自分の腕と脚の中で、複座型のもがいている感触が滝川に伝わった。
(今度は絶対離さない!)
士翼の脚に力を込めた。
――人型戦車は、普通の人のシルエットに比べると、ウエストの部分が極端に細い。人間と違って消化器官などの内臓がないからだ。すなわち、このくびれて
いる部分を極められると、脱出は極めて困難――
金属がぶつかり合う鈍い音が聞こえて来る。
(頼むぜ、芝村……! お前の男を助け出せ!)
この状況は、完全に〈それ〉の予想を超えていた。
絢爛舞踏の戦闘能力と経験は桁外れだ。パンチやキックなどの基本的な格闘。組みついての投げ技や極め技。白兵武器を用いての戦術。銃火器を使った戦い
方。熊本での戦争に必要とされる戦闘技術はどれも高い水準に達している。
幻獣との戦闘では、格闘戦となることは極めて珍しい。それでも万が一に備えて、「はやみあつし」はそちらの方面の技術もある程度は磨いて来た。投げ技や
極め技の類いは、古武道に通じている「みぶやみお」から教えてもらったものでもある。
しかし――戦闘能力の権化、絢爛舞踏「はやみあつし」にも、穴があった。
寝技だ。
幻獣との戦闘で一番必要とされないだあろうこの分野は、絢爛舞踏も修練をおろそかにしていた。
しかも、「たきがわようへい」が下から仕掛けているこれは、「寝技」とさえ言えない。ただ下からしがみついているだけだ。
しかし、こちらの自由を奪い、「はやみあつし」を引きずり出すにはこの状態で十二分だ。実際、こちらの背中には「しばむらまい」が降り立って、カトラス
を振るっている。刃がハッチに突き立てられた時の衝撃が、直接感じられる。
――離れろ! 離れろ!
複座型は、自由になっている手で拳を作り、士翼の脚を何度も殴りつけた。なまじ密着しているものだから、胴体に打撃を与えることができない。
〈それ〉は、全身を暴れさせて、士翼の手足を振りほどこうともがいた。
複座型の動きに、舞は危うく転落しかけた。
が、乗降用のランナーにつかまって、バランスを取る。
歪んでいるとはいえ、四角いハッチの三辺には隙間が見える。残りの一辺は蝶番状の仕組みになっているから、その一辺を切り取ってしまえば開くはずだ。
内側から、ハッチが叩かれる。耳を澄ますまでもない。名前を呼ぶ声がよく聞こえる。
「舞! 舞!」
(待ってろ、速水。今そこから助け出す!)
再び舞はカトラスを振り上げて、蝶番になっている辺に向けてカトラスを突き立てた。反動で、手首に強烈な痺れが走る。同時に切っ先の奥で何かの仕掛けが
壊れる感触。
(開いた!)
しかし、ハッチの板は歪んだフレームにひっかかったままだ。
舞はハッチに向けて怒鳴った。
「下がってろ、速水! 今カトラスを隙間にねじ込む!」
舞は、カトラスの切っ先をハッチの隙間にあてがうと、刀身をその中に滑り込ませた。そして、柄に全身の力を込めた。
歯を食いしばる。自分の全ての体重をかける。もっと太っておけば良かったと、本気で後悔した。
ハッチの内側から、何度も何度も叩く音。まるで、卵から鳥のヒナが孵ろうとしているようだ。
みしっ、という音がして、隙間が広がった。
名を呼ぶ声が、大きくなって伝わった。
「舞……! 舞!」
「速水……! 今……今そこから……!」
内側から、かなり強い打撃がハッチに叩きつけられた。隙間がさらに広がった。
(いけるぞ……もう少しだ)
「せぇのっ!」
舞のかけ声に合わせて、内側からもう一撃。同時に舞もカトラスに力を込める。
それを繰り返す。隙間が広がる。隙間から光がさしこんで、ハッチの向こうを微かに照らす。板一枚隔てて、速水厚志の目が見える。
「せぇのっ!」
打撃と力。隙間はもっと大きくなり、ハッチ全体がめくれ上がって来た。
「せぇのっ!」
ハッチがさらにめくれて行く。隙間は「空間」と言っていいほどにまでなる。
見えて来る。速水の顔。腕。その姿。
今日、どれほどその姿に焦がれたことだろう。どんなに、もう一度見たいと思ったことだろう。
会いたい。触れたい。抱きしめたい。
(速水……そなたは……そなたは……!)
舞は叫んだ。
「速水厚志! お前は未来永劫わたしのものだ!」
もう一度力をこめると、ハッチが大きくめくれ上がり、その間から人影が飛び出した。
その人影は大きく腕を広げて、舞を抱きしめた。
自分をつかまえる腕は、きつくて痛い。けれど、まだまだ足りない。もっと強く抱きしめなければ、全然許せない。
「舞!」
耳元で、自分を呼ぶ声がした。
この声。この匂い。この温もり。この腕。
ずっと欲しかった。ずっとずっと!
舞は、速水厚志の耳に向かって怒鳴りつけた。
「この大馬鹿者おぉっ!」
その台詞は滝川にもよく聞こえた。
天守台で待機している5121本隊にも聞こえた。今町公園で戦いを見守っている茜と狩谷、ののみにも。
そして、熊本全土でこの戦いを見続けていた学兵たちにもよく聞こえた。
「やったああああっ!」
熊本が、沸いた。