまだ始められないでいますが、今年は仕事も再開するつもりです。
私向きの仕事があったら声をかけてください。
企業のあり方を変えていくようなプロジェクトに関われればと思います。
NPO関係の活動は、これまで通り、人をつなぐことを主眼にしますが、
いくつかのNPOやプロジェクトには少しだけコミットしていくつもりです。
自分が関わっているNPOの活動にも、これまでよりも時間を割こうと思っています。
地元でのNPO活動ももう少し本格化させます。
まちづくりには相変わらず興味はありますが、接点がなくなってしまっています。
先日、隠岐の海士町に行ってきましたが、私が思っていたまちづくりの方向性には改めて確信を強くしました。
残念ながら時代はまだ、そうした方向とは逆方向ですが、
形だけではない住民主役のまちづくりのプロジェクトに関われればと思っています。
この数年、ほとんど休んでいたサロン活動も再開するつもりです。
活動を休止していたコモンズ村も再開できればと思っていますが、これはまだあまり自信がありません。
湯島のオフィスには週2回程度行きだしていますが、
今年はもう少し増やしたいと思っています。
ところで、最近、数年ぶりに読書時間が増えています。
企業関係や社会論関係などの読書もまた始めました。
昨年、昔読んだ何冊かの本を読み直したのきっかけですが、
数十年経て読み直すと、以前は退屈だった本が、とても面白こともあります。
前に書いたとおり、本を書きたいという思いはあるのですが、
ますます怠惰になっているので、結局は「コモンズの回復」は計画だけで終わりそうです。
節子への挽歌はいまも書き続けています。
時評編は相変わらず身勝手な私憤で品格を落としていますが、
今年もまあそう大きくは変わらないでしょう。
残された人生がどのくらいあるかはわかりませんが、
これまで以上に、自分に素直に生きようと思っています。
節子はそれを望んでくれているはずです。
今年も毎月3日は、節子の月命日ですので、
できるだけ我孫子の自宅にいるつもりです。
お近くに来る機会があれば、お立ち寄りください。
湯島のサロンも再開を考えています。
いつかお会いできますように。
■ 2008年1月1日
妻が昨年9月、彼岸に旅立ちました。
私に生きる意味を与えてくれていた、かけがえのない人でした。
妻を守ってやれなかった自分が悔しくてなりません。
愛するものの死は、自分の死よりも、辛く悲しいです。
毎日、ブログ(CWSプライベート)で妻への挽歌を書き続けています。
挽歌というよりも、挽歌に向けての鎮魂歌です。
彼女と会えなくなってから、そろそろ4か月です。
今もめそめそしています。
気力も体力も、思考力も半減しました。
しかし感受性だけは倍増したかもしれません。
ともかくめそめそしています。
これはもう変わらないでしょう。
しかし、めそめそしながらも元気です。
昨年末から少しずつですが、活動も再開しだしました。
妻に会いに行けるように、現世での務めを早く終えなくてはいけません。
告別式で少しお話させてもらいましたが、妻の闘病生活と旅立ちは見事でした。
妻から学んだことはたくさんあります。
今もなお、亡き妻との語り合いの中でたくさんの気づきを得ています。
少しだけ成長しました。
でもかなり厭世的になったかもしれません。
妻は花が大好きでしたので、庭に献花台をつくりました。
我孫子のほうに来る機会がありましたら、お立ち寄りください。
事前にご連絡いただければできるだけ在宅します。
妻は私にとって最高の伴侶でした。
来世でも彼女と一緒になりたいと思っています。
お世話になったみなさまに感謝しています。
節子への挽歌2007総集編
■ 2007年1月1日
組織人ではなく、ひとりの生活者として生きようと、会社を離脱して19年目に入ります。
実に自由気ままな生き方を楽しませてもらってきました。
それを支えてくれたのが、家族、とりわけ女房です。
私にとっては、かけがえのない伴侶です。
3年半前に手術で胃をほとんど摘出した女房も、少しずつ元気になって、
昨年秋には千畳敷カールに一緒に行けるほどなったのですが、
その直後に体調が急変してしまいました。
自宅療養することになりました。
私の生き方を全面的に支えてきてくれた女房です。
今度は私が彼女を支える番です。
仕事をやめて、10月以降は自宅で女房に寄り添うことにしました。
18年前に会社を離脱した時以上に、生き方は変わりました。
変わったのは生き方だけではありません。
私にとっての世界の見え方が変わってしまいました。
時代の大きな変わり目の中で、
気になる問題は山ほどあります。
しかし、今の私にとっての関心は、女房の元気の回復です。
私の元気の源は、彼女の元気であることが、この3か月で痛いほどわかりました。
しかし、同時にまた、私の元気が彼女の元気でもあるのです。
ともかく毎日を明るく、回復を確信して前に進もうと毎日を過ごしています。
幸いにむすめたちが、私たちを元気づけ、支えてくれています。
むすめたちにこんなに早く、しかもこれほど世話になるとは思ってもいませんでした。
天は、私に最高の伴侶とむすめを授けてくれました。
感謝しています。
そんなわけで、今年は女房中心の生活をしていきます。
医療費がとても高いので、少しは働かなければいけませんが、
今まで以上にわがままな働き方しかできそうもありません。
そんな仕事があれば教えてください。
これまで取り組んできた「大きな福祉」の活動はできるだけ続けていくつもりです。
それが、私にとっての生きる意味でもあるからです。
一時は、このホームページもやめようと思いましたが、書き続けることにしました。
このサイトのおかげで、新しい出会いもあり、また私たちを見守ってくれる人たちへの報告にもなるからです。
ホームページは、ますます日記的になりそうですが、できるだけ新しい生き方での気づきを書いていくつもりです。
今年もよろしくお願いいたします。
お会いできるのを楽しみにしています。
11月のあたたかな日に、我が家の中庭で女房と撮った近況写真です。
■2006年1月1日
最近、社会の動きについていけなくなり、元気をなくしていました。
特に昨年の衆議院選挙以来です。
しかし昨年末に元気が戻ってきました。
いまは女房ともども元気です。
バカ息子ちび太くんと3人で、近くの手賀沼を散歩した時の写真を載せさせてもらいます。
夕日が沈む時で、夕焼けがとてもきれいです。
運がよければ富士山もこの写真の右手後方に見えるのです。
昨年の新年の報告では、いろいろ前向きの行動宣言をしましたが、すべて実現できませんでした。
その分、いろいろな気づきがありました。
長年関わってきた美野里町と山形市は通うのを止めました。
いささかの寂しさはありますが、状況から見て仕方がありません。
市町村合併の動き以来、日本の自治体は壊れだしているように思います。
形だけの住民参加型まちづくりにはもう辟易しています。
市町村分割の動きはいつになったら起こるでしょうか。
それまでは住民自治は夢のまた夢です。
企業関係では、いくつかの企業のコンサルティングのほか、企業経営幹部の研修プログラムに引き続き関わらせてもらっています。
昨今の企業の動きにはとても違和感があります。
経営不在の目先対応に埋没している企業が多すぎます。
どこかで大きな変革プロジェクトに出会いたいと思っていますが、
最近の企業の状況では、私の入り込む余地はなかなか見つけられません。
数年前に翻訳出版したオープンブック・マネジメントがもしかしたら、新装出版されるかもしれませんが、
それを契機にもう一度、大企業への関わりを再開できればと思っています。
しかし、今の企業は滅びに向けて進んでいるように思います。
NPO関係は、コムケア活動を今年は第3期に向けて変化させる予定です。
しかし、私自身のNPOへの違和感はますます強まっています。
金銭至上主義経済のサブシステムとしてのNPOから抜け出し、
効率主義のライフスタイルとは違う組織原理をもっと大事にすべきです。
NPOなどという言葉を捨てることが必要ではないかとさえ思います。
というわけで、最近の組織活動はどれをとっても私には違和感があります。
しかし、何もしていないわけではありません。
たとえば、こんな活動をしています。
・谷和原村の横田さんが中心で取り組んでいる里山づくりへの応援
・地元の我孫子市での新しいネットワーキング活動
・技術者倫理を考える社会の風起こし
・医療や病院のあり方を考えるやわらなネットワーク活動
・ソーシャルベンチャーに取り組む人たちとの共創的支援
・全国の住民活動やボランティア活動の支えあいの輪づくり
・企業経営幹部の皆さんへのメッセージ活動
・誰も相談に乗ってくれないような課題のコンセプトデザイン
・ 「大きな福祉」理念の広がりを目指すソーシャルマーケティング
・共創型変革プロジェクトへの荷担
ほかにもテーマで言えば、いろいろありますが、
それはこのホームページの週間記録などでかなり具体的に書いています。
まあそんなわけで、 元気にしています。
湯島近くか我孫子に来る機会があれば、ぜひお立ち寄りください。
お会いできればうれしいです。
毎月最後の金曜日の6時過ぎからは、誰でも歓迎のオープンサロンをやっています。
よかったら来てください。まだ会ったこともない人も含めて、誰でも歓迎です。
おかげさまで元気で新しい年を迎えました。
元気になった女房と元気がだいぶ衰えた私の写真を載せさせてもらいました。
12月20日に撮影したものです。
昨年から仕事も再開しましたが、相変わらずまちづくりやNPO関係に時間をとられています。
特に土日は、そうした活動にとられがちです。
地方への出張は少なくしています。
地方に出かけない平日は、湯島のコンセプトワークショップか本郷のコムケアセンターに出かけています。
まあ、こんな生活にまた戻ってきています。
16年続いている湯島のオフィスは相変わらず人と会う場所になっています。
まちづくりでは、新たに谷和原村に関わりだしました。
茨城県の県南の村ですが、常磐新線の開通で様変わるかもしれない村です。
数人の住民のみなさんと知り合いになりました。
山形市でも新しい物語が始まりそうです。久しぶりです。
美野里町はそろそろ卒業でしょうか。
しかし、ここももしかするともしかします。
いずれもそれぞれに面白い物語を生み出しそうなのですが、問題は地元の我孫子市です。
これが今年の最重点課題です。
NPO関係はいくつかのNPOが立ち上がります。
昨年まではすべてお断りしていましたが、今年は5つまでは引き受ける予定です。
分野は出来るだけ分散したいと思っていますが、それらをつなげていければと思います。
コムケア活動は自立に向けての検討を始めようと思います。
春にでもコムケアをどうするかの検討会を開催するつもりです。
NPOとはちょっと違いますが、コミュニティビジネスやソーシャルベンチャーへの取り組みも始めたいと思います。
最近のそうした動きに違和感があるためです。
一つは若者たちとの活動です。春にイベントもやりたいと思っています。
研修プログラムも本格的に検討したいです。
ビジネスの関係では、まずはインキュベーションハウスの本格スタートです。
3年間、開店休業でしたが、その間に見えてきたことも少なくありません。
完全な収益事業も今年は取り組みます。
それで借金をゼロにしたいと思っていますので、それなりに頑張る予定です。
もっとも意に反してのビジネスは出来ませんので、いささかの心配はあります。
この数年、予告ばかりで実現できずにいるプロジェクトも多いのですが、
それらも忘れているわけではありません。
やろうとすると別のプロジェクトが現れてくるのです。困ったものです。
個人的なことでいえば、まずはオープンサロンを再開します。
女房が元気になったので、同意してくれました。
来年から書き出す本の準備もしたいと思っています。
「コモンズの回復」です。この本を書かないと死ねません。
遺跡周りも再開したいと思います。
パルミュラが今、一番行きたい所ですが、今年は無理かもしれません。
女房と行くことに決めているからです。
そんなわけで、まあ元気です。
湯島近くか我孫子に来る機会があれば、ぜひお立ち寄りください。
半年振りの近況報告です。
女房の手術から1年経過しました。
うれしいことに検査結果は大丈夫でした。
安堵しました。
私自身も老化が進み、身体的機能はだいぶ低下していますが、おかげさまで元気です。
高血圧も問題でしたが、これは和漢方でほぼ直しました。
精神的には気力の低下が続いていましたが、気を持ち直すことにしました。
歳相応に身体はガタガタしてきていますが、それはきっと健康の証拠です。
最近はこのホームページのほかに、CWSプライベートに毎日書きこんでいます。
これも書きだすとけっこう楽しいです。
ちょっと暗い気もしますが、
もしかすると、最近、人に会う機会が少なくなってきているからかもしれません。
人に会う代わりに、せっせと書きこんでいるわけです。
この1年、かなりライフスタイルが変わってしまいました。
女房が昨日、久しぶりに湯島のオフィスに出社しました。
もし今の調子で元気になってくれたら、秋にはオープンサロンも再開できるかもしれません。
またみなさんとサロンでお会いできるのを楽しみにしています。
湯島にもできるだけ出るようにします。
皆さんもまた、湯島にも遊びに来てください。
■2004年1月1日
女房の胃がんが発見されてから、半年。
一変した世界は戻りようがありませんが、生活は少しずつ以前に戻ってきました。
しかし、予定していた活動は、かなり見なおさざるをえなくなりました。
新たに再スタートする予定だった、オープンサロンも再開のめどが立ちません。
昨年後半は、コムケア活動以外はほとんど休止状態になってしまいました。
ご迷惑をおかけした方々にお詫びいたします。
そして、支えて下さった多くの方々に感謝いたします。
人のつながりを、今回ほど、うれしく思ったことはありません。
ペイフォワードを実行するつもりが、
逆にたくさんの方々からのペイフォワード・アクションをいただきました。
思わぬ方からの、それとはなしのメッセージにも、感激しました。
不安と戸惑いに、元気が出ない半年でしたが、
私たち2人の世界も、これまでとはちょっと違った広がりがありましたし、
何よりも私たち自身が、生きることの意味を改めて考える機会をもらいました。
どんなことにも、いいことはあるものです。
感謝しなければいけません。
この、私にとっては最大の事件を別にすれば、
昨年、私が一番時間を割いたのが、大きな福祉を目指す、コムケア活動です。
女房のことで、ケアということの意味を今までよりも深く理解できたように思います。
おかげさまでコムケア仲間に恵まれ、各地の市民活動がつながりだしてきています。
すばらしい人たちにも、たくさん出会えました。
今年は、この活動を次のステップに進化させたいと思っています。
しかし、この目論見は正直に言って、成功するかどうかは確信をもてません。
最近は体力も、ですが、気力がついてこないのです。
行政との関わりでは、
これまで長くお付き合いしてきた美野里町と山形市に、かなり大きな状況変化がありました。
美野里町は、住民主役に向けて、ひと山越したように思います。
私自身が無力感を感じだした、まさにその時に、住民が動き出したのです。
この経緯はこれまでもホームページに書いてきました。
すばらしい住民の方々に出会えた8年でした。
私はおそらくもう役割を終えたように思います。
山形市では市長が急逝し、共創プロジェクトを理解してくださっていた助役が市長になりました。
共創プロジェクトとしては3人目の市長です。
年末にお会いした時に、私の考えに関心を示してくれました。
山形市では住民との関係が弱くなっているので、
私の役割も薄れていますから、そろそろ卒業にしようと思っているのですが、
新市長のもとに共創の風がまた起こるかもしれません。
そうしたらここもハッピーリタイアーできます。
北九州市の小倉北区や谷和原村など、新しい動きもいくつか出てきていますが、
私の地元の活動はもうひとつですので、今年はこれが一番の課題でしょうか。
企業関係の仕事は、昨年はやめていました。
思い切った大きな変革に関わる仕事にめぐり合えていないことも、その理由です。
今年は、もし時間が許せば、企業の仕事に本格的に取り組みたいと思っています。
OBM革命を起こせば、今の企業は必ず元気になるはずです。
なにしろビジネスチャンス山積みの時代なのですから。
こうした活動のほかにも、
今年は、平和の問題にささやかに関わる予定です。
国家の平和ではありません。
個人の平和です。
イラク復興と称して、イラクの人たちの暮らしを踏みにじるような平和主義者が、
いつ、私たちに攻撃の矛先を転じてくるかもしれません。
そうなってからでは遅すぎます。
リストラされた後の企業業績が良くなっても意味がないように、
個人の平和を踏みにじる国家の平和には異議申し立てしておかねばいけません。
しかし、最近は強い無力感にさいなまれてもいます。
私のささやかな社会へのメッセージは、ほとんど手応えはなく、めげるばかりです。
女房と青空でも見ながら、余生を過ごす誘惑に、時々負けそうにもなります。
こうして、みんな老いていくのでしょうか。
もっとも、時代は、私よりもずっと早く老いてきているような気がしてなりません。
いや、そう思うことで、自らをなぐさめているのかしれません。
とまあ、これが近況です。
ちょっと暗い近況になりました。
私の生活内容は、このホームページで、ほぼすべて公開しています。
家族からは書きすぎだと批判され、
友人からは長すぎて読む気がしないといわれていますが、
このホームページは私の日記でもあるのです。すみません。
自分ではほぼすべてを公開しているつもりなのですが、
読者にはなかなか実態を理解してもらえないのも事実です。
人は自分のイメージで情報を消化することが、このホームページをはじめてよくわかりました。
女房は、おかげさまで元気を回復してきています。
今年から湯島にも週1回くらい行こうかと言い出しています。
またオープンサロンが再開できるかもしれません。
サロンがないと、なかなかみなさんともお会いできません。
長々とすみません。
初めての方には、わけのわからない近況報告だったかもしれません。
すみません。
いつか、お会いできるのを楽しみにしています。
会うべき人には必ず会えるものです。
ありがとうございました。
近況報告を3か月ごとに書こうと思いながら、6月1日には書き込むことができませんでした。
その後、2回ほど、週間報告に書きましたので、読んでくださった方もいるかと思いますが、
私にとってはこの3か月は人生を見直す契機になった時期でした。
女房にがんが発見されました。
突然のことでした。
しかし、さまざまなことを考え合わせると、不思議なほどに天の配慮を感じます。
こんな言い方をすると、何か「あぶない人」を感じさせるかもしれませんが、
そうではなくて、私にとっては、それを受け止める状況が準備されていたということです。
たとえば、がんが発見される5日前に、
私たちが14年続けてきたオープンサロンを一時休会することにし、
その最後の集まりを終えたところでした。
最後にこのホームページにも女房が初登場しました。
仕事も全面的に見直そうと新規受け入れを中断していました。
つまり6月から先は予定表がほぼ白紙になっていたのです。
私がなんとか事態を乗り越えられたのはそのおかげです。
もちろんご迷惑をおかけした方は少なくないのですが。
しかし、女房はもちろんですが、私にとっても、家族にとっても、生活のリズムは完全に変わりました。
日常的にも、人生的にも、です。
先が全く見えなくなったのが最大の変化です。
言うまでもなく、いつでも人生の先は見えないのです。
しかし、女房のがんと付き合うようになってからは、なぜか全く違う世界の住人になった感じです。
風景も言葉の意味も変わってきました。
がんを体験された方が、本を書きたくなる気分がよくわかりました。
6月から7月にかけては、精神的にかなり不安定でした。
最近になってやっと少し状況が見えてきました。
感情的なゆれも少なくなりました。
まあ、そんな状況のなかで、あまり気力なく、中途半端に時間を使っているのが近況です。
お恥ずかしい限りです。
このホームページも少し休もうかと思っています。
9月は更新を最小限にする予定です。
少し自分の生き方を考え直したいという気分です。
10月になったら、また書き出しますが、
それまではお知らせやらネットワークなどを少しずつ書き込むだけになると思います。
このホームページと兄弟のようなホームページがあります。
コムケアセンターのホームページです。
そのホームページには少しメッセージなどを書きこんでいく予定です。
10月10日にはコムケア活動のメインイベントもあります。
そこでみなさんにお会いできるととてもうれしいです。ぜひご参加ください。
とても素晴らしいイベントになるはずです。
そんなわけで、しばらくは少し疎遠?になりますが、
このホームページは是非とも時々訪問してください。
フォーラムへの投稿には必ず返信します。
ありがとうございました。
■2003年3月1日
春の気配を全く感じない3月の始まりです。
市民活動、行政、企業。
この3つの分野にできるだけ均等に時間配分しながらの生活を始めてから10年以上たちました。
共通するテーマは「コモンズの回復」です。
市民活動ではコムケア活動を中心に様々な活動を実践的に「つなぐ」活動をしています。
行政は、住民と行政との共創型まちづくりへの関わりです。
企業は最近はちょっと実際のプロジェクトは少なくなっていますが、新しい経営スタイルなどには関心を持っています。
週の半分は地方に出向いています。
夜はなぜか何かの集まりでだいぶ先まで埋まってしまいます。
土日はゆっくり休めた記憶がこの2年、あまりありません。
そんな生活を少し見直したいと思い出していますが、
面白い事がまわりでどんどん起こってくるために、ますます生活は拡散しがちです。
多様に広がった生活を収斂させることは至難のことだと改めて感じています。
おかげさまで、それなりに元気です。
たくさんの素晴らしい人たちに支えられて、生活も豊かです。
メールをやられていない方との付き合いが少し疎遠になってきているのがちょっと残念です。
もしまだメール交換されていない方がいたら、ぜひメール下さい。
またお会いできますように。
佐藤修
■2003年1月1日
昨年は、このホームページづくりに、かなりの時間を割いてしまいました。
毎週、自分の生活を露出しながら、生活自体の再編成をしてきました。
ホームページのツールとしての可能性にすっかり魅了されてしまったのです。
アクセス人数は残念ながら1年間で延べで8000人弱でした。
平均すれば毎日20人強です。
少ないですが、毎週、読んで下さる方もいて、元気付けられました。
投稿欄のフォーラムでも、時々、面白い議論がありました。
このホームページのおかげで知り合えた方もいます。
私は一昨年あたりから、情報社会が新しい段階に入ったと実感しています。
近年の企業不祥事や行政不祥事も、その現れの一つですし、
今の政治状況や経済状況も、同じく新しい情報環境の結果だと思っています。
産業革命よりも大きな変化が進んでいるような気がします。
しかし、ほとんどすべての「上からの(意図的なと言ってもいいでしょう)変革」の試みは、 従来のパラダイムで発想されています。ですから、何も変わらないように思います。
それに比べて、現場では大きな地殻変動が起こってきています。
数年前から年賀状に書き込んできた予兆が今、まさに起こりつつあります。
そんな認識のなかで、このホームページにはまっています。
ホームページ以外では、コミュニティケア活動に取り組んでいます。
全国のコミュニティケア活動のつながりを創出したいと思っています。
コミュニティケアといっても、英国で始まった狭義のそれではありません。
もっと大きな、そして楽しいことをイメージしています。
私のコミュニティの定義は
「重荷を背負いあった人間のつながり」です。
重荷というと、マイナスイメージが強いですが、宝物もまた重いものです。
私たちは、そうした重荷をここ数十年捨ててきてしまいました。
その結果、手に入れたのは空虚な快適性だけでした。
重荷をまた一緒に担ぎあう社会を回復したい。
これが、私が会社を辞めてから取り組んできた「コモンズの回復」というテーマです。
なかなか進みませんが、私の周りにはそれなりに重荷を背負いあう関係が育ってきました。
コミュニティといえば、まちづくりもまた、私が今、取り組んでいるテーマです。
本当は、「まち育ち支援」といいたいところですが、 自らの当事者としてもまち育ちも含めて、少しずつ進めています。
まちが育つとは、人のつながりが豊かになることであり、コミュニティケア活動の支え合いの輪が広がることですから、コミュニティケア活動とまちづくりは重なっています。
まちづくりのちょっと変わった活動もあります。
私は、このホームページでも紹介されている、「風のまち」というバーチャルタウンの町民です。
全国の自治体職員が主な住民です。
またCWSコモンズ村の村長でもあります。
ここではコモンズ通貨が発行されています。
いずれもあまりしっかりと取り組んでいないので、反省していますが、今年はしっかりと取り組むつもりです。
ご関心のある方はぜひ移住して来て下さい。住民票は簡単に作れます。
企業の仕事もしています。
脱経済至上主義を志向していますが、残念ながら、今はお金もなければ活動もしにくいのです。
しかし、近年の会社は(行政もですが)お金の使い方がわかっていません。
したがって、私のところに仕事を頼む人が少ないのです。困ったものです。
3億円くらいあれば、おもしろいことができるのですが。
会社といえば、仲間と一緒にワーカーズ・コレクティブ方式の有限会社を発足させました。
インキュベーションハウスです。
昨年度の売上は3億円どころか、30万円でした。
倒産させないために、今、仕事を探しています。
何か仕事はないですか。
私の社長任期は来年までです。
それまでに経営を軌道に乗せないとみんなから叱られるのです。
どんな仕事でもいいですから、ぜひ仕事を下さい。
私は現在61歳です。
不思議なもので、60歳を越したら、少し先が見てきました。
それまでは先は無限だったのです。
先が見えてきたので、これまでの拡散型の生き方を収斂型に移行しようと思いだしています。
そこで今年は、これまで関わっていた多くの組織や学会や活動から離脱しようと思っています。
近々、脱退届けや脱会届けが届くと思いますが、他意はなく、ただ収束に向かっただけですので、お許し下さい。
近況報告になったでしょうか。
今月のオープンサロンは1月31日です。
6時からですが、混雑するといけないので、ゆっくり話したい方は早めに来て下さい。
15年前を思い出しながら、午後1時からのオープンサロンにする予定です。
案内はしませんので、誰も来ないかもしれませんが、それもまた良しです。
15年前からお付き合いのある方には、
この15年、ほとんど成長と変化がなかったと思われそうですが、まさにそうです。
変わったことは、私の思いがますます確信に変わったことくらいでしょうか。
つまり頭が固くなったということです。
それにも、最近、気がつきだしましたが。
困ったものです。
今年は遅まきながら、ペイ・フォワード活動に参加します。
皆さんもいかがでしょうか。
今年はお会いできるかもしれません。
楽しみにしています。
ありがとうございました。
みなさんの善意に感謝します。
2003年1月1日
佐藤修