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自己紹介
名前:Glacier
生年月日:197×年12月31日
山羊座のA型・・・星座と血液型の組み合わせだと「つまらない人」の代表らしい
(確かにその通りだ(死))
出身(現在の在住地):兵庫県、ちなみに似非帰国子女でもある
性別:♂
職業:会社員〜無職期間を経て、結局会社員、そしてまた無職へ
性格:自己否定的、鬱っ気が強い、理屈っぽい、暗い、偏執的、
意志薄弱、優柔不断、極めて熱しにくく極めて冷めにくい、無気力
対人スキル:病気だと診断されない最低限度しかない(但し、それを越えることも決してない)
→要するにネガティブな無気力オタク型人間。
→人として極めて破綻に近い状態
(自覚していないだけで本当は既に破綻している可能性大)
弱点:或る意味存在自体が弱点
苦手なもの:人生において苦手でないものの方が少ない
特に、
・人と競うこと
・前向きさ(ポジティブ・シンキング) が苦手
流行にも極めて弱い
嫌いな季節:夏(とにかく暑さに弱い)
今一番欲しいもの:幸せな気分になれるクスリ
趣味:読書、某球技、スポーツ観戦(好きな球団:阪急ブレーブス)
洋楽は The Beatles、邦楽は 大瀧詠一 スピッツ等々
寒過ぎプロフィール
・199△年 兵庫県某私立高校卒業
進学校と言われる学校(確かに周りの人間は学力的にも人間的にも
非常に優秀だった)に通うものの、将来への明確な目標が持てないまま大学受験に突入。
「自分の不勉強や認識の甘さを棚に上げ、大学受験のシステムや
社会の構造に責任を転嫁して勉強しない」、という
ダメ系人間の典型的な理論武装パターンにいち早くハマり、
自分が面白いと思う教科以外は全く勉強しなかった。
(ただ、後日その報いを思わぬ形で受けることになる。この項参照。)
関心がいろんな方面へ分散し過ぎていた為、「もっと時間が欲しい」と
いつも思っていた。
・199▲年 多摩文科大学商学部入学
当然の如く浪人生活へ。相変わらず将来の明確なビジョンが描けないまま
お茶を濁す成績維持の為の勉強のみ。しかもパチや競馬にハマる等
またしても典型的ダメ浪人生の道をまっしぐら。
「このままでは人生がダメになる(大方の予想通りやはりダメになったが)。」
と殊勝なことを考えつつ座っているのがパチンコ台の前という
もはや救い難い状態。しかも、そういう自分に嫌気が差しているのだから
お気楽の極致、これ以上はない底(現在に至るも)に陥る。
結果的には後期で受けた多摩文科大学にどうにか拾ってもらい、
大学生活をスタートさせることとなる。
しかし、何故受かったのかは今でも謎である。
・199○年 同卒業
沈殿していた期間が長かったせいか、大学入学と同時に怠惰な本性に反した
身分不相応な勘違いをし、ほんの束の間の前向きな時間を過ごす。
(多摩文科大ではこの症状は4月病と呼ばれている。
世間ではよく5月病という言い方をするが、5月病というのは無理していたダメ系人間
が本来の姿に戻っただけなので本来は4月病という呼称の方が正しいと思う)。
運動音痴のくせに中学高校と続けていた某球技の体育会運動部に入部し、
「人付き合いが苦手だから少しはそういうスキルも身につけたい。」という
どうしようもなくダサい理由で始めた某外食産業のホールのバイトを
ともに(なぜか)卒業まで続ける。
どちらも長く続いたと言えば聞こえはいいが、要するに
「他にする事、したい事を見つけられないうちに無為に時間を過ごしてしまった。」
(気付いたら時間が過ぎていた)と言うのが真相に近い。
当然、前向きな時間など一過性のものでしかなく、時間の経過と共に無気力化し、
同時に抑鬱的な気分に常時つきまとわれることになる。
振り返ってみると無気力と惰性と鬱に支配されていた時間が実に長かった。
(表層的な行動や事象だけからはそうは見えなかったらしいが。)
・199○年 某製造業某社入社
進路を決定するに当たり、理屈に偏りやすい自分の性格を考えた上で
「学究も捨て難いが実社会で働かないで理屈ばかりをこねていてはいけない。」
とまたしても大きく勘違いをし、自他共に不向きと認める民間企業就職を選択。
働いた結果が目に見える分かり易さ、という観点から某製造業界某社に就職。
(海外で仕事がしたいという下心もかなりあったが・・・)
数字が苦手なのに経理部で「連結決算」という理論計算を多く必要とする業務に就く。
この職場、仕事はそれなりに面白く、やり甲斐もあったのだが、
人使いが非常に荒く、休日出勤は当たり前、徹夜もしょっちゅう、という
心身共に過酷な場所であった(民間の製造業はどこも似たようなものかも知れないが)。
実際、同じ部や課の同僚が自殺したこともあった。
ちなみに、私もよく精神状態がおかしくなり、体調を崩していくことがあったが、
これは職場のせいではなく、ひとえに自らの心身両面の弱さに起因するものであり、外的要因は
あくまで2次的なものでしかなかった。
・2000年某月 大学再受験に傾く
動機など詳しくはこちらで述べているのでここでは省略。
・2001年某月 某製造業某社退社
家の事情、及び受験勉強専念を理由に退職を決意し、○年ぶりに関西に戻る。
だが、当初の計画通り「専念」という訳には行かず、再び仕事をしながら勉強を
進めるつもりであった。
が、
・2001年某月 ・・・結局、元の木阿弥
身辺事情、及び体調を崩した事により、短期的には働きながらの受験勉強は得策ではないとの判断をし、
一旦、受験勉強は中断。取り敢えずは日常生活(特に健康面)を軌道に乗せる事を当面の目標とする。
今後の事は心身共に調子が戻ったら考えようと思っている。
だが、正直言ってそんな日が来るような気がしない・・・。
一応、来て欲しいとは思っている。
で、
・2005年某月 失った時間は余りに大きいが・・・
以後、(それまでと変わりなく)極めて悲惨な年月を過ごす。
(受験は無論、勉強とも全く無縁の時間であったため、それ以前の僅かな勉強ストックも消え去った)
この3年余のロスが色んな意味で余りに大きかったことは百も承知ではあるが、
本当に最後とも言える気力を以って再度挑戦をしようと思うに至った。
ただ、年齢等のリスクもあり、結局は働きながらという形にならざるを得ない。
・2006年某月 再度振り出しへ
体調等の問題から2社目も5年勤めて退職する。昨年はあまりの多忙の為、勉強どころではなく、
一からのスタートとなる。今までなんだかんだで模試すら一度も受ける所まで
至った事がなかったが、今度は背水の陣での受験勉強。自分なりに死力を尽くして向う他はない。
最初に再受験を思い立った時から見ても既に6年の月日が経過している・・・。
そして今日に至る・・・。
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