作者のIT背景・進行表
〜1994年
医療機関クオリティコントロールの担当でもあった為、
医師と救急救命士の救急車連絡システムの構築状況をチェック。
1995〜1997年
医療法人(病院)管理職として光ディスク・カルテの採用や、
名古屋大学医学部のITネットワークの初期アレコレに触れました。
病院で採用していた巨大資本を持っていたはずのIT企業が倒産、社長役員逃亡!!!
ITベンチャー企業の脆弱さを間接的に感じさせられました。
1998年=インターネットが一般に流行り初めた頃
初めて個人趣味サイトを作りました。今もあります。
「webを持つだけで世界へ情報発信」という売り文句、
IT関連理論や経済理屈と実践の違いに疑問を持ちました。
1999年
アクセスを宣伝費をかけて得ている所が多くビックリしました。
人気があると思ったら宣伝だった…戸惑いました。
”お金を掛けずに良質なサイトを作ろう主旨”で当サイトスタート
2000年
TVは受動、ネットは能動の差に悩みました。
誹謗中傷の読者相談が多く来ました。←文字の怖さの調査・分析
2001年=ITバブル崩壊を実感
’98年や’99年の開設サイト(仲間)が
殆ど残っていなかったのに愕然としました。
2002年
時代や流行に因らない安定したサイトとは何か?と模索しました。
2003年
出来たばかりのブログの話を聞き、更新しないとアクセスが無くなる、
大変厳しく労力が掛かるアイテムと感じました。
一方で老弱男女、誰もが使える道具として、
”技術関係無し”のサイトタイプを推奨しました。
2004年
大学生120人にサイトを開いているか聞いてみたところ、
10人ぐらいしかおらず驚きました。(ネットは全員しています)
2005年
継続性が弱いと思われたサイトやブログ運営の特効薬に、
アフィリエイトなどの効果を取り入れると好いと推奨しています。
挫折・失敗、しかし、人生は愛すべきものでした。
(少々クサイ台詞ですが…)
医療関係にも関わらず中小企業診断士の資格をとる為勉強をしていましたが、
イラクのクェート侵略時に出張していて巻き込まれ断念。
その微妙な、且つ、中途半端な知識が逆に柔軟になって役立った感じです。
1ヶ月の全ページビュー数が160‐180万件を安定して得ていて
一見成功しているように見えたアクセス…。
しかし、お金を稼ぐという視点に立てば私は失敗していました。
私がネット上でやってきた事は、企業などのブランドに頼ることを極力避け、
机上の理論を含め、兎にも角にも無名のイチハンドルで全てを行ってみて
個人だけの能力で何処まで出来るか?がテーマでした。
これは…コツコツといつかは芽が出る(と信じての)持続性が必要な作業、
且つ、時間が空いた時に、がむしゃらで行わないといけないこと。
芽が出れば、努力に見合った持続性(安定性)もある理想……。
同じ実力の者が居るとして、勝ち組みと負け組みに分かれるとするならば、
(言い方は適切では無いかもしれませんが)
ある一線を超えれるかどうかだと思います。
その一線を私は超えようとしても出来ませんでした。
ビジネスライクに徹する事…。
(極論すると”人に対する優しさを捨てる事”だったり)
さらに企業では許される事が個人では許されない、
いや、寧ろ致命的な打撃があり、
収入はあっても、逆にお金は出る一方、
そういう事に何度も巻き込まれた事も。
無料のお助けサイトで運営していると何故か裕福と勘違いされるのか、
借金を無心(=お願い)されたりして返って来ないまま…。
「もう生きる希望が無い」、「必ず返すから」などと言われると、
甘いと知っていながら断れなかった自分。
よく借金は返って来ないと言われています。
そうなのか、これが現実なのか!?実際にやってみたら私は…。
従って私自身は裕福と程遠いままです。お金が返って来ない率100%。
ここを読まれた読者さんには、そのようなことが起きた上で解説を書き、
無料アドバイスをやっていたのだと、想像、考えてくださると私は報われます…。
騙されやすい人間、甘ちゃんと言われるでしょう。
しかし、それでも自分に誇りを持っています。
人生は、そんなに捨てたものではないはずだと。
ここまで読まれた貴方は、これから失敗や挫折を経験されるかもしれません。
下で書きますが、心がくじけなければ大丈夫!!!
その上で、成功を勝ち取って欲しいと願っています。
▲中小企業診断士というのは弁護士・会計士に次ぐ難しい資格ですが、
銀行にある程度勤めていたら国家試験が免除という別の面も有ります。
| 苦しいときには… |
敗北とは、傷つき・倒れることではありません。
ビジネスを始めとして、人間関係でも自分に自信が無くなり、
迷いと自我喪失が出た時のことを言います。
我々が出来る事は、いくつも無いと思います。
自分のやるべき事、力量を見つめなおして、
今出来ることを精一杯やれば、必ず光明が見えてくるはずです。
素質や才能は良いものですが、
それだけじゃ絶対手にできないものがあります。
精神…いや、心の強さです。
これこそ家柄、血筋などとは縁のない自分次第の賜物。
努力以外に得る事が出来ないもの。
・・・ということで当サイトを読んでくださった方々、頑張って下さい。
私は何時も自分に言い聞かせています。
←空港職員と顔見知りになる程。
特に産油国。
UAE(アラブ首長国連邦)やクエートでは、海はハワイ、
街はニューヨークの様な、ズバリ異質世界でした。
←右のハンコはアラブ首長国連邦(UAE)
初期のネットでは記述の信頼性のため作者写真を出すことが普通でした。
古き良き時代でしたねぇ。
2004年のニフティ・ホームページグランプリの授賞式で、
審査委員の日経ネットナビ編集長さんが私を見て一言
「若いですねー」と。
彼の話によると、文章の感じや、そこかしこに有るオヤジギャグから
年齢がかなりいっていそうだとのことでした。
ちゃんとしたジャンルで取材を受けたり書いたりしていました。
趣味でしている渓流釣り、海釣りで書かせて頂いたのが嬉しかったです。
なんだか有名人みたいな感覚でした。
B‐ingは”海外飛びまくりの若い兄ちゃん”ということで経歴がリクルート社にウケていたみたい。
20代で純粋26カ国(延べ60カ国)以上は日本人ではトップクラスだったようです。
自腹では行けませんものね〜。
本物の有名人と大きく異なるのは私の書いた記事は覚えてもらっていても
私のことを覚えている人は居ないらしい事実かな。
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