オレ、 穂羽ミツル(ほわ みつる)が、クラスメイトの 麻咲順(まさき じゅん)について知る事は、人並み程度のレベルでしかないだろう。
 すなわち、ほとんどないも同然。
 こいつの名前を最初に知ったのは、春休みの出校日に、新しいクラスの発表があった時。顔を見たのは始業式の日の事だ。
 名前を見かけた時、何て読むのか分からずに心にひっかかり、どういうヤツかと気になった。実際どういうヤツだったかと言えば、おとなしくて無口で、いつ も下を向いて、あんまり笑ったりしない、お世辞にも元気があるとは言えないような男だった。
 ただ、顔のつくりは結構可愛く、言ってしまえばどこか女っぽいところがあった。これで普通に笑ったり喋ったりしてれば、それだけで女にはモテるんじゃな いか──なんて、
何度か思ったことがある。
 けれども、教室じゃ誰かと喋ったりつるんだりしてるのを見た事がなかった。いつもひとりで、そんな姿を見る度に、「何とかならんかなぁ」とは感じてはい た。
 思ってただけ、感じてただけで、結局何もしなかった。
 それに、思ったり感じたりしたって、数分後には忘れてしまう。
 ――第一、ヤローがヤローの事を気にかけるなんて気持ち悪い話だ。まして、そのヤローが結構可愛い見目形をしてる、というならどこか冗談には聞こえなく なる。

 何にせよ、学年が改まって二ヶ月くらいになるけれど、麻咲順というクラスメイトの男子は、オレにとって未だによく分からない人間だった。
 ……少なくとも、今日の午後まではそうだった。


 1.ミツルのターン

 散々迷った末に、クラスメイトの麻咲順に電話をかけることにした。
 クラス内連絡網という事で番号は一応メモリーしてあるけど、今まで一度もかけた事がない。
 休日の街中。上にMとAがつくハンバーガー屋の前の歩道。名前の知らない並木に寄りかかって、ケータイを耳に押しつけた。ただし、体はハンバーガー屋か ら隠れるような位置を取る。
 緊張していた。初めて電話をかける相手だから、というだけじゃない。
 耳は、受話口から聞こえる音に集中する。同時に、眼を並木を挟んだ背後のハンバーガー屋の中に。振り向いているわけじゃなくて、不法駐輪してある自転車 の、バックミラーの反射を通して。
 バックミラーの中には、ガラスの壁際の席で本を読んでいる女の子の姿があった。首の下辺りまで伸ばした髪、ちょっと肩がふくらんでいる白いブラウスを着 て、ミニってほどでもない短めの空色のスカート、白のニーソックス、黒いローファーシューズを履いている。冷色系の服装と白い肌とが、清潔な感じを与えて いる。
 その女の子が、テーブルの上に手を伸ばした。彼女の方にも電話がかかって来たらしい。ポーチから、真っ赤なケータイを取り出し、液晶を見て一瞬動きを止 めた。
 彼女の手にあるケータイは、見覚えのあるものだ。クラスメイトの麻咲順が持っているのと同じタイプ。
 鏡の中の彼女が、ケータイをスライドさせて耳に当てた。口元が動いたような気がする。ほぼ同時に、こっちの送話口でもコール音が切れ、〈もしもし?〉と いう声が聞こえて来た。
 重要な点がひとつある。麻咲順は、男だ。
「あ、麻咲か? 突然ワリぃな」
「穂羽くん? どうしたの?」
 送話口からは、確かにクラスメイトの麻咲順の声が聞こえてくる。不思議そうな声。そりゃそうだ。オレとは学校でもほとんど口きいたことがないから。
「いや、さっき、通りすがりにすげェそっくりなヤツ見かけたもんでな。本人は今どこにいるのかって、ちょっと気になって」
〈……何、それ?〉
 麻咲の声は、高い。キンキンするとか言うほどではないけれど、声だけ聞いてヤローの声だと一発で判断するのは難しい。そう言えば、合唱の時とかは、ソプ ラノとかアルトとか、高音ばっかりやらされたってのを誰かから聞いた事があったっけ。
「お前、いま家か?」
〈……そうだけど?〉
「そっか……やっぱり別人だったんだ。安心したよ」
〈安心するような事なの?〉
「そりゃあな。だって、お前そっくりな子って、すげえ可愛い女の子だったんだもん」
〈……へぇ〉
 そう答えるまでに、確かに間があった。答えも、声が少し震えてるような気がする。
〈どんな格好してたの? その、僕のそっくりさんって〉
「えーと、確か……」
 鏡に映る彼女の姿を見つめて、オレは言葉を選んだ。現在彼女は、椅子に寄りかからず、背筋を伸ばした姿勢で固まっている。
「真っ黒なブラウスで、髪はショート……つーか、お前と同じくらい」
〈(ふぅ)……それで?〉
 電話口の向こうの麻咲は、息を吐きながら答えた。まるで、安心したような。
 同時に、鏡の彼女も、緊張が解けたように椅子の背に寄りかかった。
「で、デニムの……えーと、短パンとスカートの間みたいな……」
〈キュロット?〉
「そう、それ。で……黒いハイソックスに、スニーカー。あ、ケータイは白かったっけ」
〈……よく覚えてるね〉
 少し呆れたような口調。鏡の中の彼女も、少し身を乗り出して、テーブルの上に肘をついた。
〈穂羽くんって、ストーカーの素質あったりして〉
 くすくす、と麻咲は笑う。鏡に映る彼女の肩も、少し震えた。
「とにかくびっくりしたからな。そりゃ印象に残るよ」
〈で……そのそっくりさんがどうかしたの?〉
「いや……ひょっとして、実は双子なんていねーかなー、なんて」
〈そんなのいないよ。僕にはお姉ちゃんがいるだけだよ〉
「姉さんって、お前に似てる?」
〈全然。背は僕よりも高いし、僕なんかよりよっぽど男らしいかも〉
「へぇ、そうなんだ」
〈その……用は、それだけ?〉
 多分、ここで電話を切ってしまえば、それで終わることができる。
 そうして気づかなかった振りをして、なかった事にしてしまえば済む話には違いない。
 その時、「彼女」の後ろを、大学生くらいのアタマの悪そうなカップルが通り過ぎた。何が楽しいのか、女の方が体を折って大笑いしている。
 同時に、麻咲の後ろでアタマの悪そうな女のバカ笑いが響いた。
(誰が家にいるって?)
「なあ、麻咲。お前今、大丈夫か?」
〈……え?〉
「だから、何か弱み握られてるとか、すげえタチのわるいいじめにあってるとか……」
〈あの……いきなり何言ってるの?〉
 オレは、鏡とガラス越しに、彼女をにらみつけた。
「どう考えたって普通じゃねえよ。いくらお前の見目がカワイイったって、ホントに女の子の格好して街出歩くなんてよ」
 受話口の向こう、息を飲む気配。鏡の中の彼女も、気配が変わる。
「できるだけ力になる。お前、何があった?」
〈変な事言わないでよ……じゃ、切るね?〉
「お前が家にいるなんて嘘っぱちだ!」
 オレは電話に向けて強い口調で言った。怒鳴らなかったのは、まだ冷静さが残ってたからだと思う。
「オレが街で見たのはな、髪が肩くらいまで伸びてて、袖の短い白いブラウス着てて、水色のスカートに白のニーソックスに、黒のローファー履いてるヤツだ よ。ついでに今、そいつは真っ赤なケータイで、誰かと話している最中だ」
〈……穂羽くんこそ、今どこにいるの?〉
「図書館の近くの、ハンバーガー屋の前。外見てみろ」
 並木の陰から、ハンバーガー屋の方に向かって姿を見せた。
 ガラスの向こうの「彼女」──麻咲順と、目が合った。
「いまから行く。そこ動くなよ」
 そう言ってから、オレは電話を切った。

 麻咲の前に行くまでの間、今日という日が始まってから今に至るまでの事を振り返ってみた。。
 姉貴がクソ分厚い本をオレに預け、「これ図書館に返してきて」と勝手な事をぬかしやがったのが今朝の事。「自分で行けよ」と言い返したら、レポートが立 てこんでて今日一日はトイレ以外は自室にこもってなきゃいけないらしい。
 呆れながらも、預かった本を図書館に来て返したのが一時間ほど前の事。その後は街の中をダラダラと、ゲーセンやゲーム屋、マンガが立ち読みできる本屋を 目印に歩き回り、いいかげん疲れて来たのが三十分ほど前の事だ。
 財布の中の小遣いは貴重だったが、缶じゃないコーヒー分ぐらいのおカネなら十分にあった。適当なファーストフードや喫茶店の類を探しているうちに、結局 図書館の近くまで戻って来てしまい、「そういや近くにハンバーガー屋があったな」と思い出したのが二十分前。
 で、その店の前を通りかかった時、壁際の席に「彼女」がいた。
 大きな眼、あまり肉のついてない頬。冷色系の服が涼しそうで、白いテーブルと調和していた。その調和の中、手からテーブルの上に置いたワインレッドの携 帯がアクセントになっている。
 まるで、一枚の絵かイラストのようだった。
 眼にした瞬間にホントに息が止まり、一〇〇分の一秒後に妙な違和感が浮かび上がり、その違和感は三〇秒かけて「麻咲順」と結びついた。
 それから、電話をかけるまでの数分間はとても長く、電話で口をきいてる間はもっと長かった。
 けど、本当に長い時間はこれからだろう、とは分かっているつもりだった。

 「腹にモノつっこんでおくと、精神的に余裕ができる」と、何かで言っていたと思う。
 一番安いセットを頼み、トレイに載せて、オレは麻咲の向かいの席に座った。
 麻咲は、オレと眼を合わせようとはしなかった。硬い表情のまま、顔をうつむかせ、ヒザに両手を置いて、じっとしている。
 向こうから何かを話す気配はなかった。必然、オレから何か話しかけるしかないが、こっちも口を開いたら、
「あー……」
 なんて、間の抜けた声しか出てこなかった。
 何話していいのか分からなきゃ、誰だってそうなる。
(つーか、オレこんな所で何やってんだ?)
 自問した。今目の前でガチガチになってるコイツに気づきさえしなきゃ……
 と、そこまで思ったところで、オレはまたトレイを持って立ちあがった。
「場所移ろうぜ」
「……え?」
 顔を上げ、掠れた声を出す麻咲。「蚊の泣くような声」というのを生まれて初めて聞いたと思った。
「ここだと、また外から誰かに見られるかも知れないだろ? 奥行こうぜ」
「ああ……うん」
 頷き、ポーチを肩にひっかけて、麻咲も立ちあがった。片手に、自分のコーヒーカップを取り上げる。
 「ほい」と、トレイを差し出した。
「え?」
「コーヒー。のっけろ」
「あ……どうも」
 また麻咲は頷き、コーヒーカップをオレのトレイの上に置いた。
 人や席の間をぬって、オレたちは奥まった所にあるボックス席に向かった。
 向かっている間、何から話したものか考えたけれども、やっぱり何もまとまらなかった。
 席についても、結局状況は何も変わらなかった。麻咲はガチガチに固まったままだし、オレも口から「あー……」としか言えなかった。
 それでも、必死にアタマを回転させ──あるポイントに行きついた。
 オレは何をしたいのか? 何をしたくないのか?
 麻咲は何をしたいのか? 何をしたくないのか?
 麻咲のしたい事したくない事なら、本人に訊くしかない。けど、オレのしたい事したくない事なら、よく分かってる。
「まず、約束する。今のお前の事は、絶対にここだけの話にして、墓の下まで持っていく」
 下を向いていた顔の眼だけが、ちらりとオレの方を見た。
「キモイとかなんて絶対に言わないし、誰かに言いふらしたりもしない。もちろん、それネタにして強請りやタカりなんて真似もしない」
 これが、オレのやりたくない事。次に、オレのやりたい事。
「オレは、お前の力になりたい」
「……力?」
 ようやく、「ああ」とか「うん」とか以外の言葉が返ってきた。オレは頷いた。
「ンなカッコで街歩くなんて、罰ゲームにしてもやり過ぎだ。誰かに変な弱み握られてるってのなら、何とかしてみる」
「どうやって?」
「遠い親戚に警察のお偉いさんがいるって、前にまたいとこから聞いたことがある」
「意外とすごい人脈持ってるんだね」
「オレじゃなくて親戚がすごいんだよ……とにかく、ホントにヤバい事なら逆に何とかできるかも知れない。オレが死ぬ気で頼み込んでみる」
 オレは、テーブルに身を乗り出した。
「だから教えてくれ──お前、なんか変な事とか、ヤバい事になってないか?」


 2.順のターン

「穂羽くん……その……ひょっとしてさ……」
 麻咲の眼だけが、またこちらを向く。
「ひょっとして……僕の事、心配してくれてるの?」
「当たり前だ」
「どうして?」
 一瞬言葉に詰まる。「クラスメイトだから」「友達だから」だなんて、オレは絶対思っちゃいない。
 だから、正直に答えるしかない。
「……気になったからだ」
「どうして?」
「さっきも言っただろ。そんなカッコで出歩くなんて、普通じゃないって」
「……悪かったね、普通じゃなくて」
 麻咲が頬杖をついて、そっぽを向く。
「どうせ普通じゃないよ」
「だから、何とかしたい。誰かにいじめられてるとか、弱み握られてるとか、何か変な事になっちまってるってんなら……」
 そっぽを向いた顔の、また眼だけがこちらに向いた。
「それ、穂羽くん」
「何?」
「弱み握ってるとか、変な事にしようとしてるのは、穂羽くんだよ」
 オレは顔をしかめた。何言ってるんだ、こいつは?
 すると、麻咲はテーブルの上に身を乗り出してきた。眼つきは少し険悪で、オレは思わず身を引いた。こいつのこんな顔、教室じゃ見たことがない。
「言っておくね? これ、好きでやってるの」
「……え?」
「根暗でウジウジしている麻咲順の趣味は、女装して街歩く事。分かった?」
 片眉と、口の片方が吊り上がり、嫌な笑いがその顔に浮かんでいた。やっぱり、教室では一度も見たことのない顔だ。
 オレはと言えば、頭が熱くなっていた。わけわかんない事に直面した時とかは、いつもこうなる。沸騰しかけてる脳ミソが、考える事を止めたがっているの だ。
 腹にモノを詰め込めば、精神的に余裕ができる――
 とりあえず、目前のハンバーガーの包みを開き、かぶりつき、数口で食い尽くす。最後は口の中に残ってる分を、ウーロン茶で無理やり喉に流し込んだ。
 こいつは、「好きでやっている」と言った。「趣味でやっている」とも。
 ソーカソーカ、マサキジュンノシュミハジョソーカ。スキデヤッテルンナラショーガネーナ。
 ――また頭が熱くなって来たので、今度はフライドポテトの袋を取り上げ、口の中に流し込み、十数回ほどモクモグしてから、残ったウーロン茶で口の中身を 喉の奥に流し込んだ。
 食ったモノが腹の中に入ってから、オレは息をついた。
「……ふーぅ」
「食べるの早いね」
「食わなきゃやってらんねぇ」
「ご愁傷様」
(誰のせいだ、誰の)
 口には出さなかったが、代わりに麻咲を睨みつけてやった。
 相変わらず、片眉と口の片方を吊り上げた嫌な笑い。細められている眼には、どう見たって親愛の類いのものが見当たらない。呆れと、そしてこちらを見下し てる眼だった。
 ……こういう眼は、十何年生きてきて何度も何度も向けられている。「早とちりと空回りの性分は、さっさと直せ」。そう言われるたびに、オレはこういう眼 で見られて、いたたまれなくなるのだ。
 それでも、セットひとつ平らげた分の心の余裕はある。その余裕で、できるだけ冷静に状況を整理した。
 教室じゃ暗い感じのする麻咲順は、女装が趣味。かなり特殊なものだろうけど、そういう趣味のある人間が世の中にいるらしい、という事はオレも知ってい る。で、そういう趣味の人間が、たまたま身近にいただけだ――「だけ」って言うには、まあ、その、何と言うか……レアケースって感じはするけど。
 もう一度、息をついた。今度は溜息。
「ま……変な事が何もないなら良かった」
「変な事は穂羽くんだってば」
「この程度で済んで良かったじゃないか。クラスの他のヤツに見つかったら、明日は大騒ぎになってたぞ」
「そっちの方が心配はないんじゃないかな? このカッコして、クラスの子と何度かすれ違ったことあるもの」
「……どうなった?」
「別に?」
 麻咲は答え、テーブルの上にポーチを置くと、中から色々取り出した。
 黒縁眼鏡、リボン、ヘアバンド、スカーフ、etc。
「何も起きなかったよ。呼び止められるような事もなかったし、学校で何か訊かれるようなこともなかったし。穂羽くんが思ってるより、平和なもんだよ」
 言いながら、麻咲は眼鏡から始めて、取り出したモノを身に付けていく。
 黒縁眼鏡は、それだけで顔の印象が大きく変わる。髪をひとふさまとめてリボンで結えば、髪型だって簡単に変わる。そこにヘアピンなんかが加われば自由自 在だ。ヘアバンドやら洗濯バサミの親戚(そう言ったら「バレッタって言うの」と注意された)をつければ、バリエーションはさらに増す。とどめにスカーフを 首に巻けば、首から上が数分前とは印象がまるで変わっている。
 なお、教室で見慣れているコイツとは、髪の長さが全然違うが、これは現在ヅラをかぶっているからだそうだ。何でもこの長さのものが、一番アレンジが利き 易いのだそうだ(「ウィッグって言って」と本人から厳重注意された)。
「よくそこまで化けるもんだな……」
 それはまさしく、「化ける」と言っていいものだ。こうして差し向かいで話しているのならともかく、ちょっと見かけたり擦れ違ったりの程度なら、ごまかせ そうな気はする。
「まあね。色々研究してるから」
 そう答える麻咲の口調には、自信が感じられた。口元にも笑い。片方を吊り上げたような、嫌なものじゃなかった。
 気付かれないのも当然、と、改めて思い知った。こんな、自信ありげな顔で笑う麻咲順など、クラスの誰も知らないだろう。
 ……そして、それは「誰かに無理にやらされている」わけじゃない事を示している。悪質なイジメとか、そういう変な事とはホントに縁がなさそうだった。
 また息をつく。
(それなら確かに、オレが一番変な事だよな)
 確かに、最初から何もなかった。
 ……女装がどうだ、とか、テーブルの上に出ているちょっと大きめのコンパクトミラーとかについては、この際考えるのを止めよう。
「……よく気付いたね」
 テーブルに並べた小道具を見下ろしながら、麻咲はポツリと呟いた。
「今まで誰にも気付かれなかったのに。確かに眼鏡は外してたけど、ウィッグだってつけてたのに」
 オレも首を傾げた。いざ訊かれると自分でも分からない。ピンと来た、としか言えないのだ。
「ケータイ……かなあ?」
「ケータイ?」
「ああ……教室でお前が使ってるの見た事あるから。お前にしちゃ派手な色使ってるなあ、って思ったんだ」
 すると、また麻咲がこっちに身を乗り出して来た。顔に浮かんでいるのは、いたずらっぽい笑い。やっぱり今まで見たことのない表情だ。
「ひょっとしたらさ……」
「何だよ……」
「穂羽くん、僕の事好き?」
 オレは、思いっきり顔をしかめた。
「……何でそうなる?」
「僕の事、見破ったもの。普段からずっと僕の事見てたとかさ」
「だから、それはケータイが……」
「あんまり珍しいケータイでもないよ、コレ?」
 ワインレッドのケータイが、おれの目の前にぶら下がる。スライド式の、ふたつくらい前のモデル。
「そっかそっか。穂羽ミツルくんは、クラスメイトの男の子の事が好きなんだ。うわぁ」
「……気になってたのは確かだがな」
 ムスッとした声で答えた。
「気になってたんだ?」
「クラスじゃ誰とも喋らないし、友達とつるんでるのも見た事ないし、いっつも下向いてるし。見目は悪くねーから、フツーにしてりゃ女子にはモテるんじゃ ねーかっては思ってたよ」
「僕の事、思ってたんだ」
「結局何もしなかったけどな」
 ふん、とオレは鼻を鳴らした。
「ついさっきに気付いた時には、タチの悪いイジメにあってるんじゃないか、って、本気で心配してたよ」
「……心配してくれてたんだ」
「必要なかったけどな。余計な世話だった。悪い」
 ウーロン茶をすすろうとしたら、ずぞぞぞぞー、という下品な音がストローから鳴った。そういやさっき、フライドポテト空けた時に全部飲んじまったっけ。
 立ち上がった。
「帰るの?」
「いや、追加で食い物頼んでくる」
「……よく食べるねえ」
「食わなきゃやってらんねーよ」
 腹にモノを詰め込めば、精神的に余裕ができる――
 オレには今、確かな余裕が必要だった。



3.ミツルのターン

 自己嫌悪とムカッ腹がおさまらなかった。
 てめぇの暴走と空回りを思い知った時のいたたまれなさは、毎回毎回ダメージがでかい。それに加えて、今回は麻咲のヤローが傷口に塩すりこんで来やがっ た。
(何が「僕の事好きなんだ」だ。何が「思ってたんだ」「心配してくれてたんだ」だ。お前の事なんかもう知らん。金輪際知らん――)
 そう言いたくなるのをこらえていた。
 が、オレが突っ走らなきゃ最初から何もなかった、というのも確かなのだ。心配したのはこっちの勝手だったし、気付いた所で「あり得ない」って無視してれ ば良かっただけの話だ。ましてや、電話かけてわざわざ確認取るなんて、ストーカーっぽくて気持ち悪い。
 ――無意味な思い込みを指摘されるだけでなく、嘲笑われると、結構傷つく。
 またセットを頼み、トレイを持って席に戻った。
 呆れた顔をしている麻咲を無視して、ひたすら食った。
「栄養偏るよ」
「そんな風に食べて、おいしい?」
 途中で何か言われたが、もはや知らん。今受け答えしようもんなら、何言い出すか自分でも分からなかった。
 心中で悪態をつきまくった。麻咲と、それ以上に自分に対してだ。せめて、これ以上見苦しい姿を晒さないようにしないといけない。麻咲に当たったりなん て、絶対やっちゃいけないことだ。
 食った分だけ取り戻した余裕でもって、オレは麻咲に頭を下げた。
「騒がせてすまなかった。今度から、気付いてもちゃんと無視するようにする」
「別に頭下げなくったっていいよ」
「いや、そっちの趣味の時間邪魔したのは確かだからな。もう声もかけないし、気にもしない」
「……どうかしたの?」
「オレの馬鹿さ加減を思い知っただけだ……ま、用心はしてくれ」
「……気持ち悪いから止めろ、とかって言わないの?」
「好きでやってるならしょうがねえよ。言ったって聞かないんだろ?」
「そりゃあ……そうだけど」
 今日何度目かの溜息をついた。胸や腹の底にモヤモヤしているものも、できるだけ一緒に。
 これで終わり。家に帰る頃には残ったモヤモヤも消えてるだろうし、明日からは教室で麻咲を見ても気にかける事もないだろう。
 トレイを重ねて、その上に一応分別してゴミをまとめ、席を立った。
「また何か食べるの?」
「んなカネねーよ。ゲーセンにでも寄ってフツーに帰る」
「ゲーセン?」
「『げーむせんたー』の事」
「ぬいぐるみでも取るの?」
「いや、普通にゲームやるだけだ。んじゃ、邪魔して悪かった」
 が、席を離れようとすると「ちょっと待って」と呼び止められた。
 麻咲はコーヒーを一気に呷ると、コンパクトを開き、手早く髪の何箇所かをヘアピンで止めて、眼鏡をかけた。
「お待たせ。じゃ、行こうか?」
「どこに?」
「げーむせんたー」
「何しに?」
「穂羽くんがゲームやる所を見に」
 麻咲が空いたコーヒーカップをトレイの上に置いた。今度は「のせろ」とか何も言ってない。

 入り口のぬいぐるみクレーンに麻咲が惹かれたようだが、オレは気にせず店内に入った。
 休日昼過ぎの、なかなか混んでいる客の間をぬって、店の奥――というより隅に向かう。
 レバーとボタンをガチャガチャ動かすようなタイプのゲーム台が固まってる中の、さらに片隅。
 もはや「追いやられてる」と言って良いその台は、人物がキモチ悪いくらいに滑らかな動きをする対戦格闘の類いじゃなくて、ヒコーキっぽいのがそこら中か ら撃たれまくるのを避けて撃つ、「シューティング」と呼ばれるゲームのひとつだ。
 台の前の椅子に座ると、麻咲が隣に座った。「ゲームをしない方の着席はお断りします」という張り紙があるけど、隣の対戦格闘もかなり昔のシロモノなの で、他人様に迷惑をかけることもないだろう。
「穂羽くん、よくこういう所来るの?」
「まあな。オレの趣味」
「ゲームだったら、家でもできるんじゃない?」
「家でやるのと外でやるのじゃ、違うんだよ」
 お前のそのカッコだってそうなんじゃねーの? ――そう言いかけたのを飲み込む。
 財布を出し、中身を見て、オレは椅子から立ち上がった。
「帰るぞ」
「どうして?」
「カネない」
 「だっさあぁぁ」、と麻咲は思いっきり顔を歪めた。これもやっぱり、初めて見る表情。
「やっぱり食べ過ぎだって」
「うるせぇ、ほっとけ」
「……はい、どうぞ」
 呆れながら、麻咲は小銭入れから取り出した百円玉をゲーム台に入れた。爆発音が台から響いた。
「? お前がやるのか?」
「やるのは君だよ。おごったげる」
「……気ィ使わんでも、誰にも喋ったりしねぇって」
「単なる好意。口止めだなんて考えてないよ」
「後で返す」
「気にしなくていいってば。早く始めたら?」
 麻咲に頭を下げてから、オレはゲームをスタートさせた。
 一秒弱ごとにどこかしらから吐き出され、画面を飲み尽くしにかかる弾幕の中を、オレのヒコーキっぽいものは何とかかいくぐり、突き進んでいく。
 ヒコーキっぽいのを動かす合間に、横目で隣のギャラリーの様子をうかがった。
 ギャラリーは画面に見入り、時々向こうもこっちを見ていた。たまに「うわ」とか「嘘」とか、「キミ人間じゃないでしょ」(褒め言葉)なんて感想を洩ら す。
 見てるだけでもそれなりに楽しめていたようだったが、ゲームが中盤頃にさしかかり、ちょっと難所が続いて一段落したあたりで様子をうかがってみたら、眠 りこけて、舟をこぎはじめていた。
(――床にすっ転んだりしねーだろうな)
 一瞬心配になったが、授業で眠くなったヤツが、机からすっ転んだ話なんて聞いた事はない。ちょっと体勢がくずれれば起きるだろうから、大事にはならんだ ろう。
 それに、オレはもうこいつを心配する必要なんてないんだから。
 しばらく画面に集中した。大きなミスもなく、点数の伸びも良い。調子は上々、そう思ってたら――
 肩に、感触があった。
 麻咲のバカが、眠りこけた挙句にオレによりかかってやがる。石鹸やシャンプーの清潔な匂いを一瞬でもいい匂いと思った自分があまりにベタだ。
 つーかマジで寝てやがる。何だよこの寝息の深さは。寄りかかっている体の力加減みたいなのが、寝息に合わせて微妙に変化しくさっている。人に懐いたまま じっとしている犬や猫を連想させた。
 叩き起こすか、シカトをこくか――気を取られたおかげで、集中が乱れた。把握していた画面内の弾幕の流れを一瞬見失い、直後、「ぢゅぼおおん」という嫌 なSEが鳴った。
 その音で、麻咲が眼を覚ました。体が離れた。
「ごめん……僕、寝てた?」
「あー、まあな」
「死んじゃったんだ……ひょっとして僕のせい?」
「別に」
 自分のミスを誰かのせいにするのは、見苦しい事だ。
「見ててもつまんないだろ?」
「そんな事ないよ……でも、眼が疲れるかな?」
 ミスした後は、何とか調子を立て直し、大きな崩れもなく安定してくる。ステージをクリアしたあたりでちょっと背伸びをして、何気なしに店内を見渡した。
 店の中の客のひとりと眼が合った。手を振ってくる。クラスメイトの日浦。こっちは麻咲とは違って、よくつるんだりダベったりする悪友だ。
 オレも背伸びしながら手を振って、十分の一秒後に(だああああっ、やっちまったあああ!)と心中で絶叫。すかさず隣を見ると、麻咲は眼鏡を外して眼をこ すっていた。
「眼鏡かけろ、早く!」
「……何だよ、それ?」
 声をひそめつつ、少し強い口調で言うと、麻咲はムッとした。また「ぢゅぼおおん」という音が鳴ったが、無視した。
「早くしろって。日浦が来ているんだ」
「……え?」
 店内を見回そうとする麻咲をつかまえ、こっちの肩に押し付けた。
「や……何すんだよ、ヘンタイ!」
「いいから寝てろ! いいっていうまで絶対顔上げるな!」
 そうしている間にも、日浦は一緒に遊びに来ていた連中と集まり、こっちに向かって来る。
「大丈夫だってば。バレやしないから」
「言い切れるか、そんな事! とにかく寝てろ!」
 また「ぢゅぼおおん」という音が鳴る。
 ブツブツ言いながらも、麻咲はさっきのようにオレの肩によりかかり、顔を下に向けた。
 集中なんぞできるわけもない。点数の伸びは悪くなり、攻略法も頭の中からスッポ抜け、アドリブだけで進んでいかなきゃならなくなった。
 腹に物を詰め込んでおけば、精神的に余裕ができる――何て事だ、オレは今、何も食えん。
 弾幕はますます凶悪になる一方、日浦たちがこちらに近付いているのも察せられる。ゲーム中でも最難関のひとつにさしかかった辺りでヤツらがオレの周りに 立ち、否応なく視線を意識せざるを得ない。くそ、絶対麻咲の方を見てヒソヒソニヤニヤしてるに違いない。下向いてるから、バレることはないだろうが。
 もっとも、日浦たちもある程度はわきまえているもので、ゲーム中の、しかも難所に差し掛かってる時には話しかけたりしてくる事はない。で、このゲームは 終盤に入ると難所しかないので、ゲームオーバーにならん限りは時間を稼げる――もっとも、最終面を抜ければやっぱりゲームオーバーだが。死のうが生きよう が、結局終わりを迎えてしまう。
 くそ、どうすりゃいいんだ――なんて、心中で悪態をつく余裕すらない。何でこんな事になっちまったんだ。
 全てのきっかけを作ったヤローが震えている。笑ってやがる、ちくしょ。
 コンディションとしては最低最悪なのにも関わらず、残機を減らす事も無く、結局オレは最終面をクリアした。狂った火力と極悪な耐久力のラスボスを撃破す ると、周囲から「おー」という声が洩れた。
 心拍数は最大レベルまで跳ね上がっている。呼吸も弾んでいるのが分かる。
 そして、一番大事なのは、これからがリアルで正念場という事だ。
 言うまでもなく、どう切り抜けていいかなんて、全く思いついていない。ンな余裕あるわけなかった。
 腕組みして、日浦が感心したように頷きつつ、口を開いた。
「全面クリアか。相変わらずスゲぇな」
「おぅ……まぁな」
「……で、隣の彼女は誰だ?」
 ――だから、言い訳なんて思いついてないっての。
「あー、その、さ……」
 麻咲は一応、大人しく寝ている。一応というのは、笑い事じゃないのに笑っているからだ。分かってるのか、てめーは。
 が、オレも何とか顔に笑いを作り、人差し指を口の前に立てた。
「今、寝てるから……そっとしといてくれ」
 反応は様々だった。ゲンナリした顔をする者。あさっての方向を見て「やってられっか」とばかりに顔をしかめる者。ニヤつきながら「おーおーおーおー」と 首を縦に振る者。
 とてもイヤな注目のされ方をしていた。こういう目立ち方は、オレの望む所じゃない。
 日浦も鼻をふくらませ、「フン」と鳴らした。
「オーケー。てめえの愛に免じて、ここは退く事にするぜ」
「おぅ、すまん」
 ……で、愛ってなんだよ、愛って。
「その代わり、明日学校で話聞かせてもらうぞ。朝までに原稿用紙十枚以上でレポート提出」
「待て。何だよレポートって」
「お前の宿題。じゃ、忘れるなよ」
 ニヤニヤしながら、日浦の野郎どもは去っていった。
 オレの肩で、麻咲のヤローは終始笑いをこらえていた。

 日浦たちが店から出て行ってから、オレは隣のヤローの肩を指で突いた。
「……おい、もういいぞ」
 そう言っても、麻咲はなかなか離れない。くっついたまま、まだ体を震わせてやがる。
 やっと離れたと思ったら、下を向いたままで、眼鏡を外し、眼をこする。
「泣くほどおかしかったかよ……」
 麻咲は無言で頷き、何故かオレの背中を一発引っぱたいてから眼鏡をかけた。
「……すっごいウケた」
 顔を上げると、目のあたりが腫れてやがった。そのくせすげえ楽しそうに笑っているのだ。
(そーかそーか。面白くてよろしゅうございましたな)
「……ま、バレなくて良かった」
「何度も言ってるのに。今までバレたことなんてないって」
「可能性はゼロじゃねーよ。オレみたいなのが他にいないとも限らない」
「そんな人いないよ、きっと」
 終わったと思ったら、一気に疲れが来た。おかげで椅子から立てない。
 麻咲が席を立ち、缶ジュースを二本買って来た。片方のウーロン茶をオレに渡す。
「……サンキュ」
「大変だったね」
 他人事みたいに言うなよ――ダメだ、突っ込む気力もない。
「こんなに面白かったの、初めてだよ。すごい楽しかった」
「楽しんでもらえて嬉しいね」
 気力と魂まで抜けていきそうな溜息を吐き、オレはウーロン茶のプルタブを開いた。
 ぱきゃっ、と音が鳴った。


4.次の一手

 着替えは駅近くにある公園の男女共用トイレで済ませる。で、脱いだ服は、駅前のコインロッカーに入れるのだという。
 本日の趣味の時間を終えて、トイレから出てきた麻咲を見て、ちょっと絶句した。
「ん? どうしたの?」
 目の前にいるのは確かに麻咲順だった。毎日教室で見る、ちょっと可愛い面をした冴えない感じのするヤローだ。
 だが――
「いや……よく化けるなぁ、って」
「何度も言ってるじゃない、今まで誰にもバレたことないって。気付いたのは、穂羽くんが初めてだよ」
「……気付かなくったって、声かけてくるのはいくらでもいるんじゃねーの?」
「何? ナンパでもされるって?」
 オレは首を振り、麻咲が肩から下げているスポーツバッグを指差した。
「『キミ、そのカバンの中ちょっと見せてくれる?』なんて言ってくるオトナだっているんだろ?」
「……ああ、そのケースは考えてなかったね」
 自分のスポーツバッグを見る麻咲。
「やっぱこの趣味止めろ、お前。危険だ」
「無理」
「どうして?」
「だって、楽しいもの」
 答える麻咲。
「……でも、用心はしておくに越したことはないね、うん。気付いてくれて、ありがとう」
 ある程度予想していたとはいえ、麻咲はオレの忠告に聞く耳を持たなかった。
(一度痛い目見なきゃ、分かんないんだろうな)
 そう思ったが、「一度見てみる」にしてはダメージがあまりにでか過ぎる――
 気付いた。必要ないってのに、またこいつの心配している。
「穂羽くん。気付いてくれてありがとう」
「……礼なんていらねーよ。大した事言ったつもりもないし」
「……そうだね」
 麻咲がオレから眼を逸らし、笑った。
 つられてそちらにオレも視線を向けたが、眼を引くようなものは見当たらなかった。
「……それよりさ、穂羽君の方が心配だな」
「何がだよ?」
「明日、僕の事どう説明するつもり?」
「……お前の心配する事じゃない」
「心配するさ。だって、僕の事だもの」
「お前の事は秘密にしとくって言っただろ?」
「できるかな、君に?」
 ……今日は、麻咲について色々と発見の多い日だった。
 一番大きな発見は、麻咲の女装趣味じゃない。この男、性格が悪い。
 こんな、人見透かすようなツラするのが、善人なんかであるはずがない。
「墓の下まで持ってく。誰にも喋ったりしないって」
「確認しておきたいな。何て説明するつもり?」
「……実は前からつきあっていた、って言うしかないんじゃねーの?」
「つきあってどれくらいになる? 出会いのきっかけは? 名前は? 学校どこ? 何年生? アタマいいの? 趣味は?」
 ニヤニヤしながら、次々に質問を繰り出して来やがる。今度はオレが眼を逸らした。
「ンなの知るかよ」
「君の事でしょ、逆切れしちゃダメじゃないか?」
(……くそぅ……元はと言えば……)
 いや、後悔したって始まらん。はっきり言って癪だけど、こいつの言う通り、カバーストーリーは考えておかないと。

 オレの、存在しないカノジョのプロフィールを、麻咲はスラスラと並べていく。麻咲は性格が悪いのみならず、嘘つきの才能もあるようだ。
 ――まあ、女のカッコして街歩くぐらいだから、人だます才能はあるだろうが。
 教室で見ているよりも、麻咲順はよく笑い、怒り、表情も感情も豊かな人間だった。
 それは、自分を暗くして、いつも俯いてなんかいるよりもずっといいと思う。
(どうしてそうしないんだ?)
 と訊ねたくなったが、その疑問は忘れることにした。
「……ちょっと、穂羽くん。聞いてる?」
「聞いてるよ……オレとカノジョは図書館で会ったんだろ?」
「そう……ちょっとベタっぽいけど、借りる本の趣味が同じで、それきっかけにして……穂羽くんの趣味が読書っていうの、ちょっと意外だね」
「借りるのは姉貴。よく使いっぱにされるんだ」
「……ふ〜ん。読書の傾向は?」
「姉貴に聞いとく」
 今は、こいつの心配よりも自分の心配をするべき時だ。
 腹にモノ詰め込んどくと、精神的に余裕ができる。
 明日の朝は、朝食をしっかり取ってから登校するようにしよう、と思った。



戻る