リトル・アダム・リトル・エヴァ


 
 
 
 練習を開始する前までは、あれほどバレンタインのチョコの数を予想することで盛り上がっていた部員たちが、今は他に何も見えないと言わんばかりに、たった一個のバスケットボールに執着し、全ての情熱を傾けて走り回っている。
 晴子が男子バスケットボール部のマネージャーになって、もう半年が経とうとしていたが、彼らの切り替えの早さにはいつも驚かされるばかりだった。彼らは、バスケに懸ける意気込みとか真剣さとか、そういった次元とはまた別の次元で、日常とクラブとをきっぱり区切ってしまうのだ。
 この潔さは、やはり男と女の違いなのだろうか。最近の晴子は、何かにつけそんなことを考えてしまう。
 特に今日は、先輩マネージャーの彩子が進路面談で遅れるせいで、晴子一人だけが体育館にいる唯一の女だ。同じ女でも比較的さっぱりとした性格の彩子とは違い、晴子には、自分が、男バスの中で、これ以上もなく奇異な存在に思えてならなかった。
 彼らの中にいると、女というだけで不恰好に感じる。
 大人の女は色っぽい、近頃同じクラスの男子がそう言って騒いでいた。しかし、晴子には、女の色っぽさなどちっともわからないのだ。第一、自分の目には、女よりも男の方が、遥かに綺麗で色っぽく見える。
 バスケをしている「男の子」というのは、本当にかっこいい。
 体育館は完全に密室で、風のない箱のようなものなのに、プレイをしている彼らが派手に走ったりジャンプしたりするせいで、空気が絶え間なく動いている。シューズが床を擦る音、少しの汗に反射する白熱灯、その中で限界まで延ばされる長い手足――筋肉のきちんとついた、しなやかで強い身体の線。彼らがひとつの動作をするたびに、一瞬一瞬がまるで絵のようなのだ。
 本当に綺麗で見とれてしまう。時々ぼうっとして合図の笛を吹き忘れるのは、だからそのせいだった。
 シュートなしの一対一。ドリブルとフェイクだけで延々続くゲームは、部員がキツイと太鼓判を押すものだ。十分の予定が既に二分近くもオーバーしていて、晴子はストップウオッチを見た瞬間、慌てて笛をくわえる。
 ところがこれが一歩遅かった。笛を吹く前に、部員たちの間で咄嗟の声が上がった。
 どきりとする。前々から時間制限には気を付けるようにと、散々彩子に注意されていたからである。メニューは精一杯の時間配分で作られているため、ひとつの練習に振り分けられた時間はぎりぎりで、それ以上時間をかけると、練習している本人の集中力が切れてしまうと言う。つまりは、怪我などが起こりやすい状態になるわけだ。
 まさかと思った。しかし晴子の懸念は現実になった。
 体育館の東側、ちょうど向こうのゴール下で、宮城リョータと桜木花道が、もつれるようにして倒れ込んでいる。
「ご――ごめんなさいっ!」
 つい叫んで走り寄る。晴子の失敗は誰も気付いていないようだった。体育館中で一対一をしていた部員たちは、今は一箇所に集まり高い人垣を作っている。晴子は何とかその中に割り込み、宮城が頭を振りながら上体を起こすのを見つける。
「怪我してませんかっ?」
 自分のミスに息がつまりそうだ。手を貸そうとした晴子に、宮城は、ぶつけた胸を押さえながらも笑ってくれる。
「俺はヘーキ。それより花道見てやって」
 言われるまま、すぐに花道の方へ飛んで行く。けれど、その花道の脇には流川楓が突っ立っていて、焦らずにはいられなくなった。晴子はどうにか花道の傍に座り込んだが、頭上の流川が気になって仕方がない。彼の刺々しいくらい真っ直ぐな視線のおかげで、花道に触れるのも変に意識してしまったくらいである。
「さ……桜木くん? 大丈夫……?」
 おずおずとした呼びかけに答えはない。
「あの……あの、桜木くん?」
 肩を揺すっても反応がない。晴子は一気に真っ青になった。
「さ、桜木くん? 桜木くん?」
 晴子が呼びかければ、いつも元気に応えてくれていた花道が、まるで死んだように動かないのだ。頭の中では、インターハイで背中を傷めた花道の姿が浮かんできたりして、悪い予感ばかりが脳裏を流れていった。
 たえかねた晴子が、無理に花道の身体を起こそうとした時だ。
「脳震盪じゃないかな?」
 いつの間にか脇にひざまずいていた桑田が言う。
「動かさない方がいいよ。それに、多分すぐに気が付くよ」
 ノウシントウという言葉を知らないわけではなかった。だが晴子は、脳震盪がどんなものであるのか、また、どんな処置をすればいいかを全く知らなかったのだ。
「花道、脳震盪かぁ……?」
 どこかから宮城が問う。誰かがそれに答え、宮城は「濡れタオルで頭冷やしてやれ」と続けた。その指示に、晴子はやっとのことで我を取り戻すと、慌てて立ち上がり、備品の用意をしてあるベンチに向かって駆け出していた。
 それから何がどうなったのか知らないが、濡れタオルを持って花道の傍に駆けつけた時には、花道は壁に背中を預けて座り込んでいた。他の部員たちはというと、既に別の練習を始めており、誰一人として彼の付き添いをしている者はいない。
 練習前の光景再び、だ。この切り替えの早さは、晴子にとっては冷たさにも匹敵する。自分の知る限りの友人間では、まずこういう時に一人にされることはないからだ。
「……大丈夫、桜木くん……」
 何だか花道がかわいそうに思えて、晴子はそうっと濡れタオルを頭にかけてやった。
「……ヘーキっス……」
 答える花道の声が、ひどくぼんやりしている。
 ――後で晴子が調べたところ、脳震盪というのは、頭を強く打ったせいで、脳が急に圧力を受けたために起こる、一時的な機能障害のことを言うそうだった。つまり時間さえ経てば直るものらしく、大事こそなければ、度を越して心配するほどのことでもない。けれど、その時の晴子はそんなことなど知らなかったし、大して花道にかまおうとしない部員たちが無情に思えてならなかった。大体、いつも元気な人物が少しでも大人しいと、それだけで変な感じがするものだ。ましてや相手は桜木花道である。疲れたように手足を投げ出し、じっとタオルを被っている様は、どうしても晴子の不安を煽った。
 だから、花道が時間を待たずに立ち上がろうとした瞬間、驚いて彼の腕を掴んでいた。
「まだダメよ! 今日はもう練習しない方がいいわ!」
 しかし花道はうめくような声を出し、やっとという動き方で濡れタオルを退ける。
「……ダイジョーブ」
 何度もまばたきしながら彼は呟く。視界が定まらなかったのかもしれない、左右に首を振ったりもしていた。
「ダメよ、そんなじゃ立つのも大変でしょう」
「……ヘーキ」
「桜木くん!」
「ダイジョーブ……練習、しなきゃ」
 言いながら、もう立ち上がっている。晴子が腕を掴んでいるくらいじゃ花道は止められないのだ。彼は、まだ真っ直ぐに頭を起こせずに壁に寄り掛かったままだったが、今やしっかりと歩き出そうとしていた。
 花道のなりふり構わずの一生懸命さは、いつも晴子をたまらない気持ちにさせた。バスケ部のマネージャーになって、彼を見る機会が増えてからは特にそうだ。晴子は、友人たちから常々ぼうっとしていると言われるが、花道の必死さだけには鈍感ではいられなかった。
 花道を見ていて感じるのは、憧れや切なさ、妬みや憐れみなど、いろんな思いがごちゃ混ぜになった、とても一言では言い表せない密度の濃い感情である。しかし、この感情をひとつにまとめようとすると、どういうわけか怒りになることが多い。
 今の晴子の心境がまさしくそれで、気付いた時には、腹立ちまぎれに声を尖らせていた。
「どぉしてよ、一日くらい我慢できるでしょ? ダメったらダメ! 今日は桜木くんは動かない方がいいの!」
 いつもの花道だったら、これだけ強く抗議するまでもなかったはずだ。彼は決して晴子の意見を無視するような人物ではなかったし、心から頼まれれば嫌とは言えない人柄でもある。ただ、この時の花道は、良くも悪くも、脳震盪のおかげで意識が朦朧としていた。彼は、迷わず晴子の手を振り切った。
「……練習しねーと……ただでさえリハビリで遅れてんのに……」
 口の中で呟いたような声が、途切れ途切れに聞こえる。
 晴子は――とにかく悔しかった。
 花道の足取りはふらふらしていて危なっかしく、今にも転んでしまいそうに見える。あれでは、晴子が止めなくとも絶対誰かが止めるだろうと思うのに、コートで練習の指揮を取っていた宮城も、他の部員たちも、一言二言声を交わすだけで特に気を配らない。それどころか、花道の分のボールを手渡しさえするのだ。どうしてと思う。
 しばらく、晴子はぐちゃぐちゃの気分でたたずむしかなかった。同じ女でマネージャーである彩子が、後ろから肩を叩くまで、泣きそうなほどに怒っていた。
「どうしたの、晴子ちゃん」
 彩子が目を丸くしたのも無理はない。それくらい、自分はどうしようもない表情をしていたはずだから。
「聞いてください、アヤコさん! 桜木くんったら……っ」
 勢い込んで、苛立ちを言葉に変えた瞬間だった。視界の隅で、流川が花道に歩み寄っていくのが見えた。
 ……何だかふと、怒るのを忘れてしまった。また喧嘩をするつもりなのかと束の間疑って、まさかと思い直す。流川はそんなことを自分からする人間ではない。だが、さっきまで倒れていた花道を気遣う人間かと言えば、そうでもなかった。
 ならば、どうして?
 じっと彼らを見る。晴子の隣で、彩子までもが、釣られたように流川と花道に焦点を合わせた。
 
 流川が花道のボールを取り上げる。
 途端に、花道は、ひどく悔しげな、悲しげな、幼い表情で何かを言おうとした。
 流川が小さく首を傾ける。唇が少しだけ動く。
 一瞬、花道の表情がびっくりしたようになって、次に困ったみたいに眉を寄せた。
 大人しくなった花道を流川が向こう端に連れて行く。彼はしっかりと相手の手を掴み、まだ危なげな足取りの花道を引っ張るように連れて行く。
 二階席の張り出しで影になった場所まで行くと、流川は花道を下から覗き込むようにした。目を逸らすのを防ぐために、両手で花道の頭を掴み、それからまた何かを言う。
 花道も口を開いた。
 流川が一度うなずく。
 間もなく花道がうつむいたので、流川の唇が、まるで彼の額に口付けるみたいな位置に変わった。
 すぐに花道は流川の肩を押しのける。拳で相手の胸を叩く。
 面倒くさげに頭を掻く流川。床からボールを拾い上げ、ひとつを花道に投げ渡す。
 そして二人は、ゆっくり張り出しの影から出てくると、今まで喧嘩でもしていた顔でコートに戻ってくるのだ。宮城が、ちっとも不自然じゃない口調で「さぼんな」と怒鳴る。流川は流川であっと言う間に練習を再開し、花道は花道で力強く笑っていた。
 
 言葉を忘れるとは、こんな時だと思う。
 晴子の胸の中に生まれるのは、密度の濃い、複雑すぎるあの感情だ。けれど今度は怒りにならない。とても感動するアンハッピーエンドの映画を見た後の、無力感に良く似ている。
「――……桜木花道が、どうかしたの?」
 たった今思い出したらしい彩子の問いかけが聞こえたが、晴子は何も言う気になれなかった。代わりに一度だけ首を振って、泣く前兆の、震えるような溜め息をついた。
 
 
 
 部員たちが体育館でモップ掛けをしている間、晴子と彩子は、まず部室で着替えを済ませ、それから救急箱などの備品を整理し、戻ってきた部員と入れ替わって、廊下で部誌をつける。ただし、一月半ばのこんな季節では、廊下は凍えそうなほど寒い。それに電灯がついていても、外がすっかり夜のせいで薄暗いのだ。だから、最近では、ストーブのある体育教官室を借りて、部誌を書くのが日課になっていた。
 体育教官室に最後まで残っている教師は、大抵、野球部かサッカー部の顧問だ。今日はまだどちらの教師も部屋に戻ってはおらず、晴子と彩子は早速ストーブをつけると、応接セットを贅沢に独占した。古いソファーに向かい合って腰掛け、机いっぱいにバッグとノートを並べる。
 彩子が先に反省欄を書き込む。
 彩子は、普段からどんな時にも躊躇うことが少なく、部誌の反省ひとつをとってもすらすらと書き込んでいく。反対に、晴子は毎回何を書こうかと悩むのだ。
 そう時間をかけずに彩子から手渡された部誌を眺め、晴子は思わず溜め息をついた。今日の反省点ははっきりしている。悩む必要などないはずなのに、どうにもペンを動かせない。書こうとすると必然的に流川と花道のやり取りが思い出されて、やりきれない気分になるからだ。
 結局いつものように短い反省の記述に迷って彩子を見た。何か話せば良い反省も生まれてくるだろうと、そんな安易な考えからのことだった。
 けれど当の彩子は、傍らのバッグを見つめている。何となく様子が違うので、晴子もついつい彼女を観察してしまった。
 彩子が見ているバッグは、実は宮城リョータのもので、確か彩子自身が彼に貸していた参考書が入っているはずである。そう言えば、今日は進路面談の日だった。聡明な彩子も、進路のことで悩みがあるのだろうか。
「……アヤコさん……?」
 呼びかけると、はっとしたように晴子を見る。彼女は、まるで夢でも見ていた顔をしていた。
「ごめん、なに?」
「いえ……なんでもないんですけど……アヤコさんこそ、どうかしたんですか?」
 聞けば困ったように笑う彼女。たった一歳しか違わないのに、晴子よりずっと大人っぽい顔を持っている。きっと悩みの種類も自分とは違うのだ、晴子は漠然と思う。
「……もうすぐバレンタインじゃない」
 ――が、彩子はぽつんと呟いた。全く意外な台詞だった。
「リョータ……、どんなのが好みかなーと思って」
 嘘のように意外な台詞である。
 何となれば、普通、義理でチョコを渡す相手の好みがどんなかなど考えはしない。ということは――つまりそういうことではないか。
 晴子の友人である藤井や松井なんかは、彩子と宮城の関係は、宮城の一方的な片思いだと断言している。晴子だってそうだと思っていた。宮城は、毎日のように彩子にいいところを見せようと一生懸命だったけれど、彩子はそれを軽くあしらってばかりで、ちっとも両思いには見えなかったのだ。でも彩子は。
「あの……あの、アヤコさん、宮城さんのこと、好きだったんですか?」
「ん……実はね」
「あたしっ、あの……みんなも、ずっと宮城さんの片思いだと思ってました」
「ムリよぉ。あいつ、けっこうイイオトコなんだもん。本気で告白されたら、あたしなんてどうしようもないって」
 彩子は笑う。
 晴子は何だかどきどきした。いつも恋の悩みを聞いてもらうのは晴子の方で、今まで彩子の話は聞いたことがない。興津々で身を乗り出すと、彩子がまた笑った。照れたような表情が、とても綺麗だった。
「いいかげん、リョータもわかったっていいと思うの。……本当はさ、去年だってチョコあげたのよ? でもあいつ、勝手にギリだと思ってくれちゃってさ。あたしもアタマきたから、告白しなかった」
 元々美人の彼女がますます美人になる――晴子はうらやましくてたまらなくなった。
 晴子のように好きな相手から見向きもされない人間がいれば、彼女のように恋される人間もいる。神様は万物に平等だというけれど、やっぱりあれは嘘なのだろう。
「いいなぁ、アヤコさん」
 しみじみと言うと、彩子は苦笑を返した。
「ハルコちゃんはねぇ、にぶいだけだと思うわよ?」
 誰からもそう言われる。でも、だ。
「でも、好きな人だけには、ちゃんと敏感ですよぉ」
「そう?」
「うん。だって桜木くんがうらやましくって仕方ないもん」
「桜木花道? ハルコちゃん、流川と殴り合いがしたいの?」
「っていうわけじゃないんですけど……。今日とか。二人見てて、胸痛くなっちゃって……」
 彩子が不思議な目でこちらを見た。まるで晴子の言っている意味を全部知っていて、なおかつ、もっと別の何かを知っている、そんな静かな目だった。
「男の子って遠いなぁ……。背の高さとか、視線の位置とか、力の強さとか、心のカタチとか……女とは、本当に全部違う気がします」
「……でも違うから好きになるんでしょ?」
「でも……っ」
 上手く言葉が続かなかった。晴子が何と言えばいいのか迷っているうちに、彩子が小さな溜め息をついた。
「流川、でしょ?」
 うなずくことしかできない。やっぱり、今日の二人の光景を一緒に見た彩子も、晴子と同じことを考えたに違いない。とすれば、今晴子が感じていることも、やはり真実ではないのか。
 彩子が言う。
「流川はさ、違うものは切り捨てちゃうヤツだから」
 じゃあ、あたしも切り捨てられちゃうんだわ、晴子は泣きそうになって、笑った。
「そーなのかなぁ、やっぱり。流川くん、同じもの探してるのかなぁ」
「そう、バスケットボールとか」
「桜木くんとか」
 すかさず晴子が付け足すと、彩子が吹き出す。晴子も幾分釣られて気楽に笑いながら、話の先を続けた。
「鈍いあたしでも、さすがに気付いちゃうしかないですよ、もう。だって――今日が初めてじゃないんです、ちょっと前に練習試合があったじゃないですか。その頃の話なんですけど。昼休みに友達といたら、ちょうど桜木くんが通りかかって、しばらく立ち話してたんです。そしたら流川くんも通りかかって、けど流川くんはあたしのことなんか目に入れてくれなくって、桜木くんと口喧嘩始めちゃって」
「いつも通りじゃないの」
「そうなんですけど。でもその後にね、ふと思い出したみたいに、流川くんが桜木くんに練習試合の日、何時に集合かって訊いたんですよ。けど桜木くんも覚えてなくって、それであたしに訊き返して……その時、桜木くん、あたしのこと指さしたんです。そしたら流川くんがこっち見て――」
 それだって、花道が晴子を指さしたからこそのことだった。花道が指ささなければ、流川はこちらを見もしなかったに決まっている。けれど、それでも晴子には衝撃だった。
 初めて、だったのだ。流川と正面から目が合うなんて。
「あんな……真っ直ぐな目、見たことなくって、本当、死にそうになりました」
「大げさよぉ」
「本当ですよぉ……。あの瞬間にね、あたし、ダメだと思ったんです。あたしは一生、流川くんとは同じ視線の高さになれないわって」
 流川の視線の強さを、自然に受け止められる花道が、うらやましくってたまらなくなった。
「いいなぁ、桜木くん。せめてあたしが男の子だったらなぁ……」
 彩子が困ったように笑う。
「それじゃホモよ、ハルコちゃん」
「いいんです」
「コラコラ」
「いいんです。それで流川くんと同じになれるんなら」
 自分で言っていて、本当に泣きそうになる。何とか笑顔を作る努力をしていると、彩子が長い溜め息をついた。
「……ねぇ、ハルコちゃん」
「はい」
「流川はやめちゃいなよ」
「……そうした方がいいですか」
「うん。あいつ変人だから、周り見てないし」
「ヒドイ……」
「本当よ! あんなヤツ、好きになるだけムダ!」
 笑ってしまった。確か松井もそんなことを言っていたっけ。
「……男の子になりたいなぁ……」
「ムリだってば」
「……せめて身体だけでも流川くんと同じだったらなぁ……」
 ついに顔を両手の間に伏せると、頭を撫でてくれる手がある。
「……桜木くんのバカ」
 最初で最後の晴子の本音を、彩子の大笑いが追いかけた。
 
 
 
 
*** 同人誌「walking tough like a jackrabbit」より。

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