8.おまえなら おまえにしか


 ――舞には、勝算があった。
 そのためには、ここでまず複座型の攻撃を自分に引きつけ、その間に付近住民の待避を完了させなければならない。
 士魂本体へうかつにダメージを与えるわけにはいかなかった。必要以上のダメージは、中にいる速水へもダメージを与える。のみならず、士魂から速水が―― 「絢爛舞踏」が降りるようなことになってしまっては、本当の意味でこの「幻獣」を倒すことができなくなる――。
 尚敬学園のグラウンドの真ん中に、大上段から振り下ろされた複座型の大太刀の一撃が叩きつけられた。轟音と地響きが鳴った。
 同時に、小隊長室のドアが蹴破られた。息を切らせながら、舞が転がり込む。
 どさっ、と床に倒れ込み、立ち上がろうとして手を突いて、手が滑ってまた倒れた。
 仰向けになって、呼吸を整える。
 制服は、泥と砂と硝煙で汚れていた。いつの間にか髪の毛を結いあげていたゴムバンドが解けており、床の上に髪の毛が広がった。
 舞は手に持っていた短機関銃を放し、自分の両の掌を見た。ウォードレス着用前提の武器を、素手で使っているため、すり傷だらけになっている。やたら重い トリガーの引き過ぎで、指の感覚もなくなりかけている。
 冷静に、自分の状態を観察してみた。
(限界か?)
 途中で売店の食料を拝借して気力、体力の回復をはかってはみたものの、多少の「補給」では、この消耗をカバーしきれなかったようだ。
 時計を見た。士魂相手の一騎討ちなんていう狂った戦闘を始めて、かれこれ三十分近くが経過していた。
 舞は体を起こし、黒電話に飛びつくと、受話器を取り上げた。膝が笑っている足から力が抜け、机の上に突っ伏する。電話用のモニターに、準竜師の副官であ るウイチタ・更紗の顔が現れた。
「こちら生徒会連合」
「こちら5121芝村舞……近隣の避難状況は?」
「尚敬学園を中心に半径二キロの世帯での避難率は九八%」
「何だ、その残りの2%は……」
「あなたがたのものです。近隣における多目的結晶体及び結晶体リングの反応は、熊本城跡に待機中の滝川陽平十翼長、今町公園に集合している5121小隊、 そして尚敬学園内のあなただけです」
「……死者は?」
「ゼロです」
(勝った!)
 疲労の色の濃い顔で、舞は会心の笑みを浮かべた。
 ずん、という地響きが響いた。ガラス窓が震え、びりびりと音を立てた。
「来たか……絢爛舞踏の寄生虫!」
 窓から、間近に寄った複座型の脚が見えた。
「今は退くがな、寄生虫……その首必ずもらい受ける!」
――そして速水を取り戻す!
 複座型がジャイアントアサルトを構え、小隊長室に向けた。
 小隊長室が蜂の巣になる直前、舞はこの日二十回目のテレポートをかけた。

 街は死んでいた。
 人の気配はなく、鳥の鳴く声も聞こえない。物音ひとつなく、静まり返っていた。
 時折遠くから――尚敬学園の方角から、爆音と轟音が聞こえて来るだけだ。
 それが響き渡り、空気を震わすたびに、ブランコに座っているののみが身を縮こまらせた。
「大丈夫だって、ののみ。舞はピンピンしてるさ」
 彼女の隣のブランコに座っている瀬戸口が、ののみの頭を撫でた。
「でも、でも……!」
「心配いらないよ。回避だけなら、絢爛舞踏だろうがなんだろうが、あの女には敵はない」
 茜大介が、すべり台にもたれかかりながら鼻を鳴らす。
「テレポートセルを駆使すれば、どんな攻撃だってかわせるさ」
 5121の面々は、舞の指示通りに今町公園に集結していた。二十人近くもの人間がさして広くもない公園に集まっているのは妙な風景ではある。彼らは、め いめいがバラバラの位置に立ったり座ったりして、おしゃべりやらゲームやら好きなことをしている。が、気持ちは尚敬学園での騒ぎが気になって仕方がなかっ た。
「くそったれ……一体何が起きてるっていうんだ!?」
 若宮がいまいましそうに吐き捨てて、拳で掌を打ち鳴らした。
「情報は何もないのか!?」
「……何とかなりそうです」
 遠坂が答えた。
「上空を飛んでいるAWACSが、実況放送をしているようです」
「フフフフ、電波だったらわたしの出番です。フフフフフ」
 岩田やそのその他の整備スタッフが、ベンチの上で様々な部品やら何やらを組み合わせていた。どこから調達して来たのか、小さいテレビやアンテナ、通信 機、その他もろもろを無理やりつなげている。「それら」からは、ピーとかガーとかいう音が聞こえていた。
 やがて、岩田は立ち上がると、
「おっ待ったっせしましたァァァ! イィィッツ、ショォゥゥタァァイッム!」
と叫び、その場で妙なスピンを披露すると、つながっている部品の電源を片っ端から入れて行った。
 5121の全員が、モニターの前に集まり――
 映し出された映像に、全員が絶句した。
 ――モニターの中では、舞が小隊長室の屋根から、抱えていたミサイルポッドを発射したところだった。複座型の頭上に降ったそのミサイルの雨は、すり足で 避けられる。同時に舞はミサイルポッドを投げ捨てて、ボフォース四〇ミリ高射砲を抱えあげ、グラウンドの真ん中にテレポート、地面に転がりながら、狙撃体 勢を取った。
 地面に伏せた姿勢で、舞は、人が持つにはあまりに大き過ぎるボフォースの砲口を複座型に向けた。
 ボフォースの砲口が火を吹いて、銃身がはね上がった。舞の体も一緒に跳ね上がり、銃身ごと後の方に投げ出された。
 複座型の左肩の装甲に穴が空いた。舞は再びボフォースを構える。
 複座型が前傾姿勢を取った。ミサイルだ。
 舞はその場を動かない。再び砲身と彼女の体が跳ね上がるが、今度は複座型の足元の地面をえぐっただけに留まった。
 そして、彼女の体は、第一射と同じように地面に投げ出された。
 複座型が背負っているユニットの後面が開き、白い煙の尾を引いて、マイクロミサイルが束になって叩き出された。
 ミサイルの束は、空中で向きを変え、直後、舞の転がっている地点に向かって殺到した。それらは尚敬学園グラウンドの真ん中に残らず着弾し、爆発した。炎 と煙の両方が、上に吹き上がる。
 しかし――
 巨大な砲身を抱えた人影が、複座型の足元に現れていた。その人影――舞は砲身を目前の巨大な足に向けた。
 砲口が火を吹くと同時に、複座型は跳躍していた。そして、例によって反動で地面に転んだ舞の体に向かって、その足で思い切り踏みつけた。
 複座型のストンピングで土煙がわき上がると、次の瞬間、別な方向から光条が伸び、複座型の足を――射抜こうとして、土煙で光線が拡散した。
 またしても舞が、今度はレーザーライフルを構えて尚敬学園屋上に立っていた。――
 モニターの前に集まっている5121の面々は、呆然としていた。
――士魂が暴れている。
――芝村が士魂相手に生身で戦っている。
――本当にテレポートしまくって戦っているじゃねえか。
――速水は何をやっている?
 映し出されたあまりに常識はずれな状況に、何を言っていいのか分からなかったのだ。
 が、一番最初に冷静さを取り戻したのは若宮だった。彼は腕組みをしている来須に向き直った。
「司令、出撃命令を。芝村千翼長への支援が必要です」
「……状況に関する情報が足りない。5121は現状にて待機」
 来須は腕組みをしたままの姿勢で答える。
「はい、司令。しかし、味方の窮地を黙って見過ごす理由など……」
「聞こえなかったか。5121はこの場で待機」
 来須の目が、帽子の下から若宮の顔を睨みつけた。若宮は黙り込んだ。
 モニターでは、舞と士魂との狂った戦闘が続いている。息を飲んでいたギャラリーの間からも時折、「うわっ、そこ!」とか「さすが絢爛舞踏の相方!」など と声が漏れるようになった。
 やがて。
 グラウンドの真ん中に立っていた舞の頭上に、複座型が大太刀を振り下ろした。その後に小隊長室のプレハブをジャイアントアサルトで蜂の巣にすると――
 どさっ、という音がどこかから聞こえてきた。
 そちらの方に向き直ったののみが叫んだ。
「まいちゃん!」
 小脇にノートパソコンを抱えた舞が、公園の片隅に倒れていた。
「芝村!!」
 全員が舞の方に駆けつける。
 いち早く石津が舞の側を陣取り、手早く舞の衣服を緩めた。襟のスカーフを取り、シャツのボタンをひとつふたつ外して、腰のベルトを緩める。そして、
「誰か救急箱! あとお水!」
と、取り囲んでいる連中に向かって怒鳴った。田辺と新井木が、公園から外に飛び出した。
(――これも変化のひとつか……)
 自分の上での石津の声を聞きながら、舞は思った。姿を見ることはできなかった。消耗が激しくて、目を開けることさえ億劫だった。
「しっかりしろ!」
「大丈夫か、状況を説明しろ!」
「気絶する前に情報を教えなさい!」
 かけられる言葉は、全部が全部自分を気遣っているというものではなかった。が、仲間たちのところにたどりついたと言う安心から、舞は自分の体から力が抜 けていくのを感じた。
 このまま眠れたらどんなに幸せだろうか……
(――しっかりしろ……まだ終わってはいない!)
 危うく気が遠くなりそうになるのを辛うじてこらえた。伝えるべき事は伝えなければならない。
 舞は口を開いて、言葉を発しようとした。しかし、呼吸ははずみ、口の中が渇いて、吐く息が音にならない。
 口をぱくぱくさせている舞に、最初に気が付いたのはやはり石津だった。
「……何」
 石津は耳を舞の口元に寄せた。
「話して……みんなに伝えるから」
 石津の台詞に舞は頷き、話し始めた。
 熱を帯びた舞の吐息が、石津の耳朶をくすぐった。彼女は舞の言葉を中継した。
「……脳内プログラムに……仕込まれていたウィルスが……速水厚志に侵入。……彼の肉体を乗っ取り……複座型に搭乗して……暴れている。その戦闘能力 は……絢爛舞踏……速水厚志と……同レベル」
 話を聞いていた全員が青ざめた。
――絢爛舞踏が……敵!
 舞は話を続けた。石津もまた中継を続ける。
「テレポートセルはなし。……行動原理は……幻獣と同様に……人類勢力への攻撃と……殲滅。今後のオプションとして……予想しうるのは……単機による…… 熊本要塞への……侵攻と……絢爛舞踏の……抹殺」
 若宮が来須を見た。
「司令! 出撃命令を……!」
「静かにして!」
 石津が一喝し、さらに舞の言葉に耳をそばだてた。
「対策は……ワクチンプログラムを……作成し……これを戦闘時の……士魂対指揮車両の……リンクを介して……速水厚志に……投与……彼を……無害化する」
「作成は可能なのか?」
 茜の問いに、舞は頷き、石津の耳に向かってさらに唇を動かした。
「脳内プログラムの……実験の中に……洗脳アプリケーションの……事例が……あった。……それを……応用すれば……ワクチンは……作れる……」
「必要な時間は?」
「三十分……あれば……ワクチンは……作れる……だろう」
「指示をくれよ。僕がお前の手足になってやる」
 茜は、舞の傍らに近寄ると、彼女の手にあった「職員室備品」と書いてあるノートパソコンを取り上げた。
 茜は岩田を連れて、舞を囲む人の輪から離れた。
「岩田。あの得体の知れないジャンクの塊は、熊本のネットワークに入り込むなんてできるか?」
「フフフフ。まァかせて下さァい。改造すればバッチリですよ」
「時間はどれくらいかかる?」
「ジャスト、ファイブ・ミニッツ。いや、スリー・ミニッツ」
「それでやってくれ」
 その時、田辺と新井木が公園に戻ってきた。彼女らは、手にミネラルウォーター入りのボトルや救急箱、その他消化の早そうな食べ物やら飲み物やらを抱えて いた。

「おい、あの嬢ちゃんもう戦わないのか!」
「まさか、やられちまった訳じゃないだろうな!」
「なあに、大丈夫さ。今までやってたように、あっちこっちに飛び回っているだけだって! 何せあのねーちゃんは絢爛舞踏様の相棒だぜ!」
 通信機からは、熊本中のギャラリーからの声がもれてくる。
 士翼号のコクピットの中で待機しながら、滝川はそれらの声を聞いていた。
 目の前のメインスクリーンには、AWACSからの映像が流れている。尚敬学園での戦闘が終了した複座型は、改めて全身に武器を装備し、歩き始めていた。
(次は……オレの番か!)
 滝川の歯ががちがちと鳴った。
 舞と複座型の戦闘は、滝川もよく見ていた。人外のレベルの戦いだった。
 テレポートで自由自在に自分のポジションを変えながらの舞の攻撃も、それらの攻撃をことごとく回避していく複座型の動きも、人間業ではあり得なかった。
(駄目だ! オレにはできねえっ!)
 今すぐ逃げ出したい。だが、熊本中の目が集中しているのだ、それは許されない。
 それに――
 仲間を裏切りたくない、という気持ちもある。
 あの士魂の中には、速水が乗っているという。熊本で最強の男であり、世界で五番目の絢爛舞踏が乗っているのだ。そいつが突然敵に回った。
 それを芝村舞は止めたのだ。生身で、三十分以上も。
 それは滝川を――いや、熊本全土でその戦いを見ていた者達をも――熱くさせる戦いだった。何を企んでいるのかは知らないが、舞が見せてくれた心意気とい うやつは間違いなく本物だった。ここで逃げたら男じゃない。
 けれど――けれど!
(――芝村。お前、おれの力量の見当ぐらいついているだろう?)
 スピーカーからの声は、次の対戦カードに気持ちが行っているようだ。
「こちらシニカルブラザーズ小隊! おう、5121の滝川よぉ! 次はお前の番なのか?!」
「こちらサテライトブラザーズ小隊! 至高の戦いってのを見せてくれよ!」
「こちらシュガーマシーン小隊! やってくれ! あのヤローをけちょんけちょんにしてくれよ!」
 無責任なことばかり言ってくるスピーカーを滝川はにらみつけた。
 通信機を切ろうとしたとき、スピーカーの中に、聞き覚えのある人間の声が聞こえてきた。
――こちら5121の芝村舞。
 滝川は破顔した。待ち望んでいた声だった。今まで彼女をこんなに待ち焦がれたことがあったろうか!
「こちら滝川! 芝村、大丈夫か!」
「問題ない。心配をかけて済まぬ」
 滝川は安堵した。
 早くオレと士翼に乗るのを替わってくれ――そう言おうとしたが、舞は間髪入れずに言った。
「これより作戦の第二段階に入る。現在複座型はそなたのいる方向に向かっている。そなたは暴走した複座型と戦い、これを足止めせよ」
――!
 滝川は青ざめた。
「無茶言うなよ、芝村! オレなんかが相手になるわけないだろう!」
「何も勝てとは言っていない。今から三十分、複座型をそこにとどめてくれればいい。その間に、こちらで勝つための算段を行う」
 スピーカーの向こうで、舞は話し始めた。
「事情はこうだ――何者かが整備員詰め所の中のパソコンに、ウイルスを仕掛けた。そのウイルスは多目的結晶体を通じて速水に侵入し、現在速水の肉体はその 『幻獣ウイルス』の支配下にある。戦闘能力は速水と同様、行動オプションは人類勢力の殲滅と抹殺、および絢爛舞踏の抹殺だろう」
「な……!」
「案ずるな。現在、ワクチンを作っているし、それを投与する手段も考えてある。そなたは、そなたの任務を全うせよ」
「……何でオレにやらせるんだよ!」
 滝川は泣き叫んだ。
「おれにはできねえよ! 速水と……いや、絢爛舞踏と戦うなんて! すぐにやられちまう、秒殺されて終わりだ!」
「滝川! 大丈夫だ!」
 舞がスピーカーの向こうから叱咤した。
「やることはいつもの戦闘と同じだ。……三番機が対応できぬ敵をひきつけて、そうしてそなたがまとめておいてくれた敵を、わたしと速水がなぎ払う。同じこ とだ。いつもの戦闘と変わりはない」
「あれは、オレが弱かったからだよ! 攻撃する余裕なんかなかったから! 守るだけで精一杯だったんだ!」
「知っている。知っているとも」
「オレはチキンだ! お前や速水と違って、弱虫なんだ! お前だって知ってるだろうがよ!」
「だが、逃げ出しはしなかった。それは、我らがいるからではなかったのか」
「今は……速水は敵だ! お前しかいないじゃねえか!」
「速水も一緒だ。あいつはウイルスに取り込まれていても、決して諦めてなどいないだろう。あいつも今、我らとともに戦っている!」
「……速水も……?」
「……それに、いくら絢爛舞踏とはいえ、所詮は単機。一度にひとつの攻撃しかできぬ。ひとつひとつの攻撃を、ひとつひとつ避けていけば良いだけだ。そなた が戦場でかいくぐってきたスキュラやゴルゴーン、ミノタウロスの連携に比べればどうということはない」
「……NEPはどうすればいいんだ」
「やつは使わぬ。NEPにしてもミサイルにしても、一対多数で真価を発揮する武器だ。たかだか士魂同士の決闘で使うのは効率が悪すぎる」
「ミサイルだったら、お前に使っていたぞ」
「単一目標に対するあのミサイル攻撃は、確かに正確だったがな。正確であるがゆえに避けやすい、ということも言える。避けや防御ならばそなたの出番であろ う」
「……」
 コクピットの中で、滝川は顔を伏せてしばらく黙った。
――分かっているさ……たまたまオレが士翼の運搬やっていたから、だからオレに頼んでいるんだろう?
 いくらそれらしい理屈を並べられた所で、実際に「あいつ」と戦うのは自分であり、舞ではない。
 けど――この女が今までこんなに「お前ならできる」と言い続けてくれたことがあったか? いや、誰かに「お前ならできる」みたいなことを、ここまで強く 言われたことがあったか?
 芝村舞って、こんなにいいヤツだったのか?
「やれるか?」
 舞の問いかけに、滝川は逆に問い返す。
「できるのか……オレに?」
「そなたならやれる……いや、そなたにしかできぬ」
 再び、沈黙。
 やがて、滝川は顔を上げると、口元に笑みを浮かべて答えた。
「分かったぜ、芝村……あいつはオレが食い止める。速水を助け出してくれ!」
 スピーカーの舞の声にも、華やいだものが加わった。
「それでこそ、速水の親友だ! あの化け物を食い止めろ!」
「援護頼むぜ……同志シバムラスキー!」
「……何だ、そのシバムラスキーというのは」
「オレ語で同志って意味だよ!」
「そうか……ならば、任せておけ、タキガワスキー……と、これで良いのか?」
「バッチリだ! ありがとよ!」
 滝川は、待機状態にあった士翼を起動させ、立ち上がらせた。メインスクリーンの映像を、AWACSのものから士翼本体の捉えた映像に切り替える。
 人の姿の見えない町並みの中を、複座型が歩いていた。尚敬学園から、熊本城までの道をまっすぐに。
 その胸には「速水厚志」姫が閉じこめられている。
(オレだけじゃ勝てやしないさ……オレだけじゃな!)
 だが、自分はひとりじゃない。後ろには、芝村が、そして速水が――仲間がついているのだ。
 恐怖が消えたわけではない。だが――
「来やがれコノヤロー! 今度はおれたちが相手になってやる!」
 滝川はモニターに向かって宣言した。
――やってやるぜ! 速水と……芝村のために!

 舞は、木陰で嘆息した。立木の根本に座りながら、幹に背中を預ける。
 彼女の頭にはワイヤレスのヘッドセットが着けられていた。岩田の組み上げた得体の知れない装置は、ネットワークへのリンクやAWACSからの映像信号の 受信の他、通信もできるという優れものだった。
 隣に座っているののみが、スポーツドリンクの入ったペットボトルを舞の前に差し出した。舞は微笑み、それを受け取った。これで二本目だ。
「滝川は、やる気になってくれたか?」
 地面にあぐらをかいている茜が訊ねた。彼は今、ノートパソコンのキーボードに指を走らせ、ネットワークとの接続の準備を進めている。
 舞は頷いた。
「何で、あんなやつに足止め役を任せたんだ。パイロットとしてはあいつよりも優秀なのがいるだろう?」
「滝川は速水の親友だ。何があっても、速水を救うことを諦めないだろう」
「甘っちょろい精神論が通用する相手かよ、絢爛舞踏が」
「最後に肉体を支えるのは精神だ。滝川にはそれがある」
「あんな臆病者に何ができるっていうんだよ」
「臆病だからこそ、本当の勇気を知ることができる」
 ふん、と鼻を鳴らして、茜は自分の作業に集中することにした。
 舞は空を見た。真っ青な熊本の空だった。
 この空の下で、熊本中が注目している。寄生虫に捕まった絢爛舞踏と、5121との戦いの第二ラウンドを。
 公園の中では、滝川への援護戦術について検討がされていた。武器だけならば裏マーケットからいくらかは調達が可能だが、何と言ってもウォードレスが残ら ず破棄されている以上、下手な作戦は取れない。
――速水が……戻りさえすれば。
 速水が複座型から脱出してしまえば、複座型はもはや抜け殻でしかない。
――見ているがいい、寄生虫……三十分後、貴様はこの世から消し飛ぶのだ。それが世界の選択だ!
 茜のパソコンがビープ音を鳴らした。茜は舞の方を振り返った。
「つながった……。芝村、指示をよこせ!」

 複座型は、熊本城公園のゲートをまたぎ、天守閣跡をめざして歩いてい た。
 次の獲物がそこにいる。それが分かったのだ。
 コクピットの中で、凍った笑みを張りつけている速水の口の端がつり上がった。
 脳が、ノックされているような感触があった。本物の絢爛舞踏――速水の心が、無駄な抵抗を続けているのだ。
 〈それ〉は目を閉じた。そして、自分の中に封じ込めた速水に向けて、強烈な攻撃意思を向けた。
 〈それ〉の中で、速水が悲鳴を上げた。
 絢爛舞踏は黙って見ていればそれで良かった。守ろうとしたものが自分の手で滅ぼされて行く場面を。そして、何もできない無力さを痛感すればいいのだ。
 絶望せよ。無情な現実と、無力な自分の前に。
 そう、絢爛舞踏を絶望させる。そのために自分は生まれたのだ――。
 〈それ〉は、今自分が自分の存在意義に従って行動していることに、無上の感動を覚えていた。電子妖精の起動に伴って展開し、実行されたプログラムの中 で、情報処理がなされ、その結果が速水厚志の肉体への刺激として神経を伝わった。
 背筋を電流が伝わるような感触があった。
 心臓が高鳴るような感触があった。
 全身がぶるぶると震えるような感触があった。
 「快感」というおのが内から発生した情報が、肉体によって増幅された。それらがさらに〈それ〉の「快感」という情報処理を振幅の大きい、強度のある処理 結果――「感情」と言っても良いものにした。
――自分は、無敵だ。
 〈それ〉がそう思うと、〈それ〉の内から速水が叫んで来た。
――僕の仲間を甘く見るな。お前は必ず敗北する。
 〈それ〉は再び攻撃意思を叩きつけた。
――人類最強の戦士の前には、ザコがいくら集まっても勝ち目はない。
 これまでの戦闘で学習したさまざまな戦術、状況判断能力、そして今まで電子妖精などで集めて来た様々な知識。全く、「絢爛舞踏」の戦闘能力は凄まじいも のだった。
 血を吐く思いで掴んで来たそれらの技術や能力が、守って来たものを壊していく。それを目の当たりにした時、絢爛舞踏の魂は死ぬ。そして、絶望にとらわ れ、おのが力のままに世界を破壊する最強の幻獣が誕生する。
 それは「竜」と呼ばれるだろう。
 痛快だ。実に痛快だ。
 世界を救う絢爛舞踏が、「竜」へと存在をシフトさせる。人類が何やら姑息な手段を企んでいるらしいが、もはやこの流れは止められない。
 〈それ〉は速水の口を動かした。
「これが、世界の選択だ」
 〈それ〉の中で、「快感」がさらに増幅した。
 さっきは失敗した。「しばむらまい」という個体が、あそこまで強い能力を持っているとは。
 しかし、次の獲物らしい「たきがわようへい」という個体は、そこまで強い相手ではないらしい。そのくせ、絢爛舞踏はこの個体のことを「しんゆう」として 思っているようだ。
 うってつけの獲物だった。
 「たきがわようへい」は死に、そして絢爛舞踏は「竜」と化す。
 〈それ〉はコクピットの中で哄笑しながら、呪文のように繰り返し続けた。
「これが世界の選択だ。これが世界の選択だ。これが世界の選択だ……」 

←7.防人たち  9.士翼vs複座型→
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