「無事だったんだね、滝川! 大丈夫? ケガは?」
「大丈夫だ……五体満足、ピンピンしてるぜ」
通信機に向かって、滝川はニヤリと笑った。
複座型が士翼の胸を貫く直前、士翼が微かに身をよじった。おかげでコクピットを大太刀の切っ先が刺しこむ角度――言わば入射角が、少しだけずれた。
さらに、大太刀の切っ先がコクピットを貫く直前に、とっさに滝川がパイロットシートのベルトを外し、自分自身も身をよじった。コンソールを破壊した大太
刀は、百分の数秒前に滝川のいた空間を突き刺した。ウォードレスの背中の部分は抉れて、生体組織の削がれた部分からは血があふれ出していた。あと数ミリず
れていたら、ウォードレスの中の滝川自身も無事では済まなかったろう――
それでも今、彼は生きている。
滝川は、左手の神経接続用ソケットの感触を確かめた。傷だらけの士翼のダメージが、そのまま痛覚として伝わり、滝川はうめき声を上げた。
伝わっているのは痛覚だけではない。
(痛みが……ひいている)
士翼の全身が、青い光に覆われているのは知っていた。モニターのノイズだらけの画面から、士翼の体を見ることができたのだ。
青い光は、士翼の外側だけではなく、内側――コクピットの中にも入り込んでいる。大太刀に貫かれ、ほとんどジャンクになってしまったはずのコンソールが
青い光に被われると、辺りに散らばったパーツが魔法のように集まって、元のあるべき場所に戻って行った。粉々になったメインモニターも、おかげで元通り
だ。
一番痛い胸と左肩の痛みも次第に消えて行った。同時に、コクピットの外から金属がひしゃげる音が聞こえて来る。実際にはひしゃげている部分が、コクピッ
トと同く元の形になっているのだろう。
痛みは完全に消えた。
それは安らぎのためではない。
再び戦わなければならないから、だから自分はまた立ち上がることを許された。
(戦え。そして勝て)
頭の中にいくつもの声が響いた。それらが、今目前で奇跡を起こしている青い光の意志だということが、直感で分かった。
(戦え。そして勝て)
(勝って希望に至る道を開け)
(絢爛舞踏を進むべき道へと解き放て)
(世界に希望を。輝く未来を)
(それがわれらの願い。それこそが世界の意志)
分かっているさ――滝川は手を伸ばし、外部スピーカーのスイッチを入れると、マイクに向かって告げた。
「誰も死んじゃいけない……死ぬためなんかに戦っちゃ駄目だ!」
立ち上がった士翼が歩き出した。力強い歩みだ。その先にいるのはもちろん複座型――ついさっき、こちらを完膚なきまで打ちのめした複座型だ。
「オレたちは、死なないんだ! オレも、速水も、芝村も、みんなも、誰も誰も死んじゃいけない!
オレたちは勝つんだ! どこかの誰かのためじゃない、オレたち自身のために、必ず勝って生き残るんだ!」
青い光が、輝きを一層強くした。
「5121本隊並びに、芝村は待機! これから複座型をとっちめる! 速水はコクピットの中でじっとしてろ!」
「ずいぶんと威勢がいいではないか、滝川」
士翼のコクピットに、舞の声が入り込んで来た。
「そなたの気炎は頼もしいが……今の複座型をとっちめるなど、そなたにできるのか?」
「やれるさ――今のオレなら、いや、今のオレたちならできる」
「ならばひとまずわれらは休むとしよう――だが無理はするな、死んではならぬ!」
「言ったはずだ、オレは死なない!」
士翼は足を止め、身構えた。脇を締め、拳を軽く握り、足は肩幅に開いて、左半身に体勢を取る。
複座型とは微妙な間合いを開けている。士翼の機動性と、複座型の振るう大太刀。先に動いた方が不利になるという間合い。
大太刀の破壊力も知っている。うかつに飛び込めば今度こそ命はない。
しかし、一撃必殺の技なら、士翼の方にも絶技「精霊手」がある。
(望むならばわれらを放て)
(われらは願い。われらは想い)
(お前の想いとわれらの想いは今こそひとつ)
(放て。その手にわれらの想いを集め、あしきゆめを打ち砕け)
詠唱のように、滝川の脳裏で声が響く。
すると、滝川の両手が熱くなり、びりびりと震え始めた。
(世界の意志ってのは突っ込むのが好きみたいだな)
同時に、士翼の両の拳には光が集まって行く。
――幻獣。ウイルス。あしきゆめ。
そいつらを滅ぼす前に、速水厚志を助け出さなければいけない。
(……速水を助け出す方法なら……あるんだよ!)
光る拳を構えたまま、士翼は大太刀の間合いに踏み込んだ。
複座型の姿を隠していた盾が横に退く。瞬間、大太刀の切っ先が突き出される。
その切っ先に合わせて、構えていた左の拳を振るった。
(行け!)
滝川は、拳に宿った「想い」に向けて念じた。
大太刀の刃に触れようとする刹那、拳に宿った輝きが撃ち出され、大太刀の刃を直撃した。
凄まじい音が鳴り渡り、直後、大太刀の刀身は粉々に砕け散った。
(まだまだぁっ!)
右の拳が振るわれる。勢いをつけた――だが、動きのあまりに大きなパンチだ。
複座型が、退けていた盾で身を覆った。
再び滝川は念じた。
右手に宿った光は盾に向かって放たれた。
盾は、大太刀と同じように粉々になった。
複座型が後方に跳び、間合いを取った。
丸腰になった複座型も身構える。
再び、格闘戦が始まろうとしていた。
「精霊手……まさかあんな使い方があるとはな」
腰を下ろした舞が、ニヤリと笑いながら言った。
「精霊手って?」
新井木の問いに、舞は説明した。
――世界に選ばれた者だけが使うことを許される絶技。世界の想いを両の手に集め、力と化して撃ちだす技――
「『撃ち出す』というくらいだから、弓矢や銃火器のような飛び道具だとばかり思っていたが……想いを集めた手で零距離から叩きつけるとは。あの非常識なヤ
ツめ!」
(そなたがそこまで侮れない男だとは思わなかったぞ、滝川!)
この日、舞は初めて心の底から楽しそうな笑顔を浮かべた。
少しずつ、士翼と複座型の間合いが狭まって行く。
ざわっ、と、滝川の中で、再び何かが蠢いた。彼の中で、また時間の流れが濃密になっていく。
複座型の格闘能力は、体で思い知らされた。
だが、再び挑む今、滝川の中に恐怖はない。
両者の距離はさらに詰まる。
そして、「その距離」にまでなった時――
二体の巨人は弾かれたように動き出した。
数発のジャブの応酬から、士翼のローキックを複座型が膝を立ててブロック。複座型の繰り出すワンツーパンチをかいくぐり、士翼は執拗にローキックばかり
を狙う。
ローキック――足狙い。そう考えれば、狙いは明白だ。
――足を殺せば、人型戦車の動きは止まる。
しかし、そのことには複座型にもすぐに分かったようだ。狙われる前に逆に相手の足を封じるために、今度は複座型も足を使い始める。
ロー、ミドル、ハイキックの三連撃が、士翼の左側を打ち据えた。ロー、ミドルの二撃までは士翼も普通にブロックする。が、最後のハイキックをブロックし
た時、腕が踊り、複座型の足を取りにかかった。
掴まえられかけた足首を引き、牽制で前蹴りにスイッチすると、その前蹴りも体で受けて、掴まえに来る。
――掴まえてしまえば動きは止まる。
再び複座型は後方に下がった。
同じ分、士翼も前に出る。その分の勢いをつけて、複座型の足にタックルをかけた。
士翼が掴まえようとした瞬間、複座型の体は消えていた。
複座型は上に跳んでいた。士翼の頭上から、ストンピングをかけようと狙いを定めた。
――しかし、今度の滝川は反応した。
(消えた――跳んだ――上――防御不可――回避不可)
瞬時の内にそれだけのことを判断、対応は――
(こっちも蹴り!)
複座型の自由落下が始まると同時に、士翼の両脚も跳ね上がった。
士翼を真上から爆撃する両脚に、前転をするような形で振り上げられた士翼の脚が交錯。空中でぶつかり合った両者の脚は、互いの体勢を崩した。
次の瞬間、士翼と複座型の巨体は地面の上に転がった。
先に体勢を取り直したのは複座型だが、再び士翼が仕掛けて来るタックルを避ける。
間合いを取り、両者は再び向かい合った。
「さっきとは士翼の動きが全然違うな」
狩谷のつけるケチに、茜が解説をしてやった。
「もともと滝川の回避や未来予知のセンスは大したものだったからね……それに、青が――世界の意志ってのが滝川の味方についた」
言うなれば、絢爛舞踏のコピー対滝川の士翼&世界の意志の変則タッグ。こうなれば、決着がどうなるかはまだ分からない。
(……何であんなやつに青がつくのか知らないけれどもね)
心中で密かに、茜は不満を呟いた。
〈それ〉は、認めなければならなかった。
こいつは強敵だ。前に完敗させたとしても、それは忘れなければならないだろう。青をまとい、立ち上がり、あまつさえ絶技「精霊手」まで使えるとあって
は、もはや同じ相手ではない。
――やることは変わらない。倒すまでだ。
世界の選択が「たきがわようへい」の復活を求めたなら、今度こそ、二度と立ち上がれないようにしてやるまでだ。
間合いの向こうの士翼は、腰を落とし、かなり深く前傾姿勢を取っている。こちらの下半身にタックルをしかけて、動きを止めたがっているのがよく分かる。
こちらを掴まえたければ掴まえればいい――貴様の背中のコクピット部分を叩き潰して、今度こそ終わりにしてやろう。
(……足殺すのも、捕まえるのもダメっぽいかな)
滝川はコクピットの中で呼吸を整えた。
――速水を救う方法は、必然複座型の動きを止めるというものになる。動きを止めれば、あとは舞にでも複座型のハッチをこじ開けてもらい、直接速水を救出
してもらえばいい。
しかし――
メインモニターに映る複座型は、再び身構えている。全身から漂う殺気が伝わって来る。
向こうも次でこちらの息の根を止めるに違いない……おそらくは、士翼の背中に取りつけられているコクピット部を叩き潰しに来るだろう。
青の守護がどれくらい保つかは分からない。が、返り討ちに会ったら見放されるかもしれない。
(どうせ一度死んでるんだ……やってやらぁ!)
低姿勢のまま、士翼が走った。
そのまま下半身に飛びつくと思いきや、突然上体が起き上がり、足を止めて再びジャブを打って来る。
戦術の変化には、複座型も対応した。繰り出されるパンチを最小限の動きで避けて、同じように拳を繰り出す。
複座型のストレートを避ける。直後、士翼の片手が、伸び切ったその腕に手をかけた。
次の瞬間、複座型の片手は士翼の手に捕らえられていた。
――かかったな。
もし顔があったのならば、複座型の奥にいる〈それ〉は笑ったことだろう。
直後、士翼のその手はさらに複座型の空いている手に捕まった。
複座型の腕と、そして体とがそれぞれまったく違う円運動をした。その動きは士翼の手の関節を極め、士翼の全身の動きをも止めるものだった。
捻りあげられた士翼の腕が振り下ろされた。全身の動きを封じられた士翼の体は、背中から地面に叩きつけられて――
その時、士翼の両脚が跳ね上がり、複座型の胴回りに絡みついた。空いている片手が複座型の腕を掴まえ、手前に引き寄せる。
突然かかった荷重に耐え切れず、複座型はバランスを崩して士翼の上に倒れ込んだ。士翼の腕、は複座型の背後に回る。
――舞も、5121の仲間も、熊本全土でこの戦いを見守っていたギャラリーも、さすがにその光景に言葉を失った。
地面に横たわる士翼にのしかかる複座型。しかも下になっている士翼は、上になっている複座型の体に手足でしっかりとしがみついて――というよりかなり必
死に抱きついている。
(これは……まるで士魂同士の……)
が、その呆然とした状態は、滝川の次の叫びで打ち破られた。
「しばむらぁ! やれぇっ!」
返事もしないで、カトラスを持って舞はテレポートをかけた。
目標は、上を向いている複座型の背中。現在複座型は動けない。閉じたハッチをこじ開けるのに、こんな理想的な状態はない!
「てりゃあああっ!」
複座型の背中に降り立った舞は、歪んでいるハッチに向けてカトラスを振り下ろした。