5.目覚め
舞は、ハンガーにいた。士魂複座型のコクピット側メンテナンスハッチを開けて、整備をしている。彼女の足元には、速水が中身を平らげた弁当箱が置かれて
ある。
複座型の調子は万全だ。パイロット部署、並びに整備スタッフ担当部署、両方のパラメータ数値はいずれも一〇〇〇をオーバーしている。
正直、時間潰しと言えなくもない。
手を入れた所で数値の上昇は微々たるものだ。この状態で今すぐ出撃がかかったとしても、出現する敵の強さはたかが知れている。
それでも、速水は三番機の整備をするつもりなのだ。ならばつきあわなければならない――舞はそう思っていた。
舞は、自分たちの乗機である三番機を見上げた。
厳密に言えば、三番機パイロットには、ずっと速水と舞とがついていたわけではない。時折、砲手が替わることがあった。早朝、教室の壁にある配置表を見る
と、どこを見ても自分の名前がない。三番機の操縦手は速水のままなのに、砲手には、自分以外の名前が入っている。もちろん、舞はその日のうちに自分の配置
替えを陳情するが、そんな日に限って出撃がかかり、速水は撃墜スコアを稼いで来る。この分の撃墜スコアは、舞のそれとの格差となる。
その格差が積み重なって、もともと速水と同じ三番機のパイロットでありながら、舞は絢爛舞踏を受章していない。
(泣き方、忘れちゃった……)
その台詞が、舞の脳裏で繰り返されていた。
(あのバカ……)
舞はうつむき、歯ぎしりした。
三番機砲手が自分以外の者に変わる時には、絶対に速水が陳情をしている――舞はそう思っていた。問い詰めても、速水は白を切るばかりだったのだが――。
あの時、速水は恐かったのだろうか。そんな恐い思いをさせたくなかったから、自分を前線に立たせたくなかったのだろうか……
「いらぬ心配だぞ、速水」
舞はつぶやいた。
舞の撃墜スコアは二七六。絢爛舞踏には二四足りなかったが、熊本の戦況を見る限り、もはや出撃などかかりそうにない。
速水厚志の平和そうな笑顔が好きだった。ぽややんとして、のほほんとしている、一緒にいるだけで、ささくれだった気持ちを穏やかにする雰囲気が好きだっ
た。人を嫌いになろうとしない、甘ったれな、そして優しい性格が好きだった。
それを壊してしまった――世界が決戦存在たる速水厚志を望んでいると信じたから。
その望みはもう少しで叶うだろう。「許す」という事の答えも、今は誰も分からないが、いずれ見つかるに違いない。
だが――その後の速水はどうなる?
「……取り戻せないのか?」
あの笑顔は取り戻せないのだろうか。気の優しい、お人好しな人間を取り戻すことは、できないのか。
舞は自分の拳を士魂の装甲に打ちつけた。鈍い音がした。
その時――
(舞、逃げて)
速水の声が聞こえたような気がした。それも、頭に直接。
「速水、来たのか?」
舞は周囲を見渡した。誰もいない。テレパスセルを起動させると、速水がプレハブ校舎前から、ハンガーに向かって歩いて来るのが分かった。が――
(反応が変だな……)
テレパスセルで捉えられる速水のイメージが、いつもとは違う感じがした。赤い色をまとっているのだ。
(テレパスセルで、メッセージを送るような事例はあっただろうか……?)
考えようとした時、どくん、と心臓が鳴った。
不吉な予感がした。
――テレパスセルの応用については、芝村でも色々と研究がなされていたはずだ。改造すれば、セルを持っている相手にメッセージを送ったり、精神による会
話をすることも可能だという。しかし、会話をするには気力の消費が激しく、また、「精神のみによる会話」などは芝村の監視ができないために、そのタイプの
セルは封印された――。もっとも、その情報は、電子妖精を使えば簡単に入手できたものだったが。
そういった各種セル関係の実験で、他にもきわめて危険なものがあったのだが……
気配を感じた。
振り返ると、ハンガーの二階入り口のステップに、速水が立っていた。
「電子妖精の方はもういいのか?」
速水は答えない。無言で舞の方に歩み寄って来る。その動きは妙にゆっくりで、どこかぎこちなかった。
「……速水?」
逆光で、顔がよく見えない。しかし、両腕をだらんと下げて、猫背で歩み寄って来る様子は、どう見たって変だ。5121最強の変人、岩田だってこんな歩き
方はしない。
舞は後退った。背中が、コクピットハッチにぶつかった。
「……速水!」
もう一度呼びかけた。
やはり速水は答えない。
一歩。
また一歩。
ようやく、顔が見えて来た。いつもの表情。もはや張りついたマスクと化した、人のよさそうな笑顔。
その目は虚ろに開かれて――
次の瞬間、速水の腰が沈み、直後、舞に向かって貫手が放たれた。
――!
貫手は空を切った。舞の姿は消えていた。
「冗談が過ぎるぞ、速水!」
速水の背後から声がした。振り向くと、二階出入り口に舞が立っている。
(テレポートを使わなければ、殺されていた……!)
「一体どういうつもりだ! いくらなんでも、理由もなく殺されてやるほどわたしはお人好しではない!」
速水は虚ろな微笑のまま、舞の方に向き直る。身構えて、わずかに後退る。その足が、猫のハンカチで包まれた弁当箱に触れた。
何のためらいもなく、速水は弁当箱を横に蹴飛ばした。弁当箱は渡り廊下の手すりの下を抜け、一階の地面に叩きつけられた。
かちゃん、という音がした。
舞はダッシュ、一気に間合いを詰めた。
ローキックから、左ジャブを二発。二発目で指を開いて襟元を掴まえて、空いている手でボディを狙う。
ぱしっ、という音がした。
ボディを狙った拳は、速水の両手で止められる。止めた手の片方がすかさず突き上げられ、舞の顎をとらえた。
がつっ、という鈍い音がした。目から星が出た。
再び突き上げられるが、襟を掴んでいた手を離し、ブロック。
同時に、速水の唇がすぼまり、「ぷっ」という音が鳴った。吐かれた唾が、舞の右目を直撃した。
反射的に目を閉じた舞は、自分の体が突き飛ばされるのを感じた。直後、正面から殺気を感じた。
――整備員詰め所!
舞がテレポートセルを起動させ、姿を消した瞬間、彼女がいた空間には貫手が叩き込まれた。
その貫手は、舞の喉の位置を貫いていた。
整備員詰め所に移動した舞は、机によりかかりながら、袖で目元を拭った。同時にテレパスセルを起動し、速水の現在位置を確認する。
彼はまだハンガーにいるようだ。赤をまとっているような、妙な反応のまま……
赤。
幻獣の色。
――まさか!
その時、パソコンがけたたましくビープ音を鳴らし始めた。
舞は右目を拭いながら、パソコンを見た。
モニターが、赤い文字で埋めつくされていた。
〈絢爛舞踏は我らのものだ。絢爛舞踏は我らのものだ。絢爛舞踏は我らのものだ……〉
舞は空いている手でモニターのフレームを掴んだ。
嘲笑うかのような赤い字の羅列を見ながら、舞は左目を見開き、わなわなと体を震わせた。
ハンガーの方から、凄まじい音が聞こえて来た。金属がひしゃげ、ぶち壊され、時折何かが爆発する音。中で嵐でも吹いているかのようだ。
生つばを飲み込んだ。喉が乾く。掌がじっとりと汗ばんでいた。
何ということだ……
舞は再びテレポートセルを起動した。そして離れの小隊長室に飛び込むと、陳情用の黒電話をとりあげ、同時に通信機のスイッチを入れ、5121小隊招集用
の通信回線を開いた。
「緊急事態発生、士魂が暴走した!」
複座型は、何も二人が乗らなければ動かないというわけではない。
もともとは訓練用の機体であり、また、複座の場合は操縦手と砲手に役割が分業されるということもあり、動かすだけなら単座でもできる。精密な狙撃などを
しない限りは、戦闘をすることも充分可能だ。
だから――。
例えば、ハンガーの中で起動して、ハンガー内に格納されている一番機や各種設備、予備機体をぶち壊すことなど、造作もないことだった。
複座型は、手始めに一番近くにいた士魂一番機に手をかけ、胸部装甲をひっぺがすと、むき出しになった人工筋肉の部分を貫手で抉った。抉り出されて開いた
穴からは、大量の白い血液が滝のようにあふれ出し、ハンガーの天幕やフロアに飛び散った。
さらに複座型は自分の両手を組み合わせ、大上段に振りかぶっての一撃を一番機の脳天に振り下ろした。凄まじい音がして、頭部パーツがひしゃげた。
一番機はバランスを崩し、膝をついた。複座型は一番機にさらにひざ蹴りを見舞い、地面に這いつくばらせた。
突然の複座型の暴走に、ハンガー内部の渡り廊下やフロア、柱は弾けとんだ。支えを失った天幕は潰れて地面に広がり、その下からは白い血液が流れ出した。
潰れている天幕の中で、複座型はさらに暴れた。ウォードレスを踏みにじり、整備用の設備を握り潰し、スカウト用武装のストックをジャイアントアサルトで
蜂の巣にした。そうして天幕をはねのけて外に出ると、ハンガーの横に止めてあった指揮車両を大太刀で両断した。
サイレンが鳴り響き、空気を震わせた。
「緊急警報。緊急警報。尚敬学園敷地内に、幻獣確認。幻獣は5121所属士魂を奪い、行動を開始。近隣の住民は避難せよ。繰り返す――」
それにまぎれて、周囲から悲鳴が聞こえてくる。
「助けてくれえっ!」
「ちくしょう! なんで士魂が幻獣に乗っ取られるんだ!」
「5121は何やってやがる!」
周辺の住宅からは、人間が外に飛び出し、一目散に逃げて出して行った。
複座型はそれらに気をとめる様子もなく、なるべく手をつけずにおいた士魂用装備のストックを物色した。それらの中からいくつかを選って、装備して行く。
右手にはジァイアントアサルト。
左手には大太刀。
両足には多目的ミサイル倉。
左肩には予備弾倉。
そして、右肩にはNEP――。
複座型は周囲を見渡した。
複座型は、手に持っているジャイアントアサルトを構え、逃げ出す人々の流れのひとつに向けた。
そうして引き金を引こうとした瞬間――
突然、持っているアサルトライフルが光条に貫かれ、爆発した。同時に、叫び声が轟いた。
「貴様の好きにはさせぬ!」
複座型は、声のした方向を振り向いた。
5121小隊小隊長室の屋根の上に人影があった。
その人影は、レーザーライフルを構えていた。その足元には歩兵用の武器が山積みになっている。
それは、舞だった。風が吹いて、頭の後ろに束ねられたポニーテールが揺れた。
サイレンと悲鳴とが響く中で、複座型と舞が、にらみあった。
舞はひとたび深呼吸した。そして、
「貴様の相手はわたしだ、この寄生虫!」
そう叫ぶと、執務室の屋根を飛び降り、走り出した。