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水島漂流事件1
◎2001年7月2日月曜日。
職務遂行中のワタクシの携帯電話がなった。
「もしもし?あっ!ふじさん?明日さー、海行かない?海?水島。ディンギー持ってさー。気持ちいいよね。
ここのところ暑いし。どうする?」
デジャヴ倶楽部の店長からであった。
(明日?仕事に決まってるよなー。でも、仕事暇だしなー。休んじゃおっかなー。)
一瞬このような思考がワタクシの脳裏をよぎった。
「いや、仕事っすよ。仕事。休みな訳ないじゃん。」
「あっ、そう。いやー残念だなー。ディンギー乗りたいって言ってたじゃん。いやいやー、残念だなー。
明日は天気良さそうだし、じゃ、楽しんでくるね。」
「・・・・・。」

◎2001年7月3日火曜日。まったくの平日である。
世間の人々は働き蜂のようにせっせと汗を流し働いているというのに、我らがデジャヴ倶楽部関係者はプー揃い。なのである。
店長、村ちゃん、カトちゃん、金ちゃん、さくらっち、みっちゃんといった面々が揃っている。ワタクシも朝の連ドラ「ちゅらさん」を見終え、デジャヴ倶楽部へと車を走らせた。
「なぁんだー。やっぱり来ると思ったー。ところで、バッテリーあがちゃってさー。」
店長の乗用車とバッテリーの直結してかけようとしているがセルモーターは、「ウッ、ウン」などと力なく回るのみである。
「店長、容量ぶそくっすよ。さくらっちのハイエースでやったほうがいいって。」
出発まえからのトラブルである。こういう時はなにか悪い事が起きる前兆かも知れないのである。

取説を読む。結局さくらっちハイエースパワーの前に軽くエンジンのかかったデジャヴデリカ号は、心地よく高速を飛ばし一路福井県は水島へと走り出した。途中食事、飲料水買出しを終え、ちょうどお昼に浦底という水島に最も近い港に到着した。
我々は海パンに姿を変え、スーパーリンクス2艇の空気入れをし、ディンギーのマスト、セールの取り付け作業に掛かった。ところが、リンクス空気入れは手馴れた物であるが、ディンギーの方の作業がまるで判っていないという事に気が付いた。いつも、辻さんという人が一人で組み立てていて、同世代の店長も当然知っているもんだと思っていたのだが、あら、びっくり。店長、取説を広げて、
「ここで、もやい結びで・・・。で、八の字だな。」
などとブツブツやりながら、独自に開発したのであろう「ニューもやい結び」や「ニュー八の字結び」などを多発し、我々の将来への展望は前途多難を要するかのごとく暗雲が立ち込め出したのであった。このままではディンギーで遊べないのでは、と不安になった村ちゃんとワタクシで、その怪しい組立作業を手伝い、そして結び直し何とかディンギーを完成させるのにおよそ一時間。さてさて、ようやくもって日本海へ船を漕ぎ出したのである。

スーパーリンクスにはカトちゃん、みっちゃん、ワタクシの組と、金ちゃん、さくらっち組に別れて、その昔の怪しいヨットマン店長の操舵するディンギーには村ちゃんが捕まり、夏真っ盛り状態の海を行く。
本日快晴。風は微風よりチョイ有り。海の上はとても心地がいい。前半はリンクス部隊がリードしていて、ヨットマン方面の人々はなにやらフラフラしていたのだが、何とかなれてきたようで、スイスイスイーーと我々リンクス部隊を抜き去っていく。
やっぱり早い。人力ゴムボートとは比べ物にならない。や・ら・れ・た・である。

村ちゃんとデーブである。それにしても、ちょっと前にいた沖縄渡嘉敷の海に比べると、本当に海はつながっているのか!と疑いたくなるような海である。まったく別物ではないか。と怒れてくるが仕方がない。水島に上陸すると我々は水中眼鏡にシュノーケルといったいでたちでリンクスで島の沖側へ出かけ、とにかく潜りだすのであった。
海の中はまだまだ冷たい部分があり、ビックリしながらも何やら海の底の方から拾ってきては
「おおーー、でかいじゃん。」
「なんか今年は小さいなー。」
などと意味不明な言葉を発し、嬉々と喜び分かち合っている。ところで、ヨットマンは一人寂しくディンギーを操りあっちこっちへ繰り出したかと思えば、疲れてしまったのか、潜り部隊に参加していないみっちゃんと軽く談笑し、そして遂に口説き落としたのか、彼女をディンギーに乗っけて海へと出かけるのであった。

何やってるんっすか?しばらく潜っていると、もう充分な結果が出たようであり、潜りのプロで知られるカトちゃんと金ちゃんは水島へ戻ってきた。そして、ビールを飲んで一休みしているワタクシの前でガスコンロを取り出し、なにやらサバイバルチックに創作料理などを作り出した。匂いを嗅ぎつけたのか、ヨットマンも帰ってきた。
みんなで一通り飲み食いに励み盛り上がったところでワタクシと村ちゃんのディンギータイムである。一年前に一度ヨットマンに手ほどきを受けて乗ったきりで、あの時はあの時で
「これで俺も海の男だ。」
などとほざきつつも、一緒に来ていた女性を乗っけては楽しんだりなどしていたのだが、さすがこの年ともなると、少々億劫になっており、実は怖い。しかしだ。さすがなもんである。海へ出ると風の方向が読めるものであり、セールに受ける風を感じながらラダーを操り、またまた、
「おおー。やっぱり俺は海の男だったんだ。」
などと調子に乗ってしまう。村ちゃんと二人であっちこっちへ行ったり来たりとやっていると、潜り部隊がまたまた活動を開始したのだ。そこで、ワタクシと村ちゃんは調子に乗り、遂に水島の沖側へと、つまりみんなが潜っている場所へとディンギーで繰り出してしまったのだ。
その場所は、風の方向が一定でなく、かの辻さんでも操舵が難しいと言っていた場所であり、そして、我らがヨットマンも同じような事をいっていた場所だが、来てしまったからにはもう誰にも止められないのである。

さて、随分と前振りが長い文章になってしまったが、今回のお話はここからが物語なのである。
そろそろ帰ろうかという頃合で、村ちゃんとワタクシの乗るディンギーが言う事を聞かなくなってしまったのだ。どれだけ風を読んでセールやラダーをコントロールしてもビクともしない。なぜだか、風の吹いている方向に舟が向いてしまい、セールで風が受けられない。さらに悪いことに風が強くなってきている。
ここはヨットマンにお願いするしかない!という事になってヨットマンに来てもらう。そして、ヨットマンが乗り込むと同時に村ちゃんが船から下りる事になってしまった。ああ、何てことだ。今思えばあの時、船から下りていればよかった。と後になってから思う。

しかしさすがヨットマンである。見事にセールで風を受けディンギーが走り出した。このときのワタクシ、完全に安心しきっていたのでした。
ワタクシが始めてカヤックなる物に乗っかって木曽川は桃太郎港で遊んでいた時、初めての沈。そして脱艇。当然流され、ワワワッ!などという時。店長かっこよくカヤックでやってきて、助けてくれた。あの時の店長は忘れられない程センセーショナルでありかっこよかったのだ。そのイメージがあまりにも私の中で巨大な物となっており、それがソモソモのマチガイだという事に気づくのに少々の時間が必要であった。
時は過ぎ、ワタクシも店長も年をとっているのだ。ましてや去年の今ごろ店長は大腿骨骨折という大怪我をしており、未だに復調しておらず、足元がおぼつかないのである。

さて、なぜか強風が吹き荒れてきており、ドンドン水島から離れていく。と同時に波も大きくなり何がなんだか判らなくなって来た。
「店長!島の反対側から元のコースに戻りませんか!」
最初来たコースは風上であり、島の反対側から回った方が近道になるほど流されてしまっている。
「おおー。そうしよう。」
ヨットマンは言った。そして、セールの向きを変えドンドンと島の反対側に向かいだした。
「やった!これで行けるぞ!」
ワタクシ安堵して、この強風の中でのディンギー乗船を楽しみだしていた。
「海の男って感じっすよねー。」
などと、調子に乗り出した。もう気分はアメリカズカップか何かに出場しているクルーのそれになっている。
「ふじさん。あの赤いブイでタックしようぜ。」
ヨットマンが言った。
「あそこでタックっすね。なんだか、ワクワクしますねー。」
ワタクシも調子に乗っていた。

つづく。
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