16.復活


 熊本に、ひいては世界にひとたび絶望が満ちたことを〈それ〉は悟った。
 圧倒的な、死そのもののように確かで動かしようのない運命に、人類はレミングのように立ち向かう。「どこかの誰かのため」などという幻想に酔いながら、 ただ死ぬためだけの戦いへと挑む。幻獣を再び駆逐してやろう、などと強烈な意志を持つ輩はひとりもいない。これまで歩んで来た道のりを考えれば、そんなこ とは思いつくことさえかなうまい。
――勝った。
 〈それ〉は確信した。幻獣勢力の復活と、絢爛舞踏の抹殺。それは成った。
 絢爛舞踏を「竜」とすることができなかったのは残念だった。「はやみあつし」は自分の仲間と馴れ合うようなただの「人」に成り下がった。あまつさえ、彼 自身下らない幻想――「自分のため」「みんなのため」なんていう――ロマンチシズムに陶酔し、その中で戦い続けることを選んでしまった。
 これは、もうだめだ。
 「幻想」というあまりに感情的な現実処理をされてしまっては、絶望させることはできない。仮にこの状況から「はやみあつし」ひとりが脱出できたとして も、「はやみあつし」は失ってしまった仲間への悲しみに世を呪うことはないだろう。ひとつ間違えれば、「幻想」のもとに己が魂を甦らせ、人類を救うために 立ち上がる――そんな可能性さえ持っている。
 「はやみあつし」は抹殺すべきだ。幻獣と人類との戦争が続く限り、再び絢爛舞踏が――ひいては「竜」が誕生する可能性は残される。不要な、いや、危険で すらある芽はここで潰しておくに限る。
 完全とまでは言えないが――勝利は目前だ。

 弾がつきた。
 熊本城本丸に飛び交っていたミサイルや砲弾も、すっかり止んでしまっている。
 レーザーライフルはまた撃つことはできるにしても、あまりにも散発的過ぎる。
 舞を始めとして、5121本隊は、全員疲労の色が濃い。
 そして複座型は――さすがに傷ひとつないというわけにはいかなかったが――未だ健在だった。盾の陰に隠れて攻撃をしのぎきる、滝川お得意の技をもっと巧 みに、あざやかにこなし続け、決定打をことごとく回避し続けた。
 コクピット内部からの解体作業も今は止まっている。電気部品の中に素手を突っ込んでいたものだから、何度か派手な感電をして、速水の手はしびれて動かな くなっている。さらに、尖った部品やら何やらを掴まえているのだ。手首から先は、指から掌から、傷だらけだ。作業がはかどるはずもない。
(こっちばかり感電して不公平だ。回路のショートのひとつでも起こせよ)
 そんな悪態吐くことさえ、速水にはもうできない。
 ガンパレードマーチは、さっき全部歌い終わった。
 やるだけはやった――そんな達成感が5121の中に漂っている。舞だけが、喘ぎながら使えそうな武器を漁っていた。
 機関砲の予備弾倉はもうなかった。
 補充用のミサイル倉も残っていなかった。
 機関銃の弾も、手榴弾さえ残っていない。
 あとはレーザーライフル数丁に、舞の手にあるカトラスのみ。
 重々しい足音が響いた。
 今まで盾の後ろに身を潜めていた複座型が歩き出した。つくづく用心深いことに、盾を構え、その後ろに身を潜めたまま、天守閣に向かって歩いて来る。盾の 縁から見えるのは大太刀の切っ先だ。
(武器を持ちかえる暇を絢爛舞踏に与えなかった、ってのは殊勲かもしれない)
 誰かがそんなことを思った。
 立ち上がろうとして、よろけて膝をつく舞。彼女はまだ戦うつもりだ。
 レーザーライフルを杖にして、片膝をついていた来須が立ち上がり、言った。
「全員、突撃用意――」
 武器もないのに――そう思う者はだれもいない。武器がなければ徒手空拳で殴りつけ、蹴飛ばしてやればいい。それが兵士の生き方であり――死に方だった。
 今まで腰を落としていた5121の他の面々も、ゆっくりと立ち上がる。複座型に肉弾戦をしかけるだけの体力は辛うじて残っていた。
 力を振り絞って立ち上がった舞が、迫り来る複座型を見据え、仲間には背中を向けたまま、彼らに向かって拳の親指を立てた。
 仲間たちも親指を立てた。
 その時、通信機からののみの叫びが轟いた。
「あきらめちゃだめ!」
 全員が、苦笑しながら無言で通信機の方を見た。
――あきらめてなんかいないさ。運命には最後まで立ち向かってやるさ。
 そんな思いを無視して、ののみの声は叫び続ける。
「あきらめちゃだめなの。わたしたちはうんめーなんかにまけないのよ。だって、だってよーちゃんがたちあがるんだもの!」
 「よーちゃん」とは、滝川陽平のことを指している――気がつくのに時間がかかった。
「ののみ……よーちゃんはね、もう……」
 瀬戸口が答えようとしかけた時、迫り来る足音が速くなった。
 複座型が走って来たのだ。大太刀の切っ先は、盾の上で輝いている。大上段に天守閣に切り込むつもりだ。
「複座型を十分引きつけろ――ひきつけたら飛びつけ!」
 来須が無茶な命令を出した。が、今の5121には無茶でも何でもない命令だ。今の自分たちにはそれしかできない。だったらやるしかない。
 複座型が目前に迫る。
 盾が横にどいて、複座型が大太刀を振り下ろし――来須が合図をしかけた瞬間――
「駄目だぁっ!」
 誰かが叫び、同時に複座型と5121小隊の間を光の玉が走り抜けた。

(われらは望む。この世界の平穏を)
(われらは望む。この世界のよき未来を)
(われらは死せる者。かつてこの世に在りて、志半ばにして倒れし者)
(われらは絶えざる者。未だ命あるものたちの、幸せなる生を願う者)
(われらは知る。世界に輝きをもたらす者の名を)
(その者の名は絢爛舞踏。その者の名は速水厚志)
(絢爛舞踏は滅びんとする。その命と、内なる志は絶えようとしている)
(われらは知る。絢爛舞踏を救おうとする意志を)
(ひとたび倒れ、しかし挫けた意志を再び立てて、戦おうとする者)
(その者は選んだ。戦いの後の永遠の安らぎよりも、甦る道を)
(復活は再戦の合図)
(その者の名は滝川陽平。決して絢爛舞踏にかなわぬ者)
(彼は知る。この世界に待ち受ける運命を)
(彼は知る。絢爛舞踏の使命を)
(彼は求める。絢爛舞踏を使命に解き放つことを)
(われらは速水を助けよう。そのため滝川を助けよう)
(意志に力を。世界に希望を)
(それが世界の選択だ)

 天守に迫りかけていた複座型が、バックステップを踏んで間合いを広げた。
 そして、たった今光が飛んで来た方向を見た。
 5121の者たちも、たてこもっている天守の穴からそちらを見る。
 彼らの視線の先では、胸に穴を開けた士翼が仰向けに倒れていた。
 ただし、右手に拳を作り、天守の方に差し伸べながら。
 全身を淡くて青い光に包みながら。
 その絶技を知る者は、息を飲んだ。
(まさか……今のは精霊手!?)
 右手の拳は一度解かれ、腕は地面に横たわった。
 片膝が立つ。踏んばって、全身に力がみなぎる。
 左の掌が地面を押す。肘が曲げられ、ゆっくりゆっくりと上体を起こして行く。
 腕が動いて、自分の立ち膝に置かれる。それを支えにして、起き上がった上体が前に傾くと、投げ出されていた左足の位置が後ろの方に退き、ひざまずいた姿 勢となった。
(立つのか?)
 5121の者たちは訝った。
「たちなさい!」
 ののみはまた叫んだ。
「立てよ!」
 ののみだけではなく、熊本のあちこちで兵士たちが願った。
 複座型が駆け出そうとすると、士翼の右手がまた拳を作り、複座型に向く。
 複座型は立ち止まり、盾を士翼の方に向ける。
 その中で、速水が血まみれの手で通信機のスイッチを入れ、呼びかけた。
「こちら……こちら、速水……滝川陽平……応答せよ……」
「こちら……こちら滝川陽平……感度……良好!」
 応答が返って来た。
 胸に穴を開け、左肩を歪め、頭の内部を露出させた士翼は、二本の足で大地に再び立ち上がった。

――滝川が立ち上がった!
――あの野郎、生き返りやがった!
 熊本全土で歓声が上がった。

 



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