JUNKOのエクアドル留学日記(仮)
 日本をよいしょと飛び出して、海を越え未知の南米大陸へと足を踏み入れた「私」。その留学生活はかなりハードでトラブルだらけ!しかし何もかもが新鮮で、アンデスの高地を照らす太陽のように輝きに満ちたものだった。

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 私がLeninがいなくなることでどんなにさみしいか、彼は分かっているだろうか。
インターネットをやったあと、最上階の、その横の部屋で勉強やいろんなことをしてたけど、考えてみたらLeninがいるオフィスのそばで時間を過ごすことは、今日と明日をおいてできなくなるんだ、と気がついた。
それで降りてきて、今は1階のLeninのオフィスの横のテラスで、カフェを飲み、クッキーをかじりながら 日記を書いている。
エクアドル人の子がLeninに何かを相談していて、彼の声が聞こえる。優しくて、かわいくて、funnyで、知的な声だ。

そのエクアドル人の子は、Leninのファンかもしれない。
前にkanakoが言ってたけどLeninにはファンが多いらしい。それは分かる。彼は本当に優しいし、頭がいいし、いろんなことをこなし、向上心もあって・・・
私もわりといろんな人に分けへだてなく接する方だと思うけど、彼はすべての人に親切だ。すべての人に優しい。すべての人が彼のお世話になっている。

でも私にとってもLeninは特別だ。
幸運な巡りあわせがたくさんあって、そしてこれからもっと彼のことを知りたいと思っていた矢先のことだった。あまりにも急だった。
彼が近くにいないと私はさみしい。

(今 数えてみたらこの1ページの日記の中に彼の名前を7回も書いていた。日本語の部分は他の人には分からないとはいえ、時折深いため息をつきながらこの日記を書いている私は、誰かがこれを見たら彼に恋しているのがバレバレだ)

Leninの私に対する態度は、公平に冷静に考えても、少しだけ特別なように思える。だけど私はもっともっと時間がほしい。
私がもっともっと英語とスペイン語を話せるようになって、自分の気持ちを支障なく話せるようになるための 時間がほしい。
さっき私に「ARIGATO、いや違った、SAYONARA!」と言ってもう帰ったはずのLeninの声がまたしたような気がした。まさか。他の似た人の声だよ、と思っていると、やっぱり本当に彼だった。私はもう彼の声を他のエクアドル人と区別して分かるようになってるんだ。

これからも彼に会いたい。

とまあ、こんな気持ちで(Leninのための)フィエスタに行ったもんだから、Leninのことを好きな気持ちがあふれ出して、フィエスタを思いっきり楽しみつつも、心が彼の一挙一動に揺さぶられ、泣いたり笑ったり感動したりショックをうけたりと、敏感になっていた。

だけど、私はもう決めた。
もう、これから彼のことを思うのはやめよう。切ない思いをするのはやめよう。もし電話(彼はすると言っていたけれど)がかかってこなくても、この先もう彼に会うことがなくても、気にするまい。私は私の(そして私の大好きな世界の)エネルギーで生きていくんだから。決して彼のことを好きだという気持ちを原動力にして生きているわけではない。

私は自分に誇りをもって、独立した一人の人間として、もっともっと魅力的になるために ここにいる。

りんとした自分を忘れないでいよう。

だけどfiestaはbonitaだった。すてきな夜だった。
レゲエに包まれていた。

<2002.1.31日記より>


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