JUNKOのエクアドル留学日記(仮)
 日本をよいしょと飛び出して、海を越え未知の南米大陸へと足を踏み入れた「私」。その留学生活はかなりハードでトラブルだらけ!しかし何もかもが新鮮で、アンデスの高地を照らす太陽のように輝きに満ちたものだった。

とても雰囲気がいい私たちのクラス、女の子たち

 kanako(左)とコールニー(中央)とkumiko(右)、後ろにいるのが先生のナルシッサ。コールニーの最後の日のお別れ'軽食'パーティー。もう一人のクラスメート、クリスはこの時にかぎって遅刻。

クラスのみんな

 クリスも加わっての一枚。ポップコーンやスナックは女の子たちにほとんど食べつくされている。 

映画館「Ocho y Medio」

 コールニーとグレゴールと一緒に。実はこの時すでに胃が痛くておさえている私。 

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 コールニーは今週で自分の国へ帰ってしまう。
すごくしっかりしたいい子で、私達は仲良くなっていろんなことを話すようになっていた。Leninのことを初めて話したのも彼女にだった。(タクシーの運転手のカストロ以外で!)
彼女が帰ってしまうのはすごく残念。授業中にコールニーがメモをまわしてきて、私のe-mailと日本の住所を書いてと言ってきた。そして、彼女の住所とe-mailも書いた紙をくれて、「これで私に手紙を書けるよ!」とにっこりして言った。授業のあと私の日本のアルバムを一緒に見た。そして、今日は寮のみんなでタイ料理のレストランで食事をするから来ない?と言ってきて、私はもちろん行く!と答えた。

授業をめいっぱいうけて(午後のSpinの後にextra claseもうけたから8コマ?)家に帰るとちょうどマリアがどこかへ出かけるところだった。
「Hola,Maria!!」今日は外で食事するから夕食はいらない、と言って、準備をして、kanakoと待ち合わせのトロリーの駅へ行った。kanakoとは明日のクラスでのちょっとしたパーティー(コールニーのお別れのため)の買い物へ行って、そこで今日のコールニーとの夕食会のことが話題に出て、彼女もぜひ行こうということになったのだ。

夕食会は、みんながそれぞれにいろんなことを話して、とても和やかな雰囲気だった。コールニーが「なんだかまるで自分の誕生日みたいな感じがする」と言った。みんなが何だか幸せだった。
代金を払うときにちょっとしたトラブルが起きた。勘定を計算してみんなで割ったのに金額が足りず、どうも店の請求した金額が多いだか、払ってない人がいるだかで、こういう時日本なら、事を荒だてまい、まるく収めようと穏便にふるまうかもしれない。今回はドイツのイムケがまとめていたんだけど、本当にきっちりと何度も何度も計算して、やっぱり足りない!とみんなに強い調子で言ってプンプンしていた。国民性の違いだなぁと思い、ちょっと困ったことではあったけど興味深かった。

次の日は映画に行く日だった。
あ、そうだその前にcenso(エクアドルでの滞在形態を証明するカード)をとりに行ったんだった。
ジョンセバスチャンとグレゴールとエリック(オランダから来た子)とアリックス(ベルギーの子で、すでに3か月エクアドルに滞在しているけどコースを延ばしたのでcensoがいるようになったと言っていた)と私と引率者のイサベルで移民局(Migracion)に行った。
今 世間は水かけまつりの最中でいきなり知らない子どもなどから水をかけられたりするので注意が必要だ。
censoはわりとスムーズにとれ、道中も行ってからもみんなでワイワイやってて楽しかった。ジョンがふうせん爆弾(bomba)を持っていていたずらを仕掛けるのだ。彼はアメリカ合衆国のベッキーが帰国してから何だか元気がなくて、レナートが目のまわりにひどいあざを作っているのは彼とケンカしたからだとか聞いてたけど、少しずつ元気になってきたみたいだった。よかった。
いったん学校に戻った。
kumikoがガラパゴスへの旅行についてLeninに相談に行くのについていった。まだ彼女は来たばかりなので語学力に自信がないのだった。こういう場合にもLeninが日本語を理解できたら助かるだろうな。ヨシがんばろう。

映画に行った。まあ楽しかったけど原因不明の胃痛が起こり大変だった。

 

<2002.1.24-25日記より>


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