19.Hell vs Heaven


 〈それ〉の中で、様々な情報が交錯し、処理しきれずに混乱している。
 士翼の――死んだはずの「たきがわようへい」の復活。こちらの動きの封じこめに伴う「はやみあつし」の救出。
 予想外のことが、あまりに立て続けに起きていた。
 しかし、把握した現状への対応は、基本的には変わってはいない。
 絢爛舞踏を抹殺する。それだけは何としてでも行わなければならない。
 絢爛舞踏がどれほどの戦闘能力を持っていようとも、所詮は生身。絢爛舞踏自身の能力をコピーした人型戦車にかなうはずがなかった。
 そのためには、まず「たきがわようへい」が仕掛けている、このふざけた拘束から逃れなくてはならない。
 一際強い力で、〈それ〉は士翼の脚を殴りつけた。
 〈それ〉の中で起きた――そして今も続いている――情報処理の混乱を、もし人間の感情に置き換えることが許されるならば。
 それは「狼狽」と言い表すことができただろう。

 今度の複座型の打撃は、さすがにかなり強烈だった。
 コクピットで滝川は悲鳴を上げ、思わず脚の力が緩む。
 複座型が身じろぎすると、抱き合ったままの舞と速水はその背中から転げ落ちた。
「うわわっ!」
 とっさに速水が下になった。
 落ちた時、速水は舞と地面に挟まれて悲鳴を上げた。
「! 大丈夫か、速水!」
「……大丈夫……。逃げるよ、舞!」
 舞は頷いた。
 二人は立ち上がったが、立ち上がった瞬間、舞は膝をついた。
「舞……大丈夫!?」
 大丈夫なはずがなかった。
 度重なるテレポートの連発と、最後の最後にやった力仕事、そして速水を救い出したことで、心身に張り詰めていたものが一気に解けてしまった。
 舞は立ち上がろうとした。が、足に力が入らない。足だけでなく、全身から力が抜けて行く。
 口元を微かに歪めた。
(どうやら……ここまでのようだな)
――もう二度と速水と離れたくなかったのだが。
 速水が、こちらを心配そうにのぞきこむ。数秒間、その顔を舞は見つめた。速水の顔をしっかりと眼と心に焼きつけた。
 そして――結晶体を出せ――テレポートセルを渡す――ここからなるべく遠くに跳べ――
 という事を舞が言う前に、速水は彼女の体を肩に担ぎ上げていた。
「何をする、無礼者!」
「……逃げるよ、一緒に!」
 そう言って、速水は走り出した。
 天守台。5121の本隊の居場所。二人が帰る所。
 速水の肩には、腰を折った舞が引っかけられた形になっている。
「わたしのことなど置いて行け! それだけで速さは……!」
 速水は何も言わずに、、自分の顔の横にある舞のお尻を引っぱたいた。
 ぱしん、と音がして、舞が悲鳴を上げた。
「この無礼者め……!」
「帰ったら何でも言うこと聞いてやるよ、ご主人様!」
(絢爛舞踏のダッシュ、見せてやる!)

 複座型からの脚への打撃は執拗に続いた。
 士翼の防御能力はただでさえ低い。脚の駆動系はいかれてしまい、複座型の拘束が緩んで行く。
 脚を外すと、複座型は次に士翼の腕を数発立て続けに殴り、いましめを振りほどいた。
 身を起こした複座型は、最後に士翼の胸に正拳を一発叩き込むと、舞と速水の後を――追わずに別な方向に走り出した。
 ダメージに顔を歪めながら、滝川は複座型の駆けて行く方向を目で追う。
 そこは、複座型がこの本丸に入って来た場所だった。手つかずのジャイアントアサルトと――NEP!
(させるか――!)
 士翼が立ち上がろうとする。が、手足にダメージが集中しているのでうまく体を支えられず、立ち上がるのに時間がかかる。
 その間に複座型は、自分が武器を置いた場所にたどり着き、NEPを手に取った。
――止めなきゃ。
 が、走れない。士翼を包む青い光が、ダメージを癒そうと輝きを強くする。全然追いつかない。
 天守台から号令。レーザーライフルの光条が複座型に伸びる。忌々しいことに、複座型は軽く身を反らしただけで、その攻撃をことごとく避ける。避けなが ら、バカでかい巨大な銃を肩に担ぎ上げた。
 士翼が走った。しかし、NEPの砲口は、既に狙いを定めている。目標は、走っていく舞と速水。そしてその後ろの天守台――5121の仲間たち。直接飛び ついて、NEPをひったくるなどできそうになかった。
 その時、滝川の両手が一際熱くなった。
(放て)
(あの光を止めろ)
(あの光は虚無への光)
(希望も未来も失わせる暗黒への道標)
(撃て。虚無を滅ぼせ)
「分かってる――みんな、オレに力を貸してくれ!」
 滝川は、青い光に向かって怒鳴った。光がさらに強く輝き、士翼は青の化身となった。
 士翼が足を止めた。NEPを担いだ複座型と、舞を担いで走っていく速水の間に立つ。
 NEPには光が集まり始めていた。
 士翼も光る両拳を向けた。

――消えろ!
 〈それ〉は思った。
――やらせねえっ!
 滝川は念じた。

 次の瞬間、二つの光が熊本城跡で爆発した。
  


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