迷走日記 |
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2001年6月14日(木) (表)
(裏)のみ更新します。
2001年6月14日(木) (裏)
「やや多忙」続く。精神状態今ひとつ。
昨今、このHPが21:00〜2:00くらいの時間帯に重くてほぼ開かない状況になっている。今、私は相対的には接続の速いとされるケーブルテレビで繋いでいるが、作成者の私ですら見る気が起きないくらいに開くのに時間がかかる。元より、「何となく読む分には見てもいいかな」という程度の事しか書いておらず、時間を掛けてまで開いて見る価値のない事は私が一番良く知っている。当サイト、このまま死滅してゆことも十分に現実味を帯びてきたような気がする。
こんな形で終わるのかねー。ああ、外は雨だ(死)。
見る人も減ったんでちょっと趣を変えて。
最近は宮部みゆきがちょっとしたマイブーム。『火車』なんかは特に良い出来で面白かった。彼女の作品には世にいたたまれない人たちという一群がいて、やはり世間に居場所のない私としては(死)こういった人達の存在が作品に感情移入してしまう一因である。やはり、こういう境遇になると、自分と同類か、自分以下の人種(註:私の場合これは存在しない)を探したくなるのが人情というものではないか。『火車』の中にも「自分よりダメな人探し」をしている人物がいて、痛いほどに気持ちが分かる。ひょっとしてココをご覧の皆さんもそういう目的で来られてます(笑)?
私の近頃のすさみ方もなかなかのもので、「どうして鬱になることなく普通に過ごせる人がかくも多いのか。」という次元にまで発想が低劣化している。
2001年6月13日(水)
お休みしました。
2001年6月12日(火) (表)
(裏)のみ更新します。
2001年6月12日(火) (裏) 超低次元鬱問答
鬱強度。ますます絶望的。
巷では小学生が無差別に刺し殺された事件、が話題の中心の模様。事件そのものへの言及はこの際避けるとして、容疑者(という表現が正しいのかな)の行動の「名刺を偽造してお見合いパーティーに出席」というのが目を引いた。
男性の出席者の要件が「年収いくらいくら以上で医者や弁護士等に限る」なんだそうな。それはそれとして、こういう謳い文句の場へノコノコと出かけられる女性が私は心底羨ましい。性別こそ違え、「オトコは地位とカネ」と言い切って行動できる感性があれば私もこのように低調をかこち、その身の悲惨さを日々嘆く必要もなかったという気がするのだ。
価値観とでも言うのか、妙なこだわりとでも言うのか、それが生み出したものが今現在のこの引きこもり状況及び対人スキルの決定的欠如であるとは(死)人生これいかに、と思わざるを得ない。どうせならどれだけドキュン呼ばわりされようが馬鹿面して下手の鉄砲なんとやらの勢いで街でねーちゃん引っ掛け、「オトコの価値はヤッた女の数で決まる」等とほざいていた方がてる方がまだマシだった、という気すらする(ちなみにそういう測り方をすると、私の価値は限りなくゼロに近い、ということになる(死))。
「人生そんなもんじゃないよ。」と言いたいところだが、反証するだけの説得力のある事実が何もない(死)。むしろ「そう思っていた私が間違っておりました。」と声を大にして言いたいくらいだ(屍)。なんとも底の浅い話ではあるが、私が日々泣いているのは所詮その程度のレベルの話である。
だから、より一層鬱になるのだ。
2001年6月11日(月) (表)
(裏)のみ更新します。
2001年6月11日(月) (裏) 嗚呼悲惨なり我が人生
鬱やや回復。少しばかり忙しかった。
私がかくも悲惨な人生を送っている原因の一つは間違いなく「遺伝子の存在」であるような気がする。
「先天的に容姿が人より劣る」とか「先天的に頭の回転が猛烈に悪い」といった事ではなく(それも非常に深刻な問題ではあるのだが(死))、いつも私が責め苛まれたりする「劣等感」を生み出しているのがこいつだと思うからである。「他の同種の個体より優秀であれ」という金輪際、達成不可能な命令が体のどこかから出されているようだ。そんなの出来る訳無いじゃん(死)。
人(私)はよく言う、「どうせ俺なんか・・・。」この言葉、本当は非常に反語的な語義があるんではなかろうかと思う。意識するしないは別にして。「今はこうだけど、本当はこんな筈じゃない。」とか「こうなったのは俺のせいじゃなく、生い立ちのせいなんだ。」とか。
私はこの日記の中で縷々そういう腐れ事を言い続けであるが、もはや上に述べたような反語を言っているつもりもない。「私は人として周囲の人間より大半の要素において劣っている」ということを客観的な動かぬ事実として受け止められるようになった。そして抑鬱感から抜け出せなくなったのだ(死)。
「別に負け犬でええやんか。」と100%思い切れないところに今の私の不幸がある。本来なら負け犬状態から抜け出す努力をするのが先だろう。しかしそれは理想論に過ぎるというのだ。そんな気力はとうの昔に尽き果て(死)、その事実を受け止めるのに残りの人生大半を使う事になりそうである。文字通りお先真っ暗、筆舌に尽くし難い絶望ぶりである(死)。
「事実劣っているのだからその事実を受け止めよう」とうわ言のように繰り返しながら今日も一日過ぎてゆく。でも何かがそれを邪魔してなかなかそうもいかない寒い現実。
嗚呼悲惨なりわが人生(屍)。
2001年6月10日(日) (表)
お休みしました。
2001年6月9日(土) (表)
(裏)のみ更新します。
2001年6月9日(土) (裏) 至高の領域
鬱なり。空腹感増進。
梅雨到来。ある程度礼儀を必要とする相手に対してのメールには時候の挨拶として
「梅雨入りして鬱陶しいですね。やっぱり天気が悪いと気分も晴れないです。」
とか嘘八百もいいところの挨拶を書いたりする季節である。何かとジメジメしているのを天候や季節のせいにしてはいけない。
正直に言えば梅雨なんかより一番鬱陶しいのは自分の存在そのものだし(死)、気分が優れないのなんか季節関係なく毎日のことだ(屍)。そんなのに比べれば梅雨の鬱陶しさなんて可愛いものである。まあそうは言っても梅雨と夏は嫌いだ。何故なら、私は人並みはずれて汗かきだから。ここでもオタクっぽさ満点、もっと他の才能が欲しかった(死)。世の中絶対公平になんかできてはいないと思う季節である。同じ汗でも爽やかな人だと運動して汗を拭く姿からしてよく様になっているが、私が汗を拭く姿なんかは不快感以外何もない。それは別の意味で様にはなっているが・・・。
実はここまで昨年同日の日記のコピペである。一瞬そのまま黙って使い回そうかと思ったくらい一年前とは状況に変化はない。肉体精神共に頽廃の一途。夜中にフォークソングでも聞きながら鬱に耽るという陰惨極まりない生活を送っている。
これでフォークソングでも聞きながら酒を飲んでくだを巻き、更に文章書き散らしてその日暮らしの生活費と酒代を稼ぎ出せるような生活でもできれば完成されたダメ人間という事が出来るかも知れない。そして最後は胸でも病んで血を吐いて死んでいく。
常人としての道がほぼ完全に閉ざされた(自分で勝手に閉ざしたという説もある)今、その辺が私の目指しうる至高の領域という気がするのだ。しかし、これとて単なる妄想として終わっていくであろう事は想像に難くない。何の才能もないダメ人間には余りに生き難い世の中である。
2001年6月8日(金) (表)
(裏)のみ更新します。
2001年6月8日(金) (裏) 裸踊り
ついに鬱波到来か。今週も救いなし。
面白いものを見つけました。これとこれを見てみて下さい(量が多いけど面倒くさがらずに読むとかなり笑えます)。
会社と言うより宗教団体といった趣があります。トドメがこれです(なんかの研修中の写真らしい)。
しかもこれ、会社の公式HPみたいです。これを見てなお入ろうと思う人って一体・・・。
ご感想あれば是非お寄せ下さい。
2001年6月5日(火)〜2001年6月7日(木)
諸事情によりお休み致しました。
2001年6月4日(月) (表)+(裏) 新幹線の車中
気温30℃を超える。全く暑い一日であった。ダレた。
所用あって東京へ行ったが、「暑かった」の一言である。日記でも再々泣いているように私は暑さに極度に弱い。本当は「暑さに弱い。」「人に弱い。」「何とかに弱い。」と挙げていけば生きている中で弱くないものがほぼ皆無に近いという事になるのかもしれないが(死)。
行きの新幹線は比較的混雑しており、私のいた車両は名古屋で座席がちょうど埋まった感じ。隣に座ったのは就職活動中の学生さんだった。会社の研究をしているのか、プリントアウトした会社のHPにマーカーを塗りたくっていた。確かに会社の研究も大事なんだろうけどねぇ。「なんか方向間違ってない?」と思ってしまった。まあ向こうも無職の私にそんなこと言われたかないだろうが。
自分の時もそうだったが、昨今就職活動の「ファッション化」には凄まじいものがあると聞く。判で押したように同じスーツを着、面接の答えもマニュアル本丸暗記。厳しいのは分かるが、学生時代さんざんっぱら遊び回っといて、就職活動だけいい格好して美味しい所を持っていこうというのは虫が良すぎるんじゃないの?と思う。髪を染めてたんならそのまま行けばいいし、勉強なんか一秒たりともせず脳味噌が半分腐ってるんならそれはそうと言えばいいだろうに・・・。
まあこれもハッキリ言ってしまえばロクな学生時代を送れなかった者としての僻みと妬みから発する言葉に過ぎないのだが(死)。
私の頃から、集団面接なんかでも必ずマニュアル本を丸暗記してきたのが分かる嫌な奴、というのが必ずいた。私にはその努力をするだけの気力もなかったけど、見ていて不愉快な人種である。奇を衒った事を言いたいのは分かるが、自分で考えなきゃ意味ねえじゃん。今振り返ると以下のような秀逸な事を言う奴が(本当に)後を絶たなかったのを覚えている。
@
面接官:「では自己紹介をお願い致します。」
マニュアル本学生:「私は友達から、動物に例えると○●みたいだと言われます。なぜならば(以下機関銃の如くしゃべりまくり)。」
きっとこういうのが「人目を引く奇抜な自己紹介」、とでも書いてあったのだろう(ちなみに何度か聞いたので同じ本を読んで言ったものと思われる)。誰も動物に例えろなんて一言も言ってない。まあ私には例えてくれる友達もいなかったけど(死)。
A
面接官:「では最後に何か質問はありませんか?」
マニュアル本学生:「ハイ。最近、御社のテレビCMの最後に流れるロゴとフレーズが変わりましたが、私はそれについて(長過ぎるので中略)と考えます。如何でしょうか?」
そんな事研究してる暇があったら他の勉強しろよな。ちなみに、私はその会社がテレビCMをやっている事すら知らなかった(死)。
でも、これでは就職して働く事ではなく、就職活動自体が目的化している。リクルーターもやった身だからちょっと言わせてもらうけど、会社は貴方がたにそんな事求めちゃいないよ。
なんて、ちょっとオッサンの小言みたいになりました。ちなみに私が新幹線の中、その就職活動中の彼の隣でやっていた事と言えば推理小説を読み、図らずも出てきたエロ描写にこっそりと興奮してしまった事くらいだった(死)。いくら批判した所で、どう考えても明日の日本の為には彼の方が有為の人材であるのは間違いない。
2001年6月3日(日)
お休みしました。