22.友よ


 彼はうつむき、震えていた。
 昨日、自分の持っているパソコンを通じてネットワークに侵入し、5121のパソコンに仕掛けたあの「寄生虫」……もうすぐだったのに。もうすこしでみん なを不幸にできたのに!
(嘘だ、認めない)
 運命と絶望をはねのけて、幸福に向けて歩み出す世界だって? 希望? 未来? 幸せな明日?
(信じない! そんなものはまやかしだ! 絢爛舞踏、お前でさえも一度は希望を投げ出しただろう!
 そうさ、そうだとも。絶望をはねのけて、希望を勝ち取ったつもりだろうが、いずれそれもまた絶望に変わる! 変わらなきゃいけない!)
 ――見てるがいい、絢爛舞踏……お前の掴んだ希望というのがどれほどあやふやなのか……今こそ思い知らせてやる! 
 激戦の跡が生々しい尚敬学園のグラウンドから、彼は彼方の熊本城を見つめた。
 彼の中で、何かが蠢いた。悪意、嫉妬、憎悪――抑えつけていた負のものが増幅され、形となって、彼自身の姿を変えて行く。
 変容を遂げた彼は、彼を蔑み、嘲り続けているであろう世界に向けて、咆哮を上げた。

 血の臭いが漂っている5121ハンガー跡で、片づけ作業の準備をしていたののみは、グラウンドの中に生 まれた「もの」の姿を見て、悲鳴を上げた。
 一緒に作業をやっていた茜は、両断された指揮車両の中で辛うじて生きていた通信機のスイッチを入れ、怒鳴った。
「こちら尚敬学園、茜大介! 今度は狩谷が化け物になった!」
 そして、ののみの小さな体を小脇に抱え、尚敬学園を離れると、一目散に走り出した。
 なるべく遠くに。安全な場所――今はあいつらのいる、熊本城跡!

 茜からの通報が通信機から飛び出した時、速水と舞は顔を見合わせた。
(ついに……この時が来た)
 二人は頷いた。
 速水は、傷だらけの士翼を見た。
 しゃがんでいる士翼の全身には、今また「青」が集まっている。あちこちのダメージが、みるみる修復されて行く。速水は士翼に向かって駆け出し、猿のよう にその背中をよじ登って、コクピットの中にもぐりこんだ。
 一方、舞は滝川の肩を掴み、自分の方に振り向かせた。
「滝川、士翼を運搬して来たトレーラーは!?」
「城の東側の方に停めてあるぜ」
 差し出しされた鍵をひったくると、舞は姿を消した。
 重々しい足音がした。
 滝川が振り返ると、士翼が立ち上がり、歩き出している。
(始まったんだな……お前たちの戦いが)
 士翼は、石垣の際に立ち、尚敬学園の方を見下ろした。
 雄叫びは熊本城跡までも轟いて来る。間違いなく誘っているのだ。
 速水の乗った士翼の頭部が、滝川を見下ろした。
「狩谷の根性、叩き直して来るよ」
 士翼の右手が、拳に親指を立てる。
「よく分かんねーけど――やっちまえ、速水」
 滝川もニヤリと笑い、親指を立てた。
 輝く「青」をまとった士翼は、石垣から飛び降りた。そして、まっすぐに尚敬学園に向かって突っ走って行く。途中で、町中を爆走する大型トレーラーに合流 した。
 士翼とトレーラーは、ひねくれてしまった仲間の根性を叩き直すべく、道を急ぐ。
 滝川は、頭につけていたゴーグルとバンダナを外し、大きく振り回した。そして、速水と舞の名前を呼びながら、遠去かるふたりをいつまでも見送り続けた。  

(了)


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