JUNKOのエクアドル留学日記(仮)
 日本をよいしょと飛び出して、海を越え未知の南米大陸へと足を踏み入れた「私」。その留学生活はかなりハードでトラブルだらけ!しかし何もかもが新鮮で、アンデスの高地を照らす太陽のように輝きに満ちたものだった。

まだ私がエクアドルに来る前、12/4-6のキト祭の時の写真。

foto:kanako

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 その人がいるだけで その場が華やぐ、明るい雰囲気になる、という人は存在する。華やぐ、というわけでもないけど 楽しくなる、落ちつく、というのもそうだ。身近な所でナルシッサがそうだし、Leninがそうだったし、パトリシオもそうだ。程度や個人差はあれプラスのエネルギーを周囲に放つ人たちなのだ。
私もそうありたいと思う。でも、まだ英語とスペイン語が自由にならない今、常に陽気なエネルギーを放ち続けるのは難しい。

LeninがいないEFは、灯が消えたようだ。ジェームスが今は彼の代わりにアクティビティーの案内をしているが、基本的に根本的に違っている。何が違うんだろう。二人とも英語とスペイン語はペラペラだ。よく今は説明できないけど、何かが全く違うのだ。

そして ちょうど今はパトリシオが奥さんの産休のために休んでいる。彼は静かな人だけど、彼がいることで私はずいぶん気持ちが安らいでいたのだ。
さらにクラスの担任がナルシッサからヨランダに替わったことは、予想はしていたけど 特にクラスの雰囲気的にかなり大きかった。天と地ほど違う!これは一種の試練だな。

そういうわけで たった今は、学校中がエネルギ−不足であえいでいる。しかし、長くは続かないだろう。

私はスペイン語をマスターし、英語も機会が来たら勉強し、カルナヴァルのお休みには(これが水かけまつりの本番です)kanakoとのんびりクエンカ(*注1)にでも行ってエネルギーをたっぷりたくわえて、また頑張ろうと思う。
何しろここではすべてが語学につながる。スペイン語、そして英語さえ満足に話せれば道がどんどんひらけていく。
これが私が望んだことだ。全てをよくするのも悪くするのも自分だ。
マイペースで 私のリズムで進んでいこう。

<2002.2.6日記より>


※注1:クエンカ・・・エクアドルでグアヤキル、キトに次ぐ第3の都市。古い植民地時代の面影を色濃く残す、高原の街。

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