第七夜 2000年1月22日
(インターバル。
皮肉なことに、防壁を解除した途端に「カノン」は以前ほどの力を持って僕に迫ってこなくなった。途切れかけた仲間との絆の回復、目の前にいる愛すべき友ら
の信頼の深さの確認、また友の背負った過酷な宿命をわかち合いたいとする主人公など、なかなか話はいい展開を見せてはいるのだが、それらが胸に響かない。
ガラス張りの箱庭から発せられる「物語」というオーラは、読者たる僕に届かないのだ。
僕は防壁を解除しているつもりだ。出て来る台詞やイベントにぎゃあぎゃあ文句を言うことはもうやめたのだ。物語が見せる展開に対し、素直に笑ったり、しみ
るところではしみたりしている。それらの「感動」というものが、僕の足元を揺るがすようなことは、ない。
気がついたことは、防壁が、実は一種センサーの役割も果たしていたということだ。
感動渦巻く「ドラマ」という海の中に、「人でなし」という潜水服や潜水艇を準備して飛び込む。ときおり潜水艇の隔壁を破って、「何か」が浸水して来る。あ
るいは、海の中に漂う「危険な何か」を見つけ出す。それら危機が発生した時には、浸水ならば艇外に追い出し、「何か」を見つけた時にはすぐに回避の方策を
取る。そういった「危機」回避を機敏に取るためには、対「危機」感知のレーダーやセンサーが敏感であることが求められる。しかしそれが敏感になればなるほ
ど、「危機」というものは潜水者にとって身近になっていく。そして深く潜れば潜るほど、水圧は確実に潜水艇の隔壁に圧力をかけ続ける。
これまで、僕がやってきたことはそういう事なのだ。海は「カノン」というゲーム、潜水者とはプレイヤー、潜水服や潜水艇とは「人でなし」の防壁であり、深
度はゲームにどれだけ深くハマっているかということを表す。隔壁が強力だと信じているから、僕は逆にゲームに深く没入できた。強力な隔壁は、そのまま強力
なセンサーとなってどんなささいな変化も見逃さない。実際は山ほど見逃しているのだろうけど。
プレイヤーを「感動」へと誘う「危機」を感知し、それを書き取る行為というのは、その実「危機」をプレイヤーに強く意識させ、逆に「感動」へと誘う面も
あったのだ。
だから防壁の解除は、実は決定的な「危機」の回避だったということになる。潜水装備が消えた瞬間、海の中で溺れていくのではなく、海が消えてなくなり、気
がついたら陸地にいた、とこういうわけだ。
失楽園。楽園追放。自分は楽園から追放されたのだ。読書の快楽渦巻くエデンから。)
再開。昨日は川澄の帰還と、主人公の自己鍛錬開始、川澄と倉田先輩の出会い、そして月宮との決別があった。
現在1月27日。寝ぐせが直らない主人公。そのまま登校。例によって川澄たちと合流。倉田先輩によると舞は照れているらしい。あ。とうとう舞って書いち
まった。ちくしょう、くやしい。でもこのままだともっとくやしいから呼称は川澄だ、うぬう。
昼休み、主人公は川澄と倉田先輩に対して「こいつらいつもは何やってんだろう」と考える。二択「訊く」「妄想炸裂」。前者。こっちのが自然だろう。
ふたりは、倉田先輩の家でよく遊んでいるらしい。
放課後、自己鍛錬。鍛錬といえば雑巾がけにペンキ塗り。まあひとそれぞれか。前日の川澄の言動を思い出し、3択「よけることの大切さ」「先手を取ることの
大切さ」「相手への思いやり」。きれいごとが書いてある3番目を何となく選びたくなる。1月26日のことなんて、ちょうど防壁解除でシナリオを流していた
からよく覚えていないのだ。可能な限り状況を思い出し、1番を選択。
すると川澄が消火器を投げて来る。よける主人公。川澄竹刀を取り出す。いよいよ実地訓練か。主人公、瞬殺。一撃でKOされ、立ち上がったところに倉田先輩
登場。「混ぜて」という倉田先輩。二択「混ぜる」「川澄に訊く」。後者。倉田先輩を巻き込みたくはない。川澄は木刀を倉田先輩に渡す。試験をするという。
プレイヤーは「親友だったら、ギリギリの所までつきあわせるのがホントの思いやりだったかな」などとちょっと後悔。川澄、倉田先輩の手にあった木刀を瞬間
で打ち落とす。倉田先輩、複雑な顔で退場。
夜、学校へ。主人公、川澄が過ごしてきたであろう戦いの日々を思い、感慨。しかし、その感慨はプレイヤーには届かない。もう。あのあがき、もがき続けてき
たマゾっぽい幸福な時間はおれにはないのだ。
1月28日スタート。
川澄と合流。倉田先輩はいない。今日は日直だというが、本当はどうなのかと主人公はいぶかる。プレイヤーはどうでもよくなっている。
が、昼休み、いつもの場所には川澄一人。倉田先輩はいない。
主人公、倉田先輩を探しに行く。その意思、プレイヤーにかすかに波及。失われたものの回復。苛立ちの向こうの気づかい、というやつ。いいものだ。主人公、
倉田先輩の教室の前で立ち止まる。教室の中にはいない。近くの女生徒に尋ねようとして、3択発生、倉田先輩の名字は「倉田」「山倉」「ブッシュ斉藤」。訊
くプレイヤーを間違えている。当然1番目。
倉田先輩は日直の仕事で忙しいようだ。無理に探さず、主人公は川澄のところへ戻る。主人公、川澄に「倉田先輩は避けている」と適当ぶっこく。川澄から箸で
つっこまれる主人公。カマのかけかたをもう少し考えろよ、主人公。
5時間目の休み時間、突然出て来るさく、じゃなかった倉田先輩。放課後に倉田先輩と二人して川澄への誕生日のプレゼントを買いに行くことに。プレイヤー、
主人公と倉田先輩とのツーショットによって川澄がむくれるという展開になるのを危惧。男と女が並んで歩いているだけで、できてるできてないなどと騒がれる
というシチュエーションはおれは大嫌いだ。すげえ嫌いだ。けど、川澄だったらそういう気を回すこともないだろう。実寸大アリクイのぬいぐるみを買う羽目
に。
夜、屋台で食料を調達(おそらくはヤキイモ)して学校へ。ヤキイモ食って二人して臨戦態勢。2択「くだらないことをおもいついた」「じっとしていよう」。
ここで前者を選ばなければゲームに対して失礼というものだ。主人公、放屁の擬音を発生させる。川澄はすかさず間合いを取り、白い目でこちらを見る。ふふふ
ふ、よしよし。
水音がする。トイレで水が出しっぱなしにでもなっているのか。二択「様子を見て来る」「川澄に訊く」。前者を選ぼうとしたが、戦いのエキスパートに意見を
聞いた方がいい、と思い後者を。
敵、来たる。川澄跳ぶ、しかし、剣が何者かに引っ張られる。川澄剣を放し、主人公に声歩かける。直後、主人公の頭に敵からの一撃。倒れる。川澄、「介抱は
いくらでもする。今は得物を」。
戦闘終了、今夜の戦果は敵一体をしとめた、とのこと。主人公、川澄膝枕の栄誉を賜る。
帰宅。
1月29日スタート。
川澄と倉田先輩らに合流。二人は仲良し。問題ない。
昼休み、川澄がボケる。プレイヤーの心中でかすかに怒りゲージが動く。
放課後、倉田先輩と接触。後で連絡を入れる、とのこと。主人公帰宅。電話は来ない。いつも学校へ出て行く時間になる。
主人公、家を出て、学校へ向かおうとして思いつく。家に電話。主人公あての電話はあった。倉田先輩は、学校に向かう、とのこと。今度こそ、倉田先輩はまず
いかもしれない。主人公、走る。
プレイヤー、シナリオの終結を覚悟。
クリック。ゲームを進める。
倉田先輩負傷、大けが、それでも生存。プレイヤーは安堵。
川澄、自責。プレイヤーは今度こそ怒りゲージが高まる。心中で川澄のバカヤローの襟首をつかみ「てめえを責めるな、このあほんだら。今度言ったらぶんなぐ
る」と告げてしまう。
18禁シーンの予感。二択「与える」「拒否」。後者。おれは根性なしの臆病者だ。笑うのなら笑うがいい。よしんばそれでシナリオがアンハッピーに終わった
ところで仕方がない。覚悟完了。どうにでもなれ。
川澄、主人公に体重をかける。主人公、抱擁。そしてそれだけ。
熱が伝わればいい。
ぬくもり、何ていうものではなく、熱が。
汝は一人に非ず。
汝を想い気遣う者が此処に有り。
汝は、彼の者が汝を思う心中の炎を信じよ。
其の熱が汝の中にも伝われば、傷つき崩折れたる汝が魂の足腰に力甦らん。
そは微弱なるものなれば、また汝を想い気遣いて床に伏せたる者を思え。
彼の者は望まず、汝が自責を。
彼の者は願わず、汝が涙を。
彼の者が望むのは、汝が再び立ち上がり、そして汝が汝自身に課した使命を全うすること。
今は歯噛みし、苦しみ、のたうち回れ。
その果てには再び立ち上がれ。
己が流した血にまみれ、己が流した血溜まりの中、なおも大地を確かに踏みしめて立ち上がれ。
さこそ汝が為すべき事。
さこそ汝が友に示せる、汝の最大の友情の証。
この言説が、欺瞞であることはよく知っている。
1月30日スタート。
登校、昼、二人はいない。
ガラスの割れる音。主人公駆けつける。
川澄暴走、無意味な破壊活動を行う。二択「川澄の懐へ」「静止の声を上げる」。前者。昨夜、自分自身をくれてやらなかったおれは、自分の身を危機にさら
す。肉体は投げ出せるくせに、魂は投げ出そうとはしないか。臆病者め、と自分の中で声がする。
ああ、そうさ、と僕は答える。だから臆病者なりにできることをやってやるのだ。欺瞞に満ちた、自分は安全地帯に有りながら、危機に立つ友に「大丈夫かァ」
と間抜けな声をかけるような真似を。恥知らず。既におれには川澄のそばにいる資格はない。
この二択に意味はない。どっちも、似たようなものだ。
主人公、川澄の接近戦間合いへ。川澄の暴走のあおりを受けつつ、対峙させる。主人公は、偉そうな事を川澄に叩きつける。プレイヤーには何も言えない。言う
資格はない。
川澄、破壊活動を中止。昼飯を食ういつもの場所にて「今夜、終わらせる。手伝え」と主人公に言う。主人公同意。
夜の学校。川澄から真剣を渡される。
最後の戦い、開始。
敵と、対峙。
主人公の攻撃はかわされる。
二択「攻撃」「よける」。後者。正解だった様子。が、その後の攻撃をよけられず、ダメージ。主人公ひとまず離脱。体力の回復を企むが、新手。またダメージ
を食らいつつも、向こうにも手傷を負わせた様子。プレイヤーの脳裏に瞬間、「敵は何者なのか、川澄とのつながりは」という疑問が湧く。が、それをすぐ打ち
消す。敵がいて、自分はそいつと戦わなければならない。そのことだけで充分だ。
手負いの敵、逃げる。追う主人公。逃げる方向には壁、曲がられたらアウト、こちらからは見つけられない。二択「勢いに任せて地を蹴る」「走りぬける」。前
者。背後から一気にとどめを刺す。それしか、こちらに勝機はないと判断。プレイヤーはつぶやく、「お前を殺す」。
必殺の一撃は失敗、敵に逃げられる。主人公は壁にもろにぶち当たる。が、逃げた敵は、その場にいた川澄によってとどめを刺される。が、上に気配。二択「剣
を掲げる」「床を転がる」。前者を選ぼうとして、「回避が重要」ということを思い出して後者。本当だったら、迷っている間に殺されてるだろう。敵の気配は
去っていく。追おうとして、川澄動かず。足にダメージを負っているらしい。主人公、川澄背負って移動。石鹸の匂いが主人公の鼻をつく。しかし、負ぶってい
るのは紛れもなく確かな意思と、闘志の化身。
川澄の指示でたどりついたのは、いつも昼食を取っていた場所。残りは1体、「片づくか」と問う主人公。「片づける」と答える川澄。よし、いい答えだ。とて
もいい答えだ。
なぜかしりとり開始。
主人公の手は冷や汗でべとべとしているに違いない。喉は渇いて、顔には多分引きつった笑み。足は震えているだろう。
そして、来た。
最後の奴が。
狩られるため、狩るために。
川澄、跳ぶ。大ジャンプの飛び込み大斬り。
が、それは失敗。敵の反撃。主人公と川澄ふっとばされ、宙を舞い、叩きつけられる。川澄、主人公に剣を持たせ、「勝つことは考えるな。受けるか、避ける
か」と告げる。「そして中庭へ」と言って、走りだす。
主人公、行動を開始。牽制、走り、敵を誘導。今の主人公はマスターデコイ。主人公、夜の校舎内を駆け抜けて中庭に躍り出る。それを追いかけてくる最後の
敵。二択「切りつける」「剣の背で受ける」。後者。「勝つことを考えるな」という台詞を忘れられるはずもない。
が、それでも敵の攻撃は結局主人公を捉えて、主人公は転倒。眼前に敵。主人公は死を覚悟、そこに、あの満月を背景に剣を振りかぶる画面があらわれた。川澄
が登場、ケリをつける。最後の川澄の攻撃は、屋上から飛び降りてのものだった。プレイヤーはフライングバルセロナアタックを思い出す。
主人公、満身創痍の川澄を抱えて手近な教室へ。保健室とかはないのか、とプレイヤーはつっこむ。川澄は牛丼を要請。主人公、全力疾走で牛丼買って校舎に帰
還。これで終わった、とプレイヤーも思う。もう終わった、と。
しかし主人公が教室に戻った時、そこに川澄はいなかった。主人公、校舎内をかけずり回る。今度こそ、最後の敵が、主人公に不意打ち。主人公転倒、意識が混
濁していく。
明らかになる真相。超能力、力の起動、分裂した自我。川澄のシナリオが、おれの今までやってきたリアルタイム感想書きの行為と重なる。
同時に、「カノン」に対して引く自分。本当に根本的な所で、反りが合わない事を知る。
そして物語は完全に、登場人物たちのものになる。プレイヤーの介入する余地は、もうないだろう。二択、3択の発生は、意味を持たない。ゆえに、おれのこの
不毛な営みは、ここで終わる。
目前をスタッフロールが流れ、エンディングが鳴る。
それなりに、幸せな、エンディング。KEYのロゴの背景に桜の花が舞う。オルゴール。たぶんぶたさんのオルゴールというのが鳴っているんだろう。
おれは取り残されている。切なさとやらを、悲しみとやらを共有できなかったのだから。カノンという作品がみずから下ろしたガラスの防壁の向こうで繰り広げ
られる、感動のフィナーレ。防壁の向こう側に飛び込めなかった者は、白々しさを感じるだけだ。
野暮で無粋であることを承知で、文句を、いや、何故におれが引いてしまったのかをこの川澄シナリオに対して言うのであれば。
過去、遠い日に失ったものを取り戻すための苦闘。どうしても、受け入れられない。なぜ、そうしてこだわる。生きるというのは、失うばかりではなく、手に入
れていくものだってあるはずだ。遠い日に置き去りにしてしまった何か。あまりに美しいそれらは、しかし、所詮は過去だ。
いや、違うな。そうじゃない。
今の自分というのは、過去の積み重ねで構成されている。遠い日の輝きに憧れて、その証を確かめようとしたいのなら、今の自分を自分で見て・・・・・・その
過去が、今の自分に与えている影響を・・・・・・
違う。これも違う。
そうじゃないな。
未来に目を向けて、明日が今日よりもよき日であること。どうしてその事を信じようとしない?
今、生きている自分が、今だれから愛されているか、かつて誰から愛されていたか、今誰を愛しているか、かつて誰かを愛していたか。愛とは恋愛に限らない。
それこそ通りすがりの人から向けられたほんのちょっとの思いやりや、いつもつるんでいる友達とのくされ縁、それらも含めた本当に広い意味での「愛」という
やつに囲まれて、今自分が生きているかを考えて見ろ・・・・・・。
いや、違う。そうじゃない。
川澄舞。
おまえは、おまえという人間は・・・・・・。
遠い日に交わした、主人公との約束なんかにこだわらなければ・・・・・・こだわらなくったって生きていけたはずだ。
親友の倉田先輩は、「いまの」お前の心のより所であったはずだ。今の自分を絶対的に認めてくれる友達。そのかけがえのない人にほんの少し、心を開けば。あ
とわずかに心を開けば、それで「今」を生きていけたはずなんだ。
・・・・・・書いていて空しくなってきた。
何を言ったところで、おれと「カノン」・川澄シナリオとの間の根本的な所での距離を埋められるはずもない。
本当におれは、合わないのだな、この「カノン」の世界には。異質なのだな、とそう思う。
異質ということは、それは反面今の自分にはないもの、とも言える。これを取り込むことができれば、自分はまた少し成長できる。
そう信じていた。そして、自分をできるだけテンションを高め、その異質なものに向き合おうとした。
知りたかった。今の自分の知らない何かを。未知のものが、意固地に固めた自分というフレーム=「人でなし」の防壁をぶち破ってくれる事を求めた。
しかし、それはなかった。いや、あと少しで到達できたかもしれない。自分の知らないものに、あと少しで。
そのラインは、おそらくは川澄退校処分の辺りだろう。あの時、もっと防壁を固め、さらに食い下がっていれば良かったのかもしれない。「黙って見ていろ」と
いう挑戦に対し、引き下がらなければよかったのかもしれない。
その時のセーブデータは残っている。だがいまからそれを読み出して、またシナリオを進めたとしても、多分結果は同じだろう。
あの時の自分自身を読み出すことなんてできないから。
「カノン」というゲームは、いまだ4人の攻略キャラを残している。
しかし、今の僕にはそれをプレイする気力はない。仮にやったとしても、それは「プレイ」ではなく「確認」という作業にしかならないはずだ。
そんな作業なら、やらない方がましだ。読者の態度がこれでは、どんなに面白い物語でさえも心を揺り動かすことはないだろう。
何にせよ。
今は、疲れた。ただそれだけだ。
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