迷走日記 |
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10月5日(木)〜10月11(水) (表)の前に事情説明
またしてもPCの故障に見舞われ、更新がストップしておりました。サイトの開設以来、これだけの間更新が止まったのは初めてです(私の暇ぶりが窺えようというものです・・・)。実は、前回(数日前ですが)の故障の際に放置しておいたら復活したので使い続けていたのですが、やはり根本的に問題があるようです。故障を根治せず、放置しておいたら直ったのでまたそのまま何となく使っていたところが私がダメ系たる所以でもあります。
代替機の購入を考えましたが、取り敢えず諸事情から見送ることにしました。それと色々と思うところあり、会社から掲示板に書き込み(お別れの挨拶)をしてHPを残したままネットからサヨナラ(無期限更新停止に)しようかとも思いましたが、またPCが復活したので更新を再開することにしました。
PCが復活したこと以外に、やはり今現在の私を考えた場合、ネット(特に受験関係)に関わっていることは自分の精神面でプラスになっているという判断もあります(運営に割かれる時間面のマイナスを考慮に入れてもです)。まあ、「自分の為にプラス」って何と言いますか自己中心的に聞こえる理由だと思われるかも知れませんが、嘘偽りのない本音です。
そもそも医学部を受験したいと思った動機からして極めて自己中心的な私ですが、人との関わりが極めて強い職業(今はほとんどないと言っても過言ではありません)に転向したい、と思っている人間がここまで「自分、自分」という発想で回っていていいのだろうか、という葛藤も日々かなりあります。ただ、嘘をついてまで美辞麗句で飾ったページにするだけの技量も器量もありませんので(方向の是非は全く別の問題として)今の路線で進んで行きたいと思います。
、と言う訳で・・・。
10月5日(木)〜10月11日(水) (表)
この間全部という訳ではありませんが、会社の友人の結婚式に出席する為に福岡まで出向きました。丁度滞在中(と言っても一泊二日です)にダイエーホークスが優勝を決めたので福岡の街は夜中じゅう大騒ぎでした(人が応援歌を歌っては川に飛び込む、という光景を実際に見ることになろうとは思いませんでした)。私はちょうど阪神の地元兵庫県の出身ですが、福岡の街のホークス熱は関西におけるタイガース熱を上回るものがあるかも知れません。
さて、結婚式ですが、一言、とても良かったです。正直言って、私は一般的なホテルの披露宴には演出過剰と言う意味で否定的な印象を持っていたのですが、新郎新婦の人柄のお陰か、そういった演出も嫌味なく映りましたし、スピーチや挨拶も朴訥とした中に感情がこもっていてとても味のあるものでした。みんなからあれだけ祝福されて結婚出来たんだから、素晴らしい家庭を築いて欲しいものです。
ダイエーの優勝に遭遇できましたし、普段はお互い忙しくてなかなか話をする機会がない他部署の同期入社の人間とも話が出来ました。また、新郎新婦には素直に「おめでとう」と言えましたし、ラーメンも旨かったです。勉強する時間が少なくなった事(!)を除けば、非常に有意義な滞在だったと言えましょう。
それにしても、話が濃かったなあ、お互い。
10月5日(木)〜10月11日(水) (裏)
(表)にある通り、友人の結婚式の為九州へ。日記をお読み頂いている方はご記憶にあるかも知れないが、以前(8月26日〜8月27日)に招待状を無くしたの何のと騒いでいた式である。私は飛行機に乗ると(乗らなくてもだけど)窓から外の景色を見てとてつもなく憂鬱な気分になることがしょっちゅうである。この日記でいつも死ぬ死ぬ言ってる割に実際には一向にそういう気配のない私だが、「このまま飛行機が落っこちてしまえば、何の後腐れもなくおしまいなのになあ。」とその方面にまで他力本願ぶりを発揮。ちなみに、今回もご多分に漏れず外を見て泣きそうになっていた。こんな人間本当に死んだ方がいいや、と確信した。
ところで、今回久々に式服を着ることになり、スーツ入れに入れっぱなしの式服を見ると、出発直前に結構シワがいっているのに気付いた。クリーニングに出していた筈なのに・・・。気付いた時には既に出発まで時間もなく、仕方なく式服と共に九州まで重いアイロンを持参する羽目になった(死)。ダメ系ならではの常軌を逸した持ち物。日本広しと言えど、式服と共にアイロンを持って飛行機に乗った馬鹿はそういるまい。空港の荷物検査で引っかかりはしないかとヒヤヒヤしていた。ほとんど荷物が無いくせに唐突にアイロンってのはちょっと説明つかないもんな。
着いてみるとホテル(披露宴の行われるホテルと宿泊する場所が一緒)が偉く立派で、ヨレヨレシャツにジーパン、背中にはリュックといういでたちの私は恐ろしく浮いてしまい、ホテルの従業員からも完全に白い目で見られてしまった(死)。なんせ背中のリュックにはアイロン入ってたし。しまいには、「お荷物お持ちしましょうか?」「いや、僕の荷物なんか持って貰わなくていいです。」と訳の分からないことを口走って笑われる始末。
部屋で必死でアイロンをかけた挙げ句(よく考えればアイロンなんかホテルで借りればよかった)に出た披露宴はとにかく立派の一言。会社は同期入社ながら、新郎とはひたすら人間としての決定的な差を感じた披露宴だった。奥さんも非の打ち所のない様な素晴らしい感じの方だったなあ。新郎の彼はお世辞でなく部署の次代を担うエースで、片や私はまだ学生戻る事すら出来ない似非会社員(死)。「はあ、何ですか?この落差。」と披露宴の最中にも激鬱状態である(屍)。何しに行ってんだ?本当に。
正直言って結婚願望とかないけれど、素晴らしいと思った。私の場合、結婚以前に、まともに人に相手にして貰っただけで「こんな私を相手にしてたら嫌な気持ちでしょう?本当にゴメン。」毎日謝り続けてそれだけで疲れてしまうであろう事は想像に難くない。ダメ人間はそれはそれで疲れるものである(死)。
まあ、素直に「おめでとう」と言えたのが唯一救いだったかも。しかし、翻って真人間への余りに果てしない道のりを思うとやはり落ち込まずにはいられなかった(死)。もう手遅れだからいいんだけど。
それはさておき、末永くお幸せに。
10月3日(火)・10月4日(水) (表)と(裏)
同期入社の中で一番仲の良い人物から「会社を辞めることにした。」という話を聞きました。以前書いたことがありますが、私の勤める会社は世間一般と比較しても様々な意味で人が能力を活かせると実感しにくい職場であることは事実で、離職率が非常に高くなっています。私個人に関して言えば活かすだけの能力が元より備わっていないので無論該当してはいないが(死)。
早晩、私も会社を去るつもりではいますが、いろんな意味でダメ会話をはじめとする「話の合う。」人がいなくなるのはやはり寂しいものです。その彼は「いろんな意味で今このままくすぶっていると必ず後悔するだろうと思った。」ことが会社を離れる一番の理由のようです。
「そうやって次へ活かそうという能力のある人はいいなあ。」と思います。いわゆる「キャリアアップ」です。私の場合は単なるドロップアウトだもんな(死)。非常に有能な人物なので、きっとどこへ行ってもちゃんと身を処していけると思います。
とにかく、お互い「納得できる」時間、「後悔のない」人生を過ごしたいものだ、と思いました。といいながら、悔恨のみによって支配されたこんな日記をつけていたりする私(死)。いいよなー、正直言って同期入社の人間が会社を去る度、「また取り残された。」という実感しかない。私が勘違いして彼らと同じ様に「キャリアアップ」なんか狙っても自爆して今より更に落ちぶれた状態になるのは自明だし、はなからそんな気は無い訳だが、やっぱり辞め行く人間は非常にスッキリした表情をしてるもんな。
と、脱皮していく蝶を羨望の眼差しで眺め、ひとりごちる岩陰のダンゴムシの如き日記を書いてみたのでした。俺って本当に陰鬱な人間だわ(死)。
10月2日(月) (表)
今日は会社の内定式と思しき学生さんが慣れないスーツ姿で歩いているのを結構見ました。そう、もう10月です。
仕事中に薬局に行く為に外出したのですが、外がこんなに爽やかで明るかったのか、とふと我に返ったような気分でした。年が暮れゆくと共に試験の足音が迫り来るのを感じる、そんな季節になりました。
10月2日(月) (裏)
内定式の為にスーツに着替えて歩いている学生さん、就職活動で苦労されていると見えてまだ地図片手に会社を探している学生さん。人の模様も様々な季節である。街の様子が少し変わったと思ったら衣替えだったのか・・・。
今日はちょっと仕事を抜け出して外に出たら眩しさにクラッと来てしまった。自分は陰陽で分ければ間違いなく「陰」に属することを痛感した一瞬。ついでに「外が余りに明るい。」と言うだけの理由で何故か急激に鬱に突入した(死)。何なんだ一体?
私は「明るい」ものとか「輝く」ものに極めて弱く、綺麗な人が「輝く」様な笑顔で写っているようなポスターとか写真とか電車の中吊り広告を見ているだけでそれに反比例して陰鬱な気分に陥っていくことがしょっちゅうである。「そりゃあこれだけ綺麗だったら醜いが故の不必要な苦労もないだろうし、何の衒いもなく笑ってられるよなあ。それに引き替え私のこの鬱々ジメジメぶり、本当に終わってるよ。もう死んだ方がマシだよ。生きてたって何にも良いことなんかありゃしないし、死んでしまいたいなあ。」という常人には全く理解不能な心理状態に陥り、鬱全開となっている。
しかし、どう考えても醜いのは外見の問題ではなく、心の問題であることは一目瞭然な訳であるが(勿論、私の場合、外見も文句無く醜いことも付記しておく(死))。
ただ、見た目が不細工だったりすると、そこここで綺麗な人、格好良い人と比べて相対的にぞんざいな扱いを受け、その経験によって心が荒み、その荒みようが知らず知らず外見にも悪影響を及ぼしている、という悪循環に陥ったりするんじゃないか、と思う。全て自分の経験な訳だけど(死)。
本当は「人間中身で勝負。」と言いたいところだが、中身だと更に完敗(死)、という如何ともし難い真実を目の前にすると、口が裂けてもその台詞は言えないわけである(口が裂けたら言える訳無いけど)。ま、勝ち負けじゃないとは言っても、相対的な問題ではなく、絶対的に終わってますからね、人として。
10月1日(日) (表)
何かが「リンクする」、ということが年をとるにつれ多くなっているような気がします。「リンクする」という表現が適切かどうかちょっと自信がありませんが、例えば、ある匂いがするともう秋になったんだな、とか、ある音楽を聴くと辛かった記憶、楽しかった記憶が甦ってくるとか、そういう現象のことです。「シンクロする」というのが正しいのかな?
私の場合、ビートルズを聴くとかつての浪人時代のことを思い出します。社会以外の勉強をしていた記憶がほとんどありませんけれど(笑)。苦しいとかキツイとか言うのではなく、とにかくモヤモヤしたような、そんな不思議な気持ちになります。
皆さんはそういうことありませんか?
最近引きこもりがちな生活をしているせいかその頻度が上がっているような気がします。今好んで聴いている音楽とか好んで読んでいる本とかも、将来聴き返したり、読み返したりした時に「再受験の勉強時代」の現在のえも言えぬ気持ちが甦ったりするんだろうか?と思ったりします。
10月1日(日) (裏)
この日記にも何度か書いている様に、私は反復衝動が強いのか、同じ本を何度も読み、同じ音楽を繰り返し聞くタイプの人間である。「そういやあの本が読みたいなあ。」と突然思い立っては段ボールをほじくり返して本を探し、何年間も読んでいなかった本を衝動的に読んだりしている。部屋がいつまでも綺麗にならない要因の一つにこの「衝動読み」があるみたいである。いつもそうやって流行とか時代の流れから取り残されていく訳だが(死)。そういった本(或いはCD)一つ一つに過去の何らかの記憶が紐付いているような気がする。
そう言えば、今日は外はいわゆる「秋の匂い」がしていたような気がする。今年になって初めてそう思った。
こういった現象が誰にでもあることなのかどうかよく分からない。(表)ではさも過去の様々な記憶や気分がが甦って来るようなことを書いているが、実は「どこかで感じた季節の匂い」とか「本をかつて読んだときの情景」とか色々甦ってくるものはあると思うのだが、私の場合殆ど全ての過去の記憶が「鬱」気分とリンクしてしまっている(死)。
これは実は結構ゆゆしき問題で、普通に会話していたと思ったら、あるフレーズをきっかけにで2、3秒後には死にそうな気分に陥っていたりする(死)。しかも私の所有する書籍、CDの大半が何らかの形で「鬱」気分と結びついてしまっている。完全に異常である。如何に楽しみのない人生を送ってきたかが窺い知れよう。その割には物持ちいいけど・・・。「どうした?」「いやちょっと。」相手に分かるケースも多い。「実は○×というフレーズを聞いたら急に死にたい気分になりました。」とも言えないのでこういう時がキツイ。
普通(鬱っぽくない)の気分の時でも、大概過去に聞いたことのある音楽を聴くと気分が沈んでいってしまう。と言って新しいモノが好きなら、何も困ることもないのだが、その割には反復衝動が強いので自らすき好んで鬱状態に陥っているようにしか見えない訳である。馬鹿だ(死)。
う〜ん、これが解決出来れば私の人生にとって新たな局面が訪れるかも・・・。無理そうだけど。
9月26日(火)〜9月30日(土) (表)
PCの調子が悪く、このページを更新出来ていませんでした。今使っているものはもうかれこれ3年半位前に買ったもので、当時は結構値が張ったのですが、今やこんな低性能のものはどこにも売っていない、というくらいにPCのスペックも向上しました。
会社から掲示板に更新出来ない旨一応書こうかな、とも思いましたが、別にここが更新されていようがいまいが、誰もそんなこと気にしてないだろう、ということで特に手も打たずそのままになっていました。
ただ、この5ヶ月近くほぼ毎日書いてきていたのでちょっとリズムが狂って「拍子抜け」したみたいな感じでしたけれど。「拍子抜け」というのもちょっと違うなあ・・・、まあ取り敢えずまた今日から書いていこうと思います。
来て頂いて、「何更新サボってんだ?」と思われていた方がいらしたら申し訳ありません。別に鬱症状が悪化して「あっち側」の人になったと言うこともなく、細々と生きております。
9月26日(火)〜9月30日(土) (裏)
日記と離れた一週間
PCが故障。(表)にも書いた様に、今の使用機はもうかれこれ3年半は使っていて完全に減価償却済み、という代物である。ちなみに私は比較的物持ちはいい方で、腕時計も去年替えたが、それまで10年以上同じものを使っていたし、カンペン(筆箱:死語)は小学校3年だか4年だかの時に買ったものを未だに持っていたりする。
と言って、モノを大事にしていると言うことは決してない。大体の場合、モノを買うのが面倒臭く、新しいモノの使い方を覚えるのもまた面倒、ということで腐れ縁的に長く持っているモノが多いだけである。あともうひとつはただ単に性格がくどい。まあ、古いモノにそれなりに愛着があるのも事実だが・・・。何せモノでも相手にしないと人間には相手にされてませんから(死)。
日記を読んで頂いている皆様はよくご存知のことだが、現在が限りなく充実していないせいか、私は過去や古いモノに対する執着というかこだわりが並外れて強いような気がする。と言ってこだわるほどの過去だったかというと決してそんなこともない訳だが(死)。後ろばかり見て歩いては目の前に開いている巨大な陥穽に気付かず、落ちる筈のない穴へ落ちてしまうどうしようもないパターンと言えよう(「落ちる」って言うな!!!)。
最近、オリンピックで活躍した某選手の美談として、「コーチと共につけたノート(日記)」という話があった。「辞めたいと思った時、挫けそうになった時にはそのノートを読み返してやる気を取り戻した。」という話である。そうやって日本で一番の選手になれたんだから素晴らしいことだと思う。ところで、私の場合どうかと言うと、「辞めたいと思った時、挫けそうになった時」等という瞬間は自分でも自覚できないくらい一瞬でしかなく、そういう時は日記を読み返す間もなく即座に辞め、かつ挫けてしまう。もとより人生既に辞めたも同然だし(死)。仮に万が一、挫けそうになった時に思い留まって日記を読み返してみても、更に嫌な気分になって挫けなくてもいい時ですら挫けてしまうだけであろう(屍)。
と言ってる間にもう9月もおしまいか・・・。今年に入って本当に何やってたんだろうか。ちょっと日記を読み返してみようかな。何にもやる気なくしそうだけど。
9月25日(月) (表)
私もこうやって日記を書いている訳ですが、近頃、会社の昼休みなんかは人の日記を読んでいることが多いです。「凄いなあ。」とか「こういう風になれたらなあ。」とかそんな感じで・・・。たまに「変なの。」と思うものもありますが・・・。私のもきっと人様から見れば最後のカテゴリーに属しているのでしょう。
いろんな人がいて、いろんな事を考えてる人がいるもんだな、と思います。同じ様に一日を過ごしていてもこれだけ違うことが起きていて、違うことをみんなが考えているというのは不思議な気持ちです。
9月25日(月) (裏)
以前、人の「ヤル気」とか「前向きな姿勢」とかに当てられる傾向がある、と書いたことがある。別に私がそういうものが嫌いだというのではなく、否応なく拒絶反応を起こしてしまう(死)という意味である。自分が芯から腐っていることを実感する瞬間。
今日は某サイト(受験とは全く無関係)の某方の日記を読んでいたらこんな事が書いてあった。『みんなも腐りそうになったら、悪い波の時は逆らわず、落ち着いてきたら全ての出来事を自分のものにするくらいの気持ちでやってみては???(全文無断引用)』 私が「腐りそう」ではなくて、「もう既に腐っている」事は割り引いても(死)、「今が充実している」と言う方の仰る事は違うなあ、と思わずにはいられなかった。
大体、「悪い波にはいつか終わりがある」というのが充実した人の発想である。私は悪い波しか知らないし(死)、悪い波が終わる日が到底来るとは思えない、というのが実感である。恐らく、実際に終わることもあるまい。それに「全ての出来事を自分のものにする」なんてことをしたら余りに悲惨な日常を受けきれず、下手すりゃ一日で破綻するだろう。そこそこに受け流さないとやってられるかこんな毎日(死)。まあもとより「逆らう」だけの気力も持ち合わせていない訳だが・・・。
と、何から何まで歪んだ受け止めしか出来ない訳である。
ちなみにこの方、毎日日記を書いておられるが、日記を更新しなかったり、日記がいつもより短いだけで(!)「大丈夫ですか?」とメールが来るそうである。ギブアンドテイクというか、やはり前向きな姿勢というのは世間一般的には人に力を与えるものらしく、読者の期待もそれだけ高いことを示している。
ちなみに、私が日記の更新をしないと、何の反応もなく、アクセス数が激減していくだけである(死)。上の方と私のこの違い、世の中やはり前向きなものの方が強い、ということを端的に表している落差と言えよう。
9月24日(日) (表)
「何とかの秋」という言い方をよく聞きます。読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋、勉強の秋・・・。私ならずとも、やはり夏は暑かったりで出来なかったことに集中して取り組めるようになるという意味なのでしょうか?
しかし、色々と並べてみて、「勉強」が最後にしか出てこない辺りが私の限界なのかも知れない、ですね(笑)。焦らず、と言ってマイペースになり過ぎずやっていきたいと思うのでした。
9月24日(日) (裏)
とは言ったものの、個人的には「何とかの秋」というのは本当はあまりないかも知れない。何せ、年中変わらず低調ですから(死)。以前にも書いたが、秋から冬にかけては特に毎日のように涙を流さんばかりの鬱状態が当たり前という悲惨な有様である。完全に頭がおかしい・・・。
それでも敢えて言うなら「食欲の秋」と言うことになるだろうか。正確な言い回しを用いると「食べる事以外には楽しみなど何一つない低調な秋(死)」という事になるのだが、それを言い換えて「食欲の秋」である。まあ、どう考えても自分一人が食べて行くだけの生産性も持ち合わせていないし、そんな私でも食べるのに困らない今の状況には感謝しなければならないのだろうけれど、そう言う感情は文字にするとそれだけ安っぽくなりそうなのでここではあまり触れないことにして・・・。
私は小さい時は割と偏食傾向があったように思うが、近年何を食べても特に不味いとは感じなくなった。一つには暮らしが余りに堕ちすぎて安っぽいものばかり食べているうちに味覚が完全に麻痺したことが原因であるような気がする。間違った方向での偏食解消と言えよう(死)。あまり評判の良くない店のものを食べても「俺の普段の食べてるものに比べりゃ旨い旨い。」という調子になっている事が多い。じゃあ「俺の普段食べてるもの」って何?ということになるのだが、ハッキリ言ってココに書く事すら憚られるので省略。
最近は朝、駅の売店でハイチュウ(二粒増量中:100円)を買うのが一日の一番の楽しみである(死)。夏のガリガリ君(60円)に比べると価格面では多少のグレードアップを果たした。通勤電車に揺られ、鬱状態で泣きそうになりながら参考書を読み、ハイチュウを噛みしめる生活。自分でもこんな将来を迎えることになろうとは思ってもいなかったよ・・・。しかし何なんだ?「グレードアップ」って、そんなこと程度の事わざわざ横文字で書くな(歪)。
ま、美味しいからいいんだけどね、ハイチュウ(死)。