2.その日の朝
早朝。
熊本司令本部直属の補給基地からは毎朝、熊本各地に向けて補給部隊が走り出す。前日に陳情された補給の要請に対し、応えられるものには速やかに物資の輸
送を行うのだ。
ずらりと巨大な倉庫が並んでいる敷地には、普通乗用車に軽トラック、大型トラック、中にはリヤカーつき自転車なんてものもある。倉庫から次々と運び出さ
れた物資は、担当の検品を受け、これらの乗り物に積み込まれる。物資は武器や弾薬、食料、日用雑貨にいたるまでさまざまだが、これらは前線で戦う部隊に向
けて、(その乗り物の許す限りの)超特急で送り出されて行く。
「二〇号車、これより天草に向かいます! 道あけろ! ひき殺されても知らねえぞ!」
「こちら一八号車! さっき取りに行ってもらったライフル一〇丁まだ来てないんだけど! 探しに行ったバカはどこで油売ってるんだ!?」
「二五号車積み込み完了! 隊長に会ったらよろしく伝えといてくれ!」
一種独特な活気に満ちている倉庫街の奥――
そこには、一台の巨大なトレーラーが停まっていた。作業服を着た学兵たちが、クレーンで荷台にコンテナを運んでいる。その荷台には、巨大な人型戦車が横
たわり、コンテナは足の間に据えられた。
帽子をかぶった学兵がひとり、、運転席の窓に近づき、
「んじゃ、ここにサインして」
と言って手にしているクリップボードを窓に向かって差し出した。窓から出た手が、そのボードを受け取り、運転席の中に持ち込んだ。しばらくすると、ボード
が窓から返された。
ボードに挟まれている書類の受領者氏名の箇所には、「滝川陽平」の名前が書き込まれてあった。
「いやぁ、悪いねえ」
学兵は言った。
「天下の5121小隊の方から、物資の受け取りに来させるなんてさ。でも、こっちも人手がいないもんでさ」
「分かってるって。戦争だもんな」
運転席の窓から顔をのぞかせたのは、頭にゴーグルをひっかけている少年だった。5121小隊所属、元・士魂二番機パイロット、滝川陽平。
――最近彼は、新井木勇美にパイロットのポストを奪われたが、その新井木は自分の機体をぶっ壊してしまい、ナーバスになっていた。そこに「輸送の人手は
そっちで出してくれ」との申し出が来て、5121の来須司令はこれを滝川に任せることにした。新井木では事故を起こしそうだったし、滝川は現在無職だか
ら、という理由だった。
滝川と、学兵――5121補給担当班の班長は、顔を見合わせて笑った。
班長は、自分の手元にある補給物資チェック票に目を落としながら話した。。
「……最初はさ、すげえ贔屓されてて、あんたらのこと見てて腹立ったんだよ。けど、贔屓されてる分、あんたらはしっかり幻獣相手に暴れ回ってくれた。おれ
のダチもさ、あんたらのおかげで助かってから、『5121はやっぱりすげえヤツらだ』って言うようになってよ。現金なもんさ」
「士魂号、最初はウチにしか配備されなかったもんな」
「とにかくよ、あんたらの身内にもよろしく伝えといてくれ。倉庫の中の棺桶、おかげで大分余っているってよ」
「ああ、伝えとくぜ」
運転席の滝川は、キーを捻った。馬力の効いたエンジンの重低音の唸りが、椅子から体全体に伝わった。
帽子を小脇に抱え、敬礼する班長に向かって、運転席の滝川も敬礼した。
士翼その他の物資を積んだトレーラーは、静かに動き出した。
そのまま専用ゲート――通称「ご贔屓ゲート」――をくぐって車道に出ると、少しスピードを上げた。
普通の輸送部隊に比べれば、ずいぶんとゆっくりしたスピードだったが、滝川の本分はドライバーではない。
(士魂みたいにはいかねえな)
滝川は苦笑した。
トレーラーを走らせながら、ハンドルを握る自分の腕に目をとめた。
制服の水色の袖が、黒い運転席に映えている。
――ウォードレス、着なくても恐くなくなったんだな。
昨日命令を受けた後、、補給基地に連絡を取ったら、「ウォードレスなんて着て来なくてもいい」と言われた。トレーラーで物資を補給しに来ていた運転手
は、以前はしっかりウォードレスを着こんでいたものだったのに。
平和になった。彼はそう思って、微かに頬を緩めたが、その後自嘲気味に鼻を鳴らした。
これをやったのは、あいつらだ……。
(オレはたまたま、あいつらと同じ部隊にいただけだ)
滝川の脳裏に、三番機のパイロットの顔が浮かんだ。
ひとりは芝村一族のお姫様、舞。えらく高飛車でくそ生意気な態度で、最初は顔を見るだけで嫌になったものだった。戦場では司令でもないのに、ときどき
「こう動け」「あそこに行け」とか指示を出し、ムカつくことにその指示はいつもいつも的確なのだ。
あの女は有能だった。自分なんかよりも遥かに頭が良くて、何でもできて……そして、色々と面白い所があった。
同じようなことは他の隊員にも言える。人には、長所もあれば短所もある。それらをひっくるめたのがその人間なのであり、どんなヤツにもそれなりにいい
所、好きになれる部分はあるものだ。
ともすればそいつの一面だけ見て、それだけでその人間の価値を決めてしまいそうになるものだが、人というのはそんな単純なものではない。
そして――。
そんな、「人間がそんな単純じゃない」という当然のことを自分に教えてくれたのは速水だ――滝川はそう思っていた。
(最初は……ただのいいヤツにしか見えなかったもんなぁ)
滝川は吹き出した。
簡単に人のペースに乗せられて、振り回されて、それでもいつもニコニコと笑っていて、どんな時にも相手のことを思いやっていて……一緒にいると、何かに
いらついていたりする自分をバカバカしく思わせてしまう、そんな人間だった。
時々、相手の機嫌が悪いのには頓着しない、無神経野郎に思えることもあった。しかし、あいつの底なしの人の好さに安心できる人間は多かった。速水厚志は
小隊での人気者となった。速水自身も小隊のヤツらのことが好きだったのだろう、誰かと誰かが仲が悪くなったりすると、時間を割いて仲裁に奔走した。滝川自
身、誰かの悪口を口にした後、速水からその人間への弁護を何度も聞かされた。
そして、戦場では誰よりも早く敵の陣中に飛び込んで行った。
――このバカ。
速水をそう言ったのは、相棒にして恋人の芝村舞だけではないだろう。
しかし、この愛すべきバカを中心に、小隊がまとまっていったのは間違いない。
――こいつはいいヤツだ。
――こいつはがんばっている。
――こいつが「がんばろう」って言ったから、自分もがんばらなくちゃ。
小隊のヤツらは、みんな速水が好きで、ひょっとしたら尊敬していたかもしれない。
が――
それが畏れに変わったのは、いつだろう――。