旧コラム:さくさんのつぶやきから人気だったものを復活。
| ブルース・リー!!! |
←ドラゴンへの道:映画チラシより
ブルース・リーの特集がテレビでやっていました(H12年11月26日)。
見られた方も多いかもしれませんですね。生誕60周年記念として
世界各国でなんらかのイベントが行われているようです。
最新では死亡遊戯の再編集版「死亡的遊戯」が封切られる予定です。
ストーリーなどすべて変更して未公開(出演者の了解が得れずにボツだった)
フィルムも入れて楽しみにしている方も多いのでは?
30代後半以上の方々はブルース・リーの映画観ていましたでしょ!?
ほんの少しの「流し観」も含めて見ていない人は
女性を含めても探すのが困難なほどではないでしょうか。
すごいですね〜。時計師でいいますと、200年たっても筆頭として
知られているアブラハム・ルイ・ブレゲ級でしょうか。
競馬で言うとトーカイテイオーってところっすかネ。
何を隠そう私も影響をすこぶる受けているファンなのです。
プロフィールで空手初段で愛知県大会うんたら(4位、名古屋市大会2位)と、
さりげなく書いていましたが、空手を始めたのはブルース・リーに憧れてという理由にほかなりません。
(今は腕が落ちています)
当時はブルース・リーの影響で巷の空手道場が盛況を博しておりまして
時期によっては500名もの入門者を抱えて嬉しい悲鳴のところも多かったようです。
でも、黒帯まで行くのは一名出るかどうか。分裂した極真会館では
2000名の入門者で黒帯までいくのは1名ほどだったといいます。
なぜ黒帯までそんなに厳しいかを説明しないといけませんが、
(私も入門したときにビックリしたのですが)スタートが7級からだったのです。
拳法や柔道は3級または道場・協会により5級からのスタートです。
そうなんです。拳法や柔道早い認定システムを持つ一部道場や協会では
3ヶ月頑張って試験を受ければすぐに茶帯(3級から)。
初段までどうなんでしょう、6〜12ヶ月でしょうか。
ところが空手は7級(水色や黄色帯び)からスタートで順調に行きましても
(飛び級のすごい人ですら)最短2年です。
極真空手では黒帯試験の際は茶帯を何人も倒して初めて取れるほどです。
「直ぐに黒帯が取れる」とPRしていた道場等と”同じ黒帯び”と扱われても
なんだかやるせない気持になっていた空手家が多かった時代でしたねー。
黒帯び(有段者)になる期間例で出したのは一部の最短ですから、
もちろん違う認定システムがあります。ご注意あれ。
さて、そんなことを知らずに中学時代に入門してから「ひえっ〜!!!」と思ったのですが、
人間業とも思えない鍛錬を5級ぐらいの先輩がやっていました。
親指だけの腕立て50回やかわら割などですね。
テレビでも見られたことがあると思います。ご、ご、5級でこのレベル!!!
茶帯はどんなにはむかっていってもかないませんでしたね。強すぎ!
黒帯は…めったに相手をしてくれませんでした。
神のような強さだったという感じが表現として適切でしょうか。
で、私の話ですが、中学時代にやり始めたときは自信がありました。
中学や小学校では読者の皆さんの周りでも飛びぬけた運動神経をした人っていませんでしたか?
実はわたしもそうだったんですよ〜。
空手をはじめて、中学や高校では不良君たちに尊敬?され、体育の着替えの
時には「筋肉をグッッとやってくれぇ」とか不良たちにリクエストされちゃったり。
他の中学高校では「空手のヤツ」とか言われて本人の知らない間に有名人。
なぜか決闘まで申し込まれる始末でした。(なつかしぃ想い出です)
さて、そんな私も高校時代には黒帯を取って大会に出ました。
体重無差別ですからベスト16までいきますといつも自分より大きい人たちばかり。
いやぁ、反則技ギリギリで勝ち抜いたものです。
会場は愛知県体育館って一番大きいところでよくやりました。
百貨店の屋上で演舞や組み手をイベントとして依頼されて、道場の黒帯が参加。
そして私も。そういうイベントに出るとお小遣いも貰えます。スゴイ人だかりでしたね。
先輩たちはバク転、スイカ割、瓦割などテレビでよく見れることをやり、私は師匠(師範)と組み手。
黒帯(初段)を取ったばかりのわたしは観客の前でボロクソにやられましたけど。
結構強くなって一般の不良君なら5人はいける自信があったころですが、
こんなに差があったなんて!!!←クソ生意気です。
さて、そんな私はいかつい兄ちゃんではなくて優しい兄ちゃんでしたよ!
同級生の女の子が「あのA君、いつも一人でいじめられているんで
貴方がお昼いっしょに食べてあげてよ」とか頼まれちゃったり。
ブルース・リーになりきるような感じでした。
さて、時は移ってサラリーマン時代。
海外出張(エリアマネージャー時)がありまして、中近東へ行ったときのことです。
UAE=アラブ首長国連邦のデュバイの町を必殺技(腹痛でずる休み)して散歩していました。
スポーツショップがあって、柔道の胴着が飾られていましたので、ふと中へ入ると
ヌンチャクなどの空手道具も展示されていました。
「ほぉ〜、こんなものが中東であるなんて」とじっくり見ていますと、
店主が「あんた、それ(ヌンチャク)出来る?」って聞いてきました(#英語で)。
「アイム ブラックベルト!!!」と返事をしてその場でヒュンヒュンやりますと、
スゴイ感動を店主はじめ観客?に呼んだようで…(その時に店の外にまで人だかりが出来た)
信じられないものを見たって感じでしょうか。見慣れていないと凄い動きです。
なんだか食事までおごってくれて…恥ずかしくてまいりました。
←後ろのクルマにアラブ語(ここはクェート)
また、香港へ出張したときなのですが、さすがブルース・リーファン。行ってしまいました。
ブルース・リーの亡くなったクイーンエリザベス病院!!!(やっぱり医療関係ってお徳!)
←左が私。他の二人は香港の医療関係者。
代理店のスワイアー=SWIRE(飛行機のキャセイパシフィックも傘下に収める財閥)の
医療関係部署課長と一緒にクイーンエリザベス病院へ行きました。
院長先生と日本の最先端手術システムを話し合った後で……
私「院長先生、この病院でブルース・リーは亡くなったんですよね」
院長「そうそう、よく知ってるね。そうだよ。私はまだ院長じゃなかったけどね」
私「か、か、カルテ残ってるっすか!!!」
院長「オイッ(怒)」
はい。もちろん守秘義務は病院側にあります。
↑この後、スワイアーの課長に呆れられました。
こんな感じで、私も今ではブルース・リーの亡くなった年齢(32歳)を超え、
空手の技も廃れていますが、当時使っていた手製のヌンチャクはまだ今でも枕元そばにあります。
それにしてもブルース・リーが生きていたら60歳ですか〜〜。
私がブルース・リーから学んだのは「カッコよく生きようぜ!」でした。
ブルース・リーの関連サイトは↓こちら。懐かしいヒーローが現役で感じ取れますよ。
アクセス数もそれぞれスゴイ量です。ご覧あれ。
ヤフー「ブルース・リー」⇒カテ変更、グーグル語句検索どうぞ。
結構あります。写真を使ったものなどたくさんあります。
それぞれのサイトの管理者のファンとしてのディープさが分かりますね。
個人的にお勧めなのは李小龍的伝説 さんです。
活発なサイトさんです(最初はこちらが訪問お勧めです)。みなさんもカッコよく生きましょう!!!
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