おくりもの おくれもの
あざやかで深い、クリアブルーのラッピング。あしらわれた水色のリボンに、箱の隅には「St.Valentine」のシール。
演出された高級感はかえってチープさが漂い、中流家庭の薄汚れたテーブルクロスの上に置かれたことともあいまって、場違いなこと甚だしい。
言うまでもなく、ラッピングの中身はチョコレート。バレンタイン用ということもあって、包装だけじゃなくチョコ本体にもそれなりに手が込んでいるのだろ
う。
そして、そんなチョコ、正確にはチョコの入った青くこぎれいなパッケージを目の前にして、私は少しばかり途方に暮れていた。
(これどうしよう……)
食べ物なんだから素直に食べればいい、という気は確かにするんだけれども……
その時、玄関から声がした。
「ただいま」
「お帰り、兄貴」
「お帰り、美奈」
「ただいま」
足音が近付いて、ダイニングに入ってくる。
「……なんだそりゃ?」
ダイニングに入ってきた圭介兄貴の第一声は、それだった。
「バレンタインチョコ」
「何だ、今更もらったのか?」
「いや?」
「んじゃあ誰かに贈りそこなったか」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ何だよ」
「自分で買ってきた」
「何やってんだお前は」
兄貴がテーブル向かい側の椅子に座った。
「いいじゃん別に。半額だったし」
「せこっ」
「定価でなんて買えないよ、こんなの」
「定価っていくらだ?」
私は無言で、コンビニのレシートを取り出した。
定価800円(消費税抜き)。半額にて400円。税込み420円。
兄貴は言葉を失った。
「……怖いぞ、バレンタイン」
私もそう思った。
まんま同じ感想を持つのは、やっぱり兄妹だってことなんだろう。
「……で、そのチョコどうするんだ?」
「……分かんない」
「食い物だったら手っ取り早く食っちまえ」
「バレンタインチョコ自分で買って食べるのって、何かむなしい」
「んじゃ、おれがもらっとく」
手を伸ばす兄貴。私は慌てて青い包装を取り上げた。
「イヤだよ。仮にもバレンタインチョコ、兄貴なんかに渡すなんて」
「兄貴なんかで悪かったな。この手のイベントって、お前も嫌いじゃなかったっけ?」
「嫌いだけど気にはなるの」
「めんどくさいな」
そう言いながらも、兄貴は手を引っ込める。
私もまたテーブルに青い包装を戻し、
「うーん……」
再び途方に暮れた。
学校帰りに入ったコンビニエンスストアで、それは目を引いた。
レジの前に並べられた、場違いでチープな高級感。
すぐそばに置かれた手書きのポップには「半額」と書かれ、その上レジ前を通り過ぎる買い物客からは目も向けられない。
当然といえば当然。2月14日はもう過ぎて、今はスーパーやデパートでは「3/14WhiteDay」なんて特設売り場が作られている。
バレンタインなんてお菓子屋さんの陰謀、だなんて声高に叫ぶほど私は子供じゃない。けれども、取り残されたチョコレートの数々は、パッケージの漂わす高
級
感の分、情けなさを感じさせた。
(屋敷追い出された没落貴族とかって、こんな感じなのかな……)
そういえば、こないだまでこのレジ前も、赤地にチョコレート色の文字で「St.Valentine」の横断幕とかが貼られていた。
もちろん今はそんなものはない。それだけに、並んでいるこぎれいなパッケージはいかにも浮いて見えて、逆に安っぽさを際立たせてさえいた。
……とは言うものの。
バレンタインチョコと言えば「赤」とか「チョコレート色」のパッケージというイメージがあったので、清涼感のある青い包装というのは、私の目を引いた。
この手のイベントはあまり好きじゃなかったけれど、「半額だったらまあいいか」、ということで、私はその中のひとつを手に取って、レジに差し出したの
だ。
……支払いの段になって、ちゃんと値段を確かめておけばよかったと後悔はしたけど。
まあお財布には400円程度のお菓子なら買える余裕があったけれども、
「どうもありがとうございました」
そう言いながら店員さんは、ひとつ100円ちょっとのスナック菓子なんかと同じように、バレンタインの売れ残りを無造作にポリ袋に突っ込んだ。
そして現在に至る。
バレンタインチョコを自分で買って食べるのは空しすぎる。
だからといって今更誰かにあげるのも違うだろう。変に意識されるのもイヤだし、「買ったけどいらないからあげる」なんていくらなんでも失礼だ。
つまんないことを気にしすぎてる。その自覚はある。けど、ここで折れるのも何かくやしい……
青い包装を目の前にして腕組みしてると、
「美奈」
兄貴が声をかけてきた。
「何よ、兄貴」
「お前バカだろ」
「るっさい」
今決めたことがある。仮に誰かに渡すことに決めても、絶対に兄貴には渡さない。
「……まあ、確かにある意味、食い物じゃないよな、こいつは」
兄貴が指で青い包装をつついた。
「何言ってんの、兄貴?」
「食い物じゃなくて、贈り物。誰かから誰かに手渡されるものだ、ってこと」
「バレンタインチョコなんだから当たり前でしょ」
「でも、バレンタインは終わった」
包装を手に取る兄貴。
蛍光灯の光をキラキラと反射させる包装を、目の前でまじまじと見る。
「贈り物ってのは、あれだな。ただのモノのやりとりじゃなくて、目に見える形で気持ちを相手に伝えるってことだよな」
「……何いきなり恥ずかしいこと言い出すのよ」
「恥ずかしくなるような気持ちだけじゃないだろ、込められるのは」
「St.Valentine」のシールやリボンの蝶々がある上面、成分表が細かく書いてある裏面を、横にしたりひっくり返したり。
「義理にしたって、『とりあえず渡しとく』ってのから『エサやらないとうるせーからなー』とか『本当はイヤだけどイベントだからあげる』ってのとか……」
「兄貴、その考え方ヤバい」
「ないとは言い切れないだろ。バレンタインのチョコ流通なんて、惰性でやってるダラダラした恒例行事なだけだろうし」
こういう所も血は争えない。兄貴もバレンタインという行事は好きじゃないみたい。
……兄貴の場合、もらった事がない男の僻みかも知れないけど。
「今、何か失礼なこと考えなかったか?」
「いいえ、こういう行事が好きじゃないのはやっぱり兄妹なんですね、と」
見透かされるのもつながっている血筋のなせる技だろうか。おそらく向こうも、「贈る相手がいなくてひがんでるんだろ」なんて思ってるんだろうけど。
「兄貴は今回、チョコなんてもらえた?」
「ウチの高校は男子校だ。怖いこと訊くな」
あー、そうだっけ……。
「……ま、バレンタインが終わったんじゃ、よこされても気持ちなんざ伝わらんよな、どういったものであれ」
兄貴は青い包装をテーブルに戻した。
「食えるけれども食い物じゃない。贈り物だったけれども、もうその役目は果たせない。ただこぎれいに包まれただけの、ちょっと高いお菓子でしかないよ。こ
れはもう」
……この青い包装は、バレンタインに間に合わなかった。
(だから売れ残ってるんだけれども……)
この商品が、あのコンビニにいくつ仕入れられたのかは分からない。
もし、2月14日までに売れていたら、どんな形で贈られていたんだろう。
結局は義理か、それとも本命で贈られていたか。
兄貴の言う通り、贈り物ってのは、物のやりとりだけじゃなくて、何らかの気持ちも込められるものだ、と思う。
チープとはいえ、それなりの高級感を持っている包装は、義理にしろ本命にしろ、何かの気持ちを伝えるにはそれなりの見てくれを備えてる、という気はす
る。
けど、結局この子は間に合わなかった。2月14日には遅れてしまったのだ。
空っぽの器。この青い包装のチョコレートには、もはや求められていたような出番はない。
誰が求めていたのか、というと、それは説明できないけれども……。
「とりあえず、せっかく買ってきたんだ。食おうぜ」
「誰が食べるの?」
「ここでオレらで食べるの。まあ……供養みたいなもんだな」
たかだかお菓子食べるのに供養だなんて……
「……そうしよっか」
私は青い包装を手に取った。
ラッピングを止めているセロテープや、成分表示のシールを可能な限り丁寧に剥がす。
そうしたら、シールの下から結ばれてないリボンの両端が現れて、少しがっかりした。
包装を取ると、中から出てきたのは焦げ茶色の紙の小箱。いかにも「チョコが入っています」という風情。
蓋を開ける。
仕切られている黒いプラスチックの入れ物の中、形の違う6つの小さなチョコレートが収まっていた。
私と兄貴はその中からひとつずつ取り出すと、
「いただきます」
「いただきます」
と言ってから、口の中に入れた。
しばし無言。
私の選んだものの中にはアーモンドが入ってた。噛んでる内に、かりっ、かりっという歯ごたえが出てきた。
苦くて、甘い。口の中に広がる香りも、何か上品っぽい。
今まで食べてきたチョコレートのどれよりも、美味しいと思う。
「兄貴」
「何だよ妹」
「やっぱりこれ、美味しいね」
「そうだな」
ごくん、と飲み込んでから、二つ目に手を出そうとしたら、兄貴が「待った」と声をかけてきた。
「? 兄貴が先選ぶ?」
「いや、紅茶淹れる。それまで待ってろ」
兄貴は立ち上がると、電気ポットにスイッチを入れ、お茶の準備を始めた。
紅茶と一緒なら、もっとおいしく食べられそうだ。
(了)
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